健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第81話 次の一手

「なっ!?」

目の前の光景に、律が固まった。

「ナイフが……」
「止まってる」

澪の言葉を引き継ぐように、唯が口を開いた。
唯たちの言うとおり、真鍋さんの手前でナイフは止まっていた。
まるで、そこに壁があるかのように。

「全く、苦労して頑張った人にやること? それ」
「それを言うのであればもう少しましな出方をしろ」

不満げな表情で空中で止まっているナイフを指差すそいつに、僕はため息交じりに言い返した。

「えっと……状況について行けないんですが?」
「浩君と和ちゃんって、そんなに仲が良かったっけ?」

そんな僕たちの様子を戸惑いながら見ていた律たちがある意味かわいそうに思えてきた。

「ほら、戸惑ってるじゃないか。いい加減ちゃんと元に戻れ」
「はぁい」

僕の小言に不承不承と言った様子で返事をすると、そいつは首元にあるタイを解いた。

「の、和ちゃんの姿が……」
「どんどん変わって行きます」

真鍋和の姿が崩れ、本当の姿に徐々に戻っていく。
やがて、そいつは本当の姿へと戻った。

「ふぅ……久しぶりね」
「何が久しぶりだ。この間勝手に来てたくせに」

一息つきながら白々しく挨拶をしてくる妹に、僕はあきれながら言い返した。

「あの時はぶっ倒れていたから会ったことにはなりません―」
「本当に変わらないな、お前」

妹のその姿は(というより心だけど)は未だに、昔のままだった。

「あのー、盛り上がっているところ大変申し訳ないんだけど」
「ん?」

そんな僕たちに、控えめに声を掛けてきたのは律だった。

「この人誰なの?」
「「あ」」

唯の問いかけで、みんなが会話に混ざってこない理由がわかった。

「そういえばこの間、自己紹介してなかったっけ」

僕の言葉に、放課後ティータイムのメンバー全員が頷いて答えた。
この前というのは、もちろん時間ループ事件のことだ。
あの時も、妹には僕の身代わりとして協力をしてもらった。
その時に、唯たちと面識はあるはずだが、名前を告げてはいなかったので、当然彼女たちが妹のことを知っているはずがない。

「それじゃ、ご挨拶だ」
「了解だよ」

僕の促す言葉に、妹は応じると数歩前に出た。

「はぁ~い☆ 私の名前は皆のアイドル、高月久美子でー―――ギャバン!!?」
「まじめに自己紹介をしろ」

馬鹿げた自己紹介をしようとする妹の頭に魔法でタライを5つ落とした。

「あんなやり取りをどこかで見たような気がする」
「奇遇だな、私もだ」

そんな僕たちを見ていた律たちがぼそぼそと何かを話していた。

(あー、なるほど慶介か)

慶介に制裁を下すのとほとんど同じだったことに、今僕は気付いた。
ある意味慶介は侮れない存在なのかもしれない。

「えー、高月久美子です。よろしく」

再び妹はみんなに自己紹介をした。
今度はかなりテンションが低いけど。

「あ、はい。よろしくお願い……高月?」
「高月ということは………」

妹の自己紹介に応じようとする唯たちだが、苗字の方に気が付いたのか、僕の顔と妹の顔を見比べはじめた。

「「妹だ(だよ)」」
『……』

一瞬部室内が沈黙に包まれた。

『えぇ!?』

かと思えば今度は悲鳴が響き渡る。

「ちょっと、そんなに驚くことか!?」
「だって、浩君に兄弟がいるなんて想像がつかなかったんだもん」

(皆の中での僕の立ち位置っていったい)

何だかとてもむなしくなってきてしまった。

「でも、この間言った時はいなかったけど」
「そりゃ、あの時は任務で不在だったからな」

8月に事故で魔界に来たときは、久美は任務で違う世界にいたため不在だった。
それもこの間終わったが。

「任務ということは」
「魔法連盟で兄さんの下で働いているのよ」

目を輝かせて興味津々といった様子のムギの言葉に頷きながら、久美は答えた。

「あの、久美子さんが―――にゃーッ!!?」

梓が名前を読んだ瞬間に、久美の攻撃魔法が彼女の耳元をかすめた。

「あ、こいつフルネームで呼ばれると今みたいなことをするから気を付けてね」
「それを早くいいなよ」

まさかいきなり下の名前で呼ぶとは思わなかった為、言わなかったことが仇となってしまったようだ。

(まあ、本気で当てるつもりはないだろうけど)

僕とは違ってそれくらいの分別はあるが、何も知らない人物からすれば恐怖であることには違いない。

「でも、一体どうして……」
「久美子の名前って”久しい”に”美しい”と”子供”という字で、自分が子供みたいだからいやらしいよ。だから”久美子”という呼び名はタブー。呼ぶんなら”久美”がいい」

昔、これが原因で家が半壊しかける騒動に発展したのだが、それはどうでもいいことだろう。

「それじゃ、久美さん?」
「別に呼び捨てでもいいのに」

澪の言葉に、久美はぼそりと声を漏らしたが、どうやら嫌そうな感じはしなかった。

「むむむ……」
「唯ちゃん、どうしたの?」

そんな中、腕を組んで唸っている唯に、ムギが不思議そうに尋ねた。

「閃いた!」
「……何が?」

まるで頭の上に豆電球に光がともったような勢いで声を上げる唯に、僕は少しばかり嫌な予感を感じながら意味を尋ねた。

「クーちゃんだ!」
『………はい?』

突然口にした誰かのあだ名と思わしき単語に、梓達だけではなく久美ですら目を瞬かせていた。

「まさかとは思うが、それ久美のことか?」
「うん! 可愛いでしょ?」

やはりというべきかなんというべきか、久美のあだ名だったようだ。

(しかし、何という命知らずなことを)

「…………」

あのようなあだ名を久美が何もしないわけがない。
これはもしかしたら大戦争に発展するかもしれない。
現に横にいる久美は、うつむいて肩を震わせているのだから。

(何としてでも怪我はさせないようにしないと)

「あはははは!!」
「はい?」

だが、久美の反応は僕の予想したものとは違っていた。

「”クーちゃん”って、何それっ。最高よ!」
「いいのか?」

久美の予想外の反応に、僕が戸惑う番だった。

「だって、子供だとは誰も思わないし、可愛いじゃない!」
「「「「「可愛い…」」」」」

久美の感受性には家族である僕ですら分からないことがある。

「平沢さん! 私はあなたのことが気に入った! 唯って呼んでいい?」
「うん! いいよー!」

そしていつの間にか二人は仲好くなっていた。

「えっと、ものすごく失礼なことを言っていい?」
「いいよ。僕も多分同じことを思ってるから」

律の確認の言葉に、僕は頷いて答えた。

「「ちょっとおかしい人だよな」」

僕と律の意見が一致した瞬間だった。

「それにしても、久美さんって唯先輩とお知り合いだったんですね」
「そりゃ、前に一回会ってるからな。あずにゃんもだけど」

楽しげに会話を始める唯たちを見ながら声を上げる梓に、僕はそう返した

「え? でも、私は会ったことなんてありませんよ」
「ある。時間ループの時に、僕の影武者をしたやつだ」
「えぇ!? だって、あの時はとても大人っぽいような印象だったの、にゃーー!!?」

梓が言い切る前に再び攻撃魔法が放たれた。
今度は直撃コースで。

「悪かったわね。あの時は正体を明かすわけにはいかないから、演技をしていたからね」
「はいはい。澪、梓を離して。何となくだけど、危ないから」
「わ、わかった」

これ以上は危険だと判断した僕は澪に梓を久美から離してもらうことお願いした。

「久美に何かを言う前に、一度考えることをお勧めするよ」
「は、はい」

僕の忠告に梓は小さく返事を返した。

「それにしても、貴女って人見知りで臆病な所があるみたいだけど、口調とかからはそんな感じはしないよね」
「え? な、なんで……」

久美の感心したような言葉に、澪が驚きで目を見開かせる。

「あんた、澪の精神干渉をしたな」
「い、いつ!?」
「兄さんが倒れた時」

澪の問いかけに、久美は簡潔に答えた。

「随分最近ですね」
「ここに来てみたら兄さんは倒れているしもう大変。しかもあなたたちが来るから薬も飲ませられなくて」
「薬?」

とりあえずということで席に腰掛けた久美は出されたお茶を飲みながら、ムギの疑問に答えた。

「これのことよ」
「草?」

久美が取り出したのは月見草だった。

「名前は月見草。私たちの国で取られる万能薬。かなり苦いけどこれを飲めば大抵の病気は治るわ。ただ、これは調合をしなければいけなくて――――」
「へぇ……」

久美の説明に、月見草をまじまじと見つめながら感心したような声を漏らす唯。

「感心したように言ってるけど、理解できてないだろ」
「え?! それは気のせいだよ! 浩君」

(絶対に理解できてない)

まあ、理解できなくて当然なんだけど。

「急須に入れて飲ませる準備は整ったけど、あなたたちから来たからしょうがなく」
「それじゃ、あの時起きた怪奇現象は」
「そ。私がやったの。貴女を操ったのも、兄さんに薬を飲ませたかったから。運ぶ人員は予想外だったから、全員に共通する人物に変装したの」

どうやら、慶介は久美の策略に巻き込まれてしまったようだ。

(なんだか慶介がかわいそうに思えてきた)

「皆もごめんなさいね。特に、澪さんには申し訳ないことを」
「あ、いえ。私はそんなに気にしていないですから」

申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする久美に、澪は手を振りながら答えた。

「いや、久美の言っているのはそういう意味じゃないと思う」
「干渉した時に、貴女の記憶を見てしまって」
「見た………ッ!?」

久美の言わんとすることがわかったのか、澪は恥ずかしさのあまり失神した。

「み、澪―、大丈夫か?!」
「えっと、これ私のせい?」
「はぁ……放っておけば回復するよ。今何かを言ったら逆効果だから」

戸惑いの表情を浮かべる久美の肩に手を乗っけて頷きながら返すのであった。










「それで、どうしてクーちゃんはここに?」
「それは兄さんに頼まれた物を届けるためよ」

唯の疑問に答えると、久美はどこからともなく紙媒体の資料を取り出した。

「どうもありがとう」
「全く兄さんって次から次に問題を引き込むよね」
「引き込みたくて引き込んでるんじゃない」

大げさに肩をすくませる久美に、僕はため息交じりに言い返しながら資料に目を通す。

「ねえ、その資料っていったい何?」
「脅迫状を送ったやつに関する個人情報」

唯の疑問に答えながら、さらに紙をめくる。

「何で、そんなものがここに?!」
「久美に調べてもらった。こういうことに関しては、久美よりも勝る者はいないから」
「諜報活動が私の役割だからね」

ツッコミ口調の律に答える僕に、久美は胸を張りながら口を開いた。

「まるで探偵さんみたい」
「そう言うけど、こいつにかかればその人物の知られたくない過去が何もかも全て丸裸にされるから、調べられる側からすればたまったものじゃないけどね」

そう言いながらも、僕はさらに資料を読み進める。

「っと、まあこんなものか」
「さすが兄さん。その読む速さには目を見張るよね」

資料を読み終えた僕は机の上に、奴に関する資料を置いた。

「それで、その人は一体どんな奴なんだ?」
「それは申し訳ないけどあなたたちに言うことは――「いや、いい」――兄さん」

身を乗り出して聞いてくる律に、申し訳なさそうに理の言葉を入れる久美の言葉を遮った。

「高月家の規約に反するわよ」
「別に反してはいないさ」

真剣な面持ちで忠告する久美に、僕は軽やかに返した。

「ねえ、”規約”って何?」
「高月家が調査で得た情報は部外者に漏えいしてはならないという物」
「他にもいくつもの条項があって、私たちはそれを守るように言われているの」

例を挙げるとすると”他の家系に権利行使ができるのは高月家に対して害をなす存在のみ”だったりする。
これを破ると最悪の場合は勘当となる。

「それじゃ、私たちが聞くとまずいよな」
「だから、どうしてマズイんだ?」
「だって、私たち部外者ですよ?」

僕の疑問に答える梓に、思わずため息が漏れた。

「あのね、奴は軽音部を廃部にさせようと画策した。つまり、ここにいる全員は被害者であり関係者でもある。ゆえに知る権利がある。これでもまだ部外者だというか?」
「…………」

少しばかり強引かもしれないが、それが僕の考えたロジックだ。
何より、知ってもらう方がメリットの方が大きい。
相手を知らずに、彼女たちに動かれればそれだけでこちらの計画は大きく狂うことになるのだから。

「情報を公開するが、条件は一つ。これから先のことは他言無用だ。ターゲットに対して忠告の道具にするのも。相手にこのことが知られた時こそ、これまでの苦労は水の泡になる。分かった?」

全員が無言で頷いたのを確認して、僕は先ほどの資料に明記されていたことを唯たちに告げることにした。

「ターゲットの名前は内村 竜輝。学年やクラスは唯たちと同じだ」
「内村って、あの人を見下したような感じのやつか」

名前だけで、顔をしかめる律をしり目に、僕は話を続ける。

「彼は”内村財閥”の御曹司。将来はそれなりのポストが保障されている。業界内でもかなりの影響力を持ち、まさに日本を代表すると言っても過言ではない存在だ」
「そう言えば、テレビでやっていたっけ」

内村財閥。
それは、金融や流通関係などあらゆるところに影響力を持つ企業だ。
当然、大富豪だ。

「その裏で、さまざまな悪事やらを行っている。こいつが、その記録」
「えっと……脅迫罪に賄賂、賭博、暴行、監禁、恐喝……って、どんだけあるんだよっ!」
「ざっと50犯以上だ。しかも暴力団の連中とも接点があるから、彼に逆らって生存が確認されているのは一人もいない」

僕の突きつけた真実に、唯たちが顔を青ざめる。

「他にも文部省やら財務省、公安等にも息がかかった者がいる。だから、何かをしてもすべて揉み消される」
「酷すぎますっ」

内村財閥の裏の顔を知った梓が、怒った様子で声を上げた。

「僕は、そう言うやつを何とかすることができる力がある」
「それって、魔法?」

ムギの言葉に、僕は首を横に振って応えた。

「権力だよ」
「権力?」
「高月家は大金持ちの家系や名家などに対抗する権力がある。それが調査と破門の二つ」

それが僕の持つ切り札だった。

「ねえねえ、破門ってあのドラマとかで良く出る奴?」
「ちょっとニュアンスは違う。僕たちで言う破門は、簡単に言えばその家の資産や財産、家財すべてを没収して家そのものの活動を止める行為のことを言う……分かる?」
「さっぱりわかりません!」

簡単に説明してみたが、簡単には言えなかった。
唯がわからなくて当然なのかもしれない。

「まあ、とりあえずすごい力ということだけを覚えてくれればいいよ」

それが一番確実だった。

「破門という行為は人権を無視しているから、やれば確実に僕たちは犯罪者になる。しかも公にすることも不可能だ」
「それじゃ、どうする気なんですか?」
「工作課の者たちを使う」

僕の出した策は工作課の職員を利用することだった。

「工作課?」
「あ、工作課っていうのはね、ここのように魔法文化の無い世界に任務に出る魔法使いの人をアシストする人たちのことよ」
「工作課の者たちは、出版業界や金融関係、教育や医療に公安系など様々な業種の場所に普通の人間を装って潜り込んでいる。主な任務は対象者の監視などかな」

新たに出てきた単語に首をかしげて率に、久美と僕は工作課について説明した。

「そう言えば、去年のクリスマスあたりに、あなたたちが監視されていたっていう記録があるけど」
「なんと?! 私たちはいつの間に危険人物に!?」
「それはちょっと言いすぎだと思うぞ」

律たちはそこまで危険じゃないのだから。

「クリスマス会で彼女たちの前で一発芸をするために魔法を使ったから」
「あー、確かにそれなら監視されても仕方ないかも」

糾弾しないあたり、僕がばれないように細心の注意を払ったことは分かっていたみたいだ。

「やっぱりあれって魔法だったんだ」

”やっぱり”という単語が出てくるのは、僕が魔法使いであることがわかったからなのか?
それとも、それよりも前に考えていたからなのか。
それが全く分からなかった。

「ちなみに、ここの学校にもいるからね」
「いつの間に!?」
「し、知らなかった」

実は先回り形式で潜り込むため、気づけばそこにいるのが工作課の特徴だ。

「ちなみに、探し出すのは困難だよ。催眠術で深層心理レベルで不自然がないように思いこましているから。聞きまわったりしたら変人扱いされるし」
「それに、当たりを引いたら面倒なことになる。工作課の人たちのことは気にしなくて平気よ。何もしなければ味方なんだから」

僕の言葉に続くように久美が補足した。
皆には言っていないが、工作課の存在は僕が生きるためには必要不可欠な存在だ。
それが、お金。
魔界の通貨は、日本円だ。
その所以は、魔界の者が最初に向かったのが日本だからというのがあるが、真相は不明だ。
故郷にあるお金を、ここに持ち込んで利用すれば、お札が大量に出回ることになり、それはこの国の財政をより悪化させる可能性がある。
それを防ぐのが金融関係に入り込んだ工作課の者たちだ。
どうやって課は知らないが、僕の所有する故郷のお金と引き換えにこの国の通貨に変換してもらっているのだ。

「僕はこれまで、こういう連中のやり口を見てきたから次に起こす行動は手に取るようにわかる。そこで、僕たちは次の一手を打とうと思う。そこでみんなに協力してもらいたいことが一つある」
「それは一体何? 浩君」

首をかしげながら聞いてくる唯たちに、僕は協力してもらいたいことの内容を告げるのであった。

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第80話 廃部!

男子生徒に忠告をしてから2日ほどが過ぎた。
何の音さたもなく、特に問題なども起こらなかった。

(あの忠告で引き下がったのか?)

心の中でつぶやいてみるが、それはおそらくありえないだろう。
あのタイプの人間が素直に引き下がるはずがない。

(まあ、最悪の状況を予期して、対策はすでに施しはしたけど)

現在はそれが完成していない。
だが、そろそろ完成したものを持ってくるはずだ。
僕の頼んだものを一緒に持った”あいつ”が。

「あの、練習をしなくていいんですか?」

この日もまたいつものようにティータイムが繰り広げられていた。
ここのところ毎日のため、梓が声を上げるのも仕方のないことだった。

「これを食べ終えてからだよー」
「極楽じゃー」
「……やれやれ」

待ったりとお菓子に舌鼓を打っている律たちに、澪がため息交じりに肩を竦めた。
それだけで、今日も昨日の二の舞になるということ物語っていた。

「いいんじゃないの。バンド名を現していて」

梓にそう言いながら、僕はチーズケーキに舌鼓を打つ。
少しすれば山中先生がやって来てティータイムに加わるだろう。
それがいつもの僕たちなのだから。
だがそんないつもの軽音部、放課後ティータイムの一幕は一瞬で終わりを告げることになる。

「ちょっと、あなたたち!」

血相を欠いた真鍋さんの訪問によって。

「ど、どうしたんだよ? 和」
「どうしたもこうしたもないわ! あなたたち一体何をやらかしたの!」

尋常ではない真鍋さんの様子に、律が用件を尋ねるが真鍋さんは息を切らせており、話が見えてこなかった。

「和ちゃん?」
「とりあえず、落ち着いて話して。どうしたんだ?」

そんな真鍋さんの様子に唯が首をかしげる中、僕は真鍋さんを落ち着かせることを優先させた。

「ごめんなさい。さっき会長からいきなり言われたのよ」

冷静さを取り戻したのか、真鍋さんが事情を話し始めた。

「何て?」
「『軽音楽部を本日付で廃部にする』って」

ムギの疑問に答えるように、真鍋さんはその内容を告げた。

「………はい?」

そのあまりにも強烈過ぎる内容に、僕たちは一瞬頭の中が真っ白になった。
だが、それでもじわりじわりと頭で理解していく。

『えぇっ!!?』

そして驚きの声が響き渡った。

「ど、どどどうして!?」
「それが私や会長にもさっぱりなのよ。ただ、これは学校側からの通達なのは確かよ」

混乱した様子で問いただす澪に、真鍋さんは申し訳なさそうに首を横に振りながら答える。

(学校側……か)

「私たち、何かしましたか?!」
「はっ! もしかして学園祭のライブに遅れたからそれで!?」

各々が、顔を青ざめさせる。

「いや、そんな理由じゃない」
「浩介君?」
「浩君?」

そんな中、僕はきっぱりと唯たちの予想を否定した。

「何か心当たりでもあるのか?」

澪の問いかけに、僕は頷くことで答えた。

「真鍋さん、ちょっと頼みがある」
「何かしら?」
「生徒会長殿にこの学校で一番偉い、理事長ないしは校長室に案内させて」

僕の頼みは、生徒会長を同伴して一番の権力を持つ人物の下に向かうことだった。

「曽我部先輩を? でも、もうじき引退よ?」
「良いんだよ、それでも。会長とかいう権限は関係ないから」
「……? 一応頼んでみるから生徒会室前で待っててくれる?」

僕の答えに、真鍋さんは理解できないと言った様子で首をかしげながらも、頷くと真鍋さんは足早に部室を後にした。

「浩介先輩、やっぱりこれは――」
「一応言うけど、この件はみんなには責任はない。僕の判断ミスだ」

僕は梓の言葉を遮るようにしてそう告げた。

「え? それって、どういう――」
「話はあとだ。ちょっと行ってくる」

僕は疑問の声を封じて、部室を後にした。

「…………」

一度僕は深呼吸をして、心を落ち着かせる。

(そこまでしてでも、お前は自分の思い通りにするか)

きっと今頃どこかでほくそ笑んでいるであろう人物に、僕は心の中で問いただしながら僕は生徒会室の方に向かうのであった。










「ここが理事長室よ。この学校で一番偉い人にあたる」
「………」

生徒会室前で会長と合流した僕は会長を同伴させて、この学校で最も権力のある人物の部屋の前までやってきた。

「一体どうする気? 言っておくけど私でも理事長を説得するのは不可能よ」
「ご安心ください。あなたにそこまで期待はしてませんから」

会長の心配そうな言葉に、僕は笑顔で返した。

「そうやって笑顔で返されると、怒りを通り越して清々しい気持ちになるわ」
「あなたには一種の証人になってもらいます」

会長の言葉をスルーして、僕は会長に来てもらった理由を話した。

「この中での話し合いでは、ある約束事が交わされます。ですが、所詮は口約束……どちらかがそれを反故にする可能性もあります」
「それで、その約束事を躱したという証人になれ、ということね」

僕の説明で、ようやく僕の目的を理解した会長の言葉に、僕は頷くことで答えた。

「そう言うことなら、私は喜んで引き受けるわ」
「ありがとうございます」

建前とかを気にせずに、僕はお辞儀をしてお礼を言った。
今からすることは、会長の存在がなければ決してできないことなのだから。

「別に、お礼なんていいのよ。だって、――――――」

会長が何かを言ったような気がするが、声が小さくて聞き取ることができなかった。
僕もさほど重要なことではないだろうと判断して、聞きかえすこともしなかった。

「それじゃ、入りましょう」

会長はそう告げると、理事長室のドアをノックした

『はい』
「生徒会長の曽我部です」

中から渋い男性の声が返ってきた。
その声に、会長は堂々とした声色で名乗った。

『どうぞ、お入りください』
「失礼します」

理事長から入出を許可された僕たちは、理事長室に足を踏み入れた。
理事長室内はアンティーク調の家具などが置かれ、威厳のような物を感じさせる雰囲気であった。
その奥の方の社長椅子の方に腰掛けている初老の男性が、理事長だろう。

「おや、君は……」
「初めまして。2年1組の高月浩介です」

僕の存在に気付いた理事長の問いかけに、僕は自分の名前を名乗った。

「それで、いきなり訪ねてきて何の用かね?」
「私が話すことがあることをよくわかりましたね?」

理事長が会長ではなく僕に用件を尋ねたことに、驚きながら僕は理事長に尋ねた。

「ただの勘だよ。それで、用件は?」
「先ほど生徒会から軽音部に廃部の知らせが届きました」

僕の切り出したよう県に、理事長は僕から視線を逸らした。

「部員の人数は満たしており、部としての活動を行っている。それなのになぜ、廃部なのでしょうか? 具体的かつ私が納得のできるお答えをいただきたい」
「………」

僕の問いかけに、理事長は口をつぐんで何も答えようとはしない。

「圧力を掛けられているのではないですか? 例えば、内村財閥かそれに関連する場所から」
「……っ」

鎌をかけてみたところ、効果はてきめんだった。
先ほどまでの様子とは打って変わって、驚いた表情を浮かべた理事長は僕の顔を見てきた。
その顔は”どうして知っているのか?”と物語っていた。

「そうなんですか? 理事長」
「………」

会長が僕に続くが、理事長は何も答えようとはしなかった。

(おそらく、口止めされているんだろうな)

例えば、第三者に口外したら学校をつぶすなどと言って。
だとすれば、僕はそれを守らせたうえで情報を得なければいけない。

「理事長。でしたら、自分たちは理事長の独り言を聞いたということでいかがでしょう?」
「……分かった」

僕の提案に、理事長は首を縦に振った。
つまりは、理事長が話すことはただの独り言で、それを僕が勝手に聞いたということだ。
何かを言われても”独り言”で片づけられる。
まあ、今回の相手は一筋縄でいくような相手ではないけれど

「内村財閥の要求というのは一体なんだったんでしょうか?」
「君が所属する軽音楽部を、即廃部にするようにというものだった」

僕の問いかけに、理事長が答えてくれた。

(やはり、僕が狙いか)

「でも、一体どうして理事長が一学生の要求を?」
「内村財閥は、文部省のお偉いさんに親友がいるらしい。文部省が本校に対して何らかの行動を起こせば、この学校はただでは済まない」

どうやら、内村財閥はかなり強力な力を有しているようだ。

(権力という名の力を自分で得たわけではないのに我が物顔でふるう……僕の嫌いなタイプだな)

どうやら、僕は相手に対して遠慮をする必要はないようだ。

「元々気になってたんですが……」

僕は、ふとある疑問を理事長にぶつけてみることにした。

「彼には人格的に大いに問題があるように見受けられます。そのような人物が、なぜこの学校にいるのでしょうか?」
「……………文部省から圧力をかけられたんだ。言うとおりにしなければ補助金を出さないという」

理事長の悔しさ、苦しさは声からでも十分に把握することができた。

「ひどいわ……まったく」

隣に立っている会長ですら嫌悪感を感じているほどだ。

「ありがとうございます。それで、ここから一生徒ではなく、一個人としての話になるんですが……」
「何を言ってるのかね?」

僕の言葉に、戸惑いの色を見せる理事長をしり目に、僕はポケットから一枚の紙を取り出しながら声を上げる。

「もし、内村財閥によって文部省から不当な圧力が加えられた際はこちらに連絡を。きっと資金援助を無償で行ってくれるはずですから」
「これは………君はいったい何者かね?!」

僕の手渡した名刺を手にした理事長の驚きように、僕は心の中で苦笑しながら

「さあ、誰でしょう?」

ととぼけて答えるのであった。










「今回は、本当にありがとうございました」
「それはいいのだけど、本当に大丈夫?」

会長が言っているのは風紀班や生徒会などがバックアップに着くという話だった。
確かに、風紀班などがバックアップとしてついてくれれば、学校内ではこれ以上ない後ろ盾だ。

「ええ。一部活に、そこまでするのは不公平でしょう」

僕はその理由で、断ったのだ。
強力な後ろ盾は確かにあることに越したことはないが、ほかの部活に対してかなり不公平にも思われてしまう可能性もあった。
尤も、僕が知る中で強力な後ろ盾はすでに大勢いるのだから、必要がないというのもあるが。

「それに、自分でまいた種ですし、我々で対応したいんです」

それが、一番の理由だったのかもしれない。

「……分かったわ。でも、もし必要になったらいつでも言ってちょうだい。できる限りのことはするわ」
「ありがとうございます」

僕は会長に頭を下げてお礼を述べた。
正直そんな時は来ることがないとは思うが、でもその気持ちだけでもとてもありがたかった。

「それじゃ、僕は部室に戻ります」
「ええ。がんばってね」

会長からのエールを受けながら、僕は部室に向かうのであった。





「あ、浩介!」
「ごめん、待たせた」

部室のドアを開けると待ってましたと言わんばかりに、全員が一気に僕の周りに集まってきた。
そう言えば、山中先生の姿を見かけないが、もしかしたら忙しいのかもしれないと、僕は自己完結させた。

「どうだったんですか!?」
「そうだよ、もったいぶらずに話してよ!」
「とりあえず、説明するから落ち着いて」

僕は、矢継ぎ早に話しかけてくる皆を落ち着かせた。

「まず、今回のこの廃部の知らせはやはり、唯に脅迫状を送った犯人の仕業だった」
「はい!?」

僕の説明が、予想外だったのか律が驚きの声を上げた。

「ち、ちょっと待って。それじゃ、その犯人がこの部を廃部にするようにさせたというわけ?」

律の推測に、僕は頷くことで答えた。

「そんな馬鹿なことができるわけが―――」
「ううん。できるかもしれない」

信じられない律に反論をしたのは、ムギだった。

「まあ、ムギだったらば相手がどのようなことをしたのかくらいは想像がつくだろうね」
「ええ。お父様がよく話していたから」

楽器チェーンを展開する琴吹グループだ。
”権力を利用した圧力”の手口を知っていて当然だった。

「えっと、つまりどういうこと?」
「それは―――」

何を言っているのかがわからない澪たちに、わかりやすく説明しようとしたところで、物置部屋のドアが開いた。

「自分たちの持つ権力で、圧力をかけてきたのよ。奴らは」
「「和!?」」
「和ちゃん!?」

突然現れた真鍋さんの姿に、全員が驚きの声を上げた。

「ど、どうして和ちゃんがあそこから入ってくるの?」
「いや、それ以前に何でそこまで言えるんだよ」

唯の疑問の声に律も続いた。
確かに、普通に考えればおかしいことだろう。
だが、それはおかしくもなんともなかった。

(あのバカ)

僕は頭を抱えたくなってしまった。
僕の目がその理由を物語っているのだ。

「その答えはすぐにわかるぞ」
「え?」

数歩前に出て真鍋さんと対峙する。

「このナイフによってな」
「えっと、浩介先輩何をするつもりですか?」

僕が取り出したナイフに、梓は慌てて真鍋さんと僕を見ながら疑問を投げかける。

「何を? ナイフを出してすることと言えば、これしかないだろ」

僕は梓にそう答えると、ナイフを勢いよく真鍋さんの急所に向けて投げ飛ばすのであった。

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第79話 渦巻く悪意

翌日、通学路でばったりと唯たちと鉢合わせになった。

「おはようございます、浩介さん」
「おはよう、憂。それと唯も」
「お、おはよう浩君」

どこかよそよそしげに挨拶をしてくる唯に、僕はため息を一つつく。

「まだあの脅迫状を気にしてるのか?」
「……」

唯は何も答えなかったが、それがすべてを物語っているような気がした。

「いいか? あんな脅迫状如きにこっちがおびえたりする必要はない。こちらは何も悪いことをしてないんだから」
「そうだよ! お姉ちゃんは悪くないよ!」

僕の言葉に、憂も賛同してくれた。

「憂……浩君」

目を潤ませながら僕たちの方を見てくる唯に、僕と憂は頷く。

「分かった♪」
「だからって、腕を組めと言った覚えはないっ!」
「えへへ~」

先ほどまでの落ち込みはどこへやら……満面の笑みで僕の腕に自分の腕を組んできた。

「というより、歩きづらいのでほどいてもらえません?」
「いやっ♪」

結局、僕は校門のところまで腕を組んで登校する羽目になった。
だが、それでもいいと思った。

「おやおや~、お二人さんは本当にラブラブどすなー」

もっとも、律に冷やかされたのを除けば。


★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、通学路にて。
腕を組んで登校する唯たちの少し後ろで、面白くなさそうに見ている人物の姿があった。
その視線には、一種の憎悪が込められていた。

「おのれ……高月浩介め」

そしてそれは浩介にのみ向けられていた。

「俺様の女に手を出しやがって」

ありもしないことをつぶやくその人物は、短めに切りそろえられた金髪に、相手を威圧する吊り目の青年であった。

「どうやら、俺様の誠意は通じなかったようだな。ならば……ククク」

青年は不気味な笑みを浮かべると、足早にその場から移動するのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★

いつものように自分のクラスでもある4組に向かう。

「おぉ~、君は何て美しい太陽なんだっ!」
「え、えっと~」

入ってすぐに目に留まったのは、歯が浮くようなセリフを佐伯さんに吹き込んでいる慶介の姿だった。
その表情はどこからどう見ても困っているようにも見えた。

「ん?」

視線を感じたので、その方向に顔を向けると同じクラスの女子(名前は知らない)が慶介の方を指差して丸マークを僕に送ってきた。
それは僕にはやってよいという言葉にも聞こえた。

「さあ! 俺と一緒に大人のバラの中―――――ニンジャ!?」
「おはよう佐伯さん。朝っぱらから馬鹿がバカげたことをバカおかしく言って悪いね」
「あ、ううん。別に気にしてないから」

とりあえず、危険なことを口走ろうとする慶介を、百科事典で鎮めておくことにした。

「そう? それじゃこのバカを、今後バカなことができないようにバカすごいお仕置きをしておくよ」
「ば、馬鹿を強調しないでくだ―――ぐぼぁ!?!」

まだ意識の残っていた慶介の首元に、指を突き刺して再び気を失わせた。
そんなこんなで、いつもの一日が幕を開けた。
……はずだった。










「くそっ、一体なんだってんだよ!」
「ど、どうしたんだ?」

昼休み、購買部に昼食を界に向かっていた慶介は、憤りを隠せない様子で戻ってきた。
その手には何もなかった。

「聞いてくれよ浩介! 購買の方で昼食に焼きそばパンを三つほど買ったんだ!」
「へぇ。かなり競争率が高いやつでしょ? すごいじゃない。でもまあ、そのパンが無いけど」

購買部で一番競争率が高いのは『ゴールデン何とか』というパンだ。
一日に5,6個しか作られないため、幻のパンとも言われている。
噂によると、そのパンにありつけた者は将来大きな成功を収めるという噂まで流れているが、審議の方は定かではない。
焼きそばパンもそんな競争率が高い部類に入っているのだ。
それを三つも手に入れられる手腕は尊敬に値した。

「それがさ! ここに戻る途中にいきなり金髪の野郎が俺の行く手を遮って『佐久間慶介だな?』と聞いてきたんだ。だから”はい、そうです”って答えたんだ」
「………それで、どうなったんだ?」

”金髪”というフレーズに、僕は引っかかりながら先を促した。

「そしたらそいつにパンを三つも奪われたんだよ! しかも『恨むのなら高月浩介を恨め』とか意味の分からねえことを言い残して、どこか行っちまうし」
「…………」

どうやら、僕の予感は当たったようだ。

「本当に、最低な野郎だ……って、どうしたんだよ浩介?」
「ごめん」
「何謝ってんだよ? パンを取ったのはあの野郎で、お前のせいじゃないだろ?」

慶介に謝罪の言葉を告げると、首をかしげながらそう切り返してきた。

「だけど、慶介はただ巻き込まれただけじゃない」
「別に俺は構わねえって。俺ってMだから、逆にウェルカムさっ!」
「………」

その言葉僕を励ますための物なのか、それとも本心なのかがわからなかった。
だが、僕は前者の方で取っておくことにした。
僕は箸で弁当のおかずやご飯を適当にふたの方に移すとそれを慶介の方に差し出した。

「これは?」
「余りものだ。今日はちょっと多く作ったから。さあ、食え。食わなければ眠らせる」

弁当箱のふたを呆然と見ている慶介に、マシンガンのごとく告げるとさらに慶介の方に突き出した。

「な、なぜに脅迫系!?」
「じゃあ、食べない?」
「食べる!」

この切り返しの速さは慶介らしいと思う。
さっきまでツッコんでいた慶介は、料理を口にするので夢中なのだから。

(……にしても、さすがというべきか)

僕は料理を口にしながら、慶介の話のことを考えていた。

(本人ではなく、周りから攻めていく。戦略としては非常に素晴らしい判断だ)

敵ながら、相手の手腕に称賛の声を送るほど、鮮やかだった。

(さて、次はどういう手に打ってくるか……)

相手の打ちそうな手はすでにいくつか予想している。
それに対する策もしっかりと用意している。
だが、いずれもすぐに対抗できるわけではない。
どうしても防戦になってしまうだろう。

(まあ、たまにはこういうシチュエーションもいいか)

時には防戦一方で、のちに大逆転するというのもいいと思った。
有名な言葉でいうのであれば”倍返し!”みたいな感じで。

(それはともかく、次にどのような手を打つか。楽しみに待つとしよう)

先ほどから殺気のようなものを僕にぶつけている視線を受けながら、僕は心の中でそうつぶやくのであった。










「HRは以上」
「起立、礼」

担任の先生の言葉受けて日直が、号令をかけ一日の終わりを告げた。

「浩介は部活だろ?」
「あたりまえ」

終わるや否や声を掛けてくる慶介に、僕は頷きながら返した。

「それじゃ、俺は帰る」
「また明日」

教室を後にする慶介に、僕は手をひらひらとふりながら見送る。

「そう言えば、慶介って生徒会役員だよな?」

早く帰ったりしてもいいのだろうか?

「ぎゃああああああ!!!」
「………」

廊下の方からこの世のものとは思えない断末魔が響き渡ってきた。
それは慶介のものであるのは間違いなかった。

「やっぱりサボろうとしたんだ」

僕は心の中で慶介に手を合わせた。

「さて……」

楽器類はすべて部室に置いている。
だが、僕は今のところ部室に行く気はない。
それは別に部活動が嫌だからというわけではない。
僕に殺気を送り続ける、人物がいるからだ。
いい加減鬱陶しいので、こちらから動き出すことにしたのだ。
僕は教室を後にすると廊下を歩いていく。
気配も一緒に移動する。
一応隠れているつもりらしいが、気配ダダ漏れで相手がどこにいるかは手に取るようにわかった。
やがて、人通りの少ない場所までたどり着いた。
そこは、よほどのことがない限り通らない学校の端にあたる場所だ。
僕はそこで足を止めた。
未だに気配は後方に感じる。

「いい加減出てきたらどうだ? ストーカーさん」
「何だ、気づいていやがったのか」

僕の呼びかけに少しだけ間が空いて声が返ってきた。
その声に、僕は後ろに振り返り、奴と対峙した。
そいつは短めに切りそろえられた金髪に、吊り目が印象的な男子生徒だった。
威圧的だと本人は思っているようだが、僕に言わせてみれば子供が背伸びをしたような感じで滑稽に見えた。

「お前だな。おかしな脅迫状をよこしてきたのは?」
「さぁ? 俺様は知らねえな」

僕の問いかけに、男子生徒はとぼける。
嘘であることは明白だが、完璧(この世界での)な証拠が無い為僕はそれ以上追及することはできない。

「まあいいだろう。では、何をこそこそついてくる? 偶々とは言わせないぞ。この辺には特に何もないから生徒は立ち寄らない」
「なるほどなぁ。この俺様を誘い出したというわけか」

ようやっと僕の狙いに気付いた男子生徒は、不敵の笑みを浮かべるとそれをすぐに消して睨みつけ出した。
同時に殺気が増すが、怖くもなんともない殺気に僕は特に反応をすることはなかった。

「まあいい。お前に警告する。平沢唯に近寄るな」
「あんたに指図されるいわれはないが?」

男子生徒の要求に、僕はそう言って斬り捨てた。

「はぁ? あの女はこの俺様の物だ! 人のものを盗むのは犯罪だと習わなかったか?」
「…………………」

男の言葉に、僕は目を瞬かせる。
そして出てきたのは怒りよりも憐みだった。

「なるほど、よくわかった」
「そうか。ならばすぐに軽音部を――」

僕の言葉に、男子生徒が満足げに口を開く中、それを遮るように僕は言葉を続けた。

「貴様が、哀れだということがな」
「何だと?」

僕の言葉に男子生徒の殺気がさらに強まる。

「おまけに惨めだ。貴様は心が空っぽのかわいそうなお子ちゃまだ。前に言ったかもしれないが、僕が何をしようがこちらの自由。貴様の指図は受けない」
「………………」

男子生徒は、僕の宣言に返す言葉も無いようで動揺のあまり、口を只パクパクさせているだけだった。

「ふ、ふん! いきがっていられるのも今の内だ。この俺様に逆らうと、痛い目を見るぜ?」
「どう見るというんだ?」

男子生徒の粋がるような言葉に、僕はあきれながら問いかけた。

「この俺様は内村財閥の会長の息子だ! 政治家の方にも知り合いがいるんだ。俺様の一言で、お前は社会的に抹殺できる」
「……………」

男子生徒の言葉に、僕は何も言い返さずに只々男子生徒をにらみつけるだけだった。

「分かっただろ? 分かったのなら俺様の言うとおりに――「ならば、僕からも忠告しよう」――何だ?」

僕が押し黙ったのを見て自分の勝利を確信した男子生徒に、僕に言えるのはただ一言だけだ。

「あまり私たちにケンカを売らない方がいいぞ? さもなくばお前……」

ゆっくりと男子生徒の方に歩み寄りながら、僕は警告する。
そして男子生徒の耳元まで移動すると、小さい声でこう告げた。

「――――死ぬよ?」

そしてそのまま僕は、男子生徒野分を通り抜けて部室へと向かう。

(奴の言葉が本当かどうかは、いずれ明らかになるだろう)

本当であれば、久々の大捕り物が繰り広げられることになる。

(いずれにせよ、あいつは恐怖を味わうことになるだろうな)

男子生徒は、僕にケンカを売ってどうなるかを知らない。
”高月家にケンカを売って無事だった者はいない”
それが、故郷で言われている言葉だ。
そして今回も同様の結末をたどることになりそうだ。

「さて、早く部室にでも行くか」

そして僕は律たちに怒られるであろうことを予想しながら部室へと向かうのであった。










「ごめん、遅れた」
「遅いっ!」

部室に足を踏み入れると、予想下通りの言葉を律からかけられた。

「まあまあ。浩介君、お茶にしましょう」

ムギの言葉に、促されるように僕は自分の席に着いた。

「お、今日はマドレーヌだ」

僕たちの前に出されたのは、マドレーヌというお菓子だった。

「あ、そう言えばあれはどうなったんだ?」
「あれ? あれって何のことですか?」

律の問いかけを聞いていた梓が律に尋ねた。

「ああ、それがさ唯に浩介と別れろとかいう脅迫状が届いてたんだよ」
「脅迫状!?」

先日は違う下駄箱にいたことと、脅迫状に関することには触れなかった為知らなかった梓が驚きをあらわにした。

「大丈夫ですか? 唯先輩」
「大丈夫、浩君が何とかしてくれるって言ってくれたから」

お菓子を堪能しながら頷いて答える唯の言葉に、今度は僕の方に視線が集まる。

「それで、何か分かったのか?」
「ああ。犯人を突き止めて忠告はしておいた」

澪からの問いかけで、僕は先ほど自分がした対応を説明した。

「それなら安心ですね」
「やっぱり男の子ね♪」

僕のその対応で、安心ムードに包まれる部室内。
だが、

「忠告はしたが、これで終わったと思わない方がいい」
「それって、どういうことですか?」

僕の言葉に、梓が不安そうな表情で訊いてきた。
「いや、杞憂に終わってくれれば一番いいんだがな」
僕はそう口にするだけで留まった。
(しかし、あいつの目。あれは、少しばかり厄介な相手になりそうだな)
あの男子生徒から感じた”何か”に、私は底知れぬ不安を抱くのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「あの野郎っ」

誰もいない廊下で、少年……竜輝は唇を噛み怒りに肩を震わせていた。

「この俺様が親切に忠告してやったのに………」

それは実に身勝手な言葉だった。

「そうか。貴様もどうやら痛い目を見ねえと分からないようだなっ」

そして浮かべたのは不気味な笑み。

「ガハハハッ! 待ってろよ、高月浩介っ!」

高笑いをしながらあ、竜輝はその場を立ち去る。
今、悪意は着実に浩介達へと迫り始めていた。

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第78話 悪意

あの学園祭の一件から数日が過ぎた。

「浩介、大丈夫か?」
「ああ。大丈夫」

教室に入るなり、いきなり声を掛けてきたのは慶介だった。
僕は慶介に治ったことを告げた。

「そうか。良かったぜ、無事で」
「心配させたみたいで、悪かったな」

普段はあれだが、ちゃんと心配してくれたことはとてもうれしかった。

「にしても、どうして無理して演奏したんだよ?」
「だって、僕たちの演奏を聞こうと待っている人がいるのに、風邪ひいたので休みますとは言えないだろ」
「それで倒れたら元も子もねえだろ」

僕の反論に、慶介があきれた様子で言い返してきた。

「同じことをみんなに言われたよ。さすがに、これ以上言われるのは勘弁してくれ」

この間の澪たちの説教の内容は、大体が慶介の言っていたことだった。
本当は反論することもあるのだが、それは僕と唯たちの価値観の違いに発展するので素直に説教を受けることにしたのだ。
とはいえ、同じことを何度も言われるのは精神的につらい。

「まあ、いいけど。あの後変なことがあったんだ」
「変なこと?」

慶介の言葉に興味を持った僕は、詳しく話を聞いてみることにした。

「ああ。平沢さんたちに浩介のことを話すと、いきなり部室を飛び出していったんだ。で、俺は部室で待っていたわけだ」

おそらく慶介が唯たちに僕のことを話したのだろう。

「それで少しして田井中さんたちが戻ってきた時に、言われたんだ『佐久間、あんたいつの間に来ていつの間に戻ってたんだ?』ってな」
「……」

慶介の話に、僕はできる限り表情を変えないように努力した。
おそらく、慶介は今回の件に関しては完全に被害者なのだから。

「いやー、話を聞くと俺が浩介の家にいつの間にかいて、浩介を部屋まで運んだんだってさ。何だか怖くね?」
「あー……まあ、そういう日もあるよ」

僕はそう答えることしかできなかった。










風邪が治ってからさらに数日後。
学園祭が終わったからと言って、何がしらかの変化があるかと言えばそうではない。

「はい、今日はタルトよ」
「それじゃ、モンブランいただき―」
「また、お茶で――「梓ちゃんはいらないの?」――それじゃ、バナナタルトで」

梓も最近どんどん丸くなり始めているような気がする。
これをいいことだと思うべきか、それとも嘆くべきか。

(チーズケーキのタルトもあるのか)

「むむ、それじゃ私はイチゴタルト……ぁ」
「……あ」

ほんの偶然だった。
唯が取ろうとした横にあるチーズタルトを取ろうとしたところで、手が触れたのだ

「悪い、先にいいよ」
「…………うん」

顔を赤くしながらイチゴタルトを手にする唯に続いて、僕も目当てのお菓子を手にする。

「二人ともどうしたんだ?」
「え? 何が」

そんな僕たちの様子を見ていた澪が、突然聞いていた。

「いや、何だか二人の様子が変だから」
「うん。何だか付き合いたての恋人同士みたい♪」

澪の言葉に、ムギは頷きながら笑顔で告げた。

「こ、こここここここ!!!?」
「何ぃ!? 二人は、いつの間にそんな関係に?!」
「ち、違うよ律ちゃん。そう言うのじゃないって」

ムギの爆弾発言に、澪は顔を赤くして固まり律は居心地の悪い笑みを浮かべながら声を上げた。

「でも、それだとさっきのおかしな雰囲気の説明がつきませんよ?」
「それは……――「急に手が触れれば誰でもびっくりするだろ」――そ、そうなんだよ! びっくりしただけだよ!」

梓の鋭い指摘に、僕がフォローを出すと唯は人差し指を立てながら頷いた。
これで納得する―――

「怪しいどすなー。ムギ、こうなったらとことん追求するでありますよ!」
「ラジャー!」

わけがなかった。

(これ以上追及されるのもいやだし。仕方ない、脅すか)

僕はそう思い立つと右手にナイフを魔法で取り出すと律の前の机に目がけて投げた。

「へ?」

狙い通り律の前に席にナイフは突き刺さった。

「あんまり余計な詮索をすると手元が狂っちゃうかもしれないよ?」
「そ、そういえばー! 昨日テレビで見たんだけどさ―――」

僕の脅しに律は忠実だった。
思い通りに話題を強引に反らせることに成功した。

(とはいえ、律や澪の言う通りなんだよな)

澪の指摘通り、最近の僕たちはどこかおかしかった。
これまで普通にできていたことが、普通にできなくなったのだ。

(いつからだろう?)

ふと、思い返してみる。
学園祭以降、ここに来たことはない。
風邪が治りここに来たときにはすでにこのような状態だった。
なによりお見舞いも、薬を飲んだ時以外は来ていないので、きっかけで言うのであればやはりあの時しかないだろう。

(お見舞いの時に何かあったか?)

ふと考えてみる。
だが、一つ以外には思い当たることがなかった。

(いやあれは、熱に浮かされていたからだし)

唯のやわらかい笑みを見たときに感じた胸の鼓動。
それは、熱に浮かされていただけだ。
それ以外にありえない。

―――あってはならないのだ。

そんな、こんなで微妙な状態になりかけているまま、改善する兆しがなかった。
演奏の方では問題は出ていないが、このままいけば悪影響が出てくる可能性もあるため、悠長にしていられない。

(本当にどうしたものか)

僕は心の中で、考えをめぐらすが、やはり答えは出てこなかった。

(早くこの不安定な状態を何とかしないと、このまま放置しておくことは、大きなトラブルを招くことになるし)

僕はそれを一番危惧していた。
類は友を呼ぶではないが、不安定な状態は不純な要素を呼び込むことが多いのだ。
そして、解決策を見つけ出せないまま、さらに数日が過ぎていく。
僕の一番危惧していたことが実際に発生するとも知らずに。










それは、9月下旬のある日の休み時間のこと。

「全く、唯のやつは……」

僕はため息交じりでぶつぶつと文句を言いながら、唯たちのクラスである2年2組の教室へと向かっていた。
その理由は実にくだらなかった。

「どうすれば鞄を間違えるんだよ」

それは昨日の夜のことだった。





次の日の学校の授業の教科書をカバンに入れようとした時のことだった。

『あれ?』

鞄の中に手を入れた僕は、ふと手に感じた感触に首をかしげた。

『何だろう……』

僕は手探りでその感触の正体である物を取り出した。

『って、携帯電話!?』

出てきたのはピンク色の折り畳み式の携帯電話だった。
色からして僕の物ではないのは明らかだ。

『一体誰のだ?』

携帯を調べればわかることだろうが、さすがに他人の携帯電話を勝手にみるのは非常識なのでできない。

(仕方ない)

僕は軽く魔法を使うことにした。
とはいえ、携帯電話に人差し指を触れさせることぐらいだが。
その結果、

『これ、唯の携帯か』

僕は持ち主を把握することができたのだ。





(確かに昨日は色々とドタバタしていたから間違うのも納得はできるけど)

普通すぐに気付きそうなものだとは思うが、唯なので仕方がないのかもしれない。
本当は朝に通学路で手渡すつもりが、遅刻しそうな時間だったため先に学校に向かうことにしたのだ。
そして最初の休み時間である今、唯に渡すべく教室へと向かっているのだ。

「あ、ここか」

教室に入った僕が目にしたのは、一か所に固まって話している唯や律たちの姿が立った。
よく見ると唯の雰囲気がどよーんとしている。

「何を話してるんだ?」
「あ、浩介君」

近寄りながら声を掛けると、最初に反応したのはムギだった。

「実は、唯が携帯を失くしたらしくてな」
「それだったら、ここにある」

律が事情を説明してくれたことで、ようやく唯の雰囲気の理由がわかった。

「な、なにっ!?」

律の大声に、クラス中の視線が僕たちに集められた。

「これだろ?」

僕は唯に透明のビニール袋に入れておいた携帯電話を差し出す。

「あ、これだ!」
「どうして、お前が持ってんだよ」

慌てながら携帯電話をビニール袋から取り出す唯をしり目に、律が問いかけてきた。

「僕のカバンの中に入ってた」
「あ、そうか。あの時に間違えて浩君のカバンに入れちゃったんだ」
「なんだ、ビックリさせんなよな」

唯の言葉で僕の言葉が正しかったことが証明されたのか律は息を吐き出しながら、唯にそう言った。

「えへへ~。ごめんね。浩君も、ありがとう」
「っ。別にお礼を言われることじゃない。用はそれだけだから。じゃあ」

満面の笑みを浮かべてお礼を言う唯に、僕は再びあの時の鼓動を感じた。

「あ、待って」

ムギの呼び止める声にを無視して僕は早々に教室を後にした。
この時、僕は気付くべきだった。
僕たちを見ている視線に、悪意が混じっていたことに。










「それじゃ、今日は解散!」

放課後、いつものように部活を終えた僕たちは部室を後にする。

「練習もしていないのに疲れました」
「今日はいつも以上にやられてたもんな、あずにゃん」

哀愁が漂っているのも無理はなかった。
この日、梓が山中先生という魔の手によってさまざまなヘアーバンドを付けさせられた。
猫耳に始まり、ウサギの耳や犬耳等々。
しかも衣装まで作っていたようで、澪の時と同じような追いかけっこが繰り広げられることになった。
ちなみに追いかけっこの終わりは、ムギのお茶が入ったことを告げるものだったりもするのだがそれはどうでもいいだろう。
そんなこんなで昇降口で上履きからローファーに履き替えるべく下駄箱のドアを開けた。

「ん?」

中に二つに折りたたまれた白い紙のようなものが入っていた。
僕はそれを手にすると紙を広げた。

「………」

内容を見た僕は無言で四つ折りにするとポケットに入れた。

「ひっ!?」
「ゆ、唯ちゃん!?」

2組の下駄箱があるあたりから唯の息をのむ声が聞こえた。
それに少し遅れてムギの声も聞こえた。
僕は急いで唯たちの方に向かった。

「どうしたんだ?」
「それが、私にもわからなくて」

地面にうずくまり、両手で両耳をふさいでいる唯の手には紙切れがあった。

「唯、どうしたんだ?」
「浩君……これ」

震える手で、僕にその紙切れを渡してきた。

「…………………」
「浩介、ちょっと見せて」

その紙の内容に目を通している僕の手から半ばひったくるように律が紙を取った。

「なんだよこれっ」
「ひどい……」

その紙の内容を目にした律にムギが顔をしかめた。

『アノオトコトワカレロ。サモナクバオマエタチニオオキナワザワイガオトズレルダロウ』

カタカナ表記で書かれたそれは、紛れもなく脅迫文だった。

「これに関してはこっちの方で何とかする。皆は何もせずに普通にしていて。いいな?」
「……唯はいいのか?」

僕の言葉に、律は唯に尋ねる。
それに対して、唯は無言で首を縦に振った。

「それじゃ、頼むぞ」
「お願いで、浩介君」
「任せて」

律たちの頼みに僕は静かに、されど力強く頷きながら返事を返した。










「にしても、脅迫文を下駄箱に送るだなんてこれまた古典的な」

カタカナ表記にしたのは受け取る相手を怯えさせるためだろうか?
どちらにせよ、読みにくいことこの上なかった。

「とりあえず、解読文もどきでも作るか」

そうつぶやくと、僕は今日受け取った脅迫文を二通、読みやすくなるように解読した。

『あの男と別れろ。さもなくばお前たちに大きな災いが訪れるだろう』

それが、唯に届いた脅迫文の内容だ。
そしてもう一通

『平沢唯に近づくな。さもなくばお前に関係するすべてのものに大いなる災いをもたらす』

それが僕に届いた脅迫文の無いようだった。

「クリエイト、この二通の筆跡を比較して」
『了解です。マスター』

首飾りを服から出して二通の脅迫状が見える状態にする。
結果は数秒で出た。

『97%の確率で同一人物です』
「そうか。ありがとう」

やや高めの確立に、僕はこの文を書いたのは同一人物であることを確定させた。

(問題は、これを誰が送りつけたか……あれをやるか)

僕は、これを送りつけた人物を特定するため、先日鞄に入っていた携帯電話の持ち主を特定するために使った魔法を、使うことにした。
それは物に宿る持ち主のエネルギーパターンを調べるものだ。
人が触れた物には、エネルギーが宿ることがある。
それは体力などに属するもので、時間が経てばたつほど薄まっていき判別不能になる。
唯の携帯電話は、常時唯が持っていたためエネルギーが強く宿っていたために判別が素早くできたのだ。
それはともかく、僕は両手の人差し指を脅迫状の紙の上に乗せると神経を集中させる。
そして、両手を紙から離すと、右手を開くようなしぐさでホロウィンドウを展開した。
それは僕が通っている、桜ヶ丘高等学校の生徒全員の生命体反応を記したデータだ。

(こういう時に工作員がいてくれると頼もしい)

学校内にテロリストが紛れ込んでいないかを判別するため、学校に入り込んでいる工作課の者が生命データを解析してデータベース化にしているのだ。
そうすることで、前もって事件が防げるだけではなく、時間ループのように偽物が紛れ込んでもすぐに把握することができるのだ。
ちなみに、あの事件の時はすっかりこのデータベースの存在を忘れていたのは余談だ。

「犯人を男と仮定すると、現在の男子の数は約20名」

1年の方で約12人、2年生で8人程度だ。

「さらに、データから僕と慶介のデータを除外」

当然のことだが、僕は犯人ではないので、除外だ。
慶介の場合は、日ごろから”ハーレム”だの可愛い子ちゃんと付き合うだの妄言たれているし、時より嫉妬のパンチなどをしてくる(まあ、すぐに200倍で殴り返すけど)ことがある。
だが、慶介は女子に対して怖がらせるような脅迫状を書いたりは絶対にしない。
それだけは僕は胸を張って言える。

「よし、一人ずつ調べていくか」

こうして僕は18人の男子データを調べ始めた。

(これは違う)

僕が感じた物と、目の前に表示されたデータのエネルギーパターンを照らし合わせていく。

(ん?)

17人目に入ったところで、非常に似ているエネルギーパターンの人物データを見つけた。

「こいつか」

その人物の名前は『|内村《内村》 |竜輝《りゅうき》』と表示されていた。

「まだこいつが犯人という確証はないが……先手は打つべきだな」

僕はそう考えて先手を打つことにした。
通信は相手が出るかどうかがわからないので、メールにすることにした。
そして、必要なことを終えた僕は、脅迫状をカバンの中にしまい、そのまま眠りにつくのであった。
今思えば、これがすべての始まりだったとも知らずに。

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第77話 熱

「無断欠席……か」

放課後、2年1組の教室で、顎に手を当てながらつぶやく俺。
名は佐久間慶介。
自称、浩介の大親友SA!
別にサービスエリアの略ではない。

(いや、そんなことはどうでもいい)

どうも演技が度を過ぎることがよくある。
そのせいで浩介には非常に手堅い仕打ちを受けてしまうのだが。
俺がおかしく感じているのは、今名前が出た”浩介”についてだ。
本名は高月浩介。
女子9割で構成された部『軽音楽部』に所属する何ともうらやましいハーレム魔だ。
特に本人にその自覚がないことが腹立たしい。
それはのちに追及することにして、俺が一番疑問を感じているのは今日学校を休んだことだ。
浩介はこれまで学校を欠席したことはない。
それが今回は初めての無断欠席なのだ。
理由は分からない。
俺への連絡がないのだ。

(そう言えば、連絡先も知らねえ!?)

今更気づいた衝撃の事実に、俺は頭を抱えたくなってしまった。

(またまた軽音部がらみか?)

本当に不運な目に合う部活だなと俺は心の中でつぶやく。

「とりあえず、行くか」

俺は事の真相を確かめるべく、再び軽音楽部の部室へと向かう。










「お邪魔しまーす」
「あれ? 佐久間君?」

部室を訪れると、何故だかおいしそうなお菓子がテーブルの上に広がっていた。

(まるでローマの休日だな)

ここは一体何部だろうと思うが、それはひとまず置いておくことにした。

「どうしたんですか? 佐久間先輩」
「浩介のことなんだけど」

先輩と言われた悦びに悶えそうになるのを必死にこらえた俺は、用件を切り出す。

「浩君はまだ来てないよ」
「いや、同じクラスだから知ってるって」

首を少し傾げながら答える平沢さんに、俺は冷静にツッコんだ。

「え、同じクラスだったんだ」

(あいつ、本当に何も言わなかったんだな)

俺のことは軽音部とは関係がないので、言わないかと思ったが本当に言っていなかったことに少しショックを受けた。

「浩介がどうして来てないのか、事情を知らないか?」
「あ、それなら……たぶん風邪を……ひいたからだと……思う」

俺の疑問に、秋山さんが非常に素晴らしい答えを口にしてくれた。

(にしても、俺ってそこまで怖がられているのか?)

視線をあちらこちらに忙しなく向ける秋山さんの様子に、俺はこれはまた別の意味でショックを受けていた。

「風邪か……ということは昨日のライブの後に体調を崩したのか」
「え? ライブに来てくれたの!?」

俺の言葉に、平沢さんが目を輝かせる。

「あ、ああ」
「どうだった? どうだった?」

興味津々と言った様子で聞いてくる平沢さんの姿に、俺は浩介のことがある意味憎らしく思ってしまった。

「そうだな。さすがは日本の誇るプロのバンドと言った感じだったな。曲は知らなかったけど、すぐに引き込まれた」
「は? 何を言ってるんだ?」

俺の感想に、田井中さんが訝しむように俺を見ながら声を上げた。

「いや、だからライブの感想だが」
「私たちプロじゃないし」

どうやら、俺と田井中さんの間で間違いが起こっているようだ。

「俺は昨日のH&Pのライブのことを言ってるんだけど」
「あ、そうだったのか」
「でも、どうして佐久間先輩がライブに? 当日のチケットは完売でしたけど」

中野さんの疑問も当然だ。
聞いてみれば当日のチケットは完売していたらしい。

「浩介に渡されたのさ。色々あってそのお礼だとさ」
「へー、良いな~」

平沢さんがうらやましそうに唇に人差し指を加えながらつぶやいた。

「やっぱり浩介の演奏は凄まじかった」
「は? 今なんて言った?」

俺の言葉に、田井中さんだけでなく軽音部のメンバー全員が反応した。

「だから、昨日のH&Pでの浩介の演奏は凄まじかったって言ったんだけど」
「な、なに!?」

大きな声を上げて立ち上がったのは秋山さんだった。

(び、びっくりした)

いきなり大声を出されたため、俺は驚きを隠すのに必死だった。

「具合が悪いのに無理をしたらっ!」
「あ、待って澪ちゃん!」
「澪先輩、待ってください!」

秋山さんが突然部室を出て行く。
それに続いて部員が全員去っていった。

「……………俺、どうすんだよ?」

取り残された俺は、誰もいない部室でそうつぶやくのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


高月家、玄関。
床に倒れる浩介を見下ろしている、一人の少女がいた。

「いきなり月見草を送らせるなんて、何かあったと思ってきてみたら、本当に起こってるなんて」

少女は、心配を通り越し呆れた様な表情を浮かべていた

「意識を失っているだけだけど、このままだとまずいわね。早く調合しないと」

少女の手には草のようなものがあった。
それこそが、魔界での万能薬とも言われる”月見草”だった。
これを調合して液体状にして患者に飲ませることで効果を発する。
調合自体は非常に簡単だ。
必要なのはすり鉢と水のみ。
だが、それには患者それぞれに見合った調合比率にしなければならない。
少しでも間違えれば効果を発揮しないため、調合は医師が行うのだ。
だが、少女や浩介本人はその調合を簡単にすることができるため、医師に行わせる必要はないのだ。
少女は足早にキッチンに向かうと若干慌てた手つきではあるが、すり鉢で月見草をすりつぶしていく。
すりつぶした月見草を、ビーカーに入れそこに水を注ぐ。

(よし、このくらいでいいかな)

調合を終えた薬を、急須に移し替える。

「後は、これを飲ませる―――――ッ!」

次の手順に入ろうとしたところで、少女は顔を上げた。

「人の気配……誰かがここに来るわとりあえず隠れましょう」

気配を悟った少女は、慌ててリビングのテーブルの上に薬の入った急須を置くと、人目につかない陰に身をひそめる。





時同じくして、高月家前。

「澪ちゃん……どうしたの?」
「考えなくても、浩介が来ないのはおかしいだろ」

唯の問いかけに、澪は息を整えてから口を開いた。

「でも、風邪なんだからそうなんじゃないの? まあ、それでライブに出るのも問題だけど」
「だったら、同じクラスにいる彼が、来るのは変だろ。理由を知っているのであれば、来る必要はないのに」
「なるほど……確かにそうですね」

澪の推測に、梓が頷いた。
通常、前もって欠席を伝えられていれば担任は出席の際に有無も言わさずにすぐに欠席とする。
だが、無断の場合は出席の際に少しだけではあるが欠席と判断されるまでに時間がかかるのだ。

「それに、昨日は倒れるほどひどい状態だった。そんな状態でライブをした」
「そして、無断欠席……ま、まさか!?」

澪の言葉で、ようやく答えにたどり着いた梓は目を見開かせて澪の顔を見た。

「え? どういうこと?」
「つまりですね、浩介先輩は、欠席を伝えることができない状態に陥っているっていうことです!」

理解が追い付いていない唯に、梓が説明した。

「………と、とりあえず中に入って様子を確認しよう」
「そ、そうね。それが一番よね」

律の提案に、ムギも頷いた。
この時、彼女たちはチャイムを鳴らすということを完全に忘れていた。

「あれ、開いてる」

ドアの取っ手をひいたところで、玄関のドアが開いた。

「お邪魔しま……って、浩介!」
「浩介先輩!」

ドアを開けた彼女たちの目の前に飛び込んできたのは、うつ伏せに床で倒れている浩介の姿だった。
慌てて靴を脱いだ彼女たちは、浩介の下に駆け寄る。

「浩介! しっかりしろ!」
「―――――――――」

澪の呼びかけに、浩介は反応を示さない。

「熱っ!!」

浩介の体に触れた律は、そのあまりの熱さに驚きの声を上げながら手を引っ込めた。

「浩君! 浩君! 死んじゃ嫌だよ!」
「澪! 救急車!」
「あ、うん!」

涙を流しながら浩介に呼びかける唯をしり目に、律の言葉に慌てて携帯電話を取り出した澪は救急車を呼ぼうとする。
そんな時、奥の方で大きな音が響き渡った。

「な、何?」
「ど、泥棒?」

突然の物音に、全員の手が止まった。

「ぁ………」

その時、澪の手から携帯電話が落ちた。

「澪先輩?」
「どうしたの? 澪ちゃん?」

澪の異変に、梓達が心配げに声を掛けるが、それを無視して澪は音のした方へと歩いていく。

「澪、勝手に行くのはまずいって! って、力強っ!」

必死に止めようとする律の手を振り払って、澪は進んでいく。
やがて、澪が立ち止ったのはリビングのテーブルの前だった。

「こ、これはすごいわね」
「ひどいです」

地面に散らばった鍋などの調理器具に、梓達は顔をしかめた。

「これ」
「え?」

そんな異常な光景を気にも留めない澪は、テーブルの上に置いてある急須を手にした。

「この中に薬が入ってる」
「ど、どういうことですか? 澪先輩」
「って、言うか。どうして薬が入っているって言えるんだよ?」

澪の不自然な言動に、梓達は怪訝な表情を浮かべる。

「って、スルーですかい!」

そんな梓達を無視して元来た道を戻る澪に、振り回される形で律たちは移動する。

「どいて」
「澪……ヒック……ちゃん?」

嗚咽交じりに、澪の名前を口にする唯に澪は再度口を開く。

「浩介を助けたいのなら、すぐに退いて」
「え、う、うん」

澪から放たれるオーラのようなものに、唯は条件反射にも近い形で浩介から離れた。
それを確認した澪は、浩介の傍らに座ると、手にしていた急須の口を浩介の口に半ば強引に入れる。

「み、澪。一体何をやってるんだよ!」
「治療」

律の怒鳴り声にも近い問いかけに、澪は簡潔に答えた。

「これで、浩介は治る。これはそういう病気だから」
「一体どういうことなんだよ? というか、どうして澪がそんなことを知ってるんだ?」

疑いの目で澪を見ながら問いただす律に、澪は不敵な笑みを浮かべる。

「それは、今のあなたたちが知らなくてもいいことよ」
「は? いきなり何を言ってるんだよ?!」

突然口調を変えた澪に、律が慌てながら澪に声を掛ける。
だが、それに応じることはなく、澪の身体はまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「み、澪!?」
「澪先輩!?」
「澪ちゃん!?」

突然崩れ落ちる澪に、慌てた様子で律たちが呼びかける。

「ぅ…………あれ?」

律たちの呼びかけに反応するように目を開けた澪は、首をかしげながら立ち上がる。

「どうして私は倒れてるんだ?」
「何も覚えてないんですか?」

疑問を口にする澪に梓が控えめに尋ねる。

「うーん……」

だが、その問いかけに、澪は首をかしげるだけだった。

「はっ! まさか、浩介の幽霊が澪に乗り移って――――」
「縁起でもないことを言わないでください!」

閃いた様子で口を開く律に、梓が大きな声で叫んだ。

「ぅ……ん」
「へ?」

そんな時、今まで無反応だった浩介がうめき声をあげた。

「浩介先輩!?」
「浩君?!」

再び浩介に声を掛ける梓達だったが、目を覚ます様子はなかった。

「とりあえず、部屋まで運ばないか?」
「え? でも、救急車は?」

律の提案に、澪は若干驚いた様子で聞いた。

「澪がそれで浩介に薬を飲ましたからいいんじゃないのか?」
「え? 私が?」
「本当に何も覚えていないんだ」

首をかしげて信じられないと言わんばかりにつぶやく澪に、律は目を細めながら口を開いた。

「それで、浩介の部屋ってどこ?」
「あ……」
「こうなったら探検よ!」
「って、ムギ先輩?!」

澪の問いかけに固まる律をよそに、探検と称して家の中をくまなく探しだすムギに慌てて梓が続いた。
浩介の部屋はいとも簡単に見つかった。
だが、そこには問題があった。

「2階か……」
「私たちじゃ無理ですね」

それが、浩介の部屋の場所だ。
浩介の部屋は2階にある。
つまり、浩介を担いで階段を上る必要があるのだ。
だが、普通の女子にそのようなことができるはずもなく、唯たちは再び壁にぶち当たった。

「ならば、俺が運ぶぜ!」
『きゃあ!?』

突然彼女たちの背後から名乗りを上げる人物に、唯たちは飛び上がった。

「な、なんだ。佐久間か」
「び、びっくりした」

突然現れた佐久間に、律たちは落ち着くように深呼吸をした。

「それにしても、一体いつの間に」
「そんなことより、早く案内してくれよ。運ぶから」
「わ、分かったわ」

澪の疑問を躱すように急かされたムギは、慌てて浩介の部屋へと向かう。










「何とか運べた」

浩介の部屋まで運び終えた唯たちは、浩介をベッドに横たえると、布団をかけた。

「ありがとな、佐久……って、いないっ!?」

お礼を言いながら、佐久間の立っている方を見た律が驚きの声を上げた。

「本当だわ」
「な、なんだか今日は変なことが起きますよね。澪先輩や佐久間先輩とか」

だから、さっきから聞いているんだけど私が一体どうしたんだ?佐久間がいないことに驚きながらも不気味そうに言う梓に、澪は不思議そうな表情を浮かべながら問いかけた

「って、もう下校時刻ギリギリ!?」
「あ、そう言えば荷物全部置きっぱなしだった!」

浩介の部屋に置かれていた時計が示していた時刻に、律が大きな声を上げるとそれに澪が続いた。

「急いで取りに戻らないとっ」
「唯は浩介を見ててくれ! 目を覚ましてもどこかに行かないように!」
「了解であります!」

全員は慌ただしく浩介の部屋を去っていくと、高月家を後にするのであった。





「何とかなったようね」

その様子を家の屋根に腰掛けて見下ろしている少女は静かにつぶやいた。

「ここにきて|完全複製《パーフェクトコピー》を行うことになるとはね」

高月家で起きた様々な怪奇現象は、すべてこの少女によるものだった。
最初に行ったのは食器棚の崩壊。
それによって、全員をリビングの方へと集めさせた。

(兄さんが病院で検査されるのは、少々分が悪い)

浩介の肉体は普通の人間と大差がない。
だが、問題は治療方法にあった。
どのような薬を投与しようとも、手術をしようとも無力症候群は根治できない。
根治には月見草の投与が必要になる。
だからこそ、救急車を呼ぼうとするのを妨害するために、打った次の手が任意の人物を操り、薬を飲まさせることだった。
それが澪だった。
そこまでは彼女の計画通りだった。

「でも、まさか部屋に運ぶ人員不足までは頭が回らなかったかな」

ただ、あるとすれば浩介を彼女たちが運ぶことができないことまで、考えていなかったことだった。

「彼女たちの記憶の中で一番新しい適材の人物を割り出して演じるのはかなり大変だった」

対応策で出てきたのが、全員に共通する人物に|完全模倣《パーフェクト・コピー》で変装をすることだった。
とはいえ、しっかりとした情報が揃っていない状態での変装だったので、少女は早々にその場を立ち去る必要があった。
それが高月家で唯たちが体験した怪奇現象の正体だった。

「……さて、帰りましょうか」

少女は立ち上がると静かに呟いた。
それから数秒後、少女の姿は消えた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ん……」

ふと目が覚めると、僕はなぜかベッドの上で寝ていた。

(おかしいな。確か僕は玄関で倒れていたはずだけど)

記憶はしっかりと覚えている。
無理をしてライブに出てしまった僕は、玄関で力尽きたのだ。
正直、今回ばかりはまずいと思ったが何とかこうして生き延びたようだ。

「浩君」
「ゆ…い?」

ふと聞こえてきた声に、僕は未だに怠い体を動かして、声の方へと視線を向けた。
そこには椅子に腰かけ、嬉しそうな表情を浮かべている唯の姿があった。

「良かった。目が覚めたんだね」
「ああ……何だか迷惑を掛けちゃったみたいだね」

本当に安心した様子で声を上げる唯に、僕はそう返した。
ここにいて僕がこうなっているということは、誤魔化しても無駄なことだというのは分かっていた。

「そうだよ! 無理してライブに出るなんて。澪ちゃんたち心配してたよ」
「そうか……それは悪いことをしちゃったな。後で謝らないと」

唯の呆れたような言葉に、僕は後悔の念を感じていた。
それは何に対してだろうか?
みんなに迷惑をかけたこと?
それとも……

「ねえ浩君」

そんな僕の考えを止めたのは、唯が僕を呼ぶ声だった。

「私ね、ライブの前の日に夢を見たの」
「へぇ、どんな?」

僕は唯に先を促す。

「浩君が私の部屋に来て、風邪を治してくれる夢」
「……」

それは紛れもなく、僕が実際にしたことだった。

「浩君が、倒れたのって、私から――「違うっ!」――え……」

僕は気が付くと大声で反論していた。
ただ、唯の悲しげな声を聞くのが嫌だったから。

「僕のこれと、唯の風邪とは全く関係はないよ。日ごろの不摂生が祟っただけ」
「でも……」

僕の言葉に納得ができないのか、唯はなおも食い下がる。

「僕が唯の部屋に訪れたという証拠もないし、僕のこれが唯のせいだという証拠もない。唯が気に病む必要は一つもないんだ」
「浩君……」

(らしくないことを言ったな)

本気で今日の僕は僕らしくない。

「納得したのなら、この話はおしまい。いいね?」
「……うん」

僕の問いかけに、唯はしぶしぶではあったが頷きながら答えた。

「それにしても、よく手当てができたよな。薬を飲ませてくれたんだよね?」

今のところ症状は良くなっているようなので、おそらくは唯たちの方で適切な処置を施してくれたのかもしれない。

「ううん。私じゃなくて澪ちゃんが気絶している浩君に急須で飲ませてたよ」
「急須で?」

唯の言葉に、僕は引っかかりを覚えた。

(急須ということは、調合が終わっていたということか? 唯たちが調合を? いや、それはない。彼女たちは比率を知らない)

月見草の調合比率は、正確にしなければ効果を発揮しないため、かなり調合が難しい薬草だ。

「どうかした?」
「いや、なんでもないよ」

とりあえずこの件は、追及しない方が無難そうだ。
もしかしたら”あいつ”につながるかもしれないし。

「あ、タオル変えるね」
「あ、ああ」

今気が付いたが、僕の額には濡れタオルが置いてあった。
それを唯は手にすると、どこから持ってきたのか水が張ってある洗面器に入れて絞ると僕の額に乗せた。

「まるで夢でも見ているようだ」
「え? 何が?」

僕がふと漏らした言葉に、唯は僕の顔を覗き込みながら聞いてきた。

「唯に看病される日が来ることになるとは。本当に夢みたい」
「私も、やればできる子なんだよ~」
「言えてる」

明るく言う唯に、僕が相槌を打つと自然と笑みがあふれ出た。

「ありがとう、唯」
「ううん。私の方もありがとうね」
「唯にお礼を言われる理由は見当たらないけど、素直に受け取っておくよ」

唯のお礼の言葉を僕は、素直に受け取ることにした。
もしかしたら唯には色々な意味を込めてお礼を言ってきたのかもしれない。

「…………っ」

そんな時、柔らい笑みを浮かべている唯を見ていると鼓動が強くなったような気がした。

「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」

首をかしげながら聞いてくる唯に、僕は慌てて答えた。

(今日の僕は何かがおかしい)

唯を見ていると心臓がバクバクいう。
これはきっと熱があるからに違いない。

「唯ー、浩介は目が……覚めてる」

そんな変な雰囲気を打ち破ったのは、部屋に入ってきた律だった。

「浩介先輩!」
「浩介君!」

そして一気になだれ込んでくる梓とムギたち。

「大丈夫ですか?!」
「具合とかはどう?」
「大丈夫だから。だから揺らすのはやめて」

どこにそのような力があるのかはわからないが、力いっぱいに体を揺らしながら聞いてくる梓に僕は必死にお願いした。

「まったく、具合悪いのにどうしてライブに出るかな、本当に」
「そうだぞ。私たちがどれほど心配したと思ってるんだ!」

その後、律や澪たちからお説教をされたのは、言うまでもないだろう。

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