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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第91話 友のため

近場にあった喫茶店に招待された僕は、女性に紅茶をごちそうになっていた。
適当な席に腰掛けた僕は、女性に聞かれるがまま事情を話していた。

「そう。貴方は日本からの留学希望生なのね」
「ええ、まあ」

話しても何の意味もないと思い、僕は紅茶に口をつける。

「もしよければ、留学用の書類を見せてもらえないかしら?」
「ええ。構いませんけど」

女性の申し出に、僕は一瞬考えたが、別に知られてまずいようなことは書かれていないので、承諾すると書類を女性に手渡した。

「留学試験を最優秀な成績でパスしたのはすごいことよ。でも……」

僕が手渡した書類に目を通した女性は、感心した様子で口を開くが、なんといえばいいか迷ったような表情を浮かべた。

「でも、ガーディアンがいないようだといくら試験をパスしても留学は無理よね」
「ええ。今日中に決まらなければ辞退するつもりです」
「諦めるの?」

紅茶に口をつけが鳴ら応える僕に、女性が疑問を投げかけた。

「諦めてはいませんよ。最後の最後まで、希望を持っていくつもりですから」
「そう。変なことを聞いてしまってごめんなさいね」
「いえ、気にしてないので」

女性の問いかけに答える僕に、その女性は申し訳なさそうに謝ってきたので、僕は首を横に振りながら答えた。
それから数分して、僕たちは別れた。










「へぇ、そんなことがあったんだ」
「さすが浩君だね♪」

感心したようにつぶやく律とは対照的に、笑顔で腕に抱きつく唯の頭をなでることで対応した。

「その女性とはそれっきりで、二度と会うことはないだろうと思っていたんだけどね」
「また会うことになったんですか?」
「しかも、すごい形で」

僕はその時のことを思い返してみた。
いきなりガーディアンが見つかったという連絡で向かったガーディアンの自宅は、まるで某国の大統領が暮らしている場所を彷彿とさせるほどの広さと大きさを誇る建物だった。
そして、そこの住人こそが、あの時の女性だったのだ。

「偶然って、あるもんなんだな」
「そんなに起こることはないと思うけどね」

澪の漏らした言葉に相槌を打つムギの言うとおり、そんなに起きるようなことではなかったのだ。
僕のはただ運が良かっただけだ。

「コウスケって、相手から行動を起こさないと何もしない癖があるからね。留学先の学校でも、僕が話しかけてようやく会話を始めたくらいだし」
「なるほど、それで佐久間と知り合ったわけか」

なんだか自分のことが分析されるのは、すごく居心地が悪く感じた。
きっと相手も同じ心境なのかもしれない。
………ジョンの言うとおりだけど。

「自分から話しかけるって、何を話せっていうんだ? 天気のことでも話せと? 知っていることをなぜ話さなければならない」
「そして、理屈派ですね」

皆が僕を見て一斉にため息をついた。

「ここに入部するのは勧誘して?」
「いえ、自分から言い出しましたよ」
「へぇ、あのコウスケが自分から入部を決めるなんて。驚きだ」

ムギの説明に、感心したようにジョンがつぶやく。
僕はただただ居心地が悪く感じながら、紅茶に口をつけるのであった。










「それにしても、まさかジョンが、日本に来ているなんて」

自宅に戻った僕は、自室のベッドの上で静かに呟いた。
ジョンは、イギリスで初めてできた僕の友人。
その出会いは、今でも鮮明に覚えている。

『君が、タカツキコウスケだね。僕は、ジョン・オルコット。ジョンって呼んでね』
『た、高月浩介。僕のことも、浩介と呼んで』

家のリビングで、自己紹介をしあい、手を握る。
それが、全ての始まりだった。

『貴方は、今日から私の家族よ。私のことを母親のように接してくれるかしら』
『……はい』

女性のその言葉があったからこそ、僕は今があるのかもしれない。
僕は、とてもうれしかった。

『コウスケって、どことなく親しみを感じるんだよ。だから、僕が兄貴分だね』
『おいおい、それは勘弁してよ』

時には、兄弟談議に花を咲かせたこともあった。
結局、誰が兄かという結論は出なかったけれど。

「………気が付けば、僕って」

ふとあることに僕は気付いた。

「僕は何もお返しができていない」

オルコット家に対して、僕は恩返しをしていなかったことを思い出したのだ。
これまでは色々と与えてもらうだけだった。
でも、それではだめなのだ。
ちゃんと自分で何かを返していかなければ。

「しかし、一体何をお返しすれば………」

浮かび上がった問題はそれだった。
僕には、どうすればいいかが全く分からなかったのだ。

「はぁ……ギターの練習でもするか」

考えていても何も始まらないと考えた僕は、ギターの練習をすることにした。
相棒でもあるGibsonのギターを構えて、次に演奏する曲のギターパートを軽く弾いていく。
弾くとは言え、アンプにはつないでいない。
なので音の迫力は皆無だが、基礎練習にはもってこいだった。

「………………そうだっ!」

そんな時、僕はある方法を導き出した。

(でも、これは………)

しかし、その明暗にはある障害があった。
それは、唯たちだ。
彼女たちの協力がなければ、僕はそれを行うことができないのだ。

「とにかく、明日の部活の時に、頼んでみよう」

僕はその方法を実現するべく、気合を入れるのであった。










「オルコット君の為に、演奏をしたい!?」
「ああ」

翌日の放課後、僕は部室で律たちに思いついた方法を告げていた。
僕が思いついたのは、演奏を聴かせることだった。
歌というのは不思議な力を持っている。
歌に乗せて、僕の感謝の気持ちを相手に伝えることができるのではないかと考えたのだ。
本人に言うのは少しばかり恥ずかしかったので、この方法が何かお返しができる気がしたのだ。
ただ、問題なのは一人ではだめなこと。
ちゃんとした曲にするには、放課後ティータイムの演奏が必要になる。

「もちろん、無理にとは言わない。これは僕の勝手な思いつきだから、みんなが嫌なら――「ちょっと待った」――律?」

僕の言葉を遮るように口を開いた律に、僕は首をかしげた。

「何でもかんでも決めつけるのが浩介の悪いところだよ」
「そうですよ。私も、先輩たちのバンドの仲間じゃないですか。その仲間が駒ていることがあって、綿地たちにそれができるのなら、私は協力しますよ」
「私も。なんだかんだで、浩介君の昔のことを教えてもらったから。何かお礼をしたいなって思ってたのよ」

澪や梓、ムギが続いて僕にとがめるように声を掛けてきた。

「……ありがとう、みんな」
「よっしゃ、それじゃどの曲にするか決めようぜ!」

律の呼びかけで、僕たちはジョンへの感謝の気持ちを込めた演奏の曲名を考えることになった。
だが、これが一番難航した。

「演奏するんなら、やっぱり誰もが知っている曲の方がいいよな」
「それじゃ、『ふわふわ|時間《タイム》』とかは除外ですよね」

澪の言うとおり、せっかく演奏するのならオリジナルではなくカバーの方がいいだろう。

「でも、あれ以外で演奏できる曲なんてあったか?」
『…………』

律のその言葉に、全員が考え込み始めた。
律の言うとおり、そのような曲は全く………

「あっ!?」
「うおっ?! びっくりした……一体どうしたんだよ、大声なんか出して」

なかったと思われたが、実はそれに該当する曲が存在したのだ。

「いや、あったんだよ。おそらくは誰でも知っていそうな曲が」
「それって、一体何? 浩君」

興味深げに聞いてくる唯に、僕アその曲名を告げた。

「『翼をください』だ」
「「「「あー」」」」

その曲名を知って唯たちはなるほどと言わんばかりに、声を上げた。

「あの曲は、軽音部の始動のきっかけになった曲だし、いいじゃんか」
「そうだったんですか!」

腕を組みながら感傷に浸る律に、梓は目を輝かせながら相槌を打った。

(まあ、アドリブでやった曲だけど)

あの時のことを思い出すと、笑い出しそうになった。
よくもまあ、無茶ぶりに応じたものだと自分でも思うほどだ。

「実は、あの時の曲にアレンジを加えてみたんだ」
「そうなんだ、でも音源は?」
「それならムギに返した音楽プレーヤーに入れてあるはずだけど」

澪の問いかけに答えると、ムギは若干慌てた様子で鞄から音楽プレーヤーを取り出すと操作していた。

「あ、本当だわ」

データを見つけたのか、驚いた表情を浮かべたムギはイヤホンの片方を自分の耳に、もう片方を梓に渡して再生を始めた。
曲の演奏を聴いていた梓は頷くとイヤホンを唯に渡し、ムギも澪に渡す。
渡された唯と澪はそれぞれ頷くと律の方に手渡した。

「おー、本当に『翼をください』なのかが不思議に思える感じだ」
「曲調をアップテンポに、メリハリのある感じにしてみただけだから」

元の曲の静かな曲調もいいが、アップテンポな曲調もとても似合っている曲に仕上がったという自信があった。

「もうすでに譜面は作ってある。今からでも練習をしよう」
「え? どうしてだ?」

僕の有無も言わせぬ口調に、首をかしげながら律が訊いてきた。

「ジョンが来るのは明日で最後。明後日にはイギリスに帰るんだ。だから練習は今日しかできない」
『あ……』

僕の返答に、ようやく気付いたのか全員が声を上げた。
交換留学は明日で最終日を迎える。
明後日にはもうイギリスでいつもの生活を送っているだろう。
だからこそ、少し焦っていたのだ。

「それじゃ、コウスケの友達の為に、頑張るぞー!」
『オー!』

こうして、僕たちはアレンジした『翼をください』の演奏を成功させるべく練習を始める………のだが、とんでもない問題が浮上した。

「浩介は本当に、バッキングパートでいいのか?」
「ああ。これが放課後ティータイムでの僕の立ち位置だよ」

最初はパートの分類。
当初は僕をメインにしようという意見が上がっていたが、僕は丁重に断ってバッキングギターになった。
それが、僕の立ち位置であり、いつもの姿なのだ。
そう言う面では、僕がバッキングパートを担当するのが通りだった。
そして、一番の問題は、演奏中だった。

(よし、ここまでは大丈夫)

順調に曲を演奏していた時にそれは起こった。

(ん?)

サビの箇所で全員で声を合わせたところで、何か違和感を感じた。
その違和感の正体に気付くことがなかった。
だが、正体はすぐに気付くことになった。
それは間奏を終え、2番の歌詞をある人物が歌い始めた瞬間だった。

(…………………)

違和感は確信へと変わった。
その歌声が程よくバランスの取れている音の調和を大きく狂わしたのだ。

「ストップ、ストップ!」
「ど、どうしたんですか?」

突然演奏を中断させたことに、驚きをあらわにする梓。

「梓、さっきの箇所、もう一回歌ってもらっていい?」
「は、はい」

僕の言葉に、快く頷いた梓は2番の歌詞を歌い始めた。

(さっきほど下手じゃない)

うまいともいえないが、それほど下手というわけではない歌声だった。
やはり、さっきの変な歌声は気のせいなのだろうか?

「それじゃ、今度はギターを弾きながら」
「は、はい!」

念のために、僕は梓にギターを弾きながら歌ってもらうことにした。

『…………』

その瞬間、部室中が痛い沈黙に包まれた。
梓が奏でた歌声は、一言でいうと”下手”だった。
音痴というわけではないが、ただただ下手なのだ。
音程は外れているし、ビブラートを効かせすぎたり、他には歌いだしのタイミングがずれていたり等々凄まじい歌声だった。
一番すごいのは、そのことに当の本人が気づいていないことくらいだが。

(これは絶対にダメだ)

改善する時間がない僕が応急処置として取ったのは、

「あ、梓のボーカルは僕がやるよ」

ボーカルの変更だった。

「え? どうしてですか?」

僕の提案に、梓が首をかしげながら聞いてくるが、本当ことを言って傷つけるのも気が引ける。

「そうだな、それがいいな。浩介にも見せ場を作らないと」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ、あずにゃん」

未だに納得していない様子の梓だったが、僕たちは強引に納得させることにした。
結局、梓は渋々ではあるがボーカルの変更を受け入れてくれた。

(今度梓にはボーカルトレーニングをすることにしよう)

このままだと遅かれ早かれすごい地獄を見ること人あるのは確実だったため、僕は心の中でそう決意するのであった。
そんなハプニングがあったものの、何とか人に聞かせられる演奏のレベルにまで僕たちはたどり着くことができた。

(あとは、演奏を成功させることだけを考えればいい)

僕は心の中でそうつぶやき、明日の本番に思いを馳せるのであった。
この後、ある問題に僕たちは直面することになるとも知らずに。
そして、僕たちは運命の日を迎えるのであった。

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