健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

IF-D 第2話 魔物退治

「渉殿」
「何だ?」

ロランさんに言われた場所へ向かう途中、ブリオッシュが俺に声をかけてきた。

「どうして渉殿だけ歩きでござる?」
「そうでござるよ。セルクルに乗れば楽でござるよ」

(またか)

ここに来る前に同じ疑問を親衛隊長に投げかけられたのを思い出して、俺は思わずため息をつきそうになった。

「も、もしよかったら拙者のセルクルに乗らないでござるか?」
「却下! セルクルに乗らないのは、乗ることによって出来る危険を防ぐためだ!」

ブリオッシュの提案に、俺はきっぱりと断る。

「危険……とは?」
「動物の足を狙った攻撃は乗っているものに不意打ちをする一番手っ取り早い方法。確かに動物に乗れば移動労力は軽減できるけど、危険が伴う」

首をかしげるブリオッシュに、俺はできるだけわかりやすく説明する。

「なるほど」
「さて、セルクルはそろそろ降りた方がいいかもな」

俺の説明にすごいとばかりに頷いているブリオッシュをしり目に、俺は静かに告げた。

「………そうでござるな。この先は空気が違う……確実に魔物がいるでござる」

俺の言葉にブリオッシュも先から漂うよどみを感じているのか、真剣な面持ちで答えた。
その表情は言うのであれば”剣士”を思わせる物だった。
そして、少しばかり開けた場所でブリオッシュはセルクルから降りた。

「行くでござるよ」
「了解」

ブリオッシュの合図に、俺は気を引き締めて返事をした。
そして奥へと足を踏み入れるのであった。










開けた場所から進んだ場所は芝生で覆われ、脇には草木が生い茂るという、一種のジャングルのような場所だった。

「これはいかにも出そうな場所でござるな」
「出そうも何も、すでに周囲にいるようだけど」

辺りを見回しながらその感想を述べるブリオッシュに、ユキカゼは何かを感じ取ったのか静かに告げた。

「渉殿、気を付けるでござるよ。今回のは今までの比ではないでござるゆえ」
「分かりました」

ブリオッシュから注意され、俺は静かに返事をした。
確かにこちらに向けての敵意を感じる。
だが、分かるのはそこまで。
今の俺・・・に分かるのはそれだけだ。
まあ、普通はそれだけでもすごいと言われるほどのレベルだが。
……たぶん

「ブリオッシュ、無茶だけはしないように」
「その言葉、そっくりそのまま返すでござるよ」

俺の注意に、ブリオッシュが反論した。

「私は、渉殿の方が心配でござる」

ブリオッシュが心配そうな表情を浮かべながら言ってきた。

「………俺が無茶するのはお前たちを守る時か、仲間を守る時ぐらいだ」
「ッ!? そ、そうでござるか」

俺の言葉に、ブリオッシュは頬を赤らめ視線を俺から逸らしながら答える。
その時、ふっと敵意が強まった。

「どうやらあちらさんはせっかちさんだな。自分から来たようだ」
「そうでござるな」

俺の軽めの言葉に、ブリオッシュは武器を構えながら返すと、来るであろう魔物に備えた。
それから間もなくして、その魔物は俺達の前に躍り出た。

「グゥゥゥゥ」

その魔物は犬ぐらいの大きさで、色はグレーだった。
爪先は非常に鋭利で引っ掻かれでもしたら、下手すれば致命傷だけは避けられないだろう。
おまけに牙ときた。
噛まれたら大ダメージだ。
どちらにせよ、この二点にだけ気を付ければいいだろう。

「数は5匹。どうやら、一瞬で片が付きそうだ」
「いや、それはまだ早いでござる」

ブリオッシュが言いきった瞬間、さらに俺達の背後や周辺に魔物が姿を現した。
どうやら前方にいた魔物と同じタイプらしいが、数がものすごく増えた。

「どうやら敵は数で攻めてきたようだ」
「うむ、私たちはものの見事に囲まれているでござるな」

俺達は互いに背中を合わせ、意識を集中する。
勝負は一瞬。
判断を誤ればただでは済まない。
そして……

「グオオオオっ!」

魔物たちは雄叫びを上げると、一気に襲い掛かってきた。
ブリオッシュが動き出す中、俺は一歩前に出た。

「紋章剣……」

冷静に、無駄のない動きで神剣に輝力を集める。
後は魔物たちをひきつけるだけ。
俺から見て左半分の魔物をブリオッシュが、右半分の魔物を俺が狩る。
意識を集中していると、目を閉じているために見えるはずのないブリオッシュの行動が手に取るようにわかった。
紋章剣で一気に魔物をなぎ倒すブリオッシュ。
そして、目の前まで迫る魔物たちの姿。

(今だッ!)

「裂空一文字ッ!!」

間合いに引き付けたと判断した俺は、一気に正宗を横に薙ぎ払うように振るう。
その瞬間魔物たちは断末魔を上げることなく消滅した。

「ふぅ………渉お見事でござる」
「それを言うなればブリオッシュの方だろ」

一息つきながら掛けられるブリオッシュの労いの言葉に、俺はそう返した。
俺がやったのはあくまで右半分の魔物だけだ。
実際ブリオッシュは左半分の魔物を相手にしたのだ。
だからこそ、俺達はそう返したのだ。

「いやいや、渉殿の方が見事でござるよ。拙者の紋章剣をあそこまで習得できるとは驚きでござる」
「そ、そこまですごくはない」

ブリオッシュの称賛の言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
すると、それを見ていたブリオッシュはからかうような目で俺を見てきた。

「いや~渉殿が照れるのを、始めて見たでござるよ。顔真っ赤っかでござるよ」
「ブリオッシュ、人をからかうのも大概に――ッ!!」

ブリオッシュのからかいの言葉に、注意をしようとした俺の目に信じられない光景が見えた。

「……? そんなに目を見開いて、どうしたのでござる?」
「ブリオッシュ、後ろだッ!!!」

俺の変化に気付いたブリオッシュが首を傾げて訪ねてくるが、俺は大きな声で答えた。
俺が見た光景、それは草むらから飛び出てブリオッシュを狙う魔物の姿だった。
魔物をすべて狩ったという事実が、俺達に油断を生んでしまったようだ。
実際には一体の魔物が草むらに潜んでいたことに気づかなかったのだから。

「後ろでござる―――ッ?!」

俺に言われて後ろを見た時、すでに魔物がブリオッシュに目掛けて飛び掛かっていた時だった。
その足にある鋭利な爪を、振り上げながら。
ブリオッシュもその光景に急いで対応しようとするが、一歩足りない。

「クソッ!」

俺は一気に駆け出す。
距離にして約1m。
今の速度なら2秒でブリオシュの前に出られる。
後は0.5秒で武器を構えて受け止められれば、彼女を守れる。
でも、どう見ても残された時間は1秒もなかった。

(やるしかないか)

俺は慌てて魔物に向けて手をかざすと意識を集中した。

(戻せるのは2秒。猶予時間は0.5秒か)

俺がやることそれは、時間操作。
相手の行動時間を戻すものだ。
一種の逆再生のようなもので、やられた者は時間が戻されたことに気付かず、同じ軌道と速度で行動する。
戻せる時間の限度は5秒。
そこまで戻せる余裕がないため、2秒だけなのだ。
なぜなら時間を操作するのはかなりの集中力を要するからだ。
それ故、今の状況ではこれでも精一杯なのだ。

「なッ!?」

魔物がまるで巻き戻されていくかのように後退するのを見ていたブリオッシュは、驚きに満ちた声を上げる。

「はぁッ!!」
「きゃ!?」

俺はブリオッシュを突き飛ばすような形でその場から離れさせる。
後は半回転して魔物の方を向いて、神剣で受け止めればいい。
その後は軌道をそらし、怯んだ隙に一気に斬り込む。
それが俺の立てたプランだった。
だが……

(ッ!)

体は俺の考えに反して、まるで鉛のように動かなかった。

(体中を襲うこの倦怠感……まさか)

俺は、その原因に心当たりがあった。
しかし、そんな事を考える時間はなかった。

「渉殿ッ!!!」

俺を呼ぶ、ブリオッシュの悲痛な声が聞こえた。
それからすぐ後に背中から体中に痛みが走った
それを感じるや否や、足から力が抜けて俺は地面に倒れた。

(何でだ?)

疑問に思って視線を動かす。
唖然として俺を見ているブリオッシュの姿が見えた。
その眼はなんとなく絶望に包まれているような感じがした。
俺はブリオッシュが見ている方向に視線を向けた。
そこには真っ赤な”何か”が見えた。

(ああ、そういう事か)

それで俺はこの理由が分かった。
俺は、背後から来た魔物の爪によって貫かれたのだと。
それを理解したのと同時に、意識が遠のいて行く。

(まあ、女を守って死ぬんだから、少しは自慢できるかな)

そんな事を思いながら、俺は意識を手放す。

「いやあぁぁぁッ!!!」

その寸前に誰かの叫び声を聞きながら。

拍手[0回]

PR

IF-D 第1話 渉の選択

来てしまった。
いや、ここに来るのが嫌な訳ではない。
だが、なんとなく嫌なんだよな。
ものすごく矛盾しているが。

(絶対にこの前の事で文句を言われる)

そう思った時、俺の肩を力強く掴む人物がいた。
同時に、ものすごいオーラを背後から感じる。
それは言うなれば怒りのような気もした。
そして振り返った。

「渉殿。拙者に、何か言う事はないでござるか?」

うん、やっぱり怒ってた。
声は穏やかなのに、ブリオッシュが放つオーラは全く穏やかじゃない!!
もしかしたらそのオーラだけでこの魔物退治ができるのではないかと思うほどにとげとげしいオーラが俺を包み込んでいく。

「わ、悪かったって。でもあんな状態で寝られるほど、俺は図太い神経はしてないんだ!」
「……イクジナシ」

いや、ジト目で言わなくても。
それとも彼女は、俺に狼になれとでも?

「それはともかく、ブリオッシュに頼みがあるんだ」
「た、頼みでござるか!?」

俺の言葉に、ブリオッシュはいきなりテンションを上げて聞き返してきた。

「私達に出来る事だったら何でもするでござるよ(デートの誘いでござろうか? でも二人一緒だなんて……複雑でござる)」

な、なんだろう。
何だかブリオッシュの心の声が聞こえてくるような気がする。
(き、気のせいだ。そうだ。気のせいに違いない)
都合のいい解釈をするのは人として最悪だ。
これは知らなかったことにしよう。
俺はそう自分に言い聞かせると、用件を告げる。

「魔物関連の事だ」
「………」

俺の言葉に、ブリオッシュの表情が変わった。
決して、がっかりとした表情はしていないぞ。
本当だぞ。
その表情は大げさに言えばヴァルキュリエのようなものだった。

「なるほど……すぐに準備をしてくるでござる」
「ああ」

そう俺に告げて屋敷に駆けて行くブリオッシュを見ながら、一息つくのであった。
そして、俺はブリオッシュが戻ってくるのを静かに待つのであった。

拍手[0回]

IF-Y 最終話 二人の始まり

「それにしても、どうして渉殿は生き返ったでござる?」

風月庵への帰り道、ダルキアンは渉へと問いかける。
ちなみに、風月庵から召喚台近くまではユキカゼの驚異的な馬鹿力によって半ば飛ぶような勢いで来たため、移動手段は徒歩になっていた。
尤も彼女たちにとってはそれは些細な問題であったが。

「知らない」
「バッサリでござるな」

一刀両断に答える渉にダルキアンは苦笑する。

「理由として心当たりがあるとすれば」

そう口にして渉は可能性を口にした。

「あの妖刀だろう」
「妖刀でござるか?」

渉は静かに頷いて”おそらく”と前置きをしてから口を開いた。

「ユキカゼの中に取り込まれた妖刀を浄化した際に、それが俺の中に入り込み核にまで張り付くほど強く結びついた。
その結果妖刀自身が身代わりとなったのだと俺は思う」

「ふむ。真実は闇の中、でござるか」

そこで会話はぱたりと止んだ。

「ところで……」

そんな中、渉は困ったような表情を浮かべ声を上げる。

「ユキカゼはいつまで、そうやっているつもりなんだ?」
「ずっとでござる」

即答で答えるユキカゼに、渉は心の中でため息をつく。

ユキカゼの体制は、まるで渉におんぶされているようなものだ。

(ちょっと歩きずらい)

渉とて、数分前までは完全に活動が止まっていたのだ。
その際のダメージがかなり残っている時点でのこのおんぶは、負担が大きかった。

「嘘をついた罰でござる」
「はいはい。罰を受けますよお姫様」

だが、渉はそれでもいいと思っていた。
これからは、それが自分の日常になるのだから。

「これからは大変でござるよ」
「あ、そう言えばそうだよな」

渉は一度死んだことになっている。
つまり、色々な人物に会って話をしていかなければならないということだ。

「………明日、一日掛かりで説明するよ。ユキカゼも付き合ってくれる?」

渉の問いかけに答えるユキカゼの答えは当然

「勿論でござる!」

だった。

「仲がいいことは、良きかなよきかな」

そんな二人を、微笑ましげに見つめながら言うダルキアンであった。
その彼女の心境は、本人にしかわからない。










翌日、朝一で説明をするべくフィリアンノ城に向かった渉とユキカゼだったが、予想していた通り大騒動となった。
最初に出会ったのは親衛隊長でもあるエクレールだった。

「ユキカゼ、私は熱でもあるのだろうか? 幻覚が見えるのだが」
「誰が幻覚だ!!」

エクレールは必死に頭を振っては、もう一度確認して渉(本人は幻覚だと思っている)が見える度にさらに頭を振るという事を繰り返していた。

「お、落ち着くでござるよエクレ。渉は生きているでござる」
「ほ、本当か?」

そんな明らかに挙動不審なエクレはユキカゼの指摘に確認するように尋ねる。
それにユキカゼは頷いて答えるとその手を取って渉の腕へと持って行く。

「ほら、ちゃんと触れるでござるよ」
「…………何だか渉を取られたような気がしてきたでござる」

そうやって腕を触らせているとユキカゼがポツリとつぶやく。
それを聞いたエクレは

「あ、こら待て!!」

ユキカゼの手を振りほどいて逃げるように去って行った。
結局渉は幻覚扱いされたことに対しての謝罪はされなかった。










「はぁ、疲れた」
「もう夕暮れでござるな」

全ての説明を終えた渉とユキカゼは風月庵へと戻ることにした。
どうして遅くなったのか。
その理由は、ビスコッティの姫でもあるミルヒに説明をしようとしたところ、渉を見た瞬間気を失ったからだ。
そして、彼女が意識を取り戻した際に説明しようとしたが、何故か渉を見てまた気絶。
それを繰り返した結果、遅くなってしまったのだ。
結局、渉は外で待機して、ユキカゼが説明するということになった。
そして同じ形でリコッタにも説明をすることになった。
ユキカゼの話が終えたところを見計らって渉も姿を現したが、ユキカゼが最初に説明したことで、ショックで倒れるということはなかった。

「渉さんが生きていて、良かったであります」

涙を流しながらそう言うリコッタに、渉とユキカゼは困惑しながらも落ち着かせる。

「それで、これなんだけど」
「天照でありますか?」

渉が取り出したのは、天照であった。

「これを破壊したいと思うんだ。誰にも使えないように」

それは渉が決めていたことでもあった。
自分の手で天照を破壊して使用することができないようにさせる。
それが渉が思いつく最良の方法だった。

「私は良いであります。学者としては勿体無い気もするでありますが、天照は危険な物でもありますし、それを使えなく
することも大事であります」

そのリコッタの答えを聞いた渉は、リコッタにお礼を言いその場で天照を破壊した。
そしてその破壊した天照の破片をリコッタと渉の二人が持つことになった。
それぞれどこかの土地に埋める予定らしい。
というのも、天照には守護の力があるらしく、破壊してもその力だけは健在で一つにして埋めずにバラバラに埋めればその土地の加護の力が増すからだが。
そんなこんなで一通りのやるべきことを終えた時には、もう夕暮れ間近ということになったのだ。

「渉殿」
「何だ?」

沈黙を破り声をかけるユキカゼに、渉は歩きながら答える。

「拙者、まだ渉殿の返事を聞いていないでござる」
「いや、言ったじゃないか」
「あれは無しでござるよ!」

精神世界ではあるものの、しっかりと言った渉に、ユキカゼは語尾を強めて反論する。
確かに、精神世界だからノーカンになるのも当然か、と渉は心の中で納得することにした。

「ユキカゼ、俺は一人の女性としてお前のことが好きだ」

だからこそ、渉は精神世界と同じ文言で再びユキカゼに告白をした。

「拙者もでござるよ。渉殿♪」

そう言って抱き着くユキカゼに、渉は穏やかな表情を浮かべると、そのまま風月庵へと足を向ける。
彼女たちの物語は、まだ始まったばかりだ。


拍手[0回]

IF-Y 第12話 奇跡

ガレットとビスコッティの宝剣を掛けた戦は、魔物の出現を以って中止となった。
魔物は勇者シンクとビスコッティの姫、ミルヒオーレを筆頭にした者達の活躍により封じることに成功した。
魔物が現れた際にパニックとなり怪我をしたもの以外には、特に負傷者は出ずガレットとビスコッティの代表(レオンミシェリとミルヒオーレの二人だが)によっての会見を持ってしてこの騒動は完全に幕を下ろした。
それがフロニャルドの者達が知ることの顛末である。
ただ一つの、事実(・・)を伏せて。
魔物騒動の犠牲者が一名出ているという事実を。









執務室では、ミルヒオーレ姫がいつものように公務に当たっていた。

「………」
「姫様、手が止まっていますよ」
「あ、すみません」

手が止まり悲しげな表情で考え込むミルヒオーレ姫に、アメリタは促すように声をかける。

「彼……渉様の事ですか?」
「はい……あれで良かったのかなと悩んでしまって」
「姫様のお気持ちは分かりますが、あのような事を公表することは大きな混乱をもたらします。どうかご理解を」

アメリタの言葉に、ミルヒオーレ姫は”分かりました”と応える。
ミルヒオーレ姫は情報を告げるまで、事実を伏せることに反対をしていた。
だが、最終的には事実の隠ぺいが強行されることになった。
その理由の一つは渉の正体。
当初はただの巻き込まれた地球人と思われていたが、その際に傍らに置かれていた”杖”が問題だった。
学術研究院主席のリコッタの調査でその杖が”天照”であることが判明したのだ。
なぜ天照に関する記述があったのかは一切不明だが、天照は土地神しか扱うことのできない物であると記されていた。
その記載によって渉の正体は自ずと判明することとなった。
土地神が自らの命を犠牲に魔物を封じるという、真実に何ら問題はないようにも見えるが、この天照が悪用される可能性があること、そして身近に土地神がいることから有識者達の話し合いの結果、隠ぺいという結論に至った。

――ちなみに、この調査は勇者送還関連に関する調べ物と時期が重なってしまったため、学術研究院では慌ただしく動き回っている研究員たちの姿があったとかなかったとか。

かくして、事実を隠ぺいされたわけだが渉は、ビスコッティないしはフロニャルドを救った英雄として召喚台から少し離れた場所に葬られた。
そして、ユキカゼには完全に回復するまで目が覚めても言わないようにするということもリコッタとダルキアン達の話し合いで決められた。
その事実が今、ユキカゼに告げられる時が訪れたのだ。










「お、お館さま、冗談にしては度が過ぎているでござるよ」
「………」

冗談だと受け取ったユキカゼは苦笑しながらダルキアンに返す。
だが、ダルキアンは表情を変えなかった。

「………本当、なのでござるか?」

その表情から冗談ではないと悟ったユキカゼは、すがるような気持ちで再び問う。
その問いにダルキアンは静かに頷いて答える。
その答えを知ったユキカゼは、力が抜けたように地面に崩れ落ちる。

「ちょっと来てほしいでござる」
「………」

ダルキアンの言葉にユキカゼは応えないが、無言で頷いた。
そして二人はセルクル(とは言ってもユキカゼはまだ乗れるような状態ではないため、ダルキアンと一緒のセルクルだが)に乗り風月庵を後にした。





「到着でござる」
「ここは?」

たどり着いたのは勇者召喚と送還の儀の際に使用した召喚台の近くだった。

「渉殿が眠っておられる場所でござる」
「あ……」

ユキカゼの目にいくつかの花束が掲げられている場所が目に留まった。
おぼつかない足取りで近寄ると花束が置かれている場所より少し上の方に、文字が彫られていた。
そこには『フロニャルドを救った英雄 オノワタル』と記されていた。

「……どうして」

それを目の当たりにしたユキカゼはその場にうずくまる。

「どうしてでござる? 一緒にいるって約束したでござるのに、どうしてッ」

答えが戻ることはない。
それを分かってはいても、ユキカゼは問い詰めるのを止めなかった。

「グス……うぅ」

そしてとうとうユキカゼは泣き崩れてしまった。
その様子をダルキアンは離れた場所から静かに見守っていた。
……否、それしかできなかった。










「ユキカゼ、そろそろ戻るでござる。皆も心配しているでござるし」

赤み掛かった周囲の様子を見回しながら、何度目になるかわからない促しの言葉を掛ける。
だが、答えは返ってこなかった。

「………」

ダルキアンは諦めにも似たような気持ちを抱く。

(しばらく一人にさせた方がいいでござろうか)

そう考えていたダルキアンは、渋々といった様子で再びユキカゼに声をかける。

「拙者はそろそろ戻るでござるから、ユキカゼも戻るでござるよ」
「………拙者はもう少し、ここに残るでござる」

その返事を聞いてダルキアンはため息を漏らすと、ユキカゼに背を向ける。
そしてほむら達にこの場に残るように告げてダルキアンはその場を去る。










それから時間は経ち、周囲は薄暗くなっていた。
そんな状態でも、ユキカゼは俯いているだけだった。

(もう一度、ほんの少しでもいいから、渉殿と話したいでござる)

無理だと頭では理解していても、心の中では叶うのではないかと考えてしまう。
だが、そんな時それ(・・)は起こった。

「え?」

一瞬響いた謎の打撃音に、ユキカゼは何が起こったのかが理解できたなかった。
再び打撃音が響き渡る。
その瞬間、花束が軽くではあるが宙を舞う

「ぁ……ぁ」

ユキカゼの脳裏に二文字の言葉がよぎる。
『幽霊』という二文字の言葉が。
徐々に形が変形している目の前の地面に、ユキカゼは後ずさって行く。
そして、最後の一撃で地面が吹き飛んだ。
それに続いて穴の中から伸びる腕らしきものを見た瞬間、ユキカゼの中で何かが崩れた。

「きゃああああああ!!」

大声を上げながらユキカゼはその場から逃げた。










「お化け、でござるか?」
「そうでござる! 渉殿が化けて出てきたでござるよ!!!」

まるで嵐のように戻ってきたユキカゼは、ダルキアンの腕をつかむと嵐のように召喚台の近くへと戻っていた。

「だったらユキカゼは嬉しいのではないでござる? お化けでも渉殿でござるし」
「そ、それは……確かに……でも」

ダルキアンの指摘に、ユキカゼは走っていた足を止めうんうんと唸りながら考えていた。

「誰がお化けだ。誰が」
「え?」
「へ?」

突如響く、少々不機嫌な様子の声に二人はあたりを見回した。
なぜならその声は

「わ、渉殿?」

渉の物であったのだから。
そして今まで雲に隠されていた月が姿を見せる。
それは月明かりとなり、周囲を薄っすらとではあるが灯した。
そこに照らし出されたのは、不機嫌そうな顔で立つ渉の姿だった。

「「……」」
「あの。無視されるのは非常に困るんだが」

固まっている二人に、渉が戸惑った様子で声を上げる。

「「渉殿!!」」
「うわ!?」

真っ先に抱き着いたのはユキカゼであった。
それから数瞬遅れてダルキアンも抱き着く。

「会いたかった! 会いたかったでござる!!」
「………」

ユキカゼの涙交じりの声に、渉はただ無言で二人を抱きしめるだけだった。

―今、こうして奇跡は起こった―

拍手[0回]

【閲覧注意】IF-Y 第11話 取り戻した日常、失ったもの

「ん……」

外から聞こえる小鳥のさえずり。
それによってユキカゼの意識は覚醒した。
もっとも完全に覚醒させたのは、外から差し込む陽の光であったが。

「ここは……」

未だにぼやけた頭で辺りを見回す。

(どこかで見たような部屋でござる……………って、ここはお屋敷でござるよ!!)

今自分がいる部屋を、ユキカゼは完全に把握した。

「そうでござる、確か拙者は妖刀に体を乗っ取られて………」

そして矢継ぎ早に何があったかの出来事がユキカゼの脳裏に映し出されて行く。

「ッ! 痛っ!?」

慌てて起き上ろうとするが、体中の痛みで再び布団に倒れ込む。

「ユキカゼ、目が覚めたでござるか」
「お、お館さま!」

ふすまを開けて部屋にはいるダルキアンは、再び起き上がろうとするユキカゼを片手で制すると、布団の横に腰かけた。

「どうでござる?」
「ちょっと体が痛いですが、大丈夫でござる」

ダルキアンの問いかけに、ユキカゼは申し訳なさそうな表情を浮かべて答える。

「痛くて当然でござろう。眠って一週間は過ぎているでござる故」
「い、一週間!?」

自分が眠っていた期間の長さに、ユキカゼは思わず声をあげた。

「あの、お館さま」
「何でござる?」
「その、あの時はすみませんでした!」
「………」

ユキカゼの謝罪に、ダルキアンは目を閉じると息を吐き出した。

「気にするでないでござるよ」
「でも………」
「だったら、動けるようになってからで良いでござるから、おいしい料理を作ってほしいでござるよ」
「………はい!」

ユキカゼはダルキアンの心遣いを感じ、心の中でお礼を言いながら、頷くのであった。










それから三日後。
ユキカゼは戦に出るのは無理でも、日常生活を送る分には申し分ないほどにまで回復していた。

「よっほっはっと!」

そしてユキカゼは一日も早く完治するべく、トレーニングを兼ねたリハビリを行っていた。、
とは言っても、ジャンプしたりするだけであるが、それ自体がユキカゼにとっては重要な事なのだろう。
何せジャンプする際に使う脚力は、走る時とほぼ同等もしくはそれ以上なのだから。

「精が出るでござるな、ユキカゼ」
「はい! 一日も早く、姫様達に迷惑をかけた分のお返しをしたいでござるよ」

そんなユキカゼに複雑そうな表情を浮かべて苦笑するダルキアンは、『ほどほどにするでござるよ』と声をかけると、ほむらたちを引き連れて奥の方へと姿を消した。
おそらくはまた釣りだろうとユキカゼは思うと、再びトレーニングに集中する。

(それにしても)

ユキカゼはふと疑問を抱く。

(何か、大事な事を忘れているような)

自分でもわからない”何か”にユキカゼは首をかしげる。
考えをめぐらそうにも、何故か思考が逸れてしまう。
まるで、何者かが強引に思い出させなく(・・・・・・・)するように。

「むむむ」

いつしか、ユキカゼはそれに意識を集中させていくのであった。





「はぁ……」

所変わって崖立った場所。
そこはかつて勇者シンクとおにぎりなどを食べた場所でもあった。
そこの岩場に腰を掛けて、ダルキアンはため息にも似た息を漏らす。

(もう二週間。まったく慣れないでござるよ)

一人微笑むダルキアンの姿は、彼女を知るユキカゼ達が見たら目を丸くする物であった。

(どうして……どうしてでござる? 渉殿)

その問いかけに答える者は、誰もいなかった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「…………………」

ユキカゼは記憶を辿って行く。
色々な記憶がフラッシュバックされる。
ダルキアンと魔物狩りの旅に出かけていた記憶、そして勇者シンクと出会った記憶。
だが、その殆どの場面には真っ黒な”それ”が必ずと言っていいほど存在している。
”それ”は必ず二人と一緒にいる。
そして、自分は”それ”に一度助けられたことがある。
”それ”は人だった。
黒くて不鮮明だったそれは、徐々にではあるが鮮明となる。

「あ……」

それはまるで湖に石を投げいれた時に出来る、波紋のようだった。
塞き止められていた何かが一気に流れ込む。
気にしていた”それ”の正体が分かったユキカゼは、慌てた様子でダルキアンが去って行った方へと駆けて行く。










「お館さま~ッ!」
「む、ユキカゼ。どうしたでござるか? そんなに慌てて」

大きな声で呼ばれたダルキアンは駆け寄ってくるユキカゼに疑問を投げかける。

「はぁ、はぁ」
「と、とりあえず落ち着くでござる」

肩で息をしているユキカゼに、ダルキアンは苦笑しながらそう促した。
それからしばらくして息が整ったユキカゼの様子を見計らい、ダルキアンは再び問いかける。

「どうしたでござる?」
「お、お館さま。聞きたいことがあるのでござるが……」

ユキカゼの声色から、何を聞こうとしているのかを悟ったダルキアンは表情を引き締める。

「渉殿は、どこにいるのでござる?」
「ッ!」

その言葉に、ダルキアンは息をのんでしまう。
無意識にしたであろうその行動であるが、それはユキカゼに半分答えたようなようなものであった。

「知ってるんですね? 教えてほしいでござる、お館さま」
「渉殿は……渉殿は」

ダルキアンはどう答えた物かと考えをめぐらせるが、結局最初に出した言い方しか思い浮かばなかった。

「死んだ………でござる」
「………………え?」

ダルキアンの言葉に、ユキカゼは時が止まったような錯覚を覚えた。

拍手[0回]

カウンター

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

最新CM

[03/25 イヴァ]
[01/14 イヴァ]
[10/07 NONAME]
[10/06 ペンネーム不詳。場合によっては明かします。]
[08/28 TR]

ブログ内検索

バーコード

コガネモチ

P R