三人称Side
とある駅のホーム。
そこの椅子に座っているさやかの姿があった。
不気味なほどの静けさに包まれた駅のホーム内に、突然足音が響き渡った。
それは杏子の物だった。
「やっと見つけた……」
杏子はそう呟くと、さやかの横に座り、どこから取り出したお菓子を食べ始めた。
「あんたさ、いつまで強情張ってるわけ?」
「悪いね、手間かけさせちゃって」
杏子の言葉に帰ってきたのは、いつにもなく弱々しい声だった。
「何だよ、らしくないじゃんかよ」
「うん。別にもう、どうでも良くなっちゃったからね。結局私は、一体何が大切で何を守ろうとしてたのか、もう何もかも、わけ分かんなくなっちゃった」
「おい」
杏子の言葉をしり目に、さやかは自らのソウルジェムを取り出した。
「あっ!?」
さやかのソウルジェムを見た瞬間、杏子の表情は驚きで染まった。
さやかのソウルジェムは、にごり始めていたのだ。
「希望と絶望のバランスは差し引きゼロだって、いつだったかあんた言ってたよね。今ならそれ、よく分かるよ。確かに私は何人か救いもしたけどさ、だけどその分、心には恨みや妬みが溜まって。一番大切な友達さえ傷付けて……」
「さやか、あんたまさか!?」
さやかの言葉に、杏子の中で嫌な予感が満ちて行った。
それはまるで、もう二度と取り返しがつかない事態になるのではないかと言うものであった。
「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない。私達魔法少女って、そう言う仕組みだったんだね」
さやかの目からは涙が流れていた。
「あたしって、ほんとバカ」
そしてさやかの涙がソウルジェムに当たった瞬間、突風が吹き荒れた。
さやかのソウルジェムは砕け散り、それは魔女の卵でもある”グリーフシード”へと姿を変えた。
それと同時にさやかの体は人形のように崩れ落ちると、突風に吹き飛ばされた。
姿を変えたグリーフシードは、一気に孵化した。
「さやかぁぁっ!!」
杏子の悲痛な叫び声が、突風の中で響き渡っていた。
Side out
午前2時。
俺はまどかと共に、線路を歩いていた。
「まどか、さすがに線路は危ないと思うぞ」
「………」
さやかを探しているのだが、さすがに線路は危険だ。
しかし、先ほどから俺の言葉に反応を示さない。
そんな時、前方から誰かの歩く足音が聞こえた。
顔を上げると、そこには……
「あっ」
暗い顔をした佐倉杏子と、暁美さんそして、佐倉杏子に抱きかかえられているさやかの姿があった。
「さやかちゃん!? さやかちゃん、どうしたの?」
まどかがさやかの元に駆けよる。
さやかの体は、まるで死人のようにぐったりとしていた。
「ね、ソウルジェムは? さやかちゃんはどうしたの!?」
「彼女のソウルジェムは、グリーフシードに変化した後、魔女を生んで消滅したわ」
「え……」
暁美さんの衝撃的な言葉に、まどかが地面に力なく座った。
「嘘……だよね?」
「事実よ。それがソウルジェムの、最後の秘密。この宝石が濁りきって黒く染まる時、私達はグリーフシードになり、魔女として生まれ変わる。それが、魔法少女になった者の、逃れられない運命」
今起きている状況を信じたくないまどかに暁美さんの冷たい言葉が降り注ぐ。
「嘘よ……嘘よね? ねぇ」
まどかは信じを飲み込めずに立ち上がり、佐倉の杏子の前まで歩いていく。
その時、ちょうど電車が通過して行った。
それがまた、空しさを醸したてていた。
「そんな……どうして……? さやかちゃん、魔女から人を守りたいって、正義の味方になりたいって、そう思って魔法少女になったんだよ?なのに…」
まどかは地面に膝をついて俯いた。
「その祈りに見合うだけの呪いを、背負い込んだまでのこと。あの子は誰かを救った分だけ、これからは誰かを祟りながら生きていく」
暁美さんは冷たくそう答えた。
そして俺は……。
「ふんっ。正義の味方が聞いて呆れる」
さやかの亡骸を冷たい目で睨みつけてそう言い放つだけだ。
すると、唐突に佐倉杏子がさやかの亡骸をまどかの前に横たえると、暁美さんの胸ぐらをつかんだ。
「てめぇは……何様のつもりだ。事情通ですって自慢したいのか? 何でそう得意げに喋ってられるんだ。こいつはさやかの……さやかの親友なんだぞ!!!」
佐倉杏子は一瞬まどかに泣きつかれているさやかを見て、暁美さんを睨みつけると俺の方を睨みつけてきた。
「てめぇもなんで、そんなことが言えるんだ。お前もさやかの親友なんだろ!!」
「生憎と俺は屑のために泣く涙や優しさなど、微塵も持ち合わせてなどいない!! まあ、そんな高等な物が俺にあればの話だがな」
俺は佐倉杏子にそう言い放った。
その瞬間、彼女から殺気が飛んできた。
「だったら聞くが、俺はちゃんとあいつに救いの手を差し伸べたり、数度に渡って忠告もしたりもした。それを無下にしたり聞かなかったのはあいつ自身だ。それでもお前は俺が悪いと言えるか?」
「そ、それは……」
俺の問いかけに、佐倉杏子は答えられなかった。
「今度こそ理解できたわね。貴女が憧れていたものの正体が、どういうものか………わざわざ死体を持って来た以上、扱いには気をつけて。迂闊な場所に置き去りにすると、後々厄介な事になるわよ」
暁美さんは泣いているまどかに冷酷にもそう言い放つ。
「てめぇそれでも人間かっ!?」
「もちろん違うわ。貴女もね」
佐倉杏子の言葉に、暁美さんが冷たく言い返すと、そのまま姿を消した。
俺は、暁美さんの後を追った。
「おい、暁美さん」
「……何かしら? あなたに話すことは―――――」
俺は暁美さんの言葉を遮って話した。
「鹿目まどかは100%魔法少女になる」
「ッ!!!」
俺の宣言に、暁美さんが息をのんだ。
「どんなふうに計算しても、彼女が魔法少女にならなければ、この世界は破滅する。そこで相談――――――」
俺が協力をお願いしようとした時だった。
「ッぐ!!?」
どこから取り出したのか、銃を俺にめがけて撃ってきた。
銃弾は見事に俺の心臓に命中し、俺は衝撃のあまり跳ね飛ばされた。
「勝手な事を言わないで!! 絶対にまどかだけは魔法少女にはさせない!!!!」
いきなり銃を撃ってきたと思ったら、暁美さんはそう叫んで走って行った。
「……やれやれ。いくら俺が人間じゃないからって、痛いものは痛いんだぞ」
俺は文句を言いながら撃たれた部分に手を当てて修復させた。
「………帰ろう」
俺は帰路に着こうとしていたが、気づいた時にはファミレスにいた。
そこは、待ち合わせ場所などで使っていた場所だった。
『いやいやいや!?! あんたの方がよっぽど物騒だよ!! と言うより真剣!!?』
適当な席に座っていると、魔女退治の体験ツアーの時の事を思い出す。
あのころは、とても楽しかった。
俺もこれほど捻くれてはいなかった。
『それ以上いちごケーキを食べると体に毒だよ?』
「ッ!!!?」
俺は次々と思い出すさやかとのやり取りの記憶を振り払うように、ファミレスを後にした。
その後、俺は日が昇るまで走って走って走り続けた。
それでも、この心の中のもやもや感は消えなかった。
俺とまどかはいつものように通学路でもある川辺を歩いていた。
「まどかさん、渉さん。今朝は顔色が優れませんわ。大丈夫ですの?」
「うん……ちょっと寝不足でね」
まどかの表情は暗かった。
「はっ!! もしかしてついに渉さんと一線を!? いけませんわ!! 不純異性交遊ですわよ!!!」
「えぇ!?」
「話が飛び過ぎだ!!!」
相変わらず大げさに解釈してしまう仁美を何とか落ち着かせた。
「それにしても、今日もさやかさんはお休みかしら? 後でお見舞いに行くべきでしょうか……でも私が行っていいのか。今ちょっと、さやかさんとはお話しづらいんですが」
困ったように仁美は言った。
その原因を知っているだけに、俺は何も言えなかった。
「仁美ちゃん。あのね―――」
まどかが仁美に何かを話そうとした瞬間、
『昨日の今日で、のんきに学校なんて行ってる場合かよ』
「あっ?!」
突然佐倉杏子のテレパシーが聞こえてきた。
まどかはあたりを見回すと、あるビルの屋上を見た。
「まどかさん?」
まどかの見ている所には、人影があった。
『ちょっと話があるんだ。顔貸してくれる?』
佐倉杏子のテレパシーに、何かを決意した表情をすると、仁美の方を見た。
「仁美ちゃん、ごめん。今日は私も……学校お休みするね」
「え?!そんな、まどかさん、ちょっと」
まどかは仁美にそう言うと走って行った。
「だぁもう!! まどかが心配だから、俺も欠席する。何か良い言い訳をよろしく!!!」
俺は無責任な事を仁美に言うと、まどかの後をついて行った。
「え!? 待ってください!! 渉さん!!」
後ろから聞こえる声を無視して。
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