さやかが乱暴に魔女を剣で殴り続けていた。
すると突然結界内の周りにひびが入りガラスのように砕け散って行く。
どうやら魔女を倒したようだ。
結界が壊れゆく中、さやかがふらりと立ち上がる。
「やり方さえ分かっちゃえば簡単なもんだね。これなら負ける気がしないよ」
そう呟くさやかに、俺は背筋を凍らせた。
さやかの体中に傷があるが、魔法陣のようなものが浮かび上がると、傷が治って行く。
周りの景色がぐにゃりと揺れながら、元の風景に戻って行った。
そしておもむろにかがみこんでグリーフシードを手にすると、振り向きながらさやかは佐倉杏子にグリーフシードを投げ渡した。
「あげるよ。そいつが目当てなんでしょ?」
「オイ……」
「あんたに借りは作らないから。これでチャラ。いいわね」
さやかはこっちに歩いてきながら、佐倉杏子に言い切った。
「さ、帰ろう。まどか」
「さやかちゃん……」
さやかは変身を解くと、よろめいて、倒れそうになる。
「あ、ゴメン。ちょっと疲れちゃった」
「無理しないで。つかまって」
ふらついているさやかの体を支えながら、まどか達は去って行った。
その後に続いて俺もそこを後にした。
「あのバカ」
後ろの方から、そんな佐倉杏子の言葉が聞こえてきたような気がした。
帰る途中で、雨が振り出し俺達は近くの待合室のような場所で雨宿りをすることにしたのだが……。
「………」
「………」
さやかとまどかはベンチに座ったっきり何も喋らない。
そのため待合室に、いやな沈黙が漂っていた。
ちなみに俺の右側にまどか、その隣にさやかと言う順だ。
(こういうの苦手なんだよな)
どうも、静かだと落ち着きがなくなる。
しかも聞こえるのが雨の音だけと言うのも、微妙に気分が沈んでいく。
「雨、止まないな」
「………」
「………」
俺の言葉に、二人は答えない。
(はぁ~)
俺は内心でため息をついた。
「さやかちゃん……あんな戦い方、ないよ」
突然まどかが話し始めた。
その声には悲しみが混じっていた。
そんなまどかの言葉にさやかは何も答えない。
「痛くないなんて嘘だよ。見てるだけで痛かったもん。感じないから傷ついてもいいなんて、そんなのダメだよ」
「……ああでもしなきゃ勝てないんだよ。あたし才能ないからさ」
しばらくしてさやかが口を開いた。
「あんなやり方で戦ってたら、勝てたとしても、さやかちゃんのためにならないよ」
「あたしの為にって何よ」
まどかの言葉に、さやかの声色がさらに冷たく、冷酷なものに変わる。
「えっ?」
突然立ち上がったさやかは、俺達にソウルジェムを突き付けてくる。
「こんな姿にされた後で、何が私の為になるって言うの?」
「さやかちゃん……」
さやかはソウルジェムをもとに戻すと、俺達に背を向けてさらに話を続けた。
「今の私はね、魔女を殺す、ただそれだけしか意味がない石ころなのよ。死んだ身体を動かして生きてるフリをしてるだけ。そんな私の為に、誰が何をしてくれるって言うの?考えるだけ無意味じゃん」
(………)
さやかの言葉は、昔の俺の姿を思い出させた。
『俺は悪を殺していく、それだけしか意味のない人形……いや機械だ。そんな俺にてめえの幼稚な妄想や理想を押し付けんじゃねえよ』
『お、おい!! 待てよ■■■!!』
あのころの俺は、まさしく生きる価値のない愚か者だった。
あれから数日後、俺は取り返しのつかない過ちを犯した。
そして今、さやかは俺と同じ過ちを犯そうとしている。
それだけは防がなければならない。
”友人”として、絶対に!
「でも私は……どうすればさやかちゃんが幸せになれるかって」
「だったらあんたが戦ってよ」
冷たい言葉と眼差しがまどかに向けられる
「え……」
「キュウべえから聞いたわよ。あんた誰よりも才能あるんでしょ? 私みたいな苦労をしなくても簡単に魔女をやっつけられるんでしょ?」
「私は……そんな……」
さやかの言葉に、まどかはしどろもどろで答えられない。
「私の為に何かしようって言うんなら、まず私と同じ立場になってみなさいよ。無理でしょ。当然だよね。ただの同情で人間やめらるわけないもんね」
「同情なんて……そんな……」
さやかの言葉にまどかが反論する。
「何でも出来るくせに何もしないあんたの代わりに、あたしがこんな目に遭ってるの。それを棚に上げて、知ったような事言わないで」
「さやかちゃん……」
今までにない、恐ろしい形相で睨んでそう言うとさやかは外に出た。
それをまどかも追う様に立ち上がる。
(何を冷静に解説してんだ?俺は)
本当はこんなに冷静ではないのに。
「ちょっと待って、さやか」
「…何よ? わた――――――」
俺の呼びかけに渋々と言った感じで振り返るさやか。
なぜか俺の顔を見て固まっていた。
今、俺は最高の笑顔だろう。
そして一つだけ釈明をさせてもらいたい。
俺は元々冷静だが、許せないことをしているのを見ると、自分をコントロールできなくなるのだ。
だから、だからなのかもしれない。
「ッ!!」
気づいた時には、俺はさやかの事を殴り飛ばしていた。
「さっきから黙って聞いていれば何だ。お前?」
自然に俺の口から言葉が出てくる。
「あんたが死んでいる死んでないはともかくとして、それはあんた自身の気の持ちようだ。それを自分で決めつけて勝手に悲劇のヒロインを演じてんじゃねえよ!!」
「あたしは、悲劇のヒロインなんて演じて―――――」
さやかが立ち上がって俺に反論する。
「してないと言いきれる? ならそれでいいさ。だが、お前は何様のつもりだ。お前に何の権利があって、まどかに魔法少女になれと言える?」
「それ……は」
俺の言葉に、さやかが視線をそらして言いよどむ。
だが、俺はもう止まらない。
「言い方を変えてやろう。お前のやろうとしていたことは、殺人……人殺しだ」
「ッ!!!?」
俺の一言にさやかが息をのむ。
「お前は無名の偉人と同じように友を殺そうとした」
もし、さやかの言う魔法少女になる=死の定義が成り立つのであれば、俺の言っていることはあながち間違いでもない。
「……わかった。もうお前とは絶交だ。どこへでも好きにいけ。二度と俺達の前に姿を現すな」
とうとう、言ってしまった。
「ッ!!」
「さやかちゃん!!」
俺の言葉に、さやかは走って行った。
「渉君。何もあそこまで」
「………優しいんだな。まどかは」
「え?」
俺はまどかにそう言うと、雨の中待合室を出た。
(俺って何をやってんだろ?)
願わくば、この雨が俺の胸の中のもやもやを取ってくれることを願うだけだ。
そして、俺は自宅へと戻るのであった。
「そう……そんなことが」
「ああ」
自宅に戻って、雨にぐっしょりと濡れていたことを咎められた後、今日起こったことをマミさんに話した。
「それで、いつまで落ち込んでいるのかしら?」
「なに?」
マミさんは、あなたらしくもないと言いたげな表情で問いかけてきた。
「あなたなら、この後どうするべきかくらいわかっているはずでしょ」
「………」
「明日でもいいから、美樹さんに謝ってきなさい」
二言は許さないとばかりに告げられた言葉に、俺は驚きながらも答えた。
「謝りはしないが。一応話し合ってくる。俺達の仲間にならないかと」
「ふふ。あなたらしいわね。それ」
俺の宣言に、マミさんは吹き出しながら呟いた。
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