僕たちは新たなクラス『3-2』の教室にいた。
席は出席番号順で、すでに荷物は置いてある。
律たちはムギの席の周りに集まっていた。
(にしても、みんなが同じクラスだなんて)
このような偶然はどうすれば起こるのかが気になった。
「浩介! おは―――ぎょわぁ!?」
「気安く呼ぶな……って、慶介か」
考えているところにいきなり名前で呼ばれた僕は鉄槌を放ったところ、相手が慶介であることに気付いた。
「は、ははは。初日早々にいいのをもらいそうになった」
「なにをオーバーな。ただの正拳突きだろ」
ただ少しだけ魔力を纏わせて攻撃力を増幅させているけど。
「”ただの”じゃないから!ただでさえ浩介は――「ねえねえ、見て見て!」――って、聞けよおい!」
唯の声に、僕は何やら熱弁している慶介を無視してムギの席の方に向かった。
「って、真鍋さんも同じクラス?」
「ええ。偶然ってあるものね」
苦笑しながら相槌を打つ真鍋さん。
彼女もまた、このクラスなのだ。
「いいクラスだよね~」
幼馴染と一緒のクラスだったことに喜びをあらわにする唯。
「うげっ!? 生徒会長……」
「……人の顔を見るなり”うげっ”とは何よ」
後ろから来た慶介の言葉に、真鍋さんがジト目で慶介に、言い返した。
「あれ? 和ちゃんと佐久間君は知り合い?」
「なんでも生徒会メンバーらしい」
慶介と真鍋さんが知り合いなのが不思議なのか、首をかしげる唯に僕は慶介から聞いたことをそのまま説明した。
「え!? そうだったんだ」
「全く知らなかった」
「……その驚き方はひどくねえか?」
そんな僕の説明に驚きをあらわにする律たちの反応に、慶介は少しばかり傷ついた様子でツッコんだ。
「こう見えても、俺は生徒会副会長なんだぞ!」
「……えぇ!?」
「賄賂にでも手を染めたのか?」
初めて知った慶介の衝撃的な真実に、僕たちは驚きを隠さずにはいられなかった。
「ちょっとひどすぎませんか!? ちゃんと適正な手続きで選ばれましたよ!」
「そ、そうだったんだ。悪い、慶介が副会長だなんて想像できなくて」
「ったく」
謝る僕に、慶介はため息交じりに呟いた。
「慶介のことだから人の弱みに付け込んで副会長になったんだとばかり」
「それ謝ってるのかどうか微妙だ! というより、俺の扱いひどすぎやしませんか、それ!?」
「何だか騒がしいクラスになりそうね」
そんな僕たちの様子を見ていた真鍋さんは苦笑しながらつぶやいた。
「まあ、あのバカが変なことをしたら僕に言って。必要とあらば――」
「って、俺を無視するなっ!」
真鍋さんのつぶやきに相槌を打っていた僕に、慶介が声を荒げた。
「ええいっ。こうなったら、浩介の恥ずかしい話を――――げふぁ!?」
「こんな風に鉄槌を下すから」
「か、考えておくわ」
とりあえず鬱陶しい慶介を力づくで黙らせておくことにした。
「それにしても、狙ったように一緒になったな」
そんな慶介から視線をそらすように澪がお退いた様子でつぶやいた。
「はっ!? まさか生徒会パワーで?!」
「生徒のクラス配置を決めるほど生徒会に権力はない」
律の推測に、僕は首を横に振って否定した。
というより、あってたまるか。
「だとすると、そんなことができるのは……」
「はい、みなさん。席についてください」
澪の言葉を遮るようにして教室に入ってきたのは、山中先生だった。
(まさか……)
なんとなく予感を感じた僕は足早に自分の席に着く。
「このクラスの担任になりました、山中さわ子です」
黒板に見えやすく名前を書いた山中先生は、自己紹介をしつつ簡単な挨拶をした。
(やっぱり担任だったんだ)
初めての担任ということで、少しだけ不安ではあるが、山中先生ならなんだかんだ言って乗り越えそうな気がする。
クラスの人たちも好意的だったのが、その証だ。
そんな中、僕の前の席に座っている律は何やらその前の生徒と話をしていた。
「田井中さーん」
「は、はひぃ!?」
そんな律に、山中先生が声を掛けた。
「私語は辞めてくださいね」
「す、すみません」
恐怖なのか、それとも素なのか。
慌てた様子で立ち上がった律に、山中先生は困ったように微笑みながら注意した。
その姿は軽音部の過去を感じさせない物だった。
そしてHRでは自己紹介に費やされることになるのであった。
「先生、すみません」
HRが終わり、職員室に戻っていく山中先生を律が呼び止めた。
「何?」
「ちょっと聞きたいことが、あるんですが」
山中先生に気を使っているのか、律は改まった口調で話しながら先生の元まで歩み寄った。
僕たちもその後に続く。
「このクラス分けってさわちゃんが?」
「そうよ。私がお願いしたの」
律が投げかけた疑問に、山中先生はすんなりと認めた。
「それって、完全に職権乱用ですけど」
「何よ。嬉しくないの?」
僕の指摘に山中先生は頬を膨らませて反論してきた。
「私も名前を憶えないといけない生徒が減るし♪」
「おい。今、本音が漏れたぞ」
ある意味山中先生らしい理由だった。
「私はすっごく嬉しいよ! ありがとう、さわちゃん」
「唯は少し落ち着け」
そんな中、律が一人興奮している唯の肩に手を乗せて落ち着かせた。
「だって、高校最後の年を皆で一緒にいられるんだよ!」
「一緒だけど、進路とかはあるからな」
若干現実逃避をしている唯の様子に、僕はこの先待つ現実を口にすると全員が項垂れた。
「でも、いいと思うよ! だって、一緒に学園祭で出し物ができるしたくさんお話ができるし、テスト勉強を教えてもらえるし、宿題を写してもらえるし、浩君と一緒にいられるし」
「おいっ。こら!」
指を折りながら、楽しそうに口にする唯だったが、後半でものすごいことを言っていたため僕は慌ててツッコんだ。
「今さりげなく惚気ましたね」
そんな僕に、律たちはジト目で呟く。
「………もうそろそろ始業式が始まるから早く移動しなさい」
「はーい」
「またあとでね、さわちゃん」
山中先生の言葉に頷いた唯たちは講堂に向かって歩き始めた。
表面上は笑顔だが口の端がかなりひくついていた。
(少し自重した方がいいのかもしれない)
このまま教室で爆発されたら、とんでもないことになるのは必至だ。
まあ、唯を前に自嘲という言葉はないにも等しいのではあるが。
そんなこんなで、僕も足早に行動へと向かうのであった。
「どうしたんだ?」
講堂に向かう途中で、通路の端の方でしゃがみこんだ唯に、僕は声を掛けた。
「見て見て!」
「桜の枝か……」
唯が掲げたのは何の変哲もない桜の木の枝だった。
「よしっ。浩君、早く早く―」
桜の木の枝をポケットに入れた唯は立ち上がると僕に早く来るように促してきた。
「って、何が”よし”なんだよ!?」
僕はそんな彼女を追いかけて行くのであった。
始業式は主に校長先生の”ありがたいお話”と校歌斉唱だった。
とはいえ、前者の方が9割の時間を有していたという点はお察しだ。
(仕分けされたら確実に校長の話は縮小させられるよな)
某所で某人物が行っていた仕訳の姿が脳裏をよぎった。
その長さは、よくも数十分にわたって永遠と話せるほどの内容があるなと、感心してしまうほどだった。
そんな始業式も終われば後は簡単な連絡事項を伝えられて解散。
あっという間に放課後を迎えることとなった。
「うーん」
「どうしたのよ、唯?」
そんな中、先ほどから横で両腕を組みながら唸り続けている唯に、真鍋さんが不思議そうな表情で声を掛けた。
「あ、和ちゃん! あのね、あと一本で1ダースなんだよ!」
そう口にする唯の席には確かに桜の木の枝が11本あった。
(というより、なぜ集めるんだ?)
「そう。それじゃ、私は生徒会室に行くわね」
「うん。また明日ね」
(………)
唯も唯でかなりあれだが、真鍋さんも大概かもしれない。
興味なさげに相槌を打つ真鍋さんに、僕は思わずそんなことを思ってしまった。
「唯、部活はいかなくていいの?」
「あ、そうだった!」
本気で忘れていたのか席を立ちあがる唯に、僕は思わず苦笑してしまった。
「しっかりしなさいよ。このままだと来年は廃部になるわよ」
「あ……そうか」
真鍋さんに指摘されたことで、抜けていたのか重要なことを思い出したようだった。
僕たちが卒業すれば後輩である梓だけになってしまう。
最低5名の部員がいなければ、その部活は廃部となる。
今月いっぱいは廃部か否かの境目と言っても過言ではない。
「それじゃ、私は生徒会室に行くわね」
そう告げて、僕の方に顔を向けると意味ありげに頷いた。
なんとなくではあるが、真鍋さんが何を言いたいのかがわかったような気がした僕は、頷くことで返事を返した。
「浩介! 久々に遊びに――ぐえ!?」
僕たちの前から真鍋さんが離れたのを見計らってか、声を掛けてきた慶介の首根っこをつかんだのは真鍋さんだった。
「あなたも一緒に生徒会室に行くの」
「か、勘弁してくだせえ! 今日だけは、今日だけはぁ!!」
「そんなこと言って明日からも逃げるんでしょ。あなたは副会長なんだから―――――」
慶介と真鍋さんは、何やら言い合いをしながら教室を去っていった。
「二人とも仲良しだね~」
「まあ、あれはあれでいいコンビなのかも」
和やかな口調でつぶやく唯に、僕も頷きながら相槌を打った。
「ほら、僕たちも行くよ」
「そうだね! 私たちが頑張らないと、あずにゃんが一人になっちゃうもんね!」
唯も唯でしっかりと先輩をしている。
そうでなければ、後輩の心配などできるわけがないのだから。
まあ、子供っぽいところがあるのが玉に傷だが。
「よーし、頑張るぞー。おー!」
そして唯は気合を込めて右腕を天に向けて突き上げるのであった。
「お。遅いぞ、二人とも~」
「ごめんごめん~」
部室に入ってきた僕たちに掛けられた言葉に、唯は悪びれる様子もなく謝った。
律の言うとおり、僕たちが一番最後だったようで、僕たち以外のメンバーはすでに集まっていた。
「あ、そうだ。あずにゃん。ちょっとこっちへ」
「は、はい。何ですか? 唯先輩」
唯に呼ばれて、椅子から立ち上がると、おずおずと僕たちの方に歩み寄ってくる梓に、
「あ~ずにゃん! 二年生になれてよかったね~!」
「にゃ!? それは、どういう意味ですか?!」
いきなり抱きついてお祝いの言葉を投げかける唯に、梓は驚きながら相槌を打った。
「それにしても、梓は二年になっても変わらないよな~」
「律先輩にだけは、絶対に言われたくありません!!!」
いたずらっ子の笑みを浮かべながらかけられた言葉に、梓は自分の身体の一部分(あえて場所は言わないでおく)を隠して猛反論した。
「おやおや~? 私はそこだとは言ってないぞー」
「思いっきり見てたじゃないですか!!」
にやりとほくそ笑みながら言い返す律に、梓も負けじと応戦する。
(子供か。お前らは)
思わず口に出しそうになるのを僕は何とか心の中に留めることにした。
「浩介先輩はどうですか!」
「は? 何のことだ?」
少しばかり考えているうちに、状況は大きく変わっていたようでそれにうまくついて行けなかった僕は、聞きかえすしかなかった。
「浩介は、胸が大きいほうがいいと思うか? それとも小さいほうがいいか?」
「……………………」
そんな僕に律が話してくれた内容は、僕にとってはどうでもいいほどくだらないものだった。
しかも静観してた澪やムギに唯までもが、僕の答えを固唾をのんで見守っていた。
「知らん」
そんな中、僕が出した結論はどちらも選ばないことだった。
「卑怯だぞ!」
「そうですよ!」
そんな僕の結論に、律と梓が異論を唱えた。
「そんなことを選んで何の意味が? 変な軋轢みたいなものを生むだけだろ」
「む……これ以上ないほどの正論だ」
僕の反論に、律も返す言葉がないようだ。
「さあ、これでくだらない話は終わりにして――だったら、高月君は誰のが好み?」――………」
話を終わらせようとしたところで、これまで何も言わないでいたムギが突如として口を挟んできた。
「おぉ! それだったらいいよな。大きい小さいとかは関係がなくなるんだし。さあ、選ぶのじゃ! 私か、梓か――「唯」――って、即答かい!」
律が言い切るよりも早く、僕は答えを口にしていた。
「自分の恋人を差し置いて、別のやつの名前を口にするわけないだろうが」
「浩君……嬉しいな~」
僕の言葉を聞いていた唯は頬を赤くしながらもじもじとしていた。
「………負けた上にあのイチャイチャは、精神的にきつい」
「わぁ……」
やはりと言うべきか、なんというべきか。
ものの見事に事態の収拾がつかないような状態になってしまった。
(これだから身体的な問いかけは嫌いなんだよ)
どう転んだところで収拾がつかなくなるのは分かりきっているのだから。
僕は心の中で深いため息をつくのであった。
[1回]
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