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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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外伝2 それは一つの転機

―――それは一つの転機だった

「さあ、こっちだ」

男たちに案内されるままに向かったのは、歴史ある(悪く言えば古い)4階建てのビルだった。
見たところ、建物の外壁にひびなどは見られないが雰囲気的にも古い建物であることを物語っていた。
ビル内部へはガラス張りの扉を開けてはいる構造になっているようで、男の人たちに続くようにして中に入った。
ビル内部には管理人や受付の人がいるような場所はなく、無異質な扉と階段しかなかった。
中に入った僕は男性たちについて行く形で階段を上っていく。
4階建てのそのビルは、3階までは零細企業と呼ばれる部類の会社が入っているようだった。
そしてたどり着いたのが最上階でもある4階だった。
先頭を歩いていた男性が自然な動作で扉を開けた。

「さあ、どうぞ」
「……おじゃまします」

男性に招き入れられた僕は、出来るだけ不自然にならないように周りを見渡していく。
通路は人ひとりが通れる幅で、左側には何かの部屋なのだろうかドアがあり少し奥の左側のドアには”更衣室”というプレートがつけられていた。
一番奥にはやや横長の窓ガラスがあり、そこから差し込む陽の光はどことなく寂しさを感じさせる。
そんな通路を置くまで進むと意外にも開けたスペースに出た。
左側にはテレビ台の上に置かれた小さめのテレビとその前には木製のテーブルに、両サイドには緑色のソファーが置かれ反対側には普通の会社に置かれているようなデスクがいくつか設置されている。

「どうぞ」

僕は男の人に促されるままソファーに腰掛け、それに続いて、5人も対面のソファーに腰掛けた。

(窮屈じゃないのか?)

明らかにぎゅうぎゅう詰めになっている彼女たちを見て心の中で首をかしげながらも、僕は口を開く。

「それで、要件というのは?」

僕としては、早々にこの場を立ち去りたいので男の人たちに用件を尋ねる。

「単刀直入に言おう」

それまで浮かべていた柔らかい笑みがまるで水が流れていくかのように消えていき、自然と空気までもがぴりついたものとなった。

「我がプロダクションに入らないかい?」
「…………はい?」

男性の口から出た要件に、僕は自分のきっき間違いかと思いもう一度聞き返すことにした。
いくらなんでもありえなさすぎる。

「君をここ”チェリーレーベルプロダクション”にスカウトしているんだ」

どうやら僕の幻聴でも聞き違いでもなかったようだ。
となると、問題なのは

「社長! 何を言ってるんですか! 相手は餓鬼――「竜輝君」――す、すみません」
「………」

社長と呼ばれた男性が口にした要件に、ソファーから立ち上がって声を荒げた金髪の男の人に対して、社長と呼ばれた男性はただ一言名前を呼んだだけだ。
それだというのに、金髪の男の人は畏縮したように謝罪の言葉を口にするとソファーに腰掛けた。

「ちなみに、これは冗談ではないよ」

冗談であったらどれだけよかったことだろうか。
僕の中で”頷くな”という心の声がこだまし続けているのだから。

「……自分は子供ですけど」

我ながらなんという屈辱的で都合のいい言葉だと思う。
自分は子供ではないと普段から思っている僕にとっては屈辱的であるし、都合のいい言葉だと思ったからだ。

「確かに君は子供だ」

とはいえ、ここまではっきりと肯定されると、怒りよりも自分が惨めに思えてきてしまう。
”だがね”と社長と呼ばれた男性は前置きを置くと

「私にはそうは見えないのだよ」

と続けた。

「外見上は確かに子供だが、どことなく大人を思わせる雰囲気がある……正直、君のような子供を見るのは初めてだ」
離している内容は普通かもしれないが、男性の話を聞いていると、妙な胸騒ぎを感じてならない。

(この男、まさか工作課のやつじゃないだろうな?)

この男性の妙に鋭いところも工作課の者ならば頷ける。
僕はこの世界にいる人物で、誰が工作課の人間なのかを把握している。
だが、それでも全員というわけではない。
父さんが意地悪するような形で、僕の知らないメンバーをよこすことがあるからだ。
なので、僕は軽く鎌をかけてみることにした。

「今日は満月ですか?」
「さあ、私にはわからないが……涼子君、わかるかい?」

悩んでいる様子の社長と呼ばれた男性は、一番右端に腰掛けていた銀色の髪の女性は慌てた様子で携帯電話を取り出すとボタン操作をし始めた。
どうやら月の満ち欠けについて調べているようだ。
カチカチという音が事務所内に響く中

「えっと……今日は新月のようです」

音が鳴りやむのと同時に携帯の画面から視線を外した女性が月の満ち欠けについて答えてくれた。

「だそうだよ。それで、月がどうかしたのかい?」
「い、いえっ。その、私……月が好きなものでして」

まさか深く掘り下げられるとは思ってもいなかった僕は、慌ててとってつけた(訳でもないけど)理由を口にしながら、この男性たちは白であることを確認していた。
”今日は満月か”
それは、僕たちの同胞であることを確認する合言葉のようなもの。
むろん、父さんのほうで合言葉を変えている可能性もあるが、見たところ不自然なところ(演技をしているといった様子)は見受けられないので、そのような判断をすることにした。
だとすると、この人の言っていることは本当のことかもしれない

「最近の若い子はゲームが好きで空を見る子が減っているからな。いやいや、感心感心。どうかね、今度一緒に夜空を見に行かないかい? こう見えても私は星博士と言われていて―「社長。話がずれていますよ」―っと、そうだったね。すまないすまない」

話の内容がいつからかスカウトから星座に変わっているのを、黒髪の女性が戻すように諭して話をもとの話題に戻させた。

「でも、私は別に音楽とかうまくは……」

我ながら何ともひねりのない断りかただろうか。
これでは……

「上手くない人があそこまで的確な指摘はできないと思う。もしうまくなくても音楽の素質があることを意味している……とおじさんは思うんだけど?」

と言われてしまうのも当然だ。
おまけにこの男性は自分の退路まで塞いで見せた。
ここまでされると、もはや私にはどうしようもない。

(この人、恐ろしい)

口調や表情こそ穏やかだが、自分の意見を意地でも通そうとする気迫がにじみ出るほどに溢れ出していた。

「少しだけ考えさせてください」

それが今の自分に出来た精一杯の返事だった。

「そうか。答えが決まったら教えてほしい。これがおじさんの連絡先だから」

僕のほうに一枚の名刺を手渡す男性の表情は、失望なのかそれとも別の意味を持つのかよくわからなかった。
”良い返事を待っている”最後に僕に投げかけられた言葉に、僕は静かに一礼をすることで返すとその場を逃げるように後にするのであった。










「音楽……か」

事務所からの帰り道、電車に揺られながら考えていたのは先程のやり取りのことだ。
音楽が嫌いというわけではない。
音楽ほど主役も脇役もないものはないのだ。
魔法だけではなく普通の会社などでも言えるが、実力のあるものが上に行き、主軸となっていく。
それは努力の結晶かもしれないし、はたまた生まれ持っての才能なのかもしれない。
”高月は常に最強でありトップでなくてはならない”
その文言は我が家に伝わる家訓だ。
誰からも突かれない(どちらかというと非の打ち所がないと言った方が正しいだろう)完ぺきな存在になることで、周りから妙なちょっかいを出されないようにするという意味らしい。
僕もまた生まれてから様々な英才教育を受けてきた。
そのおかげで、勉強だって文章作成以外ならば全教科満点をとれる自信もあるし、魔法に関しては誰ひとり(家族は除いてだが)追随を許さない自信もある。
ただ、一番大事な何かが欠けているというのが両親の言葉だ。
それが何なのかは自分で考えろということで教えてもらえなかったし、自分も自分で考える必要もないと思っていたので考えたことがなかった。
その結果がこのありさまだ。

「ほんと、馬鹿みたい」

思わず口をついて出たその言葉に、今度はため息が漏れてしまった。
結局のところ、僕は迷子なのかもしれない。
”人生という名の”
憂鬱な気分のまま自宅の最寄り駅に到着し、とぼとぼと歩いているそんな時だった。

「泥棒っ!」

僕が普通の人だったら絶対に聞こえないほど小さな女性の声に、僕はその足を止めた。
それから少しして、帽子をかぶった男が慌てた様子で姿を現すとこちらに向かって駆けてくる。
その手には男が持つには似つかわしくない女性物のバックが握られていることから、この男が泥棒(というよりはひったくり)犯であることが明らかだった。
―――もしかしたら、知り合いの女性のバックを慌てて届けているだけかもしれないという考え自体はこの当時の自分には一切なかった。

「邪魔だ、餓鬼っ!」

(この僕が、餓鬼だと?)

男から見れば僕の外見はただの子供だ。
まさか僕が自分よりも数十倍生きている存在であることなど知る由もない。
だが、この時の僕は少し前までの調子の狂わされる一件で虫の居所が悪かった。
―――否、当時の僕からすればどのタイミングでこのようなことが起こっても、同じような行動をとっただろう。

「私は貴様のような餓鬼ではないっ。その罪、その命を持って償え」

最初は口調こそ激しかったが、後半のほうでは|いつもの《・・・・》口調で男に言いきっていた。
こちらに向かって疾走する男をしり目に、僕は自然と周囲の状況を確認していた。
男が走っている道の横の土地一帯は何かの工事なのか『立ち入り禁止』という看板が設置されている。
その敷地内にある建築中の建物(恐らくはマンションか何かだろう)の最上部ほうでは、その材料なのか赤色の鉄状の物(恐らくは鉄筋)が置かれていた。

(これを使おう)

もうすでに僕の中で何をするのかのヴィジョンは決まっていた。
後はもう一つ必要なピースがそろうだけだ。
それも

「わけのわかんねえことを言ってんじゃねえぞっ!」

男がバックを持っていない方の手で、ズボンのポケットから取り出したサバイバルナイフのようなもので揃ってしまった。

「生命の危険状態と認識。魔法の一時使用条件をコンプリート」

つまりは、魔法を使って何がしらかの反撃ができる状態になったということだ。
無論、法律上ではという前置きが付くが。
すでに僕の視線は刃物を手にする男ではなく、別の場所へと向かっていた。
そこは建設中の建物に向けられていた。

(鉄筋を支えているのは4本のロープか)

これらすべてを斬ってしまえばどうなるかは誰でも気づくだろう。
下から見えるということは、かなり高く積み上げられているかもしくは何かにつるされているだけかだ。
なので、支えている物さえ失くせば後は重力に従っていくのみ。
どう考えてもこの置き方はかなり危険なものなので、建設業者にも問題はあるのは間違いない。

「では、パーティーを始めよう」

やるのは簡単。
かまいたちの要領で鉄筋を支えているロープをすべて切断しただけだ。

「ぶっ殺し――――」

僕の言葉に激高した男がこちらに向かって駆けだそうとするが、時すでに遅し。
次の瞬間には爆音にも近い轟音と共に、男が立っていた場所に大量の鉄筋が散乱していた。
男がどうなったのかを確認することなく、僕はその場から逃げるように走り去る。
男がどうなったのかなど、確認するまでもないというのも理由の一つだが、あの人物の追手に僕の姿を見られでもすればいろいろと面倒なことになるという方が大きかった。





「ふぅ……」

誰もいない自宅に戻った僕は、靴をやや乱暴に脱ぎ捨てると、一目散に自室に駆けこんで大きく息を吐き出した。

(現場を離れて少ししか経っていないというのに、ブランクが大きかったな)

これまでならば、悪人をつぶせたことに対して喜びに心が満たされるはずが、この時は虚しさだけしか感じなかった。

(後悔しているとでも言うのか? この僕が)

まさか、と自分自身で否定する。
これは僕が自分で選んだ道だ。
後悔などするはずがない。

『我がプロダクションに入らないかい?』

何故か頭をよぎるのはあの男性の言葉だった。

「なんだってんだ。一体」

いつから自分はここまで腑抜けになったのだろうか?
ここまで自分自身の考え……心を揺さぶる存在はいただろうか?

「音楽……か」

気が付けば、僕の思考は再び音楽に移っていた。
何故かはわからない。

『浩介、お前は兵器にはなれない。なぜなら、お前に人の心があるからだ。それがたとえ数ミリの大きさほどしかなくともな。それがお前が兵器にはなれない証だ』

それはいつの日にか父さんから言われた言葉だ。
確かに理に適っているとは思うが、このような形で実感したくはなかった。
いつもの僕であれば、すぐさま断っているであろうスカウト。

(仕方がない)

いつまでも苦しむくらいなら、いっそのことすぐに返事をして楽になった方がいいのは明らか。
僕は携帯を取り出すと社長と呼ばれた男性――荻原おぎわら 昌宏まさひろ》に渡された連絡先の書かれた名刺を見ながら番号を打ち込み、発信ボタンを押すと耳のほうに近づける。

『はい、荻原です』

数コールで出たのはあの時の男性だった。
そこで初めて気が付いた大きなミスがあった。

(僕、名前を言ってない)

僕もよくよく考えると、向こうから名前を教えてもらっていない。
スカウトをすることにに集中(僕の場合は違うけど)するあまり、お互いに大事なことを忘れてしまっていたようだ。

「先ほどそちらの事務所に伺った者ですが」
『あぁ~、君か』

どうやら声で僕のことが分かったようで、実際に目の前にいれば目を少しばかり大きくして、掌にもう片手の拳をポンッという音が鳴りそうな感じで合わせているような仕草をしているような感じの言葉が返ってきた。

『それで、返事を聞かせてもらえるかい?』
「はい。荻野さんのお誘いですが、喜んでお受けいたしたいと思います」

少々固く、事務所での言動と矛盾しているような気もしたが、そのことをいったん思考から外す。

『そうかっ。受けてくれるのか! いやー、それはよかった。うん、本当によかった』

ものすごく大げさに喜ぶ相手の声に、僕は一種裏があるのではないかと勘繰ってしまったが、

『今日は本当にめでたい日だ! 本来であれば、祝杯をしたいが、今この場でできないのが残念なくらいだ!』
「あ、あはは」

まるで子供のように喜ぶ荻野さんの様子に、僕は苦笑を漏らすしかなかった。

『それじゃ、よろしく頼むよ。期待の新人くん』
「はい。こちらこそ」

僕は”失礼します”と告げて電話を切った。
こうして、僕はチェリーレーベルプロダクションに所属することとなった。
……のだが

「あ、また名前言ってない」

どうやら、自己紹介は遠い先のことになりそうだ。

―――それは一つの転機であった

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