バンド名も無事に決まり、学園祭まで残り二週間を切ったある日の放課後。
この日も学園祭に向けて練習をしていた。
とは言っても、通しで演奏をして見つかった問題点を改善していくという詰めの段階だ。
そのおかげで、何とか人に聞かせることのできるレベルにまで問題は改善することができた。
「あら、みんなもう練習をしていたのね」
「あ、さわちゃん」
そんな中、顧問である山中先生が部室を訪れた。
大量の衣装が掛けられたカートのようなものを持って。
(何だか嫌な予感がする)
そして、その予感は現実のものとなる。
「あの、先生。それはなんですか?」
「これはね、梓ちゃんたちのために用意した学園祭用の衣装よ!」
「……え」
衣装を指差しながら山中先生に疑問を投げかけた梓は、その返答に固まった。
「さあ! この中から好きな衣装を選んで!」
「うわ、強制かよ!?」
もはや拒否する余地は与えないと言わんばかりの山中先生に、僕はため息をつきそうになった。
(なんだかものすごくマニアックなものがあるし)
ウェイトレスやバニー服にチャイナドレスなどなど。
まさしくマニアックなものだった。
驚きなのは、それをノリノリで着ていくムギだが。
「なんだか楽しくなってきました」
「おーい、帰ってこい」
洗脳されかかっている澪が危ない方向に行きかけている。
「ねえ、見てみて!」
「ん?」
そんな中、いつの間に着替えていたのか青色に赤色の丸型の模様があしらわれた浴衣を着ている梓とピンク色に赤っぽい丸型の模様があしらわれる浴衣を着ていた。
「これはどうですか?」
「これ可愛いよ~」
そう言って後ろを向く梓の横で笑顔を浮かべながら飛び跳ねる唯。
「そうね。それなら動きやすそうだし」
「ま、まあ。それなら」
律以外の女性陣の反応は良好だった。
「これにしようよ~」
「まあ、これならいいか」
とそんな流れで、何とか衣装は浴衣に決まった。
「それじゃ、みんなの分を作るわね」
「あの、山中先生」
衣装が決まったことで、浴衣の服を僕たちの分も作るために部室を後にしようとする先生を僕は引き止めた。
「作る時は、ちゃんと男物も作ってくださいね?」
「もちろんよ。任せなさい!」
胸を叩いて頼もしそうに答えるが、去年それで女子用の衣装のみを持ってきた前科がある。
(本当に信じていいのかな?)
そんな不安を感じてしまうのであった。
「唯、練習の続きをするから着替えろ」
「えー、私はお茶にしたい!」
唯に注意すると思わぬところから反論されてしまった。
「もうライブまで日もないんですよ?」
「そう言う時だからこそ、ゆとりって大事じゃない?」
(ゆとりと、サボるのは違うんだけど)
「た、確かにそうですけど」
「………はぁ。だとしても、制服に着替えろ」
律の説得は無理なのでしないことにして、僕は唯に再度着替えるように促した。
「ねえねえ、これ似合ってる?」
「十分に似合ってる。だから制服に着替えろ」
一回転してアピールをしながら聞いてくる唯に、僕は半ば投げやりになりながらももう一度着替えるように促す。
「ぶーぶー。浩君今日はノリが悪いー」
「はいはい。良いからいい加減着替えなって。」
頬をふくらませて抗議する唯に、僕は何度目になるかわからない促しをした。
「分かったよ。浩君のいけず」
不満を漏らしながらも着替えに向かう唯に、僕は心の中でため息をついた。
「何だか必死だよな、浩介」
「そうか?」
律の言葉に、僕は首をかしげながら聞きかえした。
「だって、あそこまで食い下がる浩介始めてみたぜ」
「私もだ澪たちが言うのだから、間違いはないのだろう。」
(ちょっと反省、かな)
少し強すぎたのかもしれないので、僕は心の中で反省することにした。
「まあ、学園祭も近いし、せっかくライブができるんだから服に穴が開いたりしたら大変でしょ」
「なるほど。唯ならやりかねない」
「律先輩、それは唯先輩に失礼なのでは? 気持ちは分かりますけど」
後輩にまで分かられる唯のことが、とても不憫に思えてきた。
そんなこんなで、制服に着替えた唯を加えて、いつものティータイムへと移った。
僕たちの今の状態は、バンド名そのままだった。
「そういえば、浩君はみんなのことを携帯の電話帳になんて登録してるの?」
「いきなりなんだ? やぶから棒に」
唯の突然の問いかけに、僕は内心で首をかしげながら聞き返した。
「ほら、人によって、名前とか色々打ち方があるかなーって思って。例えば、私は浩君のことは”浩君”で登録しているし、あずにゃんのことも”あずにゃん”で登録しているから」
「まあ、どんな名前で登録しようが個人の自由だから、とやかく言うことはないけど僕はたいていは苗字だけかな。電話帳ってふとした拍子に誰かが見ることもあるから。まあ姉妹とか兄弟がいる場合はフルネームだけど」
僕のはおそらくオーソドックスなつけ方だと思う。
「なんだ、つまんないの。てっきり”番長”とかそんな感じのあだ名で登録してるかと思った」
「一体律の頭の中の僕は、どれだけ変なやつなんだよ?」
思わず律の言葉に、僕は突っ込みを入れてしまった。
そんなこんなで、いつものように時間が過ぎていくのであった。
「そろそろ長袖でも出しておくか」
それから数日後の夜、自室で僕は冬用の服を出そうか悩んでいた。
まだ季節は秋だが、少しずつ肌寒くなってきた。
現に、夏と同じようにシャワーでお風呂を澄ましたが、あまりの寒さに体を震わせたほどだ。
だからと言って、冬服はまだ少しだけ時期が早いようにも思える。
「…………もう少し様子を見るか」
結局、僕は様子見を選ぶことにした。
(にしても、何とかいい方向に流れてくれてよかった)
タロット占いで出た軽音部(放課後ティータイムだが)の空中分解の危機。
それは、澪と律の喧嘩によって引き起こされそうになった。
だが僕たちは、なんとかその危機を脱することができた。
若干ではあるが、目には見えない何かを狭間見たような気がした。
「でも、これで終わりなのだろうか?」
ふと、口をついで出てきたのは、そんな不安だった。
僕には胸騒ぎを感じていた。
その原因が
「あの時出たタロットで、まだ起きていないカードが二枚ある」
選ばれたすべてのカードは”必ず”現実になるのがこの占いの特徴だ。
だからこそ、律と澪を指すカードの原因が現実となり、僕が何もせず澪と律が話し合うことを示すカードも現実のものとなった。
そして、まだそれが現実になっていないカードが二枚ある。
「天然を示す『NATURAL』と、魔法を示す『MAGIC』」
きっといつか、この二枚に関係する何かが起こる可能性もある。
だが、天然関連で放課後ティータイムが空中分解する程の問題とは、どんなものなのだろうか?
「現時点でこの世界に、魔法使いが侵入したという記録もないし」
念のために先ほど調べた結果、まだ魔法使いがこの世界に来たという記録はない。
普通の天然ではないことは明らかだ。
もし何らかの力の持ったが天然が原因だとすると、それは魔法以外にはありえなかった。
正直に言って、自分で何を言っているのかが分からなくなることがある。
だが、その魔法使いも僕以外にはまだこの世界にいない。
(この間の時間ループの一件は、本当に異常事態だったんだよな)
あれはそもそも、我々に認知されないように魔界を出て、この世界に降り立ったために起こってしまった犯罪だ。
ちなみに、出入国管理センターとは、早い話が外国で行う入国審査のようなものだ。
そこにある転送用のゲートを使って、他世界へと向かう。
そして、それを利用する際には、必ず管理センターの方で記録が残るのだ。
ここまでは、普通の入国審査のような感じだが、管理センターでは転移魔法の反応も検知することができるのだ。
それによって、違法出国者や入国者を把握することができるのだ。
ただしそれにも穴があり、外部エリア(管理センターよりも南側の何もない草原のような場所)ではそれを探知することができない。
とはいえ、転移先の世界で何らかの監視がされている場合は、そこで情報がキャッチされるが。
キャッチされた情報は、出入国管理センターを通じて、魔法連盟へと連絡がいく仕組みになっている。
報告を受けたのが、犯人が不法出国した日の担当責任者であり、その日は責任者は居眠りを数時間程度して監視を怠っていたらしいのだ。
それだけならば、さほど問題にはならない。
せいぜい訓告程度だろう。
だが、一番の問題はそれの発覚を恐れて、転移先であるここから送られた情報を無視したことだ。
ちなみに当然のことだが、この職員は懲戒免職という重い罰を科されることとなった。
閑話休題。
「本当にどういう意味なんだ?」
これで何度目になるかわからない疑問に頭を抱えていると、携帯電話への着信を告げる音が鳴り響いた。
「あれ? 憂だ」
なぜか唯が憂に連絡先を教えていたらしく、憂からも連絡が来ることがある。
尤も、話の内容は唯がどうしているかといった感じだが。
その憂からの連絡に、僕は嫌な予感を感じてならなかった。
「はい、高月です」
『浩介さん! 大変です!!』
出ないわけにもいかず、電話に出ると悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。
その声の大きさに、僕は思わず携帯電話を耳から話した。
「分かったから、落ち着いて。はい! 深呼吸」
『は、はい!』
僕はとりあえず憂を落ち着かせることにした。
「それで、何が大変なんだ?」
『お姉ちゃんが、風邪を引いたんです!』
「…………………」
憂の口から出た言葉に、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。
「何ぃっ!!?」
今度は僕が叫ぶ番だった。
「それで、唯の容体は?」
『えっと、38度9分で今寝ています』
(かなり高いな)
唯の容態に、僕は心の中でつぶやく。
「他の皆には?」
『連絡しました』
とりあえず、事態は把握できた。
唯は風邪をひいてしまったようだ。
「とりあえず、容体が悪化するようなら僕に連絡をしてもらえる? 知り合いに医者がいるからそいつのところに連れて行くから」
『分かりました』
とりあえず、憂に指示を出しておくことにした。
そして”失礼します”との憂の言葉で電話は切られた。
(残りも一週間をきっている状態で風邪か……少々まずいな)
数日もすれば風邪は治るだろうが、練習の件を考えるのであればかなりまずい状況だ。
「風邪………?」
ふと、僕の頭の中に何かが浮かび上がった。
(ま、まさか……)
それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい結論だった。
「『NATURAL』が示していたのは、唯のこと!?」
ありえなくはない。
確かに、唯は天然だ。
真鍋さんが去年の勉強会で話していたストーリーからも、十分にそれは言えるだろう。
それが良い所でもあり、悪い所でもある。
まあ、憎めないタイプの人というのは、僕にとってはある意味うらやましいのだが。
このタロットカード占いは、実に意地が悪く意味を把握しずらいカードが出てくることがあるのだが、今回がその例だ。
「全くもって、最悪だ」
(問題は楽器を持って演奏ができる体力を回復することができるか……か)
時間は限られているが、今は唯の回復力を信じることしか僕にはできなかった。
それからさらに数日が経った。
「はぁ……」
「おいおい、ため息をつくと幸せが逃げていくぜ」
本日何度目かわからないため息をついていると、慶介がお気楽な感じで声をかけてきた。
「お前はいいよな。能天気で」
「何だか言葉の端々から嫌味を感じたぞ」
慶介にしては鋭かった。
「まだ平沢さんの風邪治らないのか?」
慶介の問いかけに、僕は頷くことで答えた。
ちなみに、慶介には僕が唯が風邪を引いたことを知った次の日には話していた。
理由は分からないが、もしかしたら今後何かをする際に戦力になる可能性が高いと思ったからだ。
友人だからではないと思う……たぶん。
「昨日の時点では治っていないって言ってたから、今日はどうなのかはわからない」
「だったら、今聞きに行こうぜ」
僕の言葉に、慶介が突然そんなことを言い出した。
「はい?」
「だから、平沢さんの様子を聞くために妹さんの教室に行こうと言ってるんだ」
慶介の突然の提案に、首をかしげる僕に慶介はため息交じりに告げた。
「さあ、行くぞー」
「わかったから、引っ張るなっ!」
僕は慶介に引きずられるようにして、憂達のクラスへと向かうのであった。
しかし、慶介のこの行動力には、さすがの僕も舌を巻いていた。
「あれ、浩介に佐久間じゃん」
「律に澪。二人も唯の様子を聞きに?」
「ああ。まだ教室には来ていないらしいけど、もしかしたらと思って」
憂達のクラスの前に向かうと、先に来ていた律が声を掛けてきたので、僕が疑問を投げかけると澪が頷きながら答えた。
「それじゃ、一緒に入ろ――「いや、待つんだ!」――……何?」
前の方のドアから中に入ろうとする僕を、律が引き留めた。
「こういうのは何事もインパクトが大事なんだ!」
「はい?」
様子を聞くだけなのに、どうしてインパクトの話になるのか、その話のつながりがよくわからなかった。
「ということで、浩介達は後ろのドアから、私たちは前から突入する」
「よし! 先頭はこの俺が勤めよう!」
「任せるたぞ、佐久間隊員!」
なぜか意気投合している慶介と律の二人。
「「……」」
そんな二人に、僕と澪は肩をすくませ合った。
そんなこんなで、無理やり配置に付けさせられた僕たちに、慶介が
「行くぞ」
と言ってきたので、僕は『はいはい』と適当に返事を返した。
そんな僕の返事など気にもしていないのか、僕から顔を背けると、ドアに手をかけた。
「「頼も~~~~う!!!」」
そして大きな声で叫びながら律と慶介は同時にドアを開けると叫び声をあげた。
その瞬間、憂達のクラスが固まった。
「下級生をビビらせるなっ!!」
「うっさいっ!!!」
そして馬鹿げたことをした二人に鉄槌が下ったのもまた同時だった。
「フ、吹き飛ぶほどの友情を感じた……ぜ」
意味不明なことを口にしながら教室の端の方で気を失う慶介を無視して、僕は教室に足を踏み入れた。
「あ、あの浩介先輩?」
「気にするな。あれはただの幻覚と幻聴だ」
顔をひきつらせながら聞いてくる梓に、僕はそう告げるのであった。
「それにしても、こんな時期に風邪をひくなんて、弛んでる証拠だ!」
「お前が言うな」
少し前まで、部を巻き込んだ大げんかの後に風邪を引いた律に、僕は鋭いツッコミを入れた。
「そうですよ! 時期的に考えても律先輩の風邪が移ったんですよ!」
「へ? 私?」
そんな僕に援護射撃をするかの如く梓が告げた言葉に、律は目を丸くしながら自分を指差した。
「あ、でもこの間浴衣が気に入ったみたいで一日中来ていたから、それで体が冷えちゃったのかも」
「……子供か」
(い、家に持ち帰って着たんだ)
憂の言葉に、僕は唯の行動にため息が漏れそうになった。
「それにしても、あの服はいいとは思ったけどよくよく考えてみると、恥ずかしいよな」
「そうですよね」
律のつぶやきに、梓も頷く。
あの時は精神状態が正常ではなかっただけなのかもしれない。
でも、ある意味でまともなのは浴衣だけだったのもまた事実なのだ。
「だよな、澪?」
「………」
問いかけられた澪は手を組んだまま、目を閉じて何かを考えている様子だった。
「梓、今日からリードの練習も始めてもらえないか?」
「それって、唯がライブまでに間に合わないということか?」
澪の指示に、律が疑問を投げかける。
「……でも」
梓が何かを言いかけたところで、予鈴が鳴った。
「あくまでも万が一を考えてだから」
「……教室に戻ろう。授業も始まるし」
梓が納得してはいないのは、浮かない表情をしているのを見て明らかだ。
なので、僕は強引ではあるが話を切り上げさせた。
短い時間で梓を説得するのは無理だし、梓自身にも少しだけ自分で考える時間は必要だと思ったからだ。
「そうだな。それじゃ、放課後」
「またな」
澪たちも、僕の提案に頷くと梓に声を掛けて教室を去っていく。
僕はその二人を見送りながらも、二人の前を後にした。
「あの、高月先輩」
「何だ?」
そんな中、僕を呼び止める女子生徒がいたので、僕は振り返りながら用件を尋ねる。
「あ、あの。あそこにいる人も……一緒に連れて行ってください」
女子生徒に言われて、僕はようやく教室の端の方で伸びている慶介の存在に気が付いた。
「あ……すまない、忘れてた。ちゃんと連れて行く。ありがとう」
「い、いえっ」
とりあえずお礼を言うと、僕は慶介の下に歩み寄る。
「本当にのびてるなこりゃ」
いつもなら瞬時に回復する慶介が回復しないところを見ると、おそらく回復力を上回るダメージだったのだろう。
(まあ、そのうち復活するだろう)
軽く考えた僕は腕をつかむと、そのままずるずると引きずりながら慶介を連れて行くのであった。
ちなみに、これは余談だが、毎朝行われるSHRでの出席確認の時も、気を失っていた慶介は見事に欠席扱いになった。
「のぉぉぉ!! 俺の皆勤賞がぁっ!!!」
それを知った慶介はそのことを嘆くのであった。
(自業自得だけど、なんだかかわいそうだな)
後で小松に慶介を出席扱いにするように、指示を出しておこうと決める僕なのであった。
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