「すみません、戻りました」
「あぁ、パスタちゃんが用があるらしいわよ」
プリエに戻った僕は、厨房にいた主任に声をかけると用件を伝えられた。
どうやらパスタが僕に用があるようで呼び出したようだ。
「分かりました。パスタは?」
「パスタちゃんなら――」
「お、いいところに来たにゃ」
主任が答えているとひょっこりとパスタが姿を現した。
「お前らにはいろいろと迷惑をかけたのにゃ。そのお詫びにパスタの料理を食べてほしいのにゃ」
「パスタの?」
申し訳なさそうに言うパスタに、僕は意外だと思ってしまった。
根はいいやつなのはわかっているが、実際にわかりやすい行動を起こすとは思ってもいなかった。
(それに、パスタの手料理には少し興味があるしね)
それが本当の理由でもあった。
「それなら、ぜひご相伴させてもらいたい」
「じゃあ、ついてくるにゃ!」
そういって歩き出すパスタについていくとホールに出て一席に案内された。
「ちょっと待ってるにゃ」
そう言ってパスタは、厨房のほうへと向かった。
(パスタの料理か。楽しみだ)
僕はわくわくしながらパスタの料理が来るのを待った。
その間、せわしなく動くウエイトレスの姿を見かけた。
(ん? そういえば、神楽がいないな)
この時間帯であれば神楽も出ていなければおかしい。
「すみません」
「はい? なんでしょうか」
気になった僕は、近くを通りかかったウエイトレスを呼び止めた。
「神楽さんはどこにいますか?」
「西田さんなら、体調を崩したようで休憩室で休んでいますよ。何だか『体がしびれる』とか言ってましたけど」
ウエイトレスの人にお礼を言った僕は、首をかしげる。
(体がしびれる……なぜ?)
いくら考えても答えは出なかった。
「お待ちどうなのにゃ!」
「おぉ……」
パスタが運んできたのは、肉じゃがだった。
男性が女性に作ってもらいたい料理で、不動の1位と言う記録をたたき出すと言うので有名な料理だった。
目の前のテーブルには依然された肉じゃがは湯気を立てており、おいしそうな匂いが漂ってくる。
「それじゃ、いただきます」
「召し上がれにゃ」
満面の笑みを浮かべながら答えるパスタをしり目に、僕はジャガイモを口に運ぶ。
「………う!?」
口に含んだ瞬間、まるで爆発が起きたような錯覚に陥った。
「うまい!」
「へ?」
「おいしいぞ! パスタ。しっかりと煮込まれたジャガイモ。でも、柔らかすぎずかといって固過ぎずの中間点の煮込み具合はなかなか出すことができない芸当だ」
呆けているパスタをよそに、僕は味の評価をパスタに伝えていく。
それほどにおいしいものだった。
「これを食べたらどんな男でもいちころだろうな。まさしく男の胃袋をつかむ料理と言っても過言ではないだろう」
「い、いちころ……うにゃにゃにゃにゃ」
僕の言葉に、何を思い浮かべたのかパスタはしまりのない顔を浮かべる。
「でだ」
僕は、静かに箸をおくと切り出す。
「ジャガイモの味とは違う何かが入っているような味がしたが、一体どんな毒を盛った?」
「にゃ!? パスタの料理を食べてしびれたところを襲うという目論見がばれてるにゃ?!」
どうやら本当に毒を盛っていたようだ。
(なるほど、それで神楽は体がしびれているわけか)
パスタが口に出した言葉で、僕の疑問が解決した。
おそらく、つまみ食いでもしようとしたのだろう。
神楽は毒入り肉じゃがの餌食となったのだ。
「残念だったな。僕にはある程度の毒を中和する免疫があるから効かぬぞ」
「そ、そんなの反則にゃ!」
反則も何もそれが事実だ。
「さて、料理を馬鹿にするお前には罰を与えねばな」
「な、何する気にゃ!?」
「何、ねこ鍋にでもしてくれようと思ってな。ククク」
「ぎ、ぎにゃー!! こ、殺される」
そして、僕はパスタへのお仕置きを始めるのであった。
「それで、パスタさんは浩ちゃんに怯えてたのね」
「まあ、そんなところ」
数時間後、プリエの清掃作業をしながら毒入り肉じゃがの経緯を話すとあきれたような表情で答える。
「にしても、一体どんなお仕置きをしたのよ?」
「催眠術を駆使してねこ鍋の刑」
「あー」
僕の言葉に、神楽はすべてを悟ったような声を上げる。
具体的に言うとねこ鍋と言った後から彼女に催眠術をかけたのだ。
きっと彼女はねこ鍋にされた光景が頭の中に叩き込まれただろう。
これで毒入り料理は作らないだろう。
(ま、後でねこ鍋の記憶を消すか)
そう思いながら清掃作業を終わらせる僕たちなのであった。
「よし、こんなものだろう」
「うん。これで終わり。いやー毒食べてしびれた時はどうなるかと思ったけど、自浄できてよかったよ」
ちなみに神楽のような最上級神は自浄能力が備わっており、時間はかかるが毒の浄化ができるようになる。
劇薬の場合は効くまでの時間がゆっくりになりつつ、自浄作用で毒素が軽減されるくらいで無効化できなかったりもするが。
閑話休題
「ま、大した毒じゃなくてよかったよ。さて、そろそろ九条家の方に―――」
『浩ちゃん浩ちゃん、至急アジトまで~。早く来ないと――――』
僕の言葉を遮るように流れた呼び出しのアナウンスは、中途半端なところで終わりを告げた。
「あの人、本当にちゃんと言えないのか?」
「アジトってどこ?」
頭を抱えながらつぶやくと、神楽は首をかしげながら聞いてきた。
「たぶん理事長室だと思う。ちょっと言ってくる。神楽は先に戻ってて」
「分かった」
僕は神楽と別れるとヘレナさんの待つ理事長室へと向かうのであった。
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