徐々に昼が短くなるこの季節。
僕はある問題を抱えていた。
(やっぱりついてきてる)
背後をついてくる人物がいることだ。
誰なのかはわかっている。
おそらくは田中探偵事務所の者だろう。
早い話が尾行されているということだ。
だが、僕はその鼻孔にすでに気づいていた。
この僕を尾行し始めて今日で3日目。
よく粘るなと感心してしまうほどだ。
(だがまあ、そろそろ頃合いだろう)
僕は今日でこの無意味な鼻孔をやめさせるつもりだ。
そのために、僕は人気のない場所に向かっているのだから。
(さて、そろそろかな)
心の中でそうつぶやいた瞬間だった。
「うわ!?」
何かに躓いた僕は、転びそうになるが何とかそれを防ぐことに成功した。
「あぁ!?」
だが、手に持っていた新聞で包まれた花瓶を落としてしまった。
ガラスの割れる音が、花瓶がどうなったのかを十分に物語っていた。
「やっちゃった」
この日、たまたまいい花瓶を見つけた僕は、家に飾ろうと購入しておいたのだが、それが仇となってしまったようだ。
「ここなら、人目もないし……」
周囲を見渡してみるが、人影は特に見当たらなかった。
探偵はいるようだが、見えないようにすればばれないだろう。
そう判断した僕は地面に無残にも落ちている花瓶に向けて手をかざした。
「リペア」
たった一つの呪文だった。
花瓶はまるで巻き戻したかのように元に戻っていき、最終的には僕の手のひらに収まった。
「よし、これで――「嘘だろ!?」――ん?」
大丈夫だと言いかけたところで、後ろの方で男の驚きに満ちた声が聞こえた。
「な、何か?」
「今、花瓶が……」
驚きか、それとも興奮か走らないが口をパクパクさせ手を花瓶と僕に向けて交互に指していた。
「この花瓶がどうしたんですか?」
「割れた花瓶を、今魔法で!」
「魔法みたいにいい花瓶なんですよ?」
しっかりと見ていたようで、声を上げる探偵の人に、僕は誤魔化すように口を開いた。
「いや、違う。俺は見た……お前人間じゃないだろ!!」
「ちょっと、大きな声を出さないでくださいよ! 人に聞かれるじゃないですか」
大声で叫ぶ探偵に、僕は慌てて懇願した。
「だったら、素直に認めろ。お前は人間ではない」
(面倒くさいな)
遊びで相手をしていたが、そろそろ鬱陶しくなってきた。
(どこかに行ってもらおうか)
外国はかわいそうなのでこの近辺でいいだろう。
僕は手の平に魔法陣を描く。
「リブルト」
そしてたった一言呪文を唱えた。
次の瞬間、探偵の姿は無くなっていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
日本某所にある小さな事務所。
「俺は2枚交換だ」
「なら、俺は3枚だ」
アンティーク調の家具に囲まれたその一室に壁に立てかけてある『人情』という文字が書かれている額縁という異様な空間に、3人の男の姿があった。
手下と思われる二人はトランプ(おそらくはポーカー)をし、社長椅子に腰かける黒ひげを生やしたおそらくは頭であろう男は、デスクの上に置かれた何かに目を通していた。
ここは、とある暴力団の事務所なのだ。
だが、普段はとても優しい人たちだ。
人情に厚く義理堅いのが彼らだ。
「お前は人間ではない! ………あれ?」
そんな一室に現れたスーツを着込んだ田中が現れ、一番偉いであろう社長椅子に腰かけた男を指差して大声で告げた。
「あぁ?」
「あれ?」
突然の侵入者と、余りにも無礼なその言葉に組員たちの怒りは爆発した。
一瞬で二人に挟まれる田中。
がっしりとした体格の良い手下の男は、指の関節を鳴らしながら、田中をにらみつける。
「やれ」
「のぉぉぉぉぉぉ!!!!」
頭の一言で、田中は組員からの手荒い洗礼を受けることとなった。
そう、彼らは怒らせると非常に恐ろしい暴力団なのだ。
★ ★ ★ ★ ★ ★
今日は学校も部活も休みだ。
こういう日は、買い物をするのに限る。
そう言うわけで、この日は町一番の大型スーパーにやって来ていた。
(食用酒でも買おうかな)
そう思い、僕はお酒のコーナーへと向かっていく。
(それにしても、やっぱりついてきてる)
後ろの方をつけてくる探偵の気配を僕は察知していた。
(やはり近場はダメか)
懲らしめるつもりだったが、近場ならば大して懲らしめることはできないのではと思った瞬間だった。
(とはいえ、このまま追いかけっこを続けるのもいやだし……話しますか)
僕は探偵と話し合おうと考え、角を曲がると反転して探偵が来るのを待った。
「っ!?」
「さっきから人を付け回してますけど、何の用ですか?」
突然目の前に現れた僕に驚く探偵に、僕は用件を尋ねることにした。
「俺の尾行に気付くとは、さすがは人間じゃないな」
「あんなバレバレな尾行、誰でもバレますよ」
ため息交じりに反論をする僕をしり目に、探偵は僕のほうに歩いてくる。
「この間は良くもやってくれたな。おかげで俺はやくざにボコボコにされたんだぞ」
(なぜにやくざ?!)
探偵の言葉に、僕は思わず驚いてしまった。
飛ばした先は適当だったが、そういう場所に飛ばされるというのはある意味すごい奇跡なのかもしれない。
「俺はな、とある人物からお前を調べるように依頼された探偵なんだよ。いいのかな? このことを報告しても」
「報告されて困るようなことを、僕はしてませんよ」
男の脅迫に、僕はとぼけながら言い返す。
「魔法使いだってことも?」
「魔法使い!? 探偵さん、童話の読みすぎですよ」
探偵の言葉を笑い飛ばしながら否定した。
これは僕にしてみれば言い交し方だという自信がある。
「俺、童話は読まないんだけど」
だが、男の切り返しも非常に鋭かった。
(だから魔法使いの怖さを知らないのか)
男の無謀さの理由が、僕にはなんとなくわかったような気がした。
(それなら、もう一度ボコボコにしてもらいますか)
「もうすでに証拠は揃えてるんだ。これをあの方に報告してその後に世間に言いふらしてやる。今度こそ―――」
「リブルト」
僕はこの間と同じ場所に男を転移魔法で飛ばした。
★ ★ ★ ★ ★ ★
日本国内にある暴力団事務所。
「穴に落ちて一回休み!」
「ちくしょう!」
この日も、事務所内は和やかな雰囲気に包まれていた。
ちなみに、手下の二人がしているゲームはすごろくのようだ。
「その時に後悔するのはお前だっ!!!」
「あぁ?!」
そんな雰囲気をぶち壊すように突如現れ頭に向かって指をさしながら大声で告げたのは、また田中だった。
「あ、あれ!?」
手下の二人は、素早い動きで田中を挟むように移動すると指の関節を鳴らす。
「ど、どうぞ!」
「どうも」
そんな時、田中は偶然手にしていたお酒を、頭の男に差し出した。
「やれ」
「ぅそぉ」
頭の指示でさらに距離を詰める二人に、田中は絶望に染まった表情を浮かべた。
「のぉぉぉぉぉぉお!!!!?」
「てめぇ、ふざけるなよこの野郎!!」
「いい加減にしろ!!」
前回よりもバイオレンスな洗礼を、田中は受ける羽目になるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
明日もまた休日。
だが、僕に気の休まる時はない。
次に開かれるH&Pのライブなどのプランを考えたりする必要があるのだから。
「ん? 電話だ」
そんな時に鳴り響く携帯電話に、僕は相手が誰だろうと思いながら出ることにした。
「はい、高月です」
『この間は良くもやってくれたな!』
電話口から聞こえてきたのは探偵の男の声だった。
(まだ懲りてないのか)
その執着心には、敵ながら称賛の声を送りたくなってしまう程に強かった。
『貴様のことを世間にばらしてやる。これでお前はおしまいだぁ!!』
(またボコボコにされて、壊れたか……いや、本性が出てきたというべきかな)
さすがは生きる価値のない男と関係を持っている探偵なだけはある。
「分かった。何が望みだ? 金か?」
『そうだなぁ……まずは車が欲しいな。それと大金に不老長寿だ』
「………」
思わず罵声をあげそうになるのを、僕は必死にこらえた。
これが、人間の愚かさというものだろうか。
(反人間派が出るわけだ)
こういう人しか会わなければ、きっと僕もそうなっていたかもしれないのだから。
そう思うと、僕がどれだけ恵まれていたのかがわかるような気がした。
「分かりました。ですが、電話越しではうまく出せるかわかりません。なので、実際に会ってお渡ししたいんですが。場所を指定してもらってもいいですか?」
『いいだろう。ではお前の家の近くの公園に来い』
それだけ告げて、電話は一方的に切られた。
「…………」
不通音を聞きながら、僕は目を閉じる。
だがすぐに目を開けた。
「さあ、行くか」
そして、僕は男との待ち合わせ場所に向かうのであった。
公園には夜遅いせいもあってか、人の気配は一切なかった。
だが、公園の街灯付近にそいつはいた。
「来たな」
「お待たせしました」
仕度を済ませてきた僕は、待たせていた探偵の男に詫びを入れる。
「まあいい。感じが出てるじゃないか」
「ええ。成功させるために必要ですから」
僕は杖状のクリエイトを構える。
「それじゃ、いきます」
男の前に立った僕は、そう告げると杖の先を男に向けて構えた。
「グラビティ・プレス」
「がっ!!?」
僕がつむいだ呪文によって、男はまるで地面に縫い付けられるかのように地面に這いつくばる。
「ぎ、ぎざまぁ、なにをじだぁ!!」
「グラビティ・プレス……対象の重力を重くすることによって動きを封じ込める魔法。貴様のような雑種にはぴったりだ」
僕は男に懇切丁寧に、今掛けた魔法のことを説明した。
「だ、騙したのかッ」
「そもそも、お前の願うような魔法など、この世には存在しない。存在したとしても誰が貴様のようなゴミに魔法を使うか」
魔法とは奇跡を起こす力。
不老長寿の魔法など、おとぎ話に過ぎないのだ。
魔法でお金は増やせるが、それはただのコピーでしかない。
人間が描いたむなしい夢なのだ。
「畜生! こうなれば、こいつを使って、やる」
「防犯ブザーか」
かろうじて動かせた男の手にあるのは、防犯ブザーだった。
紐を抜くと大音量でアラームが鳴り響く代物だ。
「これで人がやってくるっ」
「無駄だと思うよ」
男の目論見を、僕はバッサリと斬り捨てた。
「だって、この空間結界に覆われていて外からも内部からも僕たち以外には入ったり出たりすることも干渉することもできないから」
「は、ハッタリを」
男はそう言うが、これは本当のことだ。
もうすでにこの公園は隔離結界魔法によって完全に隔離されていた。
「おかしいと思わない? まだ人通りがないとは言えない時間帯なのに、人っ子一人通らないなんて」
「…………」
僕の指摘に、男の顔が青ざめていく。
「ではご紹介しよう。僕の誇る優秀な部下たちをね」
僕が右腕を上げた瞬間、男を取り囲むように数十人の魔法連盟の職員が姿を現した。
「ひぃ!?」
「いやぁ、我が国はね今反人間派がうっぷんをためすぎていて爆発寸前なんだよ。お前という存在でそれを鎮静化させようと思ってな」
その職員たちの迫力に、悲鳴を上げる男に僕は肩をわざとらしく竦めながら男に言った。
僕の計画は、この男を利用して国民の人間に対する攻撃感情を柔らめるというものだった。
一度憂さ晴らしをすれば、冷静になるだろうからその際に話を詰めていくのだ。
「いいことを教えてやるよ」
僕は地面に這いつくばっている男の前でかがみこみながらそう切り出した。
「僕は、最初からお前の尾行には気づいていた。気づいていて”わざと”魔法を使ったのさ。お前に弱みを握らせるためにね」
「ッ!?」
僕の告げた真実に、男は歯をカチカチと鳴らしながら震えていた。
「目的は貴様を生贄に、人間と魔族の共存を進めるため。貴様らのようなゴミを掃除できて一石二鳥だ」
「ぁ…………ぁ」
僕の言葉に、男はさらに震える。
そんな彼に止めを刺すように、僕はこう告げた。
「お前は手と手を取り合うきっかけを作る事しか価値のない、哀れな男なんだよ」
「ぁ――――――――――」
その言葉を告げた瞬間、男の目から色が抜けた
「|精神崩壊《マインドブレイク》を確認。罪状は倫理規定法違反、および脅迫罪。連行しろ」
「はっ!!」
僕の指示に、職員は敬礼をしながら応じると、男の腕をつかんで転移魔法によって僕の前から姿を消した。
残されたのは、僕と久美の二人だけだった。
「兄さんも残虐だよね」
「そうか?」
久美の言葉に、僕はとぼけながら応じた。
「わざと人間の心を破壊するなんて」
「それくらいしても罰は当たらないだろ。奴はそれ相応のことをしたのだからな」
僕のあの言葉は、男の精神を破壊させるための物だった。
それを人は精神干渉魔法といい、僕はこの魔法に掛けては群を抜いて強い力を持っていた。
僕がその気になれば、先ほどのように心を破壊することができるのだ。
「人間は意思のない人形のようなもんだ。操ろうと思えば簡単に操れるし、破壊しようと思えば簡単に心を破壊できる」
僕は最後に”まあ、そこがいいんだけどね”と続けた。
「さて、そろそろ大詰めに入るよ。久美も準備の方、頼むよ」
「任せて」
僕の言葉に、久美は力強く答えて僕の前から立ち去ろうとするが、ふとその足を止めた。
「ねえ、兄さん。聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
久美の切り出した言葉に、僕は先を促した。
「兄さんがそこまで躍起になって財閥を滅ぼそうとするのは何のため?」
「いきなり何を言うんだ?」
久美の疑問の言葉に、僕は軽く笑いながら返した。
「だって、兄さんはこれまで何をするにも目的があったはずでしょ。今回の目的は私にはどれも後付けのようにしか思えないの」
「……………何が言いたい」
久美のもったいぶった言い方に焦らされているような感覚を受けた僕は、思わず声のトーンを低くして言い返した。
「兄さんが、ここまで力を入れるのは、軽音部の皆のため? それとも、唯さんのため?」
「ッ!!」
思わず唯の名前に僕は反応してしまった。
鼓動が速くなる。
(………そうか)
そして僕は理解した。
僕自身の気持ちを。
ここまで行動をする本当の理由を。
「僕が、ここまでするのは―――――」
そして、僕は久美に告げるのであった。
僕がここまでする本当の理由を。
自分の本心を。
[1回]
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