唯抜きで始まった学園祭ライブ。
最初の曲である”Don't say lazy”は無事に演奏を終えることができた。
体調が悪い僕だったが、ステージの上にいるときはそんな感じはしなかった。
もしかしたら、ランナーズハイのようなものなのかもしれない。
だが、それは僕にとっては非常にありがたかった。
(計算が正しければ、唯が来るまであと4分弱)
次の曲の長さは約4分。
ぎりぎりだった。
「続いての曲は、『ふでペン~ボールペン~』です!」
何とか簡単なMCで時間を稼ぐ。
それしかなかった。
本格的なMCは唯に任せている。
現に、唯のMCは比較的受けがいい。
「1,2,3,4!」
律のリズムコールとともに、演奏が始まった。
梓と僕の担当するリフが終わりパートが分かれる。
僕はバッキングコードを、梓はリズムパートを演奏していく。
ボーカルは澪で、僕は歌声に合わせて弦を弾いていく。
クールでなおかつ軽快な曲風に澪の歌声はあっていた。
ドラムのリズミカルで力強い音に、ベースが刻むビートはギターやドラムに埋もれるどころか絡み付いていく。
山中先生の演奏は、ブランクがあるとはいえ非常にうまかった。
リズムキープも正確で、音程のズレすらもない。
そしていよいよ間奏……ギターのソロへと入っていく。
僕と梓はタイミングを合わせるようにソロパートを弾いていく。
そして、サビへと入っていった。
(もうすぐに曲が終わる。急いでっ)
ついに最後のサビが終わり、曲の初めのリフへと入った。
あと少しで曲が終わる。
そんな時、講堂の出入り口のドアが開いた。
そこから姿を現したのは、ギターを取りに戻っていた唯だった。
曲が終わり、歓声に包まれる中、ステージの前で息を切らせながらも唯は立っていた。
「ほら、捕まって」
「うん」
ステージ前にいる唯に、少しかがみながら手を差し伸べると、唯は手を取った。
「よっと」
僕は唯を片腕でステージまで引き上げた。
「さわちゃん先生、ありがとう」
「……それじゃ、後は頑張りなさいよ」
唯のお礼の言葉に、山中先生はやわらかい笑みを浮かべながらそう言い残すと、ステージ袖の方に向かっていった。
会場から先生に向けた歓声が上がった。
その時の山中先生の背中は、とても威厳に満ちていたような気がした。
それは、教師としてよりは、この学校のOGとしてなのかもしれない。
「皆、本当にごめん」
そんな歓声の中、唯がポツリポツリと言葉を漏らす。
「こんな大事な時に迷惑をかけて……ヒック、考えてみれば、最初から、ヒック……ずっと迷惑を」
「唯、タイが結べてないぞ」
涙を流し嗚咽交じりに、謝る唯に澪はタイを結んだ。
「浩君も、ゴメンね。いつもいつも嫌な思いをさせて」
「はは、僕は隠し事は苦手だ。嫌だと思ったらすぐにそう言ってるよ」
微笑を浮かべながら、僕は唯にそう返した。
「全く、浩介はツンデレなんだから。私たちはみんな唯のことが好きだよ。もちろん、浩介もな」
そんな僕に、律は苦笑しながらツッコむと唯に告げた。
そして会場からも唯へのコールの声が上がった。
(ツンデレは余計だ)
「これ使って、顔を整えな。まだ泣くときでもないし、やるべきことは残ってるんだから」
「そうだぜ、まだMCもやってないんだから」
「皆……ありがとうっ」
僕からタオルを受け取った、唯はそれを使って涙をぬぐう。
それから間もなくして、唯は演奏の準備を整えた。
「えっと、改めまして、放課後ティータイムです。今回は私がギターを忘れて遅れてしまって、本当にごめんなさい。ギー太もごめんね」
MCの最初は謝罪からだった。
「最初は”目標は武道館”で始めました。最初のころはギターを買うために皆でアルバイトをしたり、皆でお茶を飲んだり、合宿をしたり、新入部員を得るために頑張ったり、一生懸命がむしゃらに練習したわけじゃないけど、でもここが……このステージが私たちにとっての武道館ですっ!!」
唯のMCに会場は拍手で包まれた。
(やっぱり、唯は……皆はすごい)
この会場のほとんどの人の心をつかんでいると言っても過言ではない。
もし、プロデビューをする機会があれば放課後ティータイムはH&Pと同じか、それ以上まで上り詰めるかもしれない。
(でも、そこには……)
「最後の曲だけど、力の限り演奏します。聞いてください! 『ふわふわ|時間《タイム》』!」
僕の考えは曲名を告げる唯の声で遮られた。
そして、すぐに最後の曲『ふわふわ|時間《タイム》』の演奏が始まった。
唯のギターから始まって僕たちも演奏を始める。
この時、僕はこれまでで一番すごくいい演奏をしたような実感を持てた。
まるで一つにつながっているかのように、タイミングが合っていた。
だからだろうか?
気づけば、演奏が終わっていた。
会場は拍手と歓声に包まれている。
「……」
そして、唯は一人ずつ顔を見合わせては頷きあう。
それがライブの終わりを現しているような気がした。
「え?」
そんな時、予想外の出来事が起こった。
突然キーボードから音色が聞こえてきたのだ。
それは先ほど演奏した『ふわふわ|時間《タイム》』のワンフレーズだった。
それ行っているムギに続いて、今度は律がドラムの音色を奏でだした。
さらにそれに澪も続く。
ここまで行けば、さすがに何をしようとしているかはわかった。
それはまるで、合宿の時にH&Pの皆で演奏した時のようだった。
僕と梓もそれに続いた。
そして、最後に唯が加わる。
「もう一回っ!」
その唯の言葉で、サビのアンコール演奏が始まった。
サビが終わり、全員が音を伸ばしていく。
そしてドラムのフィルで今度こそ局は終わりを告げた。
「けいおん大好きっ!」
こうして、二度目の学園祭ライブは様々なアクシデントがあったものの、成功を収めるのであった。
「律ちゃん、もう一曲やろう!」
「唯!」
律にもう一曲やろうと提案する唯に真鍋さんが飛び出てきた。
「もう時間切れよ!」
「えぇ~!?」
時間切れで後一曲が演奏できないという、オチをつけて。
「これで一通り最後だぞ」
「あずにゃん大丈夫?」
「はい!」
ライブも終わり、待つのは後片づけ。
という名の楽器の運搬だった。
アンプやらドラムやらを、部室に運ばなければいけないのだ。
そう言うことで、数往復していた僕たちだったが、ようやく楽器などの運搬する物が無くなった。
僕が持っているベース用のアンプと、律たちが持つ楽器を支える道具だったりで最後だ。
僕が持っているのが一番重く、それ以外はそれほど大した重さではない。
「先に行ってるよ」
「ほーい」
僕は唯たちに声を掛けると、アンプを手に部室へと向かう。
(っく、目の前がくらくらしやがる)
ライブが終わった直後に、視界が急にゆがみだし始めたことに、最初は驚きを隠せなかった。
ランナーズハイ状態はすでに終わっているようで、今度はその代償が一気に自分に返ってきているようにも思えた。
正直よく歩けると思う。
それほどまでに方向感覚はおろか平衡感覚すらも失っていた。
(これが最後だ。終わったら少し休もう)
休めば少しは具合も良くなるかもしれない。
この後にはH&Pのライブも控えているのだ。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
「ふぅ……やっと運び終えた」
ふらふらしながらも、アンプを部室まで運ぶことはできた。
いくら視界が変だとは言え、場所がわからなくなるほどではない。
「それじゃ、次は……」
いったんしゃがんでアンプを置いた僕は、立ち上がろうとすると体から力が抜けた。
そして、そのまま意識を手放すのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「あれ、ドア開けっ放しですよ」
「本当だ。浩君も珍しいね」
軽音部の部室がある会に続く階段の踊り場で梓が開けっ放しのドアに気付くと唯が珍しげにつぶやいた。
「あれだけ人には”開けたら閉めろ”って、言うくせにね~」
「唯たちの悪い癖が移ったのかな」
「澪ちゃん、しどい」
さりげなく唯を例に挙げる澪に、唯は頷きながらつぶやいた。
「それなら、ドアを閉めるようにすればいいのでは?」
「どうでもいいから、早く部室に行こうぜ」
「そうだね、ムギちゃんのお茶も飲みたいし」
梓の注意から話題をそらすように提案した律に、唯は賛同すると階段を上っていく。
「やっほー、浩く―――」
部室の中をのぞいた唯は、声を詰まらせ固まった。
「どうしたんだよ、唯」
「部屋の中に何が……え?」
唯の見ている方へと視線を向けた律たちは唯と同じように固まった。
そこにいたのは、
「浩君!?」
「浩介先輩!」
床にうつぶせに倒れている浩介の姿だった。
「浩介君! 目を覚まして!」
「浩君! しっかりして! 浩君!!」
体を揺らしながら声を掛ける唯にムギ。
「……ぅ」
「浩君!?」
小さくではあるが反応を示した浩介に、唯が浩介の名前を呼ぶ。
「二人とも、とにかく浩介をここに寝かせよう!」
「あ、ああ!」
「私も手伝います!」
澪の指示に、律に続き梓も頷くと、全員で浩介の身体を長椅子まで運ぶ。
「ちょっと、一体何事? って、高月君はいったいどうしたの?」
「そ、それが来たら倒れていて。今長椅子に横にさせたところなんです」
運び終えたところで顔をのぞかせた顧問のさわ子に、梓が事情を説明した。
「どれどれ……って、熱!?」
「うわ、本当だ!」
浩介の額に手を当てたさわ子は驚きながら後ずさった。
さらに律もそれに続くが、その熱さに驚きを隠せなかった。
「これは、間違いなく風邪ね」
「え? もしかして私のが?」
「ち、違うわよ。唯ちゃん」
さわ子の見立てに、表情を曇らせる唯に慌てた様子で紬がフォローする。
「そうね。とりあえず、病院に連れて行った方が――「それには及ばない」――」
「浩君!?」
さわ子の言葉を遮るように告げられた浩介の声に、唯が慌てて浩介に呼びかけた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「も―――て私の――――」
誰かの声が聞こえた。
(いったい僕はどうなったんだ?)
自分の状況がよく理解できない。
ライブが終わったところまでは覚えている。
確か、そのあと後片付けをしていたような気がする。
(そうか、その時に倒れたんだ)
「そうね。とりあえず、病院に連れて行った方が――「それには及ばない」――」
結論にたどり着いたところで、山中先生の言葉が聞こえたので、僕はそれを遮るように口を開いた。
「浩君!?」
起き上がろうとする僕に唯の声が聞こえてきた。
だが、体に力が入ら無い為起き上がることができなかった。
「どうして具合が悪いことを隠してたんだ!」
「ライブがあったから」
澪の咎めるような言葉に、僕は簡潔に答えた。
「だからって……」
「そんなに熱がなかったから平気だと思ったんだけど……これは失敗したかな」
「大丈夫? 浩介君」
ため息をつきながら呟く僕に、ムギが心配した様子で聞いてきた。
「大丈夫だって、ちょっと力が出ないけど」
「全然大丈夫じゃないじゃないか」
律の言うとおりだった。
まったく大丈夫ではない。
どうやら気を失っていたようで、完全に病気の症状が進行しているようだった。
「とにかく、高月君を家まで送っていくわ」
「いえ、自分で――――っく」
歩いて帰れると証明するために、根性で立ち上がることができたが、どうしても体がふらついてしまう。
「ほら見なさい、そんな状態でどうやって帰るっていうの」
「浩介先輩、ここはおとなしく先生に送ってもらってください」
「……………分かった」
本当に病人のような気がするので、避けたかったが梓の心配そうな表情での懇願に僕は山中先生に送ってもらうことにした。
「荷物は持ったわね」
「はい」
「それじゃ、行くわよ」
山中先生に促されるように、歩き出そうとするが、やはり足元がおぼつかない。
「あ、私が肩を支える!」
「ごめん」
そんな僕に、自分から名乗り出てきてくれた唯に支えられながらも、僕は部室を後にした。
「ここまででいいよ」
「本当に大丈夫?」
山中先生が車を用意するため、待つように言われた校門のところで僕は唯に告げると心配そうな表情で訊かれてしまった。
「大丈夫だって。どうせただの風邪なんだから、寝てれば数日で治るさ」
心配させまいと明るく言うが、正直なところ早めの処置が必要な状態だった。
「おまたせ。さあ、乗って」
「あ、はい」
少しだけ動けるようになった僕は、先ほどよりはしっかりとした足取りで車の中に乗り込もうとする。
「浩君!」
「何? 唯」
そんな時、それを遮るように声を掛けてきた唯に、僕は用件を尋ねた。
「またね」
「……ああ、またな」
唯の言葉の意図を悟った僕は、もう一度会うことを示唆するように答えると、車に乗り込んだ。
そしてそのまま僕は山中先生が運転する車で自宅まで送り届けてもらうのであった。
「お、やっと来たかDK」
「ごめんなさい。ちょっと仕度に手間取って」
夕方、少し遅れて会場に到着した僕に、待ちくたびれたように声を掛けてきたMRに謝りながら理由を説明した。
この日、僕はライブがあるのだ。
(家に戻ったけど結局、月見草は届かなかった)
体調は相変わらずひどい状態だったが、H&Pのライブを待ってくれている人がいるため、僕は中止にすることができなかった。
「まあ、いい。時間には間に合ったわけだし。早速ライブの準備を始めるぞ!」
『おー!』
YJの呼びかけで、僕たちは一斉に腕をあげると演奏の準備をしていく。
(よし、今はライブのことだけを考えよう)
僕はそう言って自分に気合を入れながら演奏準備に取り掛かるのであった。
『これより、30分の休憩に入ります』
ライブは前半を乗り切ることができた。
「はぁ……はぁ……」
休憩に入り、楽屋に入った僕は椅子に座るだけでも息が切れていた。
「DK、どうしたんだ? いつもはあの程度どうということもなかったのに」
「大丈夫、平気だから」
そんな僕の様子を心配したYJが僕に声を掛けてくるが、僕は平気だと告げると目を閉じて体を休める。
数十分だろうと、体が休まるのであれば後半を乗り切ることができるのだから。
そして、後半のライブが再び幕を開けるのであった。
「ただ……いま」
夜、ライブを終えた僕はふらつく足取りで自宅にたどり着いた。
(ライブは成功したのは分かるけど、演奏した曲が思い出せない)
もはや症状は最悪な状態にまで悪化していた。
(とりあえず、月見草は届いているはずだから、早く飲もう)
今後のことを考えながら、僕は家の玄関を開けようとする。
「お、重……」
ドアはまるで鉛のように重かった。
鍵がかかっているというものではない。
(もはや唯たちよりも筋力が下がってるな。これは)
苦労しながらも、何とかドアを開けることができた僕は割り込むように自宅に入った。
「はぁ……はぁ……」
家に入るだけでも息が切れる。
体は依然と怠く、視界もぐるぐるとしていて芳しくなかった。
「後は、月見草を………飲……」
次の行動を起こそうとする僕に、再びあの感覚が襲い掛かる。
(ここまで、か)
僕はすべての終わりを覚悟して再び、意識を手放した。
何となく、懐かしい気配を感じながら。
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