ついに運命の日を迎えた。
「よし」
昼休みの終盤に差し掛かったところで、僕は席を立った。
そしてその足で向かうのは、佐伯さんのところだ。
「佐伯さん、ちょっといいかな?」
「何?」
声を掛けると、今まで話していた女子たちから視線をそらして用件を尋ねてくる。
「一つ、お使いを頼まれてくれないか?」
「へ?」
僕の言葉に、予想していなかったのか驚きのあまりに目を瞬かせる佐伯さんの前に、ジョンへの宛名を記した一通の封筒を差し出した。
「留学生のところに行って、これを渡してもらいたいんだけど」
「えっと……自分で渡せばいいんと思うんだけど」
僕の頼みごとに、困惑した表情で言ってくる佐伯さんに、僕は肩を竦めて答えた。
「この間偉そうに言った手前、自分から行くというのは少し憚られるから」
「高月君ってそういうところ真面目よねー」
「そうそう。別に気にしないのに」
苦笑しながら理由を言う僕に、周りにいた女子たちは笑いながら相槌を打った。
「それに、僕クラス知らないし」
「あー……」
補足する形でつぶやいた僕の言葉に、佐伯さんと話していた女子が苦笑しながら声を上げた。
「分かったよ。その代わり……」
「……なにこれ?」
佐伯さんの手から僕に手渡されたのは、一枚のチラシだった。
「ここのケーキを私たちに奢ってね♪」
「チョイ待て、なんで佐伯さん以外にも」
それは有名なケーキ屋さんのチラシだった。
ケーキの味はお墨付き。
フランスなどでの賞をいくつもとっているパティシエールが作っているらしい。
そのため一個一個のケーキの値段が、べらぼうに高いのだ。
コンビニにあるショートケーキの2~4倍と言ったところだろうか。
「だって、私たちも行くし☆」
「それぼったくり!?」
「じゃ、よろしくね~」
僕のツッコミをスルーして佐伯さんたちは教室を去っていった。
僕の手紙をジョンに届けるために。
「浩介」
「何? 慶介」
そんな彼女たちの背中を見送っていると、肩に手を乗せながら慶介が話しかけてきた。
「大丈夫。いいことと悪いことはセットで来るものさ」
「何でだろう、お前に同情されると無性に腹が立つのは」
うんうんと頷きながら励ましの言葉に、僕はなぜか怒りが込み上げてきた。
「平沢さんと付き合ったことで、男子から呪いを与えられたのだっ! 俺という名のっ!」
「いや、意味わからないし」
いきなり呪いと言われても、話の筋が全く理解できなかった。
「だから、身から出たさびというか、自業自得ということだぜぇい!」
「……………………………呪いならば、払って見せよう、力ずくで」
僕はサムズアップしながら耳元で大声を上げる慶介の手を振り払って、慶介と対峙する。
「あ、あの。顔が怖いですよ。浩介さん」
「ふふ、ふふふふふふ」
僕は元凶と距離を詰めていく。
そして僕は、
「ぎゃあああああああ!!!!」
呪いを払いのけるのであった。
「準備はできた?」
「こっちは問題なし!」
「私もよ」
「私も」
「私もです」
「私もできているであります!」
放課後、軽音部の部室で演奏の準備をしていた僕たちは、お互いに確認を取り合って状況を確認した。
もうすでに演奏ができる状態になっていた。
「山中先生の方は?」
「さわちゃんはあそこでお茶を飲んでもらってれば問題はないと思う」
今回の一番のネックは山中先生だった。
ジョンは現在この学校の生徒ではないのだ。
放課後、HRを終えたのと同時にジョンは他校生となったのだ。
そんな彼が校内にいるのを教師に見つかるのは、避けなければいけないのだ。
ただ、山中先生はこの部活の顧問を担っている。
当然、部室に来ることになる。
来ない日もあるが今日は来ないということを保証できるわけではない。
山中先生にはお茶を飲んでもらっている間にベンチに腰掛けてもらうつもりだ。
そうすればばれにくくなると思ったからだ。
本当であれば、しかるべき場所に申請をすればいいのだが、完全に私用のために、生徒会や風紀委員に協力を求めることもできない(というより、そもそも承認されるわけがない)ため、現在危ない橋を渡っている状態なのだ。
「よし、頑張って演奏しよう!」
『おー!』
皆で気合を入れたところで、部室のドアが静かに開いた。
「浩介、言われた通りに来たけど……」
「オルコットさん、そこに座ってください」
困惑した様子で訪ねてきたジョンに、ムギは人当たりのいい笑みを浮かべながらジョンに英語で告げた。
「さあさあ」
「そ、それじゃ」
促されたジョンはベンチに腰掛ける。
「これから演奏するのは浩君が友人に感謝の気持ちを込めたカバー曲です。聞いてください『翼をください』」
「1,2,1,2,3,4!」
唯のMCと同時に律が早いテンポでリズムコールをする。
そして曲が始まった。
アップテンポでメリハリの効いた曲が、部室を包み込む。
その曲に唯の柔らかな歌声でさらに場を和ませ、ムギと律に僕がそれを支えていく。
そして澪の歌声で広がりすぎた曲調を引き締める。
この曲は軽音部が始まるきっかけとなった曲。
そして、それは今目の前にいる友人に感謝を告げる曲へと変貌していた。
まるでみんなが一つになったような錯覚を感じるほどにまで、曲の完成度は高かった。
(あれ?)
そんな時、僕は何かを感じた。
ただそれは、違和感などのようなものではない。
ただ、なんとなく頭に引っかかっただけだ。
(今は曲に集中しよう)
僕は自分にそう言い聞かせることで、演奏の方に再度集中する。
唯のギターパートで曲は終わった。
それはまさしく駆け抜けるような速さだった。
そして、僕たちに贈られる観客からの拍手は、それが成功したものだということを現していた。
「はぁ。うまくいってよかった」
夜、自室のベッドで横になった僕は、息を吐き出しながらつぶやいた。
ジョンへの感謝の気持ちを曲に乗せて送るという僕の提案は、見事成功の結果を収めることができた。
(今頃ジョンはどのあたりにいるんだろう?)
時間的にはまだイギリスにはついていないはずだ。
『ありがとう』
別れ際に言われた嬉しそうな表情を浮かべたジョンのお礼の言葉は、今でも僕の心の中に残っている。
(一体なんだったんだろう?)
そんな中、ふと思い浮かぶのは、演奏中に感じた違和感。
どうしてなのかは分からないが、考えられるものとしては
(もしかして、いい演奏をしていたから?)
というものであった。
別に自惚れているわけではない。
これほどまでに、時間の流れを忘れるほどいい演奏をしたのはあっただろうか?
答えは否だ。
おそらくは、今までで一番いい感じの演奏をしたと思う。
(やっぱり、進化している)
そう、その一言に尽きるのだ。
唯たちは凄まじい速度で進化して、次のステップに踏み込もうとしている。
(これならば、もしかしたら)
第二のH&Pになるのも時間の問題なのかもしれない。
「だとすれば、彼女たちは僕の………ライバルになる」
これまではあくまでも土俵下でのやり取りだった。
でももし、同じ土俵に立つというのであるならば、僕は彼女たちと争うことになるだろう。
そして、僕は負けるつもりは一切ない。
(いつの日か、対決できる日を楽しみに待つことにしよう)
僕はいつか来るかもしれない対決の日を夢見て微笑むのであった。
「それで、今度は何の用?」
またある日の休日、僕はいつぞやのように慶介に家に来るように言われ、ギターの練習を切り上げて慶介の家に来ていた。
「まあまあ、入ってくれよ」
今度案内されたのは、リビングだった。
テーブルには見たことのない花が置かれていた。
「また惚れ薬とかを混ぜてるんじゃないだろうな?」
「そんなことはもうしないって」
何気にこの間の惚れ薬混入のことを根に持っている僕は、目を細めて慶介に確認して、大丈夫だと判断した。
「実はこの間の惚れ薬は、ある植物からできているらしいんだ」
「植物?」
なんとなく嫌な予感がした。
例えば、目の前に置かれた強烈なにおいを発している謎の植物とかが。
「これがその花らしいんだ。おっと、匂いを嗅がない方がいいぜ。常人だと嗅いだだけでコロッと行く場合があるから」
(ずっと匂いを嗅いでも何も変化がない僕は、いったい何なんだろう?)
効かないのかもしれないが、僕は植物から距離を取った。
「ふははははは」
「………」
その植物を慶介はあろうことか花に近づけると思いっきり匂いを嗅いだ。
そして、ゆっくりと鼻を元の場所に戻した。
「よくよく見ると、あの人結構美人だよな」
「……………」
慶介が指し示す先に視線を向けるとカレンダーが壁に掛けられていた。
そこには盆踊りで踊っているおばあさんの姿があった。
「慶介、またバカ効きだぞ」
「え? 俺ってウザイ?」
返ってきたのは、全くもって的外れな内容だった。
(会話が成立していない!?)
どう考えてもそれしか思い当らなかった。
「浩介、今日は何か違くない?」
「………はぁ!?」
唐突におかしな事を猫なで声で言い出す慶介に、僕は素っ頓狂な声で叫んだ。
というよりこの光景は何だかひどく既視感を覚えるのだが。
「あぁ、髪を切ったのか」
「け、慶介?」
この間よりも何だか目が血走っていて怖い。
しかも今度は鼻息も荒いし。
「口づけというのは生物に共通するコミュニケーションさ。さあ、目を閉じて」
「………ひ!?」
いきなり肩を力いっぱいつかんできた慶介は、再びわけのわからない言葉を口にした。
「しねえええええええええ!!!」
「ぎゃーーーーーーーー!?」
背筋が凍りついた僕は、条件反射で慶介の顔面を無我夢中で殴り続けた。
「………は、はは。男、佐久間慶介。愛に生き、愛に死ぬ……ガク」
「何が愛だ。バカたれが」
とりあえず惚れ薬の大元となった植物は燃やしておき、僕はそこから逃げるように立ち去るのであった。
(あいつ、いつかホモ疑惑が流されるぞ)
そんな友のことを心配しながら。
ちなみに、液体の方は適切な手段で処分をしているため、探しても見つかることはないだろう。
(あいつはそうまでして、女子にモテたいものかね)
思わずため息が出てきそうになるが、完全に持っているものの余裕のような気がするので、心の中に留めた。
そんなこんなで、僕は自宅の方へと戻っていくのであった。
『DK、ライブの件正式に決まったぞ』
「そうですか。どうぞ」
夜、自室で予習復習をしているさなかにYJからかかってきた電話の内容は、今年最後となるライブについてのことだった。
僕は、次のライブの詳細を話すよう、YJを促した。
『時間は30分、使用する楽曲は3曲ほどが限界だろう』
「そうですか。楽曲名の方は決まりましたか?」
本当に小規模のため、こちらに割り振られる時間の方もかなり短くなっていた。
だが、僕たちには不満等はない。
演奏する場所(ステージ)があるだけでも、十分にありがたいのだから。
昔は場所探しから奔走していたのだから、今考えれば非常に恵まれていると言っても過言はなかった。
『いや、それはまだだ。それで、楽曲を決めるために、明日そっちに行くから、準備をしておけ』
「分かりました」
YJの指示に応じた僕は”失礼します”と、告げてから電話を切った。
そして先ほどまで腰かけていたベッドから立ち上がると、僕は窓際の方へと歩み寄った。
「いよいよか」
そしてぽつりと僕はつぶやいた。
これまで9月のライブを最後に小休止を取っていたH&Pだったが、再びライブ活動を再開させる時期に突入していたのだ。
ここから先は年末年始を通して忙しくなることが予想されている。
なにせ、
「2月には大規模なライブがあるんだから」
2月のライブが年度末最後の大規模なライブとなるのだから。
このライブでの一番の目玉はやはり、”NEW STARS PROJECT”だろう。
今回から1時間に拡張された事と、これまでこのプロジェクトに応募・当選したものにも参加権を与えていることから、かなりの選考難易度が考えられる。
拡張できたのは、ひとえに社長の努力のおかげだ。
本当に社長様様である。
「これから忙しくなるな」
言葉とは裏腹に、僕の心の中はわくわくしていた。
やはり、演奏をしているときが一番僕にはスッキリできる時間だからなのかもしれない。
放課後ティータイムの方も、特に用事がなければライブはないはずなので、十分両立はできるだろう。
ただ、ライブの日などはどうしても部活に参加できなくなるので、こればかりは仕方のないことだ。
「さぁて、これからも色々とがんばりますか!」
こうして僕は、年末年始に向けて気合を入れるのであった。
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