姫君のコンサートが行われた翌日、俺とシンクそしてユキカゼに姫君はパレードで外を歩いていた。
リコッタは途中で学院の方に行くとのことで、先に抜けて行った
俺としては出る資格がないと言って断ろうとしたが、言い包められる形で出ることになった。
まあ、妥協案として、俺は後ろの方にいた騎士団に混ざって歩いたが。
シンク達はとても楽しそうだったのが、印象深かった。
「ふぅ」
夜、割り当てられた部屋に戻った俺は、一息つく。
戦いも終わり、平和な日常が戻り、そして守るべき者も出来た。
俺の得た物はかなり大きかった。
だが、その代わりに失ったものもある。
(ま、俺にはどうでもいいことだが)
俺にとって失ったものと言うのはその程度の認識だった。
なぜなら失ったものは、俺の責務なのだから。
「ん? 誰だ」
考えに耽っている俺を止めたのは、ドアのノックされた音だった。
「渉様、こんばんはであります」
ドアの外から声がしたかと思うと、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、リコッタだった。
「どうしたんだ? 目が赤いが」
「え……あ、あの、実は――――」
リコッタの目がかすかに赤くなっている理由を尋ねた俺だが、その答えがすでに分かっていたため俺はリコッタの言葉を遮った。
「勇者送還の儀の事だろ?」
「え!? な、何で渉様がそのことを」
俺の予想は正しかったようで、リコッタが驚いた様子で俺に訪ねてきた。
「それは俺の力で見たからさ」
「力………ですか?」
「俺が世界の意志と言う神だと言うことは聞いているよな? それの能力さ」
よく分かっていないリコッタに、俺はさらに続けて答えた。
そして俺は片手を上げると手のひらを上に向け、少しだけ意識を集中すると、俺の手の上に無数の文字が浮かび上がった。
「こ、これは何でありますか?」
「それはこの世界のすべての情報が敷き詰められているデータベース。リコッタの様子がおかしくなったのは学院からの便りを受け取ってから……リコッタたちが調べていたのはシンクを元の世界に戻す方法。それだけの情報があればこれにはすぐにあり付けるさ」
それはまさにデータベース。
この世界にあるありとあらゆる情報がこれでもかと言うほどに敷き詰められているのだ。
管轄外の世界で、核を失った俺に出来るのはこれを参照することだけだ。
「それで、リコッタの要件はこのことか?」
「はいであります」
俺はリコッタの答えを聞いて一息つく。
「しかし、ここでの記憶をすべて失って、ここには来れないなんて何ともひどい話だよな」
俺は苦笑い交じりに呟いた。
「まあ、この勇者送還の儀は、召喚された勇者がその役を断った際に行うものだから、当然と言えば当然なのかもしれないが」
「渉様は、本当に何でも知っているんですね」
俺の言葉に、リコッタはどことなく悲しげな声を上げた。
「知っていても、それを伝えることはできないのさ。どう取り繕うと俺は観測者(オブサーバー)だからな。出来るのは人々が自分の力で道を切り開くのを見ているだけさ」
「それでもすごいでありますよ、渉様は」
「渉」
俺は、今まで気になっていたことをリコッタに言う事にした。
「え?」
「俺には様付けは不要だ。何だか背筋がぞくぞくして居心地が悪いんだ。いっその事呼び捨てにでもしたらどうだ?」
俺の言葉に、リコッタは鳩がまめ鉄砲を食らったような表情を浮かべていた。
「で、では渉さんで」
「はい、よろしく」
呼び方を直したところで、俺はもう一度話を戻すべく口を開いた。
「とは言えリコッタ、お前は誤解をしている」
「誤解、でありますか?」
俺の言葉にリコッタは首を傾げながら聞いてくる。
「まず、厳密に言えば俺は勇者召喚の儀を受けてはいない。だから送還の儀を受けることは不可能だ」
彼女の召喚の儀の自己とは言え、俺は召喚の儀を受けずにここに来たようなもののはずだ。
だとすれば、送還の儀は出来ない。
「次に、俺は記憶などを失ってまで、元の世界に戻ろう何ていう気はこれっぽっちもない」
それが一番の理由でもあった。
俺が見た情報の中に、『勇者はフロニャルドで得た物を元の世界に持ち帰る事は出来ない』と『一度送還された勇者は二度とフロニャルドに来る事は出来ない』と言う条件があった。
そんなマイナスを負ってまで、俺は天界(あそこ)に戻る気はない。
「それって……」
「ああ、俺は―――――」
そして俺は自分の取った答えを告げた。
「―――――ビスコッティに永住する」
[1回]
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