それは、ある日の休み時間のこと。
「ねえ、高月君」
「なんだ? 佐伯さん」
次の授業の準備をしているところに、佐伯さんから声がかけられた僕は、準備の手を止めて佐伯さんのほうに顔を向けて用件を尋ねた。
「この間、修学旅行の班分けの話があったでしょ?」
「確かにあったね。それが?」
数日前に山中先生からHRで言われたことを思い出した僕は、さらに詳しく聞いてみることにした。
「その………よかったら私たちと一緒の班にならない?」
「………」
(またか)
佐伯さんの口から出た本題に、僕は心の中でため息をついた。
というのもここ数日の間、僕は数人の女子から同様の誘いを受けているからだ。
”正直言って僕なんかを誘って何が楽しいのだろうか?”と思ってしまうのだが、それは口にしないようにした。
一度してしまえば場の雰囲気を悪くしてしまうからだ。
さすがに僕もそんなことをするほど馬鹿ではない。
「悪いけど、もう組む班は決まってるから」
僕は、これまで何度もしている言葉を佐伯さんに告げた。
そう、僕はすでに軽音部メンバー(梓を除く)で班を組んでいるのだ。
尤も誘ってきたのは律だが、誘われなくても僕は唯と一緒の班にはいるつもりだった。
折角の修学旅行だ。
羽目を外しすぎない程度に楽しんでも罰は当たらないだろう。
それに、もしほかの女子がいる班にでも入ったらと思うと……
(考えないようにしよう)
ちょっと考えただけで背筋が凍るような寒気を感じた僕は、それ以上考えるのをやめることにした。
「そう……」
「悪いね」
「ううん。気にしなくて大丈夫だよ。だって……ねえ?」
目に見えてがっかりしたような表情をうかべた佐伯さんは、慶介のほうに視線を向けると意味ありげに聞いてきた。
「なるほどね」
「ちょっと、人の顔を見て何意味ありげな表情をして頷頷き合ってるんだっ!」
佐伯さんの言わんとすることを察した僕の相槌に反応した慶介が、こちらのほうに近づきながら問いただしてきた。
「言ってほしいのか?」
「言わないでください!」
僕の応えに、慶介はまるで滑り込むような勢いで土下座をしながら止めさせてきた。
何となく、慶介が惨めに思えた僕は、土下座をしている慶介から視線を外すことにした。
「大丈夫だよ。慶介はとても変態でバカでいい加減(*以下同じ内容なので省略)な人だけど、とってもいいやつだから」
「ありがとう、浩介。とでも言うと思ったか!! なんだよその暴言にも近い言葉は! しかもフォローがたった一言だけだし!」
僕ができる最高のフォローに、慶介が不満げに抗議(というよりツッコミに近い)してきた。
「これでも、まじめに真剣に考えたんだけど」
「それであれって、逆に俺が傷つくんだけど?!」
「まあ、それはともかく。慶介は人の嫌がることはしないやつだから。それは僕も保証するよ。だから、どうかな?」
慶介からのキレのいいツッコミをもらったところで、僕は佐伯さんが安心できるように慶介のことを話した。
「高月君がそこまで言うんなら……でも、一つだけ条件があるの」
「条件?」
一体どんな条件が課せられるのかとドキドキしながら佐伯さんの言葉を待っていると
「佐々木君が変なことをしたら止めてね」
「もちろん。全力全壊で止めさせてもらうよ。まあ、近くにいたらだけど」
何とも簡単な条件だったことにほっと胸をなでおろしながら、僕はその条件を呑んだ。
「ちょっと今、全開の”かい”がすごく物騒な漢字になってたぞ!!」
「ただの気のせいだから、気にするな」
「そ、そうか。それならよかった」
なんだか意味の分からないことを喚き散らす慶介を安心させるように相づちを打った。
こうして、何とか慶介は佐伯さんの班になった。
「よかったな、慶介の夢がかなったな」
僕たちから離れていく佐伯さんの背中を見送りながら、僕は慶介の肩をたたきながら祝福の言葉をかけた。
ちなみに慶介の夢は”女子と一緒に思い出に残るような時間を過ごしたい”といったものだったはずだ。
「嬉しいんだけど、どうしてだろうか? この悲しい気持ちは」
僕はそんな複雑そうな慶介のつぶやきを無視することにした。
「それにしても、どうして人を選びたがるんだろう。たかがと言ってはあれだけど、自由行動の班分けだろうに」
慶介の班分けが決まった次の日のある休み時間のこと。
僕の席にやってきた慶介に僕はふとそんな疑問を投げかけてみた。
そんな僕に、慶介は驚きに満ちた表情をうかべながら
「浩介、お前知らないのか?」
と聞いてきたので、僕は
「何のこと?」
と、聞き返した。
「自由行動の班分けは、部屋割りにもなってるんだよ」
「………は?」
慶介の口から出たあまりにも衝撃的な答えに、僕は一瞬固まってしまったが、何とか反応することができた。
「プリントにもちゃんと書いてあっただろ? 『部屋割りを兼ねている』って」
慶介に言われて僕はようやくちゃんとあの時配られたプリントに目を通していなかったことを思い出した。
もっとも、慶介の表情から嘘をついているようには思えなかったので疑ってはいなかったが。
「なんで、男女混合なんだよ。倫理面的に大問題だろ」
いくらなんでも年頃の男女が同じ部屋で寝るだなんて問題がありすぎる、
保護者から苦情が殺到していてもおかしくはない(というより、無い方がおかしい)状態だ。
「それがな、男女別にすると、ホテルの部屋が足りなくなるらしいんだ。5クラスの男子を固めても」
「…………」
この学年は一クラス二男子が2名。
まあ、一部のクラスは1人だが、4人と5人で分けても十分に足りそうな気がするが、きっと大人の事情があるのだろう
「なんでも、数年間修学旅行で使用しているホテルに教師が間違えて予約を取ったらしくて、他のホテルで予約を取ろうとしたんだけど部屋が不足しているみたいで断られたから、そうなったらしい」
「しかし、大丈夫なのか? 本当に」
さすが生徒会の役員。
裏事情まで説明してくれる慶介に感謝しながら問いかけてみた。
「保護者には一人ひとり説明をしているらしい。なんでも男女混合にする際はそのメンバー内の女子の誰かと交際をしている男子にする、とか。見回り回数を増やすとか」
「何それ」
慶介の口から出た教師たちの対応策に、僕は自分の耳を疑ってしまった。
最後のはよくわかる。
だが前者の案はいったいなんだ?
「なんだか教師側が各クラスの交際している男女のことを把握しているみたいで、恋人同士だったら問題はないだろうっていう理屈みたい」
「いや、問題ありまくりだろ」
一体どうやって把握しているのかはこの際おいておくとして、恋人同士だからこそ発生する問題はあるはずだ。
主にA,B,C的な奴で。
「まあ、それを兼ねての見回り強化らしいけど」
「ここの教師は能天気なのか、馬鹿なのかよくわからない」
慶介からされた説明に、僕はため息交じりに呟くのであった。
『はははっ。それはいいじゃないか!』
「勘弁してください」
夜、自室で予習をし終えたところにかかってきた中山さんからの電話で、修学旅行でのとんでもな事実を話すと、軽快に笑いながら言い返されてしまった。
『浩介だって眼福だろ』
「いや、まあ……そういわれると否定はできないですけど」
僕とて唯と一緒にいられてうれしいという思いがあるので、あまり強く言い返すことはできなかった。
『まあ、分かっているとは思うけどハメは外すなよ』
「分かっていますよ」
自分の立場的にも、不要なトラブルを招くようなことは避けるのが一番だ。
まあ、女子と一緒の部屋に寝るという時点でそれはできていないわけだけど。
週刊誌に”DKに熱愛が発覚か?”などという見出しが載るのはできるだけ避けたい。
載ったとしても、それは自分で公表したときにしたいものだ。
『それじゃ、そろそろ切るわね』
「あ、はい。おやすみなさいです」
僕のあいさつに、中山さんも”お休み”と返して電話が切られた。
「さて、僕も寝るか」
気づけばすっかり夜の10時を過ぎていたので、僕は早々に翌日の授業で使う教科書などを鞄に入れると、部屋の電気をきってベッドにもぐりこむのであった。
「よし、これで一通りそろえたかな」
修学旅行前日、僕は旅行用かばんに必要な荷物を詰め込んでいた。
肌着や非常時の食料などもばっちりだ。
もちろん魔法関連の物を持っていくことも忘れない。
(武器関連は格納庫に入れておくとして、それ以外の物は……)
必要なものがあるかどうかを見極めながら、僕は持っていく魔導具を選んでいく。
結局僕が選んだのは、一回だけ物理攻撃などから身を守ってくれる防御アイテムだった。
折角の修学旅行だ。
不意打ちを気にして歩くのではなく、純粋に旅行を楽しもうと考えた結果だった。
「さてと、明日の修学旅行はいったいどういうものになるのだか」
なんだか無性に不安に感じてしまうのは、どうしようもなかった。
一応唯たちとは修学旅行での自由行動の時に行くところを話し合ったりはしたが、ちゃんとまとまらずその場その場で臨機応変に回っていくという方向で話が決まった事も原因の一つだ。
行き当たりばったりというのが何とも僕たちらしかったが、それがそこはかとなく怖くもあるのだ。
(まさか旅行先で乱闘騒ぎを起こすようなことはないよな?)
そんな不安を抱えながら、僕はついに修学旅行当日を迎えることになるのであった。
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