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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第111話 お金狂騒曲

「あ、あの?」

あまりの金額の大きさに固まっていると、店員から心配そうな声がかけられた。

「ごちそうさまでした!」

一番最初に正気に戻った澪は、何故かそんな言葉を口にしてお辞儀をするとカウンターに背を向けた。

「さあ、帰るぞ」
「おいこら!」
「帰るな」

律が勝手に帰ろうとする澪の肩をつかんで阻止した。

「だ、だって……六千万!」
「落ち着け、桁がものすごく変わってる」

混乱しているからなのか、あたふたとしながら二桁も増やした金額を口にする澪の対応は律に任せることにした。

「ありがとうございます」
「って、少しは躊躇しろ!」

そんな僕たちの横で躊躇なく現金の入った封筒を受け取るムギに思わずツッコミを入れてしまった。

「ムギ、ちょっと唯たちのところで待っていてもらっていい?」
「え、ええ。わかった」

僕はムギに唯たちのほうに行くように告げると、ムギは疑うそぶりも見せずに唯たちのほうへと向かっていった。

「でも、どうしてこんなに高額なんですか?」
「もしかしてムギに気を使って?」

僕と律は店員の人に高価な価格となった理由を尋ねた。
ムギはここの楽器店の系列会社の令嬢だ。
もしかしたらサービスという名目で値段が吊り上げられたのかもしれないと考えたのだ。

「いいえ。それは関係ありません」

だが、店員から帰ってきたのはそんな答えだった。
そのまま店員はカウンターのほうへと向かうので、僕たちもそれに倣って移動した。
そして僕たちのほうを見ながら、店員は静かに口を開いた。

「こちらのモデルのギターですが、1980年代始めに生まれたギターでして―――」

そして店員からギターが効果になった理由を説明された。
話を聞けば、高価な買取価格になったのも頷ける。

「それとお客様の買取りアップクーポンを加味いたしまして、このお値段で買い取らせていただくことになりました」
「……」

店員の説明が終わったが、唯たちから一向に反応が返ってこない。
見れば全員が唖然とした表情で固まっていた。
どうやら、彼女たちにはこの話は難しすぎたのかもしれない。
もしくは、あまりの高額な価格に思考回路が停止しているかのどちらかだろう。

「と、とにかくとても貴重なギターなんです」

そんな彼女たちの様子に慌てた様子で説明しなおす店員に、思わず同情してしまう僕なのであった。










場所を楽器店から近くのファーストフード店に移した僕は、唯たちに席を取っておいてもらうようにお願いをして邪魔にならない場所で電話をかけていた。

『はい、山中です』
「高月です」

電話の相手は山中先生だった。

『どうしたの? いきなり電話なんて』
「先生から預かったギターの売却が終わりましたので、そのお知らせに」

電話の用件は、先生から預かったギターに関してだった。
予想以上に高額な値段が付いたので、持ち主である山中先生に一応確認をすることにしたのだ。

『別に明日でもよかったのに』
「ええ。ですが、少々価格がすごいことになっているので、確認を」
『それで、いくらだったの?』

山中先生の問いかけに、僕はその金額を言うことにした。

「60万円です」
『えぇ!? そんな値段で売れたの!?』

やはり、電話先のほうから驚きに満ちた声が聞こえてきた。

「一応聞きますけど、本当に部費に足しにしていいんですね?」
『……』

僕の問い掛けに、山中先生からの返事がない。

「60万という大金を知っても部費の足しにすればかなり太っ腹な教師として慕われるという私のどうでもいい独り言はともかく、どうするかは先生のご判断にお任せします」
『………』

今度の無返答は、富か名声かの葛藤と見た。

『いいわよ。先生だもの。一度行ったことは覆さないわ』
「ありがとうございます。それでは明日、買取り証明書をお渡ししますので」

ほくそえみたくなるのを必死にこらえて、僕はそう告げると電話を切った。

「さて、早く戻るか」

あまり長く待たせてはだめだと思い、僕は天寧に戻るとポテトのMサイズを注文してそれを手に唯たちの待つ場所へと向かった。










「ポテトXLサイズだ、釣りはいらねえ!」
「って、そのお金を使ったのか!?」

戻ると、律と澪の声が聞こえてきた。
見れば、お金の入った封筒を澪に突き出していた。

「ごめん、遅れた」
「遅いぞ―浩介」

声をかけた僕に、律が口をとがらせて文句を言ってきたが、それを無視して彼女たちの前の席に腰掛ける。

「で、そのポテトは封筒のお金を使ったのか?」
「いや、さすがにこれは自腹だけど」

僕の追及の声に、律は苦笑しながら答えた。
その言葉に嘘はないようなので、僕は心の中でほっと胸をなでおろした。

「でも、本当にいいんですか? こんな大金を部費に当てちゃって」
「いいんだって。さわちゃんが部費にしろって言ってんだから」

60万という大金に、罪悪感を覚えたのか浮かない顔で声を上げる梓に、律は軽く答えた。

「ほれ! 6人で――「僕はいらない」――5人で分け合えば1人で12万円!」

数十枚の万券を梓の前に掲げながら声を上げる律に、僕は微妙に違うと思いつつも辞退した。
理由としては単純。
お金には困っておらず、これ以上お金が増えたらキャパシティーを超えるからだ。
とはいえ、ちゃんと仕事には就くが。

「私、欲しいエフェクターがあったんですよね~」

大金を見せられた梓は目を回してふらふらしながら口を開いた。

「あずにゃん陥落」

まさに唯の言うとおりだった。

「馬鹿っ!こんな場所でそんな大金を見せびらかすな」

そんな中、澪が律に一括する。
驚きなのはそれで梓が元に戻ったことぐらいだろうか。

「そういう澪もほら、12万だぞー」

だが、そんな澪にも律の魔の手(?)が伸びる

「12万かマルチアンプシミュレーターとかいいよな」
「私はツインペダルにフロアタムとかかな」

次々と欲しいものを口にする律たち。
唯一何も口にしていない唯だが、その笑みから何位を考えているのかが大体想像ついてしまった。

「「「「ふふ、ふふふふふ」」」」
「あ、あの……みんな?」
「なんだか、落ちてはいけないところに落ちかかってるぞ」

不気味な笑みを浮かべ続ける唯たちに、おろおろしながら声をかけるムギをしり目に、僕はそう漏らすのであった。
お金が絡むと人が変わるというが、今の唯たちはその典型例なのかもしれない。
結局、ファーストフード店を出るまでこの状態は永遠と続くことになるのであった。










翌日の放課後。
軽音部部室に注文していた棚が届いた。
棚には軽音部関係の物を置いていき、何とかきれいに収めることができた。

(なんだか、無意義は水道の蛇口を磨いていたけど、何をやってるんだろう?)

まるで何かに取りつかれたように磨く麦の姿はまるで魔女を彷彿とさせた。
あまり関わり合いたくないので、放っておくことにしたのだが、気にならないといえばうそになる。

「だいぶ片付いたな」
「はい!」

二人がそんな会話をしている中、僕はふとあるものを見つけた。

「なんだ、これ?」

棚の陰から除く謎の物体に首を傾げながら、僕はそれを引っ張り出した。

「これって、完全に唯の私物だ」

名前は知らないがカエルの置物だった。

「唯!」
「あう!?」

澪の呼びかけに、唯のひきつったような声が聞こえてきた。

「私物は全部持ち帰る約束だったじゃないですか!」
「だって、それ以外にこんなにあるんだよ!」

梓の小言に、唯は震えながら一方を指さした。
その先にあるのは、ベンチの上に置かれた複数個の紙袋だった。
紙袋には様々なものがぎっしりと詰め込まれていた。

「こんなに持って帰ったら憂に怒られちゃうよ!」
「ここに置いてたら私が怒ります!」

梓の切り返しが最近どんどん鋭くなっているような気がしてならないほどにすごかった。

「憂だって怖いもん! この間だって、怒られて一生懸命謝ったんだから」
「姉の威厳まるでないな」

なんとなくその光景が目に浮かんでしまった。

「そういう浩介先輩も、これ忘れてますよ」
「あ、ごめん」

呆れたような表情で梓から手渡されたのは、クリエイト用のメンテナンス道具一式だった。

「とりあえず、格納庫にでもしまっておくか」

とりあえず、それを受け取った僕は、道具一式を格納庫にしまうことにした。

「それって何?」

指を鳴らしたのと同時に頭上に突如出現した黒い靄に、ムギが首を傾げながら疑問の声を投げかけてきた。

「格納庫。こういった道具をしまっておいて、いつでも取り出せるような状態にさせておく。この空間はどことも接点を持たないから、たとえ世界が滅びても僕が生きている限り影響を受けることもない」

簡単に言ってしまえば、そうこのようなものだろうか?
まあ、大きさに限りがある時点でこの例えは不適合かもしれないけれど

「世界が滅びたら、外に出ることはできないんじゃ?」
「詳しいことはツッコんだら負けなんだよ!」

梓の的確な指摘に、これまた唯の的確な反論が返された。

「ということで、浩君。これを格納庫に入れても――「ダメ」――ぶーぶー」

唯が言い切るよりも早くに断ると、頬を膨らませて抗議してきた。

「あのね、この格納庫は武器や戦闘に役に立つものを入れておくためのものなんだ。関係のないものを入れておくところじゃないし、入れたら入れたで有事の際に必要なものがすぐに見つからなくて命取りになることだってある。だからダメ」
「浩君のケチ」

唯の抗議を無視しながら、僕は先程から床に置いてあるメンテナンス道具(バケツや研ぎ石に掃除をする際に拭くための布や乾拭きをするための布など)を手にすると、それを先ほどから出現している黒い靄へとほうり上げるようにして投げ入れた。
そして即座に格納庫を閉じた。

「よし、これで片付けは終了」

長いようで短かった整頓は何とかこれで終わった。

「そうだな。今後は自分の私物はちゃんと持ち帰るんだぞ」
「……そういう律はいったい何をしているんだ?」

口ではもっともらしいことを口にしている律だが、その手にある本のようなものを棚に入れている律に、澪がジト目で見ながらで問いかけた。

「テヘッ☆」

片目を閉じてお茶目に誤魔化す律の姿に怒りというよりも、もはや呆れたような感情が湧いてくる。
それもある意味律の才能なのかもしれない。

「ひぃっ!?」

そんな中ドアが開く音に律たちは体を震わせるという異様な驚き方をした。

「棚は届いたの?」
「ええ、こちらに」

部室にやってきた山中先生の問いかけに全員が固まったまま微動だにしないので、僕が代わりに受け答えした。

「あら、なかなかいいじゃない」

どうや棚のほうは好印象のようだった。
だが、そんな中、僕や律を除く全員が直立不動で山中先生のほうに向かって整列をし始めた。
律の場合はまるでスローモーションでもしているかのようなゆっくりとした動きでその場を離れようとしている始末だし。

「皆、どうしたのよ。人が話しかけているのに」

そんなどこからどう見ても不自然な様子の皆に、戸惑いの色を隠せない様子で声をかける山中先生に応じるかのごとく、澪が逃げあd層としている律の肩をつかむと強引に山中先生の前まで移動させた。

「あぁ、さわちゃん。何だぁ、来てたんだぁ!?」

本人は、ごまかしているつもりだが、両手を握ったりするそのさまはかなり不自然だった。

(なぜにそんな不自然な態度を)
「……それで昨日はどうだったの?」
「き、昨日!?」

山中先生の”昨日”という単語に体を震わせる律の姿に、なんとなくその理由がわかったような気がした。

「ギターよ。持って行ったんでしょ?」
「あ、あぁ! あれは確か……」

山中先生の言葉を受けた率は声をうわ面セルが、なぜか言葉を詰まらせた。

(あまりの大金に、緊張でもしてるのかな?)
「と、とても古いギターだったらしくて」

そんな律に代わって梓と澪が代わりにギターについて話し始めたが、やはり声が震えてぎこちない態度だった。

「あれぇ!? ということはさわちゃんは50代でいらっしゃる?!」

両手をもみながら、唯が何気に恐ろしい爆弾を投下した。
僕はそっと耳に手を当てた。

「どこにピチピチした50代がいるかっ!!!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

それはまさに爆風であった。
すさまじい気圧に、耳をふさいでいるはずの僕にさえはっきりと声が聞こえてくるほどだ。

「父親の友達から借りたって言ったでしょ?」
「そ、そうでした」

なんとなく、唯はいつも通りのような気がした。

「それで、いくらだったの?」
(尋問?)

値段に関しては、先日僕が話しているはずなので、明らかに山中先生の質問は不自然だった。
だが、僕のほうに意味ありげな視線を送ってきたので、これは試練の類だろうと納得することにした。
嘘つき者がバカを見るという教訓を教えつける昔話のごとく。

「えーっと……1万円」

全員が顔をそむける中、律が告げた金額はとてつもなく少ない額だった。

(残りの59万はどこに行った?)
「やっぱりそんなものよね」

山中先生が一瞬不気味な笑みを浮かべたのを僕は見逃さなかった。
この人、明らかに演技をしてる。

「それじゃ、買取り証明書を頂戴。部費に計上するから」
「はひ!?」

演技だとは知らずに、ほっと胸をなでおろしている律たちに畳みかけるように、山中先生は手を差し出しながら買取り証明書の啓示を求めた。

「まさかもらわなかったの?!」
「えぇっと、ここに」
「なんだ、ちゃんとあるじゃない」

ブレザーのポケットから取り出した買取り証明書と思われる紙切れに、山中先生がそう言葉を漏らした。
隣で固唾を飲んで律を見つめる唯たちの姿が、部室内の緊迫した空気をひしひしと伝えていた。

(詰んだな)

どちらにせよ、買取り証明書を見せることになるのだから、ウソがばれるのは時間の問題だった。
だが、律は予想だにしない行動に打って出た。

(た、食べた!?)

なんと手にしていたと思われる買取り証明書を口に入れたのだ。

(そ、そこまでして60万円を手にしたいのか)

律の執着心に、僕は驚きを隠せなかった。

『食え! 食え!』
「食えじゃないから!」

何よりもすごいのは、隣で全身を左右に振りながら食えコールをする唯たちのほうだけど。

(でも、これって無駄なような気がするんだけど)

なんたって、相手はあの山中先生なのだから。

「何をしているの! 早く出しなさい!!」
「絶対に嫌だっ」

買取り証明書を口から出そうとする山中先生、方やなんとしてでも飲み込みたい律との壮絶な戦いは

「出しなさいっ」
「ひぃぃぃぃ!!!?」

メガネをはずした山中先生の渾身の一言で幕をが下りることになるのであった。

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第110話 ホームセンター珍道中

荷物持ちをかけたじゃんけん勝負は第八戦を終えていた。
現在の戦況を言うのであれば、

澪:1回
律:2回
ムギ:0回
梓:2回
唯:3回

というのが、それzれの荷物を運んだ回数だ。
どうやら僕は運がいいようで1回もギターケースを持つことはなかった。
とはいえ、一番の悲劇は

「待ってよ~」
「じゃんけん三連敗は自分の責任だぞー」

じゃんけんで三回連続で負けて永遠とギターケースを持ち続けることになった唯だろう。

「今日は鞄だって重いんだよ!」
「それも自業自得だ」

唯の反論に、僕はため息交じりに言い返した。
重くなった原因の荷物は、これまでの付けを支払う形になっている。
要するに自業自得ということになるのだ。

「そんな目で見ても、持たないぞ」

そんな中、唯が恨めしそうな眼で僕を見ていることに気が付いたので、僕はそう言い放った。

「浩介君、助けて~」
「うお!? 女性の武器を利用しやがった!」

上目づかい+涙目で助けを求めてきた唯に、律が驚いたような声を上げた。

「……勝負とは、いつも理不尽なものだ。諦めな」
「ば、バッサリ……」

唯の助けてアピールを一蹴した僕に驚いたのだか、あきれたのだかわからない声を上げる律をしり目に、僕は唯から視線を逸らした。

(危ない。あと少しで本当に変わるところだった)

一瞬でもケースを持とうと心が動いた自分を叱咤する。

「唯ちゃん、そろそろ時間よ」
「はぁー……今度こそ負けない!」

ムギの言葉を受けて僕たちのところにまで歩いてきた唯はギターケースを置くと気合を入れなおして手を組んだ。

「返り討ちにしてくれよう!」

そんな唯に応じるように律達も手を組み始めた。

「なんだか子どもですね」
「私は子供だっ」

梓のつぶやきに、胸を張って答える律は、ある意味清々しささえ感じた。

「大人になりましょうよ……」
「というか、威張るなよ」

そういいながらも、手を構えている梓や僕も同じなのかもしれない。
そんな中、一人手を構えていない人物がいた。

「澪、どうしたんだ?」
「じゃんけんだよ!」

それに気が付いた律たちの呼びかけに、澪は僕たちのほうへと視線を向けた。

「これなんだけど」

そういって僕たちに見えるように差し出してきたのは、先ほど手渡されたチラシだった。
チラシには『春の新生活応援セール』と銘打って、さまざまな商品と値段が書かれていた。
安いかどうかは分からないが、春先で新生活を始める人が多いこの季節。
セールと銘打てばお客が集まるという戦略が見え見えなチラシだった。

(食器棚があったら買ったんだけど)

なんだかんだで放置していたが、家の食器棚の問題はいまだに解決していないのだ。
あまりにもひどいので、現在は色々なものを使って棚を支えている状態だが、これが非常に面倒くさい。

「こういう棚とかを一つ置けばすっきりすると思うんだ」
「いいんじゃない?」
「そうですね。この値段なら何とか部費で買えそうですし」
「まあ、置き場所が増えるのはいいことだもんね」

僕を含めた全員が、賛成だった。

「それじゃ、ホームセンターにでも行こうか」
「っ!?」

なんだかホームセンターという単語にムギが強い反応を示したような気がしたが、気のせいだろうか?

「おっと、その前にこれをやろうぜ!」
「そうだね! 今度こそ、勝つよ!」
「まだ続けるのか」

もうやめたと思っていただけに、ため息が出そうだったが、やらないわけにはいかず、僕たちは再びギターケースを持つ人物を決めるべくじゃんけんをするのであった。










「ここがホームセンター!」

チラシに記載されていたホームセンターに到着するや否や、感動したような声を上げたのはムギだった。

「ここにはいろいろな便利なものが、揃っているのよね!」
「は、はい」

そのままのテンションで問いかけられた梓は若干押され気味に答えた。

「ムギ、ホームセンターに来るのは初めてかー?」
「うん。前から一度来てみたいって思ってたのよ!」

ブレザーをひらひらと開いたり閉じたりしている律の問いかけに、ムギは目を輝かせながら頷くと僕たちに背を向けた。

「行きましょう!」

ずんずんと前に進んでいくその姿は、まるで未開の地へと探検する隊長という異名を持つ男性タレントを思わせる感じだった。

「あ、私も!」
「おい! ギターを忘れてるぞ」

それに続くように駆けだした唯を律が呼び止めた。

「ごめん、ごめん」

頭をかきながら戻ってきた唯は、ここ来るまでに数回連続で負けたために持ち続けているギターケースを手にすると、店の奥のほうへと姿を消した。

「家具売り場はどこだろう」
「いや、僕に聞かれても」

二人の後姿を見送ったところで投げかけられた疑問の声に、僕は首を傾げながら答えた。

「仕方ないな、全員で手分けして探そう」
「そうだな」
「その方が早いですね」

律の提案に、僕たちは満場一致で賛成すると、家具売り場を探すべく手分けして捜索に当たることになった。

(それにしても、本当にいろいろ揃ってるな)

家具売り場を探しながら店内を見て回っていると、その品揃えに僕は舌を巻いていた。
まるでほとんどの物がここで揃うのではないかという錯覚を感じるほど、品ぞろえが良かったのだ。

「で、もう見つけちゃったけど」

目的の家具売り場を見つけた僕は、息を吐き出しながらあたりを見回す。

(目印は……あの布団でいいか)

近くにあった布団売場に陳列されていたピンク色の布団を目印にした僕は、唯たちを探すべくその場を後にした。

「確かこっちのほうに唯の反応が……」

あてずっぽうに探すとかなり時間がかかるので、僕は軽く魔法を使っていた。
とはいえ、唯の生体反応をたどっているだけだが。
その反応をたどった僕がたどり着いた場所で見た光景は

「ズギューーーン!!!」

電動式のねじ回しを動かしてはしゃぐ唯の姿だった。

「何をやってるんだ?」
「あ、浩君! これ、かっこいいでしょ!」

満面の笑みを浮かべながら電動式のねじ回しを僕に差し出してきたが、僕はいったいどういう反応をすればいいのだろうか?

「バァン、バァン、バァン!」
「こら、うるさい!」

梓と澪と僕に向けてねじ回しを動かす唯に、澪が叱咤する。

「はい、三人は死にました!」

そして何故か僕はやられてしまった。

「子供か」

澪たちのいるほうに歩きながら思わず口からそんな言葉が漏れてしまったが、出来ればわかって欲しかった。
自分がどれほど恥ずかしい行為をしているのかということを。

「まったく。浩介の言うとおりだぞ」
「……そういう律は何をしている」

僕の言葉に賛同する律だが、その頭には工事現場などでかぶっている黄色に緑色の細い線が横に入ったヘルメットのようなものに四角形の物体がくっついているものをかぶっている律に、僕は問い掛けた。
そんな妙な格好をしている律は視線を澪のほうへと移すと

「のわ!?」

四角形の物体(ヘッドライトだった)に明かりを灯して澪を照らした。

「店の物を用もなく触るな!」
「いやーん。おやめになって―★」

今度は澪と律が騒ぎ始めた。
もはや呆れるしかなかった。
とはいえ、一番呆れているのは僕の横に立っている梓だろうけど

「ねえ、見てみて!」
「今度は何ですか?」

そんな僕たちに声をかける唯に、げんなりとした声色で返事をしながら視線を向けると

「これなんか、動きやすそうだよ!」
「ぶかぶかじゃないですか」

工事現場などでよく着られている作業着を身に纏っている唯の姿があった。
とはいえ完全にぶかぶかでお世辞にも動きやすいという感じはしなかった。

「それでね背中に”放課後ティータイム”って書いてもらおうよ」
「暴走族かっ」

唯の提案に思わずツッコミを入れてしまった僕に、唯はその場に座り込むと誇らしげに胸を張った。

「……ムギは?」
「ムギ先輩はあっちのほうで色々と見て回っています」

これ以上はさすがに付き合いきれない(主にツッコみの関係で)ため、僕はこの場にいないムギの場所に行くことにした。
梓からムギの居場所を教えてもらった僕は、この混沌と化した場所を梓に任せ(半ば押しつけだが)て、ムギを探すべくその場を後にするのであった。





「結局見つからなかったな」

お店の中を一通り歩き回ったところで僕は一つ大きく息を吐き出しながらつぶやいた。
ムギを探していたのだが、ムギを見つけることができなかったのだ。

(痕跡をたどってはみたけど、どれだけ移動してるんだ?)

ムギの生体反応をたどって歩いていた僕は、いろいろな場所をぐるぐると歩く羽目になっていた。
それはまさしく、好奇心旺盛な子供のような感じだった。
そして、気づけば出入り口のほうへとたどり着いていたのだ。

「あれ?」

ふと気づくと、テーブルのようなものが置かれている場所に律や澪たちの姿があった。
それだけではなく、探していたムギの姿も。

「あ、浩介! どこ行ってたんだよ。まったく、子供か?」
「お店の物を使って遊んでいたやつの言葉か? それ」

わき腹に両手を添えて呆れたような口調で言葉を投げかけてくる律に、僕はジト目で反論した。

「というより、ムギのその大荷物は何?」
「買っちゃったの♪ ホームセンターって本当に素晴らしい場所ね」

満面の笑みで答えるムギの両手にはパンパンに膨れているレジ袋があった。

「それで、棚のほうは?」
「明日の放課後に学校まで届けてもらうことになった」

ムギから視線を外した僕の問いかけに、携帯電話を手にしていた澪が答えた。

「それで、唯たちは?」
「さあ? どこか見てるんじゃない?」

次いで出た僕の疑問に、律は首を傾げてながら答えた。

「みんな~」
「お、噂をすればだな」

僕たちに駆けられる唯の声に、視線を向けると手を振りながらこっちに向かってきている唯と梓の姿があった。
なんだか梓は強引に連れてこられている形だけど。

「それじゃ、皆も揃ったんだし、楽器店にでも行くぞ」
「ちょっと待った」

楽器店へと向かおうとした僕を呼び止めたのは、唯だった。

「まだゲームは終わってないよ!」
「……まだやる気か」

腕を構えている唯の姿に、僕はため息を漏らしながら唯たちのところに戻った。

「それじゃ、いくよ! じゃんけんポン!」

こうして、僕たちは再びギターケースを持つ人物を決めるじゃんけんをするのであった。










なんだかんだあってようやく本来の目的地でもある楽器店『10GIA』へと到着した。

「すみません」
「はい、何でしょうか?」

カウンターのほうに向かった僕が店員に声をかけると、店員の男性はこちらに向かってきた。

「このギターの査定をお願いしたいんですが」
「こちらですね」

律から受け取るような形でギターケースを手にするとそれをカウンターの上に置いた。
店員はケースのふたを開けて中を見る。

「はぁ、まさかあのあと四連敗するとは」
「勝利のブイ!」

どうでもいい話だが、あのあと律は四連敗という稀にみる大敗の結果を残していた。
さすがに肩が痛いのか手で肩を抑えながら腕を回していた。

「後、このクーポン使えますか?」
「失礼します……ええ。お使いになれます」

僕が差し出したクーポンを受け取り確認した店員は頷きながら答えるので、クーポンを使うようにお願いした。

「それでは、査定いたしますので、店内でお待ちください」

そんな店員の言葉で、僕たちは少しの間店内を見て回ることにした。

(とはいえ、楽器関係で買うのはないんだけどね)

本当に見ているだけだ。

「唯、どうしたんだ?」
「ねえ、浩君。あれってどうやって演奏するのかな?」

ギターを販売しているスペースで何かを見ている唯に声をかけると、一つのギターを指さして聞いてきた。
その先を見てみると、弦が上下二つあるタイプのギターがあった。

「ほかのギターと同じ。ただ、手の動きはこれまで以上にシビアに難しくなるから、やめておいた方がいいかもしれないな」

唯だったらもしかしたらものにするかもしれないが、さすがにこればかりはギャンブル過ぎる。

「へぇ~」
「査定をお待ちのお客様、お待たせしました!」

そんな時、遠くのほうから店員の声が聞こえた。

「どうやら査定が終わったみたいだ。戻ろうか、唯」
「うん♪」

僕の呼びかけに笑みを浮かべて頷いた唯は僕の腕に自分の腕をからめる。
まるでそれが普通だといわんばかりに。

(少し前までは離せとか言っていたのに……僕でも変わるものなんだね)

そんな人間じみた自分がどこか嬉しく感じつつある僕なのであった。





カウンターのほうにはすでに律たちが集まっており、僕と唯が最後に来る形となっていた。

「お待たせしました。こちらのギターですが60万円で買い取らせていただきます」

そして店員から営業スマイルで告げられた金額に、僕たちは愕然とするのであった。

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第109話 掘り出し物

「それにしても、こうしてみるといろいろありますね」

連絡通路内のすべての荷物を部室のほうに運び終えたのを見た梓が、しみじみとした様子でつぶやいた。

「何かあるたびにとりあえずということで置いていたからね」

ムギの言うとおりだ。

『置く場所がないからとりあえずここに』や『使うかもしれないからとりあえず』

そんな感じで連絡通路に置いていったのだが、気づけばまるでジャングルのような惨状となっていた。
フォローするのであれば、これが三年かけてであるということぐらいだろうか。

「それにしてもなんだ、このぬいぐるみの山は? お店でも開くつもりか?」
「それ、私が200円で取ったやつだよ!」
「知るか。とっとと持って帰れ」

胸を張りながら答える唯に僕は一周して近くにあったレモンか何かのぬいぐるみを唯に手渡した。

「ぶーぶー」

そんな僕の反応に、頬を膨らませながら抗議してくるが、僕はそれを無視した。

「あ、これも持ってけ」

そう言って律が渡したのは、お世辞にもかわいくもなんともないおじさんの頭だった。
おそらくはキーホルダーか何かだろう。

「それは私のじゃないよ」
「へ? それじゃあ、誰の」

唯の返事に、律はキーホルダーのようなものをまじまじと見つめながら首をかしげていると、それを強奪する人物がいた。
強奪した人物……澪は大事そうに抱えるとすたすたと自分のカバンのほうに向かっていく。

「あんたのかよ!!」

律がそうツッコみたくなるのもわかるような気がした。

「あれ、そっちのほうまで片づけるのか?」
「うん。使うことがなかったからついでにね」

連絡通路ではなく食器棚と化した場所の整理をしているムギに声をかけるとそんな答えが返ってきた。
そして次々にテーブルの上に置かれていくお皿やグラスの数々。

「こうして見てみると豪華だよなー」

テーブルの上に置かれた売れば数百万の値は下るであろう者の数々に、律は感嘆の声を上げた。
そんな中、唯はおもむろに一つの箱を手にした。
それはムギが箱の中に詰めていたものなので、中に入っているのは何らかの食器だろう。

「ムギちゃん、これっていくらぐらいするの?」
「それを聞きますか」

ある意味禁断の質問に、僕は驚きながらもムギの答えを待った。

「えっと、値段は分からないけれどベルギー王室で使われていたものと同じだったはずだけど」
「王室」

ムギの答えは僕の予想の斜め上を行くものであった。

(確実に万はいくな)

価値は分からないが、割ったらシャレにならないのだけは分かった。
そんな中、王室という衝撃の単語を耳にした唯は唖然とした様子で手に持っている王室御用達(?)の食器が入った箱を落とした。

「のわぁ!?」

間一髪のところで滑り込んだ律が箱をキャッチしたことで難を逃れた。

「ゆ、唯。心臓に悪いことをするな」
「ご、ごめんなせえ。わい、つい驚いちまって」
「誰?」

注意する律の言葉に、誰かのキャラを演じながら謝る唯に、僕は思わず小さな声でツッコむのであった。

「これは誰のだ? バケツに石とかが入ってるやつ」
「あ、それは僕のだ」

澪が見えるように掲げたのは、僕がよく使う道具だった。

「いったい何に使うんだよ?」
「何って、研ぐんだけど」

そうでなければ石(正確には研ぎ石だけど)を置いておかないはずがない。

「いや、そんな”常識だろ”みたいな感じで言われても」
「でも、何を研ぐんですか?」

律のツッコみをよそに、梓が疑問を投げかけてきた。

「魔導媒体……わかりやすく言えば魔法使いの杖のようなもの。形は色々あるから杖や水晶玉に剣とか。その中で剣の場合は威力を落とさないようにするために定期的研いで切れ味を維持する必要がある」
「なんだか大変なんだね」

僕の説明を聞いたムギが感心したような口調でつぶやいた。

「大変なのは最初のうちだけ。少しすれば全く苦にもならないよ。メンテナンスはいつも酷使していることに対する感謝の気持ち。そう思えば、どのようなメンテナンスも大変だとは思わなくなるもんだ。毎朝顔を洗ったりするのと一緒だ」
「へぇ……」

そんな僕の言葉に、間の抜けたような声で相槌を打つ律に僕は言うのも野暮だということを悟った。

「ほら、早く片付けの作業を進めるよ。これじゃいつまでたっても終わらない」
『はーい』

僕の催促にみんなはうなづきながら返事をすると再び片付け作業へと戻っていくのであった。










「何とか片付いたな」
「一仕事をした後のお菓子はうまいなぁ」

片づけの作業も一通り終えた僕たちは、いつものようにお菓子を食べていた。

「一仕事って……そもそもだらしなくしていたのが原因だけどね」
「そいつは言わねえお約束だよ」
「だから誰だよ」

僕の言葉に、渋い声で言ってくる律に、何度目になるかわからないツッコみを入れた。

「でも、私たちの物ではない私物もあるよな」

澪の視線の先にあるのは床に置かれt数箱の段ボールだった。
中身は音楽関係の雑誌などで、軽音部らしさを感じることができるものだった。

「真面目に活動していた頃もあったんですね」
「あずにゃん、今の軽音部が異常なだけで、過去の軽音部がいい加減な活動をし続けているわけじゃないからね」

梓がポツリと漏らした言葉に、僕は苦笑しながら口にした。

「高月君、それフォローになってないわよ」
「しかも、浩介が”あずにゃん”っていうのはものすごくあれなんだけど」

そんな僕にムギと律から指摘されてしまった。

「言うな律。僕もそう思ってきたところだ」
「だったら言わないでください!!」

僕の言葉に、梓から怒られてしまった。
なんだかんだ言って梓も僕から”あずにゃん”と呼ばれるのは嫌なのかもしれない。

(とはいえ、このあだ名は実に彼女を正確にとらえていると思うんだけど)

そういう理由で今後も呼び続けそうだった。

「ねえ、見てみて!」
「ん?」

そんな時、連絡通路のほうに入っていた唯が若干興奮気味に大きな声を上げながら戻ってきた。
両手にはアルミ製かどうかは分からないがケースがあった。

「お、もしかして金目の物か!?」
「意地汚く聞こえるぞ、それ」

興味津々で唯に近づきながら声を上げる率に、僕はぼそりとツッコんだ。
それはともかく、唯の持っているケースの中身が気になった僕たちは、ベンチの上に置いて中を見てみることにした。

「ギターだ」

中に入っていたのは茶色を基調にしたボディーでやや小さめなギターだった。

「少し古いけどかなり高そうなギターですね」
「そうだな……値段は分からないけれど、数万はいくと思う」

梓の言葉に頷きながら僕は値段の予想をした。
とはいえ、ほとんど適当だったりするが。

「なぁんだ、つまんない」
「もっと面白いものを期待したのに」

そんな中、あっという間に興味を失ったのか律と唯は不満げに言葉を漏らしながらギターケースから離れていった。

「軽音部なんですからもっと興味を持ちましょうよ!?」
「本当に分かりやすいよな、二人とも」

梓のツッコミに続くように苦笑していると、部室のドアが開いた。
入ってきたのは顧問の山中先生だった。

「あら、懐かしいわね」
「これ、先生のですか?」

梓の手にあるギターに気付いた山中先生の言葉に、梓が尋ねた。

「そうよ、父親の友人にもらったギターなの」
「もしかして、先生は軽音部だったんですか!?」

山中先生の返答に、梓はもしやといった感じで先生に問い掛けた。

「ええ、そうよ。言ってなかった?」

(まあ、言えるわけないけど)

山中先生の軽音部時代はある意味タブー扱いとなっているのだから、話せるはずがなかった。
何せ、話してしまえば、”そういった部分”も触れることになるのだから。

「やっぱりそうだったんですね! 学園祭の時うまいなって思ったんです!」
「まあ、かなりブランクはあったけど今の唯ちゃんよりはうまいわよ」

(久々の尊敬モードだ)

最近はなくなったが、尊敬のあまりに興奮した様子で目をキラキラと輝かせている梓の姿に、僕は懐かしさを感じていた。
最近はしなくなったが、最初はこんな感じだった。
まあ、どちらかといえば変に尊敬されるよりは普通に接してもらった方が僕としてはそれほど苦痛にはならないのでいいのだが。

「今度教えてもらってもいいですか?」
「いいわよ」

とんとん拍子で話が進んでいくが、一つだけ問題があった。

「唯、例のやつを」
「ラジャー」

僕は唯に声をかけてあるものを用意させた。

「梓」
「何ですか? 浩介先輩」

そんな中、僕は梓に声をかけた。

「確かに山中先生は、ギターがかなりうまいから別にかまわないんだけど……」

梓が怪訝そうな表情をうかべる中、僕はそう告げると

「これが学生時代のさわちゃんです」

と言って、唯が卒業アルバムにあった軽音部時代の山中先生の写真を掲げた。

「だけど、いいのか?」
「……やっぱりいいです」

梓の判断は取り下げだった。

「何でよ!!」
「まあそうなるわな」

頬を膨らませている山中先生に、僕は小さな声でつぶやくのであった。










「私物は持ち帰ることになっているので、持って帰ってください」
「えぇ……」

唯からギターを手渡された山中先生は若干戸惑ったような表情をうかべながら、ギターを受け取った。
だが、その表情が一瞬歪んだ。

「うーん……弾く時間がないのよね」
「え? それじゃ、どうするの?」

山中先生の言葉に、尋ねた唯に、先生はギターをもとのギターケースにしまうとそれをベンチのほうに立てかけた。

「これを売って部費の足しにでもして頂戴」
「おぉ、太っ腹!」

山中先生の判断は、それを売るというものだった。

「いや、太っ腹というより……」
「押し付けられてるだけだろ!」

ただ、その真意を見抜いていたのか、澪と律の反応は冷ややかだた。

「でも、いいんですか? かなりいいギターですけど」
「ええ。保存状態も悪いし、ちゃんと弾いてくれる人に買ってもらった方がこのギターも幸せだと思うの」

梓の問いかけに答えた山中先生の言葉には嘘花あった。

「あ、そういえば、楽器店での買取額アップのクーポンがあったから、それ使って」
「おぉ~、浩君も太っ腹だ!」

ふと、僕は自宅に届いていた買取額上昇クーポン(2割)のことを思い出したので、僕は快くそれを提供することにした。
まさか、これが飛渡でもない珍騒動へと発展するとは知らずに。





「さてと、それじゃ行きますか」
「なあ、このケース誰が持つんだ?」

すべての始まりは、律のその問いかけだった。
今日は誰も荷物がやや多めだ。
多めとはいっても、どっさりといった様子は見受けられない。
もっとも唯だけは別だが。
ムギの大量の食器などについては深く考えないようにした。
きっと何らかの方法で持って帰るのだろうから。
それはともかく、問題になっているのは、誰がギターケースを持っていくかということだ。
見つかったギターはレスポールに比べれば重さは軽い方だ。
だが、それも持つのが非力な女子だとそれも大きく異なる。

(まあ、僕が持てばいいか)

唯一の男手なのだから、僕が持っても問題はない。
そんな結論に至った僕は、自ら立候補しようと手を上げようとした時だった。

「だったら僕が――「ちょっと待ったぁ!」――」

僕の声を遮るように律が待ったをかけたのだ。

「じゃんけんで負けたらケース持つゲームやろうぜ!」
「意味が分からない」

律の提案に、僕は速攻でツッコんだ。
いったいどんなゲームなのだろうか?

「いや、だからな。みんなでじゃんけんをして、負けたら決められた間はそのギターを持つっていう遊び。じゃんけんなら公平に……あ」

言葉通りに受け取ったのか、内容を説明する律は何かを思い出したようで言葉を止めた。

「浩介って、心を読むのって使えたりするのか?」
「当然。人の嘘を見抜くのに必要だから常時使えるようになってる」

”魔法”の二文字を口にしなかったのは非常にありがたかった。
部室内とはいえ、出入り口に近いところで口にされるのは非常に危険だ。
軽い魔法を使っているところを見られても、手品や見間違いなどといくらでもごまかしはいくが言葉はそうはいかない。

(まあ、どっちも目撃されれば危険なんだけど)

だからこそ部室では魔法のたぐいの話はあまりしないのだ。

(いつかこの部室に対盗聴盗撮の結界魔法でも展開しておくか)

そんなことを考えているあたり、僕にはもしかしたら隠す気など全くないのかもしれないが。
閑話休題。

「それって、解除は」
「できない。今のように出力を弱めることはできるけど、それでも少しでも集中すれば律たちがその時に強く考えていることは分かる。対策には真逆のことを思えばいいんだけど、そんなことをするのは難しいだろうし」
「それじゃ、ずるじゃないですか!」

梓からもっともな抗議の言葉が返ってきた。

「だったら、目を閉じればいい。僕のこれは目に入った人物の心を読み解くんだから。じゃんけんで全員がグーやチョキを出すまで目を閉じておけばいい」
「それじゃ、それでいこう」

(まあ、一番手っ取り早いのはやらないことなんだけど)

それを言うのはちょっとばかり空気を読んでいないと思ったので、僕は心の中にとどめておくことにした。
そして僕は目を閉じた。

「それじゃ、行くぞー!」
「本当にやるんですか?」

乗り気ではない梓が、律に尋ねる。

「おやおやー、梓ちゃんは負けるのがいやなのかなー?」
「む?! そんなことないです! やってやるです!」

律の挑発に見事乗せられた梓は、いつかの合宿の時に口にした言葉を言い放った。

「それじゃ、最初はグー」

(適当に出すか)

律の掛け声を耳にしながら、僕はそんなことを考えていた。

「じゃんけんポンっ!」

そして僕は適当にグーの手を出すのであった。

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第108話 寝言と掃除

新入生の勧誘をやめ、時期は早くも4月下旬となった。
5月の初めにはゴールデンウイークという、大型連休がある。
クラスメイトも、この連休はどうするのかという話しで持ち切りだ。
やれ遊びに行くとか、家族旅行だとかそういったのが主だったが。
もっとも部活がある人にとってはあまり意味がなかったりもするわけだが。
ちなみに軽音部もその例にもれず、部活は行うとのことだが、はたしてちゃんと練習をするのかどうかもわからない状況だ。
それはともかく、この日もいつものように放課後を迎えた。

「ムギ、浩介。早くいくぞ」
「わかってる」

律の催促に応じながら、僕は荷物を素早くまとめていくと鞄とギターケースを手に律たちのほうへと足を向けようとしたところで、ふと違和感を感じた。

「あれ、今日の日直はムギだったか?」

黒板に書かれている文字(6限が英語だったので、書いてあるのは当然英語だ)を消しているムギに、僕は首を傾げながら尋ねた。
僕の記憶が正しければ、この日の日直は唯だったはずだ。

「ううん。本当は唯ちゃんなんだけど」

僕の疑問に困ったような笑みを浮かべたムギが見ている方向に視線を向けると、そこには机に突っ伏して眠っている唯の姿があった。

「お昼からずっと眠ってるの」
「って、おい!」

眠ってる唯の姿を見た律が、盛大にずっこけた。

「さっきからずっと起こしてるんだけど、なかなか起きないのよ」

(後ろ側から聞こえていた寝息は、唯の物だったのか)

「ほら唯、起きろ。放課後だぞ」

律はは唯の席まで移動すると軽く唯の体をさすって起こそうとした。

「むふふー、ダメだよ、浩君。そんなところは~」
『…………』

唯の寝言に教室中が沈黙に包まれた。
そして自然と視線がこちらに集まってくる。

「な、なに?」
「お幸せに~」
「あらあら、まあまあ★」

視線に耐えかねて口を開いた僕にかけられるのは、ある意味罵倒されるよりもつらいものだった。

「そこ! 意味深な言葉を投げかけるな! それとうっとりとした表情で見ないで!」

なんだか最近自分のペースが乱されてばかりのような気がする。

「ヒューヒュー、この色おと―――――ごふぁ!?」

有無も言わせずにからかってくる慶介を黙らせた。

「というか、唯も起きろ! いったい何ちゅう夢を見てるんだ!!」
「大丈夫だよ。今日は日曜日」

体を先ほどよりも激しく揺らしても唯が起きる気配はなかった。

「浩介、ものすごくいい案を思い出した」
「一応聞くけど、目覚めのキスをしろとかじゃないよな?」

万策尽きたところで、律から頼もしい言葉がかけられた。
だが、その表情にある笑みが無性に気になった僕は、律に尋ねた。

「……もちろん」
「何、今の間は?」
「唯、ケーキだぞ!」

僕の問いかけに頷くまでに開いた間に僕は追究しようとするが、それを無視して律は”いい案”を実行した。

「そんなので起きるわけが―――」
「う……ん」

声掛けだけで起きる訳がないとたかをくくっていた僕の言葉を遮るように、唯は体をもぞもぞと動かすとゆっくりとした動きで上半身を起こした。

(お、起きた!?)

まさか起きるとは思っていなかったので、僕の驚きはとてつもないほどに大きかった。

「……ケーキない。嘘つき」

だが、寝ぼけたような目で周囲を見渡した唯は、ケーキがないことがわかるとそのまま眠りについてしまった。

「なっ!? ムギ、本物のケーキを!」
「ラジャー!」

(もう諦めろよ)

僕はため息交じりに心の中でつぶやいた。

「こうなったら、最終奥義だ。平沢さん、愛しのこう――「寝むってろ」――ありがとうございます!」

いつの間にか気を取り戻していた慶介が、馬鹿げたことを言おうとしていたため、僕は裏鉄拳で慶介を沈めた。

「あ、いたいた」

そんな中、ふと聞こえてきたのは担任であり顧問でもある山中先生の声だった。
すれ違うように教室を後にしていく生徒に声をかけながらこちらのほうに歩み寄るそのさまは、猫かぶりなのか、それとも巣なのかは言うまでもないだろう。
簡単に言えば、教師らしい教師の姿だった。

「あなたたち、この間化した着ぐるみなんだけど、そろそろ返してもらえないかしら。演劇部のほうで使うみたいなの」

(いったい何に使うつもりだろう)

何度も見た着ぐるみに、僕は純粋に疑問がわいた。
普通に考えれば演劇なのは間違いないが、どういった演劇の内容になるのかが非常に気になった。

「そういえば、この間の勧誘で使った後、どうしたんだ?」
「うーん……あれだったら、確か使わなくなったから部室のほうに置いてあったはずだけど」
「返せよ。借りものなんだから」

澪の問いかけにあごに手を添えて思い出すようにつぶやく律に、僕はため息交じりに言った。

「それじゃ、早く部室に行くわよ」
「あれ、山中先生もついていくんですか?」

先導する形で歩き出す山中先生に、澪が尋ねた。

「ええ。演劇部の子に渡さないといけないし、なんたって顧問だからね」

顧問の部分で胸を張る山中先生は、ある意味すごい教師かもしれない。

「それじゃ、部室へ出ぱーつ!」
「あ、待てよ律!」

ずんずんと進んでいく律の後を追うようにして、澪都立に山中先生は教室を去って行った。

「ムギはどうする? もしなんだったらこっちのほうで日直の作業を引き受けるけど」

本来は唯がやるべきだが、本人はおそらく起きないと思うので、誰かが代わりにやるしかない。
ならば、一応恋人である僕がやるのが筋というものだろう。

「ううん、大丈夫よ。私ね、友達の日直の作業を手伝うのが夢だったの。だからこんなに早く夢がかなってうれしいの♪」
「そ、そう」

ムギはいろいろな意味で幸せな人なのかもしれない。

「だから律ちゃんのほうに行ってて」
「……わかった」

テコでも意見を変えなさそうだったので僕は素直に頷くと、鞄の中からメモ帳を取り出すとそれを一枚破って、走り書きをしていく。

(『こら! 授業ぐらい、まじめに受けろっ。先に部室に行ってるぞ』でいいか)

前半で戒めの言葉、後半で本当の要件を書いておいたメモを僕は唯の机に置いておくとそのまま教室を後にするのであった。










「あれ、浩介」
「着ぐるみは?」

部室に到着した僕に気が付いたのか、こちらのほうに視線を向けながら名前を呼ぶ澪に、僕は本地を切り出した。

「それだったら……」

僕の疑問に、澪は視線を横に移動させる。
その先にいたのは律だった

「あ、そうそう。ここに入れておいたんだった」

何かを考えている様子の律は、ぬいぐるみを置いていた場所を思い出したのか音楽室と部室をつなぐ連絡用の通路であるドアのほうに歩み寄っていく。
そしてドアを開けた瞬間、僕たちはその光景に言葉を失った。
別に、そこが異界化しているわけでもゾンビが群がっているわけでもない。
あるのは段ボールや本といったものが無造作に積み上げられている惨状だった。

「なにこれ?」

山中先生がそう問いかけたくなるのも当然だった。
そんな中に律は気にすることなく入ると、段ボールの山の一部に腕を突っ込んだ。

(なんだか、嫌な予感がするんだけど)

無謀さに積み上げられたダンボール。
そしてその間に手を突っ込む律。
まさかとは思うが、べたなことにはならないだろうと思いたいが、念のために一歩内側に下がった。

「あった!」

そう言ってぬいぐるみを取り出すと僕たちに見えるように掲げたた律だったが、取り出した拍子に積んでいた箱がバランスを崩して一気に崩壊を始めた。

「ぎゃああああ!!」

崩れ始めた瞬間に素早くドアを閉めた僕は、中から聞こえる断末魔をただただ聞いていた。
そして中の騒音が止んだところで、僕はゆっくりとドア開けると中から豚の置物が転がってきた。

「律、大丈夫か? 大丈夫なら返事しろ。大丈夫じゃないのなら言って」

段ボールに埋もれた倉庫と化した連絡通路内に向けて呼びかけた。

「それってどっちも同じ意味にならないか?」
「いや、わかってるから」

真剣な面持ちで指摘してくる澪に、僕は即答で答えた。
それはともかく、一刻も早くジャングルと化した連絡通路から目的のもの(プラス律)を探し出さなければいけない。

「おう?」
「見つかったのか?!」

段ボールの隙間から布のようなものが見えた僕は、それを引っ張った。

「ぬいぐるみが出てきました。とりあえずこれを返してもらっていいですか?」
「いいけど、律ちゃんは?」

山中先生が求めていた犬のぬいぐるみを手渡すと、山中先生は心配そうに尋ねてきた。

「はい。すぐに救出しますから」
「それじゃ、お願いね」

僕の答えを聞いて、山中先生はそう告げるとぬいぐるみを片手に部室を後にするのであった、

「さて、救出しますか」
「どうやってするんだ?」
「そんなの、決まってるじゃないか」

気合を入れる僕に不安そうな表情を浮かべて聞いてくる澪に、僕は当然だといわんばかりに答えると段ボールの一つを持ち上げる。
そしてそのまま部室のほうにもっていった。
さらに通路内にあるダンボールを持ち上げると部室に運ぶのを繰り返していく。

「なんというアナログな」

いったい何を期待しているのかが微妙に気になったが、僕は黙々と段ボールの運搬をしていく。

「出てきた」
「律?! 大丈夫か!」

とりあえず部室のほうに引きずり出すと、澪が慌てた様子で声をかけた。
だが、返事がない。

「浩介! 救急車を呼んで!」
「落ち着け、脈はある。ただ気を失っているだけだ。少し寝かせておけばすぐに気を取り戻す」

命の危機だと勘違いしたのか、取り乱した様子で迫ってくる澪に僕は安心させるように告げた。

「そ、そうなのか……よかった」
「………」

ほっと胸をなでおろしている澪の姿に、律と澪がどれほど仲がいいのかを狭間見たような気がした。

「さて、問題はどう運ぶかだけど」

さすがにここで寝かせるわけにはいかないのでベンチのほうに運ぶ必要がある。
だが、問題は僕が運ぶとなると完全にお姫様抱っこのような感じになることだ。
背負うとおろす際にものすごく面倒になる。
ただし、これをするとなると問題は

『浩君、一体何をしてるのかなかな?』

満面の笑みを浮かべて詰め寄る唯の姿が浮かんだ。
不要なトラブルを避けるには、やらないことが一番。
だが、そういうわけにもいかないので僕がとった行動は

「澪、律を運ぶから足を持ってくれる?」
「わ、わかった」

澪に手伝わせることだった。
腕のほうであれば唯も妬きもちをやくこともないだろうし、見てはいけないものを見る危険性もなくなる。
まさに最善の策だった。
こうして、無事に律をベンチのほうに運ぶことができた。

「こんにちは……って、どうしたんですか!?」
「ああ、梓。実はな」

ちょうどいいタイミングで部室を訪れた梓が、部室の惨状に驚きをあらわにしたので、澪が一連の事情を説明してくれた。

(今のうちに、あそこの荷物を全部こっちのほうに持ってくるか)

これもいい機会なので掃除をすることにした僕は、連絡通路内の段ボールなどを部室に移動させることにした。










「――――ということで、これから掃除をします!」
「「えぇ……」」

それから少しして、ようやく起きたのか寝癖を付けた状態で部室にやってきた唯と、意識を取り戻した律に掃除をする旨を告げると嫌そうな表情を浮かた。

「そんなに掃除がいやなのか?」
「だって……」
「私たちは」

その言葉に、唯と律が手を取り合うとささっと窓際のほうに移動して、

「「三度の飯より掃除が嫌いだ!!」」
「どういう意味だっ!!」

二人の口にした妙な格言に澪が全力でツッコんだ。

「そもそも、ここの掃除は音楽室の掃除当番がするんじゃないのかよ?」

律の反論に唯も腕を上げて賛同した。

「それはそうなんだけど……」
「こんな私物だらけの掃除を頼めるわけないだろ」

律のもっともは反論にが弱くなる澪をフォローするべく僕が代わりに答えた。

「だらけというより、全部私物ですけど」

僕の言葉に反応した梓は、すでに掃除を始めていた。

「うん、確かにっ!」

腕を組んで頷く律の姿はあきれを通り越して清々しささえ感じた。

「しょうがない」

だが、ようやく律たちはやる気を起こしたようで律は段ボールの山を、唯はカエルの置物を手にすると連絡通路のほうへと向かった。

「せっかくしまっておいたのに」
「おいこら、何平然と元に戻そうとしてるんだ!!」

自然な動作で連絡通路に置こうとする二人に一喝した。

「ちぇ、何とかごまかせると思ったのに」
「……一遍、この世の物とは思えない痛みを味わった方がいいかな?」

律の悔しげな表情に、僕は笑みを浮かべながら問いかけた。

「しょうがない。まじめにやるか」
「最初からそうしてくれ」

ようやくやる気を起こしてくれた律に、僕は心の底から思いながら答えるのであった。

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第107話 結果

新歓ライブも無事成功という、最高の結果で幕を閉じた。

「ぷはぁ! 今日のライブはとても良かったな!」
「梓と唯と浩介の絡みもばっちりだったしな」
「本当ですか!」

互いに労う中、僕はといえばあまり釈然としていなかった。

(唯のやつ、やるなといったのにやるんだもんな)

原因は唯が最後の曲である『ふわふわ|時間タイム』で行った演奏方法だ。

「まあ、肝心の唯が完全に燃え尽きているけど」

そんな律の指摘通り、机に突っ伏している唯の姿は、某ボクシング漫画の主人公のごとく真っ白に燃え尽きていた。

「ウィンドミルなんてするからだ」

ぐるぐると腕を振り回していた唯に、会場中がざわついたのは記憶に新しい。
それがいいのか悪いのかは定かではないが。
「だめですよ先輩。これからビラ配りに行くんですから」
「えぇ~!? あずにゃんの鬼ー」
抗議をするも梓に引っ張られていく唯は、そのまま部室から去って行った。。





それからさらに数日が過ぎた放課後。
この日も新入部員を獲得するべく、待っていたが来る兆しは一向になかった。

「来ませんね……」

机に突っ伏すように顔を載せていた梓が力なくつぶやいた。

「まあ、まだ時間はあるから」
「今月いっぱいは様子を見よう」
「そうですね」

澪と僕の言葉に、梓は力なく笑みを浮かべると席を立った。

「ビラ配り?」
「あ、いえ。ちょっとお手洗いに」

ムギの問い掛けにそう答えた梓は、そのまま部室を後にした。

「後でもう一度、みんなでビラ配りに行ってみるか」
「そうだな」
「行くんなら、普通の格好で頼むよ」

ビラ配りに行くことを提案した律に、僕は心からそう頼んだ。
あのぬいぐるみは確実に逆効果になるのは確実だ。

「うーん」
「どうしたんだ?」

そんな中、一人腕を組んで唸り続けている唯に、僕は問い掛けた。

「ちゃんと入ってきやすいようにしておいたんだけどな」
「………」

唯のボヤキに、僕は無性にやな予感を覚えた。
ろくでもないことをしているのではないかという、予感が。
自分の恋人にそのような疑いをかけてしまうのは少しばかり気が引けるが、唯ならばやりかねないのだ。
そんなことを思っていると、ドアが大きな音を立てて開け放たれた。
見ればお手洗いに行ったはずの梓が、血相をかいた様子で戻ってきいた。
その脇に抱えられている置物が、いやでも目に入った。

「唯先輩! これを片付けてください!!」
「あぁ~、私のケロ~」

それはカエルの置物だった。
お世辞にもかわいいとは言えない置物の首元には『ようこそ、軽音部へ!』と書かれたボードがかけられていた。
どうやらこれが唯の言う”入りやすい方法”らしい。

「唯、この置物はやめておけ」
「ぶーぶー、浩君とあずにゃんのケチ」

僕の指示に、唯が頬を膨らませながら抗議をしてくるが、僕はそれには取り合わなかった。

(あれ? そういえば梓はお手洗いに行ったんじゃ?)

そんな疑問が頭をよぎったが、さすがに聞くのはまずいので頭の片隅へと追いやった。
だが、梓はすぐさま部室を後にしたので、おそらくはお手洗いに行ったのだろう。





「そういえば、浩介先輩ってもしかして入部希望者の人を門前払いにしてませんか?」
「なに? 藪から棒に」

梓が戻ってきて少ししてから突然聞かれた言葉に、僕は首をかしげずにはいられなかった。

「実は純が”浩介先輩が、入部希望者を次々に切っている門番だ”みたいなことを言っていたので」
「どうやら彼女とは今一度、話をしなければいけないようだな」

梓の言葉を聞いた僕は、指の関節をぽきぽきと鳴らしながらつぶやいた。

「お、落ち着けって!」
「そ、そうですよ! いくら純でもそれは危ないですから!」
「冗談のつもりで言ってたんだけど」

冗談のつもりで言ったはずが、なぜか律たちがものすごい勢いで静止してきた。
この二人がふだん僕のことをどう思っているのかがわかりやすかった。

「それで、その噂って本当なの?」
「本当だけど」

そして麦の改めての問いかけに、僕は隠さずに答えた。

「あっさりと認めた!?」
「って、何をやってるんだよ!」
「そうですよ! せっかくの入部希望者なのに!」

すんなりと僕が認めたことに驚きをあらわにしている澪をよそに、律と梓が僕を問い詰めた。

「普通の入部希望者だったらいいんだけど、普通じゃない奴らばっかりだったから」
「どういうこと?」
「楽器経験もないくせに経験者だとか、明らかに特定人物と組むのを狙っているような嘘をつくし」

あまりにもわかりやすいウソのため、ため息すら漏れてくる。

「でも、それくらいだったら平気でやってるやつもいたぞ」
「…………」

誰がとは言わなかったが、視線を唯のほうに向けていたのでおそらくは唯だろう。

「そういうやつを簡単に言うと……」
「言うと?」
「”澪たん萌え萌え~”とか、”あずにゃんぺろぺろ~”とか言ってるような連中」
『……』

僕のたとえ話に、全員が目を細めて僕のことを見ていた。

「な、なに?」
「い、いやぁ~浩介の口からそんな単語が出てくるなんて思ってもいなかったから」
「一応念のために言うけど、例えであって僕が言っている言葉じゃないからな?」

苦笑を浮かべる律の言葉に、僕は念押しするように言った。

「それはともかく、こんな奴らと一緒に部活をしたいと思う?」
「「絶対にいや!(です)」」

答えはすぐに出たようだ。

「だからそうならないように、振り分けただけ」
「そうだったんですか」

事情を説明すると、梓は納得した様子で頷いていた。
結局この日は、入部希望者が来ることはなかった。










「なあ浩介」
「なんだ?」

数日後の放課後。
部室に行こうとした僕を呼び止めるように声をかけてきた慶介のほうに、面倒くさいと思いつつも顔を向けた。

「俺は今、とても重大な問題を抱えているんだ」
「問題? それはいったいなんだ?」

慶介の表情から、ふざけた内容ではなく真剣なものであると悟った僕は、慶介に詳しく話を聞尋ねた。

「それはだな」
「それは?」

かなりもったいぶっているが、それだけ緊張感が増していく。

「浩介が俺に構ってくれる時間が、日を追うごとに減っているということだ!!」
「……………」

慶介の言葉に、教室が一瞬凍りついた。
まるで氷点下の世界へと紛れ込んだような冷たさを感じた。

「新入部員獲得で忙しいのは分かるけど、もう少し俺にも構っても――「高の月武術・圧っ!!」――ゲボルビン!?」

慶介が言い切るよりも早く、僕は体術(正確には魔法を使用した体術だけど)で慶介を吹き飛ばした。

「何が重大な問題だっ!」
「な、なんだか、最近この鉄拳制裁が快感になりつつある、俺だった……ガクッ」

そんな背筋の凍りつく言葉を残して慶介は気絶した。

「そろそろ、こいつをどこかに隔離でもした方がいいかな」

腕を組みながら、そんなことを考えてしまう。

「この時、慶介とあのような関係に至ってしまうということを、彼はまだ知らないのであった」
「おいこらそこ! 勝手なナレーションを入れるな!!」

おかしなナレーションを入れてきた、明るい茶髪のロングヘアーのクラスメイト(確か立花さんだったような気がする)に、僕は声を上げた。

「本当に仲がいいよね、二人とも~」
「頼むから、変な目で見ないで。というか勝手な妄想は絶対にしないで、佐伯さん」

どういう縁か、今年も同じクラスになった佐伯さんに、僕は必死に懇願した。

「わかってるわかってる」

(絶対にあれは分かってない)

たぶん口だけだと思いながら、僕は部活に向かっていく佐伯さんを見送るのであった。

「お幸せに~」
「おいこら! にやにやしながら言うな! というか、慶介と僕の関係を勝手に解釈……ってこら、人の話を聞けっ!!」

にやにやと笑みを浮かべながら意味深な言葉を残して去って行く立花さんに、ツッコむがそれを聞くことなく立花さんは教室を去って行った。

「っと、そうだった。早く部室に行かないと」

なんとなく、変な目で女子に見られそうな気がしていた僕は、また律に文句を言われるのも嫌なので、早々に教室を後にするのであった。










「今日も来ないな」
「これ、今月中に来なかったらあきらめた方がいいぞ」

夕日が差し込む部室で、ぽつりとつぶやいた澪の言葉に、僕はいつの日にか言ったことを口にした。
梓は用があるのかまだ部室に来ていない。

「そうだな……にしても、何か悪いことをしたかな?」

(しまくりだろ)

律の漏らした言葉に、僕は心の中でツッコんだ。
不気味なぬいぐるみや、かなり違うがデート商法の手口のような勧誘方法などなど。

「でも大丈夫よ、きっとなんとかなるって」
「いつも前向きなのがすごいよなムギは」
「ありがとう、高月君」

いろいろな意味を込めて感心しながらつぶやいた僕の言葉に、ムギが笑顔でお礼を言ってきた。

「こうなったら、虫取り網大作戦で部員を獲得するか!」
「………律、それはどういう作戦だ?」

律が提案した作戦に、澪が内容を尋ねた。

「それはだな、新入生を虫取り網で捕まえて―――」
「それじゃ、ただの拉致だろ!」

作戦の内容を聞いた僕は、思わずツッコみを入れてしまった。

「それじゃ……――「私はこのままでもいいと思う」――はい?」

律の言葉をさえぎるようにして告げられた言葉に、全員が唯のほうへと視線を向けた。

「今はあずにゃんがいないけど、こうして6人で集まってお茶を飲んだりお話をしたり、練習をしたりするのってとても楽しいと思うんだ。だから、このままずっと6人でいいと思う」
「……放課後ティータイムは6人。それ以上でも以下でもない、か」
「それでいいか。1年のうちに部員のことは考えようぜ」

唯の言葉は、もしかしたらただの諦めた言葉にも聞こえるかもしれないが、もしかしたら最善の選択だったのかもしれない。
それは目には見えないものだが、いつの日にかはっきりとわかる日が来るはずだ。
とはいえ、このまま何もしないというのはだめだが。

「あなたたち、一年は短いわよ?」
「え? だって、365日もあるのに……あ、もう何日かすぎちゃった」

山中先生の重みのある言葉に反論する唯の言葉は、唯らしいものだった。
きっとそれがわかるのはかなり先になるような気がする。

「そういえば、ムギ今日のお菓子は?」
「タルトを持ってきたの」

律の問いかけに、ムギは笑みを浮かべながらケーキが入っている箱を取り出した。
中に入っていたのはイチゴやバナナなどの7種類のケーキだった。

「あ、あずにゃんはバナナだと思うんだ。だからバナナは取っといてあげよう」
「それじゃ、私は―――」

唯の言葉を受けて、全員が好きな味のケーキを手にしていく。
ちなみに僕は、狙っていたかのように用意されていたチーズタルトを選んだ。

(にしても、一体ドアの前にいる奴はいつになったら入ってくるんだろう?)

先ほど(とはいっても、唯が新入部員の勧誘をやめることを口にしたあたりだけど)から感じる梓の気配に、僕は心の中で首を傾げながらチーズタルトに口を付ける。
そこで、ドアが開いて梓が姿を現した。

「「っ!? げほっ! ごほ!」」

その梓の姿を目の当たりにした律と唯が、大きく咳き込んだ。
それは口の中の物を噴き出さないだけ、ましだったのかもしれないと思えるほどの驚きようだった。

「ご、ごめん! すぐにビラを配りに行くからっ」
「ムギ先輩、ミルクティーをください。後、バナナタルトも」

慌てて席を立った唯が、梓の横を通り抜けた時に、梓が珍しく自分から紅茶とお菓子の催促をした。

「私、今年はこの5人でやりたくなりました」
「梓……」

唯の話を聞いて、彼女の中で何らかの心境の変化でもあったのかもしれない。
それがどういったものかまでは、僕には分からないが。

「あずにゃ~―――」
「唯先輩、これからはもっと厳しくいきますからね」

そんな梓の言葉に感動したのか、いつものように抱き付こうとしたところで、唯のほうに振り向いた梓がきっぱりと宣言した。

「はい、ギター出して」
「え?」

その梓の言葉に、唯はぴたりと両腕を前に突き出した姿で固まった。

「そりゃそうなるわな」

新入部員の獲得をやめればそこから生じた時間が、練習に回されることになるのは当然のこと。

「こ、浩君?」
「その視線は、助けてとでも言いたいのか?」

僕に救いを求めるような視線を投げかけてくる唯に聞いてみると、必死に首を上下に振って頷いた。

「梓、せっかくなんだからケーキでも食べたらどうだ?」
「浩君!」

それを受けて僕の言葉に、唯が明るい表情を浮かべる。

「でも、浩介先輩」
「そのあとに練習をすればいいんだし」

あまり浮かない顔をする梓に、僕はそうつづけた。

「それもそうですね」

その僕の言葉を聞いた梓は、先ほどとは打って変わってすんなりと頷いた。
一方唯はといえば、裏切られたといわんばかりに固まっていた。
かと思えば、僕たちに背を向けて

「やっぱり、新入部員カモ~ン!!」

と、いう切実なる願望を口にしていた。
これが、新入部員獲得を目指していた僕たちの顛末であった。

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