健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第76話 ライブと……

唯抜きで始まった学園祭ライブ。
最初の曲である”Don't say lazy”は無事に演奏を終えることができた。
体調が悪い僕だったが、ステージの上にいるときはそんな感じはしなかった。
もしかしたら、ランナーズハイのようなものなのかもしれない。
だが、それは僕にとっては非常にありがたかった。

(計算が正しければ、唯が来るまであと4分弱)

次の曲の長さは約4分。
ぎりぎりだった。

「続いての曲は、『ふでペン~ボールペン~』です!」

何とか簡単なMCで時間を稼ぐ。
それしかなかった。
本格的なMCは唯に任せている。
現に、唯のMCは比較的受けがいい。

「1,2,3,4!」

律のリズムコールとともに、演奏が始まった。
梓と僕の担当するリフが終わりパートが分かれる。
僕はバッキングコードを、梓はリズムパートを演奏していく。
ボーカルは澪で、僕は歌声に合わせて弦を弾いていく。
クールでなおかつ軽快な曲風に澪の歌声はあっていた。
ドラムのリズミカルで力強い音に、ベースが刻むビートはギターやドラムに埋もれるどころか絡み付いていく。
山中先生の演奏は、ブランクがあるとはいえ非常にうまかった。
リズムキープも正確で、音程のズレすらもない。
そしていよいよ間奏……ギターのソロへと入っていく。
僕と梓はタイミングを合わせるようにソロパートを弾いていく。
そして、サビへと入っていった。

(もうすぐに曲が終わる。急いでっ)

ついに最後のサビが終わり、曲の初めのリフへと入った。
あと少しで曲が終わる。
そんな時、講堂の出入り口のドアが開いた。
そこから姿を現したのは、ギターを取りに戻っていた唯だった。
曲が終わり、歓声に包まれる中、ステージの前で息を切らせながらも唯は立っていた。

「ほら、捕まって」
「うん」

ステージ前にいる唯に、少しかがみながら手を差し伸べると、唯は手を取った。

「よっと」

僕は唯を片腕でステージまで引き上げた。

「さわちゃん先生、ありがとう」
「……それじゃ、後は頑張りなさいよ」

唯のお礼の言葉に、山中先生はやわらかい笑みを浮かべながらそう言い残すと、ステージ袖の方に向かっていった。
会場から先生に向けた歓声が上がった。
その時の山中先生の背中は、とても威厳に満ちていたような気がした。
それは、教師としてよりは、この学校のOGとしてなのかもしれない。

「皆、本当にごめん」

そんな歓声の中、唯がポツリポツリと言葉を漏らす。

「こんな大事な時に迷惑をかけて……ヒック、考えてみれば、最初から、ヒック……ずっと迷惑を」
「唯、タイが結べてないぞ」

涙を流し嗚咽交じりに、謝る唯に澪はタイを結んだ。

「浩君も、ゴメンね。いつもいつも嫌な思いをさせて」
「はは、僕は隠し事は苦手だ。嫌だと思ったらすぐにそう言ってるよ」

微笑を浮かべながら、僕は唯にそう返した。

「全く、浩介はツンデレなんだから。私たちはみんな唯のことが好きだよ。もちろん、浩介もな」

そんな僕に、律は苦笑しながらツッコむと唯に告げた。
そして会場からも唯へのコールの声が上がった。

(ツンデレは余計だ)

「これ使って、顔を整えな。まだ泣くときでもないし、やるべきことは残ってるんだから」
「そうだぜ、まだMCもやってないんだから」
「皆……ありがとうっ」

僕からタオルを受け取った、唯はそれを使って涙をぬぐう。
それから間もなくして、唯は演奏の準備を整えた。

「えっと、改めまして、放課後ティータイムです。今回は私がギターを忘れて遅れてしまって、本当にごめんなさい。ギー太もごめんね」

MCの最初は謝罪からだった。

「最初は”目標は武道館”で始めました。最初のころはギターを買うために皆でアルバイトをしたり、皆でお茶を飲んだり、合宿をしたり、新入部員を得るために頑張ったり、一生懸命がむしゃらに練習したわけじゃないけど、でもここが……このステージが私たちにとっての武道館ですっ!!」

唯のMCに会場は拍手で包まれた。

(やっぱり、唯は……皆はすごい)

この会場のほとんどの人の心をつかんでいると言っても過言ではない。
もし、プロデビューをする機会があれば放課後ティータイムはH&Pと同じか、それ以上まで上り詰めるかもしれない。

(でも、そこには……)

「最後の曲だけど、力の限り演奏します。聞いてください! 『ふわふわ|時間《タイム》』!」

僕の考えは曲名を告げる唯の声で遮られた。
そして、すぐに最後の曲『ふわふわ|時間《タイム》』の演奏が始まった。
唯のギターから始まって僕たちも演奏を始める。
この時、僕はこれまでで一番すごくいい演奏をしたような実感を持てた。
まるで一つにつながっているかのように、タイミングが合っていた。
だからだろうか?
気づけば、演奏が終わっていた。
会場は拍手と歓声に包まれている。

「……」

そして、唯は一人ずつ顔を見合わせては頷きあう。
それがライブの終わりを現しているような気がした。

「え?」

そんな時、予想外の出来事が起こった。
突然キーボードから音色が聞こえてきたのだ。
それは先ほど演奏した『ふわふわ|時間《タイム》』のワンフレーズだった。
それ行っているムギに続いて、今度は律がドラムの音色を奏でだした。
さらにそれに澪も続く。
ここまで行けば、さすがに何をしようとしているかはわかった。
それはまるで、合宿の時にH&Pの皆で演奏した時のようだった。
僕と梓もそれに続いた。
そして、最後に唯が加わる。

「もう一回っ!」

その唯の言葉で、サビのアンコール演奏が始まった。
サビが終わり、全員が音を伸ばしていく。
そしてドラムのフィルで今度こそ局は終わりを告げた。

「けいおん大好きっ!」

こうして、二度目の学園祭ライブは様々なアクシデントがあったものの、成功を収めるのであった。

「律ちゃん、もう一曲やろう!」
「唯!」

律にもう一曲やろうと提案する唯に真鍋さんが飛び出てきた。

「もう時間切れよ!」
「えぇ~!?」

時間切れで後一曲が演奏できないという、オチをつけて。










「これで一通り最後だぞ」
「あずにゃん大丈夫?」
「はい!」

ライブも終わり、待つのは後片づけ。
という名の楽器の運搬だった。
アンプやらドラムやらを、部室に運ばなければいけないのだ。
そう言うことで、数往復していた僕たちだったが、ようやく楽器などの運搬する物が無くなった。
僕が持っているベース用のアンプと、律たちが持つ楽器を支える道具だったりで最後だ。
僕が持っているのが一番重く、それ以外はそれほど大した重さではない。

「先に行ってるよ」
「ほーい」

僕は唯たちに声を掛けると、アンプを手に部室へと向かう。

(っく、目の前がくらくらしやがる)

ライブが終わった直後に、視界が急にゆがみだし始めたことに、最初は驚きを隠せなかった。
ランナーズハイ状態はすでに終わっているようで、今度はその代償が一気に自分に返ってきているようにも思えた。
正直よく歩けると思う。
それほどまでに方向感覚はおろか平衡感覚すらも失っていた。

(これが最後だ。終わったら少し休もう)

休めば少しは具合も良くなるかもしれない。
この後にはH&Pのライブも控えているのだ。
こんなところで倒れるわけにはいかない。

「ふぅ……やっと運び終えた」

ふらふらしながらも、アンプを部室まで運ぶことはできた。
いくら視界が変だとは言え、場所がわからなくなるほどではない。

「それじゃ、次は……」

いったんしゃがんでアンプを置いた僕は、立ち上がろうとすると体から力が抜けた。
そして、そのまま意識を手放すのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「あれ、ドア開けっ放しですよ」
「本当だ。浩君も珍しいね」

軽音部の部室がある会に続く階段の踊り場で梓が開けっ放しのドアに気付くと唯が珍しげにつぶやいた。

「あれだけ人には”開けたら閉めろ”って、言うくせにね~」
「唯たちの悪い癖が移ったのかな」
「澪ちゃん、しどい」

さりげなく唯を例に挙げる澪に、唯は頷きながらつぶやいた。

「それなら、ドアを閉めるようにすればいいのでは?」
「どうでもいいから、早く部室に行こうぜ」
「そうだね、ムギちゃんのお茶も飲みたいし」

梓の注意から話題をそらすように提案した律に、唯は賛同すると階段を上っていく。

「やっほー、浩く―――」

部室の中をのぞいた唯は、声を詰まらせ固まった。

「どうしたんだよ、唯」
「部屋の中に何が……え?」

唯の見ている方へと視線を向けた律たちは唯と同じように固まった。
そこにいたのは、

「浩君!?」
「浩介先輩!」

床にうつぶせに倒れている浩介の姿だった。

「浩介君! 目を覚まして!」
「浩君! しっかりして! 浩君!!」

体を揺らしながら声を掛ける唯にムギ。

「……ぅ」
「浩君!?」

小さくではあるが反応を示した浩介に、唯が浩介の名前を呼ぶ。

「二人とも、とにかく浩介をここに寝かせよう!」
「あ、ああ!」
「私も手伝います!」

澪の指示に、律に続き梓も頷くと、全員で浩介の身体を長椅子まで運ぶ。

「ちょっと、一体何事? って、高月君はいったいどうしたの?」
「そ、それが来たら倒れていて。今長椅子に横にさせたところなんです」

運び終えたところで顔をのぞかせた顧問のさわ子に、梓が事情を説明した。

「どれどれ……って、熱!?」
「うわ、本当だ!」

浩介の額に手を当てたさわ子は驚きながら後ずさった。
さらに律もそれに続くが、その熱さに驚きを隠せなかった。

「これは、間違いなく風邪ね」
「え? もしかして私のが?」
「ち、違うわよ。唯ちゃん」

さわ子の見立てに、表情を曇らせる唯に慌てた様子で紬がフォローする。

「そうね。とりあえず、病院に連れて行った方が――「それには及ばない」――」
「浩君!?」

さわ子の言葉を遮るように告げられた浩介の声に、唯が慌てて浩介に呼びかけた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「も―――て私の――――」

誰かの声が聞こえた。

(いったい僕はどうなったんだ?)

自分の状況がよく理解できない。
ライブが終わったところまでは覚えている。
確か、そのあと後片付けをしていたような気がする。

(そうか、その時に倒れたんだ)

「そうね。とりあえず、病院に連れて行った方が――「それには及ばない」――」

結論にたどり着いたところで、山中先生の言葉が聞こえたので、僕はそれを遮るように口を開いた。

「浩君!?」

起き上がろうとする僕に唯の声が聞こえてきた。
だが、体に力が入ら無い為起き上がることができなかった。

「どうして具合が悪いことを隠してたんだ!」
「ライブがあったから」

澪の咎めるような言葉に、僕は簡潔に答えた。

「だからって……」
「そんなに熱がなかったから平気だと思ったんだけど……これは失敗したかな」
「大丈夫? 浩介君」

ため息をつきながら呟く僕に、ムギが心配した様子で聞いてきた。

「大丈夫だって、ちょっと力が出ないけど」
「全然大丈夫じゃないじゃないか」

律の言うとおりだった。
まったく大丈夫ではない。
どうやら気を失っていたようで、完全に病気の症状が進行しているようだった。

「とにかく、高月君を家まで送っていくわ」
「いえ、自分で――――っく」

歩いて帰れると証明するために、根性で立ち上がることができたが、どうしても体がふらついてしまう。

「ほら見なさい、そんな状態でどうやって帰るっていうの」
「浩介先輩、ここはおとなしく先生に送ってもらってください」
「……………分かった」

本当に病人のような気がするので、避けたかったが梓の心配そうな表情での懇願に僕は山中先生に送ってもらうことにした。

「荷物は持ったわね」
「はい」
「それじゃ、行くわよ」

山中先生に促されるように、歩き出そうとするが、やはり足元がおぼつかない。

「あ、私が肩を支える!」
「ごめん」

そんな僕に、自分から名乗り出てきてくれた唯に支えられながらも、僕は部室を後にした。

「ここまででいいよ」
「本当に大丈夫?」

山中先生が車を用意するため、待つように言われた校門のところで僕は唯に告げると心配そうな表情で訊かれてしまった。

「大丈夫だって。どうせただの風邪なんだから、寝てれば数日で治るさ」

心配させまいと明るく言うが、正直なところ早めの処置が必要な状態だった。

「おまたせ。さあ、乗って」
「あ、はい」

少しだけ動けるようになった僕は、先ほどよりはしっかりとした足取りで車の中に乗り込もうとする。

「浩君!」
「何? 唯」

そんな時、それを遮るように声を掛けてきた唯に、僕は用件を尋ねた。

「またね」
「……ああ、またな」

唯の言葉の意図を悟った僕は、もう一度会うことを示唆するように答えると、車に乗り込んだ。
そしてそのまま僕は山中先生が運転する車で自宅まで送り届けてもらうのであった。










「お、やっと来たかDK」
「ごめんなさい。ちょっと仕度に手間取って」

夕方、少し遅れて会場に到着した僕に、待ちくたびれたように声を掛けてきたMRに謝りながら理由を説明した。
この日、僕はライブがあるのだ。

(家に戻ったけど結局、月見草は届かなかった)

体調は相変わらずひどい状態だったが、H&Pのライブを待ってくれている人がいるため、僕は中止にすることができなかった。

「まあ、いい。時間には間に合ったわけだし。早速ライブの準備を始めるぞ!」
『おー!』

YJの呼びかけで、僕たちは一斉に腕をあげると演奏の準備をしていく。

(よし、今はライブのことだけを考えよう)

僕はそう言って自分に気合を入れながら演奏準備に取り掛かるのであった。





『これより、30分の休憩に入ります』

ライブは前半を乗り切ることができた。

「はぁ……はぁ……」

休憩に入り、楽屋に入った僕は椅子に座るだけでも息が切れていた。

「DK、どうしたんだ? いつもはあの程度どうということもなかったのに」
「大丈夫、平気だから」

そんな僕の様子を心配したYJが僕に声を掛けてくるが、僕は平気だと告げると目を閉じて体を休める。
数十分だろうと、体が休まるのであれば後半を乗り切ることができるのだから。
そして、後半のライブが再び幕を開けるのであった。





「ただ……いま」

夜、ライブを終えた僕はふらつく足取りで自宅にたどり着いた。

(ライブは成功したのは分かるけど、演奏した曲が思い出せない)

もはや症状は最悪な状態にまで悪化していた。

(とりあえず、月見草は届いているはずだから、早く飲もう)

今後のことを考えながら、僕は家の玄関を開けようとする。

「お、重……」

ドアはまるで鉛のように重かった。
鍵がかかっているというものではない。

(もはや唯たちよりも筋力が下がってるな。これは)

苦労しながらも、何とかドアを開けることができた僕は割り込むように自宅に入った。

「はぁ……はぁ……」

家に入るだけでも息が切れる。
体は依然と怠く、視界もぐるぐるとしていて芳しくなかった。

「後は、月見草を………飲……」

次の行動を起こそうとする僕に、再びあの感覚が襲い掛かる。

(ここまで、か)

僕はすべての終わりを覚悟して再び、意識を手放した。
何となく、懐かしい気配を感じながら。

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第75話 学園祭

「ぅ…………」

学園祭当日をいよいよ迎えた。
だが、起きた時から体調が優れない。
最初に感じたのは、視界がゆがむような症状だ。
まるで荒れた海の中進む船に、乗っているような感じだ。

「とにかく、起きよう」

さらに次に感じたのは体の異様な気怠さ。
それは、風邪をひいたものとは比べ物にならないほどに強かった。

(何、これ)

このような症状はこれまで感じたことはなかった。

(風邪じゃないのは確か)

風邪ぐらいであれば、このような気怠さや視界の異常は起こらないはず。
だとすると、考えられるのは一つしかなかった。

(合併症状か)

元々僕が何らかの病気を患っており、それに風邪のウイルスが相乗効果で悪さをしてしまう。

(一体どんな病気なんだろう?)

自分の症状をもう一度見つめ直してみる。
非常に強い倦怠感。
視界がゆがむ症状。
これらの症状から想像できる病気の正体は……

「無力……症候群」

ようやくその答えにたどり着いた。
無力症候群。
風邪などと同じ規模の病気だ。
つまり、誰でもなる風邪の魔法使い版だ。
症状は倦怠感と発熱と、これまた風邪の症状だ。
だが、ここから先がこの病気の違いでもあり恐ろしいところだ。
まず視界がおかしくなる。
どのようになるのかは千差万別なので、一概には言えない。
これが進むとさらに筋力の低下が発生する。
それが強い倦怠感にも感じたりする人がいるらしい。
これをさらに放置すると、今度は意識レベルが低下を始める。
意識が朦朧となり、記憶が飛んだり忘れっぽくなったりする。
やがては意識を失い、適切な処置を施さなければ多臓器不全で死に至る恐ろしい病だ。
この病気は発症までに潜伏期間を有する。
その期間は半年から1年ほどと言われている。
発症後、死に至るまでの時間は大体が2日。
長くても2.5日という進行の早さもまた恐ろしい病気なのだ。
ただし、この病気は他人には感染しない。
また、かかるのは魔法使いのみで、唯たちがこの病気に陥ることはない。
その理由はまだ判明していない。
もちろん、この病気の治療法はちゃんとある。
それが、ある薬草を口にすることだ。
そうすればたちどころに回復するのだ。
ただし、そのタイムリミットは意識を失ってから15時間以内
それを超えると、もはや手が付けられない状態になる。

「とりあえず、魔力で筋力をかさ上げするか」

僕は応急処置ということで、魔力を体に纏わせて筋力を増強させることにした。

「後は、月見草を飲めばいい」

――月見草

それが、この病気への特効薬だった。
それは高月家で取れる薬草で、無償で各病院などに供給している。
この薬草を接種すればほとんどの病気を根治することができるまさに万能薬だ。
ただし、魔族のみにしか効力を発揮せず、非常に強い苦みがあったりとするが、それでも需要は大きい。
僕はその薬草を一定の数だけここに備蓄しておいたのだ。
万が一の際に備えて自分で根治ができるようにするためだ。
ふらつく足で、僕はキッチンに向かうと薬草を入れておいた引き出しを開ける。

「おいおい……嘘だろ?」

空っぽの引き出しの中に、僕は思わず呆然としてしまった。

(ついてないな。まさか薬草が切れていただなんて)

ついていないでは済まないが、そう思わざるを得なかった。

「とりあえず、月見草の手配をしておこう」

僕にできたのは月見草の手配をすることだけだった。
高月家に対しては、最短で12時間程度で届けられるようになっている。
ちなみに、それ以外の場合は最短で20時間程度だ。

「あとは、身体強化魔法でごまかすか」
『いけません! マスター!』

自分に身体強化魔法をかけようとしたところで、クリエイトが突然声を上げた。

『今日は学校の方を休んでください! そんな状態で学校に行ったら余計に悪化します!』
「できるかそんなこと。学園祭で一人でも欠ければそれは空中分解だ。せっかくここまでうまく行ったんだ。こんなところで休んでたまるか!」

クリエイトの提言を僕は切り捨てた。
唯ひとりであそこまでの反動だ。
僕自身、唯ほど必要とされていないのではないかと思うこともあるが、それでも行かなければ不安だ。

『……全く、マスターは強情なんですから』
「はは、お前に言われると中々に来るものがあるな」

ため息交じりにつぶやくクリエイトに、僕は思わず苦笑を浮かべた。

『私の方でマスターの手助けをします。重力軽減魔法を使えば身体強化魔法を使わなくても平気になるでしょうから』
「助かる」

僕がお礼を言うのと同時に、体が軽くなったような気がした。
それが重力軽減魔法だ。
要は、体のみ重力を低下させたのだ。
それによって、体への負担を軽減することができる。

『筋力などは弱いままなので、ご注意を』
「ああ……行くか」

朝食を食べる時間もなかったため、僕は学校へと向かうことにした。










「――――け、浩介!」
「な、何?」

慶介から声を掛けられた僕は、用件を尋ねる。
場所は2年1組の教室。
今回は縁日ということで、様々なアトラクションで来場者に楽しんでもらうという企画だった。
僕はそこで何かをしていたが、何をしていたのかがわからない。
すっかり、記憶が飛んでいる。

「何じゃないだろ。そろそろ部室に行かないとまずいんじゃないのか?」
「え? あ?!」

時刻は11時30分。
昨日律から言われた集合時間をとっくにオーバーしていた。

「ご、ごめん」
「どうしたんだよ? なんだかいつもと様子が変だぞ?」

さすがは親友を自称するだけはある。
僕の様子の異変に、慶介は敏感に感じ取っていた。

「あいつが来れるかどうかが気が気じゃないだけだ」
「あー、平沢さんか」

”あいつ”だけで通じる慶介も十分すごい。
とはいえ、何とかごまかすことができた。

「行ってきなよ。ここは俺に任せろ」
「すまない」

お礼を言いつつ、僕は教室を後にしようと

「よし、今度こそ佐伯さんに夜のドライブでも――――いてっ」

馬鹿げたことをしようとする慶介の頭にめがけて、手にしていたある物を投げつけるのも忘れずに。





「ごめん、遅れた!」
「遅いぞー」

部室に到着した僕に、律が頬を膨らませながら声を上げた。

「ごめん、肝心のライブの日に」
「本当に、浩介らしいよな。そういうところ」

しまいには澪にまで言われてしまった。

「唯は?」
「………」

僕の問いかけに、みんなは首を横に振る。
見れば梓は先ほどから窓から外の方をずっと見ている。
待っているのだろう。
唯がやってくるのを。
それからどれほど経っただろうか?
未だに唯が現れる兆しはない。

「唯ちゃん、来ないね」
「………12時30分か」

時間を確認した澪が静かにつぶやく。

「練習でもするか? 唯抜きの演奏」
「………仕方ない――「嫌です!」――梓」

律の提案に頷きかけた澪の言葉を遮るようにして、梓が叫んだ。

「やっぱり、唯先輩抜きで演奏しても意味がないです!」
「確かにね……これだけ用意したんだから」

そう言って、僕は机の上に置かれた飴やティッシュなどを見る。
それらはすべて喉にいいとされている物ばかりだった。
唯が来て演奏できるようにする準備は整っていた。
そんな中、部室のドアが開いた。
唯かと思ってドアの方に視線を向ける。

「どうかしたの?」

やってきたのは真鍋さんだった。

「舞台は少し時間が押しているけれど、予定通りの時間になったら移動してね」
「……分かった」

ついに、時間が来てしまったようだ。

「軽音部、出演者は………全員揃っていて準備完了」
「え?」

僕たちを見渡した真鍋さんは、手にしていた書類に何かを書き込んでいく。
だが、出演者の一人の唯の姿がないのにもかかわらず、準備完了を告げる真鍋さんに、僕は首をかしげずにはいられなかった。
それはみんなも同じだったようで、そんな僕たちを見た真鍋さんは静かに笑うと、口を開いた

「……昔ねこんなことがあったの」

そして真鍋さんの口から語られたのは、幼少期の話。
一緒に遊んでいた二人だったが、唯は何かに夢中になっているようで、それは夕方まで続いた。
夕方になったので、先に家に戻った真鍋さんは自宅にやってきた唯を不思議に思い唯が往復していた場所と思われる浴室の戸を開けたらしい。
すると、浴槽の中が赤一色で埋め尽くされていた。
それは、ザリガニによるものだったとか。

「ひぃぃぃ!!!?」

その光景を想像したのか、澪は耳をふさいでうずくまってしまった。

「む、昔から変な人だったんですね」

そんな衝撃的な話に、梓がそう言うのも無理はなかった。

「でも、どうしてそんな話を?」
「唯って一度夢中になったら、他のことをすべて忘れるの。だから、きっと風邪のことも忘れるわ」

それは、真鍋さんなりの励ましの言葉だった。
そんな時、再びドアが開かれた。

「ちょりーす」
「少しは空気読め!」

大きな顔をして入ってきた山中先生に、律がツッコみを入れた。

「一体今まで何をしていたんですか?」
「そうだよ。大変だったのに」

僕の疑問に、律も乗じて問いかけた。

「あら、何もしていなかったわけじゃないのよ? 今回のことを反省してこの通り、防寒対策を施し対象を作りましたっ!!」

自信満々に言い張る顧問の山中先生の姿に、僕たちは返す言葉がなかった。
ただ言えたのは、

(そのやる気をもっと別のところに回してほしい)

「そして、これがその衣装よ!」
「ん?」

山中先生が掌を向けた方向……ドアから防寒対策を施した衣装を身に纏った唯が姿を現した。

「「唯!」」
「来てたんなら真っ先にここに来なよ!」

唯の到着に、驚く僕たちをしり目に澪が注意した。

(遅れたのは、着替えていたためだったか)

「あれ、あずにゃん?」
「最低です。こんなに心配させるなんて」

非難と良かったと思う気持ちが入り混じった梓の言葉が唯に掛けられた。

「ちゃんと埋め合わせをしなよ? 一番心配してたのは梓なんだから」

(僕も心配してたんだけどね)

澪の言葉に、僕は心の中でツッコんだ。

「え? そ、そうだったの!?」
「全くダメすぎです! 大体、風邪をひいたときだって―――」

梓の言葉を遮るように、唯は後ろから抱きついた。
なんて言っているかはよくわからないけれど、見ていて心が温かくなるような雰囲気なのはわかった。

「仲直りの、キ―――――」

これで一件落着かと思ったら、悪乗りした唯が梓から痛烈な一撃を受けた。

「ほ、本当に私のこと心配してたのかな?」
「さ、さあ?」
「悪ノリするのが悪い」

頬に見事なもみじ模様が入った唯の言葉に、僕はそっけなく答えた。

「さあ、そろそろ時間よ」
「がんばるぞー!」
『おー!』

こうして、学園祭のライブは何とか無事に開かれることに……

「って、唯、ギターはどうしたんだ!?」
「あれ? ここに置いていなかったっけ?」

ギターを持ってきている様子の無い唯に、僕は慌てて問いかけた。

「ギターだったら憂ちゃんが持って帰ったぞ!?」
「………そ、そうだった~!?」
「唯ちゃん」

思い出したのか、頭を抱えて悩みだした唯に山中先生が声を掛けた。
その手にある白色のギターを前に差し出しながら

「これを使いなさい」
「…………」

山中先生に手渡された白色に三角形のような特徴のあるボディのギターを、受け取る唯は呆然としていた。

「ギー太じゃなくてもいいのか?」
「というより、ギー太以外のギターが弾けない」
『だろうな』

唯の言葉も何となく予想できていた。
つまり、どうなるのかというと

「よっしゃあ!!」

唯が走って家まで取りに行くことを示していた。

「あれ、でもライブは……」
「……山中先生、一つ頼まれてくれませんか?」
「へ?」

僕は山中先生に、頼みごとをすることにした。

「学園祭のライブでリードを弾いてほしいんです」
「い、いやよ!」
「お願いします! さわちゃんだけが頼りなんです!」

やはりというべきか力強く拒否する先生に、律が手を合わせて頼み込んだ。

「それなら、高月君が代わりにやればいいじゃない」
「ええ。ですけど、せっかくやるのならインパクトを与えたほうがいいですから。山中先生が演奏してくれればそれだけで強いインパクトを相手に与えることができます」

山中先生の反論に、僕は頷きながらも断った。

「でも……」
「だったら、こういうのはどうですか?」

なおも躊躇う山中先生に、僕は妥協案を示すことにした。
僕は曲目リストの裏面に新たな曲目を書いていく。

1:Don't say lazy
2:ふでペン ~ボールペン~
3:ふわふわ時間タイム

「浩介先輩、この最初の曲は練習してないですよね?」
「大丈夫なのか?」

梓の言うとおり、最初の曲”Don't say lazy”は、それほど練習をしていない。
というのも当初は”Happy!? Sorry!!”の練習を重点的にしていたためだ。
変更した曲は合宿の時以来練習をしていないため、成功率は大幅に低下する。

「正直不安だけど、でも何度も練習しているし、最初の曲に関してはリズムの方は僕ができる限りフォローをする。だから、先生」
「………分かったわ。やるわ」

根負けしたのか、ため息交じりに山中先生は首を縦に振った。

『ありがとうございます』

僕たちは、山中先生にお礼を言うと講堂の方へ向かうのであった。
ついに、2度目の学園祭ライブが幕を開けようとしていた。

拍手[1回]

第74話 できること

「それにしても本当に似てたな。全く気付かなかった」
「浩介はすぐに気付いてたけどな」

あれから少しして、髪形を元に戻した憂を交えて、席について話をしていた。

「だって、上履きの色が違うし」
『……あ』

僕の挙げた理由に全員が声を上げた。
この部室に来た時、憂の履いていた上履きの先の色は、下級生を示す赤い色だった。
上履きもまた、制服のリボン同様に学年ごとに色分けがされている。
つまり、制服は同学年だが上履きは下級生の物というあべこべな服装をしていた。

「いくら唯でも、下駄箱の場所を間違えることはしない」
「なるほど」

僕の推測に感心したように頷く梓。
まあ、それだけではないがここには山中先生もいるので、言わないに越したことはないだろう。

「それにしても、一回家に戻ってから来たのか?」
「は、はい」

律の問いかけに、憂は頷いて答えた。

「梓ちゃんに浩介さん、ごめんなさい。ベッドで寝ているお姉ちゃんを見ていたらいてもたってもいられなくなって」
「う、ううん。気にしないで」
「まあ、理由が理由だし」

曲がり間違っても、”からかおう”や人をだまそうと言ったものではないのは分かっているので、それほど目くじらを立てる必要もないと僕は結論付けていた。

「それにしても、憂ちゃんギターもできたのね」
「いいえ。前にお姉ちゃんに少し触らせてもらっただけです」

ムギの言葉に、憂は首を横に振りながら答えた。

『………』

その衝撃的な言葉に、時間が止まったような錯覚を覚えた。
ふと、想像してみた。
唯の部屋にて唯と憂の二人は向かい合っている。
床にはギター関連の本が置かれていた。

『ねえ、このコードってどういう風に抑えればいいのかな?』
『えっとね………こんな風だよ』

本を見ながら憂は、そのコードを抑えていく。

『へぇ、そうやって押さえればいいんだー』
『うん。書いてあるよ。ここに』

感心したようにつぶやく唯に、憂は一冊の本を指差しながら答えた。

(十分にあり得そう)

妄想ではあるが、確実にそんな光景が繰り広げられていてもおかしくはなかった。

「このまま唯には休んでもらったほうがいいのでは?」
「おーい」

ものすごく不謹慎なことを口にする律に、澪がツッコんだ。
そんな時、再び部室の出入り口のドアが開く音がした。

「やっほ~」
「唯先輩!」
「うわ!? 激しくデジャブ!」

部室に入ってきた唯に、皆は立ち上がると唯の方に駆け寄る。
律の漏らした言葉には多いに賛同したかった。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん大丈夫だよ、憂い~。心配かけてごめんね~」

心配そうに容体を聞く憂に、唯は笑顔で答えた。

(大丈夫じゃない)

いつもより鼻声で話している唯に、僕は心の中でつぶやいた。

「さっき起きたらね、とても楽になっていたから少しは練習を……はっくしょん!」
「うわ!?」

盛大なくしゃみをする唯に、唯の横に移動していた僕は慌てて後ろに飛びのいた。

「だから、大丈夫だよ」
「全然大丈夫じゃない。私にもティッシュを」

唯のくしゃみをもろに受けた律は唯の言葉にツッコむと、憂からティッシュを受け取って顔を拭いた。

「あぁ! ギー太!」

そんな時、唯は長椅子に立てかけられているギターを見つけた。

「こんなところにいたのか~」

ふらふらとした足取りのまま、ギターの前に移動するとそれを持ち上げようと手をかけた。

「って、重いぃ~」
「お、お姉ちゃん!?」

ギターに押しつぶされるように倒れた唯の下に、憂やムギがあわてて駆け寄った。
唯の上に覆いかぶさるギターを適当な場所に立てかけ、長椅子の上に置かれた鞄を一個を残してすべて撤去した。
残った一個のカバン(僕のだけど)を、枕代わりにするのだ。

「とりあえず、この長椅子に寝かして……憂、体温計とかあるか?」
「あ、はい! ここに」

僕の問いかけに、憂は体温計を取り出しながら答えた。

(本当にあったんだ)

勘で憂が持っていると思って聞いたけど、本当に持っているとは驚きだった。

「それじゃ、誰でも良いから体温を測らせて。僕は水とタオルを持ってくる」
「分かった」

矢継ぎ早に指示を出した僕は澪の返事を聞いて、部室を飛び出すと階段の踊り場まで下りて周囲を注意深く見渡す。
誰もいないのを確認した僕は、右手を広げる仕草でホロウィンドウを展開させると、地面と水平に展開したコンソールに情報を打ち込んでいく。
そして、画面に表示されたのは僕の家のお風呂場にある洗面器だった。
僕は転送の項目に触れることで、手元に洗面器を転送させた。
そして、それを手に僕は部室に戻るのであった。





「今度はお茶づけにさせてね」
「え?」

看病しているムギに手を伸ばした唯は、熱に浮かされているのか意味の分からない言葉を口にした。
たぶん色々なものがごっちゃになっているだけだろう。

「全然熱が下がってないじゃないか」
「全然どころか上がってる」

熱を測り終えた体温計が示している数字を見た澪が、驚いた口調で唯に告げた。
この間風邪を引いたと憂から知らされた時の体温は”38度9分”だったのに対し、今回は”39度1分”だった。

(治りかけていたか、もしくは治ってもいない状態で無理してさらに悪化させたか)

そうなった原因を、僕はそう推測した。

「やっぱりだめだね、私」

そんな澪の言葉に、唯は力なく笑いながらつぶやいた。

「学園祭のライブ、私抜きでやった方がいいかもね」
「そんなっ!」

唯が口にした言葉に、ムギが反応した。
だが、それを遮るように唯は僕たちの方を見る。

「あずにゃん、浩君。ギターは任せたよ」
「「ッ!」」

唯の託すような言葉。
その言葉に、僕は衝撃を隠せなかった。

「嫌です」

そんな時に、口を開いたのは梓だった。

「皆で揃って演奏できないんなら、棄権した方がましです! ……ッ」

大きな声で叫んだ梓は、唯に背を向けるとうつむきながら逃げ出そうとする。

(間違えたのか? 僕は選択を……)

このままでは確実に学園祭のライブは中止になる。
それだけではない。
それによって空中分解が発生するかもしれない。
僕は間違えたのだろうか?
やはり、律たちの時に魔法を使うべきだったのだろうか?

「待って梓!」

絶望に染まりかけた僕の耳に、澪のはっきりとした声が聞こえた。

「唯、風邪が治るまで部室には来るな」
「えぇ!? ついに出禁?」

少しの間考え込んだ様子の澪が出した結論は、出禁にも近いものだった。

「そうじゃない。一杯寝て風邪を治すことに専念するんだ私たちは信じているから、唯もあきらめるな」

澪の力強い言葉に、上半身を起き上がらせていた唯はそれを静かに訊いていた。

「梓も、リードの練習をちゃんとすること。これは唯がこれなかったらというわけではなく、今後の為に」
「澪先輩……はい、わかりました」

澪の言葉に、梓も涙をぬぐって答えた。
そして僕たちを見渡すと、澪は明るい表情を浮かべてこう告げた。

「今は私たちにできることをしよう!」

と。










今後の軽音部の方向性も決まり、一応何とかなった。
だが、まだ問題が残っていた。
それが唯をどうやって家まで送るかだった。
本人は大丈夫と言っていたが、ふらふらしていて危なっかしい。
憂がいるとはいえ、さすがに重いギターを背負わせて姉の面倒まで……というのは憚られた。
そこで最初に白羽の矢が立ったのが車を持つ山中先生だった。
だが、山中先生は仕事があるとの理由で、送ることができず、それ以外の女性陣に送らせるというのも少々分が悪い。
ということで、最終的に決まったのは

「で、僕はまたお前をおんぶをして送るというわけか」

僕が唯を背負って送り届けることだった。

「えへへ~」

僕のボヤキにも似た言葉に、唯は嬉しそうな声を上げた。

「何で嬉しそうなんだよ……」

背中で嬉しそうな声を上げる唯に、僕は思わず口をついで疑問の声を出した。

「だって、浩君の背中って気持ちいいんだもん♪」
「はいはい、それはとても光栄です」

ため息交じりに唯の言葉に相槌を打った僕は、そのまま足を進めていく。
憂は僕の横を歩いている。
心配なのか時より唯の方に視線を向けると安心したように視線を戻す。

「あ、そうだ。憂」
「何ですか?」

僕はふと思い出したことを告げるべく憂に声を掛けた。

「今回は仕方ないのかもしれないけれど、これからはあんなことはしないでね」
「は、はい。本当にすみませんでした。」

僕の注意に、憂は本当に申し訳なさそうに謝ってきた。

「でも、浩介さんは本当に上履きだけで気づいたんですか?」
「………鋭いな」

憂の問い問いかけに、僕は降参の意味を込めて答えた。

「僕ってそういう違いを見ることができるんだ。だから憂が入ってきたときに、すぐに気付いた。唯の姿が二重に見えたから。俺と上履きと携帯電話を除けばほぼ完ぺきだったと思うよ」
「そうだったんですか」

そう言う意味では、ほんの些細な間違いさえなければ、僕も最後まで判断することができなかったかもしれない。

「とはいえ、ああいうのは本当にやめてね。一歩間違うと、敵と判断されて怪我では済まなくなるから」
「敵……ですか?」

敵と判断する理由がわからなかったようで、目を瞬かせている憂に、僕はできる限り分かりやすく説明するようにした。

「変そうだと判断した時に、”それじゃ、どうして相手がそんなことをするのか”という部分が大きな問題になる。ただ、大半のやつがろくでもない理由のことが多いから、僕もそれに対応した行動を予測して取っていかなければならない」
「ちなみに、浩介さんならどうしますか?」
「抹殺する」

即答にも近い形で憂の疑問に答えた。

「え……?」
「相手は危害を加えるかもしれない。だとしたら四の五の言わずに潰しておいた方が安全でしょ?」

引き攣った表情を浮かべる憂に、僕はそう言って視線を前方に戻す。
ああは言ったが、本当にそうするわけがない。
ここでそんなことをすると後々面倒なのだ。
行動を起こす前に、相手の心を読み悪意があるようであれば何がしらかの行動を起こすようにしている。
逆に心が読めなければよからぬことをたくらんでいる証でもあるので、素早く判断ができるというわけだ。
問答無用で抹殺するわけではないのだが、ああ言っておいた方が今後変なことはしないのであえてそう言う表現をすることにした。

「だから、やめてね。間違えたら大変だから」
「は、はい」

とりあえず、憂にくぎを刺すことができただけでもよしとしよう。
……その代わりに何か大切なものを失ったような気がするけど。










平沢家に到着した僕は、玄関のドアを開けた憂に、案内されるままに玄関に入る
「それじゃ、浩介さん。ありがとうございました」
「いや、困ったときはお互い様だから。よろしくね」
「はい! 絶対にお姉ちゃんが学園祭のライブに行けるようにします!」

憂の心強い言葉を聞きながら、僕は唯を家の玄関で下すと玄関から出た。

「浩君、学園祭で」
「ああ、待ってるからね」

そして僕は平沢家を後にするのであった。





「はぁ……」

自宅に戻って一目散に自室に向かった僕は、深いため息をついた。

「自分にできること……か」

澪が口にしていた言葉をもう一度口にしてみる。

(僕にできることはなんだろう?)

答えはもうすでに目の前にある。

『MAGIC』のカード。

魔法という意味のカード。
だが、魔法と一言で言っても何ができるのだろうか?
魔法とは、奇跡を強制的に起こす力。
病気を治す魔法は確かに存在するが、僕はそれができない。

「治癒系の魔法は僕の管轄外。できたとしても成功するかどうかも怪しい」

そんな危険なギャンブルをする気はなかった。

「………ん? 通信だ」

考え込んでいるさなか、通信を告げるアラームが鳴り響いたため、僕は考えるのを一旦やめると右手を開く仕草で通信に応じた。

『やっほー、兄さん元気ー?』
「………」

画面に、やけにハイテンションな妹の姿が映し出された。

『あれ? ボーとしてるけど大丈夫?』
「大丈夫だ。あんたのバカテンションに呆れただけだ」

ため息交じりに妹の問いかけに、答えた。

『せっかく危機に直面している兄さんを励まそうと思ってハイテンションで話したのに、バカって何?』
「やっぱり把握してたか」

頬を膨らませながら不満そうに言ってくる妹の言葉をすべて無視した僕は、そう返した。

『まあね。兄さんに関することで、私の知らないことはそれほどないよ。今兄さんの状況はなんとなくではあるけど把握している』
「”把握してるだけで、助ける気はない”だろ?」
『だって、兄さんにそんなものは必要ないし』

妹の言うとおりだった。
今回の一件に人の手助けはいらない。
仮に、手助けを借りられたとしても、連盟長命令で却下されるはずだ。
なぜなら、それは職権乱用だからだ。
魔界には、治癒魔法のエキスパートがいる。
そいつの力を借りれば、唯の風邪はすぐに根治できるだろう。

『でも、風邪と聞くと昔を思い出すよね』
「昔? お前は馬鹿だから風邪なんて引いたことはないだろ?」

覚えている限り、妹が風邪を引いたことは一度もなかった。
よく”バカは風邪をひかない”というが、非常に的を得ていた。

『失礼なっ! これでも副大臣だよ!?』
「しょっちゅうミスとかをやっては連盟長に叱られているけど」

妹は計算系が非常に苦手だ。
そのため、妹の担当した決裁書類は7割間違えている。
そして、連盟長に大目玉をくらうというのが、魔法連盟の恒例行事になっていた。

「まあ、戦闘では非常に頼もしいパートナーなんだけど。で、何を思い出したんだ?」
『思い出さない? 昔、私が初めての単独任務に行く時のこと』
「……………」

妹に言われて、僕は記憶を呼び起こした。

「あー、あれか」

そして、僕は該当する出来事を思い起こすことができた。
それは、妹の初めての単独任務の二日前のこと。
緊張のあまりに、妹は風邪のような病気にかかってしまったのだ。
当然任務は中止になるわけだが、妹はどうしても行きたいと言って譲らなかった。
しまいには、治らなくても行くと言い出すほどまでに。
ちなみに、単独任務というのは優秀な魔法使いにのみ許されるものだ。
当然難易度も大幅に高くなるが、見返りも大きい。
それが単独任務を無事にこなした者に、エリートという名誉ある称号を与えられるということだ。
当然だが、大出世も確約されるため、職員にとってはまさに千載一遇のチャンスなのだ。
だからこそ、妹は無理をしてでもそれをやろうとしていたのだ。
一度こうと決めると、なかなか意思を曲げようとしない頑固なところは誰かに似ているような気がする。

『あの時、風邪をひいた私に魔法を使ってくれたじゃない』
「どんな魔法だったっけ?」

その時のことは覚えているが、どの魔法なのかが思い浮かんでこなかった。

『ほら、交換魔法をアレンジしたやつだよ』
「あー、あれね。確かに使ったな」

”交換魔法”
それは、文字通り交換するための魔法だ。
例えば、熱い液体が入っているAのコップと冷たい水が入っているBのコップ。
この二つを同時に交換するのだ。
つまり、熱い液体がBのコップに冷たい水がAのコップになると言った具合に。
それを応用すれば、病気の人とそうでない人とを交換することもできるのだ。
その魔法を使って、妹は元気になり単独任務に向かい、見事ミッションコンプリートを収めたのだ。
そして、今の魔法連盟法務課副大臣の職に就いたのだ。

『兄さんって、体の回復力がすごいから、あっという間に根治させちゃってたけれど』
「バカ言え。あの魔法はもう使いたくないからな」
『あはは……そうだよね。恥ずかしいもんね』

僕の言葉に、妹もそれを思い出したのか、顔を赤くして苦笑しながら頷いた。
交換魔法にはある問題点があり、僕はそれを使うことを避けるようにしたのだ。

『あ、そうそう。特務こっちは無事に終わったよ』
「そんなの知ってる。背景を見れば」

妹の背景には、高月家に置かれている家具が見えていた。

『む、ちょっと順番を間違えた』
「それじゃ、切るぞ」

ため息をついた僕は、妹にそう告げると通信を切ろうとする。

『うん”またね”兄さん』
「は? それってどういう………って、切りやがった!」

意味深な言葉を残して一方的に通信を切った妹に、僕はどっと疲れが出てしまった。

「寝よう」

まだ夕食を食べていないが、準備をするのも面倒だったので、早めに寝ることにした。
ちなみに、お腹がすいて目が覚めてしまったのは余談だ。










「明日か……」

学園祭を翌日に控えたこの日。
僕は不安にとらわれていた。
それは、当然唯のことだ。
この日も、唯は休んでいるらしい。

『もしもし?』
「あ、高月だけど。ちょっといいかな?」

僕は携帯で憂の携帯に電話を掛けた。

『はい、なんですか?』
「唯の体温を教えてくれないかな?」

僕が電話をしたのは、唯の体温を知るためだった。

『38度1分です』
「そうか」

非常に最悪な結果に、僕は頭を抱えてしまった。

『あの、お姉ちゃん。間に合うと思いますか?』
「………家族であるお前が、信じなくてどうするんだ?」

どこか悲観したような声色で聞いてくる憂に、僕は手を頭から離すと答えた。

『……そうですよね。お姉ちゃんは間に合いますよね』
「ああ。絶対に間に合う」

どこか希望を取り戻した様子で言う憂に、僕も賛同した。

『それじゃ、明日のライブ楽しみにしてますね』
「はは、これは成功させる必要があるな」

憂からのさりげないプレッシャーに、僕は軽く笑いながら答えると電話を切った。

「………」
『行かれるのですね?』

無言で窓のそばに立つ僕に、ネックレスの形状のクリエイトが確認の意味を込めて聞いてきた。

「ああ。僕が……いや、僕にしかできないことだ」
『そうですか。……我が御心はあなたと共に。私はどこへでもついて行きます』
「ありがとう」

クリエイトの優しい言葉に、僕はお礼を言うと右手を開く仕草でホロウィンドウを展開させる。
既に必要な情報は入力済みで、あとは転送の項目に触れるだけだ。
僕は、黒いマントを着ると、項目に触れた。
その瞬間、僕は浮遊感を感じるがそれも一瞬で、気が付けばそこは自分の部屋ではなく唯の部屋だった。

「…………」

僕はベッドの方を見る。
真っ暗だが、しっかりと僕には周囲にある物が見えていた。
それは、魔力で視力が強化されているためでもあった。
唯はベッドで横になってぐっすりと眠っていた。
僕はそんな彼女の傍らに近づく。

「……んぅ」

そんな時、歩く音で気付いたのか目が開いた。

「浩……君?」

寝ぼけた目で僕を見つめる唯。

「これは、夢?」
「ああ。そうだ。泡沫の夢だ」

本当は違うが、夢と思い込ませた方が後々都合がいいので、そうさせておくことにした。

「夢でも、浩君とお話ができ……るんだ」
「僕は、これまでこの力を人を傷つけるためだけに使ってきた」

僕は唯の言葉を無視して、独白する。

「ある時は数百万人の相手を亡き者にしたこともある」

それは、僕が成し遂げた伝説でもあり、罪でもあった。

「でも、そんな僕にだって、人を助けることはできる」

僕はそこまで言うと、唯の方を見た。
未だに寝ぼけ眼で僕を見ている唯。
そんな彼女の前に左手をかざした。

「……ぁ」

それだけで、唯は再び目を閉じて眠りにつく。

「恥ずかしいから眠って」

それは恥ずかしいからというのもある。
交換魔法の欠点。
それは……対象との接触だ。
コップの例だと、コップ同士を。
人の場合は肉体的な接触が必要になる。
妹に交換魔法を使った際、手をつないでやったが非常に時間がかかったのだ。
なので、試しにおでことおでこを合わせるとものの数分で終わったのだ。
つまり、額通しを合わせなければいけないのだ。
だからこそ、妹も恥ずかしがっていたのだ。

(大丈夫。僕にはできる)

僕は、事故が起こらないように唯の額と自分の額を平行ではなく交差する形でくっつけた。

「チェンジ」

それが合図だった。
僕の足元に魔法陣が展開する。
そして、風のようなものが僕たちを包み込む。
続いて、温かい物が僕の中に流れ込んでくる。
それこそが、唯の風邪だ。
言うなれば、病原ウイルス。
代わりに唯の体内からは原因となるウイルスが消えているはずだ。
交換魔法は、従来からある魔法ではなく、AをBに取り込むという吸収魔法をアレンジしただけの魔法だ。
なので、術者が望めば自分の状態を相手に移動させるという”交換”をしないでもよくなるのだ。
僕自身、完全に健康という保証はない。
そのため、自分の状態は相手に移動させない吸収という形式にしたのだ。
こうして、交換魔法は数分で終了した。

「これで、唯は明日には元気になってライブに出られる」

試しに、額に手を当てる。
だが、先ほど交換魔法で額どうしを触れさせた際に感じたような熱は感じなかった。
つまり、成功ということだ。

「よし、早く帰ろう」

そして、僕は唯の部屋を後にした。
明日のライブの成功を確信して。
だが、この時僕はまだ気づいていなかった。
僕の取った行動がのちに最悪の事態を巻き起こすことになるとは。

拍手[1回]

第73話 偽物

翌日の放課後。
僕たちは部室で学園祭に向けて練習を続けていた。
練習の内容は唯抜きで演奏をするというものだった。
その唯抜きの演奏の練習は、とても順調だった。
梓が唯のパートでもあるリードを演奏し、僕は梓が本来担当するリズムを弾いていく。
それが、僕たちが出した最悪の事態に対応した演奏形式であった。
今日もまた唯は学校を休んでいる。
憂の話では少しずつ回復傾向にあるらしいが、気休めだろう。
学園祭まで残り3日。
このままでは本当に、最悪の事態での演奏形式になってしまう。
そして現在は、学園祭で実際に演奏する曲でもある『ふわふわ|時間《タイム》』の演奏を、通しでしているところだ。
曲の最後のところで、全員で音を鳴らすがそれほどズレることもなく曲を終わらせることができた。

「どう? リードの方出来そう?」
「はい、何とか」

澪の問いかけに、梓は頷きながら答えるが、やはりどこか浮かない表情だった。

(唯が抜けただけだというのに、こうも印象は変わるのか)

いつも唯が立つポジションに梓が立っているというのは、どこか落ち着かなく感じてしまう。

「それなら、もう一度曲目を最初から演奏してみよう」

僕はみんなにそう提案した。

「よっしゃ。それじゃ、、行く―――」

僕の言葉を受けて、律がスティックを構えた時だった。
部室の出入り口でもあるドアが静かに開いた。
最初は山中先生だと思ったが、姿を現したのは風邪で欠席していた唯だった。

「やっほー」
「来た!?」

気の抜けるような挨拶と共に、部室に足を踏み入れた唯に、皆が唯の所に駆け寄る。

「風邪はもう大丈夫なのか?」
「あ、風邪か。ゲホッ……ゴホ!」

澪の問いかけに、唯はわざとらしくせき込みだした。

「わざとらしい」
「っていうか、治ってるんなら朝から来いよ。みんな心配してたんだぞ」

呆れたような声を上げる梓に律が小言を漏らす。
唯が来たことで、みんなの表情に活気が戻った。
またいつもの放課後ティータイムの空気が流れる。
だが、それには大きな問題があった。

「それより、早く練習しまし――「その必要はない」――え?」

僕は梓の提案を却下した。

「どういうことだよ? 必要がないって」
「唯は風邪で休んでたんだし、それにその分の練習をしないとまずいだろ」

律と澪が僕に疑問を投げかける。

「だって、必要がないし。今やっても無意味だ。それに今のままなら僕はこいつをステージにはあげさせない」
「え……」

僕のきっぱりとした宣言に、唯の表情が曇る。

「浩介先輩! さすがに唯先輩に失礼ですよ!」
「そうだぞ! せっかくいい方向に行こうとしているのに、何水を差すようなことを言うんだよ」

さすがに今の言葉には、梓達が怒った表情で声を上げた。

「失礼なのはそっちだ。だって、お前……」
「な、何?」

僕はもう一度”唯”を集中して見る。

(やっぱり)

唯の姿にダブって”別の人物”の姿が浮かび上がった。

「唯じゃないだろ」
「「「え?」」」

僕のその言葉に、澪たちが固まった。
僕の目はどのような魔法や変装でも、偽物だとすぐにわかるのだ。
集中してその人物を見て、何か別の人の顔が見えればそいつは偽物ということになる。
分かりやすく言うとAに変装したBがいたとすると、Aの姿にBの姿がダブって見えるのだ。
いつもは違和感を感じる程度だが、集中すればはっきりと見えるようになる。

「な、何を言ってるんだよ。どこからどう見ても唯だろ」
「そうですよ。別に変なところもないですし」

信じられないと言った様子で反論する律に梓。
確かに普通は信じられないだろう。

「そう思うんなら思えばいいし、練習をしたいのであればどうぞ。僕は無意味なことはしない。ここで見させてもらうから」

僕はそう告げて長椅子に腰掛けると腕を組んで目を閉じた。

「浩介先輩……」

梓のどことなく悲しげな声が聞こえた。
僕はいったん考えを別の方向に向ける。

(でも、今回は不鮮明だったな)

それは、唯が偽物であることがわかった時のこと。
別の人物の姿が浮かび上がったが、それはなぜかはっきりとしなかった。
言葉にするのは難しいが、靄のような感じで同じ顔が二重に見えたのだ。

(あんな風になるのはより精巧な……例えば僕やあいつの|完全変装《パーフェクト・コピー》をしない限り………)

そこで、ふといやな可能性が浮かんできた。

(まさか、本当にあいつなのか?)

それは今目の前にいる偽唯が、妹であるということだ。

(でも、それならおかしい)

僕は心の中で否定していく。

おかしすぎるのだ。
まず第一に、ここに魔法使いが来たという記録は残っていない。
だが、あいつならば記録を残さずに来ることは可能だろう。
……しかも僕を驚かすという馬鹿げた理由のためだけに。

(でも、だとしたらあいつらしくないことをしてるよな)

それは唯が履いている上履きだ。
服装は確かに違和感はない。
だが、唯が履いている上履きの色は下級生を示す”青”だった。
ちなみに、僕たち2年生は青、3年生は緑となっている。
つまり、同じ学年の唯が赤色の上履きを吐いているのは不自然なのだ。
あいつならば、そのような間抜けなミスは犯さないだろう。

(となると、残された可能性は)

もう一つだけ、二重に見える原因があった。
それは”双子”の場合だ。
髪形だけしか違わない場合だと、姿が二重に見えてしまうことがある。
僕の目は所詮、真の人物の顔を見ることができるものなのだ
つまり、顔の形は同じで髪形をいじればその人物になれるという人の場合だと、見分けることが難しくなるのだ。
とはいえ、僕たちが使う魔法とは全く別物なので、生命パターンを調べればすぐに誰かがわかるわけだが。
それはともかく。
この条件に一致するのは一人しかいない。
それは、唯の妹”平沢 憂”だ。

(でも一体どうして……)

憂がこのような馬鹿げたことをしたのかと首をかしげたが、いたずら目的でないのだけはわかった。

「1,2!」

そんな僕をよそに、律たちは唯……の姿をした憂と共に練習を始めた

(まあ、演奏すれば偽物だってすぐにわかるだろ)

そうたかをくくっていた僕だが、その目論見はすぐに外れることになる。
それはリードである唯のパートを憂が演奏し始めた時だった。

(ん?)

曲名は先ほどと同じ『ふわふわ|時間《タイム》』だ。
演奏が進んでいく中、僕の疑問は驚きに変わった。

(す、すごい……)

僕の理想形である曲の感じになっていたのだ。
タイミングも、リズムキープも正確で聞いていて心地がいい。
ただ、少し色がなくなったような気もするがだがうまいことには変わりがなかった。

(ば、化物姉妹!?)

姉は絶対音感を持っているし、妹は妹でギターを非常にうまく弾いている。
もしギターをやっていなかったとしたらものすごく失礼だが、天才とかを超えて完全に化物レベルだ。
そんなこんなで、すぐに曲が終わった。
これまでやってきた中で、非常に完成度の高い演奏が。

「じゃーん」

しかも、演奏している本人はものすごく余裕そうだし。

「「「……あれ?」」」

演奏が終わった瞬間、律に見にムギの三人が首をかしげた。
どうやら、いつもの唯の演奏と違うところに気付いたようだった。

「ど、どう思う?」
「ぐ、偶然だろ」

澪の問いかけに、信じられないと言わんばかりに声を引きつらせる律はそう答えた。

「………もう一度やってみよう」
「そうだな」

澪の提案で、もう一度同じ曲を演奏することになった。
だが、それもまた完全にピッタリな演奏だった。
しかも、どんどん正確度が増しているようにも思える。

「ふぅ……」

そして本人はまだ余裕そうだし。

「……唯」
「はい」

うつむいて肩を震わす澪の言葉に、憂が返事を返した。
どうでもいいが、口調は完全に憂そのものだった。

「こんなにピッタリ合うなんてっ!」
「唯のリズムキープが正確すぎるんだ、何があったっ!?」

澪と律のが憂に駆け寄ると、うまい演奏の理由を問いただした。

「べ、別に何も」

そんな二人の雰囲気に圧されるように、憂は答えた。

(しかし、タイミングが合わなければ注意され、合えば今度は皆に質問攻めにされる)

何だか無性に唯が不憫に思えてきた。

「月が赤いわ」
「えぇ!?」

しかも仕舞いには天変地異の前触れにまでされている始末だし。

「良いじゃないですか、演奏がうまいのならばそれで。私は演奏していてとっても気持ちよかったです!」
「そ、そうだよ。梓ちゃんの言うとおりだよ」

(あーあ、ぼろ出した)

もう彼女が憂だというのは確定だ。
妹は確実に、梓のことをあだ名で呼ぶだろう。

(でも、念のために)

僕は首掛けてある勾玉を手にする。
それに魔力を込めることで、勾玉の力を発動させる。
一度目を閉じて再び開くと、世界から色がなくなる。
そしてみんなの動きがスローモーションになる。
それは極限の集中状態になった証だ。
この状態で見るのは偽唯の身体だ。
その体から発せられるエネルギーのパターンを見るのだ。
唯や律たちは、微弱ではあるが魔力に似たようなエネルギーを放出している。
それにはもちろん個人差があるので、識別が可能なのだ。

(やっぱり唯のでもあいつのでもない)

偽唯からは魔力反応はおろか、唯のエネルギー反応は感知できなかった。
代わりに憂の物と似たエネルギーパターンを感知していた。

「ふぅ……」

息を吐き出しながら、気を緩める。
すると、周りに色が戻った。

「そうだよ、律さんに紬さんも疑いすぎだよ」

それは、憂がさらに墓穴を掘るのと同時だった。

「律さん?」
「紬さん?」
「あっ……」

もう頃合いだろうと判断して、座っていた長椅子から立ち上がる。

「もういいよ。遊びは終わりだ、憂」
「そうよ。もういいんじゃないの?」

僕の言葉に同意するように、いつの間に来ていたのか山中先生が憂に告げた。

「いたのかよ!? ……って」
『憂ちゃん!?』

僕と山中先生の言葉で、ようやく気付いたのか驚きの声が上がった。

「皆の目はごまかせても、私と高月君の目は誤魔化せないわよ!」

先ほどまで座っていた椅子から立ち上がりながら告げると、憂に向かって指を突き付け

「だって、唯ちゃんより胸が大きいじゃない!」
「って、そんな理由!?」

あまりにもあれな理由に、僕は思わずツッコんでしまった。
ちなみに、胸の大きさで僕は憂いと唯を判断してはいない。

「な、何のことやらさっぱりわかりません!」
「だったら梓のあだ名を言ってみろ!」

未だにしらをきり続ける憂に、僕はそう促した。
本物の唯ならば、すぐに言えることだ。

「あ、梓二号!」
「うわ、偽物だ!」

憂の口にした梓のあだ名で、偽物であることは確定した。

「ち、違うよ。あ、新しく考えたあだ名だよ!」
『………』

憂の切り返しに、言葉を失う一同。

「往生際が悪いやつが一番嫌いなんだが……だったら、決定的な証拠でも突きつけましょうか」

ため息交じりに、僕は長椅子に置いてあった自分のカバンの中から携帯電話を取り出す。

「ど、どうするんですか?」
「電話をするに決まってるでしょ」
「あー、なるほどね」

梓の問いかけに答える僕の言葉に、山中先生は何を証明しようとしているのかを悟ったのか、感心したようすで頷いた。
僕はこの間掛ってきた憂の携帯電話の番号を呼び出すと、発信ボタンを押した。
しっかり者の彼女ならば、確実に自分の携帯電話は持ってきているはずだ。
そんな僕の推測通りに、憂の方から携帯の着信音が鳴り響く。

「今掛けている相手は憂の携帯電話。やっぱりちゃんと身に着けてたようだな。これで認める気になった?」
「そ、それは……」

追い詰められているのか先ほどから視線をあっちこっちに向けている。

「違うというのであれば、着信画面を見せてくれる?」
「どうして?」

僕の要求に、ムギが首を傾げながら理由を聞いてきた。

「唯と憂とで、電話帳に登録している名前が違うから。例えば澪の場合は『澪ちゃん』だし、梓の場合は『あずにゃん』になってる。僕の場合は……」
「あー、”浩君”か」

僕の言葉を遮って律が口にしたので、僕は頷くことで答えた。
唯が澪の名前を何と登録しているかは知らない。
だが、僕のことを”浩君”で登録したり、梓のことを”あずにゃん”で登録しているあたり、おそらく澪もそれで正しいはずだ。

「もし、違うのであれば。着信画面、見せられるよね?」
「う………」

僕の言葉に、憂が固まった。

「こんな時にこういうことを言うのは非常に酷だけど、こういう状態をチェスで言うと」

僕はそんな憂にそれを告げる。

「チェックメイト」
「ごめんなさい」

もう言い逃れはできないと悟ったのか、項垂れながら謝罪の言葉を口にするのであった。

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第72話 衝撃の知らせ

バンド名も無事に決まり、学園祭まで残り二週間を切ったある日の放課後。
この日も学園祭に向けて練習をしていた。
とは言っても、通しで演奏をして見つかった問題点を改善していくという詰めの段階だ。
そのおかげで、何とか人に聞かせることのできるレベルにまで問題は改善することができた。

「あら、みんなもう練習をしていたのね」
「あ、さわちゃん」

そんな中、顧問である山中先生が部室を訪れた。
大量の衣装が掛けられたカートのようなものを持って。

(何だか嫌な予感がする)

そして、その予感は現実のものとなる。

「あの、先生。それはなんですか?」
「これはね、梓ちゃんたちのために用意した学園祭用の衣装よ!」
「……え」

衣装を指差しながら山中先生に疑問を投げかけた梓は、その返答に固まった。

「さあ! この中から好きな衣装を選んで!」
「うわ、強制かよ!?」

もはや拒否する余地は与えないと言わんばかりの山中先生に、僕はため息をつきそうになった。

(なんだかものすごくマニアックなものがあるし)

ウェイトレスやバニー服にチャイナドレスなどなど。
まさしくマニアックなものだった。
驚きなのは、それをノリノリで着ていくムギだが。

「なんだか楽しくなってきました」
「おーい、帰ってこい」

洗脳されかかっている澪が危ない方向に行きかけている。

「ねえ、見てみて!」
「ん?」

そんな中、いつの間に着替えていたのか青色に赤色の丸型の模様があしらわれた浴衣を着ている梓とピンク色に赤っぽい丸型の模様があしらわれる浴衣を着ていた。

「これはどうですか?」
「これ可愛いよ~」

そう言って後ろを向く梓の横で笑顔を浮かべながら飛び跳ねる唯。

「そうね。それなら動きやすそうだし」
「ま、まあ。それなら」

律以外の女性陣の反応は良好だった。

「これにしようよ~」
「まあ、これならいいか」

とそんな流れで、何とか衣装は浴衣に決まった。

「それじゃ、みんなの分を作るわね」
「あの、山中先生」

衣装が決まったことで、浴衣の服を僕たちの分も作るために部室を後にしようとする先生を僕は引き止めた。

「作る時は、ちゃんと男物も作ってくださいね?」
「もちろんよ。任せなさい!」

胸を叩いて頼もしそうに答えるが、去年それで女子用の衣装のみを持ってきた前科がある。

(本当に信じていいのかな?)

そんな不安を感じてしまうのであった。

「唯、練習の続きをするから着替えろ」
「えー、私はお茶にしたい!」

唯に注意すると思わぬところから反論されてしまった。

「もうライブまで日もないんですよ?」
「そう言う時だからこそ、ゆとりって大事じゃない?」

(ゆとりと、サボるのは違うんだけど)

「た、確かにそうですけど」
「………はぁ。だとしても、制服に着替えろ」

律の説得は無理なのでしないことにして、僕は唯に再度着替えるように促した。

「ねえねえ、これ似合ってる?」
「十分に似合ってる。だから制服に着替えろ」

一回転してアピールをしながら聞いてくる唯に、僕は半ば投げやりになりながらももう一度着替えるように促す。

「ぶーぶー。浩君今日はノリが悪いー」
「はいはい。良いからいい加減着替えなって。」

頬をふくらませて抗議する唯に、僕は何度目になるかわからない促しをした。

「分かったよ。浩君のいけず」

不満を漏らしながらも着替えに向かう唯に、僕は心の中でため息をついた。

「何だか必死だよな、浩介」
「そうか?」

律の言葉に、僕は首をかしげながら聞きかえした。

「だって、あそこまで食い下がる浩介始めてみたぜ」
「私もだ澪たちが言うのだから、間違いはないのだろう。」

(ちょっと反省、かな)

少し強すぎたのかもしれないので、僕は心の中で反省することにした。

「まあ、学園祭も近いし、せっかくライブができるんだから服に穴が開いたりしたら大変でしょ」
「なるほど。唯ならやりかねない」
「律先輩、それは唯先輩に失礼なのでは? 気持ちは分かりますけど」

後輩にまで分かられる唯のことが、とても不憫に思えてきた。
そんなこんなで、制服に着替えた唯を加えて、いつものティータイムへと移った。
僕たちの今の状態は、バンド名そのままだった。

「そういえば、浩君はみんなのことを携帯の電話帳になんて登録してるの?」
「いきなりなんだ? やぶから棒に」

唯の突然の問いかけに、僕は内心で首をかしげながら聞き返した。

「ほら、人によって、名前とか色々打ち方があるかなーって思って。例えば、私は浩君のことは”浩君”で登録しているし、あずにゃんのことも”あずにゃん”で登録しているから」
「まあ、どんな名前で登録しようが個人の自由だから、とやかく言うことはないけど僕はたいていは苗字だけかな。電話帳ってふとした拍子に誰かが見ることもあるから。まあ姉妹とか兄弟がいる場合はフルネームだけど」

僕のはおそらくオーソドックスなつけ方だと思う。

「なんだ、つまんないの。てっきり”番長”とかそんな感じのあだ名で登録してるかと思った」
「一体律の頭の中の僕は、どれだけ変なやつなんだよ?」

思わず律の言葉に、僕は突っ込みを入れてしまった。
そんなこんなで、いつものように時間が過ぎていくのであった。










「そろそろ長袖でも出しておくか」

それから数日後の夜、自室で僕は冬用の服を出そうか悩んでいた。
まだ季節は秋だが、少しずつ肌寒くなってきた。
現に、夏と同じようにシャワーでお風呂を澄ましたが、あまりの寒さに体を震わせたほどだ。
だからと言って、冬服はまだ少しだけ時期が早いようにも思える。

「…………もう少し様子を見るか」

結局、僕は様子見を選ぶことにした。

(にしても、何とかいい方向に流れてくれてよかった)

タロット占いで出た軽音部(放課後ティータイムだが)の空中分解の危機。
それは、澪と律の喧嘩によって引き起こされそうになった。
だが僕たちは、なんとかその危機を脱することができた。
若干ではあるが、目には見えない何かを狭間見たような気がした。

「でも、これで終わりなのだろうか?」

ふと、口をついで出てきたのは、そんな不安だった。
僕には胸騒ぎを感じていた。
その原因が

「あの時出たタロットで、まだ起きていないカードが二枚ある」

選ばれたすべてのカードは”必ず”現実になるのがこの占いの特徴だ。
だからこそ、律と澪を指すカードの原因が現実となり、僕が何もせず澪と律が話し合うことを示すカードも現実のものとなった。
そして、まだそれが現実になっていないカードが二枚ある。

「天然を示す『NATURAL』と、魔法を示す『MAGIC』」

きっといつか、この二枚に関係する何かが起こる可能性もある。
だが、天然関連で放課後ティータイムが空中分解する程の問題とは、どんなものなのだろうか?

「現時点でこの世界に、魔法使いが侵入したという記録もないし」

念のために先ほど調べた結果、まだ魔法使いがこの世界に来たという記録はない。
普通の天然ではないことは明らかだ。
もし何らかの力の持ったが天然が原因だとすると、それは魔法以外にはありえなかった。
正直に言って、自分で何を言っているのかが分からなくなることがある。
だが、その魔法使いも僕以外にはまだこの世界にいない。

(この間の時間ループの一件は、本当に異常事態だったんだよな)

あれはそもそも、我々に認知されないように魔界を出て、この世界に降り立ったために起こってしまった犯罪だ。
ちなみに、出入国管理センターとは、早い話が外国で行う入国審査のようなものだ。
そこにある転送用のゲートを使って、他世界へと向かう。
そして、それを利用する際には、必ず管理センターの方で記録が残るのだ。
ここまでは、普通の入国審査のような感じだが、管理センターでは転移魔法の反応も検知することができるのだ。
それによって、違法出国者や入国者を把握することができるのだ。
ただしそれにも穴があり、外部エリア(管理センターよりも南側の何もない草原のような場所)ではそれを探知することができない。
とはいえ、転移先の世界で何らかの監視がされている場合は、そこで情報がキャッチされるが。
キャッチされた情報は、出入国管理センターを通じて、魔法連盟へと連絡がいく仕組みになっている。
報告を受けたのが、犯人が不法出国した日の担当責任者であり、その日は責任者は居眠りを数時間程度して監視を怠っていたらしいのだ。
それだけならば、さほど問題にはならない。
せいぜい訓告程度だろう。
だが、一番の問題はそれの発覚を恐れて、転移先であるここから送られた情報を無視したことだ。
ちなみに当然のことだが、この職員は懲戒免職という重い罰を科されることとなった。
閑話休題。

「本当にどういう意味なんだ?」

これで何度目になるかわからない疑問に頭を抱えていると、携帯電話への着信を告げる音が鳴り響いた。

「あれ? 憂だ」

なぜか唯が憂に連絡先を教えていたらしく、憂からも連絡が来ることがある。
尤も、話の内容は唯がどうしているかといった感じだが。
その憂からの連絡に、僕は嫌な予感を感じてならなかった。

「はい、高月です」
『浩介さん! 大変です!!』

出ないわけにもいかず、電話に出ると悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。
その声の大きさに、僕は思わず携帯電話を耳から話した。

「分かったから、落ち着いて。はい! 深呼吸」
『は、はい!』

僕はとりあえず憂を落ち着かせることにした。

「それで、何が大変なんだ?」
『お姉ちゃんが、風邪を引いたんです!』
「…………………」

憂の口から出た言葉に、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。

「何ぃっ!!?」

今度は僕が叫ぶ番だった。

「それで、唯の容体は?」
『えっと、38度9分で今寝ています』

(かなり高いな)

唯の容態に、僕は心の中でつぶやく。

「他の皆には?」
『連絡しました』

とりあえず、事態は把握できた。
唯は風邪をひいてしまったようだ。

「とりあえず、容体が悪化するようなら僕に連絡をしてもらえる? 知り合いに医者がいるからそいつのところに連れて行くから」
『分かりました』

とりあえず、憂に指示を出しておくことにした。
そして”失礼します”との憂の言葉で電話は切られた。

(残りも一週間をきっている状態で風邪か……少々まずいな)

数日もすれば風邪は治るだろうが、練習の件を考えるのであればかなりまずい状況だ。

「風邪………?」

ふと、僕の頭の中に何かが浮かび上がった。

(ま、まさか……)

それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい結論だった。

「『NATURAL』が示していたのは、唯のこと!?」

ありえなくはない。
確かに、唯は天然だ。
真鍋さんが去年の勉強会で話していたストーリーからも、十分にそれは言えるだろう。
それが良い所でもあり、悪い所でもある。
まあ、憎めないタイプの人というのは、僕にとってはある意味うらやましいのだが。
このタロットカード占いは、実に意地が悪く意味を把握しずらいカードが出てくることがあるのだが、今回がその例だ。
「全くもって、最悪だ」

(問題は楽器を持って演奏ができる体力を回復することができるか……か)

時間は限られているが、今は唯の回復力を信じることしか僕にはできなかった。










それからさらに数日が経った。

「はぁ……」
「おいおい、ため息をつくと幸せが逃げていくぜ」

本日何度目かわからないため息をついていると、慶介がお気楽な感じで声をかけてきた。

「お前はいいよな。能天気で」
「何だか言葉の端々から嫌味を感じたぞ」

慶介にしては鋭かった。

「まだ平沢さんの風邪治らないのか?」

慶介の問いかけに、僕は頷くことで答えた。
ちなみに、慶介には僕が唯が風邪を引いたことを知った次の日には話していた。
理由は分からないが、もしかしたら今後何かをする際に戦力になる可能性が高いと思ったからだ。
友人だからではないと思う……たぶん。

「昨日の時点では治っていないって言ってたから、今日はどうなのかはわからない」
「だったら、今聞きに行こうぜ」

僕の言葉に、慶介が突然そんなことを言い出した。

「はい?」
「だから、平沢さんの様子を聞くために妹さんの教室に行こうと言ってるんだ」

慶介の突然の提案に、首をかしげる僕に慶介はため息交じりに告げた。

「さあ、行くぞー」
「わかったから、引っ張るなっ!」

僕は慶介に引きずられるようにして、憂達のクラスへと向かうのであった。
しかし、慶介のこの行動力には、さすがの僕も舌を巻いていた。





「あれ、浩介に佐久間じゃん」
「律に澪。二人も唯の様子を聞きに?」
「ああ。まだ教室には来ていないらしいけど、もしかしたらと思って」

憂達のクラスの前に向かうと、先に来ていた律が声を掛けてきたので、僕が疑問を投げかけると澪が頷きながら答えた。

「それじゃ、一緒に入ろ――「いや、待つんだ!」――……何?」

前の方のドアから中に入ろうとする僕を、律が引き留めた。

「こういうのは何事もインパクトが大事なんだ!」
「はい?」

様子を聞くだけなのに、どうしてインパクトの話になるのか、その話のつながりがよくわからなかった。

「ということで、浩介達は後ろのドアから、私たちは前から突入する」
「よし! 先頭はこの俺が勤めよう!」
「任せるたぞ、佐久間隊員!」

なぜか意気投合している慶介と律の二人。

「「……」」

そんな二人に、僕と澪は肩をすくませ合った。
そんなこんなで、無理やり配置に付けさせられた僕たちに、慶介が

「行くぞ」

と言ってきたので、僕は『はいはい』と適当に返事を返した。
そんな僕の返事など気にもしていないのか、僕から顔を背けると、ドアに手をかけた。

「「頼も~~~~う!!!」」

そして大きな声で叫びながら律と慶介は同時にドアを開けると叫び声をあげた。
その瞬間、憂達のクラスが固まった。

「下級生をビビらせるなっ!!」
「うっさいっ!!!」

そして馬鹿げたことをした二人に鉄槌が下ったのもまた同時だった。

「フ、吹き飛ぶほどの友情を感じた……ぜ」

意味不明なことを口にしながら教室の端の方で気を失う慶介を無視して、僕は教室に足を踏み入れた。

「あ、あの浩介先輩?」
「気にするな。あれはただの幻覚と幻聴だ」

顔をひきつらせながら聞いてくる梓に、僕はそう告げるのであった。





「それにしても、こんな時期に風邪をひくなんて、弛んでる証拠だ!」
「お前が言うな」

少し前まで、部を巻き込んだ大げんかの後に風邪を引いた律に、僕は鋭いツッコミを入れた。

「そうですよ! 時期的に考えても律先輩の風邪が移ったんですよ!」
「へ? 私?」

そんな僕に援護射撃をするかの如く梓が告げた言葉に、律は目を丸くしながら自分を指差した。

「あ、でもこの間浴衣が気に入ったみたいで一日中来ていたから、それで体が冷えちゃったのかも」
「……子供か」

(い、家に持ち帰って着たんだ)

憂の言葉に、僕は唯の行動にため息が漏れそうになった。

「それにしても、あの服はいいとは思ったけどよくよく考えてみると、恥ずかしいよな」
「そうですよね」

律のつぶやきに、梓も頷く。
あの時は精神状態が正常ではなかっただけなのかもしれない。
でも、ある意味でまともなのは浴衣だけだったのもまた事実なのだ。

「だよな、澪?」
「………」

問いかけられた澪は手を組んだまま、目を閉じて何かを考えている様子だった。

「梓、今日からリードの練習も始めてもらえないか?」
「それって、唯がライブまでに間に合わないということか?」

澪の指示に、律が疑問を投げかける。

「……でも」

梓が何かを言いかけたところで、予鈴が鳴った。

「あくまでも万が一を考えてだから」
「……教室に戻ろう。授業も始まるし」

梓が納得してはいないのは、浮かない表情をしているのを見て明らかだ。
なので、僕は強引ではあるが話を切り上げさせた。
短い時間で梓を説得するのは無理だし、梓自身にも少しだけ自分で考える時間は必要だと思ったからだ。

「そうだな。それじゃ、放課後」
「またな」

澪たちも、僕の提案に頷くと梓に声を掛けて教室を去っていく。
僕はその二人を見送りながらも、二人の前を後にした。

「あの、高月先輩」
「何だ?」

そんな中、僕を呼び止める女子生徒がいたので、僕は振り返りながら用件を尋ねる。

「あ、あの。あそこにいる人も……一緒に連れて行ってください」

女子生徒に言われて、僕はようやく教室の端の方で伸びている慶介の存在に気が付いた。

「あ……すまない、忘れてた。ちゃんと連れて行く。ありがとう」
「い、いえっ」

とりあえずお礼を言うと、僕は慶介の下に歩み寄る。

「本当にのびてるなこりゃ」

いつもなら瞬時に回復する慶介が回復しないところを見ると、おそらく回復力を上回るダメージだったのだろう。

(まあ、そのうち復活するだろう)

軽く考えた僕は腕をつかむと、そのままずるずると引きずりながら慶介を連れて行くのであった。
ちなみに、これは余談だが、毎朝行われるSHRでの出席確認の時も、気を失っていた慶介は見事に欠席扱いになった。

「のぉぉぉ!! 俺の皆勤賞がぁっ!!!」

それを知った慶介はそのことを嘆くのであった。

(自業自得だけど、なんだかかわいそうだな)

後で小松に慶介を出席扱いにするように、指示を出しておこうと決める僕なのであった。

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