「ん……」
あれから一日が過ぎた。
いつもの通りに目が覚めた俺は、上半身を起こした。
「は?」
そんな中、横から聞こえる俺のものでない呼吸音はいったいなんだろうか?
そんな疑問を持った俺は、ふと横を見てみた。
そこには気持ちよさそうに眠るララさんの姿があった。
「うわっ!?」
驚きのあまり大声で叫びながらベッドから転げ落ちてしまった。
「なに、もう……あ、リュウスケおはよう」
「おはよ……って、なんで俺の横で寝てるんだよ!? しかも裸で!」
そんな騒ぎで目が覚めたのかララさんは起き上がりながら挨拶をしてきたので、挨拶を返そうとララさんのほうを見た俺は、疑問を投げかけた。
「だって、リュウスケと一緒に寝たかったし」
「いつもララ様のコスチュームでいるのは大変なのです」
そんな俺の疑問に、二人から清々しいほどの答えが返ってきた。
「というより、隠せ!」
「え、なんで? だって私たちは結婚するんだから問題ないじゃない」
「そういう問題じゃないよ?!」
語尾を弾ませているララさんにツッコみえおいれる俺だったが、この時俺は失念していた。
あと少しすれば美柑が起こしに来る時間になるということを。
つまりは……
「竜介、いつまで寝てるの? 早く起きないと遅刻す……」
ドアを開けて入ってきた美柑と、俺たちの間で微妙な沈黙が生まれた。
(や、やば)
そう理解したところで、すでに手遅れだった。
「お邪魔しました」
「あ、美柑!」
ものすごい勢いでドアを閉めた美柑は、これまた凄まじい速度で去っていった。
「ま、またあらぬ誤解を……」
「ペケ」
「はい、ララ様」
朝からどんよりとした気分になっている俺をしり目に、ララさんはペケに声をかけると独特な服を纏った。
「それじゃ、説明してもらおうか?」
「え? 何を?」
俺の横に半ばジャンプをするようにして腰かけるララさんは、質問の意図がわからないのか首をかしげていた。
「何をって、裸で俺の横で眠ったり家に勝手に上り込んできたり云々だ」
「でも、婚約者どうしは同じ屋根の下で生活するのが地球の習慣なんでしょ?」
「た、確かにそうなんだが……」
ララさんの正論に、俺は何も言い返せなくなってしまった。
「私と一緒じゃ、嫌?」
「嫌じゃないけど」
さらにとどめとばかりに涙ぐみながら聞いてくるララさんに、俺は反射的に答えてしまった。
「それじゃ、問題ないね」
答えた次の瞬間には、まるで太陽のように明るい笑みを浮かべていた。
嘘泣きか否かはわからないが、恐ろしい。
「だから、そうじゃなくて。婚約した覚えがないのに、どうして婚約になってるのかその理由を――」
「その質問には私が答えようっ」
俺の疑問に返ってきたのは、あの時に聞こえた声だった。
「ザスティン」
窓を開けて入ってきた銀の甲冑を纏ったザスティンと呼ばれた男は、窓からベッドの上へと降りた。
「って、どこから入ってきてるんだ!」
「いや、先日は失礼したな。まさかララ様の婚約者にケンカを売ってしまうとは。くわばらくわらば」
「それよりも、靴を脱いで!」
俺の言葉を無視して言葉を続けるザスティンさんに、俺はもう一度靴を脱ぐように告げた。
「それはともかく結城 竜介。君はデビルーク星の伝統的かつ正式な手順を経て、ララ様と婚約したのだ」
「私、一生忘れないよ。リュウスケが私の胸に触って熱いまなざしで愛の告白を」
(したっけ?)
ララさんの言っているのは、おそらくお風呂場でのことだろう。
確かに胸には触ってしまったが、愛の告白をしたか?
「そして、ララ様がそれを受理なされた。その結果、遡り君が胸をもんだ瞬間……一昨日の20時43分を以て、デビルークの正式な婚約の儀として成立したことになる」
(き、聞いてないよ?!)
「ちょっと待ってくれ。それはごか―――」
誤解と言いかけた瞬間、緑色の光を纏う剣のようなものを突き付けられた。
「まさか、誤解などとは言うまいな? 好きでもないのに一国の王女の胸を触るなど、デビルーク星に宣戦布告をしているようなものだ!」
確かに、王女の胸を触るなんてことをしたら、確実にただでは済まない。
尤も、王女以外の胸でもそうなのだが。
「も、もし誤解だって言ったら?」
好奇心のほうが前に出た俺は、ザスティンさんに聞いてみた。
「我が主君、デビルーク王は武闘派だ。かつて戦乱の真っ只中にあった銀河を統一し、頂点に立った偉大なお方だ。もし、そんなことを王が聞けば地球が丸ごと破壊されるだろう」
「…………」
想像以上の結果が返ってきた。
俺としては何週間か牢獄のような場所に閉じ込められるのかと思っていたが、それは甘かったようだ。
「大丈夫だよザスティン。リュウスケはそんないい加減な人じゃないから。だから心配しなくてもいいよ」
「いいか? 少年。ララ様と結婚をするということは、デビルークの後継者となること、それはデビルークが納める星々の頂点に立つということだ。軟弱なものに務まるはずがない。というわけで、しっかりな」
最後にザスティンさんから、そんな激励(?)を受けるのであった。
ちなみに、余談ではあるがあの後、美柑の誤解を解こうとしたものの結局解けることはなかった。
「はぁ……いったいどうすれば」
放課後、俺はララさんにした婚約について悩み続けていた。
できれば婚約を白紙にしたい。
別に、彼女が嫌いというわけではない。
ないのだが……
「はぁ……どっちにしろ、白紙にした瞬間に地球は滅亡か」
つらい現実だった。
――お前の手に負えない事態に直面した際は私を呼べ――
竜斗が告げた文章が頭の中をよぎる。
いっそのこと彼に丸投げしようかと思ったが、すぐにやめた。
―ただし、くだらないことで呼ぶなよ?―
そう綴られた文章を思い出したからだ。
これはあいつにとっては”くだらないこと”になるだろう。
そしてもし呼び出してしまえば、どうなるのか分からない。
何せ、今まで一度も試したことがないのだから。
「そして、また白紙に戻る、か」
同じことを何度も考えている俺は、再び本日何度目ともしれないため息をついた。
「ん? 何だか騒がしいような」
そんな時、廊下のほうが少し騒がしいことに気が付いた。
「リュウスケ~、リュウスケどこ?」
「っ!?」
聞こえるはずもない声に、俺はあわてて声のするほうへと駆けていく。
「い、いた?!」
下の階に降りると、そこにはララさんの姿があった。
彼女の周囲には、物珍しげに見る学生の姿もあった。
「あ、リュウスケー!」
「どうして、ここにいるんだよ?!」
下の階に降りた俺を見つけたのか、ララさんは手を上げて俺に声をかけてきた。
俺は慌てて下に降りると、ララさんにここにいる理由を問いただした。
「リュウスケが行く”ガッコウ”っていう場所がどんな所か見に来たの!」
「お前な……」
悪びれるどころか、満面の笑みを浮かべながらのララさんの答えを聞いた俺は、思わず頭を抱えたい衝動に駆られる。
だが、そんな猶予を与えるほど、向こうは待ってはくれなかった。
「お、おい竜介! その子は誰なんだよ! ていうか、どういう関係だよ!」
「え、えっとだな……」
彼女を見ている学生を代表してかは知らないが猿山が震える指をララさんのほうに上げながら疑問を投げかけてきた。
俺は、必死に答え方について知恵を絞ることにした。
なにせ、答え方によっては修羅場になりかねない。
どう答えたものかと頭を悩ませている中、そんな俺の葛藤をすべて無にする者がいた。
「私? 私はリュウスケのお嫁さんでーす!」
勢いよく腕に抱きつきながら答えるララさんの言葉に、俺はこの後起こるであろう事態に空を仰ぎたくなった。
いや、屋内だけど。
「……竜介」
「な、なんだ?」
できるだけ平静を装って猿山に返す。
だが、今の俺の顔は面白いように引きつっているだろう。
「お前、西蓮寺一筋だとか言ってなかったか?」
「いや、厳密に言えば俺たちにお前のことをとやかく言えないのはわかってんだがな。でもよ、なんかむかつくんだよな」
猿山から知らない男子学生へと、負の連鎖が続いていく。
「とりあえず結城。一発ぶんなぐらせろ」
そう言いながらにじり寄ってくる男子たち。
『うぉぉぉぉ!!!』
「うわ!?」
それはまるで爆発だった。
いきなり走り出す男子たちから、俺はララさんの腕をつかむと逃げ出した。
タイミング的には間一髪だった。
「どうしてあの人たち怒ってるの?」
「自分で考えろ!」
状況を把握できていないララさんの疑問に、俺は投げやりに答える。
どのぐらい走っただろうか、いまだに男子学生達は勢いを保っている。
数人の脱落者(主に、曲がりきれずに壁にぶつかったりしてだが)を出しながらも、逃げ切っていた俺たちは曲がり角をまがった瞬間に絶望を覚える。
「い、行き止まり!?」
目の前は行き止まり。
幸いなのは、男子学生との距離が少しだけ開いているため、少しの猶予があることぐらいだろう。
だが、このままではハチの巣にされるのは間違いない。
(ララさんに頼るのは……やめておこう)
何だかさらに状況が悪化しそうな気がする。
だとすると、どうするか。
もう答えは一つしかなかった。
(窓から逃げる!)
唯一の逃げ道である窓から脱出するものであった。
だが、ここは二階。
飛び降りれば最悪怪我では済まない。
ララさんを怪我させた瞬間、俺……この地球の運命は確定するだろう。
(気を付けよう。それしかない)
窓の外には一本の木がある。
そこに飛び移ればあとは、枝を伝って下に降りるだけ
だが、窓から木までの距離は優に5mある。
”普通”であれば届かないだろう。
だが、俺には普通の人にはないものがある。
(少しだけ力を借りるぞ!)
俺は左手の手のひらに素早く五芒星を書く。
その瞬間、体中に力がみなぎるような感覚に包まれた。
それは竜斗の力が解放された証拠でもあった。
「ララさん、ちょっと失礼」
「え? なにをす――――きゃ!?」
ララさんが言い切るよりも早く、彼女を片腕に担いで窓を開けて窓から外に飛び出した。
「っと!」
難なく5m先の木の枝につかまった俺は、少し下にある枝に着地した。
それを2,3回ほど繰り返して、ようやく俺たちは地面に降りた。
「ふぅ、何とか脱出できた」
「地球人ってすごいね。あんな距離を飛び越えられるなんて」
「い、いや、地球人と言うよりは俺が少しだけ特殊なだけというか……」
感心した様子のララさんの言葉に、俺はどう答えたものか悩んだが、結局ごまかすことにした。
(しかし、いったい竜斗は……)
「ねえねえ、一緒に帰ろうよ」
「………そうだな」
このままここにいても男子学生たちのハチの巣になりかねないため、俺はララさんと家に帰ることにするのであった。
竜斗に抱いた疑問を頭の片隅に追いやる形で。
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