時刻は午後1時51分。
なんだかんだあって何とかセッティングシートを書き終えた僕たちは会場の観客側の方に立っていた。
ステージの方で行われているのはリハーサルだ。
他のバンドのリハーサルを見るのは様々なところで為になる。
例えば、どのような音作りをしているのか、どのようなエフェクトを使っているか等々例を挙げればきりがない。
「うわぁ、すごいエフェクターの数です」
梓はエフェクターの数に、律はマイクの方に関心を持っているようだった。
人が違えば関心を持つ方向も違うようだ。
(あれ? そういえば、唯はどこに……)
「ねえねえ律ちゃん、浩君。お菓子が売ってるよ~!」
そんな時、唯のはしゃぐ声が響き渡った。
「あ、これはCDだ。私たち売るもがないよね~」
「…………」
唯の言葉がものすごいとげとなって突き刺さってくる。
「あずにゃん、これに私たちは移るんだね! すごいすごい~」
大はしゃぎしている唯だが、僕たちは恥ずかしさでいっぱいだった。
「律」
「おおっ」
僕の呼びかけに、律は意味をくみ取ったのかすぐさま唯を抱えた。
「はいはい、外に出ましょうね」
「えぇ~、律ちゃん?!」
律によって強引に外に連れ出されていく唯とともに、澪たちもそそくさと退散していく。
「皆さん、どうもお騒がせしました~」
僕は会場にいる全員に謝りながら、会場を後にするのであった。
「ねえねえ、『放課後ティータイム様』だって!」
「分かったから、落ち着け」
未だに興奮冷めやらぬと言った感じではしゃぎ続けている唯を落ち着かせた。
「お茶にしない?」
「…………」
(ある意味ムギもすごいかもしれない)
なぜかバスケットに飲み物(おそらくお茶だろう)が入った水筒を手にしているムギに、僕は心の中でそうつぶやいた。
そんなこんなで僕たちは、いつものお茶会をすることになった。
「はぁ~、落ち着く」
「やっぱり、これだよな~」
落ち着くことには成功したが、これはこれで落ち着きすぎな気もする。
「良い匂い~」
「おいしそうだね」
そんな中、僕たちに声を掛けてきたのはリハーサルを終えたのか、ラブ・クライシスのメンバーと、セッティングシートのアドバイスをしてくれたばかりか、シートそのものを貸してくれたバンドの人たちだった。
「皆さんもご一緒にどうですか?」
「え? ……それじゃ」
「お言葉に甘えて」
ムギの予想外の提案に、一瞬戸惑いを見せた彼女たちだったが、頷くことで答えるのであった。
こうして、お茶会は予想に反して大きくなった。
「へぇ、それじゃ色々なコンテストに応募してるんですね」
「なかなか入賞しないんだけどね」
お茶がてら、僕たちは緑色の髪を伸ばしている女性たちの話を聞いていた。
なんでも、音楽を始めたが、いまだにコンテストで入賞する機会がないとのことだ。
「それでも、諦めないよ」
「そうだよね、諦めたらそこですべて終わりだもんね」
女性の言葉にラブ・クライシスのマキさんが続く。
外見は全く違うが、彼女たちの共通点は一つ。
彼女たちは、音楽が純粋に好きなのだ。
だからこそ、入賞できなくても音楽を続けていられる。
もしかしたら、それこそがミュージシャンとしての素養なのかもしれない。
(何か僕は重要なことを忘れていないか?)
待ったりとした時間が流れる中、僕はそんな疑問にさいなまれていた。
「放課後ティータイムさん! リハ、お願いしますよ!」
「あ……」
スタッフの人の言葉で、ようやく僕は忘れていたことが何かを思いだした。
スタッフの人に急かされる形で、僕たちは急いで会場の方に向かいセッティングを始めたのだが……
「ま、ままず何から始めればっ」
「セッティングだよっ!」
あたふたとしている唯に、同じく動揺している律が答えた。
(そう言えば、初めての外でのライブだったよね)
忘れていたが、これが彼女たちにとって初めての学園外で行うライブ。
ならば、ここまでテンパっているのも納得だ。
「そ、そうねっ!!」
「誰に言ってるんですか!」
誰もいない柱に向けて受け答えするムギも十分にテンパっていた。
「こら回るなっ! というか僕にリード線を持たせてどうする気!?」
テンパっているのが極限に達したのか周りをぐるぐるとまわり始める梓達を落ち着かせようとするが、なかなか落ち着かない。
(だ、大丈夫か?)
とてもじゃないが不安になってきた。
(というより、これはネタだよな?)
なぜか僕の服のポケットにツッコまれたリード線に、心の中でつぶやいた。
僕はとりあえずリード線を、ぐるぐる回る梓の手の中に一瞬のすきを狙って戻した。
「それじゃ、お願いします」
「は、はい!」
そんな状態も女性の一言で収まった。
その後は早かった。
セッティングも終わり演奏準備を整えた。
「そ、それじゃ……2曲目のふわふわを1コーラス、いきますっ」
律の宣言の直後、リズムコールが行われ唯がギターの音色を奏で始めた。
不安していたが、緊張の割にはちゃんと曲が演奏できている。
ただ若干音が堅いが。
そして、セッティングシートで明記した希望通りに、ミラーボールが動き出した。
「唯、歌っ」
「え? あっ?!」
ミラーボールに気を取られ、ボーカルを忘れている唯に一喝すると慌てた唯はマイクを顔にぶつけた。
ハウリング音が鳴り響く中尻もちをつく形で唯が倒れそうになるのを、僕は何とか片手で受け止めた。
だが、いったん崩れると止まらないのが世の定め。
「大丈――――」
「澪先輩!?」
「澪ちゃん!?」
慌てて駆け寄ろうとした澪がいつぞやのライブと同じように何かに足を取られたのか地面に転んだ。
さらにそれを防ごうとした梓とムギも続くようにこけた。
「お、落ち着けっ」
雪崩形式でダメになっていく典型例だった。
「大丈夫! 大丈夫!」
「しっかり落ち着いてもう一回!」
「がんばってー」
そんな僕たちに声援を送ってくれたのは一緒に参加している他のバンドのメンバーだった。
このライブは僕たちだけのライブではない。
ライブ自体を成功にさせるには、僕たちやこの場にいるバンドメンバーたちの頑張りが必要なのだ。
「……皆、もう一回!」
『おー!』
僕は唯たちに声を掛けて、もう一度リハをすることにした。
先ほどの大失敗で何かが吹っ切れたのか、今度はしっかりと演奏をすることができた。
そして、ついに大みそかライブの幕が開いた。
「それじゃ、頑張るぞ」
「お、おー」
ついに本番を迎えた僕たちは、再び気合を入れた。
澪の方も気合は入っている。
そして僕たちは薄暗いステージに出た。
全てのセッティングは終わっており、演奏の準備は万全だった。
曲の入りは律のシンバルの音が合図だった。
一気に照明が灯り、僕たちを照らし出す。
テンポが速く、難易度も少し高めだがそれでも唯たちはちゃんとそれを弾いている。
僕もバッキングコードではあるが、唯のボーカルに合わせて唯のボーカルをつぶさないように注意をしながら弦を弾き、ときにはリズムパートを弾いている梓と合流したりする。
それが、僕たちなりの演奏スタイルだった。
早いテンポでメリハリが弱い曲調に、唯の甘い歌声がうまい具合に合わさる。
この曲のボーカルは唯が一番しっくりと来ていた。
そしてこの曲一番の難所でもある間奏でのリードギターのソロがやってきた。
最初は伸ばしめで、後半は速弾きにも近いスタイルでの演奏を求められる。
僕と梓はただ音を伸ばすだけで簡単だが。
(本当に本番の時はいい演奏をするんだよな)
難なくソロを乗り越えた唯に、僕は心の中でつぶやいた。
ソロさえ乗り越えれば後はサビの部分のリフなので、難易度も高くなくなる。
そして唯のギターの音色で、この曲は無事に終わった。
「どうもー! 放課後ティータイムです!」
曲のあとにMCを入れたのは、僕の意見だった。
最初よりも、しょっぱなから曲にした方がインパクトが強くなるような気がしたのだ。
決して、僕がそう言うのが好きだというわけではない。
「私は、メインボーカルでリードギターの平沢唯です!」
MCの際の照明希望通り、唯にスポットライトが当たる。
そして拍手が送られる。
「そして、サイドボーカルでベースの秋山澪ちゃん」
「ど、どうも」
唯の紹介に澪にスポットライトが当たる中澪は観客に挨拶をする。
すると、観客からも惜しみない拍手が送られた。
「そしてキーボードの琴吹 紬ちゃん」
「こんにちはー」
「次がドラムの田井中 律ちゃん」
「どうもー!」
次々と唯はメンバー紹介をしていく。
ちなみに、当初はフレーズを入れようとしていたが、僕の方で却下した。
印象度は強くなるが、かなり恥ずかしくなりそうな気がしたからだ。
特に澪が。
「リズムギターの中野梓ちゃん」
「こ、こんにちは」
梓にとってこれが二度目のライブ。
緊張の色は隠せない様子だった。
「そして最後が、もう一人のサイドボーカルでバッキングギターの高月 浩介君」
「どうも」
僕は右手を挙げて紹介に応じた。
拍手が聞こえるが、その中に慶介の姿を見つけた僕は、少しだけ心強く感じた。
「それじゃ、次の曲。ふわふわ|時間《タイム》!」
そして次の曲が始まった。
「名残惜しいですが、次で最後の曲になります。聞いてください。Don't say lazy」
唯のMCが合図となり、スティック同士が合わさる音が鳴り響く。
その直後、ドラムのフィルで曲の演奏が始まった。
キーボードの音色とパワーのあるドラムに目立たず、されど力強いビートが絡み合い、さらにそこにギターの音色が合わさる。
そして僕と澪の歌声もそれに乗っかった。
Bメロに差し掛かった瞬間、これまでのギターの音色が大きく変わった。
これまでの軽く薄い音色から、甘く深いギターの音色へと変化したのだ。
これもひとえに梓が加わったことによるものだった。
そして、間奏に入ってくる。
ピックスクラッチから始まる梓のギターソロは、僕の時とは違い優美な雰囲気を思わせるのに十分だった。
そして駆けるようにして演奏は終わった。
それは、僕たちの外での初ライブが無事に終わったことを意味していた。
そして惜しまない拍手に包まれながら、僕たちはステージを後にすると次のバンドのメンバーに、バトンタッチするのであった。
「うぅ~ん。終わったぁー」
大みそかライブも無事に終わり、星空が輝く空の元腕を伸ばしながら唯は声を上げた。
「お疲れ様」
そんな僕たちに労いの言葉をかけてくれたのは、観に来てくれていた憂達だった。
「あ、皆。待っててくれたんだ!」
「お姉ちゃん! すっごくよかったよ!」
唯の下に駆け寄った憂は感動冷めやらぬと言った様子で感想を口にしていた。
「本当、恰好よかったわよ。皆」
「……ありがとう」
真鍋さんの感想に、唯はとてもうれしそうにお礼を言っていた。
「浩介ー」
「なんだ、まだいたのか」
僕に声を掛けてきた慶介に、僕はジト目で返した。
「おいおい、せっかく来たのにそれはあんまりだぜ」
「で、どうだった?」
慶介の言葉を無視して、僕は感想を求めた。
「いやー、感慨深いと思ってな。あの浩介がいるバンドの演奏が」
「そりゃどうも」
”あの”には僕がDKであることが含まれている。
その後、外に出てきてファンに囲まれたラブ・クライシスに労いとお礼の言葉をかけるのであった。
僕は、少し離れた人気のない場所に立っていた。
目の前にはラブ・クライシスでドラムをやっているマキさんの姿があった。
「それで、話って何?」
帰り際に呼び止められた僕は、話があるということで彼女に人気のない場所まで連れてこられたのだ。
「単刀直入に言うね。君、DKさんでしょ? H&Pの」
「……………」
マキさんの言葉に、僕は無言を貫いた。
それだけでもすごいことだ。
何せ、内心動揺しまくりだったのだから。
「うまく隠したつもりだったんだけど」
「確かにね。でも、会った時からなんとなくそうじゃないかなって思ってたんだよ。だって、私の顔を見て驚いたような表情をしたし、何より口調とかが一緒だから」
いくら僕でも、口調まではごまかせない。
些細なところから気づく彼女も、十分にすごい人だった。
「決定的だったのは、リハーサルの時の君の態度」
「態度?」
マキさんの指摘に、思わず首をかしげた。
「他の皆が緊張で動揺しているのに、君だけは堂々としていて、余裕そうな感じだった。だから、かなり場慣れしてると思った」
「………」
もはやここまで来ると反論のしようもなかった。
「あ、心配しないで。君のことは誰にも話さないから」
「そうだと助かる」
僕は彼女のことを信じることにした。
律の友人だからというのもあるが、この間のライブでズバズバと切り込んでいった彼女が馬鹿げた真似をするようには思えなかったからだ。
「ただ、一つ聞いていい?」
「どうぞ」
真剣な面持ちで訊いてくる彼女に、僕は先を促した。
「どうして、プロのレベルのあなたが、アマチュアバンドで演奏をするの? もちろんだけど、彼女たちは将来プロになる可能性があるけれど、でも聞いておきたい。どうしてプロのあなたが、そこにいるのか」
「……………彼女たちは僕や君たちが知らない何かを持っている。だからだ」
マキさんの問いかけに、僕が言えたのはそれだけだった。
「それが何なのかは僕は知らないけれど、それはきっとどのバンドにも劣らないと、僕は信じてる」
「………………」
僕の返答に、しばらく無言だった彼女はゆっくりと口を開くと”そう”とつぶやいた。
「ありがとう。何となくわかったわ。それじゃ、またいつか」
「ああ。またいつか」
皆を待たせているからか、駆けていく彼女の背中を見送ると、僕は平沢家へと向かう。
律曰く、”年越しは一緒にいるぞー”とのことだった。
「はぁ……今年も終わりか」
満天の星空の中、僕は静かにつぶやくのであった。
『はーい!』
「高月だけど」
『今開けますね』
呼び鈴を鳴らした僕は、インターホンから聞こえる憂の声に名前を名乗ると、声から少ししてドアが開いた。
「遅れてすまない」
「いえ、大丈夫ですよ。あ、コートもちますね」
僕からコートを受け取った憂は横に置いてあった衣文かけにコートをかけた。
「今ちょうど年越しそばが出来上がったところなんですよ。浩介さんの分もあるので、よければ一緒に食べませんか?」
「へぇ。それじゃ、ご相伴にあずかろうかな」
憂の言葉に僕は言葉に甘えることにした。
そして、憂に言われてリビングに向かったのだが……
「ほら、虎ビキニもあるわよ」
「いやです!」
なぜか虎耳のヘアバンドをつけている梓の姿があった。
(虎耳も似合うな)
口にしたら色々な意味でまずい事を呟く。
それほどまでに似合っていたのだ。
もはや才能なのかもしれない。
「そんな才能いりません!」
そんなツッコミがありながら、僕たちは憂が持ってきた年越しそばをごちそうになるのであった。
「あぁ~、またババだ」
「そういう時は心の目で読むんだっ、唯」
「了解であります! 律ちゃん隊長!」
(ババ抜きで心の目を鍛えるって……)
出来たらすごいかもしれないが、ある意味シュールだった。
僕は開始後一番に上がってしまい、手持無沙汰だった。
そもそも最初にババを持っていたのは僕だったりする。
横が梓だったので、僕はあえて心理戦で挑んでみた。
(ババで悲しんで、それ以外の適当なカードで喜ぶ、ベタな方法に引っかかるとは)
ババをひいたときの梓の固まった表情は、今でも記憶に新しい。
(にしても、今日はいろいろなことがあったな)
ふと思い返してみる。
ライブで出会った様々なバンドメンバー。
彼女たちは、唯たちにある意味でいい影響を与えたと言っても過言ではない。
(本当に今年はいい一年だった。)
新しい部員、中野梓を中心に発生した問題。
そしてその後僕の正体で発生した二つの問題。
さらにはどうしようもない男が出てきたりしたり、時間が何度も繰り返されることになったこともあった。
これらの事件や出来事は、何がしらかの形で僕たちを成長させているのかもしれない。
だからこそ、僕は恋人を得た。
初めて、これから先の毎日を共に歩んでいこうと思える人と巡り合えた。
きっと僕は幸せだ。
それはみんなも同じだと信じたい。
(来年も、もっともっと……)
そこまで考えた僕の意識はゆっくりと黒く染まり始めた。
(そう言えば、ライブで疲れてたんだっけ)
初めての外ライブだ。
僕とて緊張くらいはする。
尤も、唯たちがちゃんと演奏ができるかどうかという意味ではあるが。
そしてそのまま僕は眠りにつくのであった。
「浩君、起きて。浩君!」
「んぅ……一体何?」
僕は唯によってたたき起こされた。
未だにしっかりとまわっていない頭で周囲を見渡す。
「初日の出を見よう!」
「…………」
「浩君! 寝るなー! 寝たら死ぬぞーっ」
「ッタッタッタ!?」
唯の言っている意味が理解できずにいると、眠ったと勘違いした律の高速ビンタが炸裂した。
ちなみに、今のは律の声帯模倣だ。
いくら僕とて、騙されない
「おはよう、浩介!」
「……おはよう、律。非常に過激なモーニングコールをどうも」
僕は律へと殺気をぶつける。
「あ、あれ……ばれていらっしゃる!?」
「後で少しお話をしましょう。田井中さん?」
「ひぃ!?」
加減を忘れたので、いつもより強い殺気を律にぶつけてしまった。
顔を青ざめさせた律をしり目に、僕はゆっくりと立ち上がった。
「唯、寝癖がついてるぞ」
「えぇ!? ホ、本当?!」
目に留まったのは寝癖なのか、髪の所々がぼさぼさになっている唯の姿だった。
「ほら、直すからじっとしてな」
「あ、うん。ありがとう」
手クシではあるが、唯の寝癖を直していく。
「年が明けてもバカップルは変わらずか」
「でも、二人とも幸せそう♪」
「はいっ」
「うるさいぞ、そこ」
周りではやし立てる澪たちに、僕はそう言い放つのであった。
最後まで起きなかった山中先生をそのままにしておき、僕たちは唯に先導される形で高台の方へと向かっていた。
「さわちゃんはあのままで良かったの?」
「いいんじゃない? あんなでも一応教師なんだし」
唯の言葉に、先に上に上がっていた僕は少し高めの段差があったので唯を引き揚げながら答えた。
「浩介ってたまに辛口だよな」
「そう?」
律に指摘されるが、僕にはそれほど自覚がなかった。
「うわぁ……」
「きれい」
「ここ穴場なんだ~」
澪たち感嘆の声を上げるので、改めて初日の出に目をやると、山々の間から日光が顔を出していた。
それは確かに幻想的な景色だった。
「それじゃ……ごほんっ」
そんな中、澪は僕たちの集中を集めるように咳払いをする。
「あけましておめでとう」
それは新年恒例の挨拶だった。
『あけましておめでとう』
そして僕たちもそれに応じた。
そんな日常の一幕だが、少しだけ気になることがあった。
「ところであずにゃん」
「はい、なんですか? 唯先輩」
それは同じだったようで、唯は笑みを浮かべながら梓に声を掛けた。
かわいらしく首をかしげている梓に、唯はそれを口にした。
「いつまで付けてるの?」
「え? ………にゃ!?」
自分の頭を指差しながら問いかける唯につられて自分の頭に触れた梓はようやく頭につけっぱなしの虎耳に気付いたようだ。
「ど、どうして誰も言ってくれないんですか!!」
「だって、似合ってたから」
「一種の才能だな。それ」
「あぅぅぅ……」
梓にとってはある意味あれな新年になってしまったが、これもある意味放課後ティータイムらしかった。
ちなみに、これは余談だが。
「どうして連れてってくれなかったのよ!!」
と、戻った時に憂特製のおせち料理を口にしながら抗議をしてくる山中先生の姿があった。
「初日の出を見れば今年こそ恋愛運アップになるかもしれなかったのに!」
「結局そこですかい」
どこまで行っても山中先生は山中先生だった。
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