「ん……」
外から聞こえる小鳥のさえずり。
それによってユキカゼの意識は覚醒した。
もっとも完全に覚醒させたのは、外から差し込む陽の光であったが。
「ここは……」
未だにぼやけた頭で辺りを見回す。
(どこかで見たような部屋でござる……………って、ここはお屋敷でござるよ!!)
今自分がいる部屋を、ユキカゼは完全に把握した。
「そうでござる、確か拙者は妖刀に体を乗っ取られて………」
そして矢継ぎ早に何があったかの出来事がユキカゼの脳裏に映し出されて行く。
「ッ! 痛っ!?」
慌てて起き上ろうとするが、体中の痛みで再び布団に倒れ込む。
「ユキカゼ、目が覚めたでござるか」
「お、お館さま!」
ふすまを開けて部屋にはいるダルキアンは、再び起き上がろうとするユキカゼを片手で制すると、布団の横に腰かけた。
「どうでござる?」
「ちょっと体が痛いですが、大丈夫でござる」
ダルキアンの問いかけに、ユキカゼは申し訳なさそうな表情を浮かべて答える。
「痛くて当然でござろう。眠って一週間は過ぎているでござる故」
「い、一週間!?」
自分が眠っていた期間の長さに、ユキカゼは思わず声をあげた。
「あの、お館さま」
「何でござる?」
「その、あの時はすみませんでした!」
「………」
ユキカゼの謝罪に、ダルキアンは目を閉じると息を吐き出した。
「気にするでないでござるよ」
「でも………」
「だったら、動けるようになってからで良いでござるから、おいしい料理を作ってほしいでござるよ」
「………はい!」
ユキカゼはダルキアンの心遣いを感じ、心の中でお礼を言いながら、頷くのであった。
それから三日後。
ユキカゼは戦に出るのは無理でも、日常生活を送る分には申し分ないほどにまで回復していた。
「よっほっはっと!」
そしてユキカゼは一日も早く完治するべく、トレーニングを兼ねたリハビリを行っていた。、
とは言っても、ジャンプしたりするだけであるが、それ自体がユキカゼにとっては重要な事なのだろう。
何せジャンプする際に使う脚力は、走る時とほぼ同等もしくはそれ以上なのだから。
「精が出るでござるな、ユキカゼ」
「はい! 一日も早く、姫様達に迷惑をかけた分のお返しをしたいでござるよ」
そんなユキカゼに複雑そうな表情を浮かべて苦笑するダルキアンは、『ほどほどにするでござるよ』と声をかけると、ほむらたちを引き連れて奥の方へと姿を消した。
おそらくはまた釣りだろうとユキカゼは思うと、再びトレーニングに集中する。
(それにしても)
ユキカゼはふと疑問を抱く。
(何か、大事な事を忘れているような)
自分でもわからない”何か”にユキカゼは首をかしげる。
考えをめぐらそうにも、何故か思考が逸れてしまう。
まるで、何者かが強引に
思い出させなくするように。
「むむむ」
いつしか、ユキカゼはそれに意識を集中させていくのであった。
「はぁ……」
所変わって崖立った場所。
そこはかつて勇者シンクとおにぎりなどを食べた場所でもあった。
そこの岩場に腰を掛けて、ダルキアンはため息にも似た息を漏らす。
(もう二週間。まったく慣れないでござるよ)
一人微笑むダルキアンの姿は、彼女を知るユキカゼ達が見たら目を丸くする物であった。
(どうして……どうしてでござる? 渉殿)
その問いかけに答える者は、誰もいなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「…………………」
ユキカゼは記憶を辿って行く。
色々な記憶がフラッシュバックされる。
ダルキアンと魔物狩りの旅に出かけていた記憶、そして勇者シンクと出会った記憶。
だが、その殆どの場面には真っ黒な”それ”が必ずと言っていいほど存在している。
”それ”は必ず二人と一緒にいる。
そして、自分は”それ”に一度助けられたことがある。
”それ”は人だった。
黒くて不鮮明だったそれは、徐々にではあるが鮮明となる。
「あ……」
それはまるで湖に石を投げいれた時に出来る、波紋のようだった。
塞き止められていた何かが一気に流れ込む。
気にしていた”それ”の正体が分かったユキカゼは、慌てた様子でダルキアンが去って行った方へと駆けて行く。
「お館さま~ッ!」
「む、ユキカゼ。どうしたでござるか? そんなに慌てて」
大きな声で呼ばれたダルキアンは駆け寄ってくるユキカゼに疑問を投げかける。
「はぁ、はぁ」
「と、とりあえず落ち着くでござる」
肩で息をしているユキカゼに、ダルキアンは苦笑しながらそう促した。
それからしばらくして息が整ったユキカゼの様子を見計らい、ダルキアンは再び問いかける。
「どうしたでござる?」
「お、お館さま。聞きたいことがあるのでござるが……」
ユキカゼの声色から、何を聞こうとしているのかを悟ったダルキアンは表情を引き締める。
「渉殿は、どこにいるのでござる?」
「ッ!」
その言葉に、ダルキアンは息をのんでしまう。
無意識にしたであろうその行動であるが、それはユキカゼに半分答えたようなようなものであった。
「知ってるんですね? 教えてほしいでござる、お館さま」
「渉殿は……渉殿は」
ダルキアンはどう答えた物かと考えをめぐらせるが、結局最初に出した言い方しか思い浮かばなかった。
「死んだ………でござる」
「………………え?」
ダルキアンの言葉に、ユキカゼは時が止まったような錯覚を覚えた。
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