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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第71話 ライブに向けて

「あ、ムギ」
「何? 浩介君」

田井中家を後にしたところで、僕はムギに声を掛けた。

「唯は僕が背負うよ。男で力もあるから」
「それは嬉しいんだけど、ギターはどうするの?」

僕の提案に、ムギが困ったような表情を浮かべながら尋ねてきた。

「それじゃ、本末転倒になるかもしれないけれど、僕のギターを代わりに持ってもらっていい?」
「もちろん」

まるで交換するかのように僕は唯を背負い、ムギはギターケースを手にした。
ちなみに唯のギターケースは梓が持っている。

「それじゃ、行こうか」

そして僕たちは再び足を進めるのであった。

「すぅ……すぅ……」

背中から聞こえるのは規則正しい唯の寝息と時より行き交う車の音。

「なあ、浩介」

そんな中で、澪の声が聞こえてきた。

「何?」

僕は、澪に用件を尋ねる。

「ありがとう」
「何のお礼? それは」

突然お礼を言ってくる澪に、僕はそう言い返した。

「律のこと。ちゃんと話をするように言ってくれて。後、迷惑をかけてごめん」
「ちょっと待ってくれる?」

お礼と謝罪を口にする澪に、僕はそう返した。

「まず第一に、謝るのなら、僕ではなく皆に謝るべき。皆も差はあれど迷惑を被ってるんだから」
「……分かってる。ちゃんと謝るよ」

僕の言葉に、澪は頷くとしっかりとそう答えた。

「それと、部室の言葉は僕の戯言だ。だから、お礼を言われる筋合いはないし、言われても困る」
「全く、素直じゃないんだから浩介は」

僕の言葉に返ってきたのは澪の呆れたような声だった。

「でも、そういうところが浩介君らしいよね」
「はい!」

後輩にまで僕はそう思われていたようだ。
僕はある意味、知りたくなかった事実を知る羽目になってしまった。

「そう言えば、浩介といつの間にあんな風に親しくなったんだ?」
「わりとすぐだったけど。一喝したら後はずるずると」
「浩介の才能かもしれないな、そういうところ」

何だか勝手に才能認定されてしまった。

「聡って、微妙に恥ずかしがり屋なところがあるから、初対面の人とあそこまで親しげに話をしていたのは浩介が初めてだと思う」
「人は、移ろいゆくものだ。それは澪にだって言える。君の知る聡という人物像と今の彼ははたして”イコール”で結べるのだろうかね?」
「わざと分かりにくくなるように、言ってないか?」

さすがに僕がわざと分かりにくい言い回しをしていることに気付いたのか、澪がジト目で僕のことを見ながら聞いてきた。

「正解」

そんな澪に、僕はそう答えるのであった。










「本当に大丈夫ですか?」
「もちろんだ。そっちも気を付けて帰りなよ」

梓の自宅に向かう道と、僕たちの帰宅路が分かれている分岐点で、不安そうに聞いてくる梓に頷いて答えると、注意するように告げた。

「はい。それじゃ、また明日」
「ああ。また明日」

唯を背負いながら、手を振ってくる梓に手を振りかえすと、僕は未だに眠っている唯を背負ったまま唯の家へと向かう。
ちなみにギターは仕方がないので僕のだけを、格納庫に入れておくことにした。

『はーい!』

唯の家に到着した僕は、インターホンを鳴らすと中から憂の声が返ってきた。
そして誰かが近づいてくる気配がした。

「どちら様ですか……ってお姉ちゃん?! どうしたの!? 足を怪我したの!?」

(今日も飛ばすなぁ)

憂のマシンガントークに、僕は苦笑しながら事情を説明しようとした時だった。

「えへへ~、実はね寝ちゃってたから浩君におんぶされてきたんだ~」

後ろの方から唯の無邪気な声が聞こえてきた。

「………」

僕は思わず言葉を失った。
ただ、言えるのは。

「唯、いつから起きてた?」
「えっとね『何のお礼? それは』のあたりから」

記憶をたどってみた。

「それって、かなり前のことだよな?」
「うん♪」

しかも歩き出してすぐだし。

「だったら、すぐに言いなよ」
「だって、浩君の背中気持ちよかったんだもん~」

唯の反論に、僕は意味が分からなかった。

「というより、降りて」
「もう浩君は素直じゃないんだから☆」
「……………」

なぜか、僕はとてつもない敗北感に襲われていた。

「お姉ちゃんがお世話になりました」
「いえいえ」

憂のお礼の言葉が、何となく止めの一言に聞こえたような気がする僕だった。










『浩介、そっちはどうだ?』
「一悶着ありましたけど、何とかいい方向に転がったようです」

自宅に戻った僕は、自室で田中さんと電話をしていた。

『何だまた一悶着か』
「ええ」

また何か嫌味でも言われるのかと僕は心の中で思っていると、

『青春してるじゃないか』
「………まあ」

以外にも、そう言った言葉はかけられなかった。

「しかし、意外です」
『何がだ?』
「田中さんだったらまた嫌味を言ってくると思ったのっで」

何を言いたいのかがわからない様子の田中さんに、僕はそう答えた。

『お前は、俺をなんだと思ってる?』
「あはは……」

声のトーンを落とした田中さんの問いかけに、僕は苦笑するしかなかった。

『まあいいが、今年のライブも楽しみにしてるぞ』
「はい。必ずいいライブにしますよ」

僕は田中さんにそう宣言するのであった。

(後の問題は……)

簡単にそれは思い浮かんだ。
未だに決まっていない軽音部のバンド名のことだ。
決めない限り、提出することはできない。
一応期限は明日までになっているが、時間はあまり残っていない。
バンド名を早く決めないといけないのだが……

「うーん、まったく思いつかない」

なかなかいいバンド名が思いつかなかった。
H&Pはいつまでも燃えていき、決してその炎は消えないという意味で着けたバンド名だ。
では、軽音部はどうだろうか?
どのような名前がぴったりだろうか?

「………寝るか」

僕が出した結論は、考えることの放棄だった。
そして僕は眠りにつくのであった。










「さて、行くか」
「お、今日は部室に行くんだな」

放課後を迎え、席を立つ僕に慶介が声を掛けてきた。

「昨日は、活動を自粛していただけだ。今日からは通常通りに活動する。別にサボってるわけじゃないんだから」
「それは分かってるけどさ」
「まあ、行くのは生徒会室だけど」

何せ、これからちょっとした野暮用があるのだ。

「は? 生徒会室って……お前まさか何かよからぬことを―――ジャカルタ!?」
「貴様は僕をなんだと思ってるんだ。ちょっとした野暮用だ」

ものすごく失礼なことを口にした慶介に、僕は鉄槌を浴びせた。

「ど、どうもずびばぜん」
「ったく。それじゃ、行くからな」

頭を抑える慶介に、ため息を漏らしながら、僕は教室を後にした。

「あ、英和辞典を返し忘れた」

教室を出て少し歩いたところで、先日英和辞典を慶介から借りたまま返していなかったことを思い出した僕は、慶介に返すために教室へと引き返す。

「今日は返さないぜ、マイスイートハニー」
「えっと……」

教室に戻ると、慶介が佐伯さんをナンパしていた。

「…………」

僕は無言で英和辞典を取り出すと、教室内を確認する。

(教室内で巻き添えを喰らいそうな人の姿は無し)

車線上には、その危険性のある人の姿は見かけなかった。

(それじゃ)

僕は英和辞典を手に、慶介の方に向けて全力で投げた。

「ガンマっ!!!?」

そして辞典は見事に慶介の頭に直撃した。

「よし」

それを確認した僕は、再びその場を後にするのであった。









「失礼します」
「ちゃんと約束通りに来たのね」

生徒会室を訪れると、生徒会長の姿があった。

「約束は約束ですから」
「クス。それじゃ、お願いね」

僕が会長から出された条件は実に単純だった。
”生徒会室の資料整理の片づけを手伝うこと”
なんでも、生徒会室では資料整理をこの時期にしているらしい。
理由は知らないが、この時期に行っているのが通例なのだとか。
そして、資料整理は終了したものの、それの片づけの作業が問題となった。
会長曰く、生徒会役員は学園祭の開催に向けて手助けなどをしているため、どうしても人員が不足するらしい。
ちなみに、慶介は学園祭で必要な道具を運ぶこき使われ役だったらしい。
確かに、最初に生徒会室を訪れた際に、いくつかの段ボール箱が置かれていたのは覚えている。

『それなら、学園祭が終了した後にすればいいのでは?』

そんな僕の疑問に、会長の出した返事が

『それでもいいのだけれど、学園祭での作業で疲れた役員たちに重労働をさせるのもね』

という会長の心遣いなのかどうかは知らない理由で却下された。
そこで、僕の登場ということだ。

「とりあえず、その段ボール箱を番号順に上の棚に置いて行ってもらえるかしら。番号は右下の方に書いてあるから」
「分かりました」

会長の指示のもと、僕は右下に書かれている番号を確認して、一番若い数字の段ボール箱を持ち上げる。
そして棚の前に置かれた脚立に上って、箱を棚の一番上の方に置いた。

「はぁ……浩介様と仕事ができるなんて。幸せ」
「………」

今何か後ろの方から雑念のようなものが聞こえたような気がしたが、気のせいということにしよう。
そうして、僕は黙々と資料の入った段ボール箱を棚に片づけていく。
そんな中、血相をかいて生徒会室のドアをけ破る人物がいた。

「すみません!!」
「……いきなりどうしたのかしら?」

ドアをけ破る勢いで開けた人物……律に、会長は物静かな様子で応対する。

「あ、あの。講堂使用届なんですけど」
「あー。あれね」

律の言葉に、会長は思い出したように相槌を打った。

「確か、あなたたちの部は未提出だったようだけど?」
「すみません! どうか一日待ってくれないでしょうか!!」

公では未提出扱いだが、まだ僕たちだけは提出期限が過ぎていない。
だから、律の懇願はある意味無意味だったりもする。

(今日になって、使用届が出されていないことを知らされたわけか)

誰が知らせたのかは、一緒に入ってきた真鍋さんを見れば一目瞭然だろう。

「でも、締め切りはとっくに過ぎてるし、規則は規則だから」
「そこをなんとか!」
「私からもお願いします!」

必死に懇願する律に、驚くことに真鍋さんも加わった。

「提出が遅れたのは、部長の田井中さんが風邪で欠席したためですし、もう一日だけ待っていただけないでしょうか?」
「…………………クスクス」

そんな真鍋さんの懇願に、会長はおかしそうに笑い声をあげた。

「あ、あの」
「ごめんなさいね、真鍋さん。その件は大丈夫よ。すでに使用届は提出されてるから」

そんな会長の様子に怪訝そうに声を掛ける真鍋さんに、笑うのをやめた会長は律たちに向き直った。

「え? でも、私は提出なんか……あれ? そう言えば使用届は?」
「それだったら浩介に」

いきなり僕の名前が出てきた。

「ですけど、未提出になってましたけど」
「ええ。副部長さんに返したの。彼ね、”名称”を記入せずに提出していたから。だからその修正が必要ということで今日までに必要事項を埋めて再提出するように指示を出したのよ」

真鍋さんの疑問に、会長が答えた。

「そうよね、高月君」
「…………あなた、人が悪すぎです」
「褒め言葉として受け取っておくわ」

僕の苦言に、会長はさらりとかわしてしまった。

「浩君!?」
「こ、浩介!?」
「な、何をしてるんですか?」

僕の存在にようやく気付いたのか、驚きの声を上げる唯たちに、僕は最後の段ボール箱を棚に置いて脚立を降りてから、みんなの方に向き直る。

「ちょっとした雑務をね」

そう言いながら僕は律たちの方に歩く。

「これで、取引は成立。ということでいいですか?」
「ええ。とても満足したわ。ありがとうね、高月君」

僕の言葉に、会長は満足した様子で頷くと、お礼を言ってきた。

「浩介、一体どういうことなのかを説明――「はいはい。歩きながらするから部室に行こうな」――って、ちょっと待てよ!」
「あ、待ってください。浩介先輩」
「浩君が、策士にっ!?」

生徒会室を後にする僕を追いかけるように、みんなもぞろぞろと出てきた。
こうして、僕たちはもう一度バンド名を考えることになった。

「それにしても、それならそうと言ってくれても」
「澪の言葉を使うのであれば、迷惑を掛けられた仕返し」

僕は律の抗議に対して、そう反論したのは、余談だ。










バンド名を再び考えることとなった僕たちは、それぞれ席に着くとそれぞれの案を口にしていく。

「ねえ、やっぱり”ぴゅあぴゅあ”がいいんじゃない?」
「却下」

再び却下された案を口にする澪に、律は容赦なく却下にした。

「”にぎり拳!”はどうかな?」
「僕たちは演歌集団か?」

演歌みたいなニュアンスのバンド名を、僕はツッコみつつ却下する。

「だったら、靴の裏のガム!」
「今日、踏んだんだな」
「すごい! 何でわかるの?!」

ものすごい時事性の高いバンド名を口にする唯に、律はどこか呆れた様子でツッコむ。
そんな中、気になるのが僕の隣に座る山中先生だ。
笑顔だが、その笑顔がそこはかとなく怖い。

「だったら、”ポップコ-ンハネムーン”とかは?」
「だからどうしてそんな甘々なのばっかなんだよ!」

もはやそれは澪の才能なのかもしれない。

「あ、だったら。ロケット鉛筆はどうかな?」
「唯、少し黙って――――」

僕が唯に”黙ってて”と言おうとした瞬間だった。

「まどろっこしい!!」

とうとう我慢の限界を超えたのか、山中先生が大声を上げながら、使用届をひったくった。

「全くお茶が飲めないじゃないの。こういうのはね、適当でいいの。はいっ!」
『あぁ!? 勝手に決められたぁ!!』

山中先生によって強引にバンド名が決められてしまった。
だが、それは

「まあ、いっか」

とても無難であり、ピッタリなものだった。
律の言葉に、僕たちは頷いて答えていく。

「よしっ! それじゃ、記念撮影だ! 澪、カメラ! 浩介はボードを」
「それじゃ、私は生徒会室に行くね」

律がせわしなく指示を出す中、真鍋さんはそう言って部室を後にした。
ある意味、一番大物なのかもしれない。
そして僕たちは、先ほど決まったバンド名を書いたボードを背景にして、記念撮影をした。

「浩君! こっちこっち」
「はいはい」

唯に誘われるがまま、僕は唯と梓の間に入り肩に腕を回す。
徐々に実りの秋を迎えるこの季節に、軽音部は”放課後ティータイム”別名HTTという名前で新たなスタートを切った。
後は、学園祭に向けて猛練習をするだけ。

「いっくし!」

なのだが、唯のくしゃみになんとなく嫌な予感を感じてしまう僕なのであった。

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