翌日、学校が休みであることを前もって伝えておいたため、挨拶をするべくお昼過ぎに例のプロダクションを訪れると、すぐに男性に引っ張られるように置くまで移動させられた。
「それでは、紹介しよう。この子が今日から我がプロダクションのメンバーになった。待望の新人だ」
すでにここのメンバーの人は全員集まっていたようで、僕の紹介が行われた。
「それじゃ、順番に紹介していこうか。まずは……」
社長は次々に事務所に所属している人物の名前を口にしていく。
ここ、”チェリーレーベルプロダクション”に所属しているのは主に二つのグループである。
最初は
篠崎 葵そして
「私は、中山翠。よろしく」
あの時、弦楽器で演奏していた黒髪の女性……中山さんが名前を口にした。
「わ、私は荻原涼子です。よろしくお願いします」
中山さんの隣で同じ弦楽器を演奏していた銀色の髪の女性……荻原さんが名前を告げるが、視線をあちらこちらに向けて落ち着きのない様子なのが少し気になった。
「僕は太田保と言います。よろしくお願いします」
あの時ピアノのような鍵盤楽器を弾いていた男性……太田さんは静かに頭を下げる。
何となく自信なさげな感じで、頼りなく見えるがさすがに初対面に等しい状況で決めつけるのは失礼だろう。
「俺は田中竜輝だ。せいぜい足を引っ張るなよ」
あの時僕にくってかかっていた金髪の男……田中さんは皮肉交じりに吐き捨てると、僕のほうから視線を外す。
この4人によって結成されたバンドグループ『prominence』である。
昨日、軽く調べてみたがこの二つのグループ名は一切ヒットもしなかった。
おそらくは、全く売れていないと考えた方が正しいだろう。
「私はここの社長の、
荻原 昌弘だ。よろしく」
そして社長と呼ばれていた男性が最後に名前を告げる。
苗字が銀色の髪の女性と同じだが、もしかしたら親子かただの偶然かと結論付けることにした。
「そして、彼が……」
「社長、どうしたんですか?」
僕のことを紹介しようとした社長が、こちらを見たまま固まる。
「そう言えば、私としたことが名前を聞くのを忘れていたようだ」
「……高月浩介です。若輩者ですがよろしくお願いします」
そう言えば名前を言うのを忘れていたなと思いながら自己紹介をした僕は軽くお辞儀をする。
中身はともかく、外見は小学生なのだから少しばかり固すぎたと思ったが、これ以上砕けた言い方が思いつかなかったのでこれはこれでいいのかなと割り切ることにした。
「ちょっと硬すぎるような気もするが……まあ、いいか」
社長も首をかしげる始末だが気にしないことにした。
「では、皆グラスを持って」
「……」
今気づいたがテレビ台のある側のテーブルの上には,、軽くつまめる程度の物ではあるが食べ物と僕を含めた人数分の紙コップ、そしてお茶やジュースなどが入ったペットボトルが置いてあった。
グラスではないがわざわざ指摘するのも面倒だったので、僕は周りに倣うように無言で紙コップを手にする。
「っと、皆飲み物を入れてなかったね」
という社長の言葉で、各々が苦笑しながらペットボトルを手にした社長のほうへと歩み寄る。
(この和やかな雰囲気が、アットホームというやつか)
社長が飲み物の種類を聞いては、指定された飲み物を注いでいく社長を見ながらそんなことを考えていると、社長はこちらのほうへと顔を向けてくる。
「最後で悪いけど、ジュースがいいかね?」
「……いえ、お茶でお願いします」
なんだか子どものように見られている気がしてむっとしたが、よくよく考えれば外見が子供なので致し方ないなと思いながら、お茶を社長に注いでもらう。
「それでは、乾杯っ」
社長の温度に合わせてその場にいた全員も”乾杯”と口にすると、各々が飲み物を口にする。
これが僕の歓迎会(たぶん)だということを今更だが理解できた僕は、静かにお茶を飲み干す。
別に歓迎会自体が嫌いなわけではない。
いや、嬉しくないという人はよほどいないはずだ。
ただ、
「こんな小っちゃくてかわいい子が、新人さんかぁ~」
「ねえねえ、年はいくつなの?」
質問攻めをされてうれしいと思う人がどのくらいいるのかは別の話だが。
(小さい言うな)
父さんから外見を小学生程度にまで去れているのだからそう見えて普通なのだが、それでも言われると悲しくなってしまうのだ。
我ながらひねくれているなと思いながらどうしたものかと考えを巡らしていると、
「これこれ、あまり新人を困らせるものではないぞ」
「す、すみません。久しぶりの新人さんで、つい」
苦笑しながら注意する社長に、短めに切られた青髪の女性……篠崎さんは下をちょこっと出して片目を閉じながら茶目っ気に応えると僕から数歩離れていった。
「さあさあ、食べて食べて。今日は無礼講だ!」
「社長太っ腹です!」
なんだか僕を取り残して騒ぎ始める事務所の人たちを見ていると、寂しさを感じてしまう。
それは僕が未熟だからなのか、それとも……
色々と課題は山積みだが今はこのパーティーを楽しんでおくべきだと思った僕は、机の上に置かれた駄菓子に手を付けるのであった。
歓迎会のようなものが無事(?)にお開きとなり、片付け終えたころには時計の短針が”4”を指し示していた。
『pinky girls』のメンバーは全員ダンスレッスンのようでレッスン会場のほうに行っているため、今事務所にいるのは『prominence』のメンバーと社長と僕だけになった。
「さて、それでは彼は『prominence』の一員として活動してもらうわけだが……」
そして今行われているのは、今後の活動方針に対する会議だ。
「高月君。君は何が弾けるのかな?」
社長の疑問に思っているように、まず決めなければいけないのは僕が何の楽器を演奏するかだ。
「いや、その前にバンドとかそういうのを理解してねえだろ」
「あいにく、理解できています。ギターとベース、ドラムにキーボードによって構成されているんですよね?」
社長の方に確認の意図を込めて視線を向けると、社長は静かに頷いて応えた。
「それで、お前は何が弾けるんだ?」
「僕は……」
僕の出した答えが正しかったのが気にくわなかったようで、田中さんは不機嫌な顔を隠すことなく問いかけるが、答えに詰まってしまった。
それは別に何も弾けないというわけではない。
ただ単純に何が弾けると言えば良いのかに迷ってしまっただけなのだ。
物心がついたときから始まった、魔法に関する英才教育はさまざまな分野にわたり、その一つに音楽があったのだ。
とはいえ、習ったのはピアノの弾き方と歌ぐらいだが、その分野に見事にはまった僕は、音楽の分野を極めた。
その結果が、どのような歌でもうまく歌え、どのような楽器もうまく弾けるようになった。
尤も、それを知った父さんからは、呆れたような表情でため息をつかれたが。
それはともかくとして、当時はそれで構わなかったが、いざそれを利用しようとなると一つに絞るのは難しい。
(早く決めないと)
いつまで経っても決まらないことに、徐々に焦燥感を感じた僕は
「ギターですっ」
と、口にした。
「ギターか」
「中々にすごいチョイスだね」
周りの感心しているのか、それとも意外すぎて驚いているのかは定かではないが、各々が真剣な表情を浮かべながら口を開いた。
「よし、それじゃ軽く引いて見せてくれないかね。ギターは中山君のを使うといい」
「僕の腕を知りたい……ということですよね?」
僕の言葉に特に否定はしないよと応えた社長は、
「それでは中山君」
と、中山さんに声をかける。
それに“あいよ“と返事をした中山さんは、壁に立てかけられていた大きめのバック……ギターケースを手にすると、中からギターを取り出した。
まるで新品のようなそれは、とても大事に扱っているのが見て取れた。
「本当はアンプにつなぎたいところだけど、時間の都合で無理だからこれで勘弁な」
中山さんの言葉にさん達が社長に視線を向け、社長はそれから逃れるように何もない壁に視線を逸らす。
その一連の行動が、何となくではあるものの時間以外の理由があると思わせたが、それは僕に向けてギターを差し出してききた中山さんによって頭の片隅へと追いやる。
割れ物を扱うように中山さんからギターを受け取った僕は、ひもを肩にかけてギターを構える。
(何を弾こう)
問題はその一言に尽きる。
ここは簡単なものを弾いておくのが無難なような気がするが、それだとここにいる人たちになめられる可能性もある。姿形が子供そのものなのだ。
せめて技術の分野ではなめられないようにしたい。
それが僕の気持ちだ。
だからと言って、高い技術力を披露するのも気が引ける。
そんな複雑な思いで悩んだ結果
(中級レベルの演奏でやるか)
一応ではあるものの引くコードは決まった。
(人前で演奏するなんて初めて)
これまで一人の時にしか演奏をしていないため、どのような反応を見せるのかは予想できない。
もしもうまいと思っているのが僕の妄想であれば赤っ恥は避けられないだろう。
その不安が重圧なって僕にのしかかる。
でも、それは僕にとってはどことなく心地よくも思えた。
一度深呼吸をすれば、のしかかっていた重圧が軽くなっていた。
「いきます」
宣言ののちに始めたのは3つのコードを組み合わせた簡単な物だった。
やや難しめのコードを、素早く弾くことで難易度を引き上げる。
これならば、メンバーとなる人達が馬鹿にすることはないだろう。
(ふぅ……)
そこそこ良い感じに弾けた。
それが僕の最初の感想だった。
“井の中の蛙大蛇を知らす“という言葉もある。
自分の感想が自分よりも上の実力の人からすれば、大きく変わってくるはずだ。
「どうかね?」
暫しの沈黙を破った社長の言葉に最初に口を開いたのは荻原さんだった。
「私はとても良いと思います」
「僕も」
「あたしもいいと思います」
次々に頷いていく中、残ったのは田中さんだけとなった。
その田中さんはため息にも似た感じて息を吐き出すと
「俺もだ」
と
不機嫌な感じで頷くのであった。
「よし、では今日から君はprominenceのリードギターだ」
「………わかりました」
社長の采配に、驚きつつも返事をした。
(まさか、小学生の子供にリードをやらせるとは)
自分で子供だと思ってしまうのはいいのかとも思うが、それはこの際頭の片隅に追いやってもいいだろう。
それだけ、このリードギターというパートはすごい物だったのだ。
「さて、彼のパートが決まったところで今この活動について何だが。まずは中山君、現状について説明してくれるかい?」
社長の言葉を受けて、中山さんが説明を始めた。
「現時点での演奏のオファーはなし。コンテストに応募をするも、すべて予選審査で落選という状況です」
中山さんの口から告げられたのは、予想よりも遙かに厳しい状況だった。
(スキル不足かそれとも……)
いずれにせよ、この状況を変えることがまず先決だろう。
「あの、一つ提案があるんですけど」
「お、早速意見を出すか。やはり君は才能があるね」
それはいったいどのような才能かとツッコミたい気持ちを抑えつつ、僕は提案を口にする。
「バンド名とメンバーの改名はどうでしょうか?」
「は?」
“何を言ってんだ?“といわんばかりの視線でこちらを見る田中さんを無視しつつ、僕は言葉を続ける。
「音楽系統は毎日何組ものバンドが誕生しています。そんな中で輝くにはインパクトが必要です」
「つまり、インパクトが出るようにバンド名を変えるということかね」
僕の頷きに、“でも“と口にしながら荻原さんが意見を言い始めた。
「私たちの名前まで変える必要はないと思います」
その荻原さんの言葉に他の人達も頷く。
「本名ではなく、完全な偽名で、なおかつ正体がわからないという感じにするだけで関心を持って貰いやすくなると私は思いますけど」
音楽の世界は非常に過酷な物だ。
日々数多ものバンドが結成されている。
今日まで有名だったバンドが明日には新たにできたバンドによって埋もれてしまうことだって日常茶飯事だ。
そんな世界に足を踏み入れるということは、それ相応の対策を講じなければならない。
それがバンド名の変更だった。
「……俺は賛成だ」
突如として口を開いたのは田中さんだった。
「田中さん?」
「一体どういう風の吹き回しです?」
他の人達が驚いているほど、田中さんの賛成票は意外だったのだろう。
かくいう僕も、まさか味方になってくれるとは思ってもいなかったので、内心かなり驚いていた。
厳密には感動するほどだが。
「別に深い意味はねえさ。ただ、最近マンネリ化していたのは事実だし、ここいらでイメチェンしてみるのも良いと思っただけだ。ま、このガキと同じ意見なのは癪だがな」
「……」
先ほどまでの感動はなんだったのだろうか。
ものすごく裏切られたような気持ちにもなる。
(やはりこいつは僕の敵だ)
僕は再度田中さんを敵認定した。
ちなみに、この田中さんの言葉は彼なりのからかうという意図があったのだが、そのことに僕が気づくことになるのはかなり後のことであった。
閑話休題。
「それじゃ、名前を変えるとして、案は考えているのかね?」
「……」
当然ともいえる社長からの問いかけに、僕は何も言えなかった。
別に自分の案を口にすることが怖いというわけではない。
確かにバンドの名前というのは、ある意味グループの根幹部分でもある。
それをいじくるのはかなり神経を使う。
だが、今僕が何も言えないのはそれが理由ではない。
「……まさかとは思うが、案を考えてないなんてことはないよな?」
「………」
そのまさかだ。
それゆえに何も言うことができなかった。
だが、僕の沈黙が答えとなってしまったようで、田中さんは一つ深いため息をつく。
「………すみません」
「いや、謝らなくてもいい……っていうより、相手は子供なんだから少しは加減しなさいよ」
周囲からの何とも言い難い視線に、身を縮まらせながら謝るとはっとした表情で慌てて両手を振る中山さんは田中さんのほうに顔を向けると、表情を引き締めながら田中さんに注意した。
言われた本人はそっぽを向いて頬を掻いていたが。
(なんなんだろう、この虚しさは)
自分では子供ではないと思っているのに、子供である立場を利用してその場をごまかそうとしている自分に、何とも言えない虚しさを感じた。
そのような虚しさを感じていると、今までの雰囲気を切り替えるように社長が手をたたく。
「それじゃ、こうしようかな」
僕たちの視線が集まる中、そう前置きを置いたうえで、社長は言葉を続ける。
「浩介君、君に”宿題”だ。新しいグループ名を次にここに来るまでに考えておくこと」
(”宿題”とはまた絶妙な言い回しをしてくれる)
「そうだね……次は楽曲とか方針とかを決める必要があるから明日ということにしよう」
「わかりました」
いい笑顔を浮かべながらさらりと悪魔めいたことを言ってくれると思いながら、僕はそれお受け入れた。
こうして、僕はバンド名を考えるという宿題を課されるのであった。
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