終業式の帰り道、
「あ、見てみて」
夕日が差し込む中、帰路についていると何かを見つけたのか唯が駆け出す。
「どうしたんだ?」
そこは何かのお店のガラス窓だった。
唯はそれを興味深そうに覗き込む。
お店の中というよりは、窓ガラスに張られたポスターだが。
「へぇ、こんなところにも張り出されてるんだ」
「私たち、これに出るんだよね?」
「がんばろうな、梓」
「はいっ!」
僕たちは大みそかライブの開催を告知するポスターを前に、再び心を入れるのであった。
「あ、他にはどんな人が出るんだろう」
「うっ!?」
唯の言葉に、澪のうめき声が返ってきた。
「澪先輩!?」
声の方を見ると、地面にうずくまっている澪の姿があり、それを目の当たりにした梓が驚きの声を上げる。
「あー、澪は極度の人見知りだから」
そんな梓に、律は苦笑しながら口を開いた。
(本当に大丈夫か?)
澪の姿を見ていると、そんな不安を感じてしまう僕なのであった。
それから数日が過ぎ、12月25日を迎えた。
この日はクリスマス。
恋人たちが幸せに過ごすまさに恋人のためにあるのではないかと思わせる日だ。
とはいえ、恋人がいない者にとっては拷問にも等しい。
それは、戦争を起こすほどだ。
そのような戦争が発生しても、恋人たちは楽しい一日を過ごす。
ある者は楽しげに話し、ある者は腕を組んで歩いていく。
僕たちもその例に漏れていなかった。
「えへへ~」
「全く、さっきから頬が緩みっぱなしだ」
僕と腕を組んで歩きながら笑みを浮かべている唯に、僕はため息交じりに注意した。
「だって、浩君に初めてもらったプレゼントだもん♪」
「そんなたいそうなものじゃないけど」
唯がうれしそうなのには理由があった。
それが唯の手の中にあるやや大きめの箱だった。
中には僕お手製のVシステムが内蔵された眼鏡(度なし)がと取扱説明書が入っている。
それには転送機能はついていないが、通信だけならできるようになっている。
ちなみにエネルギーは毎晩午前3時に余剰体力からひかれたものとなっている。
人間は様々な要因で体力が有り余った状態で眠ってしまう。
しかも寝ている間に体力は自然と目減りしていくので、かなりもったいなかった。
それを利用して、放出される体力を吸収してエネルギ―に変換させるようにしたのだ。
これによって、体力を強引に吸収して、朝起きたら気怠くなると言った症状は起こらない。
ちなみに、効率だが唯ぐらいならば一日で約2時間程度の通信が可能になるだろう。
使わなければ使わないだけ時間も増えていく。
当然だが、これは魔界の技術だ。
中にある物は唯には伝えていないが、注意書きの方で何度も何度も人目のあるところで使用しない旨のことを書いている。
変に技術が漏れると危険だからだ。
そんな危険を冒してまで僕が唯にそれをプレゼントしたのは、もし離れ離れになるようなことがあってもいつでも話をすることができるようにするという理由からだ。
当然だが、離れ離れになるという確証はないし、予定もない。
だが、何が起こるかがわからないのが人生。
もしかしたらそういう事態になるのかもしれない。
その時の対抗策をあらかじめ用意しておくことにしたのだ。
「あ、お姉ちゃんに浩介さん」
「あ、憂~」
そんな中、僕たちを見かけたのか、声を掛けてきたのは憂だった。
「買い物の帰り?」
「はい」
手にある買い物袋で、何をしていたのかがわかった僕の問いかけに、憂は頷いて答えた。
「あ、そうだ。憂にもクリスマスプレゼント」
「ありがとうございます。浩介さん」
僕は憂いのために用意しておいたある物を入れた小さな箱を、憂に手渡した。
「むぅ~」
「むくれるな。憂のは唯のとは意味が違うから」
憂にプレゼントを渡したことに面白くないのか頬を膨らませる唯に、僕は苦笑しながらそう告げた。
「……だったら、良い」
渋々ではあるが唯も納得したようだった。
ちなみに、憂にプレゼントしたのは『緊急呼び出し装置』だ。
これは、シンプルに黒縁の箱にてっぺんにある赤いボタンというシンプルな形状だ。
効果は文字通り、何らかの身の危険を感じた際にそのボタンを押すことで、僕の方に連絡がいくようになっているというものだ。
この装置のすごいところは、ただ連絡するわけではないことだ。
それは転送機能があるということ。
具体的には僕がこの装置のある場所まで転送ができるようになる。
もちろん、ボタンが押されないとできないが。
だからこそ『緊急呼び出し装置』なのだ。
連絡があった瞬間に、僕は転送して現場に向かい危険を排除する。
そのための装置。
色々とずるい装置ではあるが、これも恋人の家族という特権だ。
それに、もしかしたら唯の窮地の時に一緒にいるかもしれないので、悪い話ではない。
そんなこんなで、僕のクリスマスプレゼントは結局発明品ということになったのだ。
「それじゃ、僕はここで」
「うん。またね、浩君」
名残惜しくはあるが、家の前に到着してしまったため、僕はなくなく唯から離れた。
そして僕は唯たちと別れ自宅へと戻るのであった。
それから6日経った12月31日。
暦の上では大みそか……今年最後の日を迎えた。
僕たちは大みそかライブの会場でもある『LOVE PASSION』へと向かっていた。
「お疲れ様です」
「ど、どうも」
ライブハウスの前にはすでに数人の人がいて、こちらに気付いたのか礼儀正しく一礼して声を掛けてきたので、それに律が応じた。
「あれってなに?」
「たぶん、これに出場するどこかのバンドのファンだと思う」
数は少ないが、ファンを有しているのはすごいことでもありバンドのメンバーにとっては励みとなる活力の源のようなものだ。
そして僕たちは階段を下りてライブハウス内に向かう。
「おはようございます。うっ!?」
挨拶をしながらドアを開いた律は、目の前の光景に息をのんだ。
そこには出場者と思われる人物の姿があった。
顔に切れ込みのようなメイクを施していたりする者や、赤い髪の女性等々、威圧感が半端ないほど強かった。
(これはなかなかにして個性的だな)
現に澪は逃げようとしているし。
「おはよーっす」
「おはよう」
だが、外見とは裏腹にフランクな感じで帰ってきた。
(中山さんみたいなタイプかな)
中山さんの場合、外見は違うが正確はかなりフランクだったので、あながち間違いではないのかもしれない。
「律ちゃん、澪ちゃん!」
そんな中肌色のフード付きの上着を着てサングラスのようなものをつけていた青髪の女性が、眼鏡を外すとこちらに駆け寄ってきた。
「マキちゃん!」
(あ、ラブ・クライシスのドラムの人だ)
ズバズバと意見を出していた人でもある。
この人がいなければ、プロジェクトは進化しなかったはずなので、発起人のような存在だ。
しかも、何がすごいかと言えば、意見を出してくれたお礼状を送ったところ、”お礼を言われるようなことはしていない”と言った趣旨の返事が返ってきたところだろう。
「紹介するね。ラブ・クライシスでドラムのマキちゃん。今回このライブを紹介してくれた人」
「どうも、うちの律ちゃんがお世話になっています!」
「お前は律の母親かっ」
何度も頭を下げる唯に、僕はため息交じりにツッコんだ。
「こっちがベースの綾。澪ちゃんの大ファンなんだ」
「この間のライブ、澪さんの演奏はとてもかっこよかったです!」
同じベース担当だからか、それとも澪の持つ魅力か、ファンがいるというのはすごいことだ。
「え? ライブに来てくれたの!?」
「あ、遅れて来た子」
唯が驚きに満ちた声を上げると、唯の顔を見た銀色の髪の少女がそうつぶやいた。
(こんなところまで尾を引くんだね)
しょうがないとはいえ、ある意味強烈なイメージが残っているような気がした。
「すみません! すみません!」
何度も頭を下げて謝る唯だが、頭を下げる度に背中にあるギターからの風圧で髪が煽られているのだが、本人はそのことに気付いている様子はなかった。
「いえいえ、とっても楽しいライブでしたよ」
「っ!?」
そんな少女の言葉に、今度は顔をにやけだした。
「え、えっと……」
「知らない人からライブをほめられたことがないから……たぶん」
「気にしないで上げてください」
困惑するベースの少女に、僕と律はさりげなくフォローをすることにした。
「あ、そうだ。良かったら、見に来て」
「今度は単独ライブする予定だから」
「あとこれも良かったら」
二人の少女から渡されたのは次のライブを開く告知のチラシと、CDだった。
(これで彼女たちは参加権を失くすけど、既に上に向かっているようだし問題はないか)
願わくば、彼女たちもこれをきっかけに次のステップが踏めるようになってほしいものである。
「それじゃ、またあとで」
「ま、また……」
僕たちに手を振って去っていく彼女たちに、律たちは半分生返事っぽく返した。
「何だか、私たちと意気込みが違うな」
(そりゃそうだ)
僕たちはあくまでも部活レベルでの音楽活動をしている。
それはいい加減とかではなく、もっと根本的なものが違うのだ。
「そうだ! ロゴマークなんてどうかな?」
「ロゴマーク?」
突然提案する唯に首をかしげる僕をしり目に、唯は自分の手のひらにペンで何かを書いていく。
「こんなのとかどう?」
「それは温泉!」
自信満々に掲げた掌に書かれていたのは、温泉マークでおなじみのものだった。
「えぇー!?」
「だったら、ティーカップを書いてみたらどう?」
ショックを受けたような表情を浮かべる唯に、ムギが提案した。
「おぉー、待ったりお茶するいい感じになった」
改めて書き直した唯が見せたのはティーカップから湯気のようなものが出ているロゴだった。
確かに、これならいいのかもしれない。
「私のスティックにも書いて」
「それじゃ、私はピックで」
「僕もピックに書いてもらおうかな」
「皆でお揃いだね~」
次々にせがまれる唯は、みんなとお揃いなのがうれしいようだった。
「それじゃ、ミーティングを始めるわよ」
そして書き終えた頃に、案内をしてくれた女性の声が聞こえた。
僕たちはお互いに頷き合うと、手を上げて気合を入れるのであった。
「私たちは二番目だね」
「二番目か……」
「澪的には最初がよかったか?」
話し合いの際に公開された演奏バンドの順番に微妙な反応をしている澪に疑問を投げかけると、凄まじい勢いで首を横に振った。
「それじゃ、何番目がよかったんだ?」
「えっと……」
律の問いかけに、澪は視線を色々な場所に向けるだけで応えようとはしなかった。
結局、何番目だろうと緊張することに変わりはないみたいだった。
「すいません」
「あ、はい」
そんな時、ライブハウスのスタッフの人だろうか、男の人がこちらに駆け寄りながら声を掛けてきた。
「こちら、バックステージパスです」
「あ、ありがとうございます」
6枚のバックステージパスを受け取った律は、別のところにかけていく男の人の背中にお礼の言葉をかけた。
バックステージパスとは、簡単に言ってしまえばステージのそでや楽屋などに入る時に必要なものだ。
つまり、関係者であることを証明するもので、貼っていないと楽屋などに入ることすらできなくなる。
「あ、あの人すごいよ」
「あれは強者だな」
近くにいた人のギターケースに貼られている使用済みのバックステージパスの数々に律は感心したような声を上げる。
相当な場数を踏んでいる証拠だった。
ちなみに、僕の場合はバックステージパスは専用のファイルに貼ってある。
ギターケースに貼るのはさすがにあれだったからだ。
「それじゃ、これが私たちにとっては最初の一枚だね」
「そうだな……」
唯がつぶやいた言葉に、僕は静かに相槌を打った。
厳密に言えば、僕は数えきれないほど場数を踏んでいる。
だが、”放課後ティータイム”の高月浩介としては、これが最初のライブハウスでのライブとなる。
それだけに感慨深いものがあった。
「それじゃ、ペタッと」
「唯、それは自分に貼ってないと意味がないから」
ギターケースに貼る唯に、僕は苦笑しながら指摘した。
「えっと、それじゃ……」
「なぜそこに貼るっ!」
自分の足に貼った唯に、律がツッコんだ。
「それじゃ、ここにペタッと」
「「湿布かっ!」」
肩の方に貼った唯に思わず梓と突っ込むタイミングが揃った。
最終的には左腕の方に貼ることで落ち着いた。
「何だか無難な位置だよね」
本人はあまり納得していない様子ではあったが、そこがしっくりくる。
僕は唯と同じく左腕に貼っていた。
「あ、それよりもセッティングシートを書こうぜ!」
それぞれがバックステージパスを張り終えたところで、律はそう提案すると床にセッティングシートを置いた。
セッティングシートは曲名や曲調、テンポに著作権やら音響等々さまざまな事柄を明記していく必要がある。
それを基にライブハウスのスタッフが演奏中に演出をしていくのだ。
セッティングシートをバカにしていると、セッティングシートに足元をすくわれるという事態にもなりかねない。
そんな中、律はさらさらっと、曲名を書いていく。
曲順はこんな感じだ。
――
1:私の恋はホッチキス
2:ふわふわ時間(タイム)
3:ふでペンボールペン
4:Don't say lazy
――
「えっと、曲名や曲調はいいとして、照明イメージはどうしようか……」
「うーん。どう書いたらいいんだろう」
僕はあえて何も言わないようにした。
こういうのも経験だ。
頭をひねって考えれば曲に対しての理解も深まる。
そして、次のライブではさらに向上することができるかもしれないからだ。
僕がアドバイスをするのは、律たちが聞いてきたときだけだ。
「ちょっと聞いてくるね!」
「へ?」
唯の予想外の行動に、一瞬頭の中が真っ白になっている僕をよそに、唯は立ち上がるとどこかに向かっていった。
そこは先ほど入った時に一番インパクトの強かったトサカヘアの女性たちの下だった。
(怖い人のところに聞きに行くというのは勇気がいるだろうに……)
ある意味唯らしかった。
「なんだか”元気な感じで”とか”ポップな感じ”って書いてたよ!」
「それじゃ、うちもそんな感じで」
何はともあれ分からないところが無くなった律は、セッティングシートに記入をしようとしたところで、
「ちょっと待って」
「どうしたんだ? 澪」
突然それを遮った澪に、律が首をかしげた。
「うちは、全部ピンクがいいっ」
「ピ、ピンク……ですか?」
澪の提案に、梓が引きつったような声を上げる。
言いたいことは分かる。
僕だって言いたいほどだ。
「ダメ……かな?」
「そ、それじゃ、ふわふわのさびの部分はピンクで!」
うつむいた澪に、律があわてて声を掛けた。
「あ、あのミラーボールも使おうよ!」
「それじゃ、前奏とかに使おうぜ」
なんだかんだあったが、何とか形になりつつある。
「それで、私にピンスポットを当ててもらおう!」
「却下!」
「そうですよ! メンバー紹介の時に一人ずつ当ててもらいましょうよ!」
僕の反対意見に賛同するように梓も続いた。
ある意味個性的な意見だったような気がする。
「音響イメージってどんなのかな?」
「待っててっ」
(せめて僕の方に視線を向けるとかしてよっ)
知ったかふうに思われるのが嫌なのもあるけど、自分で決めたこととはいえかなりむなしかった。
「”りヴぁーぶをください”とか、”ボーカルをください”って書いてたよ」
「それじゃ、こっちもそんな感じで……MCはどこに入れるの?」
聞き終わった唯の言葉に、律はさらさらと書いていくが今度はMCの部分で躓いた。
(まさかね。三度目はないよね?)
「行ってくる!」
両腕を構えて力む唯は、そのまま先ほどのバンドのところに向かっていった。
そして再び聞いてくる唯はすぐに戻ってきた。
「なんか、書き終わったから参考にしていいだって」
「おー、それはとっても心強い! ―――――ってえぇ!?」
唯の手にあるのは数回も聞いてきたバンドのセッティングシートだった。
「「すみません、すみません」」
「ありがとー」
慌てて何度も頭を下げる僕と律とは対照的に、唯は満面の笑みでお礼を言っていた。
(な、何だかもう馴染んでる)
ある意味唯は最強かもしれない。
そんなこんなで、いろいろあったがセッティングシートを書き上げていくのであった。o
[1回]
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