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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第96話 ライブ!

冬休み目前、今年も残すところ残り10日となった12月21日の放課後のこと。

「ライブ?」

全ては律の提案がきっかけだった。

「そう。中学校の時の友達がライブに出るから一緒に出ないかって誘われてるんだ」

律が机の上に置いたのは大みそかライブと名付けられたチラシだった。
タイトル通り、開催日は12月31日だ。

「でも、開催まであと10日しかないけど」
「私たち何も準備していませんよ」

律の提案に、澪と梓が異論を唱える。
僕たちは当然だが演奏する曲目を決めたりしていない。
それどころか、練習自体をする必要もあるので10日という時間は少し短いのだ。

「でも、面白そう」
「だろ?」

そんな澪たちの反応をしり目に、唯はすでに乗り気だった。

「それに大勢の人の前で歌うのは……」
「そんなんじゃいつまでたっても成長できないぞ、澪」
「そうだよ、そうだよ」

体を縮ませながら声を上げる澪に、律が真剣な表情を浮かべながら反論した。
それに唯も続く。

「………それじゃ、多数決にしよう。今回パスの人」

頬を赤くしながらも手を上げながら意見を求める澪。

「律先輩、唯先輩。ごめんなさいっ!」

謝罪の言葉を掛けながら反対票に投じる梓。

(彼女たちの実力で、ライブに出ても平気か?)

僕は、そこに集約していた。
確かにライブに出ればかなりのステップアップが見込まれるだろう。
だが、失敗すれば洒落にならないダメージを負うことになる。
それは避けなければならない。
リスクを回避するのであれば、反対にするのが一番だ。

「私、みんなと一緒に演奏するのが楽しいの」

とはいえ、せっかく楽しみにしているムギに水を差すようなまねは僕にはできなかった。

「僕は賛成」
「えっと……私も」

先ほどまで反対していた澪や梓も賛成に回った。

(まあ、彼女たちなら失敗をも乗り越えるだろ)

そんな気がしていた。
デメリットよりもメリットの方が大きいのもまた事実だ。

「ぃよっしゃぁ! ライブ参加決定!」
「やったー!」

全員が賛成に回ったことで、ライブへの参加が確定した。
こうして、僕たちの初の外でのライブへの参加が決まるのであった。










そうと決まれば話は早い。
そうと言わんばかりに、僕たちは律の”参加申し込みをするぞー!”という言葉を受けて参加申し込みのため大みそかライブを開催するライブハウス『LOVE PASSION』へと向かっていた。

「うわー。もうじきクリスマスだね~」
「早く行くぞ」

途中ショーウィンドウで何かを眺めている唯に、律が声を掛けた。
そんな寄り道をしながらも、僕たちは目的地に到着した。
ライブハウスの出入り口に続く階段を下り黒色のどっしりとした威圧感を放っているドアの前に立った。

「な、なんだか緊張するね」
「それじゃ、開けるぞ」

ムギの言葉に、律は総いいながらドアノブに手をかけるとドアを少しではあるが開いた。

「あのー、すみません!」
「はーい」

律の呼びかけに女性の声が返ってきた。

「とにかく、中に入って」
「あ、はい!」

早速緊張しているのか、律の声はかなり上ずっていた。
そして僕たちが中に入ったところで、栗色のショートヘアーの女性が姿を現した。

「あ、あの! 参加申し込みに来ました! 放課後ティータイムです!」
「あなた達が……ラブ・クライシスの子から話は聞いているわ」

僕たちを見回した女性は、最後に律の方を見ながら返した。

(ラブ・クライシス?)

どこかで聞いたような名前だと思ったが、すぐに思い出した。

(NEW STARS PROJECTの参加者だ)

かなり前とはいえ、彼女たちは僕のライブで実際に曲を披露しているのだ。

(これはかなりまずいのでは?)

まさか梓達のようにばれるとは思えないが、万が一のこともある。
用心するに越したことはないだろう。
何せ、僕はまだDKであることを隠さなければいけないのだから。

「放課後ティータイムって何だか可愛くていいわね」
「「……」」

女性の称賛の言葉に、律と唯の表情が明るくなった。
よほどうれしかったようだ。










参加条件に記されていた”選考”を僕たちは受けていた。
とはいえ、内容はシンプルで、僕たちが演奏していた曲を聞かせることだった。
今流れているのは、以前録音しておいたふわふわ|時間《タイム》だった。

「―――という感じなんですけど」

曲が終わったのを見計らって、律が声を上げた。

「………うん。それじゃ、この参加申し込み用紙に必要事項を記入してね」

少しの間考え込む表情を浮かべた女性は、そのまま参加申し込み用紙を律に手渡した。
それは出場資格を獲得したこととイコールであった。

「当日のスケジュールを説明するわね」

そして女性から当日のスケジュールについて説明が行われた。

「集合は13時」
「随分早いんですね」
「リハがあるからね。各バンド15分くらいで」

相槌を打つ律に、女性は丁寧に答えながら説明を続けた。
そして次々に伝えられる必要事項だが、当の本人はちんぷんかんぷんの様子だった。

(仕方ない。こっちの方で覚えておくか)

唯たちにしても、聞く気すらない始末だった。





「それじゃ、中を案内するわね」

当日のスケジュールについて説明が終わると、女性の後をついて行く形でライブは椅子内を案内された。

「ここが楽屋よ」
「うわぁ~」

最初のドアを開くと、そこは鏡などがあったりとまさに楽屋そのものだった。

(間仕切りがないのはあれだけど、こっちで用意すればいいか)

男女兼用なのは気が引けるが間仕切りを自分で用意すればいいだけなので、特に深く考えないようにした。

「あの、暖簾とかをつけてもいいですか?」
「それ良いね!」

想像してみた。
暖簾のかかったドアから姿を現すムギたちの姿を。

「ここは温泉じゃないぞ」
「それと、ほかの子も使うから」

という女性の一言で、ムギの案は没となった。

「それで、ここの扉から……」

そう言いながらドアを開けると、そこはステージへとつながっていた。

「うわ~、広いよー」
「あれってミラーボールですよね」

唯たちはステージの広さに興奮を隠せなかったようで、目を輝かせていた。

「当日の照明プランも考えてきてね」
「はい! もうピカピカでグルングルンでっ!」

(もう意味が分からないから)

要領を得ない唯の照明プランに、僕は心の中でため息をつく。

「ここで、ライブをするんですね」
「……そうだね」

そんな中、会場を見ていた梓の一言に、ムギが相槌を打った。
規模としては小さいほうの部類に入るが、最初であることを加味すれば十分な規模だ。

「おーい、今から燃え尽きてどうするんだ?」

そんな中、人で埋まっているのを想像したのか、完全に燃え尽きている澪に、律は苦笑しながらツッコんだ。

「それじゃ、本番はお願いね」
『よろしくお願いします』

外まで見送ってくれた女性の言葉に、僕たちはいっせいにお辞儀をして返事をするのであった。










参加の申し込みを済ませ、やることと言えば曲目などセッティングだろう。
ということで、場所を移して平沢家の唯の部屋で、話し合いを行うこととなった。

「ライブハウスで?」
「うん。それでいまその話し合いなんだ~」

お茶を持ってきてくれた憂に、唯は集まった理由の説明をしていた。
おそらくは言いたくて仕方がなかったのではないかと思うけど。

「へぇ。すごいね、お姉ちゃん」
「えへへ~」

妹に褒められたのがうれしいのか、唯は照れたような笑みを浮かべていた。

「曲目は4曲だから……曲は、ふわふわにかれー、ふでペンとドントでいいか」
「まあ、それが無難だね」

曲の構成は既に決まっていたので、特に問題はない。
一番の問題は、

「当日は、何を着る?」

衣装だった。

「一年の時に来たやつはどう?」
「あのふりふりの……」

DVDでどのような衣装なのかを見ていた梓と、実際に着ていた澪が難色を見せた。

「さわちゃんに頼めばあずにゃんの分も作ってくれるよ?」
「えぇ~」

今度ははっきりとした拒否反応だった。

「でも、さわちゃんが用意していた衣装はほかには、スク水に白衣に――「嫌ですっ!」―――ですよね」

(どうして山中先生は変な衣装しか用意してないんだろう?)

そもそも、それを着ると思う根拠を知りたかった。

「だったら、新しい衣装を作ってもらうとか?」

あまり、期待ができないけれど。

「だったら、変身して戦う感じなのはどう?」
「それ良いわね! 魔法少女とか」
「いやいや、無理があるから! というより、一体どうやって演奏中に服装を変える気だ?」

変な衣装案を出す唯たちに待ったをかけた。
このままだと壮絶な衣装になりかねない。

「それは浩君の出番だよっ!」

完全に僕の魔法を頼りにしていた。

「確かに服装を変える魔法はあるけど、演奏中で、全員が動いていてそれをみんなにも適用するのはいくら僕でも難しい。しかも、失敗すれば素っ裸になるし」

確かに衣装変更の魔法はある。
だがあれは一種の転送魔法だ。
対象が移動(それがたとえ数センチでも)していれば適用が難しくなる。
さらにはそれを全員分となると、かなりの集中力を必要とする
いくら僕でも、それは不可能に近かった。
しかも、衣装変更の魔法は衣装を消去する魔法とセットであり、これの適用範囲が衣装変更魔法よりも広範囲のため、失敗すれば衣装だけが消去されるという最悪の事態に発展する。

(そう言えば、魔界のエンターテイメントか何かでこの魔法を使おうとして失敗し、全裸になった事案があったっけ)

まさしくその通りのことになろうとしている。

「せ、制服でいいんじゃないか?」
「私もそれでいいと思います!」
「僕も」

澪の提案した制服の方が断然ましだったので、僕は梓に続いて同意した。

「そ、そうだな。それがいいか」

さすがの律たちも制服の案を受け入れざるを得なかった。

「あ、そうだ」

衣装も決まりひと段落ついたところで、唯は何かを思い出したのか鞄から紙を取り出した。

「はい、これ憂と純ちゃんの分」

それは大みそかライブのチケットだった。
出場者の特典として数人分ライブハウスの人からもらっていたのだ。
とはいえ、一人当たり最大で二人までしか誘えないが。

(誰を誘おうか)

それ以前に誘う相手がわからなかった。

「お姉ちゃんの初ライブのチケット……もったいなくて使えない!」
「使わないと入れないぞー」

唯から受け取ったチケットを大事そうに手にしながらつぶやく憂に、思わずツッコみを入れてしまった。
そんなこんなで、何とか一通り決めた僕たちは、解散することとなった。










「へぇ、ライブハウスでライブかぁ」
「ようやっと踏み出したって感じだ」

翌日の昼休み、お昼ごはんを食べながら(ちなみに僕は購買部で購入したパン)、ライブハウスでライブを行うことを話すと、慶介は興味深そうに返した。

「でも、浩介達にとっては、これが学外で行う初ライブか。見に行きたいな」
「あ、そう言えば」

慶介の言葉で、僕は昨日もらったチケットのことを思い出した。

「どうした?」
「そのライブハウスのチケットがあったんだった」
「な、なにぃ!?」

凄まじい勢いで食い付いてくる慶介の反応は、ある意味予想していたものだった。

「これがそのチケットなんだけど」
「も、もしかして親友の俺のために!? くぅ! 浩介、お前意外といいやつなんだなぁ~」

慶介の前にチケットを見せると、慶介は涙ぐみながら口を開いた。

「………」

何だか無性に腹が立った。

「一枚100万円で渡してあげる」
「ひ、100万円!?!?」

さすがの金額に、慶介は固まった。

「そ、そんな……でも、あのDKのライブのチケットを……」

青ざめながら何やらぼそぼそとつぶやく慶介の様子に、僕はすっきりとしたので冗談だと告げることにした。

「浩介!」
「な、なに!?」

いきなり身を乗り出して大きな声で名前を呼ぶものだから、僕は驚いて少しだけのけぞった。

「ローンでいいから売ってくれ!」
「……月にいくら返すんだよ?」

慶介のローンという手に、僕は慶介に聞いてみた。

「えっと………せ、千円」
「……………」

慶介の告げた金額ははっきり言って論外だった。

(一年間に1万2千円返済したとして、100万円を返済できるのは……約90年)

冗談で行ったつもりがまさか生涯返済をすると告げることは予想外だった。

「あー、冗談だから。お金取らないから。ただで渡すから」
「そ、そうか。良かった」

僕の冗談だという言葉に、ほっと胸をなでおろす慶介に、僕はチケットを手渡した。

「絶対に見に行くからな」
「まあ、来たところで意味はないけれど」

そんなこんなで、一人を誘うことができた。

(あともう一人はどうしよう)

そんな時、ちょうど佐伯さんが通りかかった。

「佐伯さん」
「何? 高月君」

僕は佐伯さんを呼び止めた。

「大みそかだけど、暇?」
「えぇ!? そ、そんな……ダメだよ。高月君には唯ちゃんがいるのに……」
「……………」

僕の問いかけに、佐伯さんは頬を赤くして身をよじりながら恥ずかしげに答えた。
確実に変な勘違いをしている。

「何を想像しているのかは大体わかるけど、ライブハウスでライブをやるから、見に来ないかという意味だぞ? もし、大丈夫そうならこれを渡すけど」
「へ!? あ、そう言うことか~。よかった、一瞬どうしようかと思っちゃったよ。喜んで、いただくね」

顔を赤くして恥ずかしそうに笑いながらも、佐伯さんは僕の手からチケットを受け取った。

「誘ってくれてありがとうね」
「どういたしまして」

佐伯さんのお礼の言葉に返した僕は、そのまま自分の席に戻った。

「ちくしょ! なんで浩介ばかり良い目に合うんだ! 俺と浩介の差ってなんだー!」
「そんなの当然だろ」

理由は一つしか思い当らなかった。

『うーん……性格』
「何も全員で声をそろえて言うことないじゃないかっ!」

なぜかクラスの皆と同じタイミングで答えてしまったことに、慶介は血の涙を流すのであった。

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第95話 手の暖かさ、心の冷たさ

自宅に逃げ帰って数時間後、部長である律から集合命令がかかった。
場所は近くのファーストフード店『MAXバーガー』とのことなので、僕はそこに向かう。

「いらっしゃいませ、浩介君♪」
「なるほど、そういうことか」

お店の制服を身に纏って、満面の笑みを浮かべながらカウンターに立っているムギの姿を見て、僕はすべてを察した。
そう言えば、ムギが僕たちと別れたのもこのお店の近くだったような気がした。

「ポテトを一つ」
「かしこまりました」

笑みを崩さずに応対するムギは、確かにこういった場には向いているのかもしれない。

「私、一度バイトでタイムカードをに記入するのが夢だったの」
「そ、そう。夢がかなってよかったな」

頬が引きつっているが、何とか僕はムギに相槌を打つことができた。
ここの人も、まさか志望動機が『タイムカードに記入できるから』だとは夢にも思うまい。

「それじゃ、バイト頑張って」
「ありがとうございました~」

二つの意味を込めた言葉に送られながら、僕は唯が待つ席へと向かった。
ちなみに、逃げ出したことを唯はそれほど気にも留めていなかった。
それどころか、

「やっぱりそのまんま食べたほうがおいしいよね」

等と言っていたぐらいだ。
まあ、聞く前に気付かないあたりが唯らしいのだが。

「あ、澪ちゃんおかえり」

そんな中、作詞をするべく一人で海に向かっていた澪が戻ってきたようだ。

「お、良い詩が……できなかったんだな」

落ち込んだ表情を浮かべる澪の様子に、律は成果が予想できたようだった。
ある意味一番行動力があるのは澪のような気がする。

「でもすごいよね、一人で海に行くなんて。みんな私を置いて大人にならないでね」
「そ、そう言う唯は、先に大人の階段を上ってるだろ」

予想外にも澪の鋭い指摘に唯の顔が赤く染まった。

(まあ、確かに大人の階段は登ってるけどね)

あながち間違いではないが、言い方を間違えれば一気に危ない単語だった。

「そ、そういう律ちゃんはまだだよね?!」
「そ、そんなことはないぞ! 私だって……」

なぜかツッコむべきところをツッコまない律に、唯が問いかけると律は大きな声を上げながら身を乗り出して唯に反論した。
だが、途中で口をつぐんでしまった。

「あ、そういえば律、浩介」
「な、何?」

そんな律に、澪は何かを思いだした様子で声を掛けた。

「この間の歌詞なんだけど、どうかな?」
「あー、あれか『どんなに寒くても』のやつか」

この間澪から歌詞と言われて渡された一枚の紙のことを思い出した。
タイトルは”冬の日”というもので、これまでの直筆ではなくワープロ文字だった。
もし何も言われずに受け取っていたら、ラブレターと勘違いする………

(待てよ)

そこで、僕はふと心の中に引っかかった。

「がんばってパソコンで作ってみたんだ」
「ということは、あれは澪が………」

照れ笑いを浮かべる澪に、律は顔を引きつらせる。

「この間言ったじゃない。郵便受けに入れておくからって」
「…………………」

澪の言葉に、律は何かを思い出しているのか顔をどんどん赤らめていき、やがて

「うがあああああ!!!」

爆発した。

「あれをやったのは澪かぁっ!!! いまどき古風なことをするんじゃない!!」
「こ、浩介先輩。律先輩は一体どうしたんですか?」

澪の肩をつかんで力任せに揺らしている律の様子に、不安げに訊いてくる梓。

「………さあ?」

大体事情は把握できたが、律の名誉の為に僕は白を切ることにした。

(なるほど、ラブレターだと思ったのか)

ならば、いきなり僕の顔を叩いたのも、ちらちらと頬を赤くして僕の方を見ていたことにも納得がいく。
律の中では僕がラブレターを送ったことになっていたのだろう。

(あれ? ということは、僕が叩かれたのって、元をたどると澪のせい?)

そんな結論にたどり着いてしまった僕は、どうしたものかと心の中でつぶやく。

(澪にどのような折檻をするべきか……)

とはいえ、折檻の内容についてだが。

「まあまあ、落ち着いて。ハンバーガーでも食べようよ~」

そんな混沌と化した中でも、唯は唯だった。
結局数分で律が落ち着きを取り戻したので、一件落着ということになりこの話は終わりとなった。
おそらく、この話題は口にしてはならぬ禁忌となるだろう。

(勧誘ビデオに続いてこれか。一体いくつ禁忌が増えるんだ?)

勧誘ビデオというのは、梓が入部する前に撮影したものなのだが、結局日の目を見ることもなく禁忌とされてしまったものだ。
それについては、また別の機会に話すことにしよう。
その後、バイトを終えたムギが合流し、一日していたことについての話に花を咲かせることになった。
それは色々なすれ違いがもたらした、ある種の喜劇のような冬の一日であった。










「へぇ、そんな一日だったのか」

休日明けのある日。
僕は教室で慶介と休日の過ごし方について話していた。

「何、その意外そうな感じは?」
「てっきり俺は平沢さんとデートかと思ったんだけど」

一体慶介の頭の中での僕たちは、どれほどのバカップル認定を受けているのだろうか?
……まあ、大よそ当たっているけど。

「仕方ないでしょ。いきなり打ち合わせが入っちゃったんだから」
「分かるけどさ、こういうのって熱が冷めるのが一番怖いんだぞ? 何せ男子はほかにもいるんだから、言い寄られたりとかするかもしれないし」

慶介の言わんとすることは分かる。
いわゆるあれだろう、”私と仕事とどっちが好きなのっ!”というやつ。
まあ、僕ならば後者を取るけど。
仕事をして養えるだけの財を得なければ、何も始まらないのだから。

「それは大丈夫。そんなことをした瞬間に、僕が黙っていないから」
「そ、そうか」

僕の笑顔に、慶介は怯えたような表情で相槌を打つ。

(失礼な奴だよな。かわいくはないが、それなりにフレンドリーな感じだと思うのに)

「というか、そう言う慶介はどうなんだよ?」
「は?」

ふと僕はあることを思い出して慶介に反論した。

「この間言ってたじゃないか。”俺、これをあの子に届けるんだ!”って」
「あ、あれは………」

僕の言葉に言いよどむ慶介。
その様子で何があったのか、大体想像ができた。

「まあ、人生いろいろだよな。うんうん」
「くぅっ! その何もかもわかってるという顔に腹が立つ!!」

あえて真相には触れずに頷いて見せると慶介は顔を赤くしながら声を上げた。

「何のことだ?」
「う……………ぢぐじょうっ。俺だって、俺だってぇぇぇ!!!」

首をかしげながら訪ねる僕に、慶介は血の涙を流して大声を上げながら教室を飛び出していった。

(あと少しで授業始まるのに)

しかも次の授業の先生はチャイムが鳴ってすぐに来るタイプだ。
さすがに早く戻ってこないとまずいような気がする。
そんなことを考えている間にもチャイムが鳴った。

「授業を始めるぞ。早く席に着け」

そしていつものようにチャイムの後すぐに教室に入ってきた担当の先生の言葉に、クラスの皆が次々に席について行く。
だが、慶介は戻ってきていない。

「お、なんだ。佐久間はサボり――「います! ここにいます!!」――」

担当の先生が言い切るよりも早く、ドアを開け放った慶介が抗議の声を上げた。

「佐久間は欠席っと」
「ちょ!?」

教室に来ている慶介は、担当の先生によって欠席扱いにされた。

「後で佐久間にはA4サイズのプリント、100枚分の課題を用意することにしよう」
「ぢぐじょう~~!!」

その仕打ちに、慶介は再び血の涙を流しながら去っていった。

「ぎゃああああああああ!!!」
遠くの方で慶介の断末魔が聞こえた。

(よっぽど恨みを買ってるんだね、慶介)

始まりはこの担当の先生にした、慶介の何気ない質問が発端だった。
そう、それは今年の最初の授業でのこと。

「では、何か質問がある者はいるか?」
「はいはいはい!」

担当の先生の言葉に、素早く反応した慶介は大きな声を上げながら手を上げた。

「どうぞ、佐久間君」
「先生は彼氏とかいますか!?」

その質問に、教室の温度がかなり下がったような気がした。

「佐久間、お前には特別課題を出してやろう」
「あ、あの~。これは?」

額に青筋を浮かべた担当の先生(女性)が慶介の机に置いたのはA4サイズのプリントだったが、かなり分厚い。
それこそ百科事典を数冊重ねたぐらいの厚さだ。

「特別課題のプリント100枚だ。これを明日までに説いて提出しろ。一日遅れるごとに倍に増やしていくからな」
「鬼! 悪魔!」
「ほう? ではもう200枚追加してやろう」

後から聞いた話だが、この先生には彼氏のことやお見合いのことなどの話題はタブーらしい。
うまいこと逆鱗に触れてしまった慶介は、その後担当の先生に目を点けられてしまったらしい。
ちなみに、特別課題の300枚のプリントは期限までに終わらず、最後は僕に泣きついてきたりしたので、一緒にやることとなった。
その時点で枚数は千を超えていたような気がするが。
結局、この日慶介は欠席だった罰として膨大な課題を出されることになるのであった。

(あ、あとでお詫びの品でも渡そう)

あまりにもかわいそうすぎる慶介の姿を見て、僕は心の中でそう決めるのであった。










放課後、夕陽が差し込む部室で僕たちはいつものように練習をしていた。

「ひゃう!?」
「な、何?!」
「どうしたの?」

いきなりすごい声を上げた澪に、唯が声を掛けた。

(び、びっくりした)

一瞬ドキッとしてしまった自分が恨めしかった。

「ベースが膝にあたって、それが冷たかったから」
「”ひゃう!?”だって~。もう一回やって」
「い・や・だ」

もう一度やるようにせがむ唯は、ある意味すごかった。

「でも、大変だよな。女子はスカートだから」

僕は普通にズボンなので、ボディが足に触れたところで冷たいと感じたりすることはない。

「そう言えば、ムギはいつも普通にキーボードを弾いているけど、手がかじかんだりしないのか?」
「うん。私手が暖かいから。ほら」

澪の疑問の声に、ムギは笑みを浮かべながら両手を差し出した。
すると、唯たちは次々にムギの手を握っていった。

「あ、本当だ」
「暖かい~。一家に一台ムギちゃんだね~」

(いやいや。ムギはカイロじゃないんだから)

唯の言葉に、心の中でツッコみを入れる僕は梓の横にいた。
梓の場合は後輩だからなどといった理由かもしれないが、僕の場合は恋人である唯が焼きもちを妬くからだ。
妬いてくれるのは嬉しいのだが、後始末が面倒なので、できれば避けたいというのが僕の本音だ。

「私、体温が高いから手が暖かいの」
「浩君もあずにゃんも、一緒に」

そんな時、僕たちに気付いたのか、唯が僕たちにも手を握るように促してきた、

「え? 私はいいです」
「僕も」

唯の言葉に、僕は目を瞬かせた。

(唯、言葉の意味が分かってるのか?)

仲間とは言え、ほかの女子の手を握ることを促す唯の気持ちが理解できなかったが、きっと僕を信じてくれているのだと納得することにした。
というより、それ以外に考えられなかった。

「はい、どうぞ」
「それじゃあ」
「失礼して」

満面の笑みを浮かべて両手を差し出してくるムギに答えるように、僕たちはムギの手を握った。

「あ、本当だ」

(そんなに暖かいか?)

僕にはそれほど暖かさを感じることができなかった。
きっと僕も体温が高いからだろう。

「あずにゃんの手は小さくてかわいいね~」

「ッ!?」

そんな中、それを見ていた唯の言葉に梓が顔を青ざめた。

「どうせ私は手が大きくて心も冷たい女ですよ」
「うわ、まだ根に持っていらっしゃる?!」

確か、その話題は夏の合宿のはずなので大体2~3か月前のはずだが。

「違うよ澪ちゃん。手が冷たい人は心が暖かいんだよ」

(ん? それだと……手が暖かい僕は心が冷たい?)

何となくあってはいるが、少しショックだった。
だが、ショックを受けているのはほかにもいたようで、

「ムギ、何をやってるんだ?」
「え!? な、何でもないよ」

窓に両手を当てて冷やそうとするムギに、律が声を掛けていた。

「ムギちゃんは、手も心も温かいよ♪」
「………ふふ。ありがとう、唯ちゃん」

やわらかい笑みを浮かべながら口にした唯の言葉に、ムギは嬉しそうにお礼を言った。
その後、僕たちはいつものようにティータイムを迎えることとなった。

「あったかい~」
「本当です」

ムギが淹れた暖かい紅茶に、皆の顔がゆるむ。

「あ、この間の歌詞は絶対になしだからな」
「えぇ!? どうして?!」

そんな中、ふと思い出したのか律が澪にそう告げていた。

(まあ、ある意味黒歴史にも近いからな。あの歌詞は)

まさかのラブレターと勘違いをさせた歌詞だ。
当然の反応だった。

「浩介は、良いと思うだろ?」
「僕も今回ばかりには律に賛成だ」
「そんな……」

僕の方にまで聞いてきた澪に、僕は心を鬼にして澪が考えた歌詞を斥けた。
というより、もしこの歌詞を採用して律がラブレターと勘違いしていたことを思い出しそれによって演奏に問題が発生するようなことになれば、とんでもない問題に発展する可能性もある。
ならば、いっそのこと没にした方がましだ。
そんなこんなで、肌寒くはあるが心温まる冬の日は過ぎていくのであった。

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第94話 とある冬の日

土曜日の放課後。

「浩介は、これから部活か?」
「いや、今日は用があるからこのまま帰る」

いつものように声を掛けてきた慶介に、俺は相槌を打った。
用というのは他でもなく魔界に帰ることだ。
夏休みのあれで懲りた僕は会社にあるゲートを使っていくことにしたのだ。
少しだけ面倒くさいが、背に腹は代えられない。
そう言うことで、今日から魔界に帰還するのだ。

(これで鍋パーティに間に合えばいいんだけど)

さすがに姉妹だけで鍋をするというのは悲しすぎるような気がした僕は、無理をしてでも参加することにしたのだ。
とはいえ、用事をおろそかにはできない。
そこで、早めに戻って仕事を素早く片づけることにしたのだ。

「珍しいな。最近は愛しの平沢さんに会うために、毎日部活に参加をしているのに」
「ちょっと待て。それではまるで、僕は唯に会うために部活をしているみたいではないか」

少しばかり聞き捨てならないことを言われたような気がした僕は、素早く反論した。

「でも間違ってないだろ? それなのに部室に行かないということは―――」
「…………………慶介、『他の女ができたのか』とか言ったら潰すぞ」

慶介の言葉を遮って、僕は彼が言いそうな言葉を封じることにした。

「そ、そんなことがあるわけないじゃナイデスカ」
「カタコトになってるぞ」

見るからに怪しさ満点だった。

「こ、これは宇宙からの電波を受信してたのさっ」
「もういいよ。それ以上続けられると惨めになるから」

慶介の肩に手を置いて、僕は深く頷くと鞄を手にして教室を後にした。

「ぢぐじょう!!! 下剋上だ! 下剋上してやるぅっ!!」

後ろの方からそんな喚き声が聞こえてきた。
今日もなんだかんだ言って平和だった。










「おかえりなさいませ。高月大臣」
「どうでもいいけど、そんな堅苦しい出迎えはいいから」

魔界に到着した僕に非常に堅苦しい出迎えをする職員に、僕は何度目かわからない頼みごとをした。

「そんな恐れ多いことできません! 高月大臣は我々の象徴なのですから!」
「はぁ………」

もはや諦めかけていた。
僕はこのままずっと同じような出迎えをされるのだと。

「ちーす、大臣。元気っすか?」
「……………………はい?」

入出国管理センターのロビーに出た僕に掛けられた言葉に、思わず言葉を失ってしまった。

「大臣、堅苦しいのが嫌って言ってたっすから。こんな感じでどうっすか? それとも浩介と言ったほうがいいか?」
「……………………」

確かに、堅苦しいのは嫌だとは言った。
だが、物には限度と言うものがある。
僕が言っていたのは”大臣”の部分を抜けという意味だ。
間違っても、ため口でしかも呼び捨てにしろという意味ではない。

「貴様、名前は?」
「俺っすか? 俺は根室 忠(ねむろただし)っす」

僕の雰囲気が変わったことにも気づかずに、根室は口調を変えない。
それどころか肩を叩いたりしてくる。

(落ち着け。相手は新人だ。ちゃんと言葉で説明をしよう)

見たことがない顔なので、新人職員であることは間違いがない。
新人であれば言葉遣いが少しおかしくて当然だ。
そう自分に思い込ませることで、怒りをこらえる。

「あ、たかっち。これから飯食いませんか?」
「……………」

その言葉で押さえていたものが一気に決壊した。

「咎人に罰を!! ナイトメア!!」
「ぎゃああああああ!!!?」

僕は根室に魔法という名の鉄槌を下すのであった。










「――――ということか」
「ええ。そうなります」

連盟長室に移動した僕は、連盟長から先ほどの騒動の経緯を聞かれていた。

「相手は幸い命には別条はないみたいだが、まさか本当に武力行使するとはな」
「本当に面目ないです。堪えようとはしていたのですが、我慢ができませんでした」

根室は病院の方に搬送されたが、幸い命に別状はなかったみたいで、ほっと胸をなでおろした。

「まあ、心の方には傷を負わせたがな」

とはいえ、彼の心の中には決して拭えない恐怖が植えつけられたことだろう。
それが”ナイトメア”の恐怖なのだから。

(全く、どうしてああも極端何だろう)

僕は心の中でため息をついた。

「しかし、あの浩介がよく変わったものだ」
「はい? どういう意味ですか? それは」

連盟長から言われた言葉の真意がわからなかった僕は、連盟長に尋ねた。

「昔のお前ならば、我慢することなく即座に抹殺していたはずだ。それを我慢しようとしたばかりか、少ないダメージに留めようとするなどといった配慮をするようになるとはな。驚きだ」
「私だって、変わりますよ。連盟長」
「ほぅ?」

僕の言葉に、連盟長は興味深げに眼を細めて僕を見てくる。
それはまるで値踏みのような気がした。
ならば僕も負けていられない。
僕も負けじとばかりに視線を逸らさない。

「…………そっちの方に言われていた書類がある。本当にする気か?」

どうやら僕の方が勝ったようで、連盟長は手にあった服を見て呟いた。

「ええ。このくらいの量、僕には造作もありませんし」
「そうか」

僕の言葉に、連盟長は何も言わなかった。

「がんばれよ」

ただ、そう静かにエールの言葉を掛けられた僕は、連盟長に一礼するとその場を後にした。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「変わる……か」

浩介が立ち去った連盟長室で、宗次朗は静かにつぶやいた。
その声色は息子の成長を喜ぶ父親のようなものであった。

「久美子の情報では、浩介には婚約者ができたようだな」

そうつぶやきながら、宗次朗は引き出しから一通の書類を取り出す。
その書類には『平沢唯について』という表題の資料だった。
それを一枚一枚目を通していく。
そこに記されているのは唯の素行や人間関係などの個人情報だった。

「別に問題もなさそうだな」

資料に目を通し終えた宗次朗は、静かにそうつぶやいた。

「とりあえず、私はしばらく静観することにしようか」

いずれは自分の手助けが必要になる時が来るかもしれない。
宗次朗はそれまで何も言わずに待つことにしたのだ。

「にしても、あいつに恋人か………やはり、私は間違っていなかったか」

その時の宗次朗の表情は、部下を思う連盟長ではなく息子のことを思う父親のもとなっていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「よし、こんなものだろう」

法務大臣室に移動した僕は、一気に年末年始の仕事のノルマをこなしていた。
腕を伸ばして、固まった筋肉をほぐしていく。

「今何時だろう?」

ふと時間が気になった僕は、その時刻に、驚きを隠せなかった。

「夕方!?」

しかも日数的に一日経っているし。

(そう言えば、意識がなくなっていた時があったな……あれが原因か)

時間が予想よりも掛った原因を突き止めた僕は、思わずため息を漏らしながら頭を抱えた。
時間的にも夕食時だろう。

(間に合わなかったか)

自分の不甲斐なさに、怒りが込み上げてきた。

「しょうがない。遅れてでも参加するか」

僕は遅れて参加をするという方向で、修正することにした。
それからは本当に素早かった。
処理していた仕事用の書類をまとめて、提出用のスペースに置いておき、半ば走るような勢いで大臣室を美出した。
そして入出国管理センターで”特務再開”という名目の元、僕は元の世界に向かうことにしたのだ。

「それでは最終確認をいたします」

唯たちのいる世界とつながるゲートを前に、新人の職員(根室ではない)によって、最終確認を行っていた。
これは、転送先に間違いがないかを確かめるための物だ。

「世界コードは”F-0001A”、転送場所は日本の拠点地。以上で間違いは?」
「ない」

職員から告げられた転送先の情報に、僕は間違いがないことを確認して、薄暗い部屋の中でうっすらと光を発して存在をアピールする魔法陣(ゲート)の上に立った。

「それでは、転送を開始します。護武運を」

新人職員の言葉とともに、僕は浮遊感に襲われる。

(帰ったら急いで唯の家に行こう)

そんなことを考えながら、僕は唯たちのいる世界へと転送されるのであった。










「よし、到着……………」

目的地に到着した僕は、思わず言葉を失った。
そこは全く見知らぬ場所だった。
目の前には壁に掛けられた大きな額縁などがあった。

(ここって、完全に他所の家じゃないか!?)

何が起こったのかを理解するのに時間はかからなかった。

(あの野郎、座標を間違えやがったな)

それしか考えられなかった。

「はっ!?」

そして思い出した。
ここは人の家だ。
つまり、この家の人がここにいることになる。

(騒動に発展する前に、ここを出ないと)

僕はこの場を脱出するべく行動を開始した。

「あの……」
「ッ!?」

その矢先に背中に掛けられた女性の物と思われる声に、僕は身を固くする。
だがそれも一瞬のことで、素早く声の方に振り向くとクリエイトを突きつけて魔法を使える状態にした。
魔法を使って記憶を消去しようと考えたのだ。
しかし、どうやらその必要はなかったようだ。

「って、梓!?」

そこにいたのは携帯電話手にソファーに腰掛けて、目を驚きに見開かせている梓の姿があった。

「こ、浩介先輩? どうして私の家に」
「向こうで僕を送るやつが場所を間違えたみたいで」

驚きながら聞いてくる梓に、僕は恥ずかしさのあまり苦笑しながら答えた。

「そ、そうなんですか」
「お騒がせして申し訳ない。僕はこれで――「待ってください!」――」

素早くその場を後にしようとする僕を呼び止めたのは、梓のその一言だった。

「な、なに?」
「あの、この子を助けてください!」
「助けてって………梓、猫でも飼ったのか?」

梓の視線の先にはソファーの上で立っている子猫の姿があった。

「違いますっ。友達から預かってたんですけどいきなり具合が悪そうになって……家には誰もいなくて、私どうしたらいいか」
「なるほど、状況は把握した」

何が起こっているのだけは把握することができた。
それじゃ、ちょっと見てみるけど、報酬はチーズケーキ3つだからね。

「は、はい! ありがとうございます」
「その前に、靴脱いでくる」

今気づいたが、僕は靴を履いたままリビングに立っていた。
ものすごくマナー違反だが、当初は靴を履いていてもおかしくない場所に行く予定なのだから、かんべんしてもらいたい。

「って、土足で上がらないでください!!」

とはいえ、起こられるのはある意味仕方のないことだったが。





靴を玄関に置いてきた僕は、気を取り直して子猫の容態を調べるところから始めた。
右手を開くようなしぐさで目の前にホロウィンドウを展開させる。

「子猫のバイタルを確認……正常」

ウィンドウに子猫のシルエットが現れさまざまな値が表示されるが、倍たるには異常が見られなかった。

「この猫具合なんて悪くないけど?」
「え!? で、でもさっき吐いたんですよ!」

僕の下した結論に、梓がすごい剣幕で抗議してきた。

「だったら、もう少し調べてみるか」

さらにホロウィンドウを展開し、コンソールで猫に関する情報を入力して検索を掛けた。

「ん?」

すると、検索によって出てきた情報に気になる記述を見つけた

「えっと……『猫は時々毛玉を吐くことがある』……梓、この猫が吐いたのって毛玉じゃないよね?」
「……………………………」

その沈黙がすべてを物語っていた。

「すみませんでした」

その梓の謝罪を打ち消すように、呼び鈴の音が響き渡った。
しかも間髪入れずに何度も何度も

「ちょっと出てきます。何かあったら呼んで。すぐに対応するから」

僕は玄関へと向かう梓に声を掛けながらクリエイトを構え臨戦態勢を整える。
やがて数人分の足音と共に梓が戻ってきた。

「あれ、浩君?」
「浩介さん?」
「へ?」

姿を現したのは平沢姉妹だった。

「あの、浩介先輩が来るまで唯先輩に電話をしていたので」
「な、なるほど」

梓のその説明が、全てを物語っていた。

「もしかして浮気ですか!?」
「違う!」
「ち、違います。これはただ……」

憂の言葉に、僕は素早く反論した。
そしてすべての事情を二人に説明する。

「そ、そうだったんですか。びっくりしちゃいました」
「わ、私は浩君を信じてたよ」

ほっと胸をなでおろす憂とは対照的に胸を張る唯だが、憂の”浮気”の単語に反応していたのを僕は見逃していなかった。

「それで、あずにゃん二号は?」
「それが、毛玉を吐いただけだったみたいで」

唯の問いかけに、頬を赤く染め、申し訳なさそうに答える梓。

(勝手になづけるなよ)

その勝手に名づけられてしまった子猫は、ソファーの上で眠っていた。

「良かったね、何もなくて」

ある意味取り越し苦労だったわけだが、唯は嫌そうな顔を一つもせずに喜んでいた。

「あ、ねえねえ浩君」
「何?」

ふと何かを思い出したのか僕の方に視線を向けて声を掛ける唯に、僕は用件を尋ねた。

「マシュマロ豆乳鍋とチョコカレー鍋、どっちが食べてみたい?」
「はぁ!?」

唯に突き付けられた究極の二択に、僕は思わず大きな声で叫んでしまった。

(というより、何その変な鍋は!?)

「まさかとは思うけど、今日しようとした鍋ってそんな感じか?」
「うん♪」

満面の笑みを浮かべながら頷く唯に、僕は頭痛がした。
唯の味覚は僕とは一生合わないような気がした。

「ねえ、ねえ。どっちがいい?」
「急用を思い出したから帰る!」
「あ、待ってよ! 浩君」

恋人の前から逃げるのは少しだけ気が引けるが、どっちも非常にとんでもない鍋になるに違いない。
そしてそれを僕がも食べる羽目になるだろう。
いくら何でも命が惜しいのだ。

(ごめん、唯!)

唯に心の中で謝罪の言葉を送りながら靴を履いて、すぐに僕は転移魔法でその場を離脱するのであった。

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第93話 移ろいゆくもの

11月下旬。
季節はすっかり冬へと移り、ひと肌恋しい季節が訪れようとしていた。
周りを歩く女子生徒は、みなマフラーやらカイロやらで寒さを紛らわしている。

「はぁ……」

試しに息を吐いてみると白い靄のようなものが出てきた。
季節はもう冬だ。
僕はここのところ毎日ある場所に立ち寄っている。
それはとある橋だ。
そこに差し掛かった時、ツインテールの髪形の女子生徒の姿があった。

「何をやってるんだ?」

しゃがみこんで何かに手を伸ばそうとして、逃げるように走り去っていった。

「………あぁ、なるほど」

少し近寄ってみると、そこには虎次郎の姿があった。

「おはよう、虎次郎。はい、いつもの御飯だよ」
「にゃ~」

下から差し込むように魚の切り身の入ったアルミパックを差し出すと、口元に黒い模様の入った猫はそれを食べていく。
この猫は、この間偶々見つけた野良猫だ。
本来であればこのようなことはしないが、魔が差したのか僕は今でも餌やりを続けている。
可愛げは全くない。
というより最初は威嚇されたりもしたが、最近はそんなこともなく頭を撫でても威嚇することもなかった。
そのうち飼い主と誤解してついてくるのではないかとも思ってしまったりするのだが、さすがに考えすぎだろう。

「それじゃあね、虎次郎」

食事を終えた虎次郎の頭を軽くなでると、アルミパックを回収して僕はその場を立ち去った。
ひと肌恋しいお寒いこの季節。
僕の心はどこかホッカホカだった。










「寒いな、浩介」
「なにだらしないことを言ってるんだ……”男たるもの寒さには強くあれ”だぞ。まあ、確かに寒いけど」

教室で寒さに体を震わせている慶介に、僕はため息交じりに言った。
そんな時、僕の席に近寄る数人の女子生徒の姿が目に留まった。

「高月君でも寒いって感じるんだね」
「超人だから寒さも厚さも感じないって思ってたんだけど。やっぱり高月君も普通の人だったんだね」
「お前らは僕をなんだと思ってるんだ?」

女子生徒たちのあまりな言葉に、僕はジト目で追及する。
まあ、言いたいことは分かるけど。

「だって、夏なんて暑いのに平然と汗もかかずにいたじゃない」
「慣れの問題だ。もっと熱いところにも行ったことがあるんだから、ここの夏の暑さなんてまだまだ可愛い物だ」

任務で様々な世界に行くことがある僕の仕事上、仕方がないのかもしれないが中には劣悪な環境の世界もある。
気温数百度の灼熱地獄もあれば、氷点下90度越えの所だってある。
そう言った場所に対応できるように訓練を積んでおり、ある程度であれば耐性が出るようになっていた。
とはいえ、暑いものは暑く、寒いものは寒いわけだが。

「はぁ。寒くても、暑くても浩介はモテるんだよな。不公平だよな」
「不公平って……」

慶介の嘆きに、僕は言葉を失った。

「ちくしょー。なぜだー、なぜ俺だけモテないんだー!」
「それは……」
「やっぱり……」
「性格じゃない?」

慶介の言葉に、女子生徒から周りに回って僕の方に来たため、思いついた理由をそのまま口にした。

「あの、それは逆にダメージがでかいんですが」
「知るかっ!!」

季節がどうなろうと、僕たちはある意味いつも通りだった。










放課後、いつものように部室に集まった僕たちは唯が来るのを待つことにしたのだが……

「暗くないか」
「明かりでもつけるか?」

僕の言葉に反応した律がこっちを見ながら聞いてきた。

「いや、照明じゃなくて雰囲気が」
「冬だからこんなものだろ」

(冬と雰囲気が暗いのとどういう関係があるんだ?)

律の言葉の意味が、僕にはまったく理解できなかった。
もしかしたら冬の空気というのは人の雰囲気を暗くする何かが、あるのかもしれない。
そんなこんなで、再び部室内が沈黙に包まれた。
先ほどからずっとこのような感じなのだ。
さすがに冬だからと言って雰囲気まで暗くされるのはたまったものではない。

(抗議してでも元に戻してもらうか)

そんなことを考えた時だった。

「うぅぅ~、寒いぃぃぃ~」

体を震わせながら唯が姿を現した。
そしてそのまま流れるように僕の横に腰掛けた。

「律ちゃん、お寒いですな」
「お寒うございますね~」

(それはどこのおばあさんだ?)

口にすると何だか面倒くさいことになるような気がしたので、あえて何も言わないことにした。

「あ、律ちゃん」
「何だ唯―――――ひゃああああ!!?」
「おぉ~、あったかい―」

ふと何かを思い出したような表情をした唯は律の頬に両手を触れさせた。

「何を、するんだっ」
「ひゃああああ!!!?」

律もやり返す形で、一気に部室が賑わしくなる。

(さすが唯。雰囲気を変えるのが上手だ)

もはやそれは素質なのかもしれない。

「こうなったら、ぴと」
「ッ!?」

いきなり腕に抱きつく唯。

「うん、やっぱり浩君はあったかあったか、だよ~」
「あはは、僕もだよ」

寒さなど感じてもいなかったが、体の内側から暖かくなるような感じがする。
きっとそれがひと肌なのかもしれない。
どんどん僕は元気になっていくような気がした。
きっと唯の力なのかもしれない。

「………なんだろう、寒いはずなのにそれが気にならなくなるこの感じは?」
「私も、なんだか寒さが吹っ飛んだよ」
「私はもう慣れました。でも、暑いです~」

それを見ていた周りが別の意味でぐったりとしてしまったが。





そんなやり取りもひと段落したところで、練習を行うことにした。

「うーん、寒くてギー太が弾けないよー」
「何、洒落ごとを」

唯の漏らした言葉に、僕は冷たく返した。
それほどくだらない理由だったのだ。

(まあ、気持ちは分からなくもないけど)

「そうだ! 手袋をすればいいんだっ!」
「やってみろよ」

唯が名案だとばかりに口にした案が、どのような結果をもたらすのかがわかったのか苦笑しながら律が促した。
それを受けた唯は手袋をはめるとピックを持とうとするが

「ピックが持てないよ~~」
「そこからかいっ!」

ピックをお手玉のように弾く唯に、思わずツッコみを入れてしまった。
そんなこんなで、ようやくピックを持つことができた唯は、弦を抑えてピックを持った左手をストロークさせる。
聞こえた音色は、伸びが悪くミュートしているようなものだった。
つまり、簡単に言うと

「あぅぅ、弾けない!」

ということだった。
すると、何を考えたのかギターを横に置いて手袋を外すとそれを先ほど自分が座っていたベンチに置き、それを指差して

「失望したっ!」

などと叫んだ。

(まあ、ある意味予想通りの結果だけど)

弾けた方が僕にとっては驚きだ。

「当たり前だ。なあ、律?」

そんな唯に言った澪は、律にも同意を求めようと声を掛けるが、返事が返ってこない。

(ん?)

「律?」

澪が再度声を掛けるが、やはり反応がない。
ぼーっとどこかを見ているだけだった。

「律、どうしたんだ~?」

僕はドラムの椅子に腰かけている律の顔の高さに合わせてかがむと手を振りながら声を掛けた。

「ッ!? きゃ!!」
「たんぺ?!」

一瞬何が起こったのか理解できなかった。
だが、左頬からじんわりと伝わる痛みが何が起こったのかを物語っていた。
叩かれたのだという事実を。

「………………なぜ?」
「あ、わ、悪い。浩介の顔が目の前にあったから、びっくりして」

慌てて謝ってくる律だが、僕は怒りよりも疑問の方が強かった。
窓側に移動して首を傾げ続ける。
窓から伝わる冷気がなぜか一番冷たく感じた。

「浩介先輩大丈夫ですか?」
「僕の顔って、ビンタされるほど変なのか?」

心配そうに声を掛けてくる梓に、僕はそう尋ねた。

「い、いえ! 浩介先輩は何も悪くないですよ!」
「そうだよ! みんな冬が悪いんだよ」

梓に続いて唯が返事を返した。

「冬のせいにしないでください」
「あ、そうだよね。冬でもいいことはあるもんね」

何とか立ち直れた(というより、深く考えるのが馬鹿馬鹿しく思えてきた)僕は窓から視線を外した。

「あ、そうだ! 今度の日曜日皆で鍋をしようよ!」
『……………』

唯の唐突な提案に対して、みんなの反応は冷ややかなものだった。

「あれ?」
「ごめんなさい。その日は私、用事があって行けないの」
「私も。弟を映画に連れてく約束をしてるから」
「私も、その日は家から出られそうになくて」

ものの見事に用事が重なっていた。
ここまで来ると作為的なものを感じる。

「えぇ~………澪ちゃんと浩君は?」
「私も、歌詞の方を考えたいから」
「そんなぁ~」

澪の返事に、悲しげな表情を浮かべる唯に、圧された澪は視線を逸らした。

「いつも唯や律が邪魔をして作詞に集中できないんだよ」

そう言って床に置いたのは一冊のノート。
それは澪が作詞をするときに詩を綴る物だった。

「ほら」

それを開いた澪は見るように促したので、それを覗き込んだ。

「なんだ、これ?」

そこにはページ一杯に色々な絵が描かれていた。

(これはいつから作詞ノートからお絵かき帳になったんだ?)

そんな変な沈黙が走る中、これを書いた主犯の二人はというと

「「申し訳ありませんでしたぁっ!」」

土下座をして息を合わして澪に謝っていた。

「あ、それじゃ、浩君は?」
「僕も無理だ」

こちらの方にも及んだ問いかけに、僕はきっぱりと告げた。

「そ、そんな……」
「おやおや、もしや不倫ですか?」
「はぁ!?」

にやりとほくそ笑んだ律の一言に、僕は首をかしげる。

「そうなんですか!?」

何故だか僕に不倫疑惑がかけられてしまってる!?

「信じてたのに……」
「浩介君、それは人として最低よ」

そして非難の目が向けられる。

「だぁぁぁ!! 不倫なんかするわけないだろうが! 僕が愛してるのは唯だけだっ!!」
「ッ!?」
「おやおや~、お熱いどすなぁ」

僕の大声の告白に、唯の顔が真っ赤になる。
そんな中、律のいたずらっ子のような表情が全てを物語っていた。

(嵌められたっ!)

「浩介先輩、恥ずかしいことを大きな声で言わないでくださいっ」
「………………」

もう、何も言うまい。

「そ、そそそそれで、どうしていけないんだ?」

そんな中、澪によって話題が変えられた。
まあ、ドモらなければもっとよかったんだけど。

「一回故郷の方に戻るから」

答えも非常に簡潔だった。

「故郷って、魔界ですよね? どうして戻るんですか?」
「新人のバカがどうも気が弛んでいるようだから、一回徹底的にしごいてやるんだよ」

それはこの間父さんから言われたことだった。

『管理センターの新人がどうも気が弛んでいるらしくてな、遅刻をしたり転送ゲートの座標を間違えたりしている。このままでは任務に支障が出る故、お前の方で性根を叩き直してもらいたい』

それが、父さんの指令だった。

「ついでに、年始に行う仕事も一緒に片づけてくるから帰るのはかなり遅くなると思う。まあ、年末年始はゆっくりしたいからね」
「むぅ……それじゃ、ギー太と憂の三人で鍋にしよう」

(三人……なのか?)

何だかツッコんではいけないような気がするんだが、すごく気になった。

「ギター汚さないでくださいよ。この間メンテナンスしてもらったばっかりなんですから」

ティーカップを手にしながら注意をする梓に、唯はピースサインをしながら口を開いた。

「大丈夫だよあずにゃん。ちゃんと前掛けをするからー」
「……ならいいですけど」
「いいのかよ!?」

梓の反応に思わずツッコみを入れてしまった僕だが、みんなもそれは同じだったようで、梓の方に視線を送っていた。
そんな冬の部活風景だった。





「あ、浩君。寄り道していい?」
「別にかまわないけど、どこに行く気だ?」

帰り道、全員と別れふたりきりになって少ししてから聞いてきた唯に、僕は疑問を投げかける。

「コンビニ♪」

何のためらいもなく、笑みを浮かべて告げたのはそれだった。

「なぜにコンビニ?」

(今日はみんなおかしいな)

律はいきなり顔を叩くし、ムギは突然どこかに行くし、梓は”おもちゃ”を買いにどこかに行くし、唯はなぜかコンビニに行こうとするし。

「何の食べ物を買うんだ?」
「あぁ!? 浩君、私の心の声を読んだんだね」

当たりだったのか頬を膨らませて抗議の声を送る唯に、僕はため息をついた。

「心を読むまでもない。さっき唯のお腹がかわいらしくなってたし」
「あうぅぅ~、浩君のイジワル」
「はいはい、むくれないむくれない」

気づかれていないとでも思ったのか、頬を膨らませる唯に、僕はなだめながらコンビニへと向かうのであった。





「にっくまーん、ホッカホカ~♪」
「良いよな、お前は何事にも幸せそうで」

当たり前のことなのに、それを嬉しそうに喜んでいるのはある意味才能なのかもしれない。

「浩君は私といて楽しくない?」
「そんなことはない。ただ、唯のように何事にも楽しむという感覚がわからないだけ」

悲しげな表情を浮かべる唯から視線をそらして、僕はそう返した。

「それじゃ、浩君はこれからそれがわかっていくんだね」
「…………そうだな」

そのような日が来るかはわからないが、僕はそう返しておくことにした。
その日が来るときこそ、僕は本当の意味で変われるかもしれないから。

「ということで、浩君には肉まんを半分進呈しよう!」
「どうも」

唯から肉まんを分けてもらった僕は、それを口にする。
肉まんの生地に入った肉が、実に絶妙な味を出していた。

「どう?」
「最近のコンビニはレベルが高いんだね」

唯に促されて出てきたのは、そんな言葉だった。

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第92話 サプライズとお別れと

ついに運命の日を迎えた。

「よし」

昼休みの終盤に差し掛かったところで、僕は席を立った。
そしてその足で向かうのは、佐伯さんのところだ。

「佐伯さん、ちょっといいかな?」
「何?」

声を掛けると、今まで話していた女子たちから視線をそらして用件を尋ねてくる。

「一つ、お使いを頼まれてくれないか?」
「へ?」

僕の言葉に、予想していなかったのか驚きのあまりに目を瞬かせる佐伯さんの前に、ジョンへの宛名を記した一通の封筒を差し出した。

「留学生のところに行って、これを渡してもらいたいんだけど」
「えっと……自分で渡せばいいんと思うんだけど」

僕の頼みごとに、困惑した表情で言ってくる佐伯さんに、僕は肩を竦めて答えた。

「この間偉そうに言った手前、自分から行くというのは少し憚られるから」
「高月君ってそういうところ真面目よねー」
「そうそう。別に気にしないのに」

苦笑しながら理由を言う僕に、周りにいた女子たちは笑いながら相槌を打った。

「それに、僕クラス知らないし」
「あー……」

補足する形でつぶやいた僕の言葉に、佐伯さんと話していた女子が苦笑しながら声を上げた。

「分かったよ。その代わり……」
「……なにこれ?」

佐伯さんの手から僕に手渡されたのは、一枚のチラシだった。

「ここのケーキを私たちに奢ってね♪」
「チョイ待て、なんで佐伯さん以外にも」

それは有名なケーキ屋さんのチラシだった。
ケーキの味はお墨付き。
フランスなどでの賞をいくつもとっているパティシエールが作っているらしい。
そのため一個一個のケーキの値段が、べらぼうに高いのだ。
コンビニにあるショートケーキの2~4倍と言ったところだろうか。

「だって、私たちも行くし☆」
「それぼったくり!?」
「じゃ、よろしくね~」

僕のツッコミをスルーして佐伯さんたちは教室を去っていった。
僕の手紙をジョンに届けるために。

「浩介」
「何? 慶介」

そんな彼女たちの背中を見送っていると、肩に手を乗せながら慶介が話しかけてきた。

「大丈夫。いいことと悪いことはセットで来るものさ」
「何でだろう、お前に同情されると無性に腹が立つのは」

うんうんと頷きながら励ましの言葉に、僕はなぜか怒りが込み上げてきた。

「平沢さんと付き合ったことで、男子から呪いを与えられたのだっ! 俺という名のっ!」
「いや、意味わからないし」

いきなり呪いと言われても、話の筋が全く理解できなかった。

「だから、身から出たさびというか、自業自得ということだぜぇい!」
「……………………………呪いならば、払って見せよう、力ずくで」

僕はサムズアップしながら耳元で大声を上げる慶介の手を振り払って、慶介と対峙する。

「あ、あの。顔が怖いですよ。浩介さん」
「ふふ、ふふふふふふ」

僕は元凶と距離を詰めていく。
そして僕は、

「ぎゃあああああああ!!!!」

呪いを払いのけるのであった。










「準備はできた?」
「こっちは問題なし!」
「私もよ」
「私も」
「私もです」
「私もできているであります!」

放課後、軽音部の部室で演奏の準備をしていた僕たちは、お互いに確認を取り合って状況を確認した。
もうすでに演奏ができる状態になっていた。

「山中先生の方は?」
「さわちゃんはあそこでお茶を飲んでもらってれば問題はないと思う」

今回の一番のネックは山中先生だった。
ジョンは現在この学校の生徒ではないのだ。
放課後、HRを終えたのと同時にジョンは他校生となったのだ。
そんな彼が校内にいるのを教師に見つかるのは、避けなければいけないのだ。
ただ、山中先生はこの部活の顧問を担っている。
当然、部室に来ることになる。
来ない日もあるが今日は来ないということを保証できるわけではない。
山中先生にはお茶を飲んでもらっている間にベンチに腰掛けてもらうつもりだ。
そうすればばれにくくなると思ったからだ。
本当であれば、しかるべき場所に申請をすればいいのだが、完全に私用のために、生徒会や風紀委員に協力を求めることもできない(というより、そもそも承認されるわけがない)ため、現在危ない橋を渡っている状態なのだ。

「よし、頑張って演奏しよう!」
『おー!』

皆で気合を入れたところで、部室のドアが静かに開いた。

「浩介、言われた通りに来たけど……」
「オルコットさん、そこに座ってください」

困惑した様子で訪ねてきたジョンに、ムギは人当たりのいい笑みを浮かべながらジョンに英語で告げた。

「さあさあ」
「そ、それじゃ」

促されたジョンはベンチに腰掛ける。

「これから演奏するのは浩君が友人に感謝の気持ちを込めたカバー曲です。聞いてください『翼をください』」
「1,2,1,2,3,4!」

唯のMCと同時に律が早いテンポでリズムコールをする。
そして曲が始まった。
アップテンポでメリハリの効いた曲が、部室を包み込む。
その曲に唯の柔らかな歌声でさらに場を和ませ、ムギと律に僕がそれを支えていく。
そして澪の歌声で広がりすぎた曲調を引き締める。
この曲は軽音部が始まるきっかけとなった曲。
そして、それは今目の前にいる友人に感謝を告げる曲へと変貌していた。
まるでみんなが一つになったような錯覚を感じるほどにまで、曲の完成度は高かった。

(あれ?)

そんな時、僕は何かを感じた。
ただそれは、違和感などのようなものではない。
ただ、なんとなく頭に引っかかっただけだ。

(今は曲に集中しよう)

僕は自分にそう言い聞かせることで、演奏の方に再度集中する。
唯のギターパートで曲は終わった。
それはまさしく駆け抜けるような速さだった。
そして、僕たちに贈られる観客からの拍手は、それが成功したものだということを現していた。










「はぁ。うまくいってよかった」

夜、自室のベッドで横になった僕は、息を吐き出しながらつぶやいた。
ジョンへの感謝の気持ちを曲に乗せて送るという僕の提案は、見事成功の結果を収めることができた。

(今頃ジョンはどのあたりにいるんだろう?)

時間的にはまだイギリスにはついていないはずだ。

『ありがとう』

別れ際に言われた嬉しそうな表情を浮かべたジョンのお礼の言葉は、今でも僕の心の中に残っている。

(一体なんだったんだろう?)

そんな中、ふと思い浮かぶのは、演奏中に感じた違和感。
どうしてなのかは分からないが、考えられるものとしては

(もしかして、いい演奏をしていたから?)

というものであった。
別に自惚れているわけではない。
これほどまでに、時間の流れを忘れるほどいい演奏をしたのはあっただろうか?
答えは否だ。
おそらくは、今までで一番いい感じの演奏をしたと思う。

(やっぱり、進化している)

そう、その一言に尽きるのだ。
唯たちは凄まじい速度で進化して、次のステップに踏み込もうとしている。

(これならば、もしかしたら)

第二のH&Pになるのも時間の問題なのかもしれない。

「だとすれば、彼女たちは僕の………ライバルになる」

これまではあくまでも土俵下でのやり取りだった。
でももし、同じ土俵に立つというのであるならば、僕は彼女たちと争うことになるだろう。
そして、僕は負けるつもりは一切ない。

(いつの日か、対決できる日を楽しみに待つことにしよう)

僕はいつか来るかもしれない対決の日を夢見て微笑むのであった。










「それで、今度は何の用?」

またある日の休日、僕はいつぞやのように慶介に家に来るように言われ、ギターの練習を切り上げて慶介の家に来ていた。

「まあまあ、入ってくれよ」

今度案内されたのは、リビングだった。
テーブルには見たことのない花が置かれていた。

「また惚れ薬とかを混ぜてるんじゃないだろうな?」
「そんなことはもうしないって」

何気にこの間の惚れ薬混入のことを根に持っている僕は、目を細めて慶介に確認して、大丈夫だと判断した。

「実はこの間の惚れ薬は、ある植物からできているらしいんだ」
「植物?」

なんとなく嫌な予感がした。
例えば、目の前に置かれた強烈なにおいを発している謎の植物とかが。

「これがその花らしいんだ。おっと、匂いを嗅がない方がいいぜ。常人だと嗅いだだけでコロッと行く場合があるから」

(ずっと匂いを嗅いでも何も変化がない僕は、いったい何なんだろう?)

効かないのかもしれないが、僕は植物から距離を取った。

「ふははははは」
「………」

その植物を慶介はあろうことか花に近づけると思いっきり匂いを嗅いだ。
そして、ゆっくりと鼻を元の場所に戻した。

「よくよく見ると、あの人結構美人だよな」
「……………」

慶介が指し示す先に視線を向けるとカレンダーが壁に掛けられていた。
そこには盆踊りで踊っているおばあさんの姿があった。

「慶介、またバカ効きだぞ」
「え? 俺ってウザイ?」

返ってきたのは、全くもって的外れな内容だった。

(会話が成立していない!?)

どう考えてもそれしか思い当らなかった。

「浩介、今日は何か違くない?」
「………はぁ!?」

唐突におかしな事を猫なで声で言い出す慶介に、僕は素っ頓狂な声で叫んだ。
というよりこの光景は何だかひどく既視感を覚えるのだが。

「あぁ、髪を切ったのか」
「け、慶介?」

この間よりも何だか目が血走っていて怖い。
しかも今度は鼻息も荒いし。

「口づけというのは生物に共通するコミュニケーションさ。さあ、目を閉じて」
「………ひ!?」

いきなり肩を力いっぱいつかんできた慶介は、再びわけのわからない言葉を口にした。

「しねえええええええええ!!!」
「ぎゃーーーーーーーー!?」

背筋が凍りついた僕は、条件反射で慶介の顔面を無我夢中で殴り続けた。

「………は、はは。男、佐久間慶介。愛に生き、愛に死ぬ……ガク」
「何が愛だ。バカたれが」

とりあえず惚れ薬の大元となった植物は燃やしておき、僕はそこから逃げるように立ち去るのであった。

(あいつ、いつかホモ疑惑が流されるぞ)

そんな友のことを心配しながら。
ちなみに、液体の方は適切な手段で処分をしているため、探しても見つかることはないだろう。

(あいつはそうまでして、女子にモテたいものかね)

思わずため息が出てきそうになるが、完全に持っているものの余裕のような気がするので、心の中に留めた。
そんなこんなで、僕は自宅の方へと戻っていくのであった。










『DK、ライブの件正式に決まったぞ』
「そうですか。どうぞ」

夜、自室で予習復習をしているさなかにYJからかかってきた電話の内容は、今年最後となるライブについてのことだった。
僕は、次のライブの詳細を話すよう、YJを促した。

『時間は30分、使用する楽曲は3曲ほどが限界だろう』
「そうですか。楽曲名の方は決まりましたか?」

本当に小規模のため、こちらに割り振られる時間の方もかなり短くなっていた。
だが、僕たちには不満等はない。
演奏する場所(ステージ)があるだけでも、十分にありがたいのだから。
昔は場所探しから奔走していたのだから、今考えれば非常に恵まれていると言っても過言はなかった。

『いや、それはまだだ。それで、楽曲を決めるために、明日そっちに行くから、準備をしておけ』
「分かりました」

YJの指示に応じた僕は”失礼します”と、告げてから電話を切った。
そして先ほどまで腰かけていたベッドから立ち上がると、僕は窓際の方へと歩み寄った。

「いよいよか」

そしてぽつりと僕はつぶやいた。
これまで9月のライブを最後に小休止を取っていたH&Pだったが、再びライブ活動を再開させる時期に突入していたのだ。
ここから先は年末年始を通して忙しくなることが予想されている。
なにせ、

「2月には大規模なライブがあるんだから」

2月のライブが年度末最後の大規模なライブとなるのだから。
このライブでの一番の目玉はやはり、”NEW STARS PROJECT”だろう。
今回から1時間に拡張された事と、これまでこのプロジェクトに応募・当選したものにも参加権を与えていることから、かなりの選考難易度が考えられる。
拡張できたのは、ひとえに社長の努力のおかげだ。
本当に社長様様である。

「これから忙しくなるな」

言葉とは裏腹に、僕の心の中はわくわくしていた。
やはり、演奏をしているときが一番僕にはスッキリできる時間だからなのかもしれない。
放課後ティータイムの方も、特に用事がなければライブはないはずなので、十分両立はできるだろう。
ただ、ライブの日などはどうしても部活に参加できなくなるので、こればかりは仕方のないことだ。

「さぁて、これからも色々とがんばりますか!」

こうして僕は、年末年始に向けて気合を入れるのであった。

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