健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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外伝3 そしてそれは宿題となる

翌日、学校が休みであることを前もって伝えておいたため、挨拶をするべくお昼過ぎに例のプロダクションを訪れると、すぐに男性に引っ張られるように置くまで移動させられた。
「それでは、紹介しよう。この子が今日から我がプロダクションのメンバーになった。待望の新人だ」

すでにここのメンバーの人は全員集まっていたようで、僕の紹介が行われた。

「それじゃ、順番に紹介していこうか。まずは……」

社長は次々に事務所に所属している人物の名前を口にしていく。
ここ、”チェリーレーベルプロダクション”に所属しているのは主に二つのグループである。
最初は篠崎しのさき あおいそして

「私は、中山翠。よろしく」

あの時、弦楽器で演奏していた黒髪の女性……中山さんが名前を口にした。

「わ、私は荻原涼子です。よろしくお願いします」

中山さんの隣で同じ弦楽器を演奏していた銀色の髪の女性……荻原さんが名前を告げるが、視線をあちらこちらに向けて落ち着きのない様子なのが少し気になった。

「僕は太田保と言います。よろしくお願いします」

あの時ピアノのような鍵盤楽器を弾いていた男性……太田さんは静かに頭を下げる。
何となく自信なさげな感じで、頼りなく見えるがさすがに初対面に等しい状況で決めつけるのは失礼だろう。

「俺は田中竜輝だ。せいぜい足を引っ張るなよ」

あの時僕にくってかかっていた金髪の男……田中さんは皮肉交じりに吐き捨てると、僕のほうから視線を外す。
この4人によって結成されたバンドグループ『prominence』である。
昨日、軽く調べてみたがこの二つのグループ名は一切ヒットもしなかった。
おそらくは、全く売れていないと考えた方が正しいだろう。

「私はここの社長の、荻原おぎわら  昌弘まさひろだ。よろしく」

そして社長と呼ばれていた男性が最後に名前を告げる。
苗字が銀色の髪の女性と同じだが、もしかしたら親子かただの偶然かと結論付けることにした。

「そして、彼が……」
「社長、どうしたんですか?」

僕のことを紹介しようとした社長が、こちらを見たまま固まる。

「そう言えば、私としたことが名前を聞くのを忘れていたようだ」
「……高月浩介です。若輩者ですがよろしくお願いします」

そう言えば名前を言うのを忘れていたなと思いながら自己紹介をした僕は軽くお辞儀をする。
中身はともかく、外見は小学生なのだから少しばかり固すぎたと思ったが、これ以上砕けた言い方が思いつかなかったのでこれはこれでいいのかなと割り切ることにした。

「ちょっと硬すぎるような気もするが……まあ、いいか」

社長も首をかしげる始末だが気にしないことにした。

「では、皆グラスを持って」
「……」

今気づいたがテレビ台のある側のテーブルの上には,、軽くつまめる程度の物ではあるが食べ物と僕を含めた人数分の紙コップ、そしてお茶やジュースなどが入ったペットボトルが置いてあった。
グラスではないがわざわざ指摘するのも面倒だったので、僕は周りに倣うように無言で紙コップを手にする。

「っと、皆飲み物を入れてなかったね」

という社長の言葉で、各々が苦笑しながらペットボトルを手にした社長のほうへと歩み寄る。

(この和やかな雰囲気が、アットホームというやつか)

社長が飲み物の種類を聞いては、指定された飲み物を注いでいく社長を見ながらそんなことを考えていると、社長はこちらのほうへと顔を向けてくる。

「最後で悪いけど、ジュースがいいかね?」
「……いえ、お茶でお願いします」

なんだか子どものように見られている気がしてむっとしたが、よくよく考えれば外見が子供なので致し方ないなと思いながら、お茶を社長に注いでもらう。

「それでは、乾杯っ」

社長の温度に合わせてその場にいた全員も”乾杯”と口にすると、各々が飲み物を口にする。
これが僕の歓迎会(たぶん)だということを今更だが理解できた僕は、静かにお茶を飲み干す。
別に歓迎会自体が嫌いなわけではない。
いや、嬉しくないという人はよほどいないはずだ。
ただ、

「こんな小っちゃくてかわいい子が、新人さんかぁ~」
「ねえねえ、年はいくつなの?」

質問攻めをされてうれしいと思う人がどのくらいいるのかは別の話だが。

(小さい言うな)

父さんから外見を小学生程度にまで去れているのだからそう見えて普通なのだが、それでも言われると悲しくなってしまうのだ。
我ながらひねくれているなと思いながらどうしたものかと考えを巡らしていると、

「これこれ、あまり新人を困らせるものではないぞ」
「す、すみません。久しぶりの新人さんで、つい」

苦笑しながら注意する社長に、短めに切られた青髪の女性……篠崎さんは下をちょこっと出して片目を閉じながら茶目っ気に応えると僕から数歩離れていった。

「さあさあ、食べて食べて。今日は無礼講だ!」
「社長太っ腹です!」

なんだか僕を取り残して騒ぎ始める事務所の人たちを見ていると、寂しさを感じてしまう。
それは僕が未熟だからなのか、それとも……
色々と課題は山積みだが今はこのパーティーを楽しんでおくべきだと思った僕は、机の上に置かれた駄菓子に手を付けるのであった。










歓迎会のようなものが無事(?)にお開きとなり、片付け終えたころには時計の短針が”4”を指し示していた。

『pinky girls』のメンバーは全員ダンスレッスンのようでレッスン会場のほうに行っているため、今事務所にいるのは『prominence』のメンバーと社長と僕だけになった。

「さて、それでは彼は『prominence』の一員として活動してもらうわけだが……」

そして今行われているのは、今後の活動方針に対する会議だ。

「高月君。君は何が弾けるのかな?」

社長の疑問に思っているように、まず決めなければいけないのは僕が何の楽器を演奏するかだ。

「いや、その前にバンドとかそういうのを理解してねえだろ」
「あいにく、理解できています。ギターとベース、ドラムにキーボードによって構成されているんですよね?」

社長の方に確認の意図を込めて視線を向けると、社長は静かに頷いて応えた。

「それで、お前は何が弾けるんだ?」
「僕は……」

僕の出した答えが正しかったのが気にくわなかったようで、田中さんは不機嫌な顔を隠すことなく問いかけるが、答えに詰まってしまった。
それは別に何も弾けないというわけではない。
ただ単純に何が弾けると言えば良いのかに迷ってしまっただけなのだ。
物心がついたときから始まった、魔法に関する英才教育はさまざまな分野にわたり、その一つに音楽があったのだ。
とはいえ、習ったのはピアノの弾き方と歌ぐらいだが、その分野に見事にはまった僕は、音楽の分野を極めた。
その結果が、どのような歌でもうまく歌え、どのような楽器もうまく弾けるようになった。
尤も、それを知った父さんからは、呆れたような表情でため息をつかれたが。
それはともかくとして、当時はそれで構わなかったが、いざそれを利用しようとなると一つに絞るのは難しい。

(早く決めないと)

いつまで経っても決まらないことに、徐々に焦燥感を感じた僕は

「ギターですっ」

と、口にした。

「ギターか」
「中々にすごいチョイスだね」

周りの感心しているのか、それとも意外すぎて驚いているのかは定かではないが、各々が真剣な表情を浮かべながら口を開いた。

「よし、それじゃ軽く引いて見せてくれないかね。ギターは中山君のを使うといい」
「僕の腕を知りたい……ということですよね?」

僕の言葉に特に否定はしないよと応えた社長は、

「それでは中山君」

と、中山さんに声をかける。
それに“あいよ“と返事をした中山さんは、壁に立てかけられていた大きめのバック……ギターケースを手にすると、中からギターを取り出した。
まるで新品のようなそれは、とても大事に扱っているのが見て取れた。

「本当はアンプにつなぎたいところだけど、時間の都合で無理だからこれで勘弁な」

中山さんの言葉にさん達が社長に視線を向け、社長はそれから逃れるように何もない壁に視線を逸らす。
その一連の行動が、何となくではあるものの時間以外の理由があると思わせたが、それは僕に向けてギターを差し出してききた中山さんによって頭の片隅へと追いやる。
割れ物を扱うように中山さんからギターを受け取った僕は、ひもを肩にかけてギターを構える。

(何を弾こう)

問題はその一言に尽きる。
ここは簡単なものを弾いておくのが無難なような気がするが、それだとここにいる人たちになめられる可能性もある。姿形が子供そのものなのだ。
せめて技術の分野ではなめられないようにしたい。
それが僕の気持ちだ。
だからと言って、高い技術力を披露するのも気が引ける。
そんな複雑な思いで悩んだ結果

(中級レベルの演奏でやるか)

一応ではあるものの引くコードは決まった。

(人前で演奏するなんて初めて)

これまで一人の時にしか演奏をしていないため、どのような反応を見せるのかは予想できない。
もしもうまいと思っているのが僕の妄想であれば赤っ恥は避けられないだろう。
その不安が重圧なって僕にのしかかる。
でも、それは僕にとってはどことなく心地よくも思えた。
一度深呼吸をすれば、のしかかっていた重圧が軽くなっていた。

「いきます」

宣言ののちに始めたのは3つのコードを組み合わせた簡単な物だった。
やや難しめのコードを、素早く弾くことで難易度を引き上げる。
これならば、メンバーとなる人達が馬鹿にすることはないだろう。

(ふぅ……)

そこそこ良い感じに弾けた。
それが僕の最初の感想だった。
“井の中の蛙大蛇を知らす“という言葉もある。
自分の感想が自分よりも上の実力の人からすれば、大きく変わってくるはずだ。

「どうかね?」

暫しの沈黙を破った社長の言葉に最初に口を開いたのは荻原さんだった。

「私はとても良いと思います」
「僕も」
「あたしもいいと思います」

次々に頷いていく中、残ったのは田中さんだけとなった。
その田中さんはため息にも似た感じて息を吐き出すと

「俺もだ」


不機嫌な感じで頷くのであった。

「よし、では今日から君はprominenceのリードギターだ」
「………わかりました」

社長の采配に、驚きつつも返事をした。

(まさか、小学生の子供にリードをやらせるとは)

自分で子供だと思ってしまうのはいいのかとも思うが、それはこの際頭の片隅に追いやってもいいだろう。
それだけ、このリードギターというパートはすごい物だったのだ。

「さて、彼のパートが決まったところで今この活動について何だが。まずは中山君、現状について説明してくれるかい?」

社長の言葉を受けて、中山さんが説明を始めた。

「現時点での演奏のオファーはなし。コンテストに応募をするも、すべて予選審査で落選という状況です」

中山さんの口から告げられたのは、予想よりも遙かに厳しい状況だった。

(スキル不足かそれとも……)

いずれにせよ、この状況を変えることがまず先決だろう。

「あの、一つ提案があるんですけど」
「お、早速意見を出すか。やはり君は才能があるね」

それはいったいどのような才能かとツッコミたい気持ちを抑えつつ、僕は提案を口にする。

「バンド名とメンバーの改名はどうでしょうか?」
「は?」

“何を言ってんだ?“といわんばかりの視線でこちらを見る田中さんを無視しつつ、僕は言葉を続ける。

「音楽系統は毎日何組ものバンドが誕生しています。そんな中で輝くにはインパクトが必要です」
「つまり、インパクトが出るようにバンド名を変えるということかね」

僕の頷きに、“でも“と口にしながら荻原さんが意見を言い始めた。

「私たちの名前まで変える必要はないと思います」

その荻原さんの言葉に他の人達も頷く。

「本名ではなく、完全な偽名で、なおかつ正体がわからないという感じにするだけで関心を持って貰いやすくなると私は思いますけど」

音楽の世界は非常に過酷な物だ。
日々数多ものバンドが結成されている。
今日まで有名だったバンドが明日には新たにできたバンドによって埋もれてしまうことだって日常茶飯事だ。
そんな世界に足を踏み入れるということは、それ相応の対策を講じなければならない。
それがバンド名の変更だった。

「……俺は賛成だ」

突如として口を開いたのは田中さんだった。

「田中さん?」
「一体どういう風の吹き回しです?」

他の人達が驚いているほど、田中さんの賛成票は意外だったのだろう。
かくいう僕も、まさか味方になってくれるとは思ってもいなかったので、内心かなり驚いていた。
厳密には感動するほどだが。

「別に深い意味はねえさ。ただ、最近マンネリ化していたのは事実だし、ここいらでイメチェンしてみるのも良いと思っただけだ。ま、このガキと同じ意見なのは癪だがな」
「……」

先ほどまでの感動はなんだったのだろうか。
ものすごく裏切られたような気持ちにもなる。

(やはりこいつは僕の敵だ)

僕は再度田中さんを敵認定した。
ちなみに、この田中さんの言葉は彼なりのからかうという意図があったのだが、そのことに僕が気づくことになるのはかなり後のことであった。
閑話休題。

「それじゃ、名前を変えるとして、案は考えているのかね?」
「……」

当然ともいえる社長からの問いかけに、僕は何も言えなかった。
別に自分の案を口にすることが怖いというわけではない。
確かにバンドの名前というのは、ある意味グループの根幹部分でもある。
それをいじくるのはかなり神経を使う。
だが、今僕が何も言えないのはそれが理由ではない。

「……まさかとは思うが、案を考えてないなんてことはないよな?」
「………」

そのまさかだ。
それゆえに何も言うことができなかった。
だが、僕の沈黙が答えとなってしまったようで、田中さんは一つ深いため息をつく。

「………すみません」
「いや、謝らなくてもいい……っていうより、相手は子供なんだから少しは加減しなさいよ」

周囲からの何とも言い難い視線に、身を縮まらせながら謝るとはっとした表情で慌てて両手を振る中山さんは田中さんのほうに顔を向けると、表情を引き締めながら田中さんに注意した。
言われた本人はそっぽを向いて頬を掻いていたが。

(なんなんだろう、この虚しさは)

自分では子供ではないと思っているのに、子供である立場を利用してその場をごまかそうとしている自分に、何とも言えない虚しさを感じた。
そのような虚しさを感じていると、今までの雰囲気を切り替えるように社長が手をたたく。

「それじゃ、こうしようかな」

僕たちの視線が集まる中、そう前置きを置いたうえで、社長は言葉を続ける。

「浩介君、君に”宿題”だ。新しいグループ名を次にここに来るまでに考えておくこと」

(”宿題”とはまた絶妙な言い回しをしてくれる)

「そうだね……次は楽曲とか方針とかを決める必要があるから明日ということにしよう」
「わかりました」

いい笑顔を浮かべながらさらりと悪魔めいたことを言ってくれると思いながら、僕はそれお受け入れた。
こうして、僕はバンド名を考えるという宿題を課されるのであった。

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第123話 迷走

「それじゃ、そろそろ帰るか」

色々と騒動もあったが自由行動の時間は、澪の言葉によって終わりを告げようとしていた。
なぜならば、リミットである夕食の時間が迫ってきていたからだ。
青空だった空もオレンジ色の光に染められているので、今の時間帯が夕方であるのは時計を見なくても明らかだった。

「帰りは電車にしましょう」
「そうだな」

ムギの提案に反対する者はなく、僕たちは律の案内の元駅に向かって歩き出した。
色々とあわただしかったが、それでいていい思い出になったと余韻に浸りながら旅館に戻る。





―――はずだった

「あれ?」

それはふいに立ち止った律の一言から始まった。

「まさか迷ったなんて言わないよな?」
「……迷ってない」

僕の問いかけに、僕たちに背を向けたまま律が応えるが、その様子だけで答えているのは明らかだった。
何となくおかしいとは思っていた。
律について行くとだんだん住宅街へと街並みは変わっていくのだから。

「あははっ、もう駄目だよ~」

そんな中、突然聞こえてきた陽気な声に、後ろにいたであろう唯のほうへと視線を向ける

「そんなに舐めたらくすぐったいよ~」

飼い犬であろうブルドック(たぶん)に頬を舐められている唯の姿があった。

「なんだかこっちはものすごく平和だよね」

色々な意味で唯は平常運転だった。

「律」
「だから迷ってなんかいないぞ」

ふと律のほうを見た僕が声を掛けると、律がやかましそうな声色で返事が返ってきた。

「いや、そういうことを言いたいわけじゃないんだけど」

僕はそう言いながら、人差し指を律の後ろのほうに向ける。
その先にいたのは買い物帰りだろうか、手に白いビニール袋を持ちながら歩く女性だった。
ここは住宅街。
買い物帰りの主婦がいてもおかしくはない。

「あの人に駅までの場所を聞いてみたらどうだ?」
「……迷ってないからな」

いまだに迷っているか否かにこだわる律に”はいはい”と適当に相づちを打ちながら行くように促す。

「あ、あの! すんまへんっ」
「な、なんで京都弁?」
「まだ続けてたのか、京都弁ゲーム」

何故か京都弁(?)で話しかける律に首をかしげる僕に続いて、やれやれと言わんばかりの声を上げる澪。
まるで異国の地に来たようにたどたどしく道を尋ねる律に、買い物帰りの女性は困惑した様子でジェスチャーを交えながら駅までの道を律に教えるとそのまま去っていった。

(絶対に変人に思われてるよな、あれ)

「~~~っ、通じたよ~!」
「律ちゃんおめでとう!」

そんな僕の不安など知る由もなく、抱き合う唯と律の二人のもとに、澪が歩み寄る。

「それで、場所は分かったのか?」
「もちろんさ。さあついてこーい!」

自信たっぷりに答えた律の導きの元、僕たちは今度こそ駅に向かって歩いていく。





「……迷った」
「……今更認めなくてもいい」

先ほどよりも小さな声で迷ったことを認める率に突っ込む僕の声にはどことなくため息が混じっていた。
それもそのはずだ。
律についていくこと数分、たどり着いたのは一軒家の前だったのだ。
しかも駅のえの字も感じられない雰囲気の住宅街。
これで迷っていなかったら、確実に故郷に連れて行っていることだろう。
……悪い意味で。
それはともかくとして、問題はここからどうするかだ。

(そういえば、今朝迷った時の対処法を言われていたっけ)

あの時、朝の一件があって、よく聞いていなかった自分をぶん殴りたい。

「あ、そうだ!」

そんな中、唯が何かを思い出したのであろうまるで彼女から光が周囲を照らしているのではないかと思うほどに、笑みを輝かせる。
そんな彼女がおもむろに取り出したのは、何の変哲もない携帯電話であった。

「おぉ!」

どうやら山中先生の携帯に連絡して助けを求めるようだ。

(というより、それを思いつかない僕って……しかも携帯忘れてるし)

ふと気になってバッグの中やらポケットの中を確認してみると、案の定携帯を忘れていた。
携帯などなくても魔法などを使えば簡単に連絡ができるため、持ち運ぶ癖が未だについていないのだ。
どちらにせよ思いついていても、唯の力を借りることになっていたみたいだ。
それはともかくとして、携帯を取り出した唯はそれを耳に当てる。
相手は引率者である山中先生だ。

「――――あ」

しばらくの沈黙ののち、唯の表情が和らぐのを見て、山中先生が電話に出たんだと悟った。
きっとこの後、一言二言注意を受けることになるんだろうなと思いながら、電話が終わるまで待つことにする。

「あ、もしもしあずにゃん? 私たちね今迷子に――――」
「「梓に電話をしてどうする!!」」

予想外の名前に前にずっこけながら唯にツッコミを入れた。

「梓は魔法少女とかじゃないんだから」
「あ、そうか」

澪と同時にツッコミを入れたことが功を奏したのか、唯はなるほどといった表情で頷くとそのまま電話を切った。

(なんとなく、梓が呆れているような気がする)

きっと電話口では半目になって呆れたような表情を浮かべていたに違いない。

(まあ、梓にはあとでフォローを入れとくとして、問題は今この場をどうやって乗り切るか……か)

結局のところ、どうやって駅まで向かうのかという話になってしまう。

「唯ー、澪―!」
「あ、和ちゃん!」

詰んでしまった僕たちに声をかけてきたのは、真鍋さんだった。
まさに救世主のように頼もしく見えた。
それは他のみんなも同じだったようで、澪たちの表情に希望のようなものが満ちていた。
律に至っては感極まって真鍋さんたちのもとに駆け出すほどだ。
だが、この時の僕はあることを失念していた。
このような入り組んだような場所の住宅街に、真鍋さんたちがいるのは不自然だということに。

「助かっ―――」
「駅まではどうやって行けばいいのかしら?」

真鍋さんの問いかけに返ってきたのは、律がヘッドスライディングする音だった。

「そっちも迷ったんだ」
「ということは、高月君たちも?」

律の行動ですべてを悟ったのだろう、真鍋さんは困ったような表情を浮かべながら聞き返した。

「こうして一緒になったのも何かの縁。一緒に駅まで行かないか? というより、行ってください」
「そうね……そのほうがいいようね」

このままだと半永久的に迷子になるという嫌な予感がした僕の懇願が通じたのか、苦笑しながらも聞き入れてくれた。

「ということだから、いい加減起きろ」
「……なんだか、扱いがひどいぞー」

力尽きたといわんばかりに倒れ伏している律に声をかけた僕は、抗議の声を上げる律をしり目に時計を確認する。

(もう時間がないな)

切羽詰まっているというわけではないが、あまり時間をかけることができない状態の時間になっていた。

「和ちゃんについていけば安心だね」
「……ですね」

いつの間に来ていたのであろう、唯がハンカチで律のスカートや顔の汚れた場所をぬぐっていた。
見ると真鍋さんたちは澪とムギを交えて、地図をそれぞれが手を伸ばして指示しながら駅までの道を話し合っているところだった。
確かにこの人たちに任せていれば大丈夫かもしれない。

「ところでさ、浩介」
「何?」

そんな光景を見ていると、律から声をかけられる。
その口調はとても真剣そうだった。

「浩介の力なら、これ一瞬で解決できるんじゃないのか?」
「そうだね! 浩君は魔法使いだもんねっ」

魔法のことをぼかして聞いてくる律と、まるで太陽のように明るい笑みを浮かべながら声をすぼめる唯。
確かに二人の言うとおりだ。
こういう時こそ魔法の出番だと思うのが普通だろう。
この状況でおあつらえ向きなのは転移魔法だろう。
A点とB点の二か所を一直線に結んだ空間(亜空間)を移動することによって可能となる魔法で、僕たち魔法使いが習得する魔法の一つだ。
ちなみにこの転移魔法も、人によってさまざまでA点とB点の空間を強引にくっつけて(亜空間を使わないで)移動するものもある。
亜空間は一瞬で形成でき、それほどのリスクがないのが特徴だが、非常に不安定で出口である軸がぶれやすいデメリットを持っている。
軸がぶれる要因は様々で、対象地点が複雑に移動していたり亜空間の形成・移動時に外部から何らかの干渉を受けたりなど等々があげられる。
ちなみに、”VS”を用いた転送システムによる移動は、このリスクが軽減されているだけで、リスクがなくなったわけではない。
何せ同じ亜空間形成型なのだから致し方がない面もあるが。
 
閑話休題。

「確かにそうだけど、この状況でそれを行うことはできない」
「え? なんでだよ」

納得できないといった様子で首をかしげる率に、僕は軽くずっこけそうになった。

「あのね……いったい何のためにあの宣誓書を書いたと思ってるんだ?」
「それは、浩介を受け入れるという証明のためだろ?」
「浩君もそう言ってたよ」

僕の問いかけに対する二人の答えに、僕は昨年のことを思いだす。

(確かにそんなことを言っていたかも)

自分ではちゃんと言っていたつもりだが、聞きようによっては本来の目的が分からないかもしれない。

「すまない。少々説明が足りなかったみたいだ」
「どういうこと? 浩君」

僕が謝ったことに不安を感じたのか、唯が心配そうな表情浮かべる。

「僕たちの世界では魔法文化のない場所で、魔法が使えない人たちに故郷や魔法のことを知られるのが固く禁じられているんだ」

原因は魔法文化のない世界で受けた”魔女狩り”にある。
魔法のことを恐れた者たちが魔法使いを化け物と決めつけ、魔法使いたちを根絶やしにするため(理由についてはいろいろと諸説がある)に行われた惨い事件。
これによって魔法が使えない人たちへの怒りは計り知れぬほどに膨れ上がったのだ。
一時期は魔法が使えない者たちを根絶やしにする”人魔戦争”なるものまで計画されていたらしい。
もっとも、それはさすがにまずいと判断したのか、魔法連盟によって阻止されたので起こってはいないが。
そのような経緯もあって、何十年も時間が経った現在でさえ、魔法が使えない人間に対する風当たり(差別ともいうが)は強く、魔法が使えない人間(厳密には魔界に住んでいない人だが)と魔法が使えるものが、同じ経緯で罪を犯してもその刑罰は天と地の差があるのがいい例だ。
ちなみに、僕にケンカを売った探偵野郎は、魔法が使えない人たちを滅ぼせといまだに言い続けている者たちの怒りを和らげる目的で生贄として捧げたが、その後の消息は明らかになっていない。
何の情報も入ってこないが、あの男が生きている可能性は皆無であることはなんとなくではあるが悟っていた。

閑話休題。

「魔法を使っているところを見られた場合は、その人物の記憶から魔法に関することを消去しなければならない」
「でも、私たちは消されてないよ」

首をかしげる律だが、それもそうだろう。
そのための宣誓書なのだから

「宣誓書にサインをした者は例外。記憶を消す必要がない」
「なるほど。だから私と律ちゃんは大丈夫なんだね」

納得した様子で相槌を打つ唯を見て、僕はさらに話を進める。
唯が理解できていれば律もちゃんと理解できていると思ったからなのだが。

「ここは住宅街。何時人が来てもおかしくはないし、それに真鍋さんたちもいるからおいそれと魔法は使えない」
「そっかー。残念ですわね、唯隊員」
「なぜにそこまで残念がるんだ……と、どうやら向こうも終わったみたい」

どうしてそこまで残念がるのかが分から図に首をかしげていると、どうやら澪たちのほうも駅までの道を確認し終えたのか、こちらのほうに向かってくるのが見えたため僕は話をいったん終わらせる。

「それじゃ、行きましょ」

そう告げて歩き出す真鍋さんはどことなく頼もしく見えた。

(やっぱり、魔法なんてものがなくても十分やっていけるんだな)

少し前の僕であれば、魔法が使えない人に完全に任せるということはしなかったであろう。
見下しているつもりはないが、どのようなことに対しても魔法にはかなわないと思っていた。
だが、最近は時頼人のみでありながら魔法の効果と同等の……いや、それ以上の効果をはっきりしている場面を見ていて考えが変わり始めていた。
そしてそれは同時に、僕自身がこの場所世界に、馴染み始めている証でもあるような気がした。

(まあ、それよりもまずは旅館に戻ることを考えようか)

僕はいったんそこで考えることをやめると、地図を片手に歩きだす真鍋さんたちの後をついていくのであった。





いろいろと大変ではあったが、何とか駅にたどり着いて旅館に戻ることができた。

「……あれ?」
「さっきの場所だね」

わけがなかった。
僕たちがいるのは、先ほど真鍋さんたちと合流した場所だ。
そう、僕たちは見事に元の場所に戻ってきてしまったのだ。
僕たちの間に何とも言えぬ重苦しい雰囲気が漂い始めた。
唯と律にムギの三名はいつも通りだが

「和ぁ」

澪のほうは涙目になっていた。
誰がどう見ても、僕たちはいまだに迷っている。

「ちょっと待って。もう一度地図を確かめるわ」

そういってもう一度地図を確かめ始める真鍋さんを見ながら、どうしたものかと考え始めると

「しゃれこうべ」

と、全く関係のない単語が聞こえてきた。

「っく……くく」

その関係のない単語に顔をうつむかせながら肩を震わせる澪の様子は、必死にこらえているようではあるが笑っているようにしか見えない。

「しゃ」
「っぷ……あはははは」

その単語を口にした律が再び口を開くと、今度は笑い出した。

「み、澪ちゃんが壊れた」

驚いた様子でつぶやく唯のその言葉はある意味的を得ていた。

(うーん。どうするべきか)

彼女たちに任せておけば大丈夫。
僕の出る幕はないと思っていたが、少々雲行きが怪しくなり始めた。
腕時計のほうにふと目をやると、人知を超えた力でも使わない限り、どうやっても食事の時間までに戻ることは絶望的な時間だった。
要するに、魔法を使うしかないということだ。
だとするとどうやって使うのかが問題になる。

場所は住宅街。
どこから見られているのかがこちらからでは分かりづらいという、魔法を使う上ではあまりいい環境ではない。

人員は魔法のことを知っている人物に加えて、魔法のことを知らない人が数名。
人数的には何人になろうが問題はない。

基本的に増えれば増えるほど消費する魔力量も大きくなるが、そうそう魔法を使わない現在の状況下ではさほど問題はない。
あるとすればやはり魔法の存在を隠匿するという部分だろう。
魔法という文化が存在しない世界において、魔法や故郷の存在を知られることを禁じている法律はどこにも存在はしない。
いわゆる、不文律というやつだが、これを守らないといろいろと面倒なことになる。
主に魔法連盟長からの”ありがたいお話”をいただくという意味で。

(さすがに修学旅行帰りに何時間も説教されるのは勘弁だ)

父さんが一度説教を始めると、軽く10時間位続くというのが、魔法連盟内ではある意味有名な話だ。

(それだとしたら、どうしようか)

真鍋さんたちに魔法の存在を知られずに魔法を使う方法を見つけようと、僕は必死に考えを巡らせる。

(そうだっ)

そこでふと思いついたアイデアが、僕の頭の中にすさまじい速さで作戦を組み立てさせた。

(あれだったらそうそう問題もないだろうし……よし。これでいこう)

こうして僕は、夕食に間に合うように旅館へ戻るべく作戦を開始するのであった、

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第122話 観光

移動すること数十分。

「ここが嵐山か~」

目的地である嵐山に到着した律が、周囲を見渡しながら感嘆の声を上げる。

「お疲れさま、浩介君」
「浩介も到着したし、まずは渡月橋から」

労いの声を掛けるムギに手を上げることで答えていると、澪が次の目的地の名前を口にした。
ちなみに渡月橋というのは、右京区の嵐山にある大根川にに架かっている橋だ。
千年以上も前の橋だというのだからかなり驚きだ。

「そう言えば、唯と律は?」

姿が見えない二人のことを聞いた僕は、もう一度周囲を見渡してみる。
まさか迷子かと思いながら見渡した僕が見たのは

「あ、見てみて! モンキーパークだって」
「おー、おサルさんか」

反対側の歩道で何かを(十中八九、案内板だろう)見てはしゃぐ姿だった。

「よし、唯。すすめ―!」
「おー!」

どうやら二人の中では古くからある橋よりも、どこにでも(?)いる動物のほうに興味が向いているようで二人は案内板が示す道へと駆けていった。

「だから、どうして京都に来てまでサルなんだよっ」
「……あの二人、完全に僕のことを忘れてるよな」

モンキーパークへかけていく4人の背中を見ながら、僕は何とも言えない寂しさを感じ

「おーい、浩君! 早くしないとおサルさんが逃げちゃうよーっ!」
「大声で人の名前を呼ばないでっ」

前言撤回。
感じていたのはとてつもない恥ずかしさだった。
人の多い場所で名前(しかもあだ名)を呼ばれて恥ずかしくない人がいるのであればあってみたいものだ。
僕は周囲からの何とも言えない視線から逃げるように、4人の後を追いかけるのであった。










「着いたー。てっぺんだ!」

橋を渡り、上り坂を駆け上がって行ったところにある開けた場所で、唯は街並みの様子を見渡しながら感嘆の声を上げている。

(にしてもすごいな、ここは)

周囲を見渡すとサルしかいない。
いや、人の姿も見かけるが、比率ではサルのほうが上回っている。
確かにモンキーパークだ。
もっとも、唯たちはサルがいることに気付いていないようだけど。
それほどここからの景色に、夢中になっているのかもしれない。

「これって全部京都なんだね」
「まあ、京都じゃなかったらそれだけで驚きだけど」

今見えている街並みの一部が奈良とかになっていれば逆に驚くのは間違いないだろうし、そもそもそのようなこと自体ありえないだろう。
もっとも、二つの県の境目であれば十分にあり得るが。

「お、そうだ! みんなで記念撮影しようぜ!」
「それいいね。撮ろう撮ろう!」

そんなどうでもいいことを考えている僕の横で、律の出した案に唯がはしゃいだ様子で頷くとすぐに律は少しだけ離れた場所で麦と一緒に景色を見ていた澪のほうへと駆けていく。
どうやら写真を撮ることを伝えに行ったようだ。

「それじゃ、この景色をバックにして……はい」

周りを見回してそう言いながら、律はこちらに携帯電話を差し出してきた。

「何を言いたいか、なんとなくわかるけど、これはどういう意味?」
「写真よろしくね☆」

律から帰ってきた言葉は、僕の予想通りの言葉であった。
しかもごまかすためかはわからないが、僕に向けてしてきたウインクが妙に毒気を抜いてるのが腹だたしかった。

(まあ、これも男の宿命か)

”元”女子高に通い始めて早三年。
色々な意味で慣れてきた今日この頃だった。
ちなみに、この後にムギや唯たちの分も撮影させられる羽目になったのは言うまでもない。
何故か僕の番の時は集合写真の他に、僕と唯だけで恥ずかしげなポーズでの写真も撮らされるし。
どのようなポーズなのかは……思い出したくなかった。
そんなどうでもいいようなことはともかく、サルへのエサやりができる休憩小屋でエサやりを体験した僕たちが立ち寄ったのは、お土産などが売られているお店だった。

「梓にお土産を買わないとな」
「そうだね」

今一人でいる後輩へのお土産を買うためだ。
お土産を忘れた日にはめった刺しにされそうだ。
……いろいろな意味で。

「でもあずにゃんはどんなお土産がうれしいのかな?」

首をかしげて悩む唯のその言葉に、律たちも悩み始めた。

「……」

ふと視界の隅に見えたのは猫の置物だった。
約1メートルの大きさを誇るその置物はお世辞にもかわいいと言えない笑みを浮かべて鎮座していた。
一瞬”あずにゃんだからねこ関連の物でも買えばどうか?”という考えも浮かんだがこの置物と一緒に闇に葬ることにした。
そもそもあずにゃん自体が唯の付けたあだ名だし。

(まあ、本人も嫌がってるわけじゃないし、いいか)

「それでどうする……ってあれ?」

自己完結させた僕は、周囲に唯たちの姿がないことに気が付いた。
慌てて周囲を見渡すと、意外にもすぐにみんなの姿を確認することができた。

「やっぱり京都だったらこれだよね!」
「いいや、これっしょ!」

色々なお土産を手にしている皆の姿を。

(お人形はデカすぎるし、木刀はお土産というよりは武器だし)

今更だが、個性的な人の集まりだと思ってしまう瞬間だった。

「とはいえ、どんなお土産がいいのやら………ん?」

とりあえず、唯たちは放っておいてお土産の選別をする僕の視界の隅に、あるものが目に留まった。

「ねえ皆」
「なになに?」
「何か見つけたのか?」

僕の声に、全員が手にしていた物を置いてこちらによって来た。

「これなんてどうだ?」
「なるほど。これは私たちにぴったりだなっ」

めぼしいものを手にしながら聞いてみたところ、皆の反応はいい感じのものだった。

「それじゃ、私はこれ」
「私はこれにしようかな」
「じゃあ、あずにゃんはこれだね!」

次々と皆がお目当ての物を手にしていく中、最後の最後で一つだけ問題が発生した。

「そういえば、浩介君のがないけど」
「「「「あ……」」」」

ムギの一言に、皆が固まる。
確かに、六人目のことは考えていなかった。
とはいえ、別に僕はそういうのは気にしないので別に構わない訳だが。

「えっと……」
「ど、どうしよう。このままだと浩君だけが仲間外れになっちゃうよっ」

大丈夫だと言おうとしたが、唯の慌てように僕はその言葉を飲み込んだ。
変に気まずい雰囲気になるのがいやだったというのもあるが、一番の理由は唯の悲しげな顔を見たくはなかったからなのかもしれない。
なので、僕は慌ててそれを確かめる。

「あ……」

その時、僕はそれを見つけたのだ。
それならば、仲間外れのようにはならないと思えるものを。

「じゃあ、僕はこれで」
「おぉ! なんだかいい感じになったなっ」
「よかった~」

本当によかったのはこちらのほうなのだが、唯の安心した表情を見ているとそんなことも些末なことに思えた。

「それじゃ、梓へのお土産はこれで決まりっと」

こうして無事に、梓へのお土産を購入することができた僕たちは、一旦お土産屋を後にした。

「それにしても、どうして今回はお金がいっぱいあるんだ?」
「きっとお菓子とかを買うためだよっ」

今回の修学旅行で僕たち学生が持つことを許された金額はかなりの高額だ。
最も高額とはいっても万の値まはいかない。
そんな僕の疑問に自信満々に答える唯には、申し訳ないが、それはないと思う。

「いや、家族とかへのお土産のためだと思うぞ」
「はっ!?」

律の言葉に目を見開かせて固まった唯の姿は、完全にそのことを忘れていたことを物語っていた。
……かくいう僕もだが

「よしっ それじゃ家族へのお土産を買うぞー」
「「おー!」」

律の呼びかけで、再びお土産やへと入っていく律と唯にムギの三人を見ながら、僕と澪は顔を見合わせると苦笑いを浮かべ合う。

(っ?!)

その時、どこからか視線を感じたような気配をした。
しかもそれには殺気のようなものが含まれている。
周囲をさりげなく見渡すが、不審な人影などは見当たらない。

(気配も消えているし、大丈夫か)

疑問を抱きつつも、僕はお土産屋へと向かう。
向かったのだが。

「どうするか……」

僕は”食べ物コーナー”の前で首を傾げ続けていた。
僕にとっての家族というのは、祖国にいる両親のことになる。
つまり、母国に何を送るかということにもなるわけなのだ。
母国に食べ物を送ってもいいのだろうかという疑問が渦巻いている僕の視界には、一本の木刀があった。

(素材的には全くあてにもできないものだけど、物質強化をすれば欠点は補えるか)

修学旅行のお土産で武器を送るものなど普通はいない。
とはいえ、お菓子などのおいしい食べ物も捨てがたいわけで悩んでいたのだ。
両方を送るという手もあるが、なんだかそれはそれで美しくないような気がしたので却下していた。

(だぁっ。もうこうなったら適当に決めてやる!)

とはいえ、考えることに面倒くさくなってしまった僕は、適当にお土産を選ぶことにするのであった。










「………」

一足早くお土産を買い終えた僕は、お土産屋の前の広場の手すりの前で山やビルなどの建物の景色を眺めていた。
ふと、自分の手にあるお土産が入った紙袋に視線を落とした僕は、何とも言えない気持ちを抱く。
H&Pや社長の文のお土産(お菓子セット)はちゃんと忘れずに買った。
無論故郷にいる家族へのお土産も忘れてはいない。
だが、そのお土産の内容が何とも言えない気持ちを抱かせる原因となっているのだ。

「あ、浩君!」
「……唯か」

そんな僕の心境とは真逆のヒマワリのように元気な声を上げる唯に、いつも変わらないなと思いながら相槌を打つ。

「むぅ、なんだか面倒くさい人が来たみたいな反応された」

上の空に返事をしてしまったからか、唯がフグのように頬を膨らませる。

「そんなことないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

あまり彼女の機嫌を損ねるのはいろいろとまずいと思ったため、すぐに弁解しようとする。

「考え事?」
「あ……」

しまったと思った時には時すでに遅く、唯は心配そうな表情で僕の顔を見ていた。

「何か困ってることがあるんだったら、この解決屋平沢唯がドドンと解決して進ぜよう!」
「ものすごく不安になる称号だな。しかもいろいろと変なの混ざってるし」

きっとどこかの番組かドラマでもまねているのだろうと思っていると唯が不機嫌そうに頬を膨らませた。

「浩君、ごまかそうとしてる」
「別にそんなつもりは……ただ、何となく戸惑っているだけ」

離していいものだろうかと思ったが、変に隠し事をしていると疑われるのも嫌なので、正直に話すことにした。

「何を?」
「僕はいったい誰なのかってね」

唯の顔を見ていると、言いたくはなかった内容の言葉がどんどんいえるようになるのは、きっと彼女の才能なのかもしれない。
もしかしたら彼女だからかもしれないけど。

「母国では、死神とかそういう感じで通っていて、僕もまたそれにふさわしい考え方をしていた。そしてそれが普通のことだって思っていた」
「……」

僕の言葉に、唯は静かに耳を傾けていた。
聞き流すのではなく、ちゃんと受け止めようとしているのは、彼女の顔を見ればすぐにわかった。

「でも、ここに来てからそれは段々と薄れていく。それがとてつもなく怖いんだ。このままいてもいいのか、もしくはまた元に戻るべきなのかって」

それは僕が漏らした初めての心のうちだったのかもしれない。
徐々に薄れていく戦場での感覚。
軽音部に入部したときは、どこに何人の人がいるのかは感覚的ではあるが手に取るように把握することができた。
敵に……ましてや魔法の魔の字もない少女に背後をとられたことに気付かないこともなかった。
でも、今はどうだろうか?
集中をすれば、人の気配を把握することはできる。
それでも前よりも何倍も集中をする必要がある。
しかも最近では気を抜けばだれかに背後をとられていたことだってあるほどだ。
どちらがいいのかなんて唯にはわかるわけがない。
それが価値観の違いなのだから。
でも一つだけ言えるのであれば

「まあ、どちらにしろ、惚れた女を守れるくらいがちょうどいいかなっていう結論に今なったわけだけどね」
「浩君」

僕の言葉に唯の頬に赤みが増し、僕を見る目はどこかはかなく、そして宝石のような美しさを持っていた。
その顔を見ている自分もつられるように顔が暑くなるのを感じて慌てて唯から視線を逸らした。

「ねえ、浩君」
「なに?」

そんな僕に賭けられた声にも、僕は顔をそむけたまま応じる。

「その惚れた女って誰なのかな?」
「何を言って……」

唯の不自然な言葉に首をかしげながら唯のほうを見ると、その表情に僕は言葉を詰まらせた。
表情は笑顔だった。
だが、目が完全に笑っていない。
悪くすれば殺気まで感じるような雰囲気まで醸し出していた。
これは返す言葉にはより一層気を付けなければならない……さもなくば命がないと。
そんな一種の恐怖を感じながら、僕はゆっくりと口を開く。

「唯以外に誰がいると言うんだ?」
「澪ちゃんとか」

まったく疑問を感じさせることなく断言した唯に、僕は目を瞬かせる。
これが狐につままれたような感じとでもいうのだろうか?

「どうしてそこで澪の名前が出る?」
「だって浩君、澪ちゃんと楽しそうに笑い合ってたじゃんっ」

(あの視線は唯のだったのか))

一瞬とはいえ、背筋が凍るほどの殺気を放てる彼女が恐ろしく感じた。

(こりゃ、嫉妬が理由で刺されそうな気がする)

そうならないことを本当に願いたい。
とはいえ、今の問題はどのようにして唯に説明をするかだ。
彼女にちゃんと理解してもらえるように説明しなければ、堂々巡りになるのは必至。
今後もよい関係を続けていくためには、避けなければいけないのは明らかだ。
男としてちゃんとしなければいけない部分だというのもあるが。

「僕がこれまで、唯に対して態度を変えたことがあったか?」
「……」

僕のその疑問に、唯は何も答えない。
だが、頷かないということは工程だと思っても大丈夫だろう。
もし子これ頷かれたらどうしようもなくなってしまうわけだが、何とか話のきっかけはつかめた。

「僕は自分で言うのもあれだけど、不器用な方だ。二人同時に好きになるなんて芸当はできない。僕が心の底から好きな人物は、唯だけだ。それは時間が経とうとも変わらない」

それは説得ではなく誓い。
唯へのでもあるし自分へのでもある。
何があろうとも、僕は彼女を好きでいる。
気障っぽく言えば、愛し続けることへの誓いの言葉。

「それじゃ、澪ちゃんのは?」
「彼女は仲間……言う名でバ同じ音楽の道を進んでいる同士のようなもの。それ以上にもそれ以下にもなることはない」

そもそも彼女は人見知りが激しいところがある。
そんな彼女と僕がそのような間柄になるところは全く想像もできなかった。

「………」

そんな僕の言葉を聞いた唯はただ無言で僕のほうを見る。
それはまるで嘘かどうかを見極めているようで、僕もそれに応じるように真正面から見つめ返す。

「それじゃ……」

長い沈黙ののちに、唯が静かに口を開く。

「私にキスをしてっ」
「………」

唯の言葉は僕の予想を大幅に上回る内容だった。

(この間まで子供っぽいって思ってたんだけど)

普段の子供のような天真爛漫な笑みを浮かべていた時の姿はなりを潜め、大人の女性が纏うようなオーラをまとっている唯の姿に、僕は魅了されたように何も言えなくなってしまった。。
いや、もしかしたら魅了されているのかもしれない。

「……」

昔からキスは誓いの意味があるという言い伝えがある。
どういう理屈かは知らないが、その行為には絶大な効果と意味合いがあるというのは間違いないだろう。
彼女が欲しがっているのは僕の言葉の誓いの形。
だからこそ、彼女はキスを選択した。
僕が、一度立てた誓いは必ず守り抜くという性格を知っているからの物なのかもしれない。

(ありがとう、唯)

心の中でお礼を言いながら、僕は唯の両肩に手を置く。
そしてそのまま彼女に顔を近づける。
公衆の面前で口づけを交わすというのは、恥ずかしいことこの上ない。
だが、今後もう一回するのであれば予行演習とでも思っていればいいだろう。
唯が静かに目を閉じるのに倣い、僕も静かに目を閉じた。

「ん……」

やがて唇に柔らかい感触が伝わってきた。
口づけをしていたのはほんの数秒なのかもしれないし、もしかしたらそれ以上かもしれない。
相も変わらず、キスというのは時間の感覚を狂わせる。
余韻を感じながら、ゆっくりと彼女から離れていく。
目を開けると、先ほどとは何も変わらない景色が広がっていた。

「浩君」

目を開けた唯の頬は、ほんのりと赤くなっておりそれがまた色気を感じさせる。
それはもう、再びキスをしたくなるくらいに。

「おぉ~、情熱的どすなー」
「ぅぅぅ……」

とはいえ、友人に見られながらするというのはかなりハードルが高い。
いや、そもそも人に見られながらするのが趣味ではないのが一番の理由だが。

「いつから見てた?」
「唯が”私にキスして”っていうところかな」

何かを言いたげな笑みを浮かべながら答える律に、思わず”それはほとんど最初じゃないか”と突っ込みたくなったが何とかこらえることができた。
どうやら完全にキスをしているところを見られたようで、澪は顔を真っ赤に私立の後ろに隠れている。
隠れてはいるが、ちらちらとこちらのほうを見てはまた隠れるという行動を繰り返していた。
ムギは、目を輝かせていた。

「熱々どすな、唯隊員」
「えへへー。浩君は私の恋人だもん♪」

律の冷やかしにも、唯は直球で返す。
それもまた一つの幸せの形……

「なわけあるかっ! 律はにやにやしながらこっちを見るなっ。ムギも目を輝かせない! 澪はいい加減草むらから出ろっ!」

自業自得の形でなってしまった混沌を何とかするべく、僕は奔走することになった。
結局、全員がその場を離れられるようになったのは、それから数十分ほど経った後だった。

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外伝2 それは一つの転機

―――それは一つの転機だった

「さあ、こっちだ」

男たちに案内されるままに向かったのは、歴史ある(悪く言えば古い)4階建てのビルだった。
見たところ、建物の外壁にひびなどは見られないが雰囲気的にも古い建物であることを物語っていた。
ビル内部へはガラス張りの扉を開けてはいる構造になっているようで、男の人たちに続くようにして中に入った。
ビル内部には管理人や受付の人がいるような場所はなく、無異質な扉と階段しかなかった。
中に入った僕は男性たちについて行く形で階段を上っていく。
4階建てのそのビルは、3階までは零細企業と呼ばれる部類の会社が入っているようだった。
そしてたどり着いたのが最上階でもある4階だった。
先頭を歩いていた男性が自然な動作で扉を開けた。

「さあ、どうぞ」
「……おじゃまします」

男性に招き入れられた僕は、出来るだけ不自然にならないように周りを見渡していく。
通路は人ひとりが通れる幅で、左側には何かの部屋なのだろうかドアがあり少し奥の左側のドアには”更衣室”というプレートがつけられていた。
一番奥にはやや横長の窓ガラスがあり、そこから差し込む陽の光はどことなく寂しさを感じさせる。
そんな通路を置くまで進むと意外にも開けたスペースに出た。
左側にはテレビ台の上に置かれた小さめのテレビとその前には木製のテーブルに、両サイドには緑色のソファーが置かれ反対側には普通の会社に置かれているようなデスクがいくつか設置されている。

「どうぞ」

僕は男の人に促されるままソファーに腰掛け、それに続いて、5人も対面のソファーに腰掛けた。

(窮屈じゃないのか?)

明らかにぎゅうぎゅう詰めになっている彼女たちを見て心の中で首をかしげながらも、僕は口を開く。

「それで、要件というのは?」

僕としては、早々にこの場を立ち去りたいので男の人たちに用件を尋ねる。

「単刀直入に言おう」

それまで浮かべていた柔らかい笑みがまるで水が流れていくかのように消えていき、自然と空気までもがぴりついたものとなった。

「我がプロダクションに入らないかい?」
「…………はい?」

男性の口から出た要件に、僕は自分のきっき間違いかと思いもう一度聞き返すことにした。
いくらなんでもありえなさすぎる。

「君をここ”チェリーレーベルプロダクション”にスカウトしているんだ」

どうやら僕の幻聴でも聞き違いでもなかったようだ。
となると、問題なのは

「社長! 何を言ってるんですか! 相手は餓鬼――「竜輝君」――す、すみません」
「………」

社長と呼ばれた男性が口にした要件に、ソファーから立ち上がって声を荒げた金髪の男の人に対して、社長と呼ばれた男性はただ一言名前を呼んだだけだ。
それだというのに、金髪の男の人は畏縮したように謝罪の言葉を口にするとソファーに腰掛けた。

「ちなみに、これは冗談ではないよ」

冗談であったらどれだけよかったことだろうか。
僕の中で”頷くな”という心の声がこだまし続けているのだから。

「……自分は子供ですけど」

我ながらなんという屈辱的で都合のいい言葉だと思う。
自分は子供ではないと普段から思っている僕にとっては屈辱的であるし、都合のいい言葉だと思ったからだ。

「確かに君は子供だ」

とはいえ、ここまではっきりと肯定されると、怒りよりも自分が惨めに思えてきてしまう。
”だがね”と社長と呼ばれた男性は前置きを置くと

「私にはそうは見えないのだよ」

と続けた。

「外見上は確かに子供だが、どことなく大人を思わせる雰囲気がある……正直、君のような子供を見るのは初めてだ」
離している内容は普通かもしれないが、男性の話を聞いていると、妙な胸騒ぎを感じてならない。

(この男、まさか工作課のやつじゃないだろうな?)

この男性の妙に鋭いところも工作課の者ならば頷ける。
僕はこの世界にいる人物で、誰が工作課の人間なのかを把握している。
だが、それでも全員というわけではない。
父さんが意地悪するような形で、僕の知らないメンバーをよこすことがあるからだ。
なので、僕は軽く鎌をかけてみることにした。

「今日は満月ですか?」
「さあ、私にはわからないが……涼子君、わかるかい?」

悩んでいる様子の社長と呼ばれた男性は、一番右端に腰掛けていた銀色の髪の女性は慌てた様子で携帯電話を取り出すとボタン操作をし始めた。
どうやら月の満ち欠けについて調べているようだ。
カチカチという音が事務所内に響く中

「えっと……今日は新月のようです」

音が鳴りやむのと同時に携帯の画面から視線を外した女性が月の満ち欠けについて答えてくれた。

「だそうだよ。それで、月がどうかしたのかい?」
「い、いえっ。その、私……月が好きなものでして」

まさか深く掘り下げられるとは思ってもいなかった僕は、慌ててとってつけた(訳でもないけど)理由を口にしながら、この男性たちは白であることを確認していた。
”今日は満月か”
それは、僕たちの同胞であることを確認する合言葉のようなもの。
むろん、父さんのほうで合言葉を変えている可能性もあるが、見たところ不自然なところ(演技をしているといった様子)は見受けられないので、そのような判断をすることにした。
だとすると、この人の言っていることは本当のことかもしれない

「最近の若い子はゲームが好きで空を見る子が減っているからな。いやいや、感心感心。どうかね、今度一緒に夜空を見に行かないかい? こう見えても私は星博士と言われていて―「社長。話がずれていますよ」―っと、そうだったね。すまないすまない」

話の内容がいつからかスカウトから星座に変わっているのを、黒髪の女性が戻すように諭して話をもとの話題に戻させた。

「でも、私は別に音楽とかうまくは……」

我ながら何ともひねりのない断りかただろうか。
これでは……

「上手くない人があそこまで的確な指摘はできないと思う。もしうまくなくても音楽の素質があることを意味している……とおじさんは思うんだけど?」

と言われてしまうのも当然だ。
おまけにこの男性は自分の退路まで塞いで見せた。
ここまでされると、もはや私にはどうしようもない。

(この人、恐ろしい)

口調や表情こそ穏やかだが、自分の意見を意地でも通そうとする気迫がにじみ出るほどに溢れ出していた。

「少しだけ考えさせてください」

それが今の自分に出来た精一杯の返事だった。

「そうか。答えが決まったら教えてほしい。これがおじさんの連絡先だから」

僕のほうに一枚の名刺を手渡す男性の表情は、失望なのかそれとも別の意味を持つのかよくわからなかった。
”良い返事を待っている”最後に僕に投げかけられた言葉に、僕は静かに一礼をすることで返すとその場を逃げるように後にするのであった。










「音楽……か」

事務所からの帰り道、電車に揺られながら考えていたのは先程のやり取りのことだ。
音楽が嫌いというわけではない。
音楽ほど主役も脇役もないものはないのだ。
魔法だけではなく普通の会社などでも言えるが、実力のあるものが上に行き、主軸となっていく。
それは努力の結晶かもしれないし、はたまた生まれ持っての才能なのかもしれない。
”高月は常に最強でありトップでなくてはならない”
その文言は我が家に伝わる家訓だ。
誰からも突かれない(どちらかというと非の打ち所がないと言った方が正しいだろう)完ぺきな存在になることで、周りから妙なちょっかいを出されないようにするという意味らしい。
僕もまた生まれてから様々な英才教育を受けてきた。
そのおかげで、勉強だって文章作成以外ならば全教科満点をとれる自信もあるし、魔法に関しては誰ひとり(家族は除いてだが)追随を許さない自信もある。
ただ、一番大事な何かが欠けているというのが両親の言葉だ。
それが何なのかは自分で考えろということで教えてもらえなかったし、自分も自分で考える必要もないと思っていたので考えたことがなかった。
その結果がこのありさまだ。

「ほんと、馬鹿みたい」

思わず口をついて出たその言葉に、今度はため息が漏れてしまった。
結局のところ、僕は迷子なのかもしれない。
”人生という名の”
憂鬱な気分のまま自宅の最寄り駅に到着し、とぼとぼと歩いているそんな時だった。

「泥棒っ!」

僕が普通の人だったら絶対に聞こえないほど小さな女性の声に、僕はその足を止めた。
それから少しして、帽子をかぶった男が慌てた様子で姿を現すとこちらに向かって駆けてくる。
その手には男が持つには似つかわしくない女性物のバックが握られていることから、この男が泥棒(というよりはひったくり)犯であることが明らかだった。
―――もしかしたら、知り合いの女性のバックを慌てて届けているだけかもしれないという考え自体はこの当時の自分には一切なかった。

「邪魔だ、餓鬼っ!」

(この僕が、餓鬼だと?)

男から見れば僕の外見はただの子供だ。
まさか僕が自分よりも数十倍生きている存在であることなど知る由もない。
だが、この時の僕は少し前までの調子の狂わされる一件で虫の居所が悪かった。
―――否、当時の僕からすればどのタイミングでこのようなことが起こっても、同じような行動をとっただろう。

「私は貴様のような餓鬼ではないっ。その罪、その命を持って償え」

最初は口調こそ激しかったが、後半のほうでは|いつもの《・・・・》口調で男に言いきっていた。
こちらに向かって疾走する男をしり目に、僕は自然と周囲の状況を確認していた。
男が走っている道の横の土地一帯は何かの工事なのか『立ち入り禁止』という看板が設置されている。
その敷地内にある建築中の建物(恐らくはマンションか何かだろう)の最上部ほうでは、その材料なのか赤色の鉄状の物(恐らくは鉄筋)が置かれていた。

(これを使おう)

もうすでに僕の中で何をするのかのヴィジョンは決まっていた。
後はもう一つ必要なピースがそろうだけだ。
それも

「わけのわかんねえことを言ってんじゃねえぞっ!」

男がバックを持っていない方の手で、ズボンのポケットから取り出したサバイバルナイフのようなもので揃ってしまった。

「生命の危険状態と認識。魔法の一時使用条件をコンプリート」

つまりは、魔法を使って何がしらかの反撃ができる状態になったということだ。
無論、法律上ではという前置きが付くが。
すでに僕の視線は刃物を手にする男ではなく、別の場所へと向かっていた。
そこは建設中の建物に向けられていた。

(鉄筋を支えているのは4本のロープか)

これらすべてを斬ってしまえばどうなるかは誰でも気づくだろう。
下から見えるということは、かなり高く積み上げられているかもしくは何かにつるされているだけかだ。
なので、支えている物さえ失くせば後は重力に従っていくのみ。
どう考えてもこの置き方はかなり危険なものなので、建設業者にも問題はあるのは間違いない。

「では、パーティーを始めよう」

やるのは簡単。
かまいたちの要領で鉄筋を支えているロープをすべて切断しただけだ。

「ぶっ殺し――――」

僕の言葉に激高した男がこちらに向かって駆けだそうとするが、時すでに遅し。
次の瞬間には爆音にも近い轟音と共に、男が立っていた場所に大量の鉄筋が散乱していた。
男がどうなったのかを確認することなく、僕はその場から逃げるように走り去る。
男がどうなったのかなど、確認するまでもないというのも理由の一つだが、あの人物の追手に僕の姿を見られでもすればいろいろと面倒なことになるという方が大きかった。





「ふぅ……」

誰もいない自宅に戻った僕は、靴をやや乱暴に脱ぎ捨てると、一目散に自室に駆けこんで大きく息を吐き出した。

(現場を離れて少ししか経っていないというのに、ブランクが大きかったな)

これまでならば、悪人をつぶせたことに対して喜びに心が満たされるはずが、この時は虚しさだけしか感じなかった。

(後悔しているとでも言うのか? この僕が)

まさか、と自分自身で否定する。
これは僕が自分で選んだ道だ。
後悔などするはずがない。

『我がプロダクションに入らないかい?』

何故か頭をよぎるのはあの男性の言葉だった。

「なんだってんだ。一体」

いつから自分はここまで腑抜けになったのだろうか?
ここまで自分自身の考え……心を揺さぶる存在はいただろうか?

「音楽……か」

気が付けば、僕の思考は再び音楽に移っていた。
何故かはわからない。

『浩介、お前は兵器にはなれない。なぜなら、お前に人の心があるからだ。それがたとえ数ミリの大きさほどしかなくともな。それがお前が兵器にはなれない証だ』

それはいつの日にか父さんから言われた言葉だ。
確かに理に適っているとは思うが、このような形で実感したくはなかった。
いつもの僕であれば、すぐさま断っているであろうスカウト。

(仕方がない)

いつまでも苦しむくらいなら、いっそのことすぐに返事をして楽になった方がいいのは明らか。
僕は携帯を取り出すと社長と呼ばれた男性――荻原おぎわら 昌宏まさひろ》に渡された連絡先の書かれた名刺を見ながら番号を打ち込み、発信ボタンを押すと耳のほうに近づける。

『はい、荻原です』

数コールで出たのはあの時の男性だった。
そこで初めて気が付いた大きなミスがあった。

(僕、名前を言ってない)

僕もよくよく考えると、向こうから名前を教えてもらっていない。
スカウトをすることにに集中(僕の場合は違うけど)するあまり、お互いに大事なことを忘れてしまっていたようだ。

「先ほどそちらの事務所に伺った者ですが」
『あぁ~、君か』

どうやら声で僕のことが分かったようで、実際に目の前にいれば目を少しばかり大きくして、掌にもう片手の拳をポンッという音が鳴りそうな感じで合わせているような仕草をしているような感じの言葉が返ってきた。

『それで、返事を聞かせてもらえるかい?』
「はい。荻野さんのお誘いですが、喜んでお受けいたしたいと思います」

少々固く、事務所での言動と矛盾しているような気もしたが、そのことをいったん思考から外す。

『そうかっ。受けてくれるのか! いやー、それはよかった。うん、本当によかった』

ものすごく大げさに喜ぶ相手の声に、僕は一種裏があるのではないかと勘繰ってしまったが、

『今日は本当にめでたい日だ! 本来であれば、祝杯をしたいが、今この場でできないのが残念なくらいだ!』
「あ、あはは」

まるで子供のように喜ぶ荻野さんの様子に、僕は苦笑を漏らすしかなかった。

『それじゃ、よろしく頼むよ。期待の新人くん』
「はい。こちらこそ」

僕は”失礼します”と告げて電話を切った。
こうして、僕はチェリーレーベルプロダクションに所属することとなった。
……のだが

「あ、また名前言ってない」

どうやら、自己紹介は遠い先のことになりそうだ。

―――それは一つの転機であった

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外伝1 すべての始まり

――始まりはひょんなきっかけだった。

桜の木も散り、季節はゆっくりと夏に向かっている中、僕は教室で担任の先生からの連絡事項を聞いていた。
クラスメイト達は、先生の連絡事項にどこか浮き足立っている(そわそわしたような感じ)様子で聞いていた。
それもそうだ。
なにせ明日から4連休なのだから。
いわゆる”ゴールデンウイーク”なるものだった。

「みなさん、さようなら」
『さようならっ』

先生が挨拶をして、それに応える生徒たち。
それと同時に、まるで爆発したかのように教室に話し音が溢れかえり始めた。
彼らは友人たちと遊びに行くか行かないかの話で盛り上がっている。
そんな中、僕は手早く荷物をカバンに入れるとそのまま教室を後にした。
周りでがやがやとにぎわっていても、それがどこか別世界のような錯覚さえ覚えた。
僕の今の状態を簡単に例えるのであれば透明人間。
誰も僕のことを認識していない。
でも、僕は実際に認識されている。
大声を上げれば、その場にいる人が何事かといわんばかりにこっちを見てくるだろう。
そう、僕は孤独だった。










僕、高月浩介は現在小学2年生。
ただ違うのは、僕は人ならざる者が住まう世界である魔界から来たことだ。
1年前、魔法連盟(魔法使いを取り締まる警察のような組織)の連盟長でもある父さんに、突如おかしな任務を言いつけられてこの人間界にやってきていた。
任務の内容は、”魔法を使用せずに、栄誉を残す”こと。
魔法を使ってはいけないという条件が故に、僕はどのようにしてこの任務を達成するのかを1年かけて考えてきたが、なかなかそれが見つかることはない。
そうしているうちに、月日が流れていってしまったのだ。

(そもそも、どうしてこんな変な任務を与えたんだ?)

どちらかというとこっちの方が不可解だった。

(やはり、”あの”答えが原因か?)

ふと浮かび上がったのは、それだけだった。
それは、任務を言い渡される直前に父さんから真剣な面持ちで投げかけられた物だった。
内容も”もし我が国を侵略しようとするものが現れた場合、おぬしはどうする”という、いかにもなものだった。
その問いかけにどのような意図があるのかがわからないまま、僕はその問いかけに”全員まとめて始末する”と簡単に答えて見せた。
自国を守るには、危険因子を少しでも排除することが最善の策だ。
お咎めなしでそのまま生かして帰せば、再び侵略するかもしれないのだ。
その返答に、父さんは表情を真剣な面持ちから険しいものへと変えた。
そして告げられたのがあの任務だったのだ。

(あれのどこが間違いなんだろう?)

自分でもいまだにそれがわからなかった。
それはともかく。
僕は現在魔法文化のない世界に来ているわけだが、大きな問題があった。
それが、クラスで孤立しているということだった。
理由ははっきりしている。
それは、僕がひととして必要な何かが大きく欠落しているからなのかもしれない。
小学校に入学してからというもの、誰も話しかけてくる兆しを見せない。
それどころか怯えているような感じさえ見受けられる。
それはまるで、化け物を見るようなものだった。

(まあ、話しかけられても困るんだけど)

自分の20分の1の年の子供に、一体なんて受け答えすればいいのかが僕にはわからなかった。

(まさか、ここまでだったなんて)

魔界にいるときから、コミュニケーション関連が大きく欠落していると言われ続け、それも自分で自覚はしていたがこうして実際にこの現状を目の当たりにすると、驚きを隠せずにはいられなかった。

(まあ、どうでもいいか)

結局そういう結論に達するあたり、僕は何かがおかしいような気もするが、それよりも僕の一番の問題は、やはり任務達成の手段だ。
なんとしてでも任務を成功させてこの茶番のような任務を終わらせなければいけない。

(でも)

どうしてだろうか?
一人でいればいるほど、任務のことを考えようとするほどに、胸が痛んでくるのは。





任務にあたっての、サポート体制は万全だ。
まずは小学校の教師に数人、魔法連盟の人間をもぐりこましている。
他にも医療機関や役所、金融機関に、治安維持組織にも同様に魔法連盟の物が潜入しており、僕の任務をスムーズに遂行できるようにしてくれている。
もっとも、これを行っているのが工作部隊なる者たちなのだが。
そして、生活費。
これに関しては僕の自費からねん出することになっている。
とはいえ、僕の場合贅沢さえしなければ向こう100年ほは働かずに暮らしていけるほどの財産があるのでこれについては問題はないだろう。
現に不自由したことはこれまでに一度もないのだ。
ただ、あまり使いすぎるとこの国の経済バランスを崩し(必然的に通貨の量を増やすことにもなるので)かねないのでやっていないが。
何事も程度ということだ。
次に、住まいだ。
これに関してはどいうわけかすでに用意されていた。
一面、白い外壁の一軒家で誰がそこに住んでいる人物が魔法などという非科学的な力を使えると思うだろうか?
それはともかくとして、今現在僕は自宅に食材がないため、鞄を自宅のほうに置いて買出しに出ていた。

(僕はいったい、なんでここにいるんだろう?)

買い出しをしている最中、僕はそんな答えのない疑問を自分に投げかけてしまう。
こういう時は魔法の練習をして力をつけておくようにすればいいのだが、それも満足にできない。
なぜならば、魔法連盟が定めた世界渡航に関する法律が存在するためだ。
それは、魔界から他の世界に向かう魔法使いたちが守らなければいけないことなのだが、そこの最初のほうにこう記載されている。

『魔法文化のない世界に渡航する場合、ライセンス課からの魔法使用許可を得ずしてのBランク以上の魔法の行使を禁じる。
ただし、生命に関わる場合はこの限りではない』

もちろん、この法律は魔法使いを取り締まったり秩序を保たせるのに重要なのは言うまでもない。
だが、僕にはこれ以上ないほどに楔のようなものになっていた。
ちなみに、ここに出てくる”ランク”だが、これは魔法の効果と難易度を示したものだ。
下がD、上がSSSまである。
例を挙げると、空を飛ぶ魔法はBランクで、姿形を変える魔法はSランクに認定されている。
他にも、A地点から一瞬でB地点に移動する転移魔法もSランクだ。

(ここに来るときに、父さんに子供の姿にされたけど、これって、地味に調子が狂うんだよな)

解呪を行うにはSランク相当の魔法を使わないといけない。
だが、それを行うにはライセンス課(僕のように魔法文化のない世界に向かった魔法使いに対して、魔法使用の許可を出したり、魔界内での魔法を使うための資格などを発行する部署)に許可をもらわなければいけないが、もらえることはないだろう。
現に数日前も却下されたばかりだし。

(ほんとにどうしよう)

結局、また振出しに戻ってしまう。
これまで結論らしい結論に達したためしがないのだ。
まるで永遠に続く迷路に迷い込んだような心境だった。

「ん?」

そんな暗い心境のまま、買い物を終えてスーパーから出た時、ふと音楽が聞こえてきた。

(そう言えば、このあたりってストリートミュージシャンが出没する場所だったっけ)

大型ショッピングセンターや、娯楽施設ができたことによって、人が多くなり始めているため、よく一発逆転を狙っている(かどうかは分からないが)ミュージシャンたちが駅前の一角でライブを行っていたりしている。
もっとも、中には珍妙なことを喚き散らす宗教勧誘や、子供じみた妄想しか口にしない政治家の幼稚なスピーチなども存在するが。
後者はいいとして前者は実に面倒くさい。
その面倒くささと言えば、宗教に入れとしつこく勧誘された時に、二度と口が開けないようにでもしてやろうかと思ったほどだ。
閑話休題。

「行ってみるか」

意外そうに見えるが、僕は音楽に興味を持っている。
昔、英才教育としゃれ込んだ父さんにピアノをやらされていた影響だが、ストリートミュージシャンが出没したときは、急いでいない時には毎回立ち寄ることにしているのだ。
この日も僕はそれほど大きくはない買い物袋を手に、ライブを行っているミュージシャンがいるであろう場所へと足を進めるのであった。










大型のショッピングセンターなどができているだけあり、駅前のロータリーにはタクシーやバスなどが数台停車していた。
周囲に建ち並ぶビルの外壁にはやや大きめなモニターが取り付けられており、そこには何らかの食料品のCMなどが映し出されていた。
駅のほうにもアイスクリーム屋やコンビニなどのお店が存在しているので、帰宅途中のサラリーマンや学生にとってはかなり重宝する場所だろう。
ちなみに、現在住んでいる場所から今いる場所は数駅ほど離れている。
というのも、地元のスーパーは品ぞろえが悪いのか、売り切れていることがしばしばなので売り切れがしにくい大型のショッピングセンターを利用することにしているのだ。
もっとも、ここでも売り切れるときは売り切れるがしょっちゅう売り切れ状態のスーパーよりはましだ。
そんなロータリーの一角にいたのはただのストリートミュージシャンというには似つかわしくない人物だった。
ピアノのようなものの前に立っているどこか自信がなさげで気弱そうな男性と、弦楽器を手にしている二人の女性という構成だった。
その横に控えている金髪の男の人も、おそらくはメンバーなのだろう。
弦楽器を手にする女性二人は対極的な印象を持った。
銀色の髪を後のほうでくくっている女性は、お花畑にいる令嬢のようなほんわかしたような印象に満ちている。
そしてその横に立っている短めの黒髪の女性は戦乙女のごとく堂々とした気迫に満ちていた。
そんな彼女たちの周辺には人は全く集まっておらず、それどころか彼女たちの前を通りかかる通行人が立ち止まるそぶりすら見せない。

「それじゃ、最後の曲『Only for you』です」

そんな中、黒髪の女性が静かに曲名を告げると、ピアノのような鍵盤楽器から始まり、続いて弦楽器の女性たちも演奏を始めた。
それを聞いていてなぜ人が集まらないのかがわかったような気がした。

(音程もリズムもめちゃくちゃ)

魔法使いが最初に行うのが、どういうわけか音感やリズム感覚などを鍛える練習なのだ。
この理由についてはいまだにこれだという解明されていない。
色々な説はある。
耳を鍛えて敵の攻撃の位置を把握するためやら、魔法の精度を上げるためなど挙げていけばきりがない。
なので、魔法使いは大抵が音感やリズム感覚などが優れているのだ。
僕の場合は、そのためのピアノであり絶対音感であると言われたことがあった。
もっとも、魔法使い全員が絶対音感だというわけではないが。
それはともかく、僕は今目の前で演奏している曲の音色が、まったく絡み合っていないような気がしていた。
ギターという弦楽器と鍵盤楽器が勝手にあちこちに飛び回っているため、ただの雑音でしかなくなっているような印象しか感じなかったのだ。

(歌声はいいのに残念だ)

恐らく黒髪の女性がボーカルなのだろう。
彼女の歌声は曲全体を一気に引き締めていくのに最適だ。
それだけにもったいなかった。
そんなことを思っていると、どうやら曲は終わったようで二人の女性は深々とお辞儀をした。
この時、自分のとった行動がとでも不思議でならない。

「下手くそ」

心の中でとどめておくつもりだったその言葉を、口に出してしまったということが。

「おい、坊主」

踵を返そうとしたところでよ認められた僕は、その相手の顔を見るとその男性は二人の女性の横で彼女たちを見ていた金髪の男だった。
その男の人は視線で人を殺せるのではないかというほど鋭い眼で僕を睨みつけていた。
どうやら僕のつぶやきがこの男の人に聞こえていたようだ。

「さっきの言葉、聞き捨てならねえな。もう一度言ってみろ」
「………」

完全にあっちの世界の人間のようににらみつけてくる男に、僕は無言で睨み返す。

(今ここで始末するのもいいが人が多すぎる)

母国とは違い、そういうことをする際には細心の注意を払わなければいけない。
人が大勢いる場所で事を構えるのは、後々の片づけが面倒になるからだ。

(それに)

こうしていれば、こっちにメリットがある。
目の前の男の視線など、僕にとってはただの子供の物だ。
それで僕をどうこうすることなどできやしない。
でも、この状況を客観的に見れば、大の大人が子供を脅しているという風に見えなくもない。
現に通行人の人たちも訝しむ様な目で男のほうに視線を向けているのをを横目で見ている。
どの道勝つのは僕だ。
そう思えば、この状況もおかしくなってくる。

「てめぇ、何笑ってやがんだ! 大人を舐めてんじゃ―――」
「はいはい。そこまでそこまで」

目を見開かせ胸倉をつかんできた男に、僕はついに実力行使に出るのかと自分でも驚くほどの他人事のように思っていると、手をたたく音と共に一人の男性が仲裁に入った。

「社長」
「子どもを相手にそれをやってはいけないよ。竜輝君」

社長と呼ばれた黒髪の男性は茶色のジャケットに黒のスーツをまとい、穏やかな口調で金髪の男を窘めた。
だが、穏やかな口調とは裏腹に、底知れぬ威圧感のようなものが関係ない(ある意味当事者だけど)僕まで飲み込み圧迫感を感じさせた。

「君も、人を怒らせるようなことは言ってはいけないってお父さんとお母さんに教えてもらったよね?」

(な、ナニコレ)

こちらに向けられただけで、これまで感じていた圧迫感がさらに増した。
それは目の前の紳士的な男性の本性は戦国時代に生きる武将かと思わせるほどの物だった。
余談だが、ここに来るにあたりこの世界の歴史は一般常識程度は把握している。
もっとも、かなり付け焼刃な状態だけど。
閑話休題。

「二人とも、ちゃんと謝るんだ。人を馬鹿にするようなことを君が悪いが、それに腹を立てて子供をにらみつける竜輝君も悪い」
「「すみませんでした」」

逆らえなかった。
僕からすれば、ただの独り言に反応した向こうが悪いので謝る気はもともとなかった。
それでもこの男性の言葉には逆らうことができなかった。
きっと僕にわからない何かがこの男性の言葉にはあるのだと思う。

「それで君」

お互いに謝り、痛み分けという結果で今回は決着がついたと思った矢先、今度は男性が口を開いた。

「さっきの言葉、一体どういう意味か教えてもらえないかな?」

口調こそ穏やかなものだったが、その表情は答えなさいと告げているように思えた。
しかも答えるまでここを離れることはできないという可能性だってある。

(周りの目もないし)

男性が仲介してお互いに謝ったことで、周囲の人の目は一気に薄れていき、現在は誰もこちらの様子を気に掛ける者はいない。
周りから見ればお互いに謝って和解し、今現在は男性が親しげに話しかけているという、見方によっては優しいおじさんに戸惑う子供という状況と判断できる状態だ。
もしここまでを掲載んしているのであれば、この男性こそ非常に脅威なのではなかろうか?
僕は降参の意を込めてため息をつくと理由を告げることにした。

「弦楽器の二人の演奏と、ピアノみたいな楽器を弾いている人とのタイミングの差があった。厳密にはピアノのほうがワンテンポずれています」
「………続けて」

僕のその指摘に、男性は静かに続きを言うように促した。

「最後に音と音が絡み合っていない……恐らく、必要な楽器がないのかそれとも使用している楽器が間違っているのかのどちらかだと思います」

その僕の言葉に、金髪の男と二人の女性たちが表情をこわばらせた。

(これは、修羅場だな)

僕はその男たちの表情の変化を見て、いつでも攻撃できるように準備した。
後はカギにもあたる呪文を紡ぐだけで攻撃魔法を発動させることができる。

「君」
「……っ」

男性が声を上げたのを聞いて、僕はさらに警戒を高めた。

「頼みたいことがあるから、ちょっとおじさんと一緒についてきてもらってもいいかな?」
「……」

安心させるように柔らかい笑みを浮かべながら聞いてきた男性に、僕は少しだけ考えを巡らせる。

(このままついて行って大丈夫だろうか?)

表面上は穏やかで敵意のようなものは感じない。
だが、裏ではどうなっているのかまで分からない以上、下手について行けば命取りにもなりかねない。

(読心術も時間がかかるし)

心を読む読心術も考えたが、問題点があったため止めた。
読心術自体はすぐに行使することができる。
だが、相手の心を読み解くのにはかなりの集中力と時間(とはいえ、数十秒程度だが)を要する。
この状況でそれをするのに必要な時間がないのだ。
そう、ほんの数秒遅れただけでもややこしい事態になったりするのだから。

(まあ、大丈夫か)

このままついて行って何をされようとも、魔法という絶対の武器がある以上行こうが行くまいが関係がないことに気付いた。
何かがあっても切り抜けられる自信はある。
僕にかけられた楔も『命に関わる場合』には全く関係ないのは明らかだし。

「わかりました」

そんな結論に至った僕は、男性の誘いを受けることにした。

「そうか。それじゃ、早速で悪いけど移動しようか。君たちも移動の準備を」
「は、はい」

これまでのやり取りを静かに見ていた女性二人と男性に声をかけ、三人は手早く楽器を片付けていく。

「それじゃ、行こうか」

そして素早く片付け終えた三人と共に、僕達は男性の後について行くことにした。
そのあとに待ち受けているものを知らずに

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