健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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IF-H 第8話 戦開始

『さあ、午後に入り食事も終えたビスコッティ、ガレット両軍。現在チャパル胡椒地帯で戦闘開始の合図を待っております』
「渉殿は必要であれば勇者殿のフォローと、ユキカゼと共に敵兵の数を減らしてほしいでござる」
「分かりました」

実況を聞き流していると、ブリオッシュから指示が入った。
どうやら俺は遊撃隊のようなものらしい。
まあ、ちょうどいい。
俺には誰かと共に集団で行動が出来るほど器用でもなければ、隊列を組み指示を出すようなカリスマ性もない。
だからこそ、ブリオッシュの指示のおかげで、俺はとても動きやすくなったのだ。
そして、花火が打ちあがり戦が始まった。
勇者とエクレールはどうやら開戦直後の混乱を利用してこの場を突破するらしいが。

「狙われてるな」
「そのようでござる」

俺の呟きに、ユキカゼが相槌を打った。
ブリオッシュはすでに動いている。

「フォローが出来るようにしておく?」
「そうするでござる」

俺の問いかけにそう答えると、ユキカゼはゆっくりと丘の先の方に向かう。
俺は二人の状況を注視する。
突然放たれた大量の弓を二人は紋章術によって相殺するがその隙を狙って三人のガレット兵士がシンクの元に迫る。

「ユキカゼ!」
「ユキカゼ流弓術一の矢、花嵐っ!」

俺が声をかけるのとほぼ同時に手にしていた弓矢を兵士の方に向けて射る。
それは金色の光を纏いながらその名の通りまるで嵐のように兵士たちだけを吹き飛ばした。
そのまま一気にユキカゼは勇者の方へと駆け出す。
俺もそれに倣って走る。

「勇者殿!」
「ユッキー!」
「油断大敵でござるよ」
「ごめんありがとう」

ユキカゼの注意に、勇者はお礼を言った。

「おい、エクレールはどこに行った?」
「エクレは………って、危ないッ!!」

俺の問いかけに答えようとした勇者は、俺の方を……正確には俺の後ろの方を見て声を上げた。
何事かと思う振り返ってみるとそこには……

「ヒャッハー!!」
「っ!?」

怖い顔をしたガレット兵士三人が迫って来ていた。
しかも狙いは俺だったためその場を横に転がり込むことで奇襲を避けた。

「分かりやすい奇襲攻撃をどうも」
「お前と勇者の持っている神剣を奪えば、レオ様からご褒美がたんまりという通達が出てんでよ」
「何っ!?」

ガレット兵士の言葉に、ユキカゼが思わず声を漏らした。

「奪う、だと?」
「あん? がはッ!?」

ガレット兵士の言葉に、俺はブチ切れた。
見せしめに横にいた兵士を霊術で吹き飛ばした。
その拍子に突き飛ばされた兵士は猫玉化した

「この神剣正宗吉宗は、我が目覚めし時に授かった神具。言うなれば我が分身だ。……それを貴様らのような分際がしかも奪うだと?」
「て、撤退っ!!」

俺の怒りように、慌てた様子で逃げ出すガレット兵士だが逃がしはしない。
俺は神剣正宗を手にすると大きく横に振った。
すると神剣に白銀の光が灯り出す。

「逃がさんっ! ユキカゼ直伝! ユキカゼ流弓術一の矢、花嵐!!」
「拙者、まだ渉殿に教えてないでござるよ?!」
「それに弓じゃなくて剣だよ?!」

俺が放った紋章術に、ユキカゼと勇者が何かを言っているがそれを聞き流した。

「ぎゃぁっ!?」

二人の兵士のうち一人の直撃し猫玉と化した。
だが一人は依然と逃げ続けている。
俺は素早く移動して兵士の前へと回り込む。

「ヒィッ!?」
「身の程をわきまえろ! この大戯けがッ!」

そう怒鳴ると、俺は神剣に力を込める。

「裂空、一文字!!」

そして、最後の兵士は猫玉化するのであった。

「それで、勇者よ。エクレールと合流した方が良いのでは?」
「あ、う、うん。そうだね」
「あれをやった後に平然と言える渉殿はすごいでござる」

俺の提案に、勇者は苦笑しながらユキカゼは顔をひきつらせながらそれぞれが答えた。
そして勇者はエクレールがいると思われる場所の方へと向かう。

「ちょっと待った勇者!」
「え、な、何?」

大声で引きとめられたことに驚いをあらわにする勇者に、俺は少しだけ早歩きをして近づく。

「重要な事を忘れていた」
「え?」

突然差し出された手に目を丸くする勇者をしり目に、俺はさらに言葉を続けた。

「俺は非公式のビスコッティ隠密部隊の、小野渉だ。呼び方は好きにしてもかまわない。で、お前の名前は? いつまでも”お前”とかでは失礼だろう」
「あ、うん。僕はシンク・イズミ。宜しくね渉さん」
「出来ればさん付けは勘弁してもらいたいのだが、まあいいか。よろしく勇者シンク」

俺は文句を言いながらもシンクと握手を交わした。

「ほら、とっとと行け。親衛隊長の雷が落ちるぞ」
「う、うん」

俺の言葉に、シンクは頷くと今度こそ駆け出して行った。

「さあ、俺達も行くぞ。あまりのんびりしてたらブリオッシュに怒られるからな」
「了解でござる」

そして俺達も動き出した。
この大戦は、まだ幕を開けたばかりだ。

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IF-H 第7話 心の変化と不安

「勇者殿とエクレールとはまた一緒の組でござるな」
「不本意ながら私が、アホ勇者の面倒を見なければいけませんので」

目的地へと俺とユキカゼにブリオッシュ、さらに勇者とエクレールを加えて向かっている中、ブリオッシュの言葉にエクレールは不満げに答えた。

「ひどっ!」
「勇者殿。相方とは仲良くしなければいけないでござるよ」

エクレールの言葉に頷く勇者にユキカゼが思わず吹き出し、ブリオッシュが窘めた。

「なんで僕に言うんですかッ! エクレが僕にツンケにするんですよ!」
「やかましい。貴様がアホな事ばかりするからだ」
「アホな事?」

エクレールの言葉に、ブリオッシュが首を傾げた。

「まさか、エクレールの入浴中にそれを知らずに勇者殿が浴室に入ってしまいばったり鉢合わせになった……とか?」

俺は、思いつく限りのシチュエーションを適当に言ってみた。

「………違うよ!」
「違うっ!」

エクレールは割とすぐに否定してきたが、勇者はしばらく無言で否定した。

「シンク、今の間はなんだ?」
「何でもないよ」
「まさか、本当に鉢合わせになったのか?」

シンクは否定しているが、俺の疑惑は深まるばかりだ。

「な、なってないよ!」
「………まあそういう事にしよう」

これ以上続けるとややこしくなりそうなので、そう言ったが、両手を振って必至に否定するシンクの表情からして、絶対に鉢合わせになったなと思う俺であった。

「ゆ、勇者殿、エクレと会った初日におっぱい揉んだり全裸にしたりしたでござる」

話を戻そうとユキカゼが声を上げるが、何故かその頬は紅く染まっていた。

(まさか、俺の適当に口にしたシチュエーションで、この間の事を思い出したりして……るよな)

ありえないと思いたいが、ユキカゼの様子からして思えない。
しかし、さすがは勇者と言った所か。
やることがかなり派手だ。

「ほほぅ。それはそれは……」
「「誤解ですッ!」」

感心したように相槌を打つブリオッシュに、二人は息ピッタリに反論する。

「ユッキー、お前なぜそれを知っているっ?!」
「リコに録画を見せて貰ったでござる」

エクレールが取り乱しながらユキカゼを問い詰めると、そんな答えが返ってきた。

(あー、あの時か)

数日前にユキカゼがリコッタに声を掛けられて、どこかに言ったことを思い出した。

「勇者殿もなかなかどうして、大胆でござるな」
「いや、そこ感心するとこじゃないだろ」

感心しているブリオッシュに、俺はツッコむが、聞いていないだろうなと心のどこかでは思っていた。

「うぅー……あれは不幸な事故なんです――うわッ!?」

その光景を思い出したのか意気消沈して勇者が釈明するが、それを聞いたエクレールがセルクルに乗りながら器用に左足で勇者を蹴飛ばした。

「あはは、先陣二人の連携に問題はなさそうでござるな」
「はい」
「まあ、あれもあれで続けられると問題になるけど」

少し先で勇者を蹴飛ばしているエクレールを見ながら、評価をするブリオッシュにユキカゼは頷き、俺は頷きながらも苦言を述べた。

「後の懸念は魔物だが」

今までの明るい表情を引き締め、ユキカゼに促す。

「大丈夫でございましょう。空は晴天、守護の風も優しく天地に満ちています」

促されたユキカゼはそう答え、さらに彼女と一緒にセルクルに乗っていた子キツネ(コノハと言うらしい)が顔を見上げてユキカゼに何かを告げた。

「コノハも怪しい気配は何も感じぬと」
「うむ………渉殿はどう思うでござる?」

ユキカゼのその言葉に、真剣な面持ちで頷くと俺に話を振ってきた。

「ユキカゼとほぼ同じです」
「ほぼ?」

俺の言い回しに、ブリオッシュは目を細めて先を促す。

「妙な胸騒ぎを感じます。当たるかどうかは分かりませんが、ロクな事が起こったためしはありません」

ユキカゼ達と最初に魔物退治をした時のことが良い例だろう。
あの時も、若干ではあるが胸騒ぎを感じていた。

「なるほど……用心をするに越したことはないでござるな」
「ええ」

ブリオッシュの結論に、俺はそう相槌を打つと勇者たちの方を見た。
未だに言い争っていた。

(まったく、本当に調子が狂うな)

俺は心の中でため息をついた。
だが、もしかしたら心の中ではそういうのを望んでいたのかもしれない。
俺は今まで常に一人で戦ってきた。
あの二人のように言い争ったり、言葉を交わせる戦場仲間はいなかった。

(昔は昔。今は今だ。今のこの状況を心行くまで味わおう)

俺は自分にそう言い聞かせつつ目的地『チャパル湖沼地帯』へと向かうのであった。

(問題は、さっきのユキカゼの様子が、ブリオッシュたちに気付かれていないかと言うことぐらいか)

そんなどうでもいいことを考えながら。

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IF-H 第6話 戦が始まるとき

とうとう戦の日が訪れた。

「………うん。大丈夫」

俺はフィリアンノ城外で、自分の力を確認する。
確認といっても自分の腕を媒体として自身の霊力を具現化させるだけだが。
その結果はあまり芳しくはなかった。
だが、現れるであろう魔物と剣を交えることが出来るくらいの余力は残されていた。

「ここが正念場だ」

俺は自分にそう言い聞かせると、フィリアンノ城へと戻った。










戻った時には、すでに姫君から作戦内容を伝えられていたため、内容は聞き逃したが、重要な事(自分の配置に関してだが)だけは聞くことが出来た。
俺はユキカゼ達と同じ隠密部隊の隊列に入り、味方のフォローをするという物だった。
作戦内容を聞き逃すなど、武人にとっては重大なミスだが、戦場で挽回しよう。
ちなみに、遅れてきたことをエクレールに説教を食らったのは言うまでもない。










「同じ隊列でござるな」
「そうだな」

戦が始まるまでの間、俺はユキカゼとブリオッシュと言葉を交わしていた。
見た感じブリオッシュはいつもの様子だったので、安心した。
もっとも、微妙に視線を泳がせているあたりいつも通りというのはいささか語弊があるが。

「確か俺達は、渓谷アスレチック方面に向かって行けばよかったんだよな?」
「うむ。勇者殿たちはグラナ砦へと向かうでござるから、その援護でござるよ」

俺の問いかけに、ブリオッシュは頷く様にして答えた。

「とは言っても途中までは合同隊列でござるから一緒ではござるが」
「そうか」

ユキカゼの補足に俺はそう頷く。
今この時も姫君の説明は続いている。
とは言え前半はともかく後半は聞いたので、適当に聞き流していた。

「さーて、それでは、隊列を組みますよ~!」

そんな時、姫君が合図を上げようとしていた。

「ユキカゼ、ブリオッシュ」
「何でござるか? 渉殿」

移動の合図が上げられるその時、俺は二人に声をかけた。

「頑張ろうな」
「……! うむ」
「もちろんでござるよ」

俺の言葉に、一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに笑顔になってそう言ってくれた。

「移動、開始ッ!!」

こうして、戦が始まる時はすぐそこまで迫って来ていた。

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IF-H 第5話 星詠みと宣戦布告

ガレット獅子団領
その中のある部屋から何かが割れる音が響いた。
部屋の中では、レオ閣下が悔しさと苛立つ表情で立っていた。

「くそ、またか!」

レオ閣下はいら立ちをあらわにしながら呟く。

「戦を済ませて帰っても、やはり何も変わらん。いや、かえって悪くなった!」

レオ閣下はそう言いながら悔しそうな表情で上を見た。
その拳は、固く握られていたことから、その悔しさ、苛立ちがどれほどの物であるかが分かる。

「さして強くもないはずの儂の星詠み、なのになぜ、こうまではっきりと未来が見える!」

レオ閣下のやっていたこと、それは星詠みであった。
そしてレオ閣下の前にある映像版に映し出されていた物は、血を流して地面に倒れている勇者シンクと、ミルヒオーレ姫だった。

「ミルヒだけでもなく勇者も、この世界の者も死ぬ」

映像版の下に文字が書かれていた。

『「エクセリード」の主ミルヒオーレ姫と「パラディオン」の主勇者シンク、およびフロニャルド王国にいる者、30日以内に確実に死亡。この映像の未来はいかなることがあっても動かない』

そこには、最悪な未来が記されていた。

「星の定めた未来か知らぬが、かような出来事、起こしてなるものか!」

レオ閣下はそう啖呵を切ると部屋の一角へと向かう。

「貴様を出すぞ、グランヴェール! 天だろうが星だろうが、貴様とならば動かせる!」

レオ閣下の視線の先にあるもの、それは神々しいオーラを纏った一本の斧だった。
そして、それが起こるのは翌日の事であった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


その日、俺は夢を見ていた。
目の前にあるのは暴れる巨大な生物。
おそらくは魔物だろう。
周囲には先端が凶器のようなものが付いているツタがひしめき合ていた。
そしてそれらに囲まれるように立っている俺とユキカゼに、ブリオッシュの三人。
俺は二人に何かを言ってツタを切り裂いた。

「――――です!! 早く起きてください!!」
「わぁあああ!!?」

そんな夢を止めるように、突然耳に聞こえてきた少女の声に、俺は思わず飛び起きた。

(一体なんだったんだ? 今の夢は)

「渉さん!! 大変でありますよ!!」
「な、何!?」

思考に耽っていると、リコッタの叫び声に引き戻された。
その後、リコッタから伝えられたことをまとめると次のようになる。
まず、突然レオ閣下が、ビスコッティに宣戦布告をした。
そしてそれの懸賞をガレットの宝剣、『魔戦斧グランベール』と『神剣エクスマキナ』が賭けられたとのこと。
しかも、それにはこっちもそれに見合うものをかけなければいけなくなり、それは宝剣であるということ。

「話は分かった。とりあえず、着替えたいから外で待っててくれる? 2分で終わらせる」
「り、了解であります!」

俺はリコッタが出て行ったのを確認すると、一息ついた。

「今回の宣戦布告とあの夢が、関係がなければいいんだが」

俺は不安を感じていた。
俺が視たあの夢。
それは所謂”予知夢”だ。
もっとも俺の場合、視ることはかなり少ない。
しかも見たら俺の場合は必ず現実のものとなってしまう。
つまり、あのような魔物が現れるということだ。
その為に周辺はとんでもない状況に陥る。

「………それだけは防がなくちゃ」

俺は再びため息をつくと、着替え始めた。
そして、着替えが終わった俺は、急いで部屋を後にした。

(最悪の事態だけは回避しないと)

そんな、俺の決意と共に。

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IF-H 第4話 迷いと決断

あれから、俺はベッドで横になっていることが出来ず、上着を着て部屋を後にしフィリアンノ城を歩いていた。

「はぁ……」

思わずため息をついてしまった。
俺らしくもない。
ユキカゼの告白、そしてブリオッシュのキス……他にも色々と考えなければいけないことがあるはずなのに、さっきからこの二つの事が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
まるで呪いの言葉のように、俺に付きまとう。

(一体全体、俺はどうしてしまったんだ)

「はぁ……」
「何ため息をついてるんだ? 渉」

再度ため息をつくと、聞きなれた女性の声が聞こえてきた。
その声の方を見ると、そこには呆れたような目をして腕を組む親衛隊長のエクレールの姿があった。

「何だ、エクレール――かぁ!?」

俺の言葉を遮るようにして、エクレールに軽く頭を叩かれた。

「何だとは何だッ!」
「すみません」

エクレールの怒りように、俺は素直に謝ることにした。

「怪我の方はいいのか?」
「ああ。おかげさまで何とか」

謝ったことでエクレールはため息をつきながら、心配そうに聞いてきた。

「そうか。ダルキアン卿やユッキーがとても心配しておられた。あまり無茶はするな」
「御忠告どうも」

俺のお礼に、エクレールは「ふんッ!」とそっぽを向いてしまった。

「そう言えば先ほどダルキアン卿が顔を赤くして走って行ったが、何かしたのではあるまいな?」
「ッ!?」

エクレールの問いかけに、俺は息をのんだ。
何かをしたのではなく”された”のだが、俺の反応を見たエクレールの視線が鋭くなった。

「渉、貴様まさか本当にダルキアン卿に―――――」

エクレールの声が、意識が一瞬遠くなった。
まるで双眼鏡で景色を見て外した時のように。

「――――かッ! 渉ッ!」

意識が戻ると、俺は地面にうずくまっており、体を揺すりながら心配そうに声をかけているエクレールの声が聞こえた。

「悪い、ちょっとした立ちくらみだ」
「そ、そうか」

俺はふらつきながらも立ち上がり、大丈夫だと告げる。
エクレールは渋々ではあるが納得してくれたようだ。

「渉、今日は大事を取って大浴場で汗を流し、安静にしていろ」
「そうする」

エクレールの言葉に、俺は素直に頷くことにした。
このまま動き回っていたらまた誰かに迷惑をかけるかもしれない。

「一応言っておくが、今は男の入浴時間だがあまり長湯をしていると女性の入浴時間になる。気を付けるように」
「り、了解」

頭の中に、エクレールに追い掛け回される自分の姿を想像し、頷いた。
取りあえずそれだけは防がなくては。
そして俺は大浴場へと向かった。










「ふぅ……久しぶりにゆっくりできる」

それもどうだとは思うが、俺はのんびりとお湯につかっていた。
念のために言うが、俺は体を一通り洗い終えている。

(やっぱり”世界”からは逃れられないか)

俺は自分の手を見つめながら心の中でそう呟いた。
俺の一連の症状、それは世界と契約をしているがために起こったものだ。
物質化抵抗現象と同じだが、このままでは大変なことになる。

「それだけは防がないと」
「それとは、何でござる?」
「それはだな…………」

俺の呟きに答える少女の声に、普通に答えようとして俺は固まった。
そしてゆっくりと横を見てみた。

「うわぁ!?」
「ひゃっ! い、いきなり大きな声を出してどうしたんでござる?」

俺の横には同じようにしてユキカゼがお湯につかっていたのだ。

「どうしてッ! なんで、ユキカゼがここにいるんだよッ!?」
「先回りしてエクレ達を驚かそうと思ったからでござるよ」

俺の半ば叫びながらの問いかけに、ユキカゼは屈託のない笑顔で答えた。

「にしたって、まだ男の入浴時間中に……」
「大丈夫でござる。この時間帯に入るのは渉殿ぐらいでござるから」

ユキカゼの言葉に、俺はあたりを見回してみた。
確かに、人の姿は見当たらない。

「それで、何を悩んでいるのでござる? 拙者で良ければ話を聞くでござるよ」
「……どうして」

ユキカゼの言葉がきっかけとなったのか、俺は静かに口を開いた。

「どうしてユキカゼ達は、俺なんかにそこまで気を許すんだ? 俺に生きる価値なんてないのに、どうして――――」
「それ以上言ったら、さすがの拙者も怒るでござるよ」

俺の疑問を遮ったのは、怒気を含んだユキカゼの言葉だった。

「渉殿は拙者たちを、二回も身を挺して助けてくれたでござる。拙者やお館さまは渉殿の優しい心に引かれたのでござる。だから拙者は渉殿の事が好きになったのでござる」
「でも――」
「だから、渉殿。自分の事を『生きる価値がない』などと言わないでほしいでござる。もっと自分に自信を持ってほしいでござる」

ユキカゼの答えに、反論をしようとした俺の言葉を遮り、ユキカゼはすがるような声色で言ってきた。

「…………善処する」

それに俺が言えたのは、たったそれだけだった。
本当はお礼を言うべきなのに、俺は出来なかった。
自分の愚かさに、俺は悲しくなってきた。

「そろそろ俺は上がるとする。聞いてくれてありがとう」
「また明日でござるよ。渉殿」

ゆっくりと湯銭から上がり大浴場を後にする俺の背中に、ユキカゼはいつもと変わらない声色で言ってきた。
そんなユキカゼに、俺は片手をあげて答えるのであった。

(俺も、覚悟を決めるか)

まだ、他の問題が解決はしていない。
でも、二人から逃げてはいけない。
そう思ったからこそ、俺はある決心をした。
それは男としてはある意味アレであり、”不潔”がられるような選択をする決心を。
俺は服を着ると、そのまま自室へと足を向けるのであった。

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