日曜日、いつもいる駅から電車で向かうこと数十分で、目的地に到着した。
「今はメール画面を見せるだけで入場できるとは、便利になったもんだ」
慶介曰く、”このメール画面を受け付けの人に見せるれば入場できる”とのことだった。
なんでも”きゅーあーるこーど”なる物がなんとかかんとかと言っていたが、聞いていてちんぷんかんぷんだった。
「このモザイクのような絵にそんなものがあるのか」
僕は、メール画面にある”きゅーあーるこーど”をまじまじと見ていた。
「浩君?!」
「え?」
そんな時、ふと声を掛けられた僕は慌てて携帯電話から顔を上げて声のした方へと向けた。
そこにはいつもの私服姿の唯が立っていた。
「ど、どうして浩君が!?」
「それはこっちのセリフだよ!」
突然のことに混乱する唯に、僕も混乱しながら返した。
(ん? 待てよ……)
だが、ふとある考えが頭をよぎった。
「唯」
「な、なに?」
僕はそれを確かめるために、唯にあることを尋ねた。
「もしかして、誰かに誘われてここに来なかった?」
「う、うん。そうだよ。律ちゃんがね、女子水入らずであそぼう! って言って……浩君も?」
聞きかえしてくる唯に、僕は頷いて答えた。
どうやら、僕の考えは正しかったようだ。
「どこに電話するの?」
「首謀者」
僕は最終確認の意味を込めて、ある人物に電話をかける。
相手は数コールで出た。
「お、浩介か。どうした?」
「どうしたって……今どこにいるんだ?」
まるで何事もなかったかのように振る舞う慶介に、僕は脱力感に襲われながらも問いかけた。
「どこって、家だけど?」
「家だ? 貴様、人を誘って家はないだろ」
慶介の答えに、僕は怒りを通り越し呆れながら慶介に言い返す。
「悪い悪い。そのメールのやつ、フリーパスだから一日だけ全アトラクションに乗り放題だし、ランチの方も割引されるから、楽しんできなよ。じゃ」
「あ、おい!」
言うだけ言って慶介は電話を切ってしまった。
「ど、どうしたの?」
「…………………」
恐る恐ると言った感じで聞いてくる唯に、僕は目を閉じて考え込む。
慶介がいたずら目的でこのような馬鹿げたことをするはずがない。
唯を巻き込んだことには何か意味があるはずだ。
(なるほど……そう言うことか)
僕はようやくすべてを理解した。
「唯」
「な、何?」
ならば、僕のすることは簡単だ。
「憂さ晴らしだ。今日はいっぱい遊ぶぞっ!」
「え? えぇ!?」
僕の言葉に、驚きを隠せない様子の唯。
「ほら、行くよ! 時は金なりだ!」
「あ……」
動こうとしない唯の手を引っ張って、僕は遊園地内へと足を踏み入れた。
この時だけは、いつもの感じに戻れるような気がしたのだ。
『トレジャーランド』
そこがこの遊園地の名前だ。
最近オープンしたばかりの遊園地らしく、絶叫系アトラクションはもちろん、ホラー系のアトラクションなども完備されている。
さらに、フードコートの料理はどれも絶品らしい。
それが、僕がこの遊園地について調べた内容だ。
「唯は何に乗りたい?」
「それじゃあね……これ!」
入園する際に配られたパンフレットに視線を落とした唯だったが、彼女が選んだのは絶叫系アトラクションのコーナーだった。
「何々……『ダウンハート』か。大丈夫?」
「もちろんです! ふんす!」
なぜか気合を入れる唯に、僕はそれ以上聞くことはなかった。
そんなこんなで、『ダウンハート』に乗り込んだ僕たちだったが。
「うぅ……」
「大丈夫?」
地面にうずくまっている唯の背中をさすりながら、僕は容態を確かめる。
「大丈夫。少し休んでれば、治るから」
「全く、乗り物に弱いんだったら乗らなきゃいい物を」
思わずため息が漏れるが、いつもの唯らしく思えた。
「何か飲み物を買ってくるから、待ってて」
「うん。ありがとう」
弱々しくではあるが、僕の言葉に手を上げて応じる唯に見送られる形で、僕は飲み物をかいべく自動販売機の方へと向かっていった。
「で、次はどれにする?」
唯の調子が良くなったため、気を取り直し次のアトラクションに行くことになった。
「ここなんてどう?」
「ここって、お化け屋敷だけどいいのか?」
唯が指差したのは『絶叫! 恐怖の館ver.2』という名称のお化け屋敷だ。
”ver.2”というのは、さらに怖くさせるように改良したからだとか。
タイトルの方にそういうのを付け加えるのは、とても斬新だった。
「大丈夫大丈夫」
「ここ、3階建の入り組んだ構造をしているらしくて、迷うと軽く2,3時間は出られなくなるらしいけど」
「……………」
調べた結果を唯に説明すると、青ざめた表情を浮かべる。
「わ、私は大丈夫! 怖くない、怖くない!」
「ならば、行くか」
強がりなのか、本気なのかはわからないが、せっかくの唯のやる気に水を差すのもあれなので、僕はお化け屋敷へと向かった。
「うぅ……暗い。浩君、どこにもいかないでね」
「大丈夫だって。ちゃんとここにいるから」
薄暗い場所を歩いていると、その不気味さから唯は声を震わせながら懇願するので、僕はそれに相槌を打った。
「きゃあああ!!!」
「ッ!?」
僕は、今とてもまずい状況に置かれていた。
ここに入ってから僕の腕は唯の腕によってしっかりと固定されているのだ。
それがとても恥ずかしく、顔から火が出そうなほどだった。
「きゃああああ!!!!」
「にゃーーーーー!!!」
(ん?)
後ろの方からよく知った人物の声が聞こえたような気がしたが、僕はすぐに頭の片隅に追いやった。
(こういうのは役得なのかな?)
好きな人と手をつなげるというのは、ある意味役得なのかもしれない。
これぐらいならば、別に問題もないし、会っても許されるはずだろう。
「許さない」
「何を許さないって?」
「え? 私何も言ってない………よ」
僕の思考を読んでいるようなタイミングで聞こえてきた声は、唯の物ではなかったようだ。
ならば考えられる可能性は一つしかなかった。、
周囲を見るとお化け役のスタッフが僕たちを取り囲んでいた。
「幸せそうなカップルは許さない」
それはおそらくはスタッフの私怨だろう。
「あーーーー!!!!」
「ち、ちょっと! 引っ張らな―――ぐはっ!? 痛い、ぶつかって――――ぐぼぉっ!?」
そんなスタッフたちの迫力に驚きのあまりに、僕の腕を握ったまま走る唯になす術もなく引っ張られた僕は、色々な場所に顔や体をぶつける。
「ぎゃああああああ!!?」
この日、僕のある種の悲鳴がアトラクション内に響き渡るのであった。
お化け屋敷を後にした僕たちは、ベンチに腰掛けて休んでいた。
「ご、ごめんね。浩君」
「別にいいよ。これくらいかすり傷だから」
未だに顔が痛むが、申し訳なさそうな唯の表情を少しでも明るくするべく、僕はあえて軽く答えた。
「あ、そうだ。お昼にでもしようか。何か食べたいものでもある?」
「えっと……それじゃ、やきそば!」
「定番で来たな……分かった。買ってくるから待ってて」
僕の話題の変更に、すんなりとのってくれた唯が答えた料理名に、僕は苦笑しながら立ち上がると唯にそう告げてその場を後にした。
(いつ言おう)
焼きそばを買う途中、僕はそれだけを考えていた。
この遊園地での遊びは、いわば僕に対してやるべきことをやれと言う、慶介たちのメッセージのようにも思えるのだ。
ならば、僕はそれに応じなければいけない。
そうでないと皆に対して顔向けができないような気がするからだ。
だが、その後も僕の思いとは裏腹に、なかなか思いを告げる機会がなかった。
メリーゴーランド等のアトラクションは楽しかったが。
「もう夕方だからそろそろ終わりだね」
「そうだな……」
気づけばもう夕方。
徐々に日が短くなってくるこの季節、空を見ればオレンジ色の明かりと暗闇が見えた。
(これでいいのか? 本当にいいのか?)
このままだと、何もかもが終わるような気がした。
「なあ唯」
「なに? 浩君」
気が付けば僕は唯を呼び止めていた。
「最後にさ、あれに乗らないか?」
「あれって……観覧車?」
僕が指差した先にあったのは、観覧車というアトラクションだった。
絶叫系でもホラー系でもない特別なアトラクション。
景色を楽しんだりすることができるらしい。
「前から気になってたんだよ」
「………うん、いーよ」
僕の提案に、唯は観覧車の方を眺めていたが頷きながら答えてくれた。
こうして僕たちは最後に観覧車に乗ることになった。
「一周30分ですので、ごゆっくりお楽しみください」
係員の人にそう言われ、僕達は観覧車に乗り込んだ。
「「……」」
ゆっくりと上昇を始める観覧車内で、僕たちはただただ黙って外の景色を見ていた。
時折唯からの視線を感じる。
だが、僕はなかなか言い出すきっかけが掴めなかった。
「き、今日は楽しかったね~」
「そ、そうだな。色々あったけど」
唯の素晴らしい話題にも、僕はすぐに話を打ち切ってしまった。
(何をやってるんだろう)
ふと、自分が情けなくなってしまった。
この間は偉そうに告白して”変わる”とか言っているくせに、いざ本人を目の前にすると何も言えなくなっている自分に。
(やっぱり、化物の僕には無理なのかな?)
ふとそんなことを思ってしまう。
僕には恋愛は向いていないのではないかという禁断の思いを。
「こう―――」
唯が改めて何かを言おうとしたところで、乗っている観覧車が大きく揺れだした。
「きゃっ!?」
「危ない!」
大きな揺れにバランスを崩しそうになる唯を捕まえる。
幸いなことに揺れはすぐに収まった。
「一体何が……」
『お客様にお知らせします。ただ今、発生いたしました強風で、観覧車が緊急停止しております。運転再開まで、しばらくお待ちください』
自体が呑み込めない僕に、アナウンスが入った。
どうやら強風が吹いたせいで観覧車が泊まってしまったようだ。
「唯、大丈夫………」
「…………う、うん」
状況をのみ込めた僕は、唯の方に問いかけるが、自分の状態に思考が止まった。
僕は唯の体を抱きしめていたのだ。
「ご、ごめん」
「う、ううん。気にしないで」
慌てて離れながら謝る僕に、唯は作り笑いを浮かべながら答えてくれた。
「「……………」」
そしてまた沈黙。
でも、先ほどの態勢が僕の何かを消し去ったのだろう。
「あのさ、唯」
今度は僕から話しかけていた。
「僕、唯に言わなければいけないことがあるんだ」
「うん……」
唯の表情がこわばるのを感じた。
「僕は、唯のことが………」
そこまで言いかけたところで、僕は再び言いよどむ。
鼓動が早くなる。
だが、僕は決して歩みを止めない。
そして、僕は唯に告げる。
「一人の女性として、好きだ」
「ッ!?!?」
とうとう告げてしまったその言葉。
唯は声ならない悲鳴を上げていた。
「……………最初は、能天気で天然な変わり者だって思ってた」
気が付けば、僕はポツリポツリと口を開いていた。
「でも、何度も演奏をしたり一緒に部活動をして、気づけば僕は唯に惹かれていた。それでも、僕は自分の気持ちに気付かなかった。いや、気づかないふりをしたんだ」
「変わるのが……怖かったから?」
やはり、あの時の僕の言葉は聞こえていたようで、唯の相槌に僕は頷くことで答えた。
「でも、考えてみればそうだよね。僕みたいな化け物が、唯の彼氏になろうだなんて、どうにかしてるよね」
「え………」
本当は悲しいのに、僕は笑っていた。
冷静になって考えれば、僕のような存在が唯と釣り合うはずがない。
やはり、この思いはすべて捨ててしまったほうがいいのかもしれない。
「ごめん。今のことは全部忘れ―――――んむ!?」
それはいきなりのことだった。
僕が言い切るよりも早く、僕の唇はふさがれたのだ。
「ん……」
唯の唇によって。
それは、僕にとっては生まれて初めてのキスだった。
「……ぷはぁ」
「ゆ、唯?」
すぐに唇は離された僕は、驚きのあまりうまく言葉にまとめることができなかった。
「浩君のバカ。どうして決めつけようとするの?」
「え?」
今度は僕が首をかしげる番だった。
「浩君の想いは、簡単に諦められるものなの?」
「そんなことはないっ! 僕はまじめだ! でも―――」
「だったら、ちゃんと聞いてよ。私の言葉を」
涙ながらに唯は言葉を区切った。
そして再び僕の身体にしがみついてきた。
「私も、浩君のことが大好き!」
それは、僕が心の奥底で臨んでいた返事だった。
そしてそれは、全ての終わりを意味していた。
ただの友人としての僕と唯の関係の終わり。
そして、恋人としての僕と唯の関係の始まり。
「……浩君」
「……唯」
夕焼けに照らされる中、僕と唯は
「……んぅ」
再び唇を重ねるのであった。
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