健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第106話 新歓ライブ!

「ふぅ。疲れた」

自宅に戻った僕は、思わず自室のベッドに倒れこんだ。

「勧誘しても成果なし。バカには絡まれるし」

そして愚痴が漏れてきた。
結果が出ないのはある意味当然だというのは理解はしているつもりなのだが、出なければ出ないでかなりストレスになる。

「これじゃ、来年は本当に廃部かな?」

あの後、鈴木さんにも憂と同様の提案をしたが、二人とも僕の提示した案を受け入れてくれた。
鈴木さんは掛け持ちにするのかどうするのかは分からないが。
とはいえ、いくら二人が加わったところで残り二名の部員を獲得しなければ、軽音部は廃部になってしまうのには変わりないのだ。

「何か方法はないものか」

ふとそんなことを考えるが、勧誘方法でできる限りの策は講じているのだ。
これ以上何ができるというのだろうか?

(もうこうなれば魔法を使うしかない)

魔法を使えば、入部希望者など何十人でも集めることができるだろう。
だが

「そんなことをしてまで希望者を集めるのは……」

魔法を使うことに関してはかなりの抵抗があった。
そもそも魔法をそのようなことに使うのは、僕のプライドが許さなかった。

「ん? 待てよ」

魔法のことで僕はあることを思い出した。

(ちょうどいい、適任者がいたな)

僕の脳裏によぎったのは一人の人物だった。
僕は思い立ったが吉日とばかりに、コントローラーを装着すると右手を開くようなしぐさで前方にホロウィンドウを展開させ操作していく。

『どうしたの兄さん?』

通信の相手は妹の久美だった。

「久美に折り入って頼みたいことがある」
『な、なに?』

僕の改まった物言いに、久美の表情も強張った。

「来年、この世界の高校『桜ヶ丘高等学校』に入学して、軽音部に入部してもらいたい」
『………また唐突ね』

僕の用件を聞いた久美が苦笑しながら漏らした。

「冗談で言っているわけじゃないから」
『わかってるわよ。これでも妹ですから』

それもそうかと、僕は久美の反論に相槌を打った。

『でも、どうして?』
「久美も言ってたじゃないか。この世界に興味があるって。ならば、これはいい機会だと思ったんだけど」

久美の問いかけに、僕は当り障りのない理由を告げた。
別に嘘をついているわけではない。
ただ、本当の理由を隠しているだけだ。

『兄さん、それが本当の理由じゃないよね?』
「……本当に久美には驚かされるよ」

僕の本心など、久美にはすべてお見通しのようだ。

『何年兄さんの妹をしていると思っているの? 兄さんの本心くらいはお見通しよ』
「だな。降参だ」

僕は両手をあげて降参の意をあらわにした。

「後輩に中野梓という人物がいる。久美は覚えているだろ?」

僕の問いかけに、久美は当然と答えた。

「このままだと、彼女には後輩ができなくなるかもしれないんだ。もちろん、部活でのだが」
『……それで?』
「先輩として何もしてやれなかったからな。せめて部員の確保ぐらいはしたい。でも、現実とは残酷なものだ。入部希望者は全くと言っていいほどいなかった」

自分で話していてかなり惨めになってきた。
何せ、それは僕にとっては失敗を意味するものなのだから。

「だから、久美に入部してもらいたいんだ」
『事情は分かったけれど、私は私はすでに彼女と会っているのよ? 私が入部したら彼女が逆に悲しくなるんじゃ?』

確かに久美の言うとおりだった。
久美と梓はすでに面識がある。
もし、久美が入学して軽音部に入れば、梓はぬか喜びに終わるかもしれない。
だが、久美の場合はその限りではない。

「久美には|完全変装≪パーフェクト・コピー≫があるじゃないか。それを使って変装すれば、ばれないだろ」
『……兄さんって時々無茶を言うよね』

僕の出した案に、久美はため息をつきながらつぶやいた。

「僕は無理だと思っていったことは一度もない」

これまでにもいろいろな無茶難題を吹っ掛けたが、それらはすべて組が自力で何とかできると判断したからだ。
あそれは今回のことも同様だ。

『まあ、別にいいけどね』

そんな僕に、久美は降参するように肩をすくめた。

『私もここで一度じっくりと根を生やして勉強して見たかったし』

それはある意味、承諾の言葉だった。

「ありがとう久美。恩に着る」
『家族なんだからこれくらいは当然だよ。任せて。この高月 久美子、兄さんの一番弟子として、へまはしないから』
「信じてるよ」

久美の頼もしい言葉に、微笑しながら応じた僕は、そのまま別れの言葉を口にして通信を切った。

「さて、これで必要なことはした。後は……」

新歓ライブを成功させるだけだ。










「今日もやるのか?」
「もちろん! 今日はスパイ大作戦だ!」

翌日の放課後、僕は律に珍妙な勧誘活動をするのかどうかを尋ねたのが今の答えだ。
澪とムギの二人はすでにビラ配りに向かっているため、部室にはいない。

「……なんとなく何をするのかはわかるけど、あまり変なことはせずに、自重してよ」
「わかってるって。それじゃ、行って来るな」

本当に分かっているのかどうかは疑問だが、僕は律と油井に梓の三人を見送った。
三人がいなくなれば、この部室に残るのは僕一人。

「さて……そろそろかな」

そうつぶやいた時だった。

「あの、入部希望なんですけど」

部室を訪れる一人の女子生徒。
栗色の髪にやや細めの目は、どこか温厚そうなイメージを与えさせるのに十分だった。
リボンの色は赤なので、2年生で間違いないだろう。

「お茶とかは出ないけど、どうぞ?」
「あ、はい」

とりあえず僕は女子生徒を前の梓の席に座らせた。

「それじゃ、これからに産質問させてもらうけどいいかな?」
「はい、大丈夫です」

僕の問いかけに、女子生徒はうなづいて答えた。
それを確認した僕は、当たり障りのない質問をすることにした。

「これまで音楽経験は?」
「昔、小さいころに」

僕の最初の問いかけに、しっかりと答える彼女の様子を見ながら、僕は次なる質問をぶつけた。

「得意な楽器、やりたい楽器はあるかな?」
「できれば、ベースをやりたいです」

女子生徒の答えはこれまでのものよりもはっきりとしたものだった。
しかも、目も輝いて見える。

(彼女もか)

その姿で、僕の中で一つの結論に達した。

「申し訳ないんだけど、ベースは今たりているんだ」
「そうなんですか」

僕の返答に、女子生徒はショックを受けた様子で相槌を打った。

「あ、これつまらないものだけどよかったら食べて」
「ありがとうございます」

いろいろなお菓子の入った小袋を受け取った女子生徒は、そのまま部室を去って行った。

「やれやれ……二年連続でこういうことをするのはかなり疲れるな」

その後姿を見送りながら、僕はため息をつきながらつぶやいた。
それは去年のこと。
今回と同じように、入部を希望するものが多数僕のもとを訪ねてきた。
というのも、その時がたまたま僕がビラ配りをしていない時間帯だったという偶然によってだ。
最初はラッキーと思って話していると、入部を希望した生徒たちの大半が楽器を演奏したこともないくせに演奏ができるという嘘(見えかもしれないが)をついたり、明らかに特定人物を狙って入部しようとする者たちばかりだった。
その時は当たり障りのない理由で断ったが、それから僕は入部を希望する者全員(約一名除く)に当たり障りのない質問をすることにしたのだ。
その一つが今の”音楽経験があるか否か、そしてあるのであれば得意な楽器や、やりたい楽器がなにか”
次が”尊敬する人物はだれか”だ。
この二つのいずれかで嘘をついたり、過剰な反応を示したりすればその人物はお断りしている。
これは軽音部を守るためだ。

「まったく、気が休まらないよ」

思わずそんな愚痴が漏れた。
自分が買ってやっているので、自業自得なのだが。

「たっだいまー」
「はぁ……楽しかった」

そんなこんなをしていると、スパイ活動をしていた律たちが戻ってきた。

「それで、どうだったんだ?」
「どこの部もいろいろと考えていました」

そういって席に腰掛けながら梓はもらってきたのかチラシを渡してきた。
真っ赤なチラシに”青春の汗を流そう”というキャッチフレーズが書かれていた。

「なるほど、これは確かに興味を引くな」
「あ、こっちには入部特典が付いてます」

さまざまな部活で色々な案を出しているのは明らかだった、
そんな時、部室のドアが開く音が聞こえた。

「いらっしゃいませ!」

(ここはファミレスか、コンビニか?)

三人の反応に、僕は心の中でツッコんだ。

「って、なんだよ。澪とムギか」

入ってきたのは馬と猫のぬいぐるみを着ている澪とムギだった。

「ビラ配り終わったんだ?」
「うん。とても楽しかった♪」

なんでも楽しめるムギはある意味最強なのかもしれない、
そんな時、再びドアが開く音が聞こえた。

『いらっしゃいませ!』

(だから、ここはコンビニか?)

僕は心の中でツッコみを入れた。

「って、さわちゃんかよ」
「何よ、ひどい言い草ね」

入ってきたのが山中先生であることが分かった律が漏らした言葉に、頬を膨らませた。

「すみません。それで、一体どうしたんですか?」

とりあえずいつまでたっても話が進まないので、謝りながら話を先に進めた。

「衣装なんだけど、こんなの作ってみました」

自信気に僕たちの前に掲げたのは、メイドっぽい服だった。

「制服でいいですっ」

その服を見た瞬間、すさまじい反射神経で梓は却下した。

「えぇ~、でもこの服のほうが――「制服で!」――わかりましたよ」

なおも食い下がる山中先生に、今度は澪たちも参戦した。
これによって、山中先生の案は没ということになった。
そんなこんなで、また一日が過ぎて行き、ついに新歓ライブ当日を迎えた。










「なあ、律。この部分なんだけどさ」

ライブの開始時間まで部室のほうで僕たちは待機していた。

「梓、緊張のほうは大丈夫か?」

律たちにとっては二度目の、梓にとっては最初の新歓ライブだ。
緊張している可能性もあったので、聞いてみたが返ってきたのは

「はい! 大丈夫です」

という、頼もしい返事だった。

「それだったら安心だ、頑張っていこうな」
「はいっ」

僕と梓でお互いに気合を入れる。
そんな中、唯はといえば先ほどから指をくねくねさせたり上のほうに向けたり等々、意味の分からない行動を繰り返していた。

「何をやってるんだ? 唯」
「えへへ、何でもないよ~」

律の問いかけに頭をかきながら答える唯の様子に、ますます疑問が募っていった。

「あ!? もうライブの時間です!」

そんな梓の言葉に、僕は疑問を頭の片隅に追いやった。

「よっしゃ! それじゃ、ライブで挽回するぞ!」
『おー!』

律の言葉を筆頭に、僕たちは気合を入れるのであった。

「あ、そうだ。唯」
「何? 浩君」

みんなが部室を出ていく中、僕はふと言わなければいけないことを思い出したため唯に声をかけた。

「絶対にウィンドミルはするなよ?」
「うぃんどみる?」

僕の言っている意味が分からなかったのか、首を傾げている唯にわかりやすく説明することにした。

「始業式の日にやっていた奴だ。腕をぐるぐる回す奴」
「へぇ、あれがうぃんどみるって言うんだ」

ようやく言いたいことが伝わったようで、僕は軽く息を吐き出した。

「でも、どうして?」
「あれは、一歩間違えれば弦を切ることにもなるし、周りにいる人にぶつかったり指を怪我したりするからだ」

ウィンドミル奏法とは、いわゆるステージでのパフォーマンスだ。
歯ギターなどがいい例だろう。
右腕を風車のように回して演奏をするという、ダイナミックなパフォーマンスだが、周りにいる人に腕がぶつかったり、弦を強くストロークさせて切ってしまったり、指を切ってしまうなどなど初心者がやれば大抵が怪我や失敗などといった結果となる。
まさにハイリスクハイリターンだ。
それを名前も知らずに成功させている唯はある意味最強だと言っても過言ではない。

「わかった!」
「………」

本当に分かっているのか疑問だが、信じるしかないため、僕は唯を信じることにした。
そして僕たちは新歓ライブの会場である講堂へと向かうのであった。










「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。軽音部です」

幕が上がり、新歓ライブが始まった。
開始早々にお祝いの言葉を口にしたのは唯だった。

「私たち軽音部は、毎日お茶を飲んだり練習をしたりしています。とても楽しい部活なので、もし興味があったら部室に来てください」

唯のMCに会場に来ていた新入生たちが拍手を送る。
ふと右隣に視線を向けrてみた。

「……」

緊張のあまりか顔がこわばっている梓の姿があった。

(大舞台で演奏をしたとはいえ、緊張はするか)

こればかりは慣れるしかないため、僕は苦笑しながら視線を会場のほうに戻した。

「それじゃ、聞いてください。『ふでペン~ボールペン~』!」

こうして、部の存続をかけたライブが始まるのであった

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第105話 勧誘!

あの後、何とか事態の収拾がつき、いつものティータイムを満喫していた。

「はぁ~。やっぱり部室が落ち着きますなー」
「そうだよなー。春休みも部室に来たくて仕方なかったぐらいだし」

のんびりとしている律たちには切迫した感じなどは一切感じられなかった。
ある意味すごいことではあるが、この状況でそれはあまりほめられたものではない。

「ダメだよ律ちゃん。ちゃんとしないとあずにゃんが一人になっちゃうんだよ!」
「そう言う割にはのんきなポーズだよな」

そんな律に注意をするのまでは良かったが、ポーズは完全にのんびりモードの唯に思わずツッコんでしまった。

「でも、そうだよな。新学期なんだし、やることは一つ」
「新入生の勧誘ですね!」

律の言葉に期待を込めて目を輝かせながら相槌を打つ梓。

「ムギのケーキを食べる!」
「って、何でですか!!」

律が続けた言葉に、梓は全力でツッコんだ。
最近、梓もなんだかんだ言って遠慮というものがなくなってきたような気がする。
……気のせいだとは思うが。

「嘘、嘘。冗談だって」
「律先輩が言うと冗談には聞こえません!」

頬を膨らませながら笑みを浮かべながら謝る律に、言い返した。

「でも、冗談抜きでちゃんとやらないとまずいと思うけど」
「そうだよな……」

僕の言葉に、神妙な面持ちで澪が頷いた。

「あ、だけどこのままいけば来年は確実に梓は部長になれるぞ」

何故だか、僕の頭の中では”部長”のたすきをかけてわきに手を当てて大きな声で笑っている梓の姿が浮かんできた。

「…………はっ!? い、今はそんなことはどうでもいいんですっ!!」

それは梓も同じだったようで、頬を赤くしながら声を荒げた。

(今、絶対に考えてたよな)

「そ、そんなことより、新入生の勧誘に行きましょう!」

(そして、思いっきり話題を変えて誤魔化した)

梓もすっかり律たちに染まったような気がする。

「あ、そうだった。私、ビラを作ったんだよね」
「えぇっ!?」

唯の口から出た言葉に、思わず口に出してしまった。
目覚まし時計を見間違えるような唯が、そのような粋なことを思いつくはずがなかったからだ。

「うちの憂の勧めでしてね」

(やっぱりかい)

まあ、予想はできていたことだが。
そして唯が僕たちに前に出したのはどう解釈すればいいのか分からない物だった。

(この前面の人物って、梓か?)

頭には猫耳があるので、おそらくはそうだと思う。
だとすると、かなりとんでもないことになるのだが。

「それじゃ、僕は印刷してくる」

僕はその考えを振り払うように唯作成のチラシを手にすると、そう口にして席を立った。

「おう、任せたぞ! 浩介三等陸佐!」
「それを言うなら、”三等陸士”だ。というか階級を呼ぶなっ!」

微妙に階級で呼ばれるのが嫌いになってしまった自分に、思わず苦笑が漏れそうになるのを必死にこらえた。
そんなこんなで、僕は唯お手製のチラシを印刷するべく職員室へと繰り出すのであった。





「おう、また印刷か」
「はい。大丈夫ですか?」

職員室に足を踏み入れ、印刷機の方に向かおうとすると、小松先生が声を掛けてきた。

「そっちは大丈夫だが、古典の方は大丈夫なんだろうな?」
「あはは……またお世話になりそうです」

小松先生の問いかけに、僕は頭を掻きながら苦笑して返した。

「気をつけろよ。三年で、内申点に響くんだからな」
「………分かりました」

そう言いながら自然な動作で手渡された一枚の用紙には、数名の人物の名前が書かれていた。
小松先生の話から察するに、要注意人物のようだ。
この学校に不良が入ることはできないと思うのだが、内村の例がある。
そう言った下種は、表では聖人ぶっているが、本質は人以下の化物だ。
小松先生には、そう言った人物を特定しておくようにお願いをしておいた。
彼らの動向に細心の注意を払い、問題があるようであれば対処ができるようにするためだ。
僕は小松先生に一礼すると印刷機の前に歩み寄り、唯お手製のチラシを印刷するのであった。





「戻ったぞ……って、何をやってるんだ!!」
「ほえ?」

印刷を終え部室に戻った僕が見たのは面妖な着ぐるみに身を纏っている唯たちの姿だった。

「新入生を勧誘できるようにこんな着ぐるみを着てみることにしたんだよ~♪」
「………全くお前らは」

唯の答えに、僕は思わずため息をついてしまった。
とりあえず、印刷しておいた100枚のチラシをベンチの方に置いておく。

「いいか? 今年の勧誘は部としての存続をかけた物なんだぞ?」

そして僕は、唯たちに注意をする。

「それなのに、そんな面妖な着ぐるみを着て勧誘したら来るものも来ないだろ」

右手の人差し指を立てながら唯たちの横をすり抜けて、奥の方に移動する。

「というよりなぜその発想になるのかが僕には理解できない。とにかく、とっととその着ぐるみを脱いでちゃんとした格好で――――」

そこまで口にした僕は、唯たちの方へと振り向くがそこにあった光景は

「って、誰もいないっ!!」

もぬけの殻となった部室だった。
どうやら僕が注意をしているすきに勝手に行ったようだ。
しかもご丁寧に僕の分のチラシを残して。

「……………行くか」

もはや怒りを通り越してあきれてしまった僕は、ため息交じりにチラシを手にすると勧誘に繰り出すのであった。










「軽音部です。もし興味があったら3階の音楽準備室まで来てね」

僕が声を掛けたのは、三人組の女子生徒だった。

「ねえ、軽音部ってあの軽音部?」
「あの変な服を着ていた……」
「ちょっと、あれは……」

軽音部の名前を聞いたとたん、三人は何やらこそこそと話し始めた。
彼女たちにしてみれば小声で話しているのだろうが、僕の耳にはしっかりと聞こえていた。

「あ、ありがとうございます」

そう言いながらチラシを受け取った女子生徒はそそくさと退散していった。

(なるほど、唯たちのあれは悪い意味で影響力がありそうだ)

もはや笑えない状況ではあるが。

「おい、そこの凡人」
「……………」

そんな僕に高圧的な態度で声を掛ける男子生徒がいた。
外見は平凡な男だが、リボンの色は緑色……新入生であることを物語っていた。

「あんた、上級生に対してため口とはいい度胸だな?」
「はんっ。貴様のような凡人に敬語を使うなんて、この俺のプライドが許せないんだよ」

どうやら、とんでもないタイプの新入生のようだ。
いい加減こんな屑の相手をするのは嫌なのだが、売られた喧嘩は買うのが僕の流儀だ。

「そう。だったら、そのプライドごと消してくれるわっ!!」
「がっ!!!」

一瞬で距離を詰めた僕は相手の身体に拳を突き刺した。
とはいえ、体は貫通していないが。
だが、相手の精神を思いっきり破壊してやった。
後はあたりさわりのない記憶と心をインプットするだけ。
それらの行為はものの数秒で終わる。

「それにしても、こいつは一体誰なんだ?」

僕はそうつぶやきながら、男子生徒のポケットから生徒手帳を取り出した。

「って、完全に要注意人物じゃん」

少し前に小松先生から渡された、注意するべき人物の名前と同一だった。

「本当に対応することになるとは……」

何とも言えない気分になった僕は、生徒手帳を元の場所に戻すと、誰かに見つからないうちにそそくさとその場を立ち去り、ビラ配りを続けたのだが……

「やっぱりだめか」

ビラ配りを続けていたが、相手の反応は芳しくはなかった。

「やっぱり、あの着ぐるみか?」

軽音部の名前を告げた際に、表情が一瞬変わっていくのを何度も見たのと、『あの軽音部?』という言葉が僕の予想が正しいことを裏付けていた。

「………はぁ」

思わず口からため息が漏れてしまうのも、ある意味しょうがないことなのかもしれない。

「いったん部室に戻るか」

唯たちの成果も気になるため、僕はいったんビラ配りを中断すると部室に向かった。





「あ、戻ってきた」

部室に戻ると唯たち全員の姿があった。

「そっちは?」
「全然ダメだった。浩介は?」
「こっちもだ」

やはりと言うべきかなんというべきか、お互い結果は芳しくなかった。

「どうしたものか……」
「このままだと来年は、あずにゃん一人になっちゃうよ」
「その前に廃部になると思うけど」

腕を組む律に唯が心配そうな表情を浮かべて続いた。

「うわぁ!? 梓! どこに行くんだ!!」
「な、何!?」

一体どのような光景が、澪の脳内で繰り広げられていたのかはわからないが、突然大きな声を上げて駆け出していく澪に視線を向けつつすぐに彼女から視線を逸らした。
放っておけばすぐに直ることを全員は知っているのだ。
色々な意味で一,二年もいれば、お互いの性格もわかるということなのかもしれない。

「でも、本当にどうすればいいのかしら……」
「ここが部長としての手腕の見せ所だ」

首をかしげているムギをしり目に、僕は律を焚きつけた。

「そうだよな。部員が増えれば部費も増えるしな」

(何だか邪な言葉が聞こえたような気がしたけど)

「ブヒッブヒッ」
「唯、それは一人のレディーとしてどうなんだよ?」

そしてダジャレのつもりか、自分の鼻を持ち上げて豚の鳴きまねをする唯に、僕は苦言を呈した。

「よっしゃ! 部員獲得大作戦、開始だぜ!」
「ブヒィッ!!」
「だから、一人のレディーとしてそれはどうなんだよ? って、行っちゃった」

僕の苦言に答えることもなく、律たちは部室を飛び出していった。

「梓―! そっちに行ってはダメだぁっ!!」
「………」

そんな混沌と化した部室の中で、僕は静かに息を吐き出す。
ちなみに律の言う大作戦とは、”行き倒れ作戦”という名前だった。
どういうことかというと、新入生の前でわざと倒れ、部室である音楽準備室まで連れてきてもらい、そこで入部届に記名させるというある意味詐欺行為にも等しいやり方だった。
尤も、これは

「間に合ってます~!!」

という、二名の被害者の言葉と逃走で失敗に終わった。

(どうしてそれで行けると思ったのか、その理屈が知りたい)

まあ、独特な理由過ぎて僕には理解ができないかもしれないが。

「僕、チラシを配ってくる」
「だったら、これを――「着ません!」――ちぇ」

未だに余っているチラシを手に部室を出ようとすると、唯が指し示してきたのは何かの動物の着ぐるみだった。
当然着ることもなく、僕はむくれている唯の相手を律たちに押し付け(任せ)る形で、部室を後にするのであった。










「やっぱり無理か」
「あれ? 浩介先輩」

チラシ配りをするものの、なかなかいい感触が出ない中、ふと言葉を漏らしていると誰かが僕に声を掛けてきた。

「ん? なんだ憂か。何をしてるんだ? いつもならとっくに帰っている時間だろ?」
「はい。ちょっとお姉ちゃんたちのことが気になったので」

憂のできた妹は未だに健在のようだった。

「軽音部の方はどうですか?」
「はっきり言って最悪だ。このままだと来年は梓が一人になる可能性が高い」

勧誘活動を続けて感じていた感触の悪さに、僕はそう判断していた。

「そうなんですか」
「憂こそ、部活をやる気はないのか? 今からでも十分……というより確実にどこの部でもやっていけそうだと思うけど」

僕のはっきり過ぎる返答に、表情を曇らせる憂の姿に、僕は違う話題を振った。
誰かに見られでもしたらとんでもないことになる。
例えば

『よくも、憂を泣かしたなぁ~。一生呪ってやるぅ~』

不気味な格好をした姉に不吉なことを言われながら追いかけられるとか。
しかも彼女の場合は、それを本当にやりそうだから恐ろしい。

「でも、私はお姉ちゃんにご飯を作ったりしなければいけないので、部活をする時間がないんです」
「………だったら、こういうのはどうだ?」

まるで子供を抱えた専業主婦のような返答に絶句しながらも、僕はある一つの策を掲示することにした。

「来年、もし部員が梓一人になっていたら軽音楽部に入部する。唯の進路次第だけど、憂にも十分な時間が出ると思う」
「…………」

僕の掲示した案に、憂は目を瞬かせて僕を見ていた。

「言っておくけど、部の存続っていう理由じゃない。梓のためだ。一月も一人で活動させるというのは、先輩としては避けたい。入部に抵抗があるのであれば入部せずに梓と一緒に、活動をするという方法もある。もちろん無理強いはしない。だけど、もし梓が一人にするのが心配だったら、あいつをそばで支えてやってほしいんだ」
「……………浩介先輩」

長い沈黙ののち、憂は静かに口を開いた。

「チラシ、受け取ってもいいですか?」
「……もちろんだ。恩に着るよ」

その返答は僕にとっては快諾のようにも聞こえた。

「あ、このことは梓には絶対に内緒にしておいて。変に気を使わせるのも嫌だから」
「分かりました」

チラシを渡しながら、僕は他言無用と憂にお願いした。
憂の場合はおいそれと人に話したりしないから大丈夫だろう。

「それじゃ、私ご飯の支度があるので戻りますね。勧誘頑張ってください」
「どうも。気を付けて」

憂の激励を受けながら、僕は彼女を見送った。

(やれやれ……気を使われちゃったかな?)

なんとなく、憂の性質を利用したような気もしなくはないが、まあいいだろう。
利用できるものは何でも利用する。
そうしなければ何も進まないのだから。

「さて、もう一人にも声を掛けるか」

憂いと梓とくればセットになっているもう一人の人物にもとに、僕は足を進めるのであった。

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第104話 コンビとクラスと

僕たちは新たなクラス『3-2』の教室にいた。
席は出席番号順で、すでに荷物は置いてある。
律たちはムギの席の周りに集まっていた。

(にしても、みんなが同じクラスだなんて)

このような偶然はどうすれば起こるのかが気になった。

「浩介! おは―――ぎょわぁ!?」
「気安く呼ぶな……って、慶介か」

考えているところにいきなり名前で呼ばれた僕は鉄槌を放ったところ、相手が慶介であることに気付いた。

「は、ははは。初日早々にいいのをもらいそうになった」
「なにをオーバーな。ただの正拳突きだろ」

ただ少しだけ魔力を纏わせて攻撃力を増幅させているけど。

「”ただの”じゃないから!ただでさえ浩介は――「ねえねえ、見て見て!」――って、聞けよおい!」

唯の声に、僕は何やら熱弁している慶介を無視してムギの席の方に向かった。

「って、真鍋さんも同じクラス?」
「ええ。偶然ってあるものね」

苦笑しながら相槌を打つ真鍋さん。
彼女もまた、このクラスなのだ。

「いいクラスだよね~」

幼馴染と一緒のクラスだったことに喜びをあらわにする唯。

「うげっ!? 生徒会長……」
「……人の顔を見るなり”うげっ”とは何よ」

後ろから来た慶介の言葉に、真鍋さんがジト目で慶介に、言い返した。

「あれ? 和ちゃんと佐久間君は知り合い?」
「なんでも生徒会メンバーらしい」

慶介と真鍋さんが知り合いなのが不思議なのか、首をかしげる唯に僕は慶介から聞いたことをそのまま説明した。

「え!? そうだったんだ」
「全く知らなかった」
「……その驚き方はひどくねえか?」

そんな僕の説明に驚きをあらわにする律たちの反応に、慶介は少しばかり傷ついた様子でツッコんだ。

「こう見えても、俺は生徒会副会長なんだぞ!」
「……えぇ!?」
「賄賂にでも手を染めたのか?」

初めて知った慶介の衝撃的な真実に、僕たちは驚きを隠さずにはいられなかった。

「ちょっとひどすぎませんか!? ちゃんと適正な手続きで選ばれましたよ!」
「そ、そうだったんだ。悪い、慶介が副会長だなんて想像できなくて」
「ったく」

謝る僕に、慶介はため息交じりに呟いた。

「慶介のことだから人の弱みに付け込んで副会長になったんだとばかり」
「それ謝ってるのかどうか微妙だ! というより、俺の扱いひどすぎやしませんか、それ!?」
「何だか騒がしいクラスになりそうね」

そんな僕たちの様子を見ていた真鍋さんは苦笑しながらつぶやいた。

「まあ、あのバカが変なことをしたら僕に言って。必要とあらば――」
「って、俺を無視するなっ!」

真鍋さんのつぶやきに相槌を打っていた僕に、慶介が声を荒げた。

「ええいっ。こうなったら、浩介の恥ずかしい話を――――げふぁ!?」
「こんな風に鉄槌を下すから」
「か、考えておくわ」

とりあえず鬱陶しい慶介を力づくで黙らせておくことにした。

「それにしても、狙ったように一緒になったな」

そんな慶介から視線をそらすように澪がお退いた様子でつぶやいた。

「はっ!? まさか生徒会パワーで?!」
「生徒のクラス配置を決めるほど生徒会に権力はない」

律の推測に、僕は首を横に振って否定した。
というより、あってたまるか。

「だとすると、そんなことができるのは……」
「はい、みなさん。席についてください」

澪の言葉を遮るようにして教室に入ってきたのは、山中先生だった。

(まさか……)

なんとなく予感を感じた僕は足早に自分の席に着く。

「このクラスの担任になりました、山中さわ子です」

黒板に見えやすく名前を書いた山中先生は、自己紹介をしつつ簡単な挨拶をした。

(やっぱり担任だったんだ)

初めての担任ということで、少しだけ不安ではあるが、山中先生ならなんだかんだ言って乗り越えそうな気がする。
クラスの人たちも好意的だったのが、その証だ。
そんな中、僕の前の席に座っている律は何やらその前の生徒と話をしていた。

「田井中さーん」
「は、はひぃ!?」

そんな律に、山中先生が声を掛けた。

「私語は辞めてくださいね」
「す、すみません」

恐怖なのか、それとも素なのか。
慌てた様子で立ち上がった律に、山中先生は困ったように微笑みながら注意した。
その姿は軽音部の過去を感じさせない物だった。
そしてHRでは自己紹介に費やされることになるのであった。





「先生、すみません」

HRが終わり、職員室に戻っていく山中先生を律が呼び止めた。

「何?」
「ちょっと聞きたいことが、あるんですが」

山中先生に気を使っているのか、律は改まった口調で話しながら先生の元まで歩み寄った。
僕たちもその後に続く。

「このクラス分けってさわちゃんが?」
「そうよ。私がお願いしたの」

律が投げかけた疑問に、山中先生はすんなりと認めた。

「それって、完全に職権乱用ですけど」
「何よ。嬉しくないの?」

僕の指摘に山中先生は頬を膨らませて反論してきた。

「私も名前を憶えないといけない生徒が減るし♪」
「おい。今、本音が漏れたぞ」

ある意味山中先生らしい理由だった。

「私はすっごく嬉しいよ! ありがとう、さわちゃん」
「唯は少し落ち着け」

そんな中、律が一人興奮している唯の肩に手を乗せて落ち着かせた。

「だって、高校最後の年を皆で一緒にいられるんだよ!」
「一緒だけど、進路とかはあるからな」

若干現実逃避をしている唯の様子に、僕はこの先待つ現実を口にすると全員が項垂れた。

「でも、いいと思うよ! だって、一緒に学園祭で出し物ができるしたくさんお話ができるし、テスト勉強を教えてもらえるし、宿題を写してもらえるし、浩君と一緒にいられるし」
「おいっ。こら!」

指を折りながら、楽しそうに口にする唯だったが、後半でものすごいことを言っていたため僕は慌ててツッコんだ。

「今さりげなく惚気ましたね」

そんな僕に、律たちはジト目で呟く。

「………もうそろそろ始業式が始まるから早く移動しなさい」
「はーい」
「またあとでね、さわちゃん」

山中先生の言葉に頷いた唯たちは講堂に向かって歩き始めた。
表面上は笑顔だが口の端がかなりひくついていた。

(少し自重した方がいいのかもしれない)

このまま教室で爆発されたら、とんでもないことになるのは必至だ。
まあ、唯を前に自嘲という言葉はないにも等しいのではあるが。
そんなこんなで、僕も足早に行動へと向かうのであった。










「どうしたんだ?」

講堂に向かう途中で、通路の端の方でしゃがみこんだ唯に、僕は声を掛けた。

「見て見て!」
「桜の枝か……」

唯が掲げたのは何の変哲もない桜の木の枝だった。

「よしっ。浩君、早く早く―」

桜の木の枝をポケットに入れた唯は立ち上がると僕に早く来るように促してきた。

「って、何が”よし”なんだよ!?」

僕はそんな彼女を追いかけて行くのであった。
始業式は主に校長先生の”ありがたいお話”と校歌斉唱だった。
とはいえ、前者の方が9割の時間を有していたという点はお察しだ。

(仕分けされたら確実に校長の話は縮小させられるよな)

某所で某人物が行っていた仕訳の姿が脳裏をよぎった。
その長さは、よくも数十分にわたって永遠と話せるほどの内容があるなと、感心してしまうほどだった。
そんな始業式も終われば後は簡単な連絡事項を伝えられて解散。
あっという間に放課後を迎えることとなった。

「うーん」
「どうしたのよ、唯?」

そんな中、先ほどから横で両腕を組みながら唸り続けている唯に、真鍋さんが不思議そうな表情で声を掛けた。

「あ、和ちゃん! あのね、あと一本で1ダースなんだよ!」

そう口にする唯の席には確かに桜の木の枝が11本あった。

(というより、なぜ集めるんだ?)

「そう。それじゃ、私は生徒会室に行くわね」
「うん。また明日ね」

(………)

唯も唯でかなりあれだが、真鍋さんも大概かもしれない。
興味なさげに相槌を打つ真鍋さんに、僕は思わずそんなことを思ってしまった。

「唯、部活はいかなくていいの?」
「あ、そうだった!」

本気で忘れていたのか席を立ちあがる唯に、僕は思わず苦笑してしまった。

「しっかりしなさいよ。このままだと来年は廃部になるわよ」
「あ……そうか」

真鍋さんに指摘されたことで、抜けていたのか重要なことを思い出したようだった。
僕たちが卒業すれば後輩である梓だけになってしまう。
最低5名の部員がいなければ、その部活は廃部となる。
今月いっぱいは廃部か否かの境目と言っても過言ではない。

「それじゃ、私は生徒会室に行くわね」

そう告げて、僕の方に顔を向けると意味ありげに頷いた。
なんとなくではあるが、真鍋さんが何を言いたいのかがわかったような気がした僕は、頷くことで返事を返した。

「浩介! 久々に遊びに――ぐえ!?」

僕たちの前から真鍋さんが離れたのを見計らってか、声を掛けてきた慶介の首根っこをつかんだのは真鍋さんだった。

「あなたも一緒に生徒会室に行くの」
「か、勘弁してくだせえ! 今日だけは、今日だけはぁ!!」
「そんなこと言って明日からも逃げるんでしょ。あなたは副会長なんだから―――――」

慶介と真鍋さんは、何やら言い合いをしながら教室を去っていった。

「二人とも仲良しだね~」
「まあ、あれはあれでいいコンビなのかも」

和やかな口調でつぶやく唯に、僕も頷きながら相槌を打った。

「ほら、僕たちも行くよ」
「そうだね! 私たちが頑張らないと、あずにゃんが一人になっちゃうもんね!」

唯も唯でしっかりと先輩をしている。
そうでなければ、後輩の心配などできるわけがないのだから。
まあ、子供っぽいところがあるのが玉に傷だが。

「よーし、頑張るぞー。おー!」

そして唯は気合を込めて右腕を天に向けて突き上げるのであった。










「お。遅いぞ、二人とも~」
「ごめんごめん~」

部室に入ってきた僕たちに掛けられた言葉に、唯は悪びれる様子もなく謝った。
律の言うとおり、僕たちが一番最後だったようで、僕たち以外のメンバーはすでに集まっていた。

「あ、そうだ。あずにゃん。ちょっとこっちへ」
「は、はい。何ですか? 唯先輩」

唯に呼ばれて、椅子から立ち上がると、おずおずと僕たちの方に歩み寄ってくる梓に、

「あ~ずにゃん! 二年生になれてよかったね~!」
「にゃ!? それは、どういう意味ですか?!」

いきなり抱きついてお祝いの言葉を投げかける唯に、梓は驚きながら相槌を打った。

「それにしても、梓は二年になっても変わらないよな~」
「律先輩にだけは、絶対に言われたくありません!!!」

いたずらっ子の笑みを浮かべながらかけられた言葉に、梓は自分の身体の一部分(あえて場所は言わないでおく)を隠して猛反論した。

「おやおや~? 私はそこだとは言ってないぞー」
「思いっきり見てたじゃないですか!!」

にやりとほくそ笑みながら言い返す律に、梓も負けじと応戦する。

(子供か。お前らは)

思わず口に出しそうになるのを僕は何とか心の中に留めることにした。

「浩介先輩はどうですか!」
「は? 何のことだ?」

少しばかり考えているうちに、状況は大きく変わっていたようでそれにうまくついて行けなかった僕は、聞きかえすしかなかった。

「浩介は、胸が大きいほうがいいと思うか? それとも小さいほうがいいか?」
「……………………」

そんな僕に律が話してくれた内容は、僕にとってはどうでもいいほどくだらないものだった。
しかも静観してた澪やムギに唯までもが、僕の答えを固唾をのんで見守っていた。

「知らん」

そんな中、僕が出した結論はどちらも選ばないことだった。

「卑怯だぞ!」
「そうですよ!」

そんな僕の結論に、律と梓が異論を唱えた。

「そんなことを選んで何の意味が? 変な軋轢みたいなものを生むだけだろ」
「む……これ以上ないほどの正論だ」

僕の反論に、律も返す言葉がないようだ。

「さあ、これでくだらない話は終わりにして――だったら、高月君は誰のが好み?」――………」

話を終わらせようとしたところで、これまで何も言わないでいたムギが突如として口を挟んできた。

「おぉ! それだったらいいよな。大きい小さいとかは関係がなくなるんだし。さあ、選ぶのじゃ! 私か、梓か――「唯」――って、即答かい!」

律が言い切るよりも早く、僕は答えを口にしていた。

「自分の恋人を差し置いて、別のやつの名前を口にするわけないだろうが」
「浩君……嬉しいな~」

僕の言葉を聞いていた唯は頬を赤くしながらもじもじとしていた。

「………負けた上にあのイチャイチャは、精神的にきつい」
「わぁ……」

やはりと言うべきか、なんというべきか。
ものの見事に事態の収拾がつかないような状態になってしまった。

(これだから身体的な問いかけは嫌いなんだよ)

どう転んだところで収拾がつかなくなるのは分かりきっているのだから。
僕は心の中で深いため息をつくのであった。

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第103話 新学期!

季節も冬から春へと過ぎ、始業式の日を迎えた。
世間では入学式や入社式などが行われる時期だ。

「…………」

今日は始業式。
僕は一人で橋の付近で腕を組みながら立っていた。
道行く人が時よりこちらに視線を向けてくるが、すぐにそらしていく。

「遅い」

口に出たのはその言葉だった。
そう、僕はある人物を待っていたのだ。
その相手は

『明日は橋のところで待ち合わせだよ! 遅れてこないでね』

と先日言っていた唯だ。

「あれ、浩介先輩?」

そんな僕に声を掛けてくる少女がいた。

「梓。おはよう」
「おはようございます。ところで、何をしてるんですか?」

挨拶をすると梓は不思議そうな表情を浮かべながら、疑問を投げかけてきた。

「唯を待ってる。今日は一緒に登校しようって言ってきたんだけど……」
「来ていませんね」

少しだけ周りを見回した梓が、何とも言えない表情でつぶやいた。

「ものの見事に遅刻だな」

思わずため息が漏れてしまった。

「梓、一緒に学校に行くか」
「え? でも唯先輩は?」
「知らん。遅れるのが悪い」

梓の問いかけに、僕は一刀両断した。
ここで30分ほど待たされたのだから、

「そ、それじゃ行きましょう」
「そうだな」

こうして僕と梓は先に学校へ行くことにした。

「何だか暖かくなってきましたね」
「そりゃ春だからな。でも時期にこの暖かさが暑さに変わっていくけど」

桜並木はないけれど、温かさは季節を張るだと伝えてくれる。
あと数か月でこれが暑く感じるようになるのだから四季とは不思議なものだ。

「あ、浩介先輩。実は新しい曲で、わからないところがあるので教えてほしいんですけど」
「構わないよ。部活の時に分からないところとかを詳しく聞かせて」
「はいっ」

最近、梓から尊敬光線(目に見えるわけじゃない、ただの比喩だけど)が出ることは少なくなった。
尊敬されなくなったということではなく、ただ単に普通に接してもらえるようになったということだ。
僕としてはそっちの方がやりやすいので願ったり叶ったりでもあるが。

(ん? 何か後ろから気配が)

そんな時、後ろの方からこちらに向かってくる気配がした。
ここは普通の道だ。
人が後ろから来る気配がしても当然だ。
だが、その気配はその普通とは違っているところがあった。

(足音を消しているなんて普通じゃない)

どうして普通に歩いているのに足音を消す必要があるのだろうか?
つまり、この気配の人物は僕たちに危害を加えようとしているということだ。

(だったら)

やられる前にやってしまえばいい。
気配は僕の方に近づいていく。

(このぐらいならば後ろ蹴りで十分か)

ちょうど後ろ蹴りの射程内に入ってきたので、僕は行動に移すことにした。

「せいっ!」
「ぎゃ!?」

全力で後ろ蹴りを食らわした僕は、素早く反転して僕の方に近づいてきた人物を確認した。

「って、律!?」

後ろの方で倒れていたのはなんと律だった。

「大丈夫か? というより生きてるか?」
「――――――」

律から反応がない。
慌てて首筋に手を当ててみたところ脈はあるようなので生きてはいるようだ。
どうやら気絶しているだけらしい。

「一体どうして律先輩が?」
「そ、それが……梓と浩介の姿を見つけたから驚かそうとして」
「僕が返り討ちにしてしまったというわけか」

二,三歩ほど後ずさりながら答える澪の説明で、ようやく何が起こったのかが理解できた。

(後は、律をどうするかだな)

問題は今のびている律だ。

(このまま放置するわけにもいかないし、背負っていく―――――っ?!)

気絶している律を背負うということを考えた瞬間、背筋に寒気のようなものが走った。
それは間違いなく殺気のようなものだった。

(これって、唯の殺気か? まさか唯がいるのか?)

気になった僕は周囲の気配を念入りに確認してみるが、それらしい気配や人影はなかった。

(気のせいか? それにしては妙にタイミングが良かったけれど)

どちらにせよ、背負うのはやめておいた方がいいかもしれない。

(だとすると……)

残された方法は一つしかなかった。

「澪、律の左腕を持ち上げてくれる?」
「う、うん」

僕から距離を取っていた澪に指示を出すと、澪は律の左腕を持ち上げた。
そして僕も逆の右腕を持ち上げる。

「気を取り戻すまで、引きずって行く」

僕が取った行動は、律を引きずることだった。
そんなこんなで、数メートルほど引きずったところで、

「あのー、いい加減引きずるの辞めてくれませんか?」

と、律の方から声が掛けられた。

「やっとお目覚めか」
「大丈夫ですか? 律先輩」

目を覚ました律に、僕はため息をつきながら腕を離した。
ちなみに、澪も僕に遅れてだが腕を離していた。
そして、梓は健気にも律の容態を案じていた。

「二人を驚かそうとしてまさかけりを入れられるなんて驚いた……っていうか、浩介謝れよ!」
「あー、悪い悪い」
「むきー! それは絶対に本気で悪いと思ってない!!」

謝れと要求してくる律に、僕は投げやりに謝ると癇癪を起したように声を荒げた。

「足音消して、こっちに向かってきたもんだから、暴漢かと思って」
「いやいやいや! 足音消しただけで暴漢にされたら命いくつあっても足りんわ!!」
「そう?」

律の言うことも尤もだが、僕の感覚からすれば律の言っている方がおかしく思えてしまった。

「まあ、いきなり後ろ蹴りをした浩介も悪いけど、驚かそうとした律も悪いと言えるかな」
「そうですね」

二人に尋ねてみると、意外にもこちらよりの答えだった。

「……まあ、痛み分けということでここは穏便に解決ということにしよう」
「そうだな」

このままではらちが明かないと感じた僕は、お互いが悪いということで和解することにした。
握手をすれば和解は成立だ。

「あれ? 浩介に対する痛みって何?」

そんな律をしり目に、僕たちは歩き出す。
その途中でムギとも合流した僕たちは、学校に向かっていくのであった。










「何か音が聞こえないか?」
「あ、本当だ」

校舎内に入った僕たちは、微かに聞こえる何かの音に首をかしげていた。

「というより、これって」
「あ、待ってよ。浩介君」

僕はその音色が何なのかを知っていた。
ムギの声を無視した僕は、導かれるように音色が聞こえてくる方向に足を向ける。
階段を上り最上階に到着したところで、音色は非常に大きくなっていた。

「これって、ギターだよな?」
「と、言いながらドアを開けても意味がないと思うんだけど」

疑問の声を上げながら部室のドアを開けるという、ある意味矛盾した行動をしている律にツッコみを入れた僕は、開いたドアから中の様子を確認する。

「…………」

部室内では、右腕を風車のように回している唯の姿があった。

(ウインドミル奏法か)

昔、あるギターリストが用いていた演奏奏法をする唯の姿に、僕は唖然としていた。

「なにやってんだ? お前」

僕は、未だに回し続けている唯に、声を掛けた。
今の僕は、きっとあきれ果てたような表情を浮かべているに違いない。

「新歓ライブに向けて新しい必殺技を開発中!!」
「へぇー」

力強い唯の説明に、律は何とも言えない表情を浮かべながら相槌を打つ。

「必殺って……」

(殺してどうするんだよ?)

そんなことを考えてしまう僕は、きっと心が荒んでいるに違いない。

「にしても、ずいぶんと早かったな」
「えへへ。目覚まし時計を一時間早く見間違えてしまいまして」

頭に右手を当てながら照れ笑いをする唯の表情に、僕は怒気を抜かれてしまった。
本来ならば、何の連絡もせずに先に学校に行っていた唯に断罪をするべきなのだが、まあいいだろう。

「あれ? 何か口元についてるわよ?」
「え?」

そんな中、ムギの指摘に唯は自分の顔を手で軽くたたきながら確認していた。

「じっとしてろ。取るから」
「あ……ありがとう、浩君」

満面の笑みでお礼を言ってくる唯を見ていると、心が洗われるような気がする。

「はいはい。朝からいちゃいちゃしないでくださいね。そちらのお二人さん」
「イチャイチャなんてしてない!」
「そうだよ! 律ちゃん。私たちはイチャイチャなんてしてないよ!」

ジト目で注意をしてくる律に、僕と唯はもう反論した。
見れば梓達もジト目で僕たちを見ていた。

「イチャイチャっていうのは……ん」
「んむ!?」

いきなりのことに、僕は一瞬何が起こったのか理解ができなかった。

『なっ!?』

全員が驚きに満ちた声を上げるのも当然だろう。
何せ今、僕と唯はキスしてるのだから。

「えへへ~、久しぶりにすると恥ずかしいね」
「………ノーティンバーヤ!!(何をしてるんだ!!)」

いきなりのことに気が動転した僕は、思わず母国ではるか昔に使われていた言葉を使ってしまった。

「な、ななな、何をしてるんですか!!」
「そ、そそそ……そうだよ! キスなんて……キキキキスなんて……ぷしゅぅ~」
「み、澪!? 大丈夫か?! おーい、澪!」
「まあ、まあ、まあ☆ あれが”キス”なのね。私、初めて見たわ~」

動転のあまりかなりドモリながら声を荒げる者や、あまりの衝撃的な光景に気を失う者、そんな彼女を解放する者に、なぜかうっとりとした表情で感心している者など、軽音部部室は一瞬にして混沌に包まれた。

「えへへ~浩君、大好き!」

そんな混沌の中でも、元凶である唯だけはいつもと変わることはなかった。





「さ、さて。準備完了」
「わ、私もです」
「私もよ」
「わ、私も」
「終わったよー。ふんすっ」

あれからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した僕たちは、演奏の準備を整えていた。
最後は未だに朝食の食パンを食べ終えていない唯だった。
全員がそろい、ようやく練習をすることができるようになった。

「それじゃ、軽く流していこう。まずはふわふわからな」

そんな律の掛け声のもと、僕たちは通しで練習をしていくのであった。





練習を終えた僕たちはクラス振り分けを確認するべく、昇降口へと向かっていた。
ちなみに梓達二年生とは場所が違うので途中で別れたのでいない。

「それにしても、三年生か~」
「どうしたんだよ?」

不意にしみじみとした口調で話す唯に、律が声を掛けた。

「三年生と言えば一番上だよ!? うーん、私はどうすればいいんだろう?」
「まず目覚まし時計を正しくセットできるようにしろよ」
「というより、慎みを持てば?」

唯の言葉に、僕と律は半ば投げやりに答えた。
ちなみに、部室内でのキスの話は、完全にタブー扱いになっていた。

「ねえねえ、見て見て!」

そして廊下を歩いて昇降口へと向かい歩き出していた僕達を止めるように唯の声が聞こえた。

「どうしたんだよ?」
「これで、上級生っぽく見えるかな?」

そう言ってくる唯だが、

「どこが変わったんだよ?」

律の言葉通りだった。
全く変わっているところなど見受けられなかった。

(って、待てよ?)

もしかしたらそれかもしれないという答えが浮かんできた。

「まさか、髪留めを逆にしたとかじゃないよな?」
「ふんすっ!」
「あ、本当だ」

どうやら正解だったようで、胸を張りながら髪を右側にかき分けた。

(確かに変わってはいるけど、絶対にわからないだろう)

「分かりずらいから、却下」
「えぇ~~!!?」

どうやら律も僕と同意見だったようで、律の一言で却下となった。
そんなこんなで、僕たちはクラス発表が張り出されている昇降口前へと向かうのであった。





「うわー、すごい人だかり」

クラス発表が張り出されている掲示板の前にたどり着くと、そこにはすでに大勢の生徒たちの姿があった。

「クラス分けどうなってるんだろうね」
「さあ?」

ムギの問いかけに、僕は首をかしげながら答えた。

「また浩君と澪ちゅゃんが別のクラスだったりして」
「っ!?」

律の言葉に、澪の肩が震えた。

「律、あとでお話をしような?」
「ひぃ!?」

とりあえず、”浩君”と口にした律に制裁を下すことを決めた僕は、目の前の人だかりに視線を向けた。

「どちらにしても、これじゃ見えないよな」
「もう帰りたい……」

クラス分けをどうやってみるのか首をかしげている横で、澪は項垂れながら呟いていた。

(暗すぎるぞ、澪)

そんな澪に、僕は心の中でツッコんだ。

「それじゃ、ちょっと私が見てくるよ」
「おう、頼んだぜ!」

どうしようかと頭を悩ませている僕にをしり目に、唯は自信に満ちた表情でそう告げると両手を前方で重ねて人と人の間をかき分けるようにして飛び込んでいった。

(まるでカンチョウでもしそうな感じだな)

ものすごく下品なことを考えてしまった僕は、それを頭の片隅に(というより完全に抹消したい)追いやった。

(あそこの下駄箱を登れば見えるか)

僕もただ待つわけではない。
下駄箱の方によじ登ってクラス発表の掲示物に目を凝らした。

(3-1にはない)

左側から順番に名前を確認していくが、それらしきものはなく隣のクラスの名前を確認していく。

(なっ!?)

その瞬間、僕の体に電気が走ったような衝撃を感じた。
僕はゆっくりと地面に降りたところで、

「っと!?」
「えぇ!?」

後ろ向きに戻ってきた唯の背中を支えることで転ばないようにした。

「ありがとう、浩君」
「大丈夫か? 唯」

お礼を言ってくる中、転びそうになった唯に心配そうに声を掛ける律。

「そ、それでどうだったの?」
「それがね―――」

そして唯の口から衝撃のクラス構成が告げられるのであった。

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第102話 別れ

あれから早いもので一週間が経った。
唯たちはあれから毎日練習に練習を重ねていた。
僕は宣言通りに、練習には加わらず所々でアドバイスをするにとどまっていた。
そのかいもあって、何とか観客に聞かせられるにたるレベルにまで上達することができた。
後は唯たちが本番でその演奏をするだけだ。

「いよいよ今日だな」
「ああ」

放課後、荷物をまとめている僕のところに慶介がやってきた。

「全力で頑張れよ。俺も応援しに行くから」
「当たり前だ。僕はいつだって全力だ。慶介が来ようが来まいがそれは変わらない」

いつだって僕は自分の持てる力全てを発揮し続けていた。
これからもそれは変わることはないだろう。

「そうだったな。それは失礼した」

頭に手を置きながら謝ってくる慶介に、僕は机の上に置いた鞄を手にしながら立ち上がった。

「それじゃ、俺は先に行くな」
「はいはい。勝手にどうぞ」

投げやりに慶介を送り出すと、慶介はそのまま教室の外の方に向かっていった。
慶介と僕の行き先は全く同じだ。
だが、行き方が違うので、ここでお別れなのだ。

「さて。僕も行きますか」

時刻は15時30分。
会場は電車で小一時間、車で4,50分あれば十分に到着する場所に存在する。
会場に到着するのは17時までなので、十分に余裕がある。
とはいえ、前半は僕たちが演奏をするので早めに行っておくことに越したことはない。
ちなみに、唯たちは電車で僕の場合は早めに到着する必要があるので、中山さんの車で向かうことになっている。
何だか贅沢をしているような気分だけど、こればかりは仕方がない。
僕も足早に教室を後にした。
向かうのは、僕の家だ。
本当は校門前に来ようかと言っていたのだが、それだといろいろ目立ちすぎるため無理を言って家の前での待ち合わせにしてもらったのだ。
自宅前には一台の灰色のセダンが止まっていた。
車のことは詳しくないので、それ以上は分からないけれど、それが中山さんの車だった。
僕は急いで運転席の方に駆け寄った。

「すみません、遅れました」
「いいっていいって。十分に間に合うから」

謝る僕に、中山さんは軽快に笑いながら相槌を打った。

「さあ、早く乗って」
「はい」

中山さんに促されるまま、僕は後部座席に乗り込むと少しして車はゆっくりと動き出した。
会場に向かっている間、僕は手早くDKの衣装に着替えていく。
まあ、サングラスをつけて黒のマントに身を包むという感じだけで、黒いスーツに関しては無効の楽屋の更衣スペースで着替えるつもりだ。

「田中さんたちは?」
「彼なら、いつものように車でほかのメンバーを乗っけて向かっているはずだ。こっちよりも早く着くみたいだから」
「そうですか」

他のメンバーの状態を聞いた僕に答える中山さんの言葉で、再び車内を沈黙が包み込む。

「彼女たちはどう?」
「良い状態ですよ。あとは、観客の前でいつものように演奏ができれば十分にうまくいくでしょう」

中山さんの問いかけに、僕はありのまま伝えた。

「そうかい……それは寂しくなるな」
「……ええ」

中山さんの言わんとすることは、なんとなくわかった。
唯たち、放課後ティータイムは今、新たなステップを踏み出そうとしている。
これまではアマチュアに足を掛けただけの集まりだったが、今度はプロに足を掛けたアマチュアという扱いになる。
それは、H&Pとの関係が終わるときでもあった。

「でもまあ、その時はDKがびしっと言わないとな」
「ええ。分かってます。しっかりというつもりです」

それは一種の決意だった。

(本当に、すごいところまで上り詰めたよ。皆は)

僕は心の中で、唯たちに称賛の言葉を贈る。
そして、僕たちは会場へと向かっていくのであった。










「さて、それじゃ行くか」
「ああ」

開演時間である18時3分前となり、僕たちは楽屋を後にする。
皆は言葉にはいい表せない緊張感に包まれていた。
それもそのはずだ。
今回の企画の参加者は、これまでの参加者とは比べ物にはならないほどのレベルなのだから。

「私たちは私たちの演奏をするまでだ。相手が誰であろうと、それは変わらない」
「……そうだな。DKの言うとおりだ。おめえらも気合を入れろ!」

僕の言葉に、YJは頷くと他の皆に喝を入れた。

「さあ行こう。私たちを待ってくれる観客たちのところに」
『おう!』

手を差し出しながら呼びかけると、みんなはそれに応じて僕の手の上に全員が手を置いた。
これで覚悟は十分だ。
後は、いつものように演奏をするだけ。
舞台袖に到着すると、観客たちのエールが聞こえた。
これもまたいつものこと。
そして、ゆっくりと照明が落とされた。
それに反応して観客たちが、待っていましたと言わんばかりの大きな歓声が響き渡る。
そして僕たちは、ステージへと出るのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


H&Pによるライブが始まって、50分が経過した。
唯たちがいる楽屋内に置かれた液晶モニターに映し出されているライブの模様の映像に、唯たちは釘付けになっていた。

「すごい……」
「はい……」

それぞれの表情に浮かぶのは、目の前で演奏をするDK達に対する驚きだった。

「すごいのは分かってましたけど、実際に見てみると本当にすごいです」

ファンであるはずの梓や澪の表情も強張っていた。

「こうして見てみると、難しいよな」

律のその呟きに、反応する者はいなかった。
改めて彼女たちはH&Pの実力を知ったのだ。

「大丈夫だよ」

そんな中、明るい声が彼女たちに掛けられた。

「唯?」
「大丈夫だよ。私たちにもできるよ。絶対に」

それは聞く人によれば喧嘩を売るような言葉。
宣戦布告とも取れる物だった。
だが、唯の言葉は梓達の強張った表情を崩すのには十分だった。

「そうだよな。私たちも負けてないもんな」
「お、あの澪が宣戦布告をするとは、あたしゃ悲しいですたい」
「一体誰なんだよ。それ」

律の言葉にツッコみを入れ、それは周囲に笑いをわき起こさせた。

「あ、はい」

そんな時、楽屋のドアがノックされたので、律が声を掛けるとゆっくりとドアが開いた。

「現在、休憩時間に入りました。10分後から出番ですので、ステージに向かってください」
「分かりました」

スタッフである女性の言葉に、律が返事をすると一礼してドアを閉めた。
ステージへの行き方は会場を訪れた際に、スタッフの人から案内されている。
極度の方向音痴でもない限り、迷うことはない道順だ。

「それじゃ、頑張ろう!」
『おー!』

律の声掛けに全員が応える。
そして、彼女たちは楽屋を後にするのであった。










休憩時間が終わり、会場の照明が再び落とされた。
それは後半の部の始まりを意味していた。
白いスポットライトに照らされたのは、DKとMRの二人だった。
二人はそれぞれステージの端側に立っていた。

「えぇ、今回は私たちのライブを見に来ていただき本当にありがとうございます。まずは、私の方から一言を―――」
「DKは相変わらず堅苦しいな~。皆さん、気を付けてくださいね。DKの一言は本当に長いですから」

DKの言葉を遮るように肩を竦めながら、観客の方に呼びかけるMRにDKは不満そうな表情を浮かべる。

「長くはない。ほんの30分だけだ」
「世間では、それを”長い”と言うんだぞ?」

MRのツッコミに、会場内から笑い声が漏れる。

「………さて! ここからは違うバンドの演奏を聴いていただこう」

そのツッコミにDKは間を開けて話題をそらせた。

「そのバンド名は?」
「バンド名は『放課後ティータイム』だっ」
「何だか優雅に紅茶をたしなむ光景が浮かぶね」

バンド名を聞いたMRが感想を漏らした。

「確かに。このバンドはガールズバンド。個性豊かなバンドメンバー達が織りなす演奏に注目だ!」
「まずは恒例の課題曲から。DK、課題曲は?」

バンドの紹介を終えたところで、MRが演奏曲目の話に移した。

「今回の課題曲は『Colors』。静かだが、それでいて力強い曲調、そして歌声が求められる楽曲となる」
「まさしく、実力を知るのにふさわしい楽曲だね。さあ、それじゃ皆さんご一緒に」

MRの言葉から少しだけ間が空いて、

「せーの」
『ミュージック、スタート!』

会場中に、音楽の始まりを告げる声が響き渡った。
それと同時に、スポットライトが消え再び会場内は暗闇に包まれた。
そして会場内に響いたのはキーボードの音色。
それと同時に暗闇の中、ステージの薄紫色の照明が紬を照らす。
続いて、ギターの音色が産声を上げ梓と唯を照らした。
そして最後にドラムとベースの音が響き渡り、照明はメンバーを照らし出す。
そして1番に突入する。
ドラムとキーボードベースの音色に澪の歌声が合わさる。
所々で、律たちがコーラスを入れていく。
そしてギターの音も加わったところで、照明はメンバーのみではなくステージ全体を照らした。
それぞれが、楽器を譜面通りに弾いていき順調に2番へと入っていった。
すると、観客たちは掛け声を入れ始めた。
それは、彼女たちの演奏が素晴らしいものであるということを示している物であった。
2番のサビが終わり、間奏に入る。
ここからギターの速弾きソロが始まる。
最初は唯だ。
左手をせわしなく動かし弦を抑えていく。
そしてキリのいいところで梓がそれを引き継ぐ。
ムスタング特有の音色が、会場内を包み込む。
そして最後は体をしならせることでサビへと入っていった。
サビが終わり、最後の箇所となる。
それは最初の前奏と同じだったが、ギターの音色を強く出した物となる。
そして最後は全員がぴったり音を合わせて、曲を終わらせた。
そのすぐ後に、観客側から歓声が湧き上がった。

「中々に素晴らしい演奏でした」
「それじゃ、メンバー紹介。行ってみようか!」

ステージのそでから出てきたDKたちによって、彼女たちは自己紹介を始める。

「リードギターとボーカルの平沢 唯です」
「リズムギターの中野 梓です」
「べ、ベースとサブボーカルの秋山 澪です」
「キーボードの琴吹 紬です」
「ドラムでバンドリーダーの田井中 律です」

(ものすごく緊張してるな。ありゃ)

それぞれの自己紹介を聞いていたDKは心の中で苦笑しながらつぶやいた。

「それじゃ、ここは彼女たちにお任せして。私たちは向こうの方にすっこんでいましょうか? MR」
「了解」

僕の呼びかけに応じたMRは観客に手を振りながら、舞台袖に向かっていく。
それに続いて僕もMRと同じ方向に歩く。

「頑張って」

マイクには拾われないように、小さな声で応援の声を掛けた。
それは、DKにとっては一種のけじめだったのかもしれない。

「それじゃ、次の曲。ふわふわ|時間《タイム》!!」

それを受けて、唯は次の曲名を告げた。
こうして、放課後ティータイムのライブが始まった。










「すごい」
「……ああ。これはたまげた」

ライブが始まり既に40分を経過した中、YJたちは驚きの声を上げていた。

「会場の皆がノッテいる」
「こんなこと、今までなかったのに」

ROとRKが口を開いた。
唯たち放課後ティータイムは会場の心をつかんでいた。

「さすがDKだ。確かに、彼女たちはここまで来るかもしれないな。これはすごいな」
「……そうだな」

YJの言葉に相槌を打つDKの口調は寂しげだった。

(僕がいなくても、あそこまでいい演奏ができる。これならもう、思い残すこともないかな)

それは避けられない運命に対する一種の安心感でもあった。
DKには絶対に避けることができないその運命に対して不安だったのは、バンドのことと最愛の人物でもある唯のことであった。
だからこそ、このライブは彼にとって一種の背中を押す出来事になった。

『皆ありがと―!』
「終わったみたいだな」

ステージから聞こえる唯の声と観客の歓声に、YJがつぶやく。

「ああ」

残り時間はあと2分。
終わるにはいい頃合いだった。
だがそこで、予想外のことが起こった。

『アンコール! アンコール!』

観客たちからのアンコールの声。

「訂正する。これは恐ろしいことだぞ」

YJの言っている言葉の意味は、DKには何となくわかっていた。
初めてこういった大勢のライブ会場に出たにもかかわらず、観客たちの心をつかんでいる。
それが、このアンコールにつながっているのだ。
その力はH&Pとほぼ同等……いや、それ以上かもしれない。

「ありがとー。それじゃ、アンコールで”ふわふわ|時間《タイム》”をDKさんを交えて演奏したいと思います!」
「おや、御指名のようだね」

ステージの方から聞こえた唯の言葉に、MRは茶化すようにDKに声を掛けた。

「茶化すな。行ってくる」

そんなMRにDKはそう告げるとステージのそでからステージの方に出た。

「この私を指名するとは、まあなんとも怖いもの知らずだね」
「えへへ~」

DKの言葉に唯は頭に手を当てながら笑った。
一瞬だけ唯に向けたDKの口元は悲しみなのか、それとも喜びか。
そのどちらでもないような表情がうかがえた。

「よぉし。皆、アンコールと彼女たちの要請を受けて、今夜限りの特別編成だ! しっかりと聞いてくれ!」

DKの呼びかけに、会場中が一瞬にして歓声に包まれた。
それを遮るようにして突然キーボードが音色を上げ始めた。
それは先ほど演奏した『ふわふわ時間タイム』のワンフレーズだった。

(あの時のか)

それは合宿の時と前の学園祭のライブの時に演奏したものだった。
紬に続いて、今度は律がドラムの音色を奏でだした。
さらにそれに澪も続いて音色を奏でだす。
そこにDKと梓も続いた。
そして、最後に唯が加わる。
こうして、サビのアンコール演奏が始まった。
まるで打ち合わせをしていたかのような音の入るタイミングの良さに、観客たちはさらに盛り上がりを見せていた。
サビが終わり、全員が音を伸ばしていく。
そしてドラムのフィルで今度こそ曲は終わりを告げた。
こうして、ライブは大成功という最高の結果を残して終了となるのであった。










「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です。MRさん」

ライブが終わり、楽器を手に会場を撤収する唯たちの前に立ちはだかったのは、MRたちだった。

「すごく盛況だったな。これはとてつもないほどにすごいことだよ」
「ありがとうございます」

MRの称賛の言葉に、梓がお礼を述べた。

「そう、お前さんたちが初めてだ。あそこまで客の心をつかんだのはな」
「え、えっと……何かいけなかったですか?」

MRたちの雰囲気が変わったのを感じた律が、しどろもどろになりながら問いかけた。

「いけなくはない」

それに答えたのはYJだった。

「君たちは、俺たちのライバルとなりうる存在にまで上り詰めたことなのだからな」
「そ、そんな。ライバルだなんて―――」

YJの言葉を受けて両手を前方で振って否定する澪の言葉を遮ったのはDKだった。

「恐れ入ることはない。お前たちの演奏はそれ相応のレベルだった。全くもってアウェイの環境下で観客の心をつかむその腕は、私たちにも匹敵する。だからこそ、ライバルにふさわしい。もしコンテストで会うことがあった時は、私たちH&Pは―――」
『絶対に負けない!』

それは宣戦布告であった。
それだけでも彼女たちには、彼らの本気さが伝わってきたのだ。
そして、そのまま彼らは唯たちのわきを通って去っていった。

「何だか、すごいことになっちゃったな」
「うん……でも、認めてもらえたってことなんだよね?」

H&Pのメンバーの背中を見送りながら口を開いた律に、唯がそう相槌を打った。

「唯ちゃん?」
「だって、ライバルっていうことは、私たちもH&Pのようにすごい演奏ができるっていうことなんでしょ? それってすごいんだよ!」

首をかしげる紬に、唯は嬉しそうに両手を握りしめながら答えた。

「……でも、ライバルってことは先輩とは敵ということに―――」
「違うよあずにゃん。よくわからないけれど、私たちは今までと変わらないと思うの」

唯の言葉に、具体性などはなかった。

「そうかもしれないな。彼は、絶対に態度を変えることはしない。まあ、練習の質は上がるかもしれないけれど」
「でも、なんだか楽しそう♪」

それでも、澪たちは頷いた。
それはひとえに、彼女たちは知っているのだ。
”高月浩介”という人物を。
そして、知っているからこそ、唯たちは頷けたのだ。

「それじゃ、早く帰ろう。もう外は真っ暗だし」
「明日が休みで良かったね~」
「そうですね」

話題を変えるように口を開いた律の提案に、唯たちは頷くと通路を歩き会場を後にした。

「あずにゃん、また虎耳をつけてよ」
「嫌ですっ!」

所々に輝く星空の下、唯たちの楽しげな会話は耐えることがなかった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「…………」

あのライブの後、初めての部活動の日を迎えた。
僕は部室前のドアの前で立ち尽くしていた。
理由は一つ。

(どう入ったものか)

一昨日に一種の決別宣言のようなものをしてしまった手前、どういう風な顔をすればいいのかがわからなかったのだ。

(あほらしい)

怖気づいている自分に喝を入れる。

(あいつらがそんなことを気にするような奴じゃない)

そんなことはとっくにわかっている。
そうじゃなければ、僕の存在を受け入れたりなどしないのだから。
ならば、僕の取るべき態度など、一つしかない。

「悪い、遅れた」
「遅いぞ、浩介っ!」

いつものように部室に入った僕に、律から檄が飛ぶ。

「大丈夫っ! 浩君のお菓子は律ちゃんから守ってあるよ!」
「いや、それはそんなに重要なことじゃないと思うんですが?」

微妙に方向が違う唯の言葉に、梓がツッコみを入れる。

「浩君、ほらほら、今日はチーズケーキだよ~」
「何っ!? よっしゃ! 今日は飲み明かすぞぉ!!」
「全く、いつからここはお茶菓子部になったんだ」

大好物のチーズケーキと聞いた僕の反応に、澪がため息交じりにつぶやいた。
そんなこんなで、僕たちはいつものように部活動の時間を過ごした。
そして季節は冬から春へと変わっていくのであった。

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