「……」
月曜日の朝、僕は茫然としていた。
(夢?)
ふと昨日のことを思い出してみる。
確かにはっきりと覚えている。
唯に告白をしたこと。
そしてそれを唯が受け入れたこと。
僕たちが恋人関係になったということを。
「~~~~~ッ!」
思い出した瞬間、僕は恥ずかしさのあまり頭を思いっきり振った。
「………顔洗お」
未だにぼーっとした頭を覚ませるために、僕は顔を洗うべく洗面所へと向かうのであった。
「本当に夢かもしれない」
顔を洗いいつものように朝食を食べ、いつものように家を後にする。
そんな”いつも”通りの生活パターンが告白のことを夢だと思い込ませていく。
そもそも、僕が告白など大それたことができるわけないのだ。
(唯に対する好きという思いが夢になって出てくるとは……何と恥ずかしいことなんだ)
僕はどうも変に浮かれているのかもしれない。
ここは気をもう一度引き締め直す必要がありそうだ。
「ん?」
そんな時、ふと視線の端の方に平沢姉妹の姿が見えた。
「っ!」
向こうもこっちを見つけたようで、憂は丁寧にお辞儀をして挨拶をするが、その姉である唯は顔を赤らめて僕を見ていた。
(やっぱり、今日もダメか)
事態は何も解決していない。
問題をどう解決しようかと考えをめぐらせていた時だった。
「浩君!」
「うわ!?」
突然体に衝撃が走った。
それは唯が体当たりにも近い形で突進してきたからだ。
「危ないじゃない――――」
注意をしようとした僕は思わず言葉を失ってしまった。
それもそのはずだ。
なぜなら僕の腕と組むように、唯の腕に抱えられているのだから。
「おはよう、浩君♪」
「おはよう唯」
満面の笑みで挨拶をする唯に釣られるようにして、僕も挨拶を返した。
すでに僕の理解できる範囲を超えてはいるものの、一つだけわかったことがある。
(夢じゃなかったんだ)
それは、あの夢だと思っていたことは真実で
「もう、お姉ちゃん。いきなり浩介さんに抱きついたら危ないよ」
「えへへ~」
僕と唯の関係はいい方向に変わったのだということだった。
(まあ、これも夢じゃなければ……だけど)
そんな嫌な予想を立てたものの、これは夢ではないということは十分にわかっている。
「早くしないと遅刻するのでは?」
「っと、そうだった! 浩君、憂走ろう~~~!」
僕の言葉に気が付いた唯は元気よく声をあげると走り出した。
……僕の腕を抱えたまま。
「ちょっ!? 危ないから! 前もこれで痛い目にあって――――」
もう一つだけわかったことがある。
恋人になったからと言って唯の天然は変わってはいなかった。
だが、どこかに憎めないのは、恋人が故なのだろうか?
「おは―――」
「確保―っ!!」
教室に入った瞬間、何者かに体をつかまれた。
「カマンベール!!」
とりあえず、その何者かの頭にかかと落としを決めた。
「何だ慶介か」
慶介がバカなことをするのはいつものこと。
僕は特に気にも留めずに、慶介の上を歩きながら自分の席に向かう。
「いきなり激しいな」
「バカなことをするからだろうが」
数秒で回復した慶介が、僕に抗議の声を送るが僕はさらっと返した。
(前から思うけど、慶介の回復力には目を見張るものがあるな)
先ほどの攻撃もそうだが、慶介相手にはかなりの力を込めて叩き潰しているはずなのだが、数秒で元通りになるというのはどう考えても不自然だった。
(一回、慶介の身体でも解剖して調べてみようかな?)
そんな恐ろしいことを頭の中で考えていた。
「それはそうと、聞いたぜ」
「………それはいいけど、その気持ち悪い笑みをやめろ」
にやにやしながら僕に声を掛ける慶介に、僕は目を細めながら告げた。
「気持ち悪い言うな!」
「はいはい。で、一体何を聞いたんだ?」
慶介の抗議の声を適当にあしらいながら、僕は先を促すことにした。
「それはだな、浩介と平沢さんが恋人同士になったという噂だZE!」
「……………へ?」
慶介の口から出てきた言葉に、僕は思わず固まってしまった。
「いや~、この俺を差し置いて先に彼女を作るとは。くぅ~、お前もやるじゃないか!」
「いやいや、待て待て待て! なぜそんな噂が流れる!!」
軽快に笑いながら冷やかす慶介に、僕は少しばかり慌てて尋ねた。
どう考えても時間的におかしかった。
「なんでも、浩介と平沢さんが仲良く腕を組んでいるのをこの学校の生徒が見たらしいぜ? ほら、浩介ファンクラブ持ってるから、情報が早かったんだよ」
「な、なんという……それで、クラスの雰囲気があれだったのか」
教室内の雰囲気が微妙におかしかった理由が、このような形で分かるというのはとても複雑な心境だった。
(それにしても、誰に見られていたんだ?)
昨日もそれなりに警戒していたつもりだが、デートと言うことと、告白をどうやってするかで頭がいっぱいだったので、見られていてもおかしくはなかった。
「それにしても、観覧車に乗っている間に告白とはやるじゃないか。まあ、強風で観覧車の運転が止まったんだから、時間はたっぷりあったんだしな」
「まあな」
30分で一周する観覧車は、強風により運転を中止したというアクシデントによって50分かかってしまった。
まあ、それのおかげで告白することができたのだから、問題は特にはない―――――
(ん?)
その時、ふと僕の脳裏に疑問がよぎった。
慶介の言葉が、少しばかりおかしかったのだ。
「なあ、慶介。ひとつ聞いていい?」
「おう! この天才と呼ばれた男、佐久間 慶介に何でも聞いてくれ」
変に胸を張る慶介に、僕は核心をつくことにした。
「何で、観覧車が止まったことを知ってるんだ?」
「え?」
「しかも、観覧車に乗っている間に告白したことまで知ってるし」
「…………………」
僕の問いかけに、慶介は固まっていた。
それがすべてを物語っていた。
「貴様、僕たちの後を尾行したな?」
「い、いや―――」
「尾行、してたよな?」
有無も言わせない僕の問いかけに、慶介は周囲を見る。
「咎人に報いをっ! 散!!」
「うげぼるふぁ!!!?」
尾行していた慶介に、お仕置きをした僕は慶介を自分の席に座らせた。
「よし、これでいいだろう」
「高月君」
「ん? 佐伯さんか」
一作業を終えた達成感に浸っている僕に、声を掛けてきたのは佐伯さんだった。
「おめでとう!」
「……………」
頬を少し赤らめた佐伯さんのお祝いの言葉に、僕はなんとなく今日一日が大変なことになりそうな予感をするのであった。
ちなみに、これは余談だが。
「佐久間……は休みでいいか」
HRの出席確認で、気を失っていた慶介は問答無用で欠席にされていた。
「はぁ……やっとお昼だ」
「何だなんだ、いつもならぴんぴんしている浩介が珍しいな」
昼休みを告げるチャイムが鳴り響き、周りが昼食の準備をする中僕は机の上に突っ伏していた。
「当たり前だろ。休み時間のたびに質問攻めにされるのは、正直堪える」
休み時間になるとファンクラブの会員だろうか、僕の方に訊きにくるのだ。
3年から1年生まで。
そして事実を知ると卒倒(分かりやすく言うと、気絶だけど)するという光景が何度も繰り返されたのだ。
これにはさすがに堪えた。
「モテモテで何よりだな」
「こんな形のモテはいらない」
慶介の嫌味にも、僕は力なく答えるしかなかった。
「高月君、お客さんだよ」
そんな時、クラスの女子から声が掛けられた。
「また、ファンクラブの連中か」
ため息交じりに僕は席を立つ。
「浩君~♪」
「って、唯?!」
尋ねてきたのは唯だった。
唯の笑みが僕の中にあった疲労をすべて弾き飛ばしてくれたような気がした。
「いきなりどうしたんだ?」
「あのね、一緒にお弁当を食べない?」
そう言って僕の前に出したのは、二つのお弁当箱だった。
一つは唯のだとして、もう一つのお弁当箱は一体……
「あのね、私浩君の為にお弁当を作ってきたの」
「唯が?」
顔を赤くしながら頷く唯。
「あまりうまくないかもしれないけれど」
「いや、それでもいいよ。唯が作ってくれたのだったら」
「浩君……」
僕の言葉に、不安そうな表情から一転して、うれしそうな表情を浮かべる唯の頬はもう真っ赤だった。
もしかしたら僕の顔も十分赤いのかもしれない。
僕は何て幸せな……
「はっ!?」
ふと自分がいる場所に気付いた僕は、周囲を見渡す。
そこには僕に微笑みを送るクラスメイトの姿があった。
全員顔を赤くして、目を輝かせていた。
「ぢぐじょう。どうして浩介ばがりが!!」
……約一名ほどは涙を流していたが。
「場所を移そうか」
「了解であります!」
うん、全く何も変わっていない。
天然なところとかが(以下略)
そんなこんなで、僕たちは逃げるように教室を―――
「こうなったら佐伯さんと今度こそサタデーナイトフィーバーでムフフな――――ぎゃごっ!?」
出る前に意味の分からないことを喚く慶介に鉄拳制裁を施しておいた。
「それじゃ、いただきます」
「召し上がれ」
人気のない場所を探したが、結局どこに行っても人がいるので、面倒くさくなった僕はこの時期に絶好の昼食を食べるスポットとして名高い中庭のベンチに腰掛けていた。
そして僕たちは手を合わせて昼食をとり始めた。
唯の手作り弁当のふたを開ける。
「……………」
「ど、どう……かな?」
不安そうな表情で訊いてくる唯。
お弁当の内容は白いご飯に足が2本のタコさんウインナーもどき、そしてなぜか目玉焼きというどう判断すればいいのか、評価に悩むものだった。
はっきり言って見た目的には、おいしそうには見えなかった。
僕は見た目のことを忘れ、謎のタコさんウインナーもどきに手を付けることにした。
「………うん。おいしいよ」
「ほ、本当? お世辞とかじゃなくて?」
お世辞を言っていると思ったのか、不安そうな表情を浮かべ僕の方に顔を寄せながら聞いてきた。
「お世辞じゃないよ。僕は世辞が苦手なの。見た目はあれだけど、とてもおいしいよ」
「ありがとう、浩君♪」
最初に見た目のことを悪く言っておいたことで本当のことだと思ったのか、唯は満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ……」
「え、ちょっと!?」
何かを思い立ったのか、唯は唐突に僕の手からお弁当箱を取り上げた。
「はい、あーん」
「ッ!?」
その時、僕はとんでもない現場を目の当たりにした。
笑みを浮かべたまま、僕に差し出されるのは残っていたタコさんウインナー。
(これが噂の”はい、あーん”か。カップルの十八番とは聞いていたけれど、本当だったんだ)
僕も僕で感心する方向が微妙にずれていた。
「あ、あーん」
しかし、食べる側としてはとても恥ずかしい。
「どう?」
「うん。おいしいです」
「えへへ~」
分かったことがある。
食べさせてもらうと、どのような料理もさらにおいしくなる物だということが。
「それじゃ、次は浩君の番!」
「了解。それじゃ、これで行こうか」
僕に差し出された自分の箸を受け取った僕は、目玉焼きを手にする。
「はい、あーん」
「あ、あーん。はむ……おいしい♪」
恥ずかしげに口を押えながら味わっていた唯は笑みを浮かべる。
「でも、なんだか恥ずかしいね」
「バカ言え。これ、やる方もかなり恥ずかしいぞ」
変な発見をした僕たちは、その後”普通に”昼食をとるのであった。
「あの、浩介先輩」
「何?」
放課後、いつものように部室でティータイムと洒落こんでいると、向かいの席に座っていた梓が声を掛けてきた。
「浩介先輩と唯先輩は、付き合っているんですか?」
「ッ!?」
いきなりの問いかけに、思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「な、なぜに!?」
「もうクラス中で噂になってますよ? 昼休みに食べさせあいっこをしていた……とか」
顔を赤くして僕から顔をそらせながら答える梓に、僕はすべてを悟った。
どうやら、昼休みの一件はいい意味でも悪い意味で周囲に知らせるきっかけになったのかもしれない。
(通りで午後から質問する人が来ないわけだ)
知られさえすれば、確認すること自体が無駄になるのだから。
きっとファンクラブの人が直接見たことが大きいのかもしれない。
「そうだぜー。観覧車の中で熱烈な告白をしたんだぜー」
「まあまあ♪ とてもロマンチックね」
「……どうして律は観覧車だって知ってるんだ?」
相槌を打つ律に、ムギが目を輝かせながら僕に言ってくる中、僕は律に疑問を投げかけた。
「え!? そ、それは噂で……」
「あんた、慶介と結託してたよな。唯を誘い出したのは律だったようだし」
「あは、あはははは……」
今度は笑ってごまかそうとする。
そんな彼女に、僕は魔力で編み出したナイフを律に目がけて投げ飛ばした。
「今度はもう少し違うやり口に変えたほうがいいか?」
「あの! 食い込んでる! 服が食い込んでるから!!!」
律が喚きだす。
それもそのはずだ。
何せ、食いこむように投げ飛ばしてるんだから。
「しばらくそこで反省でもしておけ」
「ちょっと!?」
僕の突き放す言葉に、律が叫んだ。
「浩君、さすがに律ちゃん隊長がかわいそうだよ」
「………唯がそう言うんなら」
僕は唯の言葉を受けて律に刺さっているナイフを消した。
「ゆ、唯の言葉ですんなりと」
「何か言ったか、澪?」
「あ、な、何でもない!」
何かを呟く澪に声を掛けた僕に、澪は頬を赤くしながら慌てて反応した。
「でも、浩介先輩と唯先輩ならとてもお似合いだと思いますよ」
「もぉ~、恥ずかしいよ、あずにゃん」
照れた風に相槌を打つ唯に、和やかな雰囲気が流れた。
「うぅー」
そんな中、一人哀愁を漂わせる人物がいた。
「さ、さわちゃん。そんな恨めしそうに浩介達を睨まなくても。まあ、気持ちは分かるけど」
恨めしそうな目で僕たちをにらんでいたのは、顧問の山中先生だった。
何となく理由は分かるけれど。
「本当に、二人は付き合ってるの?」
「はい」
何の躊躇もなく答える唯は、ある意味大物だった。
「も、もしかして……き、キスとかも!?」
「……は、はい」
その問いかけにはさすがに頬を赤くして答える唯。
「にゃ~」
「はぅわぁ~」
「あ、梓ちゃん!? 澪ちゃん!?」
そんな唯のカミングアウトに、とうとう許容量をオーバーしたようで梓と澪が顔を赤くしてダウンした。
そんな中、山中先生はというと
「うぅ……今日はとことん飲んでやるぅぅぅぅ~~~~~!!!!」
涙ながらに、部室を飛び出して行ってしまった。
「一番の被害者はさわちゃんのような気がする」
その律の言葉が一番的を得ていた。
「それじゃ、また明日だね。浩君」
「ああ」
夕方、日も暮れ薄暗くなる中、僕は平沢家前まで唯を送り届けていた。
結局、あれから練習をすることはかなわなかった。
何となく原因がわかるだけに、僕も強く言うことができなかった。
でも、なんなのだろうか?
この、無性に離れたくない気持ちは。
「唯」
「なに―――んむ!?」
言い訳になるかも、それは衝動だった。
気が付けば、僕は唯の唇に自分の唇を重ねていた。
「はむ……ちゅ……ぷはぁ………もう、強引だよ。浩君」
「あはは……ごめん」
照れたような、少しだけ怒ったような表情で言ってきた唯に、僕は苦笑しながら謝った。
僕の自惚れだろうか?
唯はそれほどいやだというような印象は感じなかった。
「じゃあね、浩君」
「うん、また」
そして、僕たちは今度こそ別れるのであった。
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