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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第95話 手の暖かさ、心の冷たさ

自宅に逃げ帰って数時間後、部長である律から集合命令がかかった。
場所は近くのファーストフード店『MAXバーガー』とのことなので、僕はそこに向かう。

「いらっしゃいませ、浩介君♪」
「なるほど、そういうことか」

お店の制服を身に纏って、満面の笑みを浮かべながらカウンターに立っているムギの姿を見て、僕はすべてを察した。
そう言えば、ムギが僕たちと別れたのもこのお店の近くだったような気がした。

「ポテトを一つ」
「かしこまりました」

笑みを崩さずに応対するムギは、確かにこういった場には向いているのかもしれない。

「私、一度バイトでタイムカードをに記入するのが夢だったの」
「そ、そう。夢がかなってよかったな」

頬が引きつっているが、何とか僕はムギに相槌を打つことができた。
ここの人も、まさか志望動機が『タイムカードに記入できるから』だとは夢にも思うまい。

「それじゃ、バイト頑張って」
「ありがとうございました~」

二つの意味を込めた言葉に送られながら、僕は唯が待つ席へと向かった。
ちなみに、逃げ出したことを唯はそれほど気にも留めていなかった。
それどころか、

「やっぱりそのまんま食べたほうがおいしいよね」

等と言っていたぐらいだ。
まあ、聞く前に気付かないあたりが唯らしいのだが。

「あ、澪ちゃんおかえり」

そんな中、作詞をするべく一人で海に向かっていた澪が戻ってきたようだ。

「お、良い詩が……できなかったんだな」

落ち込んだ表情を浮かべる澪の様子に、律は成果が予想できたようだった。
ある意味一番行動力があるのは澪のような気がする。

「でもすごいよね、一人で海に行くなんて。みんな私を置いて大人にならないでね」
「そ、そう言う唯は、先に大人の階段を上ってるだろ」

予想外にも澪の鋭い指摘に唯の顔が赤く染まった。

(まあ、確かに大人の階段は登ってるけどね)

あながち間違いではないが、言い方を間違えれば一気に危ない単語だった。

「そ、そういう律ちゃんはまだだよね?!」
「そ、そんなことはないぞ! 私だって……」

なぜかツッコむべきところをツッコまない律に、唯が問いかけると律は大きな声を上げながら身を乗り出して唯に反論した。
だが、途中で口をつぐんでしまった。

「あ、そういえば律、浩介」
「な、何?」

そんな律に、澪は何かを思いだした様子で声を掛けた。

「この間の歌詞なんだけど、どうかな?」
「あー、あれか『どんなに寒くても』のやつか」

この間澪から歌詞と言われて渡された一枚の紙のことを思い出した。
タイトルは”冬の日”というもので、これまでの直筆ではなくワープロ文字だった。
もし何も言われずに受け取っていたら、ラブレターと勘違いする………

(待てよ)

そこで、僕はふと心の中に引っかかった。

「がんばってパソコンで作ってみたんだ」
「ということは、あれは澪が………」

照れ笑いを浮かべる澪に、律は顔を引きつらせる。

「この間言ったじゃない。郵便受けに入れておくからって」
「…………………」

澪の言葉に、律は何かを思い出しているのか顔をどんどん赤らめていき、やがて

「うがあああああ!!!」

爆発した。

「あれをやったのは澪かぁっ!!! いまどき古風なことをするんじゃない!!」
「こ、浩介先輩。律先輩は一体どうしたんですか?」

澪の肩をつかんで力任せに揺らしている律の様子に、不安げに訊いてくる梓。

「………さあ?」

大体事情は把握できたが、律の名誉の為に僕は白を切ることにした。

(なるほど、ラブレターだと思ったのか)

ならば、いきなり僕の顔を叩いたのも、ちらちらと頬を赤くして僕の方を見ていたことにも納得がいく。
律の中では僕がラブレターを送ったことになっていたのだろう。

(あれ? ということは、僕が叩かれたのって、元をたどると澪のせい?)

そんな結論にたどり着いてしまった僕は、どうしたものかと心の中でつぶやく。

(澪にどのような折檻をするべきか……)

とはいえ、折檻の内容についてだが。

「まあまあ、落ち着いて。ハンバーガーでも食べようよ~」

そんな混沌と化した中でも、唯は唯だった。
結局数分で律が落ち着きを取り戻したので、一件落着ということになりこの話は終わりとなった。
おそらく、この話題は口にしてはならぬ禁忌となるだろう。

(勧誘ビデオに続いてこれか。一体いくつ禁忌が増えるんだ?)

勧誘ビデオというのは、梓が入部する前に撮影したものなのだが、結局日の目を見ることもなく禁忌とされてしまったものだ。
それについては、また別の機会に話すことにしよう。
その後、バイトを終えたムギが合流し、一日していたことについての話に花を咲かせることになった。
それは色々なすれ違いがもたらした、ある種の喜劇のような冬の一日であった。










「へぇ、そんな一日だったのか」

休日明けのある日。
僕は教室で慶介と休日の過ごし方について話していた。

「何、その意外そうな感じは?」
「てっきり俺は平沢さんとデートかと思ったんだけど」

一体慶介の頭の中での僕たちは、どれほどのバカップル認定を受けているのだろうか?
……まあ、大よそ当たっているけど。

「仕方ないでしょ。いきなり打ち合わせが入っちゃったんだから」
「分かるけどさ、こういうのって熱が冷めるのが一番怖いんだぞ? 何せ男子はほかにもいるんだから、言い寄られたりとかするかもしれないし」

慶介の言わんとすることは分かる。
いわゆるあれだろう、”私と仕事とどっちが好きなのっ!”というやつ。
まあ、僕ならば後者を取るけど。
仕事をして養えるだけの財を得なければ、何も始まらないのだから。

「それは大丈夫。そんなことをした瞬間に、僕が黙っていないから」
「そ、そうか」

僕の笑顔に、慶介は怯えたような表情で相槌を打つ。

(失礼な奴だよな。かわいくはないが、それなりにフレンドリーな感じだと思うのに)

「というか、そう言う慶介はどうなんだよ?」
「は?」

ふと僕はあることを思い出して慶介に反論した。

「この間言ってたじゃないか。”俺、これをあの子に届けるんだ!”って」
「あ、あれは………」

僕の言葉に言いよどむ慶介。
その様子で何があったのか、大体想像ができた。

「まあ、人生いろいろだよな。うんうん」
「くぅっ! その何もかもわかってるという顔に腹が立つ!!」

あえて真相には触れずに頷いて見せると慶介は顔を赤くしながら声を上げた。

「何のことだ?」
「う……………ぢぐじょうっ。俺だって、俺だってぇぇぇ!!!」

首をかしげながら訪ねる僕に、慶介は血の涙を流して大声を上げながら教室を飛び出していった。

(あと少しで授業始まるのに)

しかも次の授業の先生はチャイムが鳴ってすぐに来るタイプだ。
さすがに早く戻ってこないとまずいような気がする。
そんなことを考えている間にもチャイムが鳴った。

「授業を始めるぞ。早く席に着け」

そしていつものようにチャイムの後すぐに教室に入ってきた担当の先生の言葉に、クラスの皆が次々に席について行く。
だが、慶介は戻ってきていない。

「お、なんだ。佐久間はサボり――「います! ここにいます!!」――」

担当の先生が言い切るよりも早く、ドアを開け放った慶介が抗議の声を上げた。

「佐久間は欠席っと」
「ちょ!?」

教室に来ている慶介は、担当の先生によって欠席扱いにされた。

「後で佐久間にはA4サイズのプリント、100枚分の課題を用意することにしよう」
「ぢぐじょう~~!!」

その仕打ちに、慶介は再び血の涙を流しながら去っていった。

「ぎゃああああああああ!!!」
遠くの方で慶介の断末魔が聞こえた。

(よっぽど恨みを買ってるんだね、慶介)

始まりはこの担当の先生にした、慶介の何気ない質問が発端だった。
そう、それは今年の最初の授業でのこと。

「では、何か質問がある者はいるか?」
「はいはいはい!」

担当の先生の言葉に、素早く反応した慶介は大きな声を上げながら手を上げた。

「どうぞ、佐久間君」
「先生は彼氏とかいますか!?」

その質問に、教室の温度がかなり下がったような気がした。

「佐久間、お前には特別課題を出してやろう」
「あ、あの~。これは?」

額に青筋を浮かべた担当の先生(女性)が慶介の机に置いたのはA4サイズのプリントだったが、かなり分厚い。
それこそ百科事典を数冊重ねたぐらいの厚さだ。

「特別課題のプリント100枚だ。これを明日までに説いて提出しろ。一日遅れるごとに倍に増やしていくからな」
「鬼! 悪魔!」
「ほう? ではもう200枚追加してやろう」

後から聞いた話だが、この先生には彼氏のことやお見合いのことなどの話題はタブーらしい。
うまいこと逆鱗に触れてしまった慶介は、その後担当の先生に目を点けられてしまったらしい。
ちなみに、特別課題の300枚のプリントは期限までに終わらず、最後は僕に泣きついてきたりしたので、一緒にやることとなった。
その時点で枚数は千を超えていたような気がするが。
結局、この日慶介は欠席だった罰として膨大な課題を出されることになるのであった。

(あ、あとでお詫びの品でも渡そう)

あまりにもかわいそうすぎる慶介の姿を見て、僕は心の中でそう決めるのであった。










放課後、夕陽が差し込む部室で僕たちはいつものように練習をしていた。

「ひゃう!?」
「な、何?!」
「どうしたの?」

いきなりすごい声を上げた澪に、唯が声を掛けた。

(び、びっくりした)

一瞬ドキッとしてしまった自分が恨めしかった。

「ベースが膝にあたって、それが冷たかったから」
「”ひゃう!?”だって~。もう一回やって」
「い・や・だ」

もう一度やるようにせがむ唯は、ある意味すごかった。

「でも、大変だよな。女子はスカートだから」

僕は普通にズボンなので、ボディが足に触れたところで冷たいと感じたりすることはない。

「そう言えば、ムギはいつも普通にキーボードを弾いているけど、手がかじかんだりしないのか?」
「うん。私手が暖かいから。ほら」

澪の疑問の声に、ムギは笑みを浮かべながら両手を差し出した。
すると、唯たちは次々にムギの手を握っていった。

「あ、本当だ」
「暖かい~。一家に一台ムギちゃんだね~」

(いやいや。ムギはカイロじゃないんだから)

唯の言葉に、心の中でツッコみを入れる僕は梓の横にいた。
梓の場合は後輩だからなどといった理由かもしれないが、僕の場合は恋人である唯が焼きもちを妬くからだ。
妬いてくれるのは嬉しいのだが、後始末が面倒なので、できれば避けたいというのが僕の本音だ。

「私、体温が高いから手が暖かいの」
「浩君もあずにゃんも、一緒に」

そんな時、僕たちに気付いたのか、唯が僕たちにも手を握るように促してきた、

「え? 私はいいです」
「僕も」

唯の言葉に、僕は目を瞬かせた。

(唯、言葉の意味が分かってるのか?)

仲間とは言え、ほかの女子の手を握ることを促す唯の気持ちが理解できなかったが、きっと僕を信じてくれているのだと納得することにした。
というより、それ以外に考えられなかった。

「はい、どうぞ」
「それじゃあ」
「失礼して」

満面の笑みを浮かべて両手を差し出してくるムギに答えるように、僕たちはムギの手を握った。

「あ、本当だ」

(そんなに暖かいか?)

僕にはそれほど暖かさを感じることができなかった。
きっと僕も体温が高いからだろう。

「あずにゃんの手は小さくてかわいいね~」

「ッ!?」

そんな中、それを見ていた唯の言葉に梓が顔を青ざめた。

「どうせ私は手が大きくて心も冷たい女ですよ」
「うわ、まだ根に持っていらっしゃる?!」

確か、その話題は夏の合宿のはずなので大体2~3か月前のはずだが。

「違うよ澪ちゃん。手が冷たい人は心が暖かいんだよ」

(ん? それだと……手が暖かい僕は心が冷たい?)

何となくあってはいるが、少しショックだった。
だが、ショックを受けているのはほかにもいたようで、

「ムギ、何をやってるんだ?」
「え!? な、何でもないよ」

窓に両手を当てて冷やそうとするムギに、律が声を掛けていた。

「ムギちゃんは、手も心も温かいよ♪」
「………ふふ。ありがとう、唯ちゃん」

やわらかい笑みを浮かべながら口にした唯の言葉に、ムギは嬉しそうにお礼を言った。
その後、僕たちはいつものようにティータイムを迎えることとなった。

「あったかい~」
「本当です」

ムギが淹れた暖かい紅茶に、皆の顔がゆるむ。

「あ、この間の歌詞は絶対になしだからな」
「えぇ!? どうして?!」

そんな中、ふと思い出したのか律が澪にそう告げていた。

(まあ、ある意味黒歴史にも近いからな。あの歌詞は)

まさかのラブレターと勘違いをさせた歌詞だ。
当然の反応だった。

「浩介は、良いと思うだろ?」
「僕も今回ばかりには律に賛成だ」
「そんな……」

僕の方にまで聞いてきた澪に、僕は心を鬼にして澪が考えた歌詞を斥けた。
というより、もしこの歌詞を採用して律がラブレターと勘違いしていたことを思い出しそれによって演奏に問題が発生するようなことになれば、とんでもない問題に発展する可能性もある。
ならば、いっそのこと没にした方がましだ。
そんなこんなで、肌寒くはあるが心温まる冬の日は過ぎていくのであった。

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