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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第113話 予感

それは、ギターの騒動がひと段落して数日後の放課後のことだった。
この日も、全員(約二名を除く)が亀であるトンちゃんの前へと集まっていた。

(完全に部活としての本分を忘れてるな、あれは)

唯は水槽に張り付いて可愛いとつぶやいているし、梓は熱心に亀の飼育方法が書かれている本を読んでいるし。

「ねえねえ、澪ちゃんも名前を読んでみなよ」
「え……トン……ちゃん」

先ほどまで水槽に張り付いていた唯は後ろのほうで控えめに(もしかしたらただ単におびえているだけなのかもしれないけれど)立ち尽くしていた澪に促すと、澪はおずおずと名前を呼んだ。
すると、トンちゃんは澪の呼びかけに反応したかのように顔を水面からのぞかせた。

(この亀、人の言葉がわかるのか?)

どうやら、世の中にはまだまだ僕には読み解けない謎があるようだ。
そして澪も唯と同じく可愛いと口にする始末だ。

「ちゃんと世話もしないとだめですよ、唯先輩。水温を一定にしたり毎日餌を上げたり水を取り替えたり」

そんな唯たちにくぎを刺すように、飼育方法の本を読んでいた梓が口を開いた。
ちなみに、エサはトンちゃんを買った際におまけでついてきたものを使用しているが、せいぜい数日分だ。
そろそろそれもつきかけていた。

「ギー太よりも手がかかるね」
「当たり前だ。楽器じゃないんだから」

至極当然のことを呟く唯に、僕は音楽雑誌(に偽装した魔導書)に目を通しながらツッコミを入れた。

「あ、エサなら私に任せて。家でもいろんな亀とか飼ってるから。ミシシッピニオイガメとか」
「よ、よろしくお願いします」

(え、エキスパートだ)

さらりと亀の種類を口にしたムギに、目を瞬かせながら梓は頷いた。

「かわいがるのはいいけれど、責任もって飼えよ」
「そうだな。世話がいやだからって捨てたりは――「もう嫌だ!」――」

僕の苦言に頷くようにつぶやいた澪の言葉は、律の叫び声によって遮られることになる。

「ドラム嫌だ!」
『はいぃ!?』

何やら、またしてもひと騒動が起こりそうな予感がした。

「ドラムがいやだって、何を言ってるんだ?」
「すまん! 嫌だは言い過ぎた。でも、これを見ろよ」

律の言葉に本を机の上に置いて立ち上がると、律がいるであろうベンチのほうへと歩み寄りながら、僕は呆れてしまい心なしか言葉に力がこもらなかったが、律は右手を僕達の前に掲げると即座に撤回した。
代わりに僕たちに見るように促してきたのは、今朝真鍋さんから”参考ないしは記念に”と言われて渡された学園祭と新入生歓迎会でのライブの映像だった。

「これがどうしたんですか?」
「ここを見てみろ!」

そういいながらステージの映像のある部分をズームさせた。

「うわ、暗!?」
「照明が当たっていないのね」

そこに映し出されたのは額だけ光り輝く人物の姿だった。
どう見ても律だった。

「ドラムは隅っこですからね」

梓の言うとおり、ドラムは後方に配置されるのが普通なので、どうしても隅っこになってしまう。
これは、ドラマーの宿命なのかもしれない。
とはいえ、工夫の仕方によっては、この問題も解消されるが。

「でも、おでこだけは輝いてるよ」
「うるさいっ」

唯のフォロー(?)に律は自分の額を抑えながら言葉を吐き捨てた。

「それにこれだけじゃないんだよ、ほら! 去年の新歓も今年の新歓も!!」
「暗いな」
「あ、足が見えました」

律の力説に映像を確認してみると、確かにどの映像も律の姿は唯や梓に比べてはっきりと見えていない。

「で?」

映像を一通り見終えた僕は、後ろのほうで僕たちに背を向けるようにしゃがみこんで泣きまねをする律に、続きを促した。
しばらくの無言ののちに

「他の楽器やりたい」

律が口にしたのは、そんなとんでもないものだった。

「おいおい、映像に映らないからほかの楽器をやるだなんて前代未聞だぞ」
「それに、誰がドラムをやるんだよ」

僕の言葉に続いて告げられた疑問の言葉に、律は泣きまねをやめると壁のほうを見ながら口笛を(吹けてはいないが)吹き始めた。

(考えてなかったんかい!)

「それにちまちましたのは苦手だからドラムをやるって言ったのは律だぞ」
「だからさ、取り換えっこでもしようぜ!」

澪の言葉に律がそんな提案を出した。

「なんだかおもしろそう!」
「だろ?」

気づけばもう決定事項のごとく話が進んでいた。

「まあ、いんじゃない」
「よっしゃ! 浩介が味方になったぞ」

僕が賛成に回ると、律は興奮した様子でガッツポーズをした。

「ドラムをやめる云々は別として、色々な楽器に触れてみるのは、経験としてはいいと思うからだ」

念のためにと、僕は付け加えるようにして律に告げた。
ドラムをやめるという話はともかく、さまざまな楽器に触れるというのは経験を積むいいチャンスだ。
一つの楽器に集中するのではなく、出来るだけ多くの楽器に手を触れれば、適正な楽器パートを見つけるだけではなく、その楽器の演奏のむずかしさなどがわかったり、自分楽器パートの重要さがわかったりもできるのだ。
そんな理由で、僕は賛成票を投じたのだ。

「それじゃ、私のギター使ってみる?」
「え、いいの!?」

そんな中、快く自分の楽器を差し出したのは、唯だった。
こうして、律発案の楽器取り換えっこが始まるのであった。





「じゃーん!」

唯のギターレスポールを構えた律の姿に澪たちが感嘆の声を上げる。

「ギターを持っている姿がすごく様になってます」
「でも、やっぱり変な感じね」
「いやいやー」

梓とムギの言葉に、律は右手を頭の後頭部に添えながら相槌を打った。
とはいえ、梓のはものすごく危険な感じがする感想だったような気がしたが。

「うわーん!」

そんな中一人泣き声を上げたのは、唯だった。

「どうしたんだ?」
「ギー太が律ちゃんに浮気した~!」

唯の様子に何があったのかわからずに尋ねると、泣きじゃくりながらその理由をこたえた。

「自分から笑顔で差し出したんじゃないですか!」
「ギー太、君のことは忘れないよ!」
「意味がわかんない」

涙を浮かべて窓の外を見つめながらつぶやく唯の言葉は、まさしく謎そのものだった。

「それじゃ、唯先生よろしくお願いします!」
「唯先生!?」
「変わり身早いな、おい」

先ほどまで涙ぐんでいたのはどこへやら、律の先生という言葉にすっかり元に戻って”いやいや~”と照れ笑いをしている唯に、思わずそうつぶやいてしまった。

(まあ、そういう訳のわからないところも魅力といえば魅力なんだけどね)

口に出したら確実に砂嵐が巻き起こりそうなことを、僕は心の中でつぶやいた。
そんな中、一人テーブルのほうへと向かうのは澪だった。

「何故に座る?」
「どう考えてもすぐに飽きると思うから」
「……確かに」

澪のその言葉に否定をするだけの材料が僕にはなかった。
そんなこんなで、唯によるギターレッスン(?)が幕を開ける。

「左手で弦を抑えて、右手でストロークだよ」
「いや、それぐらいは分かってる」

本当に基礎の基礎を教え始めようとした唯に、律が申しわけなさそうに右手を上げて告げた。

「えぇ!? それじゃ、一体何から教えれば……」
「……」

あえて僕は傍観に徹することにした。
これもまた、彼女たちのレベルアップになるのであれば、ここで僕が手を出すのは野暮だと思ったからだ。

「仕方がないですね」

あたふたとする唯を見かねて声を上げたのは、譜面台を手にした梓だった。

「まずはふわふわ|時間《タイム》からやってみましょう」

そう言いながら譜面台に置いたのは、ふわふわ|時間《タイム》のギター用の譜面(通称TAB譜)だ。
こうして、唯によるギターレッスンは梓を交えた二人掛の物となった。

「えぇっと、それじゃ……」
「あ、座った方が弾きやすいかもです」

譜面をのぞき込む律に、梓がすかさずアドバイスを入れた。
立ちながらだと、ギターがどうしても動いてしまう。
だが、座ればボディーが体にしっかりと固定されるために動きずらくなるので、弾きやすくなるのだ。
そんなどうでもいい豆知識は置いといて、律は梓のアドバイスに従いベンチに腰掛けた。

「それじゃあ、最初のコードは”E”ですから……人差し指は3弦の1フレッドで、中指は5弦2フレッド、薬指は4弦2フレッドを押さえてください」
「…………」

梓の言葉に、律はただ眼を瞬かせるだけだった。

(まあ、確かに呪文にしか聞こえないもんな)

ギターのことをよく知らない人にとっては、呪文よりも厄介なものかもしれない。

「梓、口で言うより、実際にやった方が早いと思うよ。こういうふうに」
「え、ちょっ!?」

見かねた僕は、律の手をつかむ。

「人差し指がここ、中指がここ、薬指がここ。それで、はい右手を動かす」

なんだか頬が赤いような気がするのは気のせいだろう。
そして何より

「…………」

隣から感じる殺気は気のせいだと信じたい。

「お、おう!」

そんな中、律は僕に言われたとおり、右手をストロークし始めた。
聞こえてくるのはずれたギターの音色だった。

「律ちゃん、右手はもっとぐにゃんぐにゃんに動かすんだよ」
「律先輩、弦を抑えている指を立ててください。ちゃんとなっていない音があります」

それはともかく、矢継ぎ早に梓や唯から投げかけられるアドバイスに、律の表情が見る見るうちに曇り始めていった。

(これはあと2,3コードで躓くな)

そんなことを思ってしまうほど、律の表情は悪化していたのだ。

「それじゃ、次のコードですね」
「これが難しいんだよねー」

Eの次にくるのはAコードというものだ。
ちなみに押さえ方は薬指が2弦2フレッド、中指が3弦2フレッド、人差し指4弦2フレッドを抑えればいいだけなので、それほど難しくはないが初心者にとっては難しいことには変わりないだろう。

「ギター無理かも」
『え!?』

律の一言に部室中に衝撃が走った。
主に、やめる速度に。

「いやー、ギターって覚えることが多くて大変だなー。御見それしました」
「いえいえー」

ギターを両手で唯のほうに掲げる律に、唯も両手でそれを受け取ることで応じた。

「ギー太、お帰り~」

そして戻ってきたギターを手に柔らかい表情をうかべる唯の姿に、どこか心が洗われるような感じがするのであった。
それが、すべての始まりだったのかもしれない。
この後に続く率を中心とした珍騒動は。





ちなみに、これは余談だが。

「唯」
「何かな? 浩君」

帰り道、僕と唯に梓の三人でいつものように帰路についていた。
ただ違うことがあるのだとすれば

「なせに脇腹をつねり続けているのですか? 唯さん」

先ほどから強く脇腹をつねっていることを除けば。

「なんでだと思う?」
「いや、疑問形に疑問で返されても……って、いい加減地味に痛いんだけど!」

先ほどから痛みをこらえている僕としては、これ以上は勘弁願いたかった。

「浩君、律ちゃんの手を取って鼻を伸ばしてた」
「あー、あれか。って、鼻は伸ばしてない!」

不満げに洩らした唯の言葉に、ようやく理由がわかった僕は、即座に釈明した。

「あれはコーチのためだ。というより他意なんてない」
「ぶー。あずにゃんが教えていたんだからあずにゃんが普通やるのに」
「練習は気づいたものが率先して教え――――って、痛い、痛いから!!」

もはや釈明の余地なしということなのだろうか、僕の脇腹をこれまでよりも強くつねる唯に、僕は悲鳴を上げた。

「あ、あの唯先輩。浩介先輩も反省しているんですから――「だから、何? あずにゃん」――い、いえ何でもないです!」

控えめに止めようとした梓に、唯が声をかけると梓は震えながら諦めた。
結局、いつかデートをするということで唯の機嫌を戻すことに成功した。
この時、普段のちょっとした行動が自分でも予想できない結果を生み出すことを思い知るのであった

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