健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第7話 話と日常の終わり

「ん………」

次の日、俺はいつものように目を覚ました。

「って、また寝てるし」

横を見るとまた裸で寝ているララさんの姿があった。
彼女には羞恥心と言うものがないのだろうか?

(今なら、クーリング・オフができるチャンスなのではないか?)

無防備に眠っているララさんを見て、そんなことを考えてしまった。
だが、その考えをすぐに振り払った。

(それができなかったからこうなっているわけだし。それに)

今自分がやろうとしていることにものすごく抵抗を感じていた。

「あ、そういえば交換日記」

そこで俺は交換日記のことを思い出し、ララさんを起こさないようにベッドから出ると机の上に置かれた交換日記帳を開いた。
交換日記には、このどうしようもない状況をなんとかするべく突破口を聞いておいたのだ。

「………」

ノートを開いた俺は、そこに書かれている内容を見て愕然とした。

『美柑でもなくこの私に聞いたということは、非常に物事の通りをわきまえているとみる』

最初は称賛の言葉が綴られていた。
そしてその下の行にさらに続いていた。

『だったら分かるだろ? 竜介』

その文字の下にはやや大きめの文字で答えが書かれていた。

『諦めな』

と。

「ば、バッサリと切り捨てたな」

まあ何かをしてもらおうと考えていた俺に問題があるのは確かだが、もう少し言い方というものもあるだろう。

(そういえば、美柑のことを名前で書くようにしたんだ)

これまでは”あいつ”や”妹君”などだったが、今回はちゃんと名前が書いてあった。
どうやらいい方向に改善したようだ。
もっとも、それが今の状況に何の影響も与えないことは言うまでもないが。

「リュウスケー、おはよ~」
「うん、おはよう。そしてさっさと服を着てっ」

目をこすりながら上半身を起こすララさんに、僕は自然に挨拶をしながら服を着るように告げた。

「わかった。ペケ」
「はい、ララ様」

ララさんの言葉に応じたペケによっていつもの服装に変わった。

(本当にどうすればいいんだ)
残り時間はあと12時間ほど。
はたして、俺にクーリングオフをすることができるのだろうか?

(でも、やるしかないんだ)

そうでなければ俺の人生はとんでもないことになるかもしれないからだ。
いや、別に婚約が嫌なわけではないのだが。
だが、このまま成り行きでというのは後悔するような気がしたのだ。

「竜介~、ララさん。朝ご飯の支度が出来たよー!」
「ほーい。リュウスケも早く」
「あ、うん」

下のほうから聞こえてきた美柑の声に応えたララさんが俺にそう告げると、俺の腕をつかんで半ば強引に自室を後にするのであった。










(残り1時間)

夜。
夕食を終えた俺は、リビングのソファーの上に腰掛けながら時計を見ていた。
クーリングオフができるまでもう時間が残されていないのだ。
今、ララさんは食器を片付けている美柑の手伝い中だ。
ララさんはすっかり結城家に溶け込んでいた。
これはララさんがすごいのか、それとも美柑の心が広いのか。
恐らく両方だろう。

(もう、時間がない)

つまりは、今のうちに何とかする必要がある。
口で言うのは簡単だ。
相手に婚約解消を宣言すればいいのだから。
とはいえ、胸を揉みながらというのがそれを難しくしている。
それに何より……

『リュウスケはそんないい加減な人じゃないから』

少し前に言われたララさんの言葉が、手をこまねいている一番の理由だった。
もし、不意打ちにも近い形で胸を揉んで婚約解消をしたら、ララさんを裏切ることになる。
確かに俺は婚約を解消したい。
でも、それは誰かを裏切るような卑怯な真似をしてまでするべきことなのだろうか?

(こうなったら……)

「ララさん」
「何? リュウスケ」

だからこそ、俺は一世一代の大勝負に出る決意を胸に、ララさんに声をかけた。

「ちょっと話したいことがある。ついてきて」
「話したいこと? うん、わかったよ」

俺の誘いに、ララさんは何ら疑問を持った様子もなく答えると、最後のお皿だったのかそれを美柑に手渡してこちらのほうに駆け寄ってきた。
そして俺たちはそのまま自宅を後にするのであった。










俺が出した結論、それは直接真正面からララさんに話すことだった。
卑怯な手は使わずにちゃんと話したうえで婚約を解消する、
これが、今俺が考えている中で一番最善の策のような気がした。
まあ、そのあとにどのようなことが起こるかまでは予想ができないけれど。

(もし本当に地球消滅になったらどうしよう)

そんな不安に駆られるが、だからと言ってここで尻込みするわけにはいかない。

(よし、俺はやるっ。婚約解消を)

俺は自分に気合を入れる。
そうこうしているうちに近くの土手にたどり着いた俺は、そこに腰を落ち着かせる。

「ララさんもどうぞ」
「それじゃあ」

俺の促す言葉に、ララさんは静かに俺の隣に腰掛けた。
だが、そこで静寂が俺たちを包み込んだ。
俺が本題に入ればいいだけだが、それを口にすることを躊躇していた。

いざ本題を切り出そうとすると、口が凍り付いたかのように動かなくなってしまうのだ。
「婚約の件だけど」

そんな中、ようやっと紡ぎ出せたのはその一言だった。
だが、きっかけさえ作れば後は簡単なものだ。
俺はこの場の流れに任せることにした。

「嬉しかったよ」
「え?」

そんな俺の作戦も、ララさんの一言で止められてしまった。

「第一公女っていうのもなんだか窮屈なんだよね。お見合いとか会食とか、お父様がこう言ったとかって。誰も私の話を聞こうともしなくて」
「………」

どこか悲しげでそれでいてつらそうな表情を浮かべながら口にした言葉は、聞いているだけでも胸が締め付けられるような内容だった。

「だから、家出したんだ」

それが、家出の理由だった
理由を知った俺は、少しではあるが家出をしたくなる彼女の気持ちがわかったような気がした。
それが何故かはわからないが

「でもリュウスケは違った。突然現れた私の話を聞いてくれて、私を守ってくれた。だから、ありがとう」
「……」

柔らかい笑みを向けられた俺は、それ以上彼女の顔を見ていることができなかったため顔を逸らし川のほうへと視線を向ける。
水面には夜空がうつっていて、それを見ているだけでなぜか心が落ち着くような感じがした。

「それで、リュウスケの話って何?」
「それは……」

改めてララさんに切り出された俺は、肝心の本題を言えずにいた。
簡単なことだ。
ただ婚約を破棄することを告げればいい、それだけのはず。
なのに、どうして俺は何も言えないのだろうか?

(理由なんてわかってる)

それは俺の気持ち。
彼女との婚約を破棄すればララさんが悲しむことになる。
でも、俺には片思いの相手がいる。
二つの相反する思いが先の言葉を言うことを憚っていたのだ。
それを打ち破ったのは、けたたましく鳴り響くアラーム音だった。
音源は、ここに来る際に持ってきておいた時計だった。
これが意味することはただ一つ。

(お、終わった……)

婚約解消のクーリングオフ期間が終了したというとだった。
ふと体から力が抜けた俺はそのまま草むらに倒れた

「リュウスケ? 大丈夫? リュウスケー」

ララさんに呼びかけられるものの、俺はただただ苦笑するしかなかった。
これが、婚約解消作戦の顛末だった。










「婿殿とララ様の婚約を祝して、ばんざーい!」
「……」

作戦失敗という散々な結果に終わった翌朝、学園に向かおうと玄関を開けて表に出た瞬間に開けられたのが先ほどの声だったりもする。
ザスティンさんやボディーガードと思わしき屈強な人(宇宙人だけど)が数人程、玄関から門までの通路のわきに並んで両腕を上げて喜びの声を上げていた。

「お願いですから、声の大きさを落として。近所迷惑だから」

家の前に人がいなかったのが不幸中の幸いだった。

(だから昨日や一昨日はやらなかったんだ)

そんなどうでもいい謎が解決したところで

「リュウスケ~! またあとでねー」

と、ララさんの元気な声が後ろのほうから聞こえてきた。

(後でって何?)

ララさんの言葉に、無性に嫌な予感を感じながら、俺は彩南学園へと向かうのであった。





この時、俺はまだ知らなかった。
今までの日常は、もうすでに終わっているということを。
それがわかるのは数十分後の教室で

「ヤッホー、リュウスケ~! 私も来ちゃったよー!」

と、爛漫な笑みを浮かべながらそう言い放った時だった。

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第6話 婚約解消

「あ、竜介おかえり」
「ただい……ま」

学園でのごたごたがあり、逃げるように自宅に帰ってきた俺は、目の前の光景に言葉を失った。
そこは自宅のリビング。
腕にはご機嫌な様子でしがみついているララさんの姿。
そんなことすら吹き飛んでしまった。

「何でここにいるんだ!?」
「いや。これからも長い付き合いになるからな、ご家族の方にご挨拶でもと思ってな」

その原因は、俺の絶叫に近い問いかけにソファーに腰掛けて美柑に出された飲み物を口にしながら答える、ザスティンだった。
そのザスティンは自分の足元にある紙袋から包装された詰め合わせセットのようなものを取り出す。

「あ、これつまらないものですが」
「わざわざご丁寧に」

詰め合わせセットを律儀に手渡された美柑はそれを手にしたまま俺の方に視線を向ける。

「聞いたよ竜介。宇宙人のお姫様と結婚するんだって?」
「だからそれは」
「私ララっていうの。よろしくね」

俺の言葉を遮るようにして、ララさんは自己紹介をする。

「竜介の妹のです美柑。できの悪い兄ですがよろしくお願いします」
「うわー、かわいい!」

なんだかものすごくひどい言われようだが、ララさんと美柑はすぐに打ち解けていた。

(俺の知らないうちにどんどん話が進んでいる)

つい一昨日までは平穏だった日常が、すでに崩壊しかけていた。
それどころか、もう首が回らない状態にまでなり始めていた。

(このままじゃだめだ)

「ところで婿殿。これからのことについてだが」
「ちょっと来て」

俺は話しかけてきたザスティンさんに、ちょうどいいとばかりに引っ張ってリビングの外に連れて行く。

「こんな場所に連れてきてどうしたのだ、婿殿」
「単刀直入に聞くけど、婚約の解消はできるのか?」
「何?」

俺の問いかけに、ザスティンさんの目が一気に細まり顔に険しさが増していった。

「婚約解消だと? 婿殿、本気ではあるまいな!」
「い、いやそうじゃなくて! た、例えばの話!」

緑色の輝く剣のようなものを突き付けながら問いただしてくるザスティンさんに、俺は両手を上げてとっさに浮かんだ言い訳の言葉を告げた。

(こんなの通じるはずがない)

「そうか、例えばか。ならいい」

(通じたよ)

言い方は悪いが、ザスティンさんが馬鹿であるというのはほぼ決定だろう。

「それで、話を戻すけど。もし何らかの理由で婚約を解消しなければいけなくなった時、その方法ってあるのか?」
「うぅむ。解消する方法はあると言わざるを得ない」

俺の疑問に、ザスティンさんは顎に手を当てて考え込みながら答え始める。

「え、あるの?」
「………」
「だから例えばの話だって」

あまりにがっつきすぎたのか、ザスティンさんは疑いのまなざしを俺に向けてきたため、俺は再び”例えばの話”と強調した。

「そうだな……デビルーク星の婚約の儀には、クーリングオフ期間が設けられている」
「クーリングオフ?」

いきなりここで”クーリングオフ”と言う単語が出てきたため、思わずおうむ返しに聞いてしまった。

「簡単に言うと、通販などで違った商品が送られてきた際に返品ができる制度のことだ」
「いや、それぐらいは知ってますから」

言い方が悪かったのが、”クーリングオフ”についての説明を始めたザスティンさんに、俺は思わずそう突っ込んでしまった。

「そのクーリングオフだが、婚約の儀から三日以内にあることをすればいい」
「あること?」

ついに核心の部分に話が進んだため、俺ははやる気持ちを抑えながらも先を促す。

「それは―――」

ザスティンさんから告げられた方法は、俺にとっては最悪なものであった。










夜10時。
そろそろ寝る時間であることもあり、俺は自室にいた。

「これでよし」

ようやく書き上げた交換日記を閉じながら、俺は席を立ちあがる。
そしてベッドの枕元に置かれている時計を手にする。

「タイムリミットは明日の夜8時43分」

婚約解消のタイムリミットの時刻に目覚まし時計が鳴るようにセットする。
とはいえ、まだ鳴るようにはしない。
いま鳴るようにすれば明日の朝になることに鳴るからだ。

(にしても、よりによって婚約解消の方法が婚約をする際にしたことと同じことをしながら、婚約解消を宣言することだなんて)

思い出してみよう。
俺が婚約の儀にしたこと、それは……

(胸を触りながら、婚約の解消を宣言するなんてこと……俺にできるのか?)

自問自答してみるが、答えはNoだ。
先ほども、試みてみたが………とん挫した。
そこで、俺は最後の手段を講じたわけだが。

(寝よ)

そして俺は、眠りにつくのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ん……」

それはいつもの浮遊感。
たとえるならば、普通に朝に目が覚めるような感覚だろう。
尤も、今は朝ではなく夜だが。
具体的に言えば夜の12時だ。

「またか」

横から寝息が聞こえると思い隣を見ると、そこには服を纏わずに心地よさそうな表情を浮かべて眠っている姫君の姿があった。

(昨日のでまさかとは思ったが、こうも何度もやられると少々あれだな)

ため息交じりに、私は姫君を起こさないようにベッドから出る。
そして、机の上に置かれた日記帳を手にする。
それを確認するのが、私の日課だ。
書かれているのは、先日に起こったことや相談など様々だ。

「はぁ?!」

交換日記に書かれていた内容に、私は思わず声を上げてしまった。

『婚約解消をしたいが、それをするには明日の午後8時43分までにララさんの胸を触って婚約解消を宣言しなければいけない。
俺には胸を触ることなんてできない。
どうすればいい?』

それが日記に書かれた内容だった。

「我が半身ながら情けない……とは、言えないな」

私も胸を触るなどと言う破廉恥な行為は、できる限りしたくはない。

「と言うより、竜介は私にどうさせたいんだ?」

まさかとは思うが、自分の代わりにやれというのではあるまいか?

(そんなのお断りだ!)

それはある意味当然の結論だった。
私はとりあえず、竜介の切実な訴えに対する答えを簡単に書いてから日記帳を閉じる。
そして、静かに竜介の部屋を後にする。










「よし、こんなもんだろ」

リビングでティーカップに紅茶を淹れた私は、適当な席に座ると隠しておいた本に目を通しながら紅茶に口をつける。
そして深夜2時には再びベッドに戻り眠りにつくことで、体の支配権を竜介に戻す。
それが、私の日常でもあり、唯一の楽しみであった。
二人で一つの肉体を共有するというのは、いろいろ不自由なものだ。
ちなみに読んでいる本はとある筋より手に入れた教本のようなものだ。
私は、ティーカップを手にすると紅茶を口にする。
口の中にまろやかかつ、程よい甘みのある味が広がる。

「この家で紅茶をたしなむ人がいなくてよかった」

そうでなければ、私特製のオリジナルブレンドの茶葉はすぐに底をついてしまっているのだから。
ちなみに私の知る限りでは、紅茶をたしなむのは私ぐらいのはずだ。
もっとも姫君は知らないが。

(まあ、無くなったらまた調達すればいいだけなんだけど)

どれほどの時間が過ぎたか、読んでいる本も残すところ僅か数ページとなっていた。

「時間は……深夜の1時か。この分なら読み切れるだろう」

そろそろ新しい本を入手しなければと考えていると、廊下の方から気配を感じた。
それは姫君のものでもなければ知らない人物の気配でもない。

(妹君か)

相手の特定ができたところで廊下に続くドアが開き、妹君が姿を現した。

「はぁ、喉が渇い……うわっ!?」

寝ぼけているのかふらついている妹君はこちらを見ると、眠気が吹っ飛んだ様子で叫び声をあげた。

「……」

今までに何回も同じことをされているためもう慣れたが、私としては普通に接してもらえる方がいいのは言うまでもないだろう。

(竜介には何度も言ったが、私の方で対処した方がいいか?)

人任せでは何事も成しえないというのは、自分が一番わかっていることだ。

「……何度も言おうとは思ったが、私を見て叫び声を上げるな」
「ご、ごめんね」

怒っていると思われたのか、数歩後ずさりながら謝罪の言葉を口にする妹君の様子に、私は誤解を招いたことに心の中でため息を漏らした。

「別に怒っているわけではない。……ちょうどいい、話したいことがある。立ち話もなんだろうから座りな」
「う、うん」

とりあえず、話ができるように状況を運ぶことには成功した。
私はいったん席を立ちあがると食器棚に入れておいたティーカップをもう一つ取り出す。

「な、何?」
「のどが乾いているのだろ? 何か飲みながら話すとしよう」

私の突然の行動に驚いた様子の妹君に、私はそう返すと彼女の舌に合うように苦みの少ないオリジナルブレンドの茶葉を使った紅茶を注いでいく。

「どうぞ。苦くはないだろうが、苦かったら砂糖を入れてみると良い」
「あ、ありがとう」

お礼を言いながら戸惑った様子で紅茶に口をつける妹君は、いきなり目を見開かせる。

「おいしい」
「そうか。それは何より」

妹君の感想に、私はそう相槌を打つと、今まで開いていた本を閉じる。

「それで、話って?」
「もちろん、あの姫君のことだ」

紅茶を飲んで落ち着いたのか、本題を切り出してきた妹君に私は本題について話すことにした。

「ララさんのこと?」
「そう。お前は彼女のことをどう思う?」

頷きながらも、私はあの姫君の心象について妹君の問いかける。

「とてもいい人だと思う。竜介にはもったいないくらいの」
「はは。もったいないか」
「ご、ごめんっ」

妹君の言葉に思わず笑った私に、気分を以外したと感じたのか妹君は慌てて謝ってきた。
そんな彼女に、私は首を横に吸うか振りながら口を開く。

「別に気分を悪くしたわけではない。ただ、少々的を得た感想だったから思わずな」
「そ、そうなの?」

納得しているのかしていないのかよくわからない様子で妹君は相槌を打つ。
今まさに”婚約解消”をしようと目論む竜介に、彼女はもったいないだろう。

「そういうり、竜斗のほうは?」
「私か? そうだな……」

妹君に聞きかえされた私は、考えをめぐらす。
姫君……”ララ・サタリン・デビルーク”という人物について、私が知っていることは少ない。
だが、あえて言えるのであれば

「妹君と同じだろうな」
「何それ、ずるい」

頬を膨らませながらかけられる妹君の非難の言葉に、”それもそうだな”と返す。

「そしてもう一つ重要な話だ」

それは私にとってはこっちの方が本題と言っても過言ではない程重要なものだった。

「私を見て悲鳴を上げるのをやめろ。言葉遣いゆえに、怯えられるのは仕方ないとは思うが、もう数年も経過しているのだから、いい加減慣れてもらいたい」
「ご、ごめん」

私の言葉に、委縮する妹君に私は息を吐き出すと静かに立ち上がる。

「え?」
「妹君に言葉で言っても逆効果のような気がするから、こうさせてもらう」

言葉で伝わらなければ、態度で伝える。
それは昔から変わらないことだ。

「や、やめてよ。恥ずかしい」
「そうか? それは失礼」

恥ずかしがる妹君に、謝りながら今まで撫でていた頭から手を放す。

「お前はまだ子供なんだから、少しは甘えてはどうだ?」
「何だか、そういわれると馬鹿にされてるような気がするんだけど」
「事実だろ?」

まだ年端もいかない年齢だ。
ならば私の言葉に間違いはない。

「まあ、時たま年相応に見えなくなる時があるけど」
「そうなの?」
「家事全般をしているからか、それともしっかりとした性格だからか……まあ、それがいいのか悪いのかはわからないけど」

尤も、兄という立場で言うのであればかなり問題があるんだが。

「まあ、これからも度々こうして話すこともあるだろうから、その時はよろしく」
「う、うん」

理解ができていないのか、首をかしげていた。

「さて、もう夜も遅い。早く寝ろ妹君」
「美柑」
「ん?」

突然自分の名前を口にした妹君に、今度は私が首をかしげる番だった。

「私の名前は妹君じゃなくて美柑だから、そう呼んで。竜斗」
「…………善処しよう」

面と向かって言われた言葉に、私は視線をそらしながら返事をする。

「それじゃ、お休み」
「おやすみ」

リビングを後にしていく彼女の後姿を見送った私は、再び席に着く。

「本当に、年相応には見えないな」

私は小さくため息をつきながら、彼女が去って行ったドアから庭に続く窓の方へと視線を向けた。

「おやすみだ。”美柑”」

この日、私は初めて妹君の名前を口にするのであった。

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第5話 婚約と騒動

「ん……」

あれから一日が過ぎた。
いつもの通りに目が覚めた俺は、上半身を起こした。

「は?」

そんな中、横から聞こえる俺のものでない呼吸音はいったいなんだろうか?
そんな疑問を持った俺は、ふと横を見てみた。
そこには気持ちよさそうに眠るララさんの姿があった。

「うわっ!?」

驚きのあまり大声で叫びながらベッドから転げ落ちてしまった。

「なに、もう……あ、リュウスケおはよう」
「おはよ……って、なんで俺の横で寝てるんだよ!? しかも裸で!」

そんな騒ぎで目が覚めたのかララさんは起き上がりながら挨拶をしてきたので、挨拶を返そうとララさんのほうを見た俺は、疑問を投げかけた。

「だって、リュウスケと一緒に寝たかったし」
「いつもララ様のコスチュームでいるのは大変なのです」

そんな俺の疑問に、二人から清々しいほどの答えが返ってきた。

「というより、隠せ!」
「え、なんで? だって私たちは結婚するんだから問題ないじゃない」
「そういう問題じゃないよ?!」

語尾を弾ませているララさんにツッコみえおいれる俺だったが、この時俺は失念していた。
あと少しすれば美柑が起こしに来る時間になるということを。
つまりは……

「竜介、いつまで寝てるの? 早く起きないと遅刻す……」

ドアを開けて入ってきた美柑と、俺たちの間で微妙な沈黙が生まれた。

(や、やば)

そう理解したところで、すでに手遅れだった。

「お邪魔しました」
「あ、美柑!」

ものすごい勢いでドアを閉めた美柑は、これまた凄まじい速度で去っていった。

「ま、またあらぬ誤解を……」
「ペケ」
「はい、ララ様」

朝からどんよりとした気分になっている俺をしり目に、ララさんはペケに声をかけると独特な服を纏った。

「それじゃ、説明してもらおうか?」
「え? 何を?」

俺の横に半ばジャンプをするようにして腰かけるララさんは、質問の意図がわからないのか首をかしげていた。

「何をって、裸で俺の横で眠ったり家に勝手に上り込んできたり云々だ」
「でも、婚約者どうしは同じ屋根の下で生活するのが地球の習慣なんでしょ?」
「た、確かにそうなんだが……」

ララさんの正論に、俺は何も言い返せなくなってしまった。

「私と一緒じゃ、嫌?」
「嫌じゃないけど」

さらにとどめとばかりに涙ぐみながら聞いてくるララさんに、俺は反射的に答えてしまった。

「それじゃ、問題ないね」

答えた次の瞬間には、まるで太陽のように明るい笑みを浮かべていた。
嘘泣きか否かはわからないが、恐ろしい。

「だから、そうじゃなくて。婚約した覚えがないのに、どうして婚約になってるのかその理由を――」
「その質問には私が答えようっ」

俺の疑問に返ってきたのは、あの時に聞こえた声だった。

「ザスティン」

窓を開けて入ってきた銀の甲冑を纏ったザスティンと呼ばれた男は、窓からベッドの上へと降りた。

「って、どこから入ってきてるんだ!」
「いや、先日は失礼したな。まさかララ様の婚約者にケンカを売ってしまうとは。くわばらくわらば」
「それよりも、靴を脱いで!」

俺の言葉を無視して言葉を続けるザスティンさんに、俺はもう一度靴を脱ぐように告げた。

「それはともかく結城 竜介。君はデビルーク星の伝統的かつ正式な手順を経て、ララ様と婚約したのだ」
「私、一生忘れないよ。リュウスケが私の胸に触って熱いまなざしで愛の告白を」

(したっけ?)

ララさんの言っているのは、おそらくお風呂場でのことだろう。
確かに胸には触ってしまったが、愛の告白をしたか?

「そして、ララ様がそれを受理なされた。その結果、遡り君が胸をもんだ瞬間……一昨日の20時43分を以て、デビルークの正式な婚約の儀として成立したことになる」

(き、聞いてないよ?!)

「ちょっと待ってくれ。それはごか―――」

誤解と言いかけた瞬間、緑色の光を纏う剣のようなものを突き付けられた。

「まさか、誤解などとは言うまいな? 好きでもないのに一国の王女の胸を触るなど、デビルーク星に宣戦布告をしているようなものだ!」

確かに、王女の胸を触るなんてことをしたら、確実にただでは済まない。
尤も、王女以外の胸でもそうなのだが。

「も、もし誤解だって言ったら?」

好奇心のほうが前に出た俺は、ザスティンさんに聞いてみた。

「我が主君、デビルーク王は武闘派だ。かつて戦乱の真っ只中にあった銀河を統一し、頂点に立った偉大なお方だ。もし、そんなことを王が聞けば地球が丸ごと破壊されるだろう」
「…………」

想像以上の結果が返ってきた。
俺としては何週間か牢獄のような場所に閉じ込められるのかと思っていたが、それは甘かったようだ。

「大丈夫だよザスティン。リュウスケはそんないい加減な人じゃないから。だから心配しなくてもいいよ」
「いいか? 少年。ララ様と結婚をするということは、デビルークの後継者となること、それはデビルークが納める星々の頂点に立つということだ。軟弱なものに務まるはずがない。というわけで、しっかりな」

最後にザスティンさんから、そんな激励(?)を受けるのであった。
ちなみに、余談ではあるがあの後、美柑の誤解を解こうとしたものの結局解けることはなかった。










「はぁ……いったいどうすれば」

放課後、俺はララさんにした婚約について悩み続けていた。
できれば婚約を白紙にしたい。
別に、彼女が嫌いというわけではない。
ないのだが……

「はぁ……どっちにしろ、白紙にした瞬間に地球は滅亡か」

つらい現実だった。

――お前の手に負えない事態に直面した際は私を呼べ――

竜斗が告げた文章が頭の中をよぎる。
いっそのこと彼に丸投げしようかと思ったが、すぐにやめた。

―ただし、くだらないことで呼ぶなよ?―

そう綴られた文章を思い出したからだ。
これはあいつにとっては”くだらないこと”になるだろう。
そしてもし呼び出してしまえば、どうなるのか分からない。
何せ、今まで一度も試したことがないのだから。

「そして、また白紙に戻る、か」

同じことを何度も考えている俺は、再び本日何度目ともしれないため息をついた。

「ん? 何だか騒がしいような」

そんな時、廊下のほうが少し騒がしいことに気が付いた。

「リュウスケ~、リュウスケどこ?」
「っ!?」

聞こえるはずもない声に、俺はあわてて声のするほうへと駆けていく。










「い、いた?!」

下の階に降りると、そこにはララさんの姿があった。
彼女の周囲には、物珍しげに見る学生の姿もあった。

「あ、リュウスケー!」
「どうして、ここにいるんだよ?!」

下の階に降りた俺を見つけたのか、ララさんは手を上げて俺に声をかけてきた。
俺は慌てて下に降りると、ララさんにここにいる理由を問いただした。

「リュウスケが行く”ガッコウ”っていう場所がどんな所か見に来たの!」
「お前な……」

悪びれるどころか、満面の笑みを浮かべながらのララさんの答えを聞いた俺は、思わず頭を抱えたい衝動に駆られる。
だが、そんな猶予を与えるほど、向こうは待ってはくれなかった。

「お、おい竜介! その子は誰なんだよ! ていうか、どういう関係だよ!」
「え、えっとだな……」

彼女を見ている学生を代表してかは知らないが猿山が震える指をララさんのほうに上げながら疑問を投げかけてきた。
俺は、必死に答え方について知恵を絞ることにした。
なにせ、答え方によっては修羅場になりかねない。
どう答えたものかと頭を悩ませている中、そんな俺の葛藤をすべて無にする者がいた。

「私? 私はリュウスケのお嫁さんでーす!」

勢いよく腕に抱きつきながら答えるララさんの言葉に、俺はこの後起こるであろう事態に空を仰ぎたくなった。
いや、屋内だけど。

「……竜介」
「な、なんだ?」

できるだけ平静を装って猿山に返す。
だが、今の俺の顔は面白いように引きつっているだろう。

「お前、西蓮寺一筋だとか言ってなかったか?」
「いや、厳密に言えば俺たちにお前のことをとやかく言えないのはわかってんだがな。でもよ、なんかむかつくんだよな」

猿山から知らない男子学生へと、負の連鎖が続いていく。

「とりあえず結城。一発ぶんなぐらせろ」

そう言いながらにじり寄ってくる男子たち。

『うぉぉぉぉ!!!』
「うわ!?」

それはまるで爆発だった。
いきなり走り出す男子たちから、俺はララさんの腕をつかむと逃げ出した。
タイミング的には間一髪だった。

「どうしてあの人たち怒ってるの?」
「自分で考えろ!」

状況を把握できていないララさんの疑問に、俺は投げやりに答える。
どのぐらい走っただろうか、いまだに男子学生達は勢いを保っている。
数人の脱落者(主に、曲がりきれずに壁にぶつかったりしてだが)を出しながらも、逃げ切っていた俺たちは曲がり角をまがった瞬間に絶望を覚える。

「い、行き止まり!?」

目の前は行き止まり。
幸いなのは、男子学生との距離が少しだけ開いているため、少しの猶予があることぐらいだろう。
だが、このままではハチの巣にされるのは間違いない。

(ララさんに頼るのは……やめておこう)

何だかさらに状況が悪化しそうな気がする。
だとすると、どうするか。
もう答えは一つしかなかった。

(窓から逃げる!)

唯一の逃げ道である窓から脱出するものであった。
だが、ここは二階。
飛び降りれば最悪怪我では済まない。
ララさんを怪我させた瞬間、俺……この地球の運命は確定するだろう。

(気を付けよう。それしかない)

窓の外には一本の木がある。
そこに飛び移ればあとは、枝を伝って下に降りるだけ
だが、窓から木までの距離は優に5mある。
”普通”であれば届かないだろう。
だが、俺には普通の人にはないものがある。

(少しだけ力を借りるぞ!)

俺は左手の手のひらに素早く五芒星を書く。
その瞬間、体中に力がみなぎるような感覚に包まれた。
それは竜斗の力が解放された証拠でもあった。

「ララさん、ちょっと失礼」
「え? なにをす――――きゃ!?」

ララさんが言い切るよりも早く、彼女を片腕に担いで窓を開けて窓から外に飛び出した。

「っと!」

難なく5m先の木の枝につかまった俺は、少し下にある枝に着地した。
それを2,3回ほど繰り返して、ようやく俺たちは地面に降りた。

「ふぅ、何とか脱出できた」
「地球人ってすごいね。あんな距離を飛び越えられるなんて」
「い、いや、地球人と言うよりは俺が少しだけ特殊なだけというか……」

感心した様子のララさんの言葉に、俺はどう答えたものか悩んだが、結局ごまかすことにした。

(しかし、いったい竜斗は……)

「ねえねえ、一緒に帰ろうよ」
「………そうだな」

このままここにいても男子学生たちのハチの巣になりかねないため、俺はララさんと家に帰ることにするのであった。
竜斗に抱いた疑問を頭の片隅に追いやる形で。

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第4話 婚約

気が付くと、俺は誰もいない公園に立っていた。

「大丈夫だろうか?」

変わっている際の詳細な記憶はない。
あるのはただの概念のみ。
つまりは、”○○を××にした”という事だけなのだ。
会った人物の名前、そして会話などすべてを、俺は知らないのだ。
俺が知っているのは、竜斗がザスティンさんと勝負をしてかったということだけなのだ。

「帰るか」

このままここにいたら変な騒ぎになるだろう。
何せ、トラックが公園の出入り口をふさぐような形で横転しているのだから。
俺は半ば逃げるようにして、公園を後にするのであった。










「ん……」

翌日、いつものように目が覚めた俺は枕元にある時計を覗き込む。

「早っ!?」

表示されていた時刻は、俺がいつも起きる時間よりもかなり早い物だった。

(たまには美柑を驚かせてやるか)

妹の中では俺=寝坊という不名誉な式が成り立ちつつあるので、ここいらでそれが違うと証明するのも良いだろう。

「っと、日記日記」

そんな野望を抱きながらも、俺はいつもの習慣である日記を確認する。
昨夜の詳細が書かれているかを確認するためだ。

「は?」

俺はそこに掛かれている内容に思わず首を傾げた。
そこに、意味不明な言葉が羅列されているわけでもない。
書かれている内容はシンプルと言えばシンプルなものだ。
ララさんがお姫様だったこと。
そして彼女が家出をしてきたこと。

『気を付けろ』

だが、最後に書かれていたたった5文字だけが大きな謎だった。
何に気を付けるのかも書かれていなかった時点で、もはや意味が分からない忠告になっていた。

(一体どうしろと?)

悩んだところでどうにもならないとあきらめた俺は、朝食を取るべく下に降りることにした。

「もう起きたの!?」

俺を見た瞬間に目を丸くして驚く美柑の姿を見れたのはある意味良かったが。









「気を付けろって、何に気を付けるんだよ」

いつもより早めに学園に向かう中、俺は周囲を何度も見渡していた。
だが、周囲には特におかしい物も、不審な人影もなかった。

(はぁ、やめだやめ。気にしてたら精神的に疲れる)

警戒態勢を続けて気が滅入りそうになっていたため、俺は竜斗からの忠告を気にしないようにした。
何かあれば、それはその時に考えればいい。

「結城君」
「西連寺さん?」

突然かけられた声の正体は、西連寺さんだった。
一瞬これは夢かと思ってしまった。
何たって、あの西連寺さんから俺に声をかけてくれたのだ。

(これはチャンスじゃないか)

周りに人の気配はない。
つまりは今この時に、告白をするチャンスじゃないか。

「西連寺さん!」
「な、なに!?」

思わず大声で呼んでしまったため、西連寺さんを驚かせてしまった。

(何やってんだよ。冷静に冷静に)

「俺、あの時から君のことがずっと好きでした。付き合ってください!」

(言った。ついに言ったぞ)

まくしたてるように頭を下げながら告白の言葉を言いきることができたことに、浮かれかける自分を俺は必死に抑えた。
まだ相手から返事をもらってない。
浮かれるのは返事をもらえてからだ。

「へぇ、そっちもそういうつもりだったんだ~」
「っ!?」

なんだろう?
今、この場にはいない人物の声がしたような……しかもその声は昨日現れた、家出したお姫様のものに聞こえるのは。
きっと俺がおかしいんだ。
そうだ、これは幻聴だ。
目を開ければそこには西連寺さんの姿が――

「これで婚約成立だね」

なく、代わりにやはり満面の笑みを浮かべた先日の家出したお姫様の、ララさんの姿があった。

「じゃ、結婚しよっ。リュウスケ」
「な、なんでお前がここに……ていうか結婚?!」

とんでもないことを言いながら思いっきり抱きつかれた俺は、ただただわけのわからないことを口にしていくのであった。

(気をつけろって、このことだったのか?)

もう少しわかりやすく忠告してほしいと、俺は心の中で竜斗に文句を言うのであった。

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第3話 続・未知との遭遇

「何だったんだろう。本当に」

風呂から上がった俺は、先ほどの事に考えをめぐらせていた。

(あれが夢とか妄想だったら、俺きっとやばいんじゃないか?)

ただでさえ二重人格という時点でも色々とヤバいのに。
しかし手にはまだあの柔らかい感触が残っている。
それこそが夢とかではない証拠だろう。
だが、人と言うのは良くできているようで、信じられない現象が起こったときは、多くの人は夢や妄想に片付けたがるらしい。

「きっとのぼせてたんだよ。そうに違いない」

そして俺もその一人のようだ。

「このドアを開けたらさっきの女の人が―――」

冗談交じりに言いながら自室のドアを開ける。

「ふぅ、さっぱりした」
「いたよ!?」

ベッドに腰掛ける先ほどの少女の姿があった。
先ほどと違うのは、体にバスタオルを巻いていることぐらいだろう。

(って、そのバスタオル俺のだし)

「あ、タオル借りてるよー」
「…………」

男の前だというのに、恥ずかしがるそぶりも見せずに平然としている彼女に、俺は思わず言葉を失っていた。
まるで旧来の友人みたいな(友人でも恥ずかしがるとは思うけど)反応だ。

(って、考えている俺も冷静だな)

そんな自分に思わず苦笑を浮かべそうになるのを堪えた。
様々な疑問が渦巻く中、俺が口に出来たのは

「だ、誰?!」

そんな言葉だった。

「私? 私はララ」
「ララ、さん?」

とりあえず名前は分かった。
彼女からは少しばかり距離を取りつつ、次の質問を投げかける。

「頼む、一から説明して。どうしてここにいるのかとか」
「うーんとね……」

顎に人差し指を当ててなにから説明したものかと悩むララさんだったが、やがて説明を始めた。
何でも”ぴょんぴょんワープ君”という道具でここに(というよりはお風呂場にだが)に来たらしい。
ワープという単語もそうだし、宇宙船やら宇宙人やら信じられないことのオンパレードだった。

「おやおや、信じてない?」
「そりゃ当然だろ」
「だったら、これを見て」

そう言ってララさんは俺に背を向ける。

「ッ!?」

それを見た俺は色々な意味で、言葉を失った。

「ほらね? 地球人にはこんなものはないでしょ?」

そういう彼女が纏うバスタオルの隙間からは、確かに尻尾が生えていた。
その姿は宇宙人というよりは、悪魔を連想させるのだが、それはこの際どうでもいい。
一番の問題は、彼女の姿だった。

「分かったから隠せ!」
「何赤くなってるの? かわいい」

(何なの? この感覚の微妙なズレは)

背を向ける俺を微笑ましそうに笑いながら言うララさんに、俺は何とも言えない気持ちを抱くしかなかった。

「ゴホンッ! それで、どうして一体どうしてここに」
「私、追われているの」

そこで今までの彼女の声のトーンが少し落ちた。
それにつられて、俺も再び彼女の方へと向き直る。
話によれば何者かに追われて捕まりかけた彼女は、発明品を使って脱出してきたらしい。

「なるほど、話は分かった」

話を聞き終えた俺は静かに口を開いた。

「それだったら、落ち着くまでの間匿ってあげる」
「本当!? ありがとう!」

我ながら赤の他人をここでかくまうなど、お人好しすぎると思う。
だが、困っている人を放ってはおけない。

「だぁ!? 抱き着こうとするなッ!」

俺は、飛び掛かってこようとするララさんを止めた。
頬を膨らませるララさんをしり目に、切実な問題があった。
いや、どう説明するのかというのもあるが。

「服はどうするんだ?」

そう、服だ。
ここには女性物の服はない。
美柑のは……小さすぎるし、母さんのはおそらくだが大きすぎるし……

「それだったら……」
「ララ様~!」

そんな俺の問題をよそに、また何かが現れた。

「ご無事でしたかララ様!」
「ペケも無事に脱出できたんだね!」

”ペケ”と呼ばれたロボットのようなそれは、ララさんとの再会を喜び合っていた。

「ところで、ララ様。そこにいる冴えない顔の地球人は?」

(さ、冴えない)

何だろう、馬鹿にされているのに怒りが湧き上がってこないこの複雑な気持ちは。

「この家の住人だよ。名前は……えっと、何だっけ」
「あ、悪い」

ララさんに尋ねられて、まだ俺は名前を名乗っていなかったのを思い出した。

「俺は竜介。結城竜介」
「リュウスケかー。この子はペケ、私が発明したコスチュームロボなの」
「初めまして」

何故下の名前でという疑問は吹き飛んだ。
いきなりララさんは、纏っていたバスタオルを取り去ったのだ。

「な、何をやってるんだ!」
「それじゃ、よろしくね、ペケ」
「はい、ララ様!」

ララさんの呼びかけに、ペケの体が光ると、ララさんは服を身にまとっていた。
全身タイツのような気もしなくはない、恥ずかしい服装だった。

「どう? 素敵でしょリュウスケ」
「そ、そうだな」

とりあえずは服を着てくれたから良しとしよう。

「時にララ様、これからどうなさるおつもりで?」
「それなんだけど、リュウスケが匿ってくれるって言ってくれたの!!」

(そう言えば、追われているって……)

今まで忘れていたが、彼女は宇宙人。
だとすれば追っているのも宇宙人というわけだ。
……無性に嫌な予感が俺の頭の中を駆け巡った。
そして、その予感は悲しくも当たった。
窓から音もなくサングラスを掛けた二人組の男が姿を現したのだ。
この二人が追手なのだろうか。

「困ったお方だ。地球を出るまでは手足を縛ってでも、貴女の自由を奪っておくべきだった」
「ペケ?」
「はいぃ、ララ様っ!」

ララさんの低い声に、ペケの声を上ずる。

「私言ったよね? くれぐれも尾行には気を付けてって」

そう言って暴れるララさんの腕を黒服の男が掴んだ。
そして大暴れする彼女たちを、俺は呆然と見ていた。

(どうして俺の目の前で修羅場が展開してるんだ?)

しかも土足だし。

「…………」

目の前にいる者達は宇宙人であることは間違いない。
ならば地球人の俺など簡単にひねり潰せるだろう。
だが、俺には不思議な力がある。
手の甲に五芒星を描けば人並み外れた力を行使することが出来る。
これならば、不意を衝いて逃げだすことぐらいは可能だろう。

(って、俺は助ける気か?)

自分の考えていることに首を傾げかけた。
なぜ、彼女を助けるのだろうか?
目の前の少女と俺は全くの無関係。
助けたからと言って、何か利点があるとも限らない。

(それじゃ、なぜ?)

これ以上、土足で動き回られたくないから?
まったく分からなかった。
分かる前に俺は左の掌に五芒星を描いていた。
その瞬間、体中が熱くなった。
それは、力が解放されたことの証。
それを確認せず、俺は”軽く”男達を飛び越えると、床に落ちていたサッカーボールを軽く蹴り上げて

「やぁ!」

ララさんを羽交い絞めにして捕まえている男に目掛けて蹴り飛ばした。

「ぐあ!?」

ボールはうまく男に命中し、衝撃で腕を離されたララさんはベッドに投げ出される。

「掴まって!」
「え?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているララさんの腕をつかむと、窓から外へと逃げ出した。

「待て、小僧!」

屋根伝いに後ろからも黒服の男達が追いかけてくる。
当然と言えば当然だ。

「リュウスケ、どうして?」
「分からない!」

ララさんが聞いてくるが、理由など全く分からない。
俺が聞きたいぐらいだ。
だが、一つだけ言えることがあった。

「だけど、目の前で連れていかれようとしている人を、放っておくことなんてできないんだ!」

いい人ぶっているのかもしれない。
でも、それでも俺は放っておけなかった。
まるで”自分ではない自分”にそうしろと言われたような。
屋根から飛び降りて、公園の方へと駆けこんだ。
公園を横断して反対側へと逃げる作戦だ。
ここら辺の土地勘を活かせば、男達を巻くことも容易い。
だが、それは相手が|人間《・・》であればの話だ。

「のわぁ!? と、トラック?!」

目の前に行く手を遮るように空から降ってきたのは、1トンはありそうな大型トラックだった。
そのトラックはまさに出ようとしていた出入り口を塞いでしまった。

「こっちだ!」

反対側から出ようとしたが、もう一人の男に行く手を阻まれる。
気が付けば、もう逃げ場などなかった。

(なんで公園なんかに入ったんだ! 俺のばか!)

よくよく考えれば、公園ほど隔離された場所はない。
出入り口さえ封鎖すれば、後はもう袋の鼠。
ゆっくりと歩み寄る男達に、俺達は自然と後ろに下がりフェンスの方まで追いやられた。

「来るな!!」

にじり寄る男達に声を上げることしかできなかった。

(どうする? この状況)

もはや絶体絶命だ。
だが、俺には最後の切り札がある。

――お前の手に負えない事態に直面した際は私を呼べ――

竜斗の告げた内容が頭をよぎる。
今こそ、その手に負えない事態ではないだろうか?

(でも、人の力を使って解決するなんて)

男としてはそれが阻まれるわけであって。

「随分と勇ましいな」
「ッ!?」

頭上から降ってくる男の声に、俺は息をのんだ。
空にはUFOのようなものがあった。
とは言え暗いために、それを確認したわけではないが。
そして光の輪の中心から人が現れ、俺達の前へと降り立った。
その人物は銀色の髪に甲冑のようなものを身にまとっていた騎士を彷彿とさせる雰囲気を醸し出す男性だった。

「そこをどけ地球人! 部外者は引っ込んでいてもらおうか」
「断る! 目の前で人を連れ去るのを黙って見ているわけにはいかない」

威圧する様に男から言われるが、俺はそれをに対して拒否した。

「もう一度だけ言う、そこをどけ」
「嫌だと言ったら?」
「力づくでも退いて貰う。命が欲しければ、そこをどけ」

今、この場に立っているだけでも俺はすごいと思った。
体中からいやな汗が噴き出すのが分かっていたのだから。

(良いよな? やっても)

よくよく考えれば人の力というわけではない。
何せ、二重人格でもあり、それも”俺”なのだから。
そんな逃げ口上を思いついた俺は地面に五芒星を描いて、ララさんの手を掴んでいた手を放すと、素早くその場にしゃがみこんで先ほど描いた五芒星に手を合わせた。

「リュウスケ?」

ララさんの困惑したような声を最後に、俺の意識はブラックアウトした。


★ ★ ★ ★ ★ ★


一気に浮上する。
傍観者から演奏者に移る瞬間は、今でも慣れない。
取りあえず”私”は立ち上がる。
”彼”がしようと思ってできないことをする。
それが、私の使命だ。
目の前にいる男は見るからに私の足元にも及ばない。
私が恐れる必要などどこにもなかった。
とは言え、私自身が脆弱だ。
気を付けないと一瞬で終わりになるだろう。

『断る』

私は、そうきっぱりと男に告げようとしたところで。

「ララ様、おやめください! 家出など」
「いやーよ!」

男の言葉に、小娘が言い返す。
だが、私は聞き捨てならない単語を耳にした。

「……家出?」
「私もうこりごりなの! 後継者がどうとかお見合いばかり」

今、私はさぞかし腑抜けた表情をしているだろう。
それほど私が耳にした言葉は色々と衝撃的な事実だった。
彼女が姫様であることもそうだが、追われている理由が”家出”をしたためだとは。
つまりは、彼の覚悟(そんなたいそうな物はないが)は無駄になったということだ。

(私は、この憤りをどこにぶつければいいんだ?)

そこで、私は一つだけいいことを思いついた。

「取り込み中で悪いが、話してもいいか? 家出の片棒を担いだ自分にも多少は関わりあいのあることだし」
「…………いいだろう」

目の前の男の承諾の言葉に、私は一歩前に踏み出す。

「このままやっても平行線のまま。だったらはっきり白黒をつけるべく、私と勝負をしないか?」
「勝負だと?」

私の提案に、男が目を細める。
当然だろう。
何せ目の前の男からすれば私は|ただの地球人《・・・・・・》なのだから。

「内容はそっちの自由。そっちが勝てば彼女を連れてけ。そのかわり、私が勝ったら」
「姫様を連れて行くな、と申す気か?」
「否。彼女の意思を尊重しろという事だ」

私は男の言葉をウ日を横に振りながら答える。

「良いだろう。ならば」

男が取り出したのは緑色に光る剣のようなもの。

(レーザー剣?)

我ながら変な単語を言う物だ。

「ざ、ザスティン?! あぶないよ、リュウスケ!」
「心配するな。私は負けない」

後ろの方で騒ぐ姫君にそう断言した。
”あれ”は危険すぎて使えないが、目の前の男を無力化することくらいはできるだろう。

「そっちからどうぞ」
「では、参ろう!」

ザスティンと呼ばれた男が動き出そうとしたその瞬間、私は素早く男の背後に移動した。

「なッ!? どこに消えた?!」
「ここだ」
「ッ!?」

背後にいる私に気付いたザスティンは、慌てて私から距離を取る。
それを確認するよりも早く、私は再び素早くザスティンの背後へと回り込み

「一回、二回、三回、四回」
「ッ――――」

ザスティンの背中を指で軽くつついた。

「今、私が武器を持っていれば貴殿は武器に貫かれていただろう」
「………」

私の言葉に、ザスティンの息をのむ音が聞こえた。

「どうする? まだ続けるか? さすがにここから先はお互いに身の安全は保障できないが」

別に私の身の安全は保障できる。
それは慢心ではなく、事実だ。
だが、さすがに長引かせるのは面倒くさいので素早く終わらせたいのが本音だ。
よって、一歩引いた形で終わるように促したのだ。

「私の負けだ」

ザスティンの停戦宣言に、私は静かに息を吐き出す。

「すごい、リュウスケって強いんだね!」

そんな私に話し掛けてくる姫君に私は告げる。

「さあ姫君、告げると良い。お前の想いを。お前が成し遂げたいことをすべて。君にはその権利がある」
「リュウスケ?」

首を傾げる姫君をしり目に私は姫君から数歩離れる。
彼女の意思を聞くのは”私”がするべきことではないと思ったからだ。
すると、まるで狙ってきたかのように突風が吹きつける。

「私、――――ッ!!」
「ッ!? 様、それは――――か?!」

姫君の言葉を受けたザスティンが、目を見開かせる。
離れていたのと突風によって声が良く聞き取れなかった。
それからすぐ後に、話は終わったのかこっちの方へと向き直ると

「リュウスケ、またね!」

と告げて、姫君はザスティン達と一緒に去って行った。

「無性に嫌な予感がするな」

誰もいない公園で、私は思わずそう呟くのであった。

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