――始まりはひょんなきっかけだった。
桜の木も散り、季節はゆっくりと夏に向かっている中、僕は教室で担任の先生からの連絡事項を聞いていた。
クラスメイト達は、先生の連絡事項にどこか浮き足立っている(そわそわしたような感じ)様子で聞いていた。
それもそうだ。
なにせ明日から4連休なのだから。
いわゆる”ゴールデンウイーク”なるものだった。
「みなさん、さようなら」
『さようならっ』
先生が挨拶をして、それに応える生徒たち。
それと同時に、まるで爆発したかのように教室に話し音が溢れかえり始めた。
彼らは友人たちと遊びに行くか行かないかの話で盛り上がっている。
そんな中、僕は手早く荷物をカバンに入れるとそのまま教室を後にした。
周りでがやがやとにぎわっていても、それがどこか別世界のような錯覚さえ覚えた。
僕の今の状態を簡単に例えるのであれば透明人間。
誰も僕のことを認識していない。
でも、僕は実際に認識されている。
大声を上げれば、その場にいる人が何事かといわんばかりにこっちを見てくるだろう。
そう、僕は孤独だった。
僕、高月浩介は現在小学2年生。
ただ違うのは、僕は人ならざる者が住まう世界である魔界から来たことだ。
1年前、魔法連盟(魔法使いを取り締まる警察のような組織)の連盟長でもある父さんに、突如おかしな任務を言いつけられてこの人間界にやってきていた。
任務の内容は、”魔法を使用せずに、栄誉を残す”こと。
魔法を使ってはいけないという条件が故に、僕はどのようにしてこの任務を達成するのかを1年かけて考えてきたが、なかなかそれが見つかることはない。
そうしているうちに、月日が流れていってしまったのだ。
(そもそも、どうしてこんな変な任務を与えたんだ?)
どちらかというとこっちの方が不可解だった。
(やはり、”あの”答えが原因か?)
ふと浮かび上がったのは、それだけだった。
それは、任務を言い渡される直前に父さんから真剣な面持ちで投げかけられた物だった。
内容も”もし我が国を侵略しようとするものが現れた場合、おぬしはどうする”という、いかにもなものだった。
その問いかけにどのような意図があるのかがわからないまま、僕はその問いかけに”全員まとめて始末する”と簡単に答えて見せた。
自国を守るには、危険因子を少しでも排除することが最善の策だ。
お咎めなしでそのまま生かして帰せば、再び侵略するかもしれないのだ。
その返答に、父さんは表情を真剣な面持ちから険しいものへと変えた。
そして告げられたのがあの任務だったのだ。
(あれのどこが間違いなんだろう?)
自分でもいまだにそれがわからなかった。
それはともかく。
僕は現在魔法文化のない世界に来ているわけだが、大きな問題があった。
それが、クラスで孤立しているということだった。
理由ははっきりしている。
それは、僕がひととして必要な何かが大きく欠落しているからなのかもしれない。
小学校に入学してからというもの、誰も話しかけてくる兆しを見せない。
それどころか怯えているような感じさえ見受けられる。
それはまるで、化け物を見るようなものだった。
(まあ、話しかけられても困るんだけど)
自分の20分の1の年の子供に、一体なんて受け答えすればいいのかが僕にはわからなかった。
(まさか、ここまでだったなんて)
魔界にいるときから、コミュニケーション関連が大きく欠落していると言われ続け、それも自分で自覚はしていたがこうして実際にこの現状を目の当たりにすると、驚きを隠せずにはいられなかった。
(まあ、どうでもいいか)
結局そういう結論に達するあたり、僕は何かがおかしいような気もするが、それよりも僕の一番の問題は、やはり任務達成の手段だ。
なんとしてでも任務を成功させてこの茶番のような任務を終わらせなければいけない。
(でも)
どうしてだろうか?
一人でいればいるほど、任務のことを考えようとするほどに、胸が痛んでくるのは。
任務にあたっての、サポート体制は万全だ。
まずは小学校の教師に数人、魔法連盟の人間をもぐりこましている。
他にも医療機関や役所、金融機関に、治安維持組織にも同様に魔法連盟の物が潜入しており、僕の任務をスムーズに遂行できるようにしてくれている。
もっとも、これを行っているのが工作部隊なる者たちなのだが。
そして、生活費。
これに関しては僕の自費からねん出することになっている。
とはいえ、僕の場合贅沢さえしなければ向こう100年ほは働かずに暮らしていけるほどの財産があるのでこれについては問題はないだろう。
現に不自由したことはこれまでに一度もないのだ。
ただ、あまり使いすぎるとこの国の経済バランスを崩し(必然的に通貨の量を増やすことにもなるので)かねないのでやっていないが。
何事も程度ということだ。
次に、住まいだ。
これに関してはどいうわけかすでに用意されていた。
一面、白い外壁の一軒家で誰がそこに住んでいる人物が魔法などという非科学的な力を使えると思うだろうか?
それはともかくとして、今現在僕は自宅に食材がないため、鞄を自宅のほうに置いて買出しに出ていた。
(僕はいったい、なんでここにいるんだろう?)
買い出しをしている最中、僕はそんな答えのない疑問を自分に投げかけてしまう。
こういう時は魔法の練習をして力をつけておくようにすればいいのだが、それも満足にできない。
なぜならば、魔法連盟が定めた世界渡航に関する法律が存在するためだ。
それは、魔界から他の世界に向かう魔法使いたちが守らなければいけないことなのだが、そこの最初のほうにこう記載されている。
『魔法文化のない世界に渡航する場合、ライセンス課からの魔法使用許可を得ずしてのBランク以上の魔法の行使を禁じる。
ただし、生命に関わる場合はこの限りではない』
もちろん、この法律は魔法使いを取り締まったり秩序を保たせるのに重要なのは言うまでもない。
だが、僕にはこれ以上ないほどに楔のようなものになっていた。
ちなみに、ここに出てくる”ランク”だが、これは魔法の効果と難易度を示したものだ。
下がD、上がSSSまである。
例を挙げると、空を飛ぶ魔法はBランクで、姿形を変える魔法はSランクに認定されている。
他にも、A地点から一瞬でB地点に移動する転移魔法もSランクだ。
(ここに来るときに、父さんに子供の姿にされたけど、これって、地味に調子が狂うんだよな)
解呪を行うにはSランク相当の魔法を使わないといけない。
だが、それを行うにはライセンス課(僕のように魔法文化のない世界に向かった魔法使いに対して、魔法使用の許可を出したり、魔界内での魔法を使うための資格などを発行する部署)に許可をもらわなければいけないが、もらえることはないだろう。
現に数日前も却下されたばかりだし。
(ほんとにどうしよう)
結局、また振出しに戻ってしまう。
これまで結論らしい結論に達したためしがないのだ。
まるで永遠に続く迷路に迷い込んだような心境だった。
「ん?」
そんな暗い心境のまま、買い物を終えてスーパーから出た時、ふと音楽が聞こえてきた。
(そう言えば、このあたりってストリートミュージシャンが出没する場所だったっけ)
大型ショッピングセンターや、娯楽施設ができたことによって、人が多くなり始めているため、よく一発逆転を狙っている(かどうかは分からないが)ミュージシャンたちが駅前の一角でライブを行っていたりしている。
もっとも、中には珍妙なことを喚き散らす宗教勧誘や、子供じみた妄想しか口にしない政治家の幼稚なスピーチなども存在するが。
後者はいいとして前者は実に面倒くさい。
その面倒くささと言えば、宗教に入れとしつこく勧誘された時に、二度と口が開けないようにでもしてやろうかと思ったほどだ。
閑話休題。
「行ってみるか」
意外そうに見えるが、僕は音楽に興味を持っている。
昔、英才教育としゃれ込んだ父さんにピアノをやらされていた影響だが、ストリートミュージシャンが出没したときは、急いでいない時には毎回立ち寄ることにしているのだ。
この日も僕はそれほど大きくはない買い物袋を手に、ライブを行っているミュージシャンがいるであろう場所へと足を進めるのであった。
大型のショッピングセンターなどができているだけあり、駅前のロータリーにはタクシーやバスなどが数台停車していた。
周囲に建ち並ぶビルの外壁にはやや大きめなモニターが取り付けられており、そこには何らかの食料品のCMなどが映し出されていた。
駅のほうにもアイスクリーム屋やコンビニなどのお店が存在しているので、帰宅途中のサラリーマンや学生にとってはかなり重宝する場所だろう。
ちなみに、現在住んでいる場所から今いる場所は数駅ほど離れている。
というのも、地元のスーパーは品ぞろえが悪いのか、売り切れていることがしばしばなので売り切れがしにくい大型のショッピングセンターを利用することにしているのだ。
もっとも、ここでも売り切れるときは売り切れるがしょっちゅう売り切れ状態のスーパーよりはましだ。
そんなロータリーの一角にいたのはただのストリートミュージシャンというには似つかわしくない人物だった。
ピアノのようなものの前に立っているどこか自信がなさげで気弱そうな男性と、弦楽器を手にしている二人の女性という構成だった。
その横に控えている金髪の男の人も、おそらくはメンバーなのだろう。
弦楽器を手にする女性二人は対極的な印象を持った。
銀色の髪を後のほうでくくっている女性は、お花畑にいる令嬢のようなほんわかしたような印象に満ちている。
そしてその横に立っている短めの黒髪の女性は戦乙女のごとく堂々とした気迫に満ちていた。
そんな彼女たちの周辺には人は全く集まっておらず、それどころか彼女たちの前を通りかかる通行人が立ち止まるそぶりすら見せない。
「それじゃ、最後の曲『Only for you』です」
そんな中、黒髪の女性が静かに曲名を告げると、ピアノのような鍵盤楽器から始まり、続いて弦楽器の女性たちも演奏を始めた。
それを聞いていてなぜ人が集まらないのかがわかったような気がした。
(音程もリズムもめちゃくちゃ)
魔法使いが最初に行うのが、どういうわけか音感やリズム感覚などを鍛える練習なのだ。
この理由についてはいまだにこれだという解明されていない。
色々な説はある。
耳を鍛えて敵の攻撃の位置を把握するためやら、魔法の精度を上げるためなど挙げていけばきりがない。
なので、魔法使いは大抵が音感やリズム感覚などが優れているのだ。
僕の場合は、そのためのピアノであり絶対音感であると言われたことがあった。
もっとも、魔法使い全員が絶対音感だというわけではないが。
それはともかく、僕は今目の前で演奏している曲の音色が、まったく絡み合っていないような気がしていた。
ギターという弦楽器と鍵盤楽器が勝手にあちこちに飛び回っているため、ただの雑音でしかなくなっているような印象しか感じなかったのだ。
(歌声はいいのに残念だ)
恐らく黒髪の女性がボーカルなのだろう。
彼女の歌声は曲全体を一気に引き締めていくのに最適だ。
それだけにもったいなかった。
そんなことを思っていると、どうやら曲は終わったようで二人の女性は深々とお辞儀をした。
この時、自分のとった行動がとでも不思議でならない。
「下手くそ」
心の中でとどめておくつもりだったその言葉を、口に出してしまったということが。
「おい、坊主」
踵を返そうとしたところでよ認められた僕は、その相手の顔を見るとその男性は二人の女性の横で彼女たちを見ていた金髪の男だった。
その男の人は視線で人を殺せるのではないかというほど鋭い眼で僕を睨みつけていた。
どうやら僕のつぶやきがこの男の人に聞こえていたようだ。
「さっきの言葉、聞き捨てならねえな。もう一度言ってみろ」
「………」
完全にあっちの世界の人間のようににらみつけてくる男に、僕は無言で睨み返す。
(今ここで始末するのもいいが人が多すぎる)
母国とは違い、そういうことをする際には細心の注意を払わなければいけない。
人が大勢いる場所で事を構えるのは、後々の片づけが面倒になるからだ。
(それに)
こうしていれば、こっちにメリットがある。
目の前の男の視線など、僕にとってはただの子供の物だ。
それで僕をどうこうすることなどできやしない。
でも、この状況を客観的に見れば、大の大人が子供を脅しているという風に見えなくもない。
現に通行人の人たちも訝しむ様な目で男のほうに視線を向けているのをを横目で見ている。
どの道勝つのは僕だ。
そう思えば、この状況もおかしくなってくる。
「てめぇ、何笑ってやがんだ! 大人を舐めてんじゃ―――」
「はいはい。そこまでそこまで」
目を見開かせ胸倉をつかんできた男に、僕はついに実力行使に出るのかと自分でも驚くほどの他人事のように思っていると、手をたたく音と共に一人の男性が仲裁に入った。
「社長」
「子どもを相手にそれをやってはいけないよ。竜輝君」
社長と呼ばれた黒髪の男性は茶色のジャケットに黒のスーツをまとい、穏やかな口調で金髪の男を窘めた。
だが、穏やかな口調とは裏腹に、底知れぬ威圧感のようなものが関係ない(ある意味当事者だけど)僕まで飲み込み圧迫感を感じさせた。
「君も、人を怒らせるようなことは言ってはいけないってお父さんとお母さんに教えてもらったよね?」
(な、ナニコレ)
こちらに向けられただけで、これまで感じていた圧迫感がさらに増した。
それは目の前の紳士的な男性の本性は戦国時代に生きる武将かと思わせるほどの物だった。
余談だが、ここに来るにあたりこの世界の歴史は一般常識程度は把握している。
もっとも、かなり付け焼刃な状態だけど。
閑話休題。
「二人とも、ちゃんと謝るんだ。人を馬鹿にするようなことを君が悪いが、それに腹を立てて子供をにらみつける竜輝君も悪い」
「「すみませんでした」」
逆らえなかった。
僕からすれば、ただの独り言に反応した向こうが悪いので謝る気はもともとなかった。
それでもこの男性の言葉には逆らうことができなかった。
きっと僕にわからない何かがこの男性の言葉にはあるのだと思う。
「それで君」
お互いに謝り、痛み分けという結果で今回は決着がついたと思った矢先、今度は男性が口を開いた。
「さっきの言葉、一体どういう意味か教えてもらえないかな?」
口調こそ穏やかなものだったが、その表情は答えなさいと告げているように思えた。
しかも答えるまでここを離れることはできないという可能性だってある。
(周りの目もないし)
男性が仲介してお互いに謝ったことで、周囲の人の目は一気に薄れていき、現在は誰もこちらの様子を気に掛ける者はいない。
周りから見ればお互いに謝って和解し、今現在は男性が親しげに話しかけているという、見方によっては優しいおじさんに戸惑う子供という状況と判断できる状態だ。
もしここまでを掲載んしているのであれば、この男性こそ非常に脅威なのではなかろうか?
僕は降参の意を込めてため息をつくと理由を告げることにした。
「弦楽器の二人の演奏と、ピアノみたいな楽器を弾いている人とのタイミングの差があった。厳密にはピアノのほうがワンテンポずれています」
「………続けて」
僕のその指摘に、男性は静かに続きを言うように促した。
「最後に音と音が絡み合っていない……恐らく、必要な楽器がないのかそれとも使用している楽器が間違っているのかのどちらかだと思います」
その僕の言葉に、金髪の男と二人の女性たちが表情をこわばらせた。
(これは、修羅場だな)
僕はその男たちの表情の変化を見て、いつでも攻撃できるように準備した。
後はカギにもあたる呪文を紡ぐだけで攻撃魔法を発動させることができる。
「君」
「……っ」
男性が声を上げたのを聞いて、僕はさらに警戒を高めた。
「頼みたいことがあるから、ちょっとおじさんと一緒についてきてもらってもいいかな?」
「……」
安心させるように柔らかい笑みを浮かべながら聞いてきた男性に、僕は少しだけ考えを巡らせる。
(このままついて行って大丈夫だろうか?)
表面上は穏やかで敵意のようなものは感じない。
だが、裏ではどうなっているのかまで分からない以上、下手について行けば命取りにもなりかねない。
(読心術も時間がかかるし)
心を読む読心術も考えたが、問題点があったため止めた。
読心術自体はすぐに行使することができる。
だが、相手の心を読み解くのにはかなりの集中力と時間(とはいえ、数十秒程度だが)を要する。
この状況でそれをするのに必要な時間がないのだ。
そう、ほんの数秒遅れただけでもややこしい事態になったりするのだから。
(まあ、大丈夫か)
このままついて行って何をされようとも、魔法という絶対の武器がある以上行こうが行くまいが関係がないことに気付いた。
何かがあっても切り抜けられる自信はある。
僕にかけられた楔も『命に関わる場合』には全く関係ないのは明らかだし。
「わかりました」
そんな結論に至った僕は、男性の誘いを受けることにした。
「そうか。それじゃ、早速で悪いけど移動しようか。君たちも移動の準備を」
「は、はい」
これまでのやり取りを静かに見ていた女性二人と男性に声をかけ、三人は手早く楽器を片付けていく。
「それじゃ、行こうか」
そして素早く片付け終えた三人と共に、僕達は男性の後について行くことにした。
そのあとに待ち受けているものを知らずに
[2回]