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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第116話 修学旅行前日

それは、ある日の休み時間のこと。

「ねえ、高月君」
「なんだ? 佐伯さん」

次の授業の準備をしているところに、佐伯さんから声がかけられた僕は、準備の手を止めて佐伯さんのほうに顔を向けて用件を尋ねた。

「この間、修学旅行の班分けの話があったでしょ?」
「確かにあったね。それが?」

数日前に山中先生からHRで言われたことを思い出した僕は、さらに詳しく聞いてみることにした。

「その………よかったら私たちと一緒の班にならない?」
「………」

(またか)

佐伯さんの口から出た本題に、僕は心の中でため息をついた。
というのもここ数日の間、僕は数人の女子から同様の誘いを受けているからだ。
”正直言って僕なんかを誘って何が楽しいのだろうか?”と思ってしまうのだが、それは口にしないようにした。
一度してしまえば場の雰囲気を悪くしてしまうからだ。
さすがに僕もそんなことをするほど馬鹿ではない。

「悪いけど、もう組む班は決まってるから」

僕は、これまで何度もしている言葉を佐伯さんに告げた。
そう、僕はすでに軽音部メンバー(梓を除く)で班を組んでいるのだ。
尤も誘ってきたのは律だが、誘われなくても僕は唯と一緒の班にはいるつもりだった。
折角の修学旅行だ。
羽目を外しすぎない程度に楽しんでも罰は当たらないだろう。
それに、もしほかの女子がいる班にでも入ったらと思うと……

(考えないようにしよう)

ちょっと考えただけで背筋が凍るような寒気を感じた僕は、それ以上考えるのをやめることにした。

「そう……」
「悪いね」
「ううん。気にしなくて大丈夫だよ。だって……ねえ?」

目に見えてがっかりしたような表情をうかべた佐伯さんは、慶介のほうに視線を向けると意味ありげに聞いてきた。

「なるほどね」
「ちょっと、人の顔を見て何意味ありげな表情をして頷頷き合ってるんだっ!」

佐伯さんの言わんとすることを察した僕の相槌に反応した慶介が、こちらのほうに近づきながら問いただしてきた。

「言ってほしいのか?」
「言わないでください!」

僕の応えに、慶介はまるで滑り込むような勢いで土下座をしながら止めさせてきた。
何となく、慶介が惨めに思えた僕は、土下座をしている慶介から視線を外すことにした。

「大丈夫だよ。慶介はとても変態でバカでいい加減(*以下同じ内容なので省略)な人だけど、とってもいいやつだから」
「ありがとう、浩介。とでも言うと思ったか!! なんだよその暴言にも近い言葉は! しかもフォローがたった一言だけだし!」

僕ができる最高のフォローに、慶介が不満げに抗議(というよりツッコミに近い)してきた。

「これでも、まじめに真剣に考えたんだけど」
「それであれって、逆に俺が傷つくんだけど?!」
「まあ、それはともかく。慶介は人の嫌がることはしないやつだから。それは僕も保証するよ。だから、どうかな?」

慶介からのキレのいいツッコミをもらったところで、僕は佐伯さんが安心できるように慶介のことを話した。

「高月君がそこまで言うんなら……でも、一つだけ条件があるの」
「条件?」

一体どんな条件が課せられるのかとドキドキしながら佐伯さんの言葉を待っていると

「佐々木君が変なことをしたら止めてね」
「もちろん。全力全壊で止めさせてもらうよ。まあ、近くにいたらだけど」

何とも簡単な条件だったことにほっと胸をなでおろしながら、僕はその条件を呑んだ。

「ちょっと今、全開の”かい”がすごく物騒な漢字になってたぞ!!」
「ただの気のせいだから、気にするな」
「そ、そうか。それならよかった」

なんだか意味の分からないことを喚き散らす慶介を安心させるように相づちを打った。
こうして、何とか慶介は佐伯さんの班になった。

「よかったな、慶介の夢がかなったな」

僕たちから離れていく佐伯さんの背中を見送りながら、僕は慶介の肩をたたきながら祝福の言葉をかけた。
ちなみに慶介の夢は”女子と一緒に思い出に残るような時間を過ごしたい”といったものだったはずだ。

「嬉しいんだけど、どうしてだろうか? この悲しい気持ちは」

僕はそんな複雑そうな慶介のつぶやきを無視することにした。










「それにしても、どうして人を選びたがるんだろう。たかがと言ってはあれだけど、自由行動の班分けだろうに」

慶介の班分けが決まった次の日のある休み時間のこと。
僕の席にやってきた慶介に僕はふとそんな疑問を投げかけてみた。
そんな僕に、慶介は驚きに満ちた表情をうかべながら

「浩介、お前知らないのか?」

と聞いてきたので、僕は

「何のこと?」

と、聞き返した。

「自由行動の班分けは、部屋割りにもなってるんだよ」
「………は?」

慶介の口から出たあまりにも衝撃的な答えに、僕は一瞬固まってしまったが、何とか反応することができた。

「プリントにもちゃんと書いてあっただろ? 『部屋割りを兼ねている』って」

慶介に言われて僕はようやくちゃんとあの時配られたプリントに目を通していなかったことを思い出した。
もっとも、慶介の表情から嘘をついているようには思えなかったので疑ってはいなかったが。

「なんで、男女混合なんだよ。倫理面的に大問題だろ」

いくらなんでも年頃の男女が同じ部屋で寝るだなんて問題がありすぎる、
保護者から苦情が殺到していてもおかしくはない(というより、無い方がおかしい)状態だ。

「それがな、男女別にすると、ホテルの部屋が足りなくなるらしいんだ。5クラスの男子を固めても」
「…………」

この学年は一クラス二男子が2名。
まあ、一部のクラスは1人だが、4人と5人で分けても十分に足りそうな気がするが、きっと大人の事情があるのだろう

「なんでも、数年間修学旅行で使用しているホテルに教師が間違えて予約を取ったらしくて、他のホテルで予約を取ろうとしたんだけど部屋が不足しているみたいで断られたから、そうなったらしい」
「しかし、大丈夫なのか? 本当に」

さすが生徒会の役員。
裏事情まで説明してくれる慶介に感謝しながら問いかけてみた。

「保護者には一人ひとり説明をしているらしい。なんでも男女混合にする際はそのメンバー内の女子の誰かと交際をしている男子にする、とか。見回り回数を増やすとか」
「何それ」

慶介の口から出た教師たちの対応策に、僕は自分の耳を疑ってしまった。
最後のはよくわかる。
だが前者の案はいったいなんだ?

「なんだか教師側が各クラスの交際している男女のことを把握しているみたいで、恋人同士だったら問題はないだろうっていう理屈みたい」
「いや、問題ありまくりだろ」

一体どうやって把握しているのかはこの際おいておくとして、恋人同士だからこそ発生する問題はあるはずだ。
主にA,B,C的な奴で。

「まあ、それを兼ねての見回り強化らしいけど」
「ここの教師は能天気なのか、馬鹿なのかよくわからない」

慶介からされた説明に、僕はため息交じりに呟くのであった。










『はははっ。それはいいじゃないか!』
「勘弁してください」

夜、自室で予習をし終えたところにかかってきた中山さんからの電話で、修学旅行でのとんでもな事実を話すと、軽快に笑いながら言い返されてしまった。

『浩介だって眼福だろ』
「いや、まあ……そういわれると否定はできないですけど」

僕とて唯と一緒にいられてうれしいという思いがあるので、あまり強く言い返すことはできなかった。

『まあ、分かっているとは思うけどハメは外すなよ』
「分かっていますよ」

自分の立場的にも、不要なトラブルを招くようなことは避けるのが一番だ。
まあ、女子と一緒の部屋に寝るという時点でそれはできていないわけだけど。
週刊誌に”DKに熱愛が発覚か?”などという見出しが載るのはできるだけ避けたい。
載ったとしても、それは自分で公表したときにしたいものだ。

『それじゃ、そろそろ切るわね』
「あ、はい。おやすみなさいです」

僕のあいさつに、中山さんも”お休み”と返して電話が切られた。

「さて、僕も寝るか」

気づけばすっかり夜の10時を過ぎていたので、僕は早々に翌日の授業で使う教科書などを鞄に入れると、部屋の電気をきってベッドにもぐりこむのであった。










「よし、これで一通りそろえたかな」

修学旅行前日、僕は旅行用かばんに必要な荷物を詰め込んでいた。
肌着や非常時の食料などもばっちりだ。
もちろん魔法関連の物を持っていくことも忘れない。

(武器関連は格納庫に入れておくとして、それ以外の物は……)

必要なものがあるかどうかを見極めながら、僕は持っていく魔導具を選んでいく。
結局僕が選んだのは、一回だけ物理攻撃などから身を守ってくれる防御アイテムだった。
折角の修学旅行だ。
不意打ちを気にして歩くのではなく、純粋に旅行を楽しもうと考えた結果だった。

「さてと、明日の修学旅行はいったいどういうものになるのだか」

なんだか無性に不安に感じてしまうのは、どうしようもなかった。
一応唯たちとは修学旅行での自由行動の時に行くところを話し合ったりはしたが、ちゃんとまとまらずその場その場で臨機応変に回っていくという方向で話が決まった事も原因の一つだ。
行き当たりばったりというのが何とも僕たちらしかったが、それがそこはかとなく怖くもあるのだ。

(まさか旅行先で乱闘騒ぎを起こすようなことはないよな?)

そんな不安を抱えながら、僕はついに修学旅行当日を迎えることになるのであった。

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第115話 原点回帰

部活も終わり、梓とともに帰路についている僕と唯に梓の三人は、歩道を歩いていた。

「うぅ、こんなに持ってきたのに~」
「諦めて持って帰ってください」

あのあと色々と策を披露した唯だったが、そのかいむなしく空振りに終わったため道具一式を持ち帰ることとなった。
ちらっと見る限り、フロアスタンドやラケットなどが見えるが、一体何に使うつもりだったのだろうか?

「ねえあずにゃん、浩君」
「何ですか? 唯先輩」
「なんだ?」

そんな時、唯に僕たちは声をかけられた。

「律ちゃんがだめだったら私がドラムをやるよ」
「はい?」

唯の口から出た突拍子のない言葉に、僕は思わず顔をしかめてしまった。

「律ちゃんは、きっと何かに悩んでいるんだと思うんだよ。ほら、えっと……ストライクじゃなくて」
「もしかして、スランプって言いたいのか?」

顎に手を当てながら口づさむ唯に、僕はまさかと思いながら、あてはまる単語を口にした。

「そうそれ!」
「全然違っていましたね」

唯が口ずさんでいた言葉と言おうとしていた言葉がまったく似ていなかったことに、梓は苦笑しながら相槌を打った。

「きっといつもと違うことをやれば解決できると思うんだ。だから、私があずにゃんと浩君の後ろでドラムをやるね!」
「「……ダメです(だ)」」

唯の言葉に少しだけ考えをめぐらしてみた結果、僕と梓が出した結論は却下だった。

「うっ。二人がシンクロした!?」
「馬鹿なことを言うな。というか、唯にはドラムは無理だし」

ため息をつきながら、僕は唯のアイデアを一蹴した。

「ドラムは音楽においてすべての根幹部分……ドラムが狂えば、ギターやベースの音自体が歪んでしまうほど重要なポストなんだ。余興としてならともかく、本気であるならば僕はあまりお勧めはできない」
「うぅ、浩君いつになく厳しい」

僕の直球の言葉に、唯は少しばかりショックを受けた様子で相槌を打つ。

「演劇とかには主役や脇役はあるだろうけど、音楽にはそんなものはない。みんなが主役、皆がメイン。だから、僕は音楽が好きなんだよ。全員が主役になれる音楽が」

祖国では、力あるものが主役の座を得るという風潮が強い。
どこの世界でもそうなのかもしれないが、祖国だけはそれが特に顕著なのだ。
そんなところでも、音楽だけは別だった。
奏者、聞き手すべてが主役としてなりうる存在。
それが好きで僕はこの世界に飛び込んだのかもしれない。

(まあ、ただの後付の理由かもしれないけれど)

「なんだか、浩君ってすごいね」
「はい。浩介先輩の音楽にかける思いが聞けて良かったです」

そんなことを思っていると、感心したような唯の言葉と、久々の尊敬のまなざしで見つめながら声がかけられたので、僕はどうも居心地が悪く感じてしまった。

「律がああなったのは、彼女自身の立ち位置を失ってしまったから。一種のアイデンティティークライシスとでも言える」
「あ、アイデン?」

自分というものを見失う心理的な状態であるそれは、今の律にぴったりの状態なのかもしれない。

「これを解決するには、律自身がドラムとは何か、自分がどうしてドラムを始めたのか、その原点に戻る必要がある。その時こそ、ドラマーとして律はさらなる高みに上ることになるんだから」
「御免なせえ、私には何が何やらさっぱり理解できないっす!」

一通り話し終えた僕に、唯はどこの物まねなのか、くぐもった声でそう告げた。
後では梓が苦笑しているが、大体同じ状態であることだけは分かった。

「つまり、解決方法は少しだけ様子を見ようっていうことだ」
「なるへそ!」

要点を細かく噛み砕くと、ようやく唯は納得したようで左掌に右手で作った拳を置きながら相槌を打った。

「唯!」
「ふぇ? どうしたの浩君」
「えっと………」

大きな声で呼んでしまったため、驚いた表情をうかべながら用件を聞いてくる唯に、僕はそれを口にすること躊躇ってしまった。
言おうと思っているがそれを口にすることができなかった。

(なんだか変な気持ちだ)

心と体の異なった反応に、僕は苦笑しそうになるが、それをこらえた。

「唯の案だけど、一概にだめだとは言えない。前に言った通り自分のパートの存在意味を考えるきっかけになるので言えば、無駄じゃないと思う」
「えへへ、ありがとう。浩君」

とっさに口から出たごまかしの言葉に、唯は顔を緩ませながらお礼を言うと嬉しそうに前に進んでいく。

「浩介先輩は甘やかしすぎです。また明日何か持ってきたらどうするんですか」
「はいはい、以後気を付けますよ」

梓の溜息と呆れたような視線を交えて投げかけてくる言葉に、両手を上げながら答えると僕は唯に取り残されないように唯のほうへと掛けていく。

(ま、いつか言えばいいか)

まだ時間はあるのだから。
そんなこんなで僕たちは帰路につくのであった。










その次の日の朝の教室でのこと。

「律ちゃんたち遅いね」
「澪ちゃんもね」

僕と唯、ムギの三人はいまだに訪れる気配のない二人の席へと視線を向けながら話していた。
HRまで残すところあと1分。
遅刻が確定しているといっても過言ではない状態だった。
もっとも、昇降口にいるのであれば滑り込みセーフだが。

「律はともかく、あの澪が遅刻とは」
「何かあったのかしら?」

僕の言葉にツッコまない当たり、律=遅刻してもおかしくはないという図式が成り立っているのかもしれない

(なんだか、律が不憫に思えてきた)

自分で言ったくせに抱いてしまった感情に、僕は何とも言えない気持ちになってしまった。

「まったく、遅刻するなんて弛んでるどすな」
「その言葉、全部唯に返すよ」

憂に起こされなければいつまでも寝ている勢いの唯の言葉に、僕は苦笑しながら二人の名誉のために言い返した。

「ほぇ?」

そんな唯の間の抜けた声と同時に鳴り響いたチャイムによって、僕たちは自分の席へと座っていく。
それから数十秒後、

「おはよう、皆」

といつものように教室に入ってきた担任の山中先生だったが

『……』

僕は山中先生の姿に、思わず目を瞬かせてしまった。
尤もそれはクラスのみんなも同じ様子だったが。
目には真黒なサングラス、口元にはマスクという装備をしたその姿は非常に不気味なものであった。
はっきり言うと、不審者と間違えられて騒動が起こらないのが不思議なほどの不気味さだった。

「それでは、HRを始めます」

そんなクラス中の沈黙の中、山中先生は連絡事項を話し始めた。

「あと二週間で修学旅行です。そこで、皆には自由行動の班分けをしてもらいます。人数は今配ったプリントに書かれているとおりです」

山名先生が言い切るのと同時に、僕のほうにプリントが渡ってきた。
そこには『修学旅行の班分け』という題目で下のほうに文章が続いていた。

「メンバーが決まったらプリントに名前を書いてそれを私に提出してください。期限は今週中なので、明日までです」

(班分けか……そういえば、男子はどうするんだろう)

まだ続く山中先生の話をよそに、僕はふと湧きあがった疑問を解決するべくプリントのほうに視線を向けて、文面をよく読むことにした。

「あ、律ちゃんに澪ちゃん! 来なかったから休みなのかと思ったよ」

そんな中、大きな声を上げて二人の名前を呼ぶ唯に、僕は反射的に廊下側に視線を向けると、そこにはしゃがみこんで山中先生に隠れている律たちの姿があった。

「何をやってるんだ? 二人とも」

きっと僕の表情はあきれ果てたような感じになっているのだろう。
何せ、本当に呆れているのだから。

(どうあがいてもばれないはずがないのに)

一番前という席の位置を見てもそれは明らかだった。

「す、すみません~。遅れました~……うわ!?」

教室がクラスメイトの笑い声に包まれる中、観念したのか律は後頭部に手を当てながらごまかすように笑いながら謝ろうとした律は、山中先生の姿を見て顔をひきつらせた。

(やっぱりそうなるよね)

心の中でそうつぶやきながら、僕は山中先生に言われるがままに席に着く二人の姿を見るのであった。





「さわちゃん先生!」
「どうしたんですか? なんだか怖いよ」

HRも終わり、休み時間になったこともあり、僕たちは廊下に出ていった山中先生のもとに駆け寄った。
理由はもちろん、サングラスにマスクという重装備の理由を聞くためだ。

「きれいにしようと思ってやったらこんなふうになっちゃって」
「「「……」」」

そう言いながらマスクとサングラスを取り外した山中先生の顔は、文字には表せないほどの凄まじいものだった。

「うぅ……」

悲しげに呻き声を上げる山中先生にかけることができたのは言葉は

「「「やりすぎ(です)」」」

たったそれだけだった。
はかなくも、僕の忠告した通りのことが起こってしまったことに、僕は何とも言えない気持ちを抱くのであった。










「やっぱり私はドラムだな!」

数日間にも及ぶ輝けシリーズは、部室に集合してすぐに放たれたその一言で幕を閉じることとなった。

「そうだと思った。ザ・フーのDVDを見たって言ってたし」
「ざ・ふー?」

笑みを浮かべながら口にした単語に、唯が首を傾げた。

「キース・ムーンって言って、律が憧れているドラマーだよ」
「私聞いたことがあります。変人とか壊し屋とか言われている人ですよね」

やはり音楽には人一倍詳しい梓のことだけあって、すぐに二つ名を口にして見せた。
キース・ムーンとは、1900年代に一世を風靡したドラマーだ。
自宅の窓やホテルの窓などから家具などを投げ飛ばしたり、爆竹を仕掛けて自宅を廃墟にするなどの行為が、そう呼ばれている所以だったりもする。
逸話では、ライブごとにドラムを破壊しているというものもあるが、本当かどうかは定かではない。

「なるほど……律には爆破願望があったんだな。あまり気は進まないけれど、律の家を木っ端みじんに爆発――「しなくていいからっ! それに、そこまで憧れてるわけじゃないし!」――そう?」

どうやって律の願いを叶えようかと考えている僕に、律からの鋭いツッコみが入った。
とはいえ、普通に考えれば爆破願望はあるわけがないのは明らかなわけだが。

「やっぱり私はここでみんなの背中を見て、皆の音を聞きながらドラムを叩くのが好きなんだ」
「そうだよね。後ろを振り返ると、そこには律ちゃんがいて、スティックを鳴らしたりすると、”頑張るぞー!”って思うもんね」

やはり、感じ方は人それぞれなのだろう。
僕はそこまで考えもしなかったのだから。

(皆の音……か)

「それに、バラバラになっている音が一つになる一体感もいいしね」
「そうだね」

放課後ティータイムの演奏が素晴らしい理由の一つは、もしかしたらこの一体感なのかもしれない。
全員が全員を信頼し合えるからこそ、いい演奏ができているのかもしれない。

(律に教えるつもりが、僕が教えられていたとは……)

最初は律に自分の楽器の存在意義について教えるつもりが、逆に僕は音楽というものを教えられることとなってしまった。
だが、それもいいのかもしれない。
わからないところを教え合うというのが。

「あっ。そういえば、この間律ちゃんが私のキーボードをしゃべらせてくれたおかげで新曲ができたの♪」
「あ、あれで……」

思い出したように両手を胸の前に合わせながら切り出したムギの説明に、僕はその時のことを思い起こしてみた。
………

(さっぱりわからない)
熟考した結果、出たのがそれだった。

「ねえ、弾いてみて、弾いてみて!」
「ええ」

語尾を弾ませながら急かす唯に相づちを打ったムギは、自分の楽器でもあるキーボードの前に移動する。
そして僕たちはベンチのほうに移動して聴く体制に入った。

「すぅ……」

静かに深呼吸をしたムギは静かに指を鍵盤の上で走らせた。
そして奏でられるメロディーは、とても透き通っていて夕日が射し込んでいる部室の雰囲気にとても合っていた。

「とってもいい曲だべ!」

その曲を聴いていた唯が手をたたきながら感想を口にした。

「これ、ムギが弾き語りしてみたらどう? かなりいいと思うよ。皆もそう思うでしょ?」

そして、同じく曲を聴いていた僕は思ったことをそのままムギに提案した。

「うん! すごくいいと思う」
「私もです」

僕が確認するように皆に声をかけると唯たちも頷きながら僕の提案に賛同してくれた。

「ありがとうね」
「それじゃ、澪。歌詞よろしくな」

ムギのお礼の言葉に、律は歌詞を書くように澪に声をかけたところで

「あのねっ」

ムギがそれを遮るように声を上げた。
僕たちはもう一度ムギのほうに視線を向ける。

「曲のタイトルはもう考えてあるの」
「どんなどんな?」

ムギの言葉に、唯は興味津々とばかりに身を乗り出しながら先を促していた。

「とりあえず、唯は落ち着く」
「ぶーぶー」

ベンチから落ちたら危ないので、僕は唯をちゃんと座らせるが不満げな視線を向けられてしまった。

「『honey sweet tea time』っていう曲名なの」
「結局お茶か」
「でも、なんだかピッタリな曲調だし、いいと思うよ」

曲名と先ほど弾いてもらった曲調は見事なまでに雰囲気が一致していた。
まさに曲の雰囲気にピッタリな題名だった。

「よし、澪が歌詞を作ってる間は、私たちは――――」

ベンチから立ち上がりながら告げられた律の言葉を僕はもしかしたら練習などをするのかと思いながら聞いていた。





「お、このラスク蜂蜜を塗るとおいしいねっ」
「ほんとだ。まさにベストコンビってやつだなっ!」

本日のお茶菓子であるラスクに蜂蜜を塗っていた唯の感想に、律は頷きながら称賛していた。

「……」
「まあ、こうなるとは思っていましたけどね」

おいしそうにラスクをほおばる唯たちに、言葉を失っていると、苦笑しながらつぶやく梓の言葉にどことなく罪悪感を感じてしまうのはなぜだろうか?

「おい唯、ほっぺに蜂蜜がついてるぞー」
「あずにゃん、拭いて~」

まるで何かを期待するように知らせる律に、唯は体を乗り出して梓に拭いてもらうようにお願いをし始めた。

「嫌ですっ」
「むむー。それじゃ、浩君が拭いて」
「それじゃあって……」

梓の拒絶の返答に、頬を膨らませた唯だったが、それもつかの間、こちらのほうに顔を向けてきた唯が拭くように言ってきた。

(ここで恥ずかしいことでもすれば、トラウマになって練習を始めるかも)

僕はふとあくどい思惑を考えてしまった。

「え? 浩君」

自分の肩に突然置かれた僕の手に、唯は目を丸くする。
そんな唯をしり目に、僕はゆっくりと顔を唯の頬に近づけていき、そして

「ペロ」

舐めた。

「ひゃう!?」
「おやおや~」
「にゃ!?」

僕の突然の奇行に唯は悲鳴にも似た声を上げ、律は興味深げ(からかうような)な視線を向け、梓は顔を真っ赤にした。

「も、もう……皆の前で恥ずかしいよぉ」

頬を赤くしながらかわいらしく怒ったように言ってくる唯の表情に、胸に強い衝撃が走った。

(あれ、これってもしかしなくてもミイラ取りがミイラになったかな)

そして今になって僕は自分のとった行動が間違えていることに気付くのであった。

「ご、ごめん」

僕は慌てて唯に謝ると、誤魔化すようにラスクを頬張った。
結局、僕はしばらく律からはにやにやとした視線を向けられ、梓にはあからさまに視線を避けられるようになってしまった。
幸いだったのは、次の日にはそれがなくなっていたことと、山中先生がその場にいなかったことぐらいだろうか。

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第114話 輝きと策

「こうふふぇふぁひひひょふぁー」
「食べながらしゃべるな」

昼休み、目の前でお弁当をほおばりながら口を開く慶介を咎めた。
女子は女子で、男子は男子同士で食事を摂るというわけではない。
ただ単に席の問題(僕たちが座るだけの机の幅がなかった)だけなのだ。
そんな唯たちは、楽しげに昼食をとっていた。
だからと言って僕たちも楽しくというわけにはいかない。

「それで、何だ?」
「浩介はいいよなって言ったんだ」

あらためて慶介が何と言っていたのかを尋ねると、そんな言葉が返ってきた。

「いきなり何を言うんだ?」
「だってよ、部員はかわいい女の子だけで、顧問だって優しくて美人の山中先生じゃないか」

慶介の口から出たのはある意味いつも通りの言葉だった。

「可愛いはいいとして、山中先生の場合は微妙に違うと思う」

あの人の本性を知っている僕からすれば、素直に頷けられなかった。

「それは自慢か!? 一生俺にはできえないことだという自慢なのかぁ!!」
「うっさい」
「ごふぁ!?」

むさくるしく雄たけびを上げ始めたので、とりあえず沈めておくことにした。

「あなた、本当に扱いなれてるわね」
「慣れているというよりは、どんどん投げやりになってきてないか?」

そんな様子を見ていた真鍋さんと澪から呆れたような驚いているようなよくわからない口調で話しかけられた。

「まともに相手すると時間がもったいないから、最近は面倒だと思ったらぷちっとつぶしてるんだよ」
「ちょっと、俺は虫感覚での対応ですかい!?」

苦笑しながら返すと、例にも漏れずに素早い回復を見せた慶介がツッコみの声を上げた。

「浩介も浩介だけど」
「彼も彼ね」

なんだか僕と慶介が同列に見られているような気がするのは気のせいだろうか?

(それにしても、律のやつはまた放浪の旅か)

ふと視線を横に逸らしてみると、そこにはほかの学生たちと楽しそうに話をしている律の姿があった。

「いいですか?」
「ん?」

ふと廊下のほうから女子の物と思われる声が聞こえてきた。

「私に続いて覚えてくださいね。水平リンベー、青い船!」
「……」

聞こえてきたのは元素表を覚える定番の語呂合わせだったが、それは何かが違っていた。

(それを言うなら、”水平りーべー、僕の船”では?)
なんだかどこぞの星が降る町にいる天使がしそうな言葉の間違いに、心の中でツッコみを入れた。

「天使じゃありません!!」
「…………」
「どうかしたのか? 浩介」

まるで僕の心の声を聞いているかのようなタイミングで返ってきたツッコミの言葉に唖然としていると慶介から声がかけられた。

「いや、なんでもない」

今のはただの気のせい。
夢でも見ていたのだと自分に思い込ませることにした。
そしていつもの昼休みの時間は過ぎていくのであった。










「というわけで、今日もやろうぜ!」
「何が”というわけ”なんだ?」

放課後、一足先に部室に来ていた澪がドアを勢いよく開け放って告げた律の言葉にツッコミを入れた。

「輝け律ちゃんシリーズまだ続いてたんだ」
「もしくは楽器取り換えっこか?」

ギターの一件で辞めないところが律のいいところでもあるのだが、理由が理由なだけに少々微妙な心境だった。

「やっぱり輝いてないとだめかもしれない! さわちゃんを見てみろっ!」
「な、何よ?」

律の言葉に、僕達はいつもの定位置である僕と梓の席の横の部分を利用して優雅にケーキを口にしている山中先生へと視線を向けたので、山中先生は戸惑いの表情をうかべる。

「担任になってからお肌はつやつや髪はきれいだしっ」

確かにここのところ山中先生は輝きを増してきていると思う。
とはいえ、抱く感情はただの憐れみみたいなものだが。

「ふふ。担任ともなると、教壇というステージに立って皆に注目されるからね」
「ぷっくくく」

山中先生の言葉に、僕は笑いがこらえきれなくなり吹き出してしまった。

「な、なによ! 笑わなくてもいいじゃない」
「くくく、すみません。律、優雅に泳いでいるアヒルはその実、水面下では必死になってもがいているもんだぞ?」
「はい?」

山中先生が輝いている理由がわかるために、僕は直接ではなく間接的に伝えたのだが、どうやら通じなかったようだ。

「山中先生、老婆心ながら言わせていただきますけど、やりすぎは毒になりますので、ほどほどに」
「うっ。うるさいわね!」

僕の忠告に、山中先生は一瞬表情をこわばらせたものの、そっぽを向きながらケーキを頬張った。

「――というわけでキーボードを弾いてみてもいい?」
「ええ。もちろんよ」

少ししてやってきたムギに事情を説明した律の頼みに、ムギは快く承諾すると、キーボードの電源を入れて演奏ができるように準備を整えた。

「それでは……」

若干緊張しているのか指を震わせながらも鍵盤に乗せた律は、さらに力を込めて鍵盤を押し込む。
すると、何とも明るい音色が部室内を駆け巡って行った。

「律先輩って楽譜読めるんですか?」

同じく部室に来ていた梓の問いかけに、律はテンポよく数音を鳴らした。

「あ、”だいじょうぶ”だって」

(なんで解読できてるんだ?)

まあ確かに聞こえなくもないけれど

「さすがにムギもめい……じゃないよな」

澪が言葉を途中で止めるほど、ムギの目は輝いていた。
そこでさらに律はさらに3つの音を鳴らした。
それはまるで

「あっ。いま”むーぎーちゃん”って」
「言った言った~」

僕には救急車のサイレンの音にも聞こえるのだが、どうやらムギと唯にはそれが違って聞こえていたようだった。
僕には理解のできない謎ワールドが、律とムギに唯の三人の中では展開されていた。










それから少しして、演奏のコツをつかんだのか、音色を変えながらチャルメラの音を奏でる。

「キーボードっていろいろな音色があって面白いよな」
「新しい曲のイメージがどんどん固まるわ~」

(どんな曲にする気だっ!?)

今のチャルメラからいったいどのような曲を編み出すのかがとても気になった。

「なんだか楽しそう……」

そんな時、律の楽しげに弾いていく姿に触発されたのか、前のベンチで腰かけていた澪がポツリとつぶやいた。
そして律の目が怪しく光ったのを僕は見逃さなかった。

「ねえムギ、私にも弾かせ―――」

席を立ってムギに声をかける澪の言葉を遮るように、ヘビメタ風の音色を鳴らした。

「や・め・ろっ! そういうのは止めような? そういうのはっ」

勢いよく律の頬を両手でつかんだ澪に対抗して、律も澪の頬を両手でわしづかみにした。

「……まったく何をやってるんだか」
「いやー、でも楽しかったな。これでほとんどの楽器を取り換えっこしたし」

澪との格闘も終わり腕を伸ばしながら感想を漏らす律。

(あれ? 何か抜けてないか?)

ふと僕は何かの楽器を弾いていないことに気付いた。

「ねえねえ、ベースはやらないの?」
「ベースはだめ!」

それは唯も同じったようで首を傾げながら問いかけた唯に、澪はいつになく強い口調で拒否した。

「ベース以外の楽器はやりたくないし、ベースじゃないとできないし……」

恥ずかしそうに視線を色々な場所に移していた澪は、やがて静かに口を開いた。

「低くて太い音色とか、ベースラインを作るのも楽しいし、それにみんなを支えている感じが好きで皆の音に埋もれない、そんなベーシストになりたいんだ」

それは、秋山澪というベーシストの基盤にも思えた。

「知ってるよ。だからベースにだけは手を付けないのさ」

(意図してベースをやらなかったのはそういうわけか)

一瞬、ギターと同じ弦楽器だから避けたのかと邪推してしまった自分が恥ずかしく思えた。

「ほほぅ、私と浩君みたいにアツアツどすなー」
「さりげなくのろけないでください」

唯の言葉に、梓のジト目での注意が飛んできた。
と、そんなときどこからともなく異音のようなものが聞こえてきた。
それは軽い爆発音にも思えた。
そんな異音の発信源は明らかに先ほどから動く気配のない澪であった。

「語りすぎた」

そう言って動かなくなった澪の頭からは、まるで煙でも出ていそうな感じがするほどに燃え尽きたような感じがした。

「うお!? 澪が生きる屍に?!」
「しっかりするんだ、澪隊員ー」

そんな澪に唯が体を軽く揺さぶりながら正気に戻させようとする。

「律ちゃん、私に任せてね!」

と、力強く律に告げる唯だが一体何を任せるのだろうか?
その後に聞いてみても、”ないしょ”という答えが返ってきたため、僕にもそれは分からなかった。
ただ、なんとなく

(絶対にろくなアイデアじゃないな)

そんな気がしてならなかった。










3年生ともなれば、必ずあるのがクラス写真だ。
卒業アルバムのための写真にも必要なため、これからはこういう機会が増えるのは確実だった。
つまり、何を言いたいのかというと、

「早く並んでね」

僕たちは今、クラス写真の撮影中なのだ。
クラス写真ほど、惨めなものはないだろう。
なぜならば、背の低い人はそれをはっきりと自覚させられるのだから。
それはともかく、僕の身長はやや平均並みのため、前から3列目という場所になる。

「あれ、高月君」
「佐伯さんか。奇遇というかなんというか」

隣に立ったのは去年から同じクラスだった佐伯さんだった。

「何、その嫌そうな反応」
「別に嫌だとは言ってない。ただ、あんたにかかわると面倒くさいのが付いてくるからだ」
「その面倒くさいというのはこの俺のことですか? 浩介さん」

ジト目でこっちを見る佐伯さんにため息をつきながら答えていると、後ろのほうからそんな声がかけられた。

「お前、本当にストーカーにでもなる気か?」

僕の後ろに立っている慶介に、僕はため息をつきながら問いかけた。

「それもまたいいかもしれないな。俺は佐伯さんの陰。それはまるで忍者のごとく」
「背中か体に棺を構えたら、どこぞの変体の神様にでもなれるんじゃないか?」

まあ、その前に潰されるのがオチだけど

「それにしても、慶介は僕と身長が同じだったはずだが。なぜそこにいる?」

正確には僕よりも数ミリの差ではあるが小さいので、僕よも大きい背丈であろう後ろのほうにいることが信じられなかったのだ。

「知らねえよ。気づいたらここにいたんだ」
「気づいたらって……完全に背の順関係ないよな」

というより、誰もそれに気づかないのがすごい。

「それを言うなら向こうを見てみろ」
「向こうって……あぁ、なるほど」

慶介の指さす方向に視線を向けると、そこには和気あいあいとしている律たちの姿がった。
何故だか一番後ろの列に立って。

「それじゃ、行きまーす」

カメラマンの日意図が声を上げたため、僕は話をやめて正面を向いた。
この時、僕は慶介を無理やりにでもどこかに移動させるべきだったのかもしれない。
そうすれば、後々にあのような騒動は起こらなかったはずなのだから。










「浩君、もうちょっと前」
「こうか?」

放課後、唯の指揮のもと僕は律のドラムを前のほうへと移動させていた。
そうしているうちに、顧問である山中先生をはじめ梓達も集まってきた。

「おーっす………って、何をやってんだ?」

そして一番最後に訪れた律は、ドラムの前に腰掛ける唯に、唖然としながら声をかけた。

「律ちゃん、ドラムの位置を変えてみたんだ!」
「へ、へぇ」

思いっきり引いてはいるものの、唯は自信満々の様子でさらに言葉をつづけた。

「たまには席替えをした方がいいんだよ!」

どうやらそれが唯の考えた策のようだった。
これならば確かに、目立たないという問題点は解決する。

「めっちゃ恥ずかしいぞ」

とはいえ、恥ずかしさが増すのは明らかなのと、もう一つの問題点があった。

「ちょっとその位置じゃ変よ。もう少しドラムが後ろにしないと」

ドラムが一番前に出てくるバンドは多くない。
そのため、この配列は違和感しかなかった。
なので、山中先生の指摘は十分に的を得ているものであった。

「もうちょっと後、もう少し」

そして山中先生の指導の下、僕たちはドラムの位置を丁度いい場所にまで移動させていった。
その結果

「うん、これで十分よ」
「今までと変わってないな」
『ですよねー』

これまでの配列と同じものとなってしまった。

「大丈夫! まだまだ策はあるから」

最初の席が餌羽扇が失敗に終わったかと思えば、唯は突然ヘッドライト月のヘルメットをかぶった。

「わきゃ!?」

そしてヘッドライトをつけるとそれを律に向けて照射した。

「これなら輝けるよね!」
「や、やめろぉ!」

律の悲鳴に辞めるどころかさらにライトで照らす唯に、律の体は小刻みに震え出した。

「やめろ、唯っ! もう虫の息だ」
「や、やってもうたっ」

唯の二つ目の策であるライトアップ作戦は、律の気絶で失敗となった。





「もしかして、律ちゃんは寂しいんじゃないの?」
「寂しい?」

しばらくして意識を取り戻した律に、唯はそう尋ねた。

「演奏中はいつも後ろだから」
「なるほど、確かに的を得ているな」

寂しい=輝きたいという図式はどうにもわからないが、人は時に本心とは違う感情を抱いてしまうことがある。
吊り橋効果のようなものがその典型例だろう。
まあ、今回のような事例は聞いたことがないけれど。

「だから、演奏中にもっとコミュニケーションをとろうよ! 後ろで寂しい律ちゃんのためにっ」
「……」

唯の出した策になんとなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
そもそも、どうやって演奏中にコミュニケーションをとるのだろうか?

「あの、どうやってですか?」
「こんな風だよ。じゃかじゃかじゃんじゃんじゃかじゃ、はい!」
「………」

梓の疑問に答えるように実演して見せた唯に、僕は思わず言葉を失った。
演奏するマネをしながら要所要所で律のほうに振り替えるという、何とも単純な方法だった。
とはいえ、それをやられる方は心臓に悪いのは言うまでもないが。

「皆も一緒に、後で寂しい思いをしている律ちゃんとコミュニケーションを取ろう!」
「えぇー」

全員にやるように呼びかける唯に、嫌そうな表情をうかべる梓の気持ちはよくわかる。
僕とてやりたくない。

「せーの。じゃかじゃかじゃんじゃんじゃかじゃ、はい! じゃかじゃかじゃんじゃんじゃかじゃ、はい!」

そんな梓の意思を無視して強引に始めた唯に、僕と梓もいやいやではあるがコミュニケーションをとることにした。
まあ、肝心の律はやるたびに肩を震わせているので、結果はお察しだろう。

「唯、もういい――――」
「ダメだよ律ちゃん! 律ちゃんの悩みはみんなの悩みだよ!」

律の言葉を遮って心配した様子で語りかける唯。

「いや、だから別に悩んでは――」
「皆で乗り越えようね!」
「話を聞け―」

なんだか茶番劇のような感じになってしまったが、これはこれである意味有意義なものだったのかもしれない。
なぜならば、僕はようやくこの問題の本質を知ることができたのだから。

(ならば解決の時も近いか)

押し問答を繰り返している唯と律を見ながら、僕は心の中でそうつぶやくのであった。

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第113話 予感

それは、ギターの騒動がひと段落して数日後の放課後のことだった。
この日も、全員(約二名を除く)が亀であるトンちゃんの前へと集まっていた。

(完全に部活としての本分を忘れてるな、あれは)

唯は水槽に張り付いて可愛いとつぶやいているし、梓は熱心に亀の飼育方法が書かれている本を読んでいるし。

「ねえねえ、澪ちゃんも名前を読んでみなよ」
「え……トン……ちゃん」

先ほどまで水槽に張り付いていた唯は後ろのほうで控えめに(もしかしたらただ単におびえているだけなのかもしれないけれど)立ち尽くしていた澪に促すと、澪はおずおずと名前を呼んだ。
すると、トンちゃんは澪の呼びかけに反応したかのように顔を水面からのぞかせた。

(この亀、人の言葉がわかるのか?)

どうやら、世の中にはまだまだ僕には読み解けない謎があるようだ。
そして澪も唯と同じく可愛いと口にする始末だ。

「ちゃんと世話もしないとだめですよ、唯先輩。水温を一定にしたり毎日餌を上げたり水を取り替えたり」

そんな唯たちにくぎを刺すように、飼育方法の本を読んでいた梓が口を開いた。
ちなみに、エサはトンちゃんを買った際におまけでついてきたものを使用しているが、せいぜい数日分だ。
そろそろそれもつきかけていた。

「ギー太よりも手がかかるね」
「当たり前だ。楽器じゃないんだから」

至極当然のことを呟く唯に、僕は音楽雑誌(に偽装した魔導書)に目を通しながらツッコミを入れた。

「あ、エサなら私に任せて。家でもいろんな亀とか飼ってるから。ミシシッピニオイガメとか」
「よ、よろしくお願いします」

(え、エキスパートだ)

さらりと亀の種類を口にしたムギに、目を瞬かせながら梓は頷いた。

「かわいがるのはいいけれど、責任もって飼えよ」
「そうだな。世話がいやだからって捨てたりは――「もう嫌だ!」――」

僕の苦言に頷くようにつぶやいた澪の言葉は、律の叫び声によって遮られることになる。

「ドラム嫌だ!」
『はいぃ!?』

何やら、またしてもひと騒動が起こりそうな予感がした。

「ドラムがいやだって、何を言ってるんだ?」
「すまん! 嫌だは言い過ぎた。でも、これを見ろよ」

律の言葉に本を机の上に置いて立ち上がると、律がいるであろうベンチのほうへと歩み寄りながら、僕は呆れてしまい心なしか言葉に力がこもらなかったが、律は右手を僕達の前に掲げると即座に撤回した。
代わりに僕たちに見るように促してきたのは、今朝真鍋さんから”参考ないしは記念に”と言われて渡された学園祭と新入生歓迎会でのライブの映像だった。

「これがどうしたんですか?」
「ここを見てみろ!」

そういいながらステージの映像のある部分をズームさせた。

「うわ、暗!?」
「照明が当たっていないのね」

そこに映し出されたのは額だけ光り輝く人物の姿だった。
どう見ても律だった。

「ドラムは隅っこですからね」

梓の言うとおり、ドラムは後方に配置されるのが普通なので、どうしても隅っこになってしまう。
これは、ドラマーの宿命なのかもしれない。
とはいえ、工夫の仕方によっては、この問題も解消されるが。

「でも、おでこだけは輝いてるよ」
「うるさいっ」

唯のフォロー(?)に律は自分の額を抑えながら言葉を吐き捨てた。

「それにこれだけじゃないんだよ、ほら! 去年の新歓も今年の新歓も!!」
「暗いな」
「あ、足が見えました」

律の力説に映像を確認してみると、確かにどの映像も律の姿は唯や梓に比べてはっきりと見えていない。

「で?」

映像を一通り見終えた僕は、後ろのほうで僕たちに背を向けるようにしゃがみこんで泣きまねをする律に、続きを促した。
しばらくの無言ののちに

「他の楽器やりたい」

律が口にしたのは、そんなとんでもないものだった。

「おいおい、映像に映らないからほかの楽器をやるだなんて前代未聞だぞ」
「それに、誰がドラムをやるんだよ」

僕の言葉に続いて告げられた疑問の言葉に、律は泣きまねをやめると壁のほうを見ながら口笛を(吹けてはいないが)吹き始めた。

(考えてなかったんかい!)

「それにちまちましたのは苦手だからドラムをやるって言ったのは律だぞ」
「だからさ、取り換えっこでもしようぜ!」

澪の言葉に律がそんな提案を出した。

「なんだかおもしろそう!」
「だろ?」

気づけばもう決定事項のごとく話が進んでいた。

「まあ、いんじゃない」
「よっしゃ! 浩介が味方になったぞ」

僕が賛成に回ると、律は興奮した様子でガッツポーズをした。

「ドラムをやめる云々は別として、色々な楽器に触れてみるのは、経験としてはいいと思うからだ」

念のためにと、僕は付け加えるようにして律に告げた。
ドラムをやめるという話はともかく、さまざまな楽器に触れるというのは経験を積むいいチャンスだ。
一つの楽器に集中するのではなく、出来るだけ多くの楽器に手を触れれば、適正な楽器パートを見つけるだけではなく、その楽器の演奏のむずかしさなどがわかったり、自分楽器パートの重要さがわかったりもできるのだ。
そんな理由で、僕は賛成票を投じたのだ。

「それじゃ、私のギター使ってみる?」
「え、いいの!?」

そんな中、快く自分の楽器を差し出したのは、唯だった。
こうして、律発案の楽器取り換えっこが始まるのであった。





「じゃーん!」

唯のギターレスポールを構えた律の姿に澪たちが感嘆の声を上げる。

「ギターを持っている姿がすごく様になってます」
「でも、やっぱり変な感じね」
「いやいやー」

梓とムギの言葉に、律は右手を頭の後頭部に添えながら相槌を打った。
とはいえ、梓のはものすごく危険な感じがする感想だったような気がしたが。

「うわーん!」

そんな中一人泣き声を上げたのは、唯だった。

「どうしたんだ?」
「ギー太が律ちゃんに浮気した~!」

唯の様子に何があったのかわからずに尋ねると、泣きじゃくりながらその理由をこたえた。

「自分から笑顔で差し出したんじゃないですか!」
「ギー太、君のことは忘れないよ!」
「意味がわかんない」

涙を浮かべて窓の外を見つめながらつぶやく唯の言葉は、まさしく謎そのものだった。

「それじゃ、唯先生よろしくお願いします!」
「唯先生!?」
「変わり身早いな、おい」

先ほどまで涙ぐんでいたのはどこへやら、律の先生という言葉にすっかり元に戻って”いやいや~”と照れ笑いをしている唯に、思わずそうつぶやいてしまった。

(まあ、そういう訳のわからないところも魅力といえば魅力なんだけどね)

口に出したら確実に砂嵐が巻き起こりそうなことを、僕は心の中でつぶやいた。
そんな中、一人テーブルのほうへと向かうのは澪だった。

「何故に座る?」
「どう考えてもすぐに飽きると思うから」
「……確かに」

澪のその言葉に否定をするだけの材料が僕にはなかった。
そんなこんなで、唯によるギターレッスン(?)が幕を開ける。

「左手で弦を抑えて、右手でストロークだよ」
「いや、それぐらいは分かってる」

本当に基礎の基礎を教え始めようとした唯に、律が申しわけなさそうに右手を上げて告げた。

「えぇ!? それじゃ、一体何から教えれば……」
「……」

あえて僕は傍観に徹することにした。
これもまた、彼女たちのレベルアップになるのであれば、ここで僕が手を出すのは野暮だと思ったからだ。

「仕方がないですね」

あたふたとする唯を見かねて声を上げたのは、譜面台を手にした梓だった。

「まずはふわふわ|時間《タイム》からやってみましょう」

そう言いながら譜面台に置いたのは、ふわふわ|時間《タイム》のギター用の譜面(通称TAB譜)だ。
こうして、唯によるギターレッスンは梓を交えた二人掛の物となった。

「えぇっと、それじゃ……」
「あ、座った方が弾きやすいかもです」

譜面をのぞき込む律に、梓がすかさずアドバイスを入れた。
立ちながらだと、ギターがどうしても動いてしまう。
だが、座ればボディーが体にしっかりと固定されるために動きずらくなるので、弾きやすくなるのだ。
そんなどうでもいい豆知識は置いといて、律は梓のアドバイスに従いベンチに腰掛けた。

「それじゃあ、最初のコードは”E”ですから……人差し指は3弦の1フレッドで、中指は5弦2フレッド、薬指は4弦2フレッドを押さえてください」
「…………」

梓の言葉に、律はただ眼を瞬かせるだけだった。

(まあ、確かに呪文にしか聞こえないもんな)

ギターのことをよく知らない人にとっては、呪文よりも厄介なものかもしれない。

「梓、口で言うより、実際にやった方が早いと思うよ。こういうふうに」
「え、ちょっ!?」

見かねた僕は、律の手をつかむ。

「人差し指がここ、中指がここ、薬指がここ。それで、はい右手を動かす」

なんだか頬が赤いような気がするのは気のせいだろう。
そして何より

「…………」

隣から感じる殺気は気のせいだと信じたい。

「お、おう!」

そんな中、律は僕に言われたとおり、右手をストロークし始めた。
聞こえてくるのはずれたギターの音色だった。

「律ちゃん、右手はもっとぐにゃんぐにゃんに動かすんだよ」
「律先輩、弦を抑えている指を立ててください。ちゃんとなっていない音があります」

それはともかく、矢継ぎ早に梓や唯から投げかけられるアドバイスに、律の表情が見る見るうちに曇り始めていった。

(これはあと2,3コードで躓くな)

そんなことを思ってしまうほど、律の表情は悪化していたのだ。

「それじゃ、次のコードですね」
「これが難しいんだよねー」

Eの次にくるのはAコードというものだ。
ちなみに押さえ方は薬指が2弦2フレッド、中指が3弦2フレッド、人差し指4弦2フレッドを抑えればいいだけなので、それほど難しくはないが初心者にとっては難しいことには変わりないだろう。

「ギター無理かも」
『え!?』

律の一言に部室中に衝撃が走った。
主に、やめる速度に。

「いやー、ギターって覚えることが多くて大変だなー。御見それしました」
「いえいえー」

ギターを両手で唯のほうに掲げる律に、唯も両手でそれを受け取ることで応じた。

「ギー太、お帰り~」

そして戻ってきたギターを手に柔らかい表情をうかべる唯の姿に、どこか心が洗われるような感じがするのであった。
それが、すべての始まりだったのかもしれない。
この後に続く率を中心とした珍騒動は。





ちなみに、これは余談だが。

「唯」
「何かな? 浩君」

帰り道、僕と唯に梓の三人でいつものように帰路についていた。
ただ違うことがあるのだとすれば

「なせに脇腹をつねり続けているのですか? 唯さん」

先ほどから強く脇腹をつねっていることを除けば。

「なんでだと思う?」
「いや、疑問形に疑問で返されても……って、いい加減地味に痛いんだけど!」

先ほどから痛みをこらえている僕としては、これ以上は勘弁願いたかった。

「浩君、律ちゃんの手を取って鼻を伸ばしてた」
「あー、あれか。って、鼻は伸ばしてない!」

不満げに洩らした唯の言葉に、ようやく理由がわかった僕は、即座に釈明した。

「あれはコーチのためだ。というより他意なんてない」
「ぶー。あずにゃんが教えていたんだからあずにゃんが普通やるのに」
「練習は気づいたものが率先して教え――――って、痛い、痛いから!!」

もはや釈明の余地なしということなのだろうか、僕の脇腹をこれまでよりも強くつねる唯に、僕は悲鳴を上げた。

「あ、あの唯先輩。浩介先輩も反省しているんですから――「だから、何? あずにゃん」――い、いえ何でもないです!」

控えめに止めようとした梓に、唯が声をかけると梓は震えながら諦めた。
結局、いつかデートをするということで唯の機嫌を戻すことに成功した。
この時、普段のちょっとした行動が自分でも予想できない結果を生み出すことを思い知るのであった

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第112話 後輩

「ウソ!? 本当に60万円だったの」
「とても貴重なものだったらしくてっ」

あっさりと律の口の中から取り出された買取り証明書を、指でつまみながら確認した山中先生の言葉に、土下座をしていたムギが相槌をうった。

「ごめんなせえ! おら、あまりの金額に気が動転してしまって」
「心が汚いんですね」
「昔からこうなんだ」

同じく土下座をしながら謝罪の言葉を口にする律に、これまた土下座をしている梓と澪が声を上げた。
先ほどまで食えコールをしていた者の言動とは思えない身の変わりようだった。

「他人事のように言っているけど、二人も同罪だからな」

唯一その場に立っている僕は、苦笑しながら二人にツッコんだ。

「ちゃんと素直に言えば、全部部費にしてあげたんだけどなー。律ちゃんの言った1万円を部費として計上するから、その棚を部費で買ったことにしなさい」
「えぇ~。それは絶対に嘘だ!」

山中先生の言葉に頭を上げて抗議の声を上げる律の姿は、実に童話の顛末に酷似していた。

「というより、山中先生。それがわかっていたから僕が連絡していたことを黙っていたんですね?」
「さあ、何のことかしら?」

ウインクをしながら答える山中先生の言葉が、僕の予想が正しいことを物語っていた。

「まったく、律が悪いんだぞ。変に隠そうとするから」
「そうですよ! 私はちゃんと正直に話すべきだって言いました」
「お前らに言う資格はないっ!」

仲間からも裏切られた律の心の叫びに、僕は同情を隠せなかった。

まあ、自業自得だけど。

「さわちゃん!」

そんな中、一人勇敢にも挙手をする人物がいた。
まあ、唯しかいないが。

「そのお金で……そのお金で私の頬を叩いてください!」

唯の願い事はささやかなものだった。
そして山中先生に60枚のお札で叩かれるとものすごくうれしそうな表情をうかべる。
それこそ本当に幸せそうだと思うほどの。

(唯みたいな人がたくさんいたら無用な争いはなくなると思う)

ふと、そんなことを考える僕もまたあれなのかもしれない。

「はい」
「あの、この10万円は何ですか?」

山中先生に差し出された10万円という大金を前に、僕は山中先生の真意がわかりかねていた。

「あなたの分よ。ちゃんと電話で正直に言ったんだから」
「なんと!? 10万を自分の物にするべく、手を回していたのか!」

山中先生の言葉に、後ろから驚きに満ちた声が聞こえてきた。

「汚いぞ!」
「そうです! 最低です! 卑怯です!」

お金の前では友情など無に等しいとはよくいうが、これは少しばかりひどすぎた。
まさかここまで非難されるとは思ってもいなかったのだ。

「いえ、結構です。連帯責任というか……彼女たちの馬鹿げた行動を止められなかった自分にも責任があるのね」
「さすが浩介! よっ男前!」

律よ、さっきと言っていることが真逆だぞ。

「しょうがないわね。それじゃ、この中から好きなものを一つ買ってあげる」
「本当ですか!?」

何とも言えない表情をうかべながら口にした山中先生の言葉に、澪が目を見開かせた。

「みんなで話し合って決めなさい」

これは山中先生なりの譲歩なのかもしれない。

「一つといわず、一気に五つほど――「図々しいっ」――あたっ」

そんな律と澪は置いといて、僕たちは好きなものを一つだけではあるが購入することができるようになった。










「にしても一つとなると、やっぱりアンプが無難か」
「エフェクターのほうがいいような気がします」
「見事にばらばらだな」

一つに絞ろうとするが、やはり難しいようで意見がまとまることはなかった。
僕としては、どちらも捨てがたい。
アンプならば使い道もあるし、エフェクターならば音への色付けができる。

「でも、皆で使えるものじゃないと」
「あ、それだったら私にいい案があるよ!」
「それは何? 唯ちゃん」

澪の言葉に反応した唯の提案に、ムギが興味津々で尋ねた。

「ケロをもう一体増やすのはどうでしょう! そうすれば、新入部員も集まるはず!」

(絶対にありえない)

僕たちは唯の迷案を切り捨てて、そのまま力説する唯を置いて歩き出した。

「あぁ~! みんなひどい!」

”ひどいのはお前の案だ”と心の中でツッコんでいると部活中なのだろうか、新入部員を指導する声が聞こえてきた。

「どの部活も新入部員への教育が本格的に始まっているな」
「そうですね」

両腕を頭の後ろで組いながらの律の言葉に、梓が相槌を打つ。
だが、その声には若干力がこもっていないような感じがした。
気になって梓のほうを見ると寂しげな表情で、練習をしている部員たちのほうを見つめている梓の姿があった。

(やっぱりなんだかんだ言ったって、新入部員は欲しかったんだな)

もしかしたら、僕たちに必要なのは、機材でもなんでもなく人材なのかもしれない。
それぞまざまざと思い知らされるのであった。





「新入生を入部させるのはどうすればいいんだろうか」

翌日の昼休み、同じことを思っていたのか律が疑問を投げかけた。

(もう万策は尽きてるんだよな)

演奏、ビラ配り。
部活動としてできることは、ほとんどやっている。
その成果が現在のありさまなのだ。

「こうなったら…………誰か、私を音楽室まで」
「それはもうやった」
「というより、悪徳商法まがいの勧誘は止めろ」

少し前に律がやった、行き倒れ作戦という名の悪徳商法まがいの勧誘を再びしようとする律を止めた。
というより、あれで部員が集まると思った律の発想がすごい。

「それじゃ、どうするんだよ!」
「それだったら私にいい考えがあります!」

アイデアが浮かばない中、再び挙手をしたのは、唯だった。

「今度は本当に大丈夫なんだろうな? ケロを増やすとか言うなよ?」
「大丈夫! 今度はすっごく自信があるから」

僕の念を入れる言葉に、唯は自信満々といった様子で相槌を打った。

「それは何だ?」
「それはねー」

そして、唯の口から名案を告げられるのであった。





「これはいったい、何ですか?」
「新入部員のトンちゃんだよ!」

翌日の放課後、部室にやってきた”新入部員”を梓に紹介することとなった。
律と澪は机のそばにしゃがみ込み、ムギと唯は新入部員を強調するように掌で指し示し、僕は新入部員のそばで立っていた。

「梓ちゃんの後輩よ!」
「へぇ……」

ムギの言葉に返ってきた反応はそれだけだった。
別に涙涙の感動物語を期待していたわけではない、
だが、予想に反して、リアクションがなさすぎるのだ。

「唯、本当にそれが梓が欲しがっていたやつなんだろうな?」

窓際に置かれた水槽で優雅に泳ぐ亀(トンちゃん)を指さしながら尋ねた。

「本当だよ! だってあずにゃんこの亀を欲しそうに見ていたよ!」
「いえ、私はただ変な亀だなって思っただけです。それに物欲しげにみていたのは唯先輩のほうですけど」

その瞬間、部室内に嫌な沈黙が走った。
全員の視線が水槽の前で固まる唯へと向けられる。

「やっちまったな」
「しかも絶対にしてはいけない方向に」

梓のためにというお題目のもと購入した亀が、梓が所望していたものではなかったというのはある意味最悪の結果でもあった。
当然だが、やり直しはない。

「あぁ……」
「でもどうしてですか?」

床に崩れ落ちる唯をしり目に、何とも言えない表情で疑問の声を上げる梓に、観念したのか澪が本当のことを告げた。
その理由を聞いた梓は一つ息を吐き出すと鞄を机に置いて水槽の前へと歩み寄る。

「こんな早とちりで飼われたら迷惑だよね」

水槽のガラスを指で軽くつつきながら亀に呼びかけるようにつぶやくと、優雅に泳いでいた亀は首を上下に動かした。
それはまるで梓の言葉に頷くかのように。

「頷いた!?」
「か、かわいい!」

そのしぐさに驚きをあらわにする僕たちと、別の方向で目を輝かせる唯。
なんだかいろいろと趣旨が本来の物とは異なっているような気がするのは、僕の考えすぎだろうか?

「大丈夫。ちゃんと私が世話をするからね」
「いやいや、私だってちゃんとするよ!?」

梓の言葉に、横で立っていた唯が反応した。

「無理でしょ」
「そうだね。数日坊主になりそう」

三日坊主ならぬ数日坊主とはいったいどういう意味だと自問自答してみる。
だが、妙に的を得ているようにも思えた。

「えぇ~!? 二人ともひどいよー」
「うわ!? 唯! 抱き付くな! というかくっつかせるな!」

抗議の意味を込めてなのか、唯は僕と梓に抱き付いてきた。
そうなると、自然に梓との距離は縮まるわけで、体どうしが密着している状態だ。
密着とはいっても、ただ肩が触れ合っているというものだが。

「なっ!? 浩君の浮気者~!」
「自分でやったんだろうが!!」

自分で抱き寄せておいて自分で騒ぎ出す唯に、僕は必死にもがきながら反論した。

「にゃ!? どこを触ってるんですか!!」
「触ってない! それは唯の手だ!!」

部室内は一気に混沌と化していくのであった。










「ぬぁにぃ!? ついに浩介がハーレム手国を建国しただ――――ザマス!?」
「誰が、いつ、そんなことを口にしたっ」

翌日の休み時間、次の授業の支度をしているときに慶介が話しかけてきたので、この間の部室の整頓から始まる騒動について話をしていた。

「だけどよ、触ったんだろ? 梓ちゃんの胸」
『触ってない。あれは唯の手だ」

この間梓にも聞かれた内容に、僕はげんなりしながら答えた。
あれは結局、唯が自分でそう言い出したことで解決した。
だが、なんとなくむなしさを感じたのは、僕の気のせいだろうか?

「でもよ、なんで俺にも話してくれなかったんだ?」
「何をだ?」

次の授業で使う教科書を取り出しながら、慶介の問いかけに答えた。

「ギターのだよ。10万だなんてすごい大金じゃないか!」
「まあ、大金だというのはあってるけど、どうしてそれをわざわざお前に言わなければいけないんだ?」

母親ならばまだしも(もっとも母親に本当に言うのかどうかも微妙なところだが)一友人にホイホイと大金が手に入ったことを言うのはただのバカというものだ。

「言ってくれれば色々とたかって一生、左団扇――――ガンマ!?」

とんでもないことを口にする慶介の頭に拳を振り下ろした。

「貴様のねじまがった性根、一遍まっすぐになるまで叩き直してやろうか?」
「も、もうすでに叩かれてます」

地面に突っ伏している慶介の言葉を僕は無視した。

「それで、その新入部員さんは調子どうなんだ?」
「さあ? ただ泳いでるだけだが、まあ、マスコットにはなってるな」

すさまじい回復力で立ち上がった慶介の問いかけに、僕は腕を組みながら答えた。
新入部員という形で軽音部にやってきたトンちゃんは、部での人気者と化していた。
まあ、問題は山積みなわけだが、それは大丈夫だろう。
何せ、朝練の際に梓が亀の飼い方なる本を持ってきていたのだから。

「おっと、もう時間か。それじゃあな」
「ああ」

席替えがあり、僕の席は唯のななめ右上の席になっていた。
ちなみに隣は

「本当にあなたたちは仲がいいわね」

と口にしている真鍋さんだったりする。

「御冗談を。あいつが勝手に来るだけ。そもそも、ここになった時点であいつは早々来ないだろうと思ってたんだが……少々当てが外れたか」

慶介は真鍋さんに苦手意識を抱いている節があったので、僕は休み時間は少しだけのんびりできると踏んでいたのだが、現実はこの通りだ。
まあ、襲来する頻度が去年より少し減少したのを見れば、かなりいい傾向であるとは思うが。

「私はあなたのボディーガードではないわよ」
「それはぜひ、あのバカに言ってやってほしい」

苦笑しながら返ってきた言葉に、僕はそう相づちを打った。





それは席替えで真鍋さんの隣になった時のことだ。

「裏切り者」
「何だ突然」

げっそりとした表情をうかべて恨み言を言いに来た慶介に、僕は冷ややかな目で見ながら応じた。

「俺が苦手な生徒会長をボディーガードにするとは……友達の俺を裏切ったな!」
「別に裏切ってないし……というかこれはくじ引きで決まったんだから」

肩をすくませながら、僕は次の授業の準備を始めた。

「俺の隣の席の子は何も言わないで怖いんだよ!」
「いいじゃないか。その方が静かになるし」

慶介の嘆きを切り捨てて、僕はすべての準備を整えた。

「ぢぐじょう~。覚えてろよ!!」

最後は悪役のような捨て台詞を残して去って行った。





「え? なになに? 和ちゃんがボディーガードになったの!?」
「どこをどうとればそういう話に受け取るんだ?」
「それよりも早く次の授業の準備をしないと授業が始まるわよ」

寝ぼけ眼の唯に、諭すように言葉をかける真鍋さんの姿は母親のような感じがした。
そんなこんなで、またいつもの一日が過ぎていくのであった。

「ドラム嫌だ!!」

とある人物がそんなことを叫ぶ時までは。

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