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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第86話 変わる関係

日曜日、いつもいる駅から電車で向かうこと数十分で、目的地に到着した。

「今はメール画面を見せるだけで入場できるとは、便利になったもんだ」

慶介曰く、”このメール画面を受け付けの人に見せるれば入場できる”とのことだった。
なんでも”きゅーあーるこーど”なる物がなんとかかんとかと言っていたが、聞いていてちんぷんかんぷんだった。

「このモザイクのような絵にそんなものがあるのか」

僕は、メール画面にある”きゅーあーるこーど”をまじまじと見ていた。

「浩君?!」
「え?」

そんな時、ふと声を掛けられた僕は慌てて携帯電話から顔を上げて声のした方へと向けた。
そこにはいつもの私服姿の唯が立っていた。

「ど、どうして浩君が!?」
「それはこっちのセリフだよ!」

突然のことに混乱する唯に、僕も混乱しながら返した。

(ん? 待てよ……)

だが、ふとある考えが頭をよぎった。

「唯」
「な、なに?」

僕はそれを確かめるために、唯にあることを尋ねた。

「もしかして、誰かに誘われてここに来なかった?」
「う、うん。そうだよ。律ちゃんがね、女子水入らずであそぼう! って言って……浩君も?」

聞きかえしてくる唯に、僕は頷いて答えた。
どうやら、僕の考えは正しかったようだ。

「どこに電話するの?」
「首謀者」

僕は最終確認の意味を込めて、ある人物に電話をかける。
相手は数コールで出た。

「お、浩介か。どうした?」
「どうしたって……今どこにいるんだ?」

まるで何事もなかったかのように振る舞う慶介に、僕は脱力感に襲われながらも問いかけた。

「どこって、家だけど?」
「家だ? 貴様、人を誘って家はないだろ」

慶介の答えに、僕は怒りを通り越し呆れながら慶介に言い返す。

「悪い悪い。そのメールのやつ、フリーパスだから一日だけ全アトラクションに乗り放題だし、ランチの方も割引されるから、楽しんできなよ。じゃ」
「あ、おい!」

言うだけ言って慶介は電話を切ってしまった。

「ど、どうしたの?」
「…………………」

恐る恐ると言った感じで聞いてくる唯に、僕は目を閉じて考え込む。
慶介がいたずら目的でこのような馬鹿げたことをするはずがない。
唯を巻き込んだことには何か意味があるはずだ。

(なるほど……そう言うことか)

僕はようやくすべてを理解した。

「唯」
「な、何?」

ならば、僕のすることは簡単だ。

「憂さ晴らしだ。今日はいっぱい遊ぶぞっ!」
「え? えぇ!?」

僕の言葉に、驚きを隠せない様子の唯。

「ほら、行くよ! 時は金なりだ!」
「あ……」

動こうとしない唯の手を引っ張って、僕は遊園地内へと足を踏み入れた。
この時だけは、いつもの感じに戻れるような気がしたのだ。

『トレジャーランド』

そこがこの遊園地の名前だ。
最近オープンしたばかりの遊園地らしく、絶叫系アトラクションはもちろん、ホラー系のアトラクションなども完備されている。
さらに、フードコートの料理はどれも絶品らしい。
それが、僕がこの遊園地について調べた内容だ。

「唯は何に乗りたい?」
「それじゃあね……これ!」

入園する際に配られたパンフレットに視線を落とした唯だったが、彼女が選んだのは絶叫系アトラクションのコーナーだった。

「何々……『ダウンハート』か。大丈夫?」
「もちろんです! ふんす!」

なぜか気合を入れる唯に、僕はそれ以上聞くことはなかった。
そんなこんなで、『ダウンハート』に乗り込んだ僕たちだったが。

「うぅ……」
「大丈夫?」

地面にうずくまっている唯の背中をさすりながら、僕は容態を確かめる。

「大丈夫。少し休んでれば、治るから」
「全く、乗り物に弱いんだったら乗らなきゃいい物を」

思わずため息が漏れるが、いつもの唯らしく思えた。

「何か飲み物を買ってくるから、待ってて」
「うん。ありがとう」

弱々しくではあるが、僕の言葉に手を上げて応じる唯に見送られる形で、僕は飲み物をかいべく自動販売機の方へと向かっていった。





「で、次はどれにする?」

唯の調子が良くなったため、気を取り直し次のアトラクションに行くことになった。

「ここなんてどう?」
「ここって、お化け屋敷だけどいいのか?」

唯が指差したのは『絶叫! 恐怖の館ver.2』という名称のお化け屋敷だ。
”ver.2”というのは、さらに怖くさせるように改良したからだとか。
タイトルの方にそういうのを付け加えるのは、とても斬新だった。

「大丈夫大丈夫」
「ここ、3階建の入り組んだ構造をしているらしくて、迷うと軽く2,3時間は出られなくなるらしいけど」
「……………」

調べた結果を唯に説明すると、青ざめた表情を浮かべる。

「わ、私は大丈夫! 怖くない、怖くない!」
「ならば、行くか」

強がりなのか、本気なのかはわからないが、せっかくの唯のやる気に水を差すのもあれなので、僕はお化け屋敷へと向かった。

「うぅ……暗い。浩君、どこにもいかないでね」
「大丈夫だって。ちゃんとここにいるから」

薄暗い場所を歩いていると、その不気味さから唯は声を震わせながら懇願するので、僕はそれに相槌を打った。

「きゃあああ!!!」
「ッ!?」

僕は、今とてもまずい状況に置かれていた。
ここに入ってから僕の腕は唯の腕によってしっかりと固定されているのだ。
それがとても恥ずかしく、顔から火が出そうなほどだった。

「きゃああああ!!!!」
「にゃーーーーー!!!」

(ん?)

後ろの方からよく知った人物の声が聞こえたような気がしたが、僕はすぐに頭の片隅に追いやった。

(こういうのは役得なのかな?)

好きな人と手をつなげるというのは、ある意味役得なのかもしれない。
これぐらいならば、別に問題もないし、会っても許されるはずだろう。

「許さない」
「何を許さないって?」
「え? 私何も言ってない………よ」

僕の思考を読んでいるようなタイミングで聞こえてきた声は、唯の物ではなかったようだ。
ならば考えられる可能性は一つしかなかった。、
周囲を見るとお化け役のスタッフが僕たちを取り囲んでいた。

「幸せそうなカップルは許さない」

それはおそらくはスタッフの私怨だろう。

「あーーーー!!!!」
「ち、ちょっと! 引っ張らな―――ぐはっ!? 痛い、ぶつかって――――ぐぼぉっ!?」

そんなスタッフたちの迫力に驚きのあまりに、僕の腕を握ったまま走る唯になす術もなく引っ張られた僕は、色々な場所に顔や体をぶつける。

「ぎゃああああああ!!?」

この日、僕のある種の悲鳴がアトラクション内に響き渡るのであった。










お化け屋敷を後にした僕たちは、ベンチに腰掛けて休んでいた。

「ご、ごめんね。浩君」
「別にいいよ。これくらいかすり傷だから」

未だに顔が痛むが、申し訳なさそうな唯の表情を少しでも明るくするべく、僕はあえて軽く答えた。

「あ、そうだ。お昼にでもしようか。何か食べたいものでもある?」
「えっと……それじゃ、やきそば!」
「定番で来たな……分かった。買ってくるから待ってて」

僕の話題の変更に、すんなりとのってくれた唯が答えた料理名に、僕は苦笑しながら立ち上がると唯にそう告げてその場を後にした。

(いつ言おう)

焼きそばを買う途中、僕はそれだけを考えていた。
この遊園地での遊びは、いわば僕に対してやるべきことをやれと言う、慶介たちのメッセージのようにも思えるのだ。
ならば、僕はそれに応じなければいけない。
そうでないと皆に対して顔向けができないような気がするからだ。
だが、その後も僕の思いとは裏腹に、なかなか思いを告げる機会がなかった。
メリーゴーランド等のアトラクションは楽しかったが。

「もう夕方だからそろそろ終わりだね」
「そうだな……」

気づけばもう夕方。
徐々に日が短くなってくるこの季節、空を見ればオレンジ色の明かりと暗闇が見えた。

(これでいいのか? 本当にいいのか?)

このままだと、何もかもが終わるような気がした。

「なあ唯」
「なに? 浩君」

気が付けば僕は唯を呼び止めていた。

「最後にさ、あれに乗らないか?」
「あれって……観覧車?」

僕が指差した先にあったのは、観覧車というアトラクションだった。
絶叫系でもホラー系でもない特別なアトラクション。
景色を楽しんだりすることができるらしい。

「前から気になってたんだよ」
「………うん、いーよ」

僕の提案に、唯は観覧車の方を眺めていたが頷きながら答えてくれた。
こうして僕たちは最後に観覧車に乗ることになった。

「一周30分ですので、ごゆっくりお楽しみください」

係員の人にそう言われ、僕達は観覧車に乗り込んだ。

「「……」」

ゆっくりと上昇を始める観覧車内で、僕たちはただただ黙って外の景色を見ていた。
時折唯からの視線を感じる。
だが、僕はなかなか言い出すきっかけが掴めなかった。

「き、今日は楽しかったね~」
「そ、そうだな。色々あったけど」

唯の素晴らしい話題にも、僕はすぐに話を打ち切ってしまった。

(何をやってるんだろう)

ふと、自分が情けなくなってしまった。
この間は偉そうに告白して”変わる”とか言っているくせに、いざ本人を目の前にすると何も言えなくなっている自分に。

(やっぱり、化物の僕には無理なのかな?)

ふとそんなことを思ってしまう。
僕には恋愛は向いていないのではないかという禁断の思いを。

「こう―――」

唯が改めて何かを言おうとしたところで、乗っている観覧車が大きく揺れだした。

「きゃっ!?」
「危ない!」

大きな揺れにバランスを崩しそうになる唯を捕まえる。
幸いなことに揺れはすぐに収まった。

「一体何が……」
『お客様にお知らせします。ただ今、発生いたしました強風で、観覧車が緊急停止しております。運転再開まで、しばらくお待ちください』

自体が呑み込めない僕に、アナウンスが入った。
どうやら強風が吹いたせいで観覧車が泊まってしまったようだ。

「唯、大丈夫………」
「…………う、うん」

状況をのみ込めた僕は、唯の方に問いかけるが、自分の状態に思考が止まった。
僕は唯の体を抱きしめていたのだ。

「ご、ごめん」
「う、ううん。気にしないで」

慌てて離れながら謝る僕に、唯は作り笑いを浮かべながら答えてくれた。

「「……………」」

そしてまた沈黙。
でも、先ほどの態勢が僕の何かを消し去ったのだろう。

「あのさ、唯」

今度は僕から話しかけていた。

「僕、唯に言わなければいけないことがあるんだ」
「うん……」

唯の表情がこわばるのを感じた。

「僕は、唯のことが………」

そこまで言いかけたところで、僕は再び言いよどむ。
鼓動が早くなる。
だが、僕は決して歩みを止めない。
そして、僕は唯に告げる。

「一人の女性として、好きだ」
「ッ!?!?」

とうとう告げてしまったその言葉。
唯は声ならない悲鳴を上げていた。

「……………最初は、能天気で天然な変わり者だって思ってた」

気が付けば、僕はポツリポツリと口を開いていた。

「でも、何度も演奏をしたり一緒に部活動をして、気づけば僕は唯に惹かれていた。それでも、僕は自分の気持ちに気付かなかった。いや、気づかないふりをしたんだ」
「変わるのが……怖かったから?」

やはり、あの時の僕の言葉は聞こえていたようで、唯の相槌に僕は頷くことで答えた。

「でも、考えてみればそうだよね。僕みたいな化け物が、唯の彼氏になろうだなんて、どうにかしてるよね」
「え………」

本当は悲しいのに、僕は笑っていた。
冷静になって考えれば、僕のような存在が唯と釣り合うはずがない。
やはり、この思いはすべて捨ててしまったほうがいいのかもしれない。

「ごめん。今のことは全部忘れ―――――んむ!?」

それはいきなりのことだった。
僕が言い切るよりも早く、僕の唇はふさがれたのだ。

「ん……」

唯の唇によって。
それは、僕にとっては生まれて初めてのキスだった。

「……ぷはぁ」
「ゆ、唯?」

すぐに唇は離された僕は、驚きのあまりうまく言葉にまとめることができなかった。

「浩君のバカ。どうして決めつけようとするの?」
「え?」

今度は僕が首をかしげる番だった。

「浩君の想いは、簡単に諦められるものなの?」
「そんなことはないっ! 僕はまじめだ! でも―――」
「だったら、ちゃんと聞いてよ。私の言葉を」

涙ながらに唯は言葉を区切った。
そして再び僕の身体にしがみついてきた。

「私も、浩君のことが大好き!」

それは、僕が心の奥底で臨んでいた返事だった。
そしてそれは、全ての終わりを意味していた。
ただの友人としての僕と唯の関係の終わり。
そして、恋人としての僕と唯の関係の始まり。

「……浩君」
「……唯」

夕焼けに照らされる中、僕と唯は

「……んぅ」

再び唇を重ねるのであった。

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第85話 変化と一手

日本、青森県。
そこのとある学校の教室。

「それでは、自己紹介を」
「はい」

黒板の前に立っていた教師と思われる男性の促しに、同じく黒板の前に立っている男子生徒ははきはきとした返事をする。

「今日、このクラスに転向してきました、大木竜輝です。よろしくお願いします」

竜輝の自己紹介に、クラス中から拍手が送られる。
彼こそが内村竜輝であった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


内村竜輝による、一連の事件。
その全ての事件は解決した。
解決方法はいたってシンプル。
内村竜輝を、僕の手で”殺した”のだ。
その後の後処理は早かった。
工作課の人たちの力で、記憶の改ざんを行ったのだ。
――桜ヶ丘高等学校に、内村竜輝なる人物はいない――という内容で。
これによって一部の者を除いた教職員や生徒たちから、内村の記憶は完全に消去された。
また、内村家の方にもそれは及んだ。
逮捕拘束された者たちから、内村竜輝に関する人物の記憶を抹消したのだ。
もうこれで、彼はこの世界から存在自体が消滅したことになる。
そして、ここからが大変だった。
竜輝を久美に治癒させ、新たなる名を与えたのちに、僕たちのいる場所とは縁もゆかりもない遠き地へと追いやったのだ。
あの時、僕が剣で刺したことにより、竜輝の心は完全に破壊された。
それは記憶自体をも破壊するのと同じ行為であった。
――記憶は人格を形成させる。
その理論によって、僕は当たり障りのない記憶を彼に与えたのだ。

・花が好きで家事が得意。
・両親はおらず、親戚の仕送りで暮らしている

これらの記憶を彼にを植え付けた。
彼は、”大木竜輝”として、新たな人生を歩むのだ。
それが僕と彼のためだ。
願わくば、彼が立派な人生を歩んでくれることを願いたい。
そんなこんなで、無事に終息したと思われた事件だったが、思いもよらぬところまでこの事件は影響を与えていた。

「はぁ……」
「お、なんだなんだ? モテモテのお前がため息か? ハーレム道まっしぐらのお前がため息か?」

思わず口から洩れるため息に、慶介が反応して茶化すように言ってきた。

「うるさい。こっちは真剣に悩んでるんだ」

そんな慶介に、僕は意気消沈しながらも、しっかりと言い返した。

「そ、そうだったのか。それは悪い」

どうやら僕のように本気だと確信したようで、謝ってくると僕の前の席に座った。

「それで、どうしたんだ?」
「実は、唯に避けられているような気がするんだ?」

それは僕にとってはある意味切実だった。

「はい? それってさ、偶々じゃないか?」
「偶々?」

慶介の答えに、僕は失笑してしまった。
僕ですら、そう考えていたこともあるのだから。
しかし、

「だったら、これはどう説明するんだ?」

僕は慶介にシチュエーションのことを説明することにした。










それはある日の朝での、登校しているときのことだった

「あ、唯。おはよう」
「あ、お、おはよう……」

偶々唯の姿を見かけた僕が朝の挨拶をすると、唯はどこかよそよそしい態度で返してきた。

「唯、どうかしたのか?」
「そうだよ。様子が変だよ?」

唯の異変を僕よりも敏感に察知した憂いが僕の疑問に続いた。

「そ、そんなことないよ! わ、私さきに行ってるねっ!」
「あ、お姉ちゃん!」

一気にまくしたてた彼女は、そのまま学校に向かって走っていった。

「…………」

僕たちは、その様子をただ黙った見ることしかできなかった。





また別の日。

「唯、これ忘れ物」
「あ、ありがとう。浩介君」

教室に忘れ物を届けに言った僕に、お礼を言う唯だが微妙に何かがおかしい。
しかも、視線を合わせようとしない。

「唯ちゃん、どうしたの? 顔が赤いよ?!」
「だ、大丈夫だよ! ほら、この通り!」

様子のおかしい唯に、ムギがあわてた様子で容体を確認しようとすると、唯は慌てて力こぶを作るようなポーズをとった。

「それだったらいいんだけど」

結局、この日も顔を合わしてもらうことはなかった。





さらに別の日の放課後。

「唯、今のところリズムがずれてるぞ」
「…………………ぁ、ぅん」

演奏の練習中、唯のギターの演奏に指摘をすると、どこかよそよそしい反応が返ってきた。
それは、やる気がないというよりも、気もそそろと言った様子で練習に身が入っていないような気がした。

「唯先輩、本当にどうしたんですか? まさかまだ風邪が治っていないとか?!」
「そ、そうじゃないから大丈夫だよ」

とうとう後輩の梓にまで心配されるようになってしまうほど、唯の様子はおかしかった。










「これでも、偶然と言えるか?」
「なるほど。確かに言えないな」

考えられるだけのケースを話してみたが、慶介の意見を変えさせるには十分だったようだ。
他にも、話してはいないが、ティータイム中(当然部活の時だけど)に唯から視線を感じる事も幾度もあった。
そのくせこっちが顔を向けるとすぐにそらしてしまう。

「僕は、唯に何か悪いことでもしたのかな? 慶介は、どう見る?」
「………悪いけど、俺には見当がつかない」

僕の問いかけに、慶介は申し訳なさげに告げた。

「いや、良いんだ。こっちこそごめんね、変なこと聞いて」

よくよく考えれば、完全に部外者であるはずの慶介にする話ではない。
彼にしてみればいい迷惑だろう。

「いや、別にいいって。また何かあったら相談しろよな」
「あ、うん」

僕の肩を軽くたたいた慶介は、自分の席へと戻っていった。
その姿は、僕にはとても紳士的なものに見えた。

(やっぱり、慶介は僕には似合わないほどいい男だ)

彼に比べ、僕はなんだ?
変化を恐れて自分の心から目を背けていたばかりか、好きな奴に怯えさせている。

(あの時の魔法が原因かな?)

考えられる原因は一つしかなかった。
それが、あの時内村に使った”ダークラストジャッジメント”だ。
あの魔法は、映像資料を見ただけでも卒倒してしまうほどに恐ろしい魔法らしい。
それを今まで魔法の世界とは無縁の唯が目の当りにしたらどうだろうか?

(怖がられてる……………よね)

怖がるに決まっていた。

(って、いけないいけない!)

僕はふと悪い方向に考えようとする自分を戒めた。
まだ、そうと決まったわけではない。
仮定状況で、結論をつけるのはまだ早い。

(こういう時は、第三者の協力を得るのが一番)

だが、慶介は部外者だ。
今回の事案での相談相手には、一番適さなかった。

(だとすると、残るは……)

僕は適任者を見つけると、その人物にある内容を明記したメールを送るのであった。










「浩介!」
「あ、こっちこっち!」

放課後、場所は家の近くのハンバーガー店。
そこで待ち合わせをしていた僕は、その相手に手を振ることで自分の位置を知らせた。

「ごめんね、無理言って」
「もう浩介の無理には慣れれたよ」

僕の謝罪の言葉に、どこか呆れた表情で相槌を打つカチューシャをした女子……律に、僕は返す言葉もなかった。

「それで、何の用?」
「えっと……」

律を呼び出したのは、唯のことを聞くためだった。
だが、いざ聞こうとすると口が開かなかった。
まるで何かによって無理やり口を結ばれているかのように。

「唯のことだろ?」
「…………やっぱりわかるよね」

そんな僕の様子に一つため息をついた律のことばに、僕は降参と言わんばかりに相槌を打った。

「当たり前だろ。私を誰だと思ってるんだよ?」
「部長だもんな。部員の様子の変化くらい、簡単にわかるよね」

僕の言葉に呆れたようでいて、それでいて自信に満ちた表情を浮かべる律に、僕は思わず笑みがこぼれた。

「それで、律から見て唯はどう見える?」
「そうだな………私から見て唯は戸惑っていると思うぞ」
「戸惑い?」

予想もしていない律の返事に、僕は首をかしげながら聞きかえした。

「浩介の気持ちを知って、自分の気持ちがどうなのかがわからなくなっている状態ということ」
「なるほど…………ん?」

律の鋭い指摘に、頷きかけたところで、僕は違和感に気付いた。

「どうして僕が自分の気持ちを打ち明けたことを知ってるんだ?」
「どうしても何も、本人から聞いたんだよ。”浩君から好きって言われたけど、私はどうすればいいの?”ってな」

僕の疑問に、予想外の答えが返ってきた。

「いや、どうして唯がそんな電話を?」
「そんなのこっちが訊きたいぐらいだよっ」

僕の問いかけに、ツッコミ口調で答える律。

(おかしい、あの結界は音を遮断するんだからこっちの声は聞こえていないはず……いや、待てよ)

そもそも、音を遮断すると言ったのは誰だ?
唯を守るための結界魔法を構築したのは誰だ?
この付近の隔離結界魔法の維持を担っていたのは誰だ?
答えは簡単。
久美だ。

『クス。がんばってね兄さん』

内村の待つ廃工場に向かう際に、久美からかけられた言葉がふと頭をよぎった。
あの時は特に考えもしなかったが、今になって考えるとあれはもしかしたらこのことを言うのかもしれない。
これが指し示す結果は一つしかなかった。

(畜生。嵌められた)

しかも、久美は”音を遮断する”としか言っていない。
現に”結界内から僕たちの方への音は遮断されていた”ので、久美は嘘をついていない。
それだけに悔しかった。

(とすると、僕は唯の目の前で告白をしたのか?)

僕は自分が言ったことを思い出してみた。

『だって、僕は平沢唯のことが、一人の女性として好きなんだから』

しっかりと告白の言葉を言っていた。
その後にこうも続けていた。

『僕には覚悟もある。唯がお前に拉致されたと知って、私は刺し違えることになってでも唯を助けようと思い、ここに来た。私はこれからも唯を守る』

(うん。やめよう)

これ以上思い出すと確実に再起不能になる。

「おーい、大丈夫かー?」
「うん。何とか」

恥ずかしさのあまり、卒倒しそうになるのを何とか堪えて返事をした。

「そうか……聞かれてたか」

理解してしまえば単純なことだった。
唯の様子がおかしいのも頷けた。

「それだと、まだ唯から返事はもらってないようだな」
「当然だよ。それにまだ受け取れない」

それは僕は前から考えていたことだった。

「あれは、勢い任せの告白だったから。だから、ちゃんとした形で唯に告白したい」

もう一度、ちゃんと唯に思いを告げる。
それが僕の決意だった。

「…………そっか。ならば、頑張って、告白しな。二人が変な雰囲気のままだと、部活動にも支障が出るしさ」
「ありがとう」

律なりの背中を押す言葉に、僕はお礼を口にした。

「それで、何か策はあるんでしょ?」
「ないっ!」

期待を込めた視線に、僕はきっぱりと告げた。

「ないのかよっ」

その言葉に律からツッコまれてしまった

「でも、早いうちにちゃんと解決させるよ」

僕は律に安心させるように言うと、財布を取り出して僕と律の分の代金をテーブルに置いた。

「今日は相談に乗ってくれてありがとう。これ、ここの代金」
「いや、こんなにいいって」

確実にお釣りがくる金額の代金を手渡された律が遠慮するが、僕は首を横に振った。

「感謝の気持ちだから、受け取って。それじゃっ」
「あ、ちょっと―――」

僕は強引に律に手渡すと、逃げるようにその場を後にした。

(よし、頑張ろうっ!)

外に出た僕は、夕陽によってオレンジ色に染まる空を見上げながら決意を新たにするのであった。
だが、結局事態は改善することはなく、土曜日を迎えることとなった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「まったく、強引なんだよな」
「でも、そういうところが浩介の魅力だと思うぜ」

浩介が立ち去ったMAXバーガー。
律のボヤキに返事を返したのは律たちが腰かけていた席から少し離れた場所に座っていた慶介だった。
慶介は、律の対面に腰掛ける。

「で、どうする? 俺の予測だと何年経っても無理だぞ」
「私も同感。あの二人がすんなりと物事を進められるはずがない!」

慶介の予想に、律が頷くことで賛同する。
その言葉は本人が聞いていたらかなりショックを受けるような内容だった。

「どうしようか……」
「むー……」

二人して腕を組んで考え始める。

(って、言うかどうして俺は他人の恋路でここまで悩まないといけないんだ?)

慶介は、ふとそんな疑問を頭に浮かべるが、何か意味があるからと自分に納得させた。

「あ、そうだ。いい案を思いついた」
「それは何だ?」

左手に握り拳を作った右手を乗せながら口を開く慶介に、律がその案を尋ねる。

「それはだな――――」

こうして、慶介の手によってその作戦が告げられることとなった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「はぁ………僕って、ここまでヘタレだったか」

気づけば土曜日。
この日も唯に告白をすることができなかった。
ただ一言、”好きだ”と言えばいいだけなのに、それができない自分が不甲斐なく感じた。

(とにかく、明日一日で英気を養おう)

月曜日になったら、もう一度挑戦するつもりだ。

「あれ、メールだ」

そんな決意をしていると、僕の携帯がメールの受信を告げる音色を奏でた。

「って、慶介からか」

一瞬何かを期待する自分に、”これは末期だな”と思いながら、携帯を開いて受診したメールを表示させた。

「何々……『明日の日曜に、遊園地に行かないか?』か……」

メールの内容は、遊びに誘うものだった。

「明日か……予定とかあったっけ?」

僕は手帳を開いて明日の予定を確認する。
H&Pのライブは12月に小規模程度ではあるが一度開かれる。
その練習もあるが、明日はちょうどそれがお休みの日であった。

「まあ、相談に乗ってもらったお礼も兼ねて、友達づきあいでもしますか」

たまには友達づきあいをするのもいいと思った僕は、行く旨の返信をすることにした。
それから程なくして、集合時間などの連絡が来たので、それを確認した僕は明日に備えて眠りにつくことにした。

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第84話 終わりと思い

「ちくしょう、どうなってんだよ!」

とある廃工場にて、竜輝は毒づく。

「あいつはいつになったら来るんだ!」

竜輝は、探偵である田中が来るのを待っていた。
だが、来ると言った日から数日過ぎても来る兆しはなかった。
待っている間に、彼を取り巻く状況はさらに悪化していった。

(電話も止まって連絡ができねえ)

彼の携帯電話は、ついに止められてしまい連絡をとる手段がなくなってしまった。
食料は、手にしていた財布にあるお金を利用してコンビニ弁当で済ませている。
だが、お金も残り200円と、ついに底を尽きかけていた。
彼は電話が止まる前に田中から、浩介が魔法使いであるとの報告の連絡を受けていたのだ。
当初は笑い話にして気にも留めてはいなかったが、証拠を持ってくるという田中の言葉に、竜輝はその証拠が来るのを待っていたのだ。

(……まさか始末されたか!)

竜輝は、すぐにその結論に至った。
笑い話にして気にも留めていなかったことが、現実であるということを悟ったのだ。

「やっとわかったぜ。魔法で平沢唯の心を操ってるんだな! 何たる非業!! いや、外道!」

自分のやっていることを棚に上げ、勝手な妄想を口にする竜輝の心に、ふつふつと怒りが芽生え始めた。

「こうなったら、この俺様で化け物を始末してやろうじゃないか!」

(だが、どうやってだ?)

浩介に対抗する手段を竜輝は持っていなかった。
暴力団などとつながりがあれば別だが、今の隆起には武器になるような存在など残されてはいないのだ。

「…………とにかく、探すか」

竜輝は外を歩いて武器になりそうなものを探すことにした。
工業団地はどこも柵で覆われており、中に入ることはできても工場施設内にまで足を踏み入れることはできないのは、すでに把握していた。

「そこの坊や」
「あん?」

そんな時、彼を呼び止めたのは黒のローブをかぶった人物だった。

「誰だてめぇ」
「私は可愛そうな坊やの救世主」

威圧的な竜輝の言葉に、女性の声が返ってきた。
声からして老婆のようだった。

「坊やは大きな力に立ち向かおうとしている」
「…………」

老婆の話を、竜輝は生まれて初めて親身になって聞き入れていた。

「そんな坊やにこれを渡そう」
「何だこのおもちゃは?」

老婆から手渡されたのは首にかけるタイプのアクセサリーだった。
それを怪訝そうな様子で首をかしげる彼に、老婆は応える。

「それは、坊やの身を守るお守り。それがあれば自分を守ることができるぞよ」
「はっ…………まあ、ババアの顔を立ててもらってやるよ」

竜輝は老婆からひったくるようにアクセサリーを奪い取り、その場を去っていった。

「…………………」

その様子を、老婆は無言で見送るのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「じゃあな、唯」
「うん。またね―浩君」

哀れな探偵を一人潰してから二日たった。
夕暮れ時、僕はいつもの場所で唯と別れる。
この日も、何事もなく一日を終えようとしていた。

(あいつの話だと、すでに接触は済ませているようだから、そろそろのはずだけど)

一体いつになるのか、僕にはわからなかったが、とりあえず気長に待つことにした。

内村が行動を起こす時まで。

「ん? 電話だ」

自宅に戻って数時間程が経ったとき、携帯電話が着信を告げた。

「って、唯からか」

相手を確認すると、電話をかけてきたのは唯だった。

(一体こんな夜遅くに何の用だ?)

ため息をつきそうになるのを必死にこらえ、僕は着信ボタンを押すと耳にあてた。

「もしも――」
『浩君! 助けてっ!!』

僕が言い切る前に、唯の助けを求める声が聞こえた。

『よう、高月ぃ』
「内村っ」

続いて電話口から聞こえたのは内村の声だった。

『よくも俺様に、ひもじい生活をさせたな』
「自業自得だ。それよりも、貴様何をしている」
『何を? 俺様のものを取り返しただけだ』

僕の言葉に、内村は人を苛立たせるような声で答えた。

「………」
『話がしたいんなら来いよ。場所は――――』

内村から場所を聞き出した僕は、急いで家を飛び出す。

(なんということだっ!)

僕は自分の浅はかさを悔やんでいた。
極限状態に追い詰められた人間は、時にして理解できない行動をすることがある。
そのようなことはすでに知っていたはずだ。
僕はそのことを完全に考えていなかった。

(今は一刻も早く唯を助けないと!)

僕は途中で久美に結界を展開してもらえるように頼み、指定された場所へと向かっていくのであった。





指定された場所はどこかの廃工場だった。
周囲を見ると生活していた痕跡があり、ここが奴の寝床だったのだろう。

(入り口付近の花束は何の意味があるんだろう?)

ふと、目に留まった花束に僕は考えをめぐらせるが、それは今は関係ないため頭の片隅へと追いやった。

「よぅ、高月ぃ」

その奥の方に、奴の姿があった。
そんな奴の手元にはナイフがあり、それは唯の喉元に突き付けられていた。
完全に人質にとられていた。
唯の表情はやはり、恐怖などによって青ざめていた。

「浩君!」
「……何が目的だ?」

内村を射抜くように見ながら、僕は尋ねた。

「貴様の前で、こいつをめちゃくちゃにしてやろうと思ってなぁ! 他の男に手を出すなんて、躾けねえといけねえし」
「……………貴様はつくづく人間の屑のようだ」

内村に対して、怒りはこみ上げなかった。
逆に哀れにさえ感じる程だ。

「そう言ってられんのも今の内だ」
「きゃ!?」

唯の悲鳴が聞こえた瞬間、反射的に攻撃魔法を内村に向かって放っていた。
それはまっすぐに内村に飛んでいき、着弾する
―――はずだった。

「何?」
「ガハハハハ! どうだ、見たか!」

目の前で起こったことに顔をしかめている僕を見て、内村は面白おかしく笑う。

「お前の力は、私には効かな―――」
「インパクト!」

内村の言葉を遮るように、僕は呪文を唱える。

「きゃああ!?」

次の瞬間、唯はまるで誰かに引っ張られているかのように、内村から吹き飛ばされる。
だが、少し飛ばされたところで唯はゆっくりと地面に着地した。
そして彼女を守るように結界が張られる。

「なっ!?」
「これで、貴様は唯には触れることはできない」

今度は内村が言葉を失う番だった。

「確かにお前には魔法が効かないが、それは”お前を起点にした”だけだ。お前以外の人物に対して生じる魔法事象は無効化できないみたいだな」
「おのれぇ。高月浩介め」

自分の目的を邪魔された内村は憎悪に満ちた目で僕をにらみつける。

「さあ、始めようか?」

僕の手にあるのは剣状のクリエイト。
内村の手にあるのは攻撃を通さない何かと鉄パイプ。

「おらああああ!」
「浩君! あぶない!!」
「失笑! 危なくもなんともない。ほら、遅い遅い」

真正面から殴りかかろうとする内村の攻撃を、僕は叫び声を上げる唯に笑いながら否定すると、余裕で回避した。

「死ねええええ!」
「ッフ!」

バカの一つ覚えのように特攻する内村の手にある鉄パイプだけを、僕は真っ二つに切り裂いた。

「この化け物めが」
「私が化け物ならば、それよりも下のお前はなんというのだろう? ゴミ? カス? それとも屑か?」

僕にはその答えは持ち合わせてはいないが、一番最後が有力のような気がする。

「ふざんけんなぁ!」

そんな僕の言葉に、内村が咆哮する。

「俺様は! 選ばれた民だっ!」
「あはははは! これは傑作だ! お前のような愚か者が、まだいるとはなっ」

内村の攻撃をかわしながら、僕は内村の言葉を笑い飛ばした。

「貴様は選ばれてはいない。ただ親のすねをかじり、親の光だけで輝いている。哀れなドラ息子だ!」
「ッ!? 貴様ぁぁぁぁ!!!」

僕の言葉に、激昂した内村は黒い何かを取り出した。
それはどこからどう見ても拳銃だった。

「はぁ、そんなものがあるなら最初からだしなよ」
「うるさい黙れぇっ!!」

ため息交じりの僕の言葉に、内村は銃を連射する。
だが、僕はそれを余裕で交わしていく。

「拳銃は確かに恐ろしいが、当たらなければ意味がないんだぞ?」
「くっ!!」

先ほどの連射で弾が切れたようで、内村は拳銃を投げ捨てた。

「結局お前はその程度の人間ということさ。 頭も心も空っぽな可愛そうな子供」
「うるさい!!」

もう完全に僕のペースだった。
内村は、僕が怒らせようと思えばいつでも怒らせ、そして行動をさせることもできる。

「こいつは俺様の女だっ!  俺はこいつを愛しているんだ! だが貴様は凡人の分際で俺様の女を盗んだ! お前だけは許さねえ。絶対に許さねえ!!」
「愛してるだぁ? 貴様のそれは愛などではない」

内村の口から出てきた見当違いな言葉に、僕は呆れ果てていた。

「貴様はただ人を自由に操りたかっただけだ。操って自分が特別であるという幻想を見たかっただけだ」
「ち、違う! 俺様は本当に心の底から愛して―――」
「では訊こう。お前は彼女がピンチの時、命を張ってでも守れるか? 自分の命を懸けてでも」

必至に否定する内村の言葉を遮った僕は、問いただす。

「そ、それは……」

内村は僕の言葉に口ごもる。
それは応えているも同然だった。

「それができずして、何が”愛している”だ。覚悟もねえくせにちんけな言葉を使うな。ガキ」
「だ、黙れ! だ、大体関係の内規様にそんなことを言われる義理は――「関係ならあるさ」――何ぃ!?」

僕の指摘に激昂する内村の言葉を遮って告げた僕に、内村は目を細める。
その姿には威圧感などみじんもなかった。

「だって、僕は平沢唯のことが、一人の女性として好きなんだから」
「なっ!?」

僕のカミングアウトに、内村は目を見開かせて固まった。
僕自身も不思議だった。
なぜ、このタイミングで自分の思いを告げたのかと。
だが、それは今はどうでもいい。

「僕には覚悟もある。唯がお前に拉致されたと知って、私は刺し違えることになってでも唯を助けようと思い、ここに来た。私はこれからも唯を守る。そのために、私には魔法がある」
「は、はは! 馬鹿馬鹿しい! 何が守るだ! 化け物は化け物らしく、人間の奴隷になっていればいいんだっ!!」

僕の決意を、内村は笑い飛ばし暴言を吐く。

「私は変化を恐れた。自分が最強の座から転落すると思ったからだ。魔法だけが私の存在意義。それを失うのを恐れた」
「はぁ? いきなり何を言ってんだぁ?」

僕の独白に、内村は小ばかにしたような表情を浮かべるが、僕はそれを気にせずに続けた。

「でも、平沢唯という存在がそんな僕を変えてくれた。僕の存在意義を新たに作ってくれた。魔法に代わる新たなる意義を。だから、僕は変わる。これまでの自分を捨ててでもっ! そして―――」

僕はそこで言葉を区切った。
そしてこれまで封じてきた自分の力を解放する。

「この一撃がその証! 過去の変化を恐れた弱い自分への別れのレクイエム。そして新たな自分になるという決意! 貴様が平沢唯のことを本当に愛しているというのであれば、この一撃! 受け止めて見せろ!!」
「じ………上等だぁ! この俺様こそが平沢唯を愛するに足りる存在だと証明してやらぁ!!」

僕の誘いの言葉に、内村はうまく乗ってきた。
彼は大きな勘違いをしている。
奴は僕の魔法を防げると”思い込んで”いるのだ。
僕の魔法を”完璧に”防いだものは一人もいないのに。
僕の雰囲気に飲み込まれそうになりながらも、言い返せたのは彼なりのプライドだろうか?

(まあ、いいか)

僕はその一言で考えるのをやめた。
そして僕は杖状のクリエイトを内村に向けて構える

「永劫の闇よ。我が力に応えよ」

それが始まりだった。
それは数十年ぶりに紡ぐ、魔法の呪文。

「我が名の下に、集え」

それはかつて最凶と呼ばれた魔法。

「全てを滅ぼし、全てに裁きを下す審判の闇よ。我の名の下にかの者に裁きを与えたまえ」
「ひぃ!?」

僕が内村を見据えると、怯えたような表情を浮かべた。
僕の体中に言葉にはいい表せないほどの力が込み上げてくるのがわかった。
それは、僕の心を侵食しようとする。
でも、僕はそれに耐える術を知っている。
この僕こそが、闇を纏う魔法使いなのだから。

「闇を纏いし魔法使い、高月浩介が命じる。咎人に破壊という名の裁きを下せ! ダーク・ラスト・ジャッジメント!!」

ついにそれは放たれた。
死神に魅入られた魔法とも言われたそれが。
それを喰らって生還したものは0と言われた凶悪な力が。

「ぐ、ぐぐ……どうだ! 防いでるぞ! 俺様はお前の魔法を防いでる!!」

確かに、防いでいるという表現は正しいだろう。
現在、内村を覆うように守る何かは、僕のダークラストジャッジメントと拮抗している。
だが、それはあくまでも”均衡”状態にあるだけだ。
つまり、

「なっ!? ひ、ひびが?!」

ゆっくりとだが、内村を守る何かに小さなひびが入り始める。

「あんたが言っているそれは、確かに魔法攻撃から身を守ることができる。だが、”常時ではない”。それはあくまでも、一時しのぎでしかない」
「な、何を言って――」
「つまり、いずれそれは破れるということさ」

それだけを告げて、僕はその場をジャンプすることで、結界に覆われている唯の前に着地した。

「浩く―――」
「舌噛むから話すな」

僕の名前を呼ぼうとする唯に、告げると勢いよく飛び上がった。
天井が抜け落ちているので、外まで飛び上がることができた。

「兄さん!」

外まで飛び上がったところで、待機していた久美が空を飛んで近づいてきた。

「久美、唯を」
「任せて! ちゃんと家まで送るわ」
「浩君――――」

唯が何かを言いかけるが、それよりも早く久美は唯の家へと向かっていったため、僕には聞き取ることができなかった。
そしてそれと同時に、爆音が響き渡るのであった。










「……ぁ……ぅ」

トドメの爆発によるダークラストジャッジメントの余波が止んだのを確認した僕が、再びあの廃工場に戻るとそこには地面に倒れている内村の姿があった。
着ている服はいたるところが切り裂かれており、赤い物も見える。
完全に満身創痍の状態だった。

「あの一撃を受けてもなお生きているのは、運がいいな」

虫の息ではあるが、まだ息があることに僕は驚きを隠せなかった。

(まあ、久美に作らせた防御特化型のマジックアイテムのおかげだろうけど)

久美に老婆の姿に変装してもらい、あらかじめマジックアイテムを渡しておいたのだ。
それはこのアイテムの特徴を伝え、内村の絶望に染まった顔を見るためだ。

「さて、お前には二つの道がある」

虫の息の内村を見下ろしながら、僕はそう告げる。

「お前は自分の好きな道を心の中で応えろ」

僕はそう告げるとクリエイトを彼の体に当てる。
それによって、彼の心の声が一気に流れ込んできた。
その声は”殺す”や”許さない”といった負の感情が主だった。

「まず一つ目。このまま死にゆくのを待つ」

僕の言葉に”死にたくない”、”いやだ”と言った拒絶の言葉が入り込んでくる。

「そして二つ目。改心し、第二の人生を過ごす」

その案件に、内村の”それがいい!”、”頼む、助けてくれ!”と言った懇願が聞こえてきた。
その姿は、まさしく哀れだった。

「心得た。お前の選択した道の先に、命運が有らんことを」

僕は祈りの言葉を継げながら、剣を上空に掲げた。
”何をする気だ”
今度は怯えが込められている声が聞こえた。

「さようなら、内村竜輝」

僕はお別れの言葉を紡ぎながら、剣で内村の身体を躊躇もなく貫くのであった。

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第83話 探偵現る

徐々に昼が短くなるこの季節。
僕はある問題を抱えていた。

(やっぱりついてきてる)

背後をついてくる人物がいることだ。
誰なのかはわかっている。
おそらくは田中探偵事務所の者だろう。
早い話が尾行されているということだ。
だが、僕はその鼻孔にすでに気づいていた。
この僕を尾行し始めて今日で3日目。
よく粘るなと感心してしまうほどだ。

(だがまあ、そろそろ頃合いだろう)

僕は今日でこの無意味な鼻孔をやめさせるつもりだ。
そのために、僕は人気のない場所に向かっているのだから。

(さて、そろそろかな)

心の中でそうつぶやいた瞬間だった。

「うわ!?」

何かに躓いた僕は、転びそうになるが何とかそれを防ぐことに成功した。

「あぁ!?」

だが、手に持っていた新聞で包まれた花瓶を落としてしまった。
ガラスの割れる音が、花瓶がどうなったのかを十分に物語っていた。

「やっちゃった」

この日、たまたまいい花瓶を見つけた僕は、家に飾ろうと購入しておいたのだが、それが仇となってしまったようだ。

「ここなら、人目もないし……」

周囲を見渡してみるが、人影は特に見当たらなかった。
探偵はいるようだが、見えないようにすればばれないだろう。
そう判断した僕は地面に無残にも落ちている花瓶に向けて手をかざした。

「リペア」

たった一つの呪文だった。
花瓶はまるで巻き戻したかのように元に戻っていき、最終的には僕の手のひらに収まった。

「よし、これで――「嘘だろ!?」――ん?」

大丈夫だと言いかけたところで、後ろの方で男の驚きに満ちた声が聞こえた。

「な、何か?」
「今、花瓶が……」

驚きか、それとも興奮か走らないが口をパクパクさせ手を花瓶と僕に向けて交互に指していた。

「この花瓶がどうしたんですか?」
「割れた花瓶を、今魔法で!」
「魔法みたいにいい花瓶なんですよ?」

しっかりと見ていたようで、声を上げる探偵の人に、僕は誤魔化すように口を開いた。

「いや、違う。俺は見た……お前人間じゃないだろ!!」
「ちょっと、大きな声を出さないでくださいよ! 人に聞かれるじゃないですか」

大声で叫ぶ探偵に、僕は慌てて懇願した。

「だったら、素直に認めろ。お前は人間ではない」

(面倒くさいな)

遊びで相手をしていたが、そろそろ鬱陶しくなってきた。

(どこかに行ってもらおうか)

外国はかわいそうなのでこの近辺でいいだろう。
僕は手の平に魔法陣を描く。

「リブルト」

そしてたった一言呪文を唱えた。
次の瞬間、探偵の姿は無くなっていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


日本某所にある小さな事務所。

「俺は2枚交換だ」
「なら、俺は3枚だ」

アンティーク調の家具に囲まれたその一室に壁に立てかけてある『人情』という文字が書かれている額縁という異様な空間に、3人の男の姿があった。
手下と思われる二人はトランプ(おそらくはポーカー)をし、社長椅子に腰かける黒ひげを生やしたおそらくは頭であろう男は、デスクの上に置かれた何かに目を通していた。
ここは、とある暴力団の事務所なのだ。
だが、普段はとても優しい人たちだ。
人情に厚く義理堅いのが彼らだ。

「お前は人間ではない! ………あれ?」

そんな一室に現れたスーツを着込んだ田中が現れ、一番偉いであろう社長椅子に腰かけた男を指差して大声で告げた。

「あぁ?」
「あれ?」

突然の侵入者と、余りにも無礼なその言葉に組員たちの怒りは爆発した。
一瞬で二人に挟まれる田中。
がっしりとした体格の良い手下の男は、指の関節を鳴らしながら、田中をにらみつける。

「やれ」
「のぉぉぉぉぉぉ!!!!」

頭の一言で、田中は組員からの手荒い洗礼を受けることとなった。
そう、彼らは怒らせると非常に恐ろしい暴力団なのだ。


★ ★ ★ ★ ★ ★


今日は学校も部活も休みだ。
こういう日は、買い物をするのに限る。
そう言うわけで、この日は町一番の大型スーパーにやって来ていた。

(食用酒でも買おうかな)

そう思い、僕はお酒のコーナーへと向かっていく。

(それにしても、やっぱりついてきてる)

後ろの方をつけてくる探偵の気配を僕は察知していた。

(やはり近場はダメか)

懲らしめるつもりだったが、近場ならば大して懲らしめることはできないのではと思った瞬間だった。

(とはいえ、このまま追いかけっこを続けるのもいやだし……話しますか)

僕は探偵と話し合おうと考え、角を曲がると反転して探偵が来るのを待った。

「っ!?」
「さっきから人を付け回してますけど、何の用ですか?」

突然目の前に現れた僕に驚く探偵に、僕は用件を尋ねることにした。

「俺の尾行に気付くとは、さすがは人間じゃないな」
「あんなバレバレな尾行、誰でもバレますよ」

ため息交じりに反論をする僕をしり目に、探偵は僕のほうに歩いてくる。

「この間は良くもやってくれたな。おかげで俺はやくざにボコボコにされたんだぞ」

(なぜにやくざ?!)

探偵の言葉に、僕は思わず驚いてしまった。
飛ばした先は適当だったが、そういう場所に飛ばされるというのはある意味すごい奇跡なのかもしれない。

「俺はな、とある人物からお前を調べるように依頼された探偵なんだよ。いいのかな? このことを報告しても」
「報告されて困るようなことを、僕はしてませんよ」

男の脅迫に、僕はとぼけながら言い返す。

「魔法使いだってことも?」
「魔法使い!? 探偵さん、童話の読みすぎですよ」

探偵の言葉を笑い飛ばしながら否定した。
これは僕にしてみれば言い交し方だという自信がある。

「俺、童話は読まないんだけど」

だが、男の切り返しも非常に鋭かった。

(だから魔法使いの怖さを知らないのか)

男の無謀さの理由が、僕にはなんとなくわかったような気がした。

(それなら、もう一度ボコボコにしてもらいますか)

「もうすでに証拠は揃えてるんだ。これをあの方に報告してその後に世間に言いふらしてやる。今度こそ―――」
「リブルト」

僕はこの間と同じ場所に男を転移魔法で飛ばした。


★ ★ ★ ★ ★ ★


日本国内にある暴力団事務所。

「穴に落ちて一回休み!」
「ちくしょう!」

この日も、事務所内は和やかな雰囲気に包まれていた。
ちなみに、手下の二人がしているゲームはすごろくのようだ。

「その時に後悔するのはお前だっ!!!」
「あぁ?!」

そんな雰囲気をぶち壊すように突如現れ頭に向かって指をさしながら大声で告げたのは、また田中だった。

「あ、あれ!?」

手下の二人は、素早い動きで田中を挟むように移動すると指の関節を鳴らす。

「ど、どうぞ!」
「どうも」

そんな時、田中は偶然手にしていたお酒を、頭の男に差し出した。

「やれ」
「ぅそぉ」

頭の指示でさらに距離を詰める二人に、田中は絶望に染まった表情を浮かべた。

「のぉぉぉぉぉぉお!!!!?」
「てめぇ、ふざけるなよこの野郎!!」
「いい加減にしろ!!」

前回よりもバイオレンスな洗礼を、田中は受ける羽目になるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


明日もまた休日。
だが、僕に気の休まる時はない。
次に開かれるH&Pのライブなどのプランを考えたりする必要があるのだから。

「ん? 電話だ」

そんな時に鳴り響く携帯電話に、僕は相手が誰だろうと思いながら出ることにした。

「はい、高月です」
『この間は良くもやってくれたな!』

電話口から聞こえてきたのは探偵の男の声だった。

(まだ懲りてないのか)

その執着心には、敵ながら称賛の声を送りたくなってしまう程に強かった。

『貴様のことを世間にばらしてやる。これでお前はおしまいだぁ!!』

(またボコボコにされて、壊れたか……いや、本性が出てきたというべきかな)

さすがは生きる価値のない男と関係を持っている探偵なだけはある。

「分かった。何が望みだ? 金か?」
『そうだなぁ……まずは車が欲しいな。それと大金に不老長寿だ』
「………」

思わず罵声をあげそうになるのを、僕は必死にこらえた。
これが、人間の愚かさというものだろうか。

(反人間派が出るわけだ)

こういう人しか会わなければ、きっと僕もそうなっていたかもしれないのだから。
そう思うと、僕がどれだけ恵まれていたのかがわかるような気がした。

「分かりました。ですが、電話越しではうまく出せるかわかりません。なので、実際に会ってお渡ししたいんですが。場所を指定してもらってもいいですか?」
『いいだろう。ではお前の家の近くの公園に来い』

それだけ告げて、電話は一方的に切られた。

「…………」

不通音を聞きながら、僕は目を閉じる。
だがすぐに目を開けた。

「さあ、行くか」

そして、僕は男との待ち合わせ場所に向かうのであった。










公園には夜遅いせいもあってか、人の気配は一切なかった。
だが、公園の街灯付近にそいつはいた。

「来たな」
「お待たせしました」

仕度を済ませてきた僕は、待たせていた探偵の男に詫びを入れる。

「まあいい。感じが出てるじゃないか」
「ええ。成功させるために必要ですから」

僕は杖状のクリエイトを構える。

「それじゃ、いきます」

男の前に立った僕は、そう告げると杖の先を男に向けて構えた。

「グラビティ・プレス」
「がっ!!?」

僕がつむいだ呪文によって、男はまるで地面に縫い付けられるかのように地面に這いつくばる。

「ぎ、ぎざまぁ、なにをじだぁ!!」
「グラビティ・プレス……対象の重力を重くすることによって動きを封じ込める魔法。貴様のような雑種にはぴったりだ」

僕は男に懇切丁寧に、今掛けた魔法のことを説明した。

「だ、騙したのかッ」
「そもそも、お前の願うような魔法など、この世には存在しない。存在したとしても誰が貴様のようなゴミに魔法を使うか」

魔法とは奇跡を起こす力。
不老長寿の魔法など、おとぎ話に過ぎないのだ。
魔法でお金は増やせるが、それはただのコピーでしかない。
人間が描いたむなしい夢なのだ。

「畜生! こうなれば、こいつを使って、やる」
「防犯ブザーか」

かろうじて動かせた男の手にあるのは、防犯ブザーだった。
紐を抜くと大音量でアラームが鳴り響く代物だ。

「これで人がやってくるっ」
「無駄だと思うよ」

男の目論見を、僕はバッサリと斬り捨てた。

「だって、この空間結界に覆われていて外からも内部からも僕たち以外には入ったり出たりすることも干渉することもできないから」
「は、ハッタリを」

男はそう言うが、これは本当のことだ。
もうすでにこの公園は隔離結界魔法によって完全に隔離されていた。

「おかしいと思わない? まだ人通りがないとは言えない時間帯なのに、人っ子一人通らないなんて」
「…………」

僕の指摘に、男の顔が青ざめていく。

「ではご紹介しよう。僕の誇る優秀な部下たちをね」

僕が右腕を上げた瞬間、男を取り囲むように数十人の魔法連盟の職員が姿を現した。

「ひぃ!?」
「いやぁ、我が国はね今反人間派がうっぷんをためすぎていて爆発寸前なんだよ。お前という存在でそれを鎮静化させようと思ってな」

その職員たちの迫力に、悲鳴を上げる男に僕は肩をわざとらしく竦めながら男に言った。
僕の計画は、この男を利用して国民の人間に対する攻撃感情を柔らめるというものだった。
一度憂さ晴らしをすれば、冷静になるだろうからその際に話を詰めていくのだ。

「いいことを教えてやるよ」

僕は地面に這いつくばっている男の前でかがみこみながらそう切り出した。

「僕は、最初からお前の尾行には気づいていた。気づいていて”わざと”魔法を使ったのさ。お前に弱みを握らせるためにね」
「ッ!?」

僕の告げた真実に、男は歯をカチカチと鳴らしながら震えていた。

「目的は貴様を生贄に、人間と魔族の共存を進めるため。貴様らのようなゴミを掃除できて一石二鳥だ」
「ぁ…………ぁ」

僕の言葉に、男はさらに震える。
そんな彼に止めを刺すように、僕はこう告げた。

「お前は手と手を取り合うきっかけを作る事しか価値のない、哀れな男なんだよ」
「ぁ――――――――――」

その言葉を告げた瞬間、男の目から色が抜けた

「|精神崩壊《マインドブレイク》を確認。罪状は倫理規定法違反、および脅迫罪。連行しろ」
「はっ!!」

僕の指示に、職員は敬礼をしながら応じると、男の腕をつかんで転移魔法によって僕の前から姿を消した。
残されたのは、僕と久美の二人だけだった。

「兄さんも残虐だよね」
「そうか?」

久美の言葉に、僕はとぼけながら応じた。

「わざと人間の心を破壊するなんて」
「それくらいしても罰は当たらないだろ。奴はそれ相応のことをしたのだからな」

僕のあの言葉は、男の精神を破壊させるための物だった。
それを人は精神干渉魔法といい、僕はこの魔法に掛けては群を抜いて強い力を持っていた。
僕がその気になれば、先ほどのように心を破壊することができるのだ。

「人間は意思のない人形のようなもんだ。操ろうと思えば簡単に操れるし、破壊しようと思えば簡単に心を破壊できる」

僕は最後に”まあ、そこがいいんだけどね”と続けた。

「さて、そろそろ大詰めに入るよ。久美も準備の方、頼むよ」
「任せて」

僕の言葉に、久美は力強く答えて僕の前から立ち去ろうとするが、ふとその足を止めた。

「ねえ、兄さん。聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」

久美の切り出した言葉に、僕は先を促した。

「兄さんがそこまで躍起になって財閥を滅ぼそうとするのは何のため?」
「いきなり何を言うんだ?」

久美の疑問の言葉に、僕は軽く笑いながら返した。

「だって、兄さんはこれまで何をするにも目的があったはずでしょ。今回の目的は私にはどれも後付けのようにしか思えないの」
「……………何が言いたい」

久美のもったいぶった言い方に焦らされているような感覚を受けた僕は、思わず声のトーンを低くして言い返した。

「兄さんが、ここまで力を入れるのは、軽音部の皆のため? それとも、唯さんのため?」
「ッ!!」

思わず唯の名前に僕は反応してしまった。
鼓動が速くなる。

(………そうか)

そして僕は理解した。
僕自身の気持ちを。
ここまで行動をする本当の理由を。

「僕が、ここまでするのは―――――」

そして、僕は久美に告げるのであった。
僕がここまでする本当の理由を。
自分の本心を。

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第82話 静かなる攻防

夜、某所にある豪邸にて。

「あぁ!? 圧力が効かねえだぁ?!」

広々とした寝室と思わしき部屋に竜輝の怒鳴り声が響き渡った。

『も、申し訳ありません。ですが、これ以上圧力をかけても無駄です』
「ああもういい!」

竜輝はそう吐き捨てると電話を切った。

「おのれ、高月浩介……こうなったらとことんやってやろうじゃねえかぁ!」

竜輝は再び電話をかける。

「俺だ」
『これは、竜輝お坊ちゃま。いかがなされましたか?』

電話に出たのは男性のようだった。
竜輝は電話口の男に容赦なく命令を与えた。

「琴吹グループの株を明日中にすべて買い取れ! 買い取ったら経営陣を追い出せ。いいか、明日中にだ!」
『かしこまりました』

それは企業買収の指示だった。

「貴様のせいで周りがどんどん不幸になっていく。その悔しさ、無力さを思い知れ!! ガハハハハ」

竜輝は勝ち誇ったように笑う。
だが、彼は知らない。
竜輝が喧嘩を吹っ掛けている相手がどれほど残虐で、恐ろしい人物であるかを。
そして、この行動がどのような結果をもたらすのかを。










ターゲットが動き出したのは僕が協力をしてほしいことを頼んだ次の日だった。

「おい、高月浩介」
「………何だ?」

いつものように通学しているさなか、内村から声を掛けられた。

「お前、俺様の忠告を無視したな」
「忠告も何も、私は貴様のような奴の命令を聞くつもりはない」

そう告げて奴の横をすり抜けようとした時、内村は小さな声で告げた。

「貴様のせいで周りにいる奴が不幸になるぞ。楽しみにしておけ」

そのまま勝ち誇った様子で立ち去る内村。

(さて、その不幸とやらを見せてもらおうか)

だが、その脅しにも僕は動揺などはしなかった。





変化は唐突だった。
それは昼休みになってから少ししてからのことだった。

「高月君!!」
「ッ?!」

突然教室中に響き渡る叫び声にも近い声に、僕は思わず直立不動で立ち上がってしまった。

「ちょっと、こっちに来て」
「あ、ムギ! 引っ張るな!!」

僕は血相を欠いたムギによって、無理やり教室から連れ出されるとそのまま廊下を走って階段を下りてさらに走り出す。

「いい加減に落ち着け!」
「……っ!」

僕の一喝で、ようやく落ち着きを取り戻したのか、ムギは走る速度を落として僕の腕を握りしめていた手の力を弱めた。

「それで、何があったんだ?」
「これを見てっ」

そう言ってムギから手渡されたのは、経済ニュースのトピックスだった。
そこにはこう記されていた。

『内村財閥、琴吹グループを買収か?』

(来ると思ってたけど、本当にやってきたか)

成金の権力を持つバカがやることと言えば圧力に買収などの嫌がらせだろう。

「私、どうすればいいかわからなくて」
「安心しな。僕は奴らよりも百歩先を行っている。既に手は打ってある」

当然想定済みなので、策は打ってあった。

「放課後になったら結果が出るはずだから。この間のお願い、くれぐれも忘れないで」
「うん、浩介君を信じる」

僕の言葉を信じたムギに、僕は頷くことで相槌を打った。

「ほら、早く行かないと昼休みが終わるよ?」
「あ、本当だ。それじゃ放課後」
「ああ」

去っていくムギに手を振りながら僕は彼女を見送った。

「にしても、墓穴を掘るとは言うが、本当に墓穴を掘ったな」

僕はそうつぶやきながら携帯電話を取り出すとある場所に電話をかける。

「私だ。例の件はどうなっている?」
『はい。こちらはすべて順調です。貴方に言われた通りに行っております。このままいけばこちらの勝利で確定でしょう』

電話先の男性の報告に、僕は心の中でガッツポーズをしながら頷いた。

「ご苦労。そのまま、作業を続けて」
『かしこまりました』

そして僕は電話を切る。
現在電話先の男を含め数十人が、琴吹グループ買収を阻止するべく行動を起こしているのだ。
そして僕の想像通り、放課後にはすべて片が付いているだろう。

(さて、次向こう側が打ってくるであろう手を考えますか)

僕は次なる手を考えながら教室へと向かうのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


同日の夜、内村家にて。

「は? もう一度言って、ママ」

自宅に戻った竜輝は、突然告げられた言葉が理解できずに、母親に聞きかえした。

「ですから、内村財閥が消滅したのよ!」

告げられたのは衝撃的な内容だった。

「そんな馬鹿な! 俺様の財閥が消滅だなんて! 事実なのよ! 株主たちが株を別の会社に売ってその会社に乗っ取られたのよ!!」
「パ、パパは!? パパはどこに?!」
「今、急いで株主の所に行って株を買い戻すように頼んでいるわ」

内村家は朝まではいつもの勝ち組から、一気に負け組の座へと転落することとなった。

「でも安心して竜輝。まだ、我が家には隠し資産が数十億あるから」
「そ、そうか。明後日には再建できるだろ」

母親の言葉に、竜輝も平静を取り戻した。

「さあ、お夕食を食べて寝なさい」
「ああ」

話はここで一度終わったかに思えたが、さらに転落は止まらない。
翌日、内村家の両親は賄賂や脅迫などの罪で逮捕された。
彼に関係する政治家や暴力団関係者も次々に摘発されていく。
徐々に徐々に、彼はつながりを失っていくのだ。
そして二日ほどして、竜輝は家を追われた。





とある工業団地内にある3階建ての廃工場となった建物。
そこは夜になれば人通りは皆無となり、絶好の潜伏場所となっていた。
廃工場になったのは、数十年前にある事故が発生したためであるとされている。
そこに竜輝は身を潜めていた。

『もう私には連絡しないでください。貴方とはもう手を切ったのですから』
「あ、待て! ……ちくしょう……ちくしょう……畜生!!!」

かろうじてつながる電話で、かつて便利屋のように使っていた男から拒絶された竜輝は、毒づく。

「どういうことだ。この俺様がどうしてこんな目に合うのだ!」

ついに彼は、何もかもすべてを失ったのだ。

「お坊ちゃま、ここにいましたか」
「あん?」

そんな中、竜輝に声を掛けたのはスーツを着込んだ中年男性だった。

「田中」
「このたびは大変な目に合われたようで」

同情の言葉を投げかける田中と呼ばれた人物に、竜輝は威圧的な目で睨みつける。

「私は、お坊ちゃまの味方です」
「はん! そうだ、それが正しい。またすぐに返り咲いてやるさ」

ようやく得たつながりに、竜輝の威勢が取り戻されたのだ。

「おい、こうなった理由は分かったのか?」
「ええ。お坊ちゃまが琴吹グループを買収し始めたのと同じタイミングで、ある企業が株主たちに高額な金を払って株を売らせたのです」

調べておいたのか竜輝の問いかけに答える田中が、事の真相を語った。

「その額、株を売った際の金額が最大で5億、それにプラスで毎年1億だそうです」
「な、なんだと!? どうしてそんな大金を株主に配当ができるっ!! その企業は何者だ!!」
「こちらです」

その高額すぎる金額に、驚きを隠せない竜輝は田中を問い詰める。

「ムーントラフィック? なんだ、この会社は」
「貿易会社だそうです。色々な技術を様々なところに低価格で販売する企業だとか」

ムーントラフィックこそが、今回の内村財閥の転落劇の幕を開けた張本人だった事を知った竜輝は、さらに核心に迫る。

「代表は誰だ?」
「それが、お坊ちゃまと同学年の学生です。名前が”高月浩介”となってます」

その名を聞いた瞬間、廃工場内に大きな音が響き渡った。
それは竜輝が近くにあった鉄材を蹴り飛ばしたからだ。

「ちくしょう! あの野郎っ!! そう言うことかっ」

竜輝はこの時初めて、浩介の言葉の意味を理解した。

『あまり私たちにケンカを売らない方がいいぞ?』

(そう言う意味かよ。だが、貴様はこの俺様を怒らせた! こうなれば地獄の底まで突き落として俺様と同じ目に合わせてやるっ!)

浩介に対して身勝手な恨みを抱いた竜輝は、口を開いた。

「おい、田中」
「はい。何でしょうか?」

そして、竜輝はそれを告げる。

「奴の……高月浩介に関する弱みを調べろ。脅せられるのであれば何でもいい」
「かしこまりました」

竜輝の命令に、田中は一礼すると、廃工場を去っていった。

「この俺様に惨めな思いをさせた罰、受けてもらうぞ。ガハハハハハ!!」

しばらくの間、廃工場から竜輝の不気味な笑い声が響き渡るのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


数日ほど経った10月になって間もないある日の放課後のこと。
僕たちはいつものようにティータイムの時間を過ごしていた。

「それにしても、まさか内村があんなことをするなんて」
「企業買収でのいやがらせ行為は、権力を持ったバカがやる行動だからな。真っ先に思い付いていたんだよ」

律の言葉に、僕はため息交じりに相槌を打った。

「他にも唯たちの両親の働く会社に妨害をする可能性を考慮していたけれど、どうやら琴吹グループだったようだし」
「あの、浩介先輩」
「何? あずにゃん」

そんな中、神妙な顔で聞いてくる梓に、僕は用件を尋ねた。

「一体浩介先輩は何をしたんですか?」
「目には目を歯には歯を。その理論に基づいて、逆に内村財閥を買収してやったんだよ」

僕が行ったのは実に単純なものだった。

「でも、財閥の買収は不可能だって……」
「え、そうなの?」

ムギの言葉に、唯が反応した。

「うん。いくつもの会社が一つにまとまったような感じで、買収するのは不可能だって言っていたわ」
「だから、それらの会社を一斉に買収したんだよ。株主に莫大な報酬を支払うことを約束してね」

普通ならば、財閥を買収することは不可能だ。
だが、僕は不可能を可能にすることができる。
経済での企業買収でものをいうのは、やはり資金だ。
幸い僕にはその資金はあまるほどあった。
なので、それを利用したのだ。

「ちなみに、おいくらくらい?」
「えっと………5000くらいかな」

単純計算ではあるが大体はそのくらいの費用はかかっているはずだ。

「それって、億単位じゃないよな?」
「もちろん。兆単位です」

本当はさらに値段がかさむのではないかと覚悟していたが、わりと安く済んでくれたので、よかった。

「ということは、内村財閥のすべての経営権が浩介の手の内に!?」
「そんなわけはないよ。個人でできることなんてたかが知れてる。買収を仕掛けたのは立派な会社だよ」

そう言いながら、僕は一枚の名刺を机の上に置いた。

「えっと……ムーントラフィック会長ぉ!?」
「僕、学生と会社の会長を兼任していたりするから」

僕の名刺を見た澪が、衝撃のあまりに語尾を荒げた。

「ムーントラフィックって、確か貿易会社だったよね?」
「表向きはね。さまざまな技術を格安で販売する企業。その真の顔は僕たち魔法使いの中継をする施設」

僕が行く世界(もちろん魔法文化なしだが)で長期間滞在する場合は、このような企業を設立することによってサポート体制を整えているのだ。

「もう何でもアリだよな」

律のどこか呆れたような言葉が、皆の心境を物語っていた。

「この会社の重役はすべて魔法連盟の職員だから、魔法関連に対する相談なども受け付けているし、一種の司令塔のような感じにもなっている。僕はそこで会長職として、会社の経営をコントロールしているんだ。今回の買収も、僕が部下に指示を出して職員総動員でやらせたから、功労者は部下だと思うよ」
「へぇ、浩君ってすごいんだね」

分かったような、わかっていないような、微妙は反応をしながら感想を口にする唯。

「それで、内村先輩は今どうなってるんでしょうか?」
「家も追われているはずだから今までのように不自由の無い生活はできないだろうな」

企業買収の後は本当にあっけなかった。
彼と深くつながっていた政治家を工作課の人に命令を出して逮捕させたりして、無力化していくのはとても簡単だった。

(まあ、まだ一か所残してあるんだけどね)

内村と深くつながっている人物で”田中探偵事務所”というのがある。
そこは内村が相手を蹴落とす材料を探させるために利用する、一種の情報屋のような存在だ。
そこを残したのは、まだすべてを終わらせるわけにはいかないからだ。
近いうち、彼は必ず報復行動を起こす。
それのシグナルとして探偵事務所を利用するのだ。
彼が動き出せば内村がついに行動を起こしたということになるのだから。
そして、そのためのエサも十分に用意している。
後は、彼が動き出すだけ。

「それよりも、この前の約束は忘れてないよな?」
「ええ、もちろん」

僕の確認の言葉に、ムギを筆頭に全員が頷いて答えた。





それは、この間久美が来た時のこと。

「それは一体何? 浩君」
「それは、内村に対して交渉のようなことを持ちかけないこと」

唯の問いかけに、僕はそう告げた。

「どういうことだ?」
「奴のような人種に交渉を持ちかけても無駄だ。逆上して危害を加えたり、辱めを受ける可能性があるということだ」
『っ!?』

久美以外の全員が僕の言葉に息をのんだ。

「僕はこれまでにそう言う人物を多く見てきた。だから言っている。絶対に交渉を持ちかけてはダメ。向こうが何をしてもこちら側で全て対処はする。だから、絶対に皆は行動を起こさないで。それが条件。約束できるか?」
「うん。分かったよ! 浩君」

唯をきっかけに、次々と頷いていく澪たち。
このおかげで、僕は思うように動くことができたのだ。
そうでなければ、現在はとんでもない事態に発展していたかもしれない。
この頼みは不幸な結末をたどった事例を多く見たからこその物だったのだから。
唯たちにそのような結末を辿ってほしくはない。
それが僕の思いだった。





「あの時の約束だけど、様子見でもうしばらく継続させる」
「それって、まだ終わりじゃないということ?」

澪はさすがに鋭い。
だが、本当のことを言うわけにはいかなかった。

「そう言うわけじゃないけど、念のためだ」

だからこそ、嘘でも本当でもないグレーゾーンの答え方をしたのだ。

「本当に終わってるといいですよね」

梓のその言葉が、今後のことをなんとなく示唆しているような気がした。

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