健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第24話 コンクールとMC

「あ、佐久間君どこに行ってたのよ! こっちは棄権するかどうかの判断をする期限が迫っているのに」

講堂の方に到着すると短めの黒い髪に、少しばかりおっとりとした感じの目が特徴的な女子学生が慶介を罵る。

「悪い悪い。でも、土産を持ってきたぜ」

慶介は謝りながらそう言うと、横に移動した。

「あれ? 高月君がどうして」
「慶介に歌えと言われて」

女子学生の問いかけに、僕はそっけなく答えた。
あまり気のりしないのが僕の本音だった。

「良かったぁ。これで棄権しなくて済む。それじゃ、実行委員の人に話してくる」
「おう! 任せた」

駆け出していく女子学生の後姿を見送りながら、僕はある肝心のことを聞くことにした。

「それで、曲目は?」
「そうだった。全部で二曲。一曲は委員会が指定した曲で後一曲がそれぞれで選んでいい曲らしい」

三曲、四曲だったらどうしようかと思ったが、二曲だったら何とかなりそうだ。
僕がコンクール参加を拒否した理由は、”歌う”からだ。
H&Pはファン数を増やすという戦略によって、普通の歌手グループとしての顔を持つ。
尤も、通常の歌の時も生演奏をするように心がけてはいたりする。
だからこそ、歌声だけでもDKであることがばれてしまうのだ。
ならば、歌うときにはDKの時の声色で歌わなければいいだけだ。
だが、それが長く続くとさすがに疲れる。
主に精神的に。
だが、二曲程度であれば負担は少ない。
後は、難しめの曲を選んでなければいい。

「一曲目は確か『You're my sunshine』で、二曲目は『天狗の落とし文』って言ったな」
「…………」

どうやら、かなりの高負担のようだ。
一曲めは二か所ほどにラップが入っているだけであとはハモリが主なためそれほど負担は高くない。
この曲の主役はあの女子学生なのだから。
だが、二曲目の『天狗のお落とし文』はそうはいかない。
この曲はラップの中でも高速の部類に入る曲だ。
曲の8割が高速ラップなのだから、さらに性質が悪い。
とはいえ、決まればかなりすごい曲になるのは間違いない。
ちなみに、一度うたったことがあるだけに、この曲の歌声にはかなり気を使わなければいけない。
その前に確認すべきことが一つある。

「慶介、ひとつ聞きたいんだが」
「おう。なんでも聞いてくれ」

この問いかけの答えで、僕の方針が180度変わることになるのだ。

「ラップとかはできるか?」
「『You're my sunshine 』のラップ程度だったらできるけど、最後の曲になると無理だな」

やはり、最後の曲は慶介は無理のようだった。
と言うことは、僕が歌うことが必然的になる。

「嘘ばっかり。佐久間君カラオケで歌ったらボロボロだったじゃん」
「ぐっ! 少しでもかっこいい男と思わせたい俺の思惑がぁ!」

委員会の人に話してきたのか女子学生の指摘に、慶介は頭を抱えて崩れ落ちた。

「安心しろ。慶介」
「浩介……やっぱりお前はいいやつ――」

僕の言葉に、顔を輝かせて立ち上がる慶介の言葉を遮り、僕はさらに言葉を続ける。

「端からそんなこと思ってないし、思うこともないから」
「今の言葉、想像以上にグサッと来たぞ」

再び崩れ落ちる慶介をしり目に、先ほどから視線を感じる方へと顔を向ける。

「えっと……織部さんだったっけ」
「はい、織部 幸恵です」

僕があげた名前に織部さんは名前を述べる。

「相手をするのも、大変じゃないか?」
「確かに……まあ、扱い方さえ分かれば」

僕の問いに織部さんは苦笑を浮かべ崩れ落ちる慶介を見ながら、ボリュームを落として答えた。
まあ、彼ほど扱いやすい存在はいないだろう。

「高月君は、ラップとかできる?」
「下手で良ければ」

織部さんの問いかけに、僕はそう答えるにとどめた。

「だったら大丈夫そうだね。一応今やっているグループが終わったら私たちの番だから」
「何、この俺との扱いの差はっ」

そんな慶介の嘆きと、講堂の方から『ありがとうございました』と言う言葉が聞こえたのはほぼ同時だった。

「もう終わったみたい。さあ、行きましょう」
「了解」

ため息をつきたい気持ちを抑え、僕は崩れ落ちている慶介に喝を入れている織部さんをしり目に講堂の中へと向かうのであった。

「さあ、次は最後のグループです。どうぞ」

ステージで司会を務めているであろう女子学生に促らされ、僕たちはステージに出る。
講堂のステージ上には3台のカラオケ用の機械とマイクが設置されている。
おそらくあのテレビのような機械に歌詞が表示されるのだろう。
来ている生徒数は満員ではないため、これなら変に力を入れなくてもいいと思えるような状態だった。
とはいえ、8割ほどの席が埋まっているため少ないというわけでもないのだが。

「さあ、自己紹介をどうぞ!」
「さ、佐久間慶介です」
「織部幸恵ですっ」
「高月浩介です」

若干だが緊張の色を隠せない二人をしり目に、僕は冷静に名前を名乗る。
冷静にとはいえ、緊張していないわけではない。
しっかりと隠し通せるかどうかが心配なのだ。

「はい、どうも―。それじゃ一曲目行ってみよう。最初の曲の曲名は『You're my sunshine 』!」

司会の人の言葉が言い切ると、音楽が流れだす。
それこそが『You're my sunshine』の前奏だった。
最初は織部さんが歌いだす。
それに合わせてハモリを入れていく。
取る音程は少しばかり高めに。
織部さんの歌いだしが終わると、今度は僕と慶介で英語の歌詞を歌う。
練習していた成果か、目立ったスペルミスもなく歌えていた慶介には舌を巻いた。
とはいえ、音程と速度があっていない状態だったが、緊張している中でここまでできるのはかなり伸び代はありそうだ。
そんな英語の歌詞部分が終われば、再び前奏へと戻る。
落ち着いた曲調から徐々に激しい曲調へと変化していく。
そこに慶介の英語の歌詞が入る。
それが始まりの合図だった。
そう、ラップだ。
結局ラップは僕がやることになり、僕はマイクを口元に近づける。
自然とマイクを持つ手に力が入る中、僕はラップパートを歌いだす。
音程は地声に近い感じをキープしつつ、英語のラップを歌っていく。
歌っていると妙なざわめきが聞こえてくる。

(集中集中)

ざわめきの方に意識を向けそうになる自分に喝を入れ僕はラップパートを歌い切った。
そして再び織部さんの歌うパートに入っていく。
そこに適度適度に僕と慶介でハモリを入れていく。
間奏の箇所で織部さんが再び歌を紡ぎ、サビに入っていきAメロに移動する。
そしてBメロが終わると再び間奏に入ると先ほどと同じく織部さんがサビの箇所の歌を歌う。
だが、今度は歌い切ったのと同時に、僕ラップパートがある。
僕は英語のラップを歌い切るが、まだ終わりではない。
もう一度同じような流れがあるのだ。
そこも僕は何とか歌い切ることができた。
残すはサビのみ。
あとはハモリを入れるだけ。
最後は織部さんが見事に歌い切り、一曲目は終わった。
それと同時に講堂内に拍手が響き渡る。
その拍手に、思わずお辞儀をした僕は、ふと横を確認すると二人はお辞儀などしていなかった。
と言うか、余韻を味わっているような様子だった。

「はい、お見事でした。それじゃ最後の曲。私たちが選考した曲です曲名は『天狗の落とし文』」

司会の告げた曲名に、ついに来たかと僕は心の中でつぶやいた。

「これまでほとんどすべてのグループが、涙を流した最難関曲ですっ。さあ、君たちは見事歌い切れるかな? それでは、行ってみよう」

二人からの”任せたよ”視線にさらされながらも、ついに曲が流れ始めた。
前奏が流れる中、僕は深呼吸をして歌う音程を決める。
音程は、今まで歌ったことがなく、なおかつこれから先歌わないだろうという音程。
その音程を決めて少しして、ついに高速ラップが始まった。
所々に慶介のハモリが入りながらも、僕は一気に高速のラップを歌い切る。
そしてBメロに入る。
ここからは織部さんが合いの手を入れながら少しばかり速度が落ちたラップバートに代わる。
それを繰り返すと、次はCメロ。
音を伸ばしたり伸ばしてはいけなかったりと少し難しいところだ。
ここは前半を慶介が歌う。
そして僕のラップから織部さんが歌いだす。
そして間奏を経て再びAメロに戻る。
Bメロではラップのテンポが少し変わるため、歌いにくかったりはするが何とかそこもやり過ごしCメロに入る。
そしていよいよ肝心のサビだ。
ここは織部さんが主に歌う。
そこに合わせて僕の高速ラップパートを挟む。
そしてサビが終われば、後はラストスパート。
高速ラップのパートを一気に歌い切り織部さんの歌う箇所も何とか決まれば、後は僕が最後の1フレーズを歌った。
そして、あっという間に最難関の曲は終わった。
それから少し間が相手、拍手が鳴り響く。

「どうもー。いやー、まさか本当に歌い切れるとは。私も驚きです」

(あ、やばっ!)

このコンクールで忘れていたが、この後には楽器機材の運搬をするはずだ。
女子だけにそれをやらせるのは男としては問題がある。

(約束は”歌うこと”。最後まで付き合うことじゃないから、抜け出しても問題ないよな)

そう勝手に結論付けた僕は、マイクを素早くカラオケ用の機械に戻すと音を立てずにステージを後にした。

「って、もう運搬されてるし!?」

舞台そでには、既にドラムやらアンプやらの機材が置かれていた。
どうやら手遅れのようだ。

(仕方がない。みんなに謝ろう)

最悪の場合には多少の出費も覚悟しよう。
僕は心の中でそう思うと、足早に部室へと向かうのであった。










部室前に到着した僕は、ドアを開けようとドアノブに手を伸ばす。
中からは和気あいあいとした話し声が聞こえているが、安心はできない。
顔を見た瞬間に怒りが込み上げることも十分あるのだから。

「あれ、浩介」
「ご、ごめんなさい。別にサボるつもりはなかったんだ」

突然予想もしない方向からかけられた声に、混乱した僕は言い訳じみた言葉を口にする。
自分で言っていて情けなくなってきた。

「い、いや、別に怒ってないから。浩介の方も色々あるんだろうし」
「って、澪は何をしてたんだ?」

苦笑しながら許してくれた澪に感謝しながらも、僕はふと浮かんだ疑問を投げかける。
機材の運搬だったら、既に終わっているはず。
ならば、澪はすでに彼女たちの話に加わっているはずだ。

「ああ、律に用事を頼まれてそれをやってたんだ」
「あー、そういうことか」

なんとなくだが、律の本心がわかったような気がした。
唯が声を枯らしてしまったため、二曲を歌うことになった澪だが、二曲ボーカルを担当することがわかった瞬間に失神した彼女に機材運搬をさせたらどうなるかは想像するに難くない。

「入るか」
「そうだな」

そして僕は部室のドアを開けた。

「機材運ぶの終わった?」
「あ、澪ちゃんに浩君!」

澪を先に部室に入らせてそれに僕も続く。

「機材運べなくてごめん」
「いやいいって。そっちもいろいろ大変だったんだな」

機材運搬を手伝えなかったことに謝罪の言葉を贈ると、何だか悟られたような言葉が返ってきた。
その言葉がとても痛い。
とりあえず、僕はいつも座っている場所に座ることにした。

「あれ、意外と落ち着いてんな。ボーカルやるのあんなに嫌がってたのに」
「子供じゃないんだから、動揺してなんかいられないわよ」

そういいながらムギが注いだ飲み物が入ったカップを手にする澪だが、にこやかな表情と言葉に反して手は小刻みに震え、それは次第に大きくなっていく。

(ものすごく動揺しているじゃないか)

どうやら時間は解決できなかったようだ。

「もうすぐ本番なのに、どうするんだよ?」
「……もうやだ」

心配そうな律の問いかけに、しばらく間が空いてぽつりと声を上げだした。

「律、浩介! 私とボーカル変わって!」
「おいおい、ドラムとギターはどうするんだ?」

澪の突拍子もない頼みに僕は呆れながら聞き返す。

「私がやるから!」
「それじゃ、ベースはどうするんだよ?」
「それも私がやるから!」

澪の答えは非常に支離滅裂状態だった。
一人で異なる二楽器を弾くのは、世界中を探せばいるかもしれないが絶対に無理だ。

(というより、そんなことしたら逆に目立つだろうに)

そんなどうでもいいことを律と澪がせめぎ合っている光景を見ながら思っていた。

「ごめんね澪ちゃん。私が声をからせなきゃ澪ちゃんが歌うことはなかったのに」
「いや、どっちにしても澪は歌うんだけどね」

何せ、澪がボーカルを担当する曲は最初から一曲あるのだから。
それが一つ増えただけだ。

「やっぱり、私がボーカルをするよ!」
「ダメだからっ! それ以上悪化しかねないからやめとけ」

僕は何とかボーカルを強行しようとする唯を思いとどまらせる。
そんな唯の様子に、澪は僕たちに背を向ける。

「あ、そうだ。MCとかを考えておかないと」
「えむしー?」

そんな中、律の提案に唯が首をかしげる。

「コンサートとかで曲と曲の合間にしゃべったりする奴のことだよ」
「なるほど」

首を傾げる唯に、僕は説明する。

「みなさーん、こんにーちはー」

突然席を立ったかと思うと、律は澪の横まで移動すると腕を大きく振り上げながら声を上げ始めた。

「軽音部のライブにようこそー」

なぜだか歓声が聞こえてきそうなほどに輝いていた。
そして律は唯とムギの順番でメンバー紹介を始めた。

「ベース&ボーカル! 怖い話と痛い話が超苦手。デンジャラス・クイーン、秋山澪ッ!」

澪の自己紹介を終えた瞬間に、澪の鉄拳が律に落ちる。

「誰がデンジャラスだっ!」
「いたた……ギター! 正体不明のミステリアスボーイ!―――」

痛む頭を手で押さえながら、律はさらにメンバー紹介を続ける。
と言うより、それは僕の自己紹介か?

「ハーレム道まっしぐら! 男の敵! ハーレム大魔王、高月浩介ぇぇっ!!!」
「「「「「……………」」」」」

誰のものでもない声が、律の言葉を遮って響き渡る。
よく見れば、いつの間にか軽音部の部室に慶介の姿があった。

「ほう? 僕は大魔王か」

痛い静寂が部室内を包み込む中、僕はゆっくりと席を立つ。

「トイレは済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はオーケー?」
「ウ○ルター!?」

どこからともなくツッコミが入るが、それを無視して手の骨をぽきぽきと鳴らしながら慶介の方に歩み寄る。

「こ、浩介? 目が怖いぞ」
「ちょっと二人で話をしようか」

引きつった表情を浮かべる慶介の肩を僕はつかむ。

「あぁ! 俺、大事な用を思い出したからまたあとでな!」
「いいから、来い」

僕は慶介を引きずって部室の外へと向かう。

「ごめんね。僕慶介君ととてーも大事な大事なお話があるから。すぐに戻るから、気にしないでねー」
「お、おい! 誰でもいいから助け――」

慶介が言い切るよりも早く外に出た僕は部室のドアを閉じる。
そして、

「くたばれっ!!!」
「ギャーー!?」

いつもの9割増しで鉄槌を浴びせるのであった。
こうして、ライブ前の時間は過ぎていくのであった。

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