翌日の放課後。
僕たちは部室で学園祭に向けて練習を続けていた。
練習の内容は唯抜きで演奏をするというものだった。
その唯抜きの演奏の練習は、とても順調だった。
梓が唯のパートでもあるリードを演奏し、僕は梓が本来担当するリズムを弾いていく。
それが、僕たちが出した最悪の事態に対応した演奏形式であった。
今日もまた唯は学校を休んでいる。
憂の話では少しずつ回復傾向にあるらしいが、気休めだろう。
学園祭まで残り3日。
このままでは本当に、最悪の事態での演奏形式になってしまう。
そして現在は、学園祭で実際に演奏する曲でもある『ふわふわ|時間《タイム》』の演奏を、通しでしているところだ。
曲の最後のところで、全員で音を鳴らすがそれほどズレることもなく曲を終わらせることができた。
「どう? リードの方出来そう?」
「はい、何とか」
澪の問いかけに、梓は頷きながら答えるが、やはりどこか浮かない表情だった。
(唯が抜けただけだというのに、こうも印象は変わるのか)
いつも唯が立つポジションに梓が立っているというのは、どこか落ち着かなく感じてしまう。
「それなら、もう一度曲目を最初から演奏してみよう」
僕はみんなにそう提案した。
「よっしゃ。それじゃ、、行く―――」
僕の言葉を受けて、律がスティックを構えた時だった。
部室の出入り口でもあるドアが静かに開いた。
最初は山中先生だと思ったが、姿を現したのは風邪で欠席していた唯だった。
「やっほー」
「来た!?」
気の抜けるような挨拶と共に、部室に足を踏み入れた唯に、皆が唯の所に駆け寄る。
「風邪はもう大丈夫なのか?」
「あ、風邪か。ゲホッ……ゴホ!」
澪の問いかけに、唯はわざとらしくせき込みだした。
「わざとらしい」
「っていうか、治ってるんなら朝から来いよ。みんな心配してたんだぞ」
呆れたような声を上げる梓に律が小言を漏らす。
唯が来たことで、みんなの表情に活気が戻った。
またいつもの放課後ティータイムの空気が流れる。
だが、それには大きな問題があった。
「それより、早く練習しまし――「その必要はない」――え?」
僕は梓の提案を却下した。
「どういうことだよ? 必要がないって」
「唯は風邪で休んでたんだし、それにその分の練習をしないとまずいだろ」
律と澪が僕に疑問を投げかける。
「だって、必要がないし。今やっても無意味だ。それに今のままなら僕はこいつをステージにはあげさせない」
「え……」
僕のきっぱりとした宣言に、唯の表情が曇る。
「浩介先輩! さすがに唯先輩に失礼ですよ!」
「そうだぞ! せっかくいい方向に行こうとしているのに、何水を差すようなことを言うんだよ」
さすがに今の言葉には、梓達が怒った表情で声を上げた。
「失礼なのはそっちだ。だって、お前……」
「な、何?」
僕はもう一度”唯”を集中して見る。
(やっぱり)
唯の姿にダブって”別の人物”の姿が浮かび上がった。
「唯じゃないだろ」
「「「え?」」」
僕のその言葉に、澪たちが固まった。
僕の目はどのような魔法や変装でも、偽物だとすぐにわかるのだ。
集中してその人物を見て、何か別の人の顔が見えればそいつは偽物ということになる。
分かりやすく言うとAに変装したBがいたとすると、Aの姿にBの姿がダブって見えるのだ。
いつもは違和感を感じる程度だが、集中すればはっきりと見えるようになる。
「な、何を言ってるんだよ。どこからどう見ても唯だろ」
「そうですよ。別に変なところもないですし」
信じられないと言った様子で反論する律に梓。
確かに普通は信じられないだろう。
「そう思うんなら思えばいいし、練習をしたいのであればどうぞ。僕は無意味なことはしない。ここで見させてもらうから」
僕はそう告げて長椅子に腰掛けると腕を組んで目を閉じた。
「浩介先輩……」
梓のどことなく悲しげな声が聞こえた。
僕はいったん考えを別の方向に向ける。
(でも、今回は不鮮明だったな)
それは、唯が偽物であることがわかった時のこと。
別の人物の姿が浮かび上がったが、それはなぜかはっきりとしなかった。
言葉にするのは難しいが、靄のような感じで同じ顔が二重に見えたのだ。
(あんな風になるのはより精巧な……例えば僕やあいつの|完全変装《パーフェクト・コピー》をしない限り………)
そこで、ふといやな可能性が浮かんできた。
(まさか、本当にあいつなのか?)
それは今目の前にいる偽唯が、妹であるということだ。
(でも、それならおかしい)
僕は心の中で否定していく。
おかしすぎるのだ。
まず第一に、ここに魔法使いが来たという記録は残っていない。
だが、あいつならば記録を残さずに来ることは可能だろう。
……しかも僕を驚かすという馬鹿げた理由のためだけに。
(でも、だとしたらあいつらしくないことをしてるよな)
それは唯が履いている上履きだ。
服装は確かに違和感はない。
だが、唯が履いている上履きの色は下級生を示す”青”だった。
ちなみに、僕たち2年生は青、3年生は緑となっている。
つまり、同じ学年の唯が赤色の上履きを吐いているのは不自然なのだ。
あいつならば、そのような間抜けなミスは犯さないだろう。
(となると、残された可能性は)
もう一つだけ、二重に見える原因があった。
それは”双子”の場合だ。
髪形だけしか違わない場合だと、姿が二重に見えてしまうことがある。
僕の目は所詮、真の人物の顔を見ることができるものなのだ
つまり、顔の形は同じで髪形をいじればその人物になれるという人の場合だと、見分けることが難しくなるのだ。
とはいえ、僕たちが使う魔法とは全く別物なので、生命パターンを調べればすぐに誰かがわかるわけだが。
それはともかく。
この条件に一致するのは一人しかいない。
それは、唯の妹”平沢 憂”だ。
(でも一体どうして……)
憂がこのような馬鹿げたことをしたのかと首をかしげたが、いたずら目的でないのだけはわかった。
「1,2!」
そんな僕をよそに、律たちは唯……の姿をした憂と共に練習を始めた
(まあ、演奏すれば偽物だってすぐにわかるだろ)
そうたかをくくっていた僕だが、その目論見はすぐに外れることになる。
それはリードである唯のパートを憂が演奏し始めた時だった。
(ん?)
曲名は先ほどと同じ『ふわふわ|時間《タイム》』だ。
演奏が進んでいく中、僕の疑問は驚きに変わった。
(す、すごい……)
僕の理想形である曲の感じになっていたのだ。
タイミングも、リズムキープも正確で聞いていて心地がいい。
ただ、少し色がなくなったような気もするがだがうまいことには変わりがなかった。
(ば、化物姉妹!?)
姉は絶対音感を持っているし、妹は妹でギターを非常にうまく弾いている。
もしギターをやっていなかったとしたらものすごく失礼だが、天才とかを超えて完全に化物レベルだ。
そんなこんなで、すぐに曲が終わった。
これまでやってきた中で、非常に完成度の高い演奏が。
「じゃーん」
しかも、演奏している本人はものすごく余裕そうだし。
「「「……あれ?」」」
演奏が終わった瞬間、律に見にムギの三人が首をかしげた。
どうやら、いつもの唯の演奏と違うところに気付いたようだった。
「ど、どう思う?」
「ぐ、偶然だろ」
澪の問いかけに、信じられないと言わんばかりに声を引きつらせる律はそう答えた。
「………もう一度やってみよう」
「そうだな」
澪の提案で、もう一度同じ曲を演奏することになった。
だが、それもまた完全にピッタリな演奏だった。
しかも、どんどん正確度が増しているようにも思える。
「ふぅ……」
そして本人はまだ余裕そうだし。
「……唯」
「はい」
うつむいて肩を震わす澪の言葉に、憂が返事を返した。
どうでもいいが、口調は完全に憂そのものだった。
「こんなにピッタリ合うなんてっ!」
「唯のリズムキープが正確すぎるんだ、何があったっ!?」
澪と律のが憂に駆け寄ると、うまい演奏の理由を問いただした。
「べ、別に何も」
そんな二人の雰囲気に圧されるように、憂は答えた。
(しかし、タイミングが合わなければ注意され、合えば今度は皆に質問攻めにされる)
何だか無性に唯が不憫に思えてきた。
「月が赤いわ」
「えぇ!?」
しかも仕舞いには天変地異の前触れにまでされている始末だし。
「良いじゃないですか、演奏がうまいのならばそれで。私は演奏していてとっても気持ちよかったです!」
「そ、そうだよ。梓ちゃんの言うとおりだよ」
(あーあ、ぼろ出した)
もう彼女が憂だというのは確定だ。
妹は確実に、梓のことをあだ名で呼ぶだろう。
(でも、念のために)
僕は首掛けてある勾玉を手にする。
それに魔力を込めることで、勾玉の力を発動させる。
一度目を閉じて再び開くと、世界から色がなくなる。
そしてみんなの動きがスローモーションになる。
それは極限の集中状態になった証だ。
この状態で見るのは偽唯の身体だ。
その体から発せられるエネルギーのパターンを見るのだ。
唯や律たちは、微弱ではあるが魔力に似たようなエネルギーを放出している。
それにはもちろん個人差があるので、識別が可能なのだ。
(やっぱり唯のでもあいつのでもない)
偽唯からは魔力反応はおろか、唯のエネルギー反応は感知できなかった。
代わりに憂の物と似たエネルギーパターンを感知していた。
「ふぅ……」
息を吐き出しながら、気を緩める。
すると、周りに色が戻った。
「そうだよ、律さんに紬さんも疑いすぎだよ」
それは、憂がさらに墓穴を掘るのと同時だった。
「律さん?」
「紬さん?」
「あっ……」
もう頃合いだろうと判断して、座っていた長椅子から立ち上がる。
「もういいよ。遊びは終わりだ、憂」
「そうよ。もういいんじゃないの?」
僕の言葉に同意するように、いつの間に来ていたのか山中先生が憂に告げた。
「いたのかよ!? ……って」
『憂ちゃん!?』
僕と山中先生の言葉で、ようやく気付いたのか驚きの声が上がった。
「皆の目はごまかせても、私と高月君の目は誤魔化せないわよ!」
先ほどまで座っていた椅子から立ち上がりながら告げると、憂に向かって指を突き付け
「だって、唯ちゃんより胸が大きいじゃない!」
「って、そんな理由!?」
あまりにもあれな理由に、僕は思わずツッコんでしまった。
ちなみに、胸の大きさで僕は憂いと唯を判断してはいない。
「な、何のことやらさっぱりわかりません!」
「だったら梓のあだ名を言ってみろ!」
未だにしらをきり続ける憂に、僕はそう促した。
本物の唯ならば、すぐに言えることだ。
「あ、梓二号!」
「うわ、偽物だ!」
憂の口にした梓のあだ名で、偽物であることは確定した。
「ち、違うよ。あ、新しく考えたあだ名だよ!」
『………』
憂の切り返しに、言葉を失う一同。
「往生際が悪いやつが一番嫌いなんだが……だったら、決定的な証拠でも突きつけましょうか」
ため息交じりに、僕は長椅子に置いてあった自分のカバンの中から携帯電話を取り出す。
「ど、どうするんですか?」
「電話をするに決まってるでしょ」
「あー、なるほどね」
梓の問いかけに答える僕の言葉に、山中先生は何を証明しようとしているのかを悟ったのか、感心したようすで頷いた。
僕はこの間掛ってきた憂の携帯電話の番号を呼び出すと、発信ボタンを押した。
しっかり者の彼女ならば、確実に自分の携帯電話は持ってきているはずだ。
そんな僕の推測通りに、憂の方から携帯の着信音が鳴り響く。
「今掛けている相手は憂の携帯電話。やっぱりちゃんと身に着けてたようだな。これで認める気になった?」
「そ、それは……」
追い詰められているのか先ほどから視線をあっちこっちに向けている。
「違うというのであれば、着信画面を見せてくれる?」
「どうして?」
僕の要求に、ムギが首を傾げながら理由を聞いてきた。
「唯と憂とで、電話帳に登録している名前が違うから。例えば澪の場合は『澪ちゃん』だし、梓の場合は『あずにゃん』になってる。僕の場合は……」
「あー、”浩君”か」
僕の言葉を遮って律が口にしたので、僕は頷くことで答えた。
唯が澪の名前を何と登録しているかは知らない。
だが、僕のことを”浩君”で登録したり、梓のことを”あずにゃん”で登録しているあたり、おそらく澪もそれで正しいはずだ。
「もし、違うのであれば。着信画面、見せられるよね?」
「う………」
僕の言葉に、憂が固まった。
「こんな時にこういうことを言うのは非常に酷だけど、こういう状態をチェスで言うと」
僕はそんな憂にそれを告げる。
「チェックメイト」
「ごめんなさい」
もう言い逃れはできないと悟ったのか、項垂れながら謝罪の言葉を口にするのであった。
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