「すみません。高月です」
『どうぞー』
ヘレナさんに呼ばれ、理事長室に訪れた僕はヘレナさんからの応答を聞くと扉を開いた。
「よく来てくれたわね」
「いえ」
珍しく(失礼だが)理事長らしい言葉に、僕はヘレナさんの雰囲気にのまれそうになった。
「ところで、ひとつよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
「どうして、司書の方がこちらに?」
ヘレナさんからOKをもらった僕は本棚付近に立っている一人の女性の方に視線を向けながら訪ねる。
「それは、とても重要な話だからよ」
「………」
なんとなくこの部屋を包み込む雰囲気に緊迫感が増したような気がした。
「浩ちゃん。あなたは、何ものかしら?」
「……その問いの真意がわかりかねます。御覧の通りの人間ですが? 名前を言えばいいのですか? 性別ですか?」
ヘレナさんの問いかけに、肩をすくませながらわからないという仕草をしながら答えるが、内心では一瞬息を止めるような感じがした。
彼女の”何者”と言う問いが僕の思うとおりであるならば。
「ごめんなさい、質問が悪かったわ。それじゃ直球で聞くわ。あなた、魔族でしょ?」
「………」
直球の問いかけに、僕は答えることを忘れてしまった。
「知らないとは言わせないわ。メリロット」
「高月浩介。元七大魔将の一人で一人で数百人の魔族を倒したり国を滅ぼしたりといった芸当を成し遂げてきた人物。そのことから魔族の中では死神とも呼ばれる」
ヘレナさんの促しにメリロットさんは説明口調で僕についてのことを話し始めた。
それは、紛れもない真実。
「はるか昔に魔界から姿を消したため、魔族の間ではこう呼ばれるようになった。
ロストナンバーと」
ロストナンバー。
その呼び名は初耳だった。
だが、死神よりはいい二つ名だと思っている僕もいる。
「すべてお見通しですか」
「ええ。そうなるわね」
きっと今披露した話にはまだ続きがあるだろう。
それは今の僕の状態。
僕たち最上級神には自らの正体を明かしてはならぬという決まりがある。
この決まりには例外があるのだが、今の状況ではその例外にも当てはまらない可能性が高い。
ならば、具体的に話していないうちに認めてしまうのが、お互いにとって都合がいいだろう。
「降参です。あなた方の言っていることはすべて正しいです」
だからこそ、僕はそう告げたのだ。
「それで、その僕をどうする気ですか?」
「一つ確認したいのよ。浩ちゃんがここに来た目的をね」
「……私がここに来た目的は一つ。訪れるであろうリ・クリエ防ぐ、あるいはの被害を小さくさせることです」
向こうが懸念していたのは、僕たちの目的だろう。
どうやらここにはリ・クリエに便乗して何かしらかの悪事を企てる魔族もいるようだ。
僕もその一人とみられてもおかしくはないだろう。
だからこそ、僕たちを監視下に置いていたのだ。
「その言葉に、嘘はないみたいですね」
「当然です。世界征服なんてもの、僕には興味ありませんし」
世界最強の称号を手にする僕には、世界征服は不要の産物だった。
「それじゃ、クルセイダースに協力してもらうこととは別に、浩ちゃんには一つお願いごとをするわね」
「何なりと」
「浩ちゃんが手を貸しているクルセイダースの現状の戦力分析をしてほしいのよ」
「戦力分析ですか?」
ヘレナさんから告げられた頼みごとに、意図がわからなかった僕は思わず聞き返した。
「ええ。形式はどのようなものでも構いません。実戦形式でどのぐらい戦えるかのデータが今後の強化練習プラン作成で必要なんです」
「分かりました。それではテストにふさわしい敵の選別をします。結果がわかり次第、お知らせします」
「ええ、待ってるわ」
ヘレナさんに一礼した僕は、理事長室を後にする。
「ふぅ」
そして漏れてきたのはため息にも近いものだった。
(有名すぎるのも問題だな)
僕は心の中でそうつぶやく。
今回自分の正体がばれた原因がまさしく有名すぎたからなのだから。
(そういうのであればメリロットさんも同じだけど)
僕についての情報を表情を変えずに淡々と告げる彼女もまた、僕と似たような人物だ。
(リ・クリエの観測を行う一族、ニベの末裔か。本当にいろいろと驚かされる)
この世界には魔族が姿を変えて人間として生活をしている。
それは、ある意味僕の理想形の一つでもある。
「でも、戦力増強は少しばかり荷が重いですよ、ヘレナさん」
何せ、クルセイダースには大きな爆弾が”二つ”も紛れ込んでいるのだから。
爆発すれば弱体化は免れない。
だが、うまく利用すれば戦力は格段に向上するだろう。
(そこまで導くことが僕のできること)
難しいだろうが、僕はやらなければいけない。
だが、何よりもまずは
(ちょうどいい敵の選別だな)
できれば七大魔将がいいだろう。
強すぎず弱すぎずの魔将がいるかはわからないが探すしかないのだ。
(ま、頑張りますか)
僕は、自分に気合を入れるのであった。
その日の夜、九条家で僕に宛がわられた部屋で今後のことについて考えをまとめていると、ドアがノックされた。
「はい」
『あ、私だけど今は大丈夫かな?』
尋ねてきたのは、なんとリアさんだった。
「ええ。どうぞ」
珍しいなと思いつつ、リアさんを迎え入れる。
「ごめんね」
「いえ、お気になさらず。それでご用件は?」
僕は早速リアさんに本題を促す。
「今月の17日に、生徒会の皆で勉強会をすることになったの」
「勉強会ですか。それはいいことですね」
17日は土曜日で授業も午前中のみなので、勉強を集中してやるには十分だろう。
「うん。その日はねシン君の誕生日なんだよ」
「シンの?」
初めて知ったことに、僕は軽く驚きながら返した。
「それで、当日シン君には内緒で誕生日会を開こうかなって思ってるんだけど、もしよかったら浩介君も一緒にどう?」
「もちろんですよ。彼には世話になっていますし、仲間の誕生日ぐらいはお祝いしたいですから」
リアさんの問いに僕は二つ返事で答えた。
人を祝い催しに参加しないのはマナー違反。
それが仲間ともなれば一緒に祝うことは当然だろう。
「本当! それじゃ、当日はシン君の家で勉強会をするから放課後の時間になったら校門前に集合でいいかな?」
「はい。良いですよ」
「当日のことについてはまた日を改めて話すということで、あとは何かプレゼントとか用意してもらえる?」
「分かりました」
僕の返事に、リアさんは”それじゃあ”と口にして部屋を後にする。
(プレゼントか)
そういえば、今までそういった類のものを人に渡したことがないことを思い出した。
そんな僕に果していいものを選べるのだろうか?
(無理に背伸びするのは止そう。ここは僕の得意分野で行こう)
そう考え付いた僕はシンへの誕生日プレゼントの用意を始めるのであった。
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