ついにやってきた学園祭当日。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
僕たちのクラスの出し物『喫茶・ムーントラフト』はそこそこ順調だった。
盛況と言うわけでもなく、かといって不況と言うわけでもない。
そんな中、シートで囲まれた教室の一角にて、僕と慶介はバックスタッフとして料理を作るのに専念していた。
向こう側から聞こえる声で、お客が増えたことを知った僕は、慶介に声をかける。
「これでまだオーダー完了で調理が必要な人数が一人増えたな」
「そうだな。くそっ、どうして俺はこんなことをしてるんだ?」
今調理しなければいけない人数は、4人分。
注文の内容も軽食系(サンドウィッチやおにぎりなど)のため、それほど問題にはならないが、人数が増えればそれだけで負担も上がる。
「そっちの方は下準備はどのぐらい進んでる?」
「こっちは軽く20人分ほどはできてるよ」
僕はさらに別の場所で下準備をしているチームのほうに声をかけた。
「俺のボヤキはスルーなんだな」
「そんなどうでもいいことより、ハムとおにぎり3個の調理だ」
「へいへい」
慶介のボヤキは無視して、僕はさらにオーダーされた料理を作るよう慶介に指示を出す。
慶介が外でウエイターをやれない理由は、察していただけるとありがたい。
さて、関係ない話だがこの学園は電力関係の理由で各クラスで使用できる電化製品の数に限りがある。
ここの場合はご飯を炊くための炊飯器が2台、さらにおにぎりを焼いたりするためのホットプレートが1台と決められている。
それ以上使うとブレーカーが落ちるのだ。
「って、落ちた!?」
考えていたところにいきなりブレーカーが落ちたため、僕は思わず声を上げてしまった。
外の方から『何? 停電?』といった戸惑いの声が聞こえてくる。
「あ、悪い。俺のせいかも。プレート2台使っちまった」
「このドアホ!」
とりあえず元凶である慶介には鉄槌を浴びせる。
よく見ればハムとおにぎり用で2台も使っていた。
1台壊れた時の予備として、炊飯器とホットプレートは1台余分に用意しているため、気を付ける必要があるのだ。
とはいえ、すでに最悪の事態は起きてしまったわけだが。
とりあえず、悶絶する慶介は放っておき素早くおにぎりをハムと同じ台に入れると、1台のプレートの電源を切って電源コードを抜いた。
これで間違って使おうとする人はいないだろう。
「そっちの方も復旧次第炊飯をもう一度やり直して」
「分かった」
後ろの方にも指示を飛ばし、混乱を最小限に済ませるようにしていく。
すでに完成した料理を紙製のお皿に乗せ、さらにオーダー表に書かれている席の番号を示す番号札をトレーに置くと完成品を置く場所に置いた。
後は運んでいく人が持っていく。
「ちょっと、電化製品は3台までよ! ちゃんと守ってる?」
「げっ」
向こう側から聞こえた怒りの声に、僕は思わず顔をしかめる。
「悪い。ホットプレートを1台多く使ってたみたいだ。本当に申し訳ない」
「気を付けてよね! まったく」
慌てて謝罪すると、女子学生はぶつぶつと文句を言いながら去って行った。
「皆さんにも、ご迷惑おかけしてすみません」
そして、お客さんたちの方にも謝罪の言葉をかけて僕はもう一度バックヤードへと戻る。
「浩介、悪い俺のせいで」
「謝罪をする暇があれば手を動かせ。決まり事を守り借り、効率的に動け」
「おう!」
少しして電力が無事に復旧したため、下準備と仕上げの工程が再開された。
そんな学園祭の一幕であった。
「男の勝負だ!」
「で、それがどうしてここだ?」
こちらの当番が終わったため、自由行動となった。
僕は部室で練習をしようと思っていたのだが、それをしようとする前に慶介に連れて行かれる形で入ったのはお化け屋敷だった。
そして今に至る。
「いや、度胸試しには最適だろ? 一番ビビらないやつが男だっていう、わかりやすい出し物はここ以外にはないし」
「………」
ものすごくくだらないと思うが、心の中でとどめておいた。
「にしても、ここはどこのクラスだよ」
連れ込まれる形だったため、どこのクラスかもわからない。
唯一分かるのはここの名前は『悪夢の館』であることくらいだ。
「さあ。行くぞ」
中は薄暗く、足元には赤色の明かりが灯されていた。
周囲にある小物が、より一層不気味さを醸したてる。
「わぁ!!」
「ん?」
「うぉ!?」
まずは小手調べとばかりに現れた幽霊役の女子学生。
僕は首をかしげただけだ。
ちなみに、驚きの声を上げたのは慶介だ。
「………」
僕は片方は驚き片方は目立ったリアクションをとっていないことに唖然としているであろう幽霊役の女子学生をしり目に奥の方へと進むことにした。
そんな中、僕は横にいる慶介のほうに視線を向ける。
「慶介」
「ビ、ビビッてないからな!」
「分かってるから。手を放して。歩きづらい」
まだ何も言っていないにもかかわらず、否定してくる慶介にため息交じりに返す。
怖いのが苦手なら入らなきゃいいものを。
それを言うのは野暮だろう。
この後も色々と幽霊役の学生が脅かしてくるが無事に出口付近までたどり着けた。
「何で、お前は平気なんだ?」
「作りものだってわかっているから」
慶介の恨めしそうな問いかけに、僕は簡潔に答える。
もちろんそれもあるが一番の理由は、すでに底に誰かがいることを知っているからだ。
ここにいるのはただの学生。
気配を消すなどと言う芸当は早々できやしない。
そのため、気配から居所を悟って脅かしてくると判断しているのだ。
そこに何かがいて脅かすことがわかっていれば、驚きも半減だ。
しかもそれが作り物であることを知っていればなおさら減っていく。
とはいえ、お化け屋敷の楽しみ方には反しているわけだが。
「恨めしや~!」
「……………」
そんな僕たちを遮るように目の前に現れたのは、骸骨の仮面をかぶった男子学生と思わしき人物だった。
慶介は後ろの方に飛びのいたが、悲鳴を上げないあたりさすがと言うべきだろう。
「ガ、ガオー!」
動じない僕にヤッケになって驚かせようとする男子学生。
きっと今までで始めて驚かない人が出たために、驚かせようと躍起になっているのか、クラス内で驚かせた人数によってMVPを決めるというものがあるのかもしれない。
とはいえ、
(鬱陶しい)
その一言に尽きる。
もとより、僕には部室で練習しなければいけないため、少し急いでいたりするのだ。
(少し申し訳ないが、やるか)
僕は、心の中で男子学生に謝罪の言葉を送りつつ、それを行うことにした。
「邪魔。退いて」
「恨めしや~」
僕の言葉に返ってきたのは、時代遅れの脅かし文句だった。
「退いて」
「ガオー!」
何だか、ちょっと頭にきた。
「退けっ」
「は、ハィィ!」
僕は殺気を目の前の幽霊役の男子学生に放つことで強引に退かせた。
そして、そのままお化け屋敷を後にするのであった。
外に出た僕は、慶介が何かを言うよりも先にその場を後にした。
おそらくもう全員部室にいるだろう。
なので、僕はできるだけ急いで部室へと向かう。
「悪い、遅れた」
「遅いぞ!」
謝りながら部室に入った僕にかけられたのは律の咎めるような声だった。
何だか、無性に腹が立ったが、遅れたことは事実なので飲み込んだ。
「律たちも今来たばかりだろ」
そんな律に澪は咎めるような視線を律に向けながら指摘する。
「さ、さあ。練習練習!」
そんな律は、まるでごまかすように口にすると練習の準備を始めた。
そんな律に倣い、唯たちも準備に取り掛かるので、僕も準備を始めた。
「それじゃ、最初は『Leave me alone』から」
律の曲のコールに、僕たちは頷くと、律はリズムコールを始めた。
そして、最後の練習は幕を開けるのであった。
ギターとベース、ドラムの音がほぼ同時に終わる。
「よーし。まあまあなんじゃない?」
最後の曲目でもある『ふわふわ時間(タイム)』が終わり、感想を律が口にする。
「澪ちゃん、大丈夫そう?」
「え? う、うん」
唯の問いかけに答える澪だが、その表情はまだ硬かった。
どうしたものかと考えをめぐらせようとするのを遮るように、扉が開け放たれた。
「みんないるわね?」
そう言って入ってきたのは、顧問の山中先生だった。
「不本意ながら軽音部の顧問になったわけだし、私も何か役に立てないかなと思って、衣装を作ってみました!」
そう言って山中先生が掲げたのは白地のシャツに赤色のスカートの衣装と黒色に襟元が白いドレスのような衣装だった。
「いや、センセ。気持ちはありがたいんだけど……」
「あんな服を着て歌うの? 大勢の前で?」
律の手が指し示す先にいたのは顔面蒼白で固まる澪の姿だった。
確実にタイミングがまずかった。
「うーん。これはお気に召さなかったか。それじゃ……私の昔着ていた衣装はどう?」
「や、やっぱりさっきの服が来てみたくなった!!」
最初は首を思いっきり縦に振っていた澪だが、山中先生が取り出したなまはげを彷彿とさせるお面のついた衣装を見た瞬間、顔をひきつらせた。
(あんなの、澪じゃなくても来たくない)
「こんな衣装、澪じゃなくても来たくないよ」
それは律も同様だったのか、山中先生を止めていた。
「せっかく頑張って作ったんだけど……それに唯ちゃんたちは嬉しそうに来ているわよ」
「おいこら!」
山中先生の視線の先をたどると、そこにはノリノリにスクール水着を着る唯とナース服を着るムギの姿があった。
いつの間に着替えたんだ?
「ところで、山中先生」
「何かしら?」
「男物の服は?」
山中先生の衣装は女性物しかない。
当然だが、僕は男なので、女性物の衣装は着れないし着たくもない。
「ないわよ」
「………」
さらりと当然だといわんばかりに答える山中先生に、僕は何も言えなくなった。
まあ、ある意味当然の結果だろうけど。
「それじゃあ、頑張ってね」
そういって去っていく山中先生。
(どうしたものか)
制服のままだと後が怖いため、衣装を着なければいけないわけだが、女性物だけは着たくない。
「私今ので全部忘れちゃったよーっ!」
「おいおい」
「練習、しましょう」
頭を抱えて叫ぶ唯に、ムギが手を合わせて提案する。
「そうだな。そうするか。ところで浩介――」
ムギの提案に律は頷き、僕に何かを言おうとした時だった。
「浩介っ!!」
「のわっ!?」
突然部室のドアが乱暴に開け放たれた。
「慶介ッ! 少しは静かに――うおお?!」
「ちょっと来てくれ!」
そしてドアを開けた張本人は、僕の言葉を遮るようにして腕を思いっきりつかむと、腕を引っ張って問答無用とばかりに部室から連れ出すのであった。
「離しやがっれ!」
どのくらい引っ張られたかはわからないが、僕は慶介の手を強引に振りほどくことでようやっと止まることができた。
「説明してくれ。これはどういうことだ?」
「実は、歌自慢コンクールに参加するはずだった女子の一人が体調を崩して休んじまったんだ」
僕の問いかけに、慶介は静かに事情を話し始めた。
「練習してきただけに、今更棄権とかはしたくない。だから、浩介に頼みがある」
「まさか……」
慶介の話からなんとなく頼みが何であるのか想像できた。
「歌自慢コンクールに出てくれ!」
「………」
慶介の言葉に、僕は思わず目を閉じてしまった。
「頼むっ! なんだったら土下座でもするから!」
「……………そんなのしなくていい」
僕は静かに息を吐き出すと、土下座をしようとしているであろう慶介を止めた。
「ということは?」
「……優勝できなくても責めるなよ」
「もちろんだよ。助かったぜ」
その僕の言葉に、慶介は答えを悟ったのか手を取ると思いっきり振りかぶった。
「それで、あと一名はどこだ?」
「ああ。あいつだったら講堂で待っているはず」
「だったら、そこに行っておいた方がいいんじゃないか?」
よく周囲を見てみれば、どこかの通路だった。
「そうだった。ちょっと走るぜ!」
「はいはい」
慶介の言葉に、そう返すとおそらく全力で走っているであろう慶介についていくのであった。
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