俺は気が付くと変な場所に立っていた。
(ここは、どこだ?)
それは一言で言えば恐ろしい世界だ。
周囲は薄暗い雲で覆われている。
時折、雷のような音が聞こえる。
(ここは、フロニャルド?)
俺はなぜかそう感じた。
それがなぜかは俺でもわからない。
そして目の目に倒れる青年がいた。
(あれって、俺?)
そう、その姿はまさしく俺だった。
「……っぐ」
そこにいた俺の姿をした青年はうめき声を上げながら立ち上がった。
礼装は所々擦り切れており、手や顔にも擦り傷があった。
そのことから、何がしらかの戦闘があったと伺える。
そして、俺が負けたと言う事もだ。
(一体何が)
「ッが!?」
目の前に立っている俺の姿が一瞬だがぶれた。
その理由はすぐに分かった。
(何だ? あの刀は)
凄まじい妖気を俺に向けて放つ一本の刀があった。
その刀は刃の部分がなかった。
そして目の前にいる俺は、再び意識を失ったのか地面に倒れた。
(何なんだ、これは)
俺は全く理解が出来なかった。
俺はさっきまでダルキアン卿たちの所にいたはずだ。
なんでこのような場所に俺が立っているのか。
そして、一体これは何なのか。
俺には全く理解も出来なかった。
(あれ、さっきの刀は?)
俺が気付いたのは、”俺”に向けて妖気を放った刃のない刀が消えていると言う事だった。
そんな時、ここに近づく人物がいた。
「む、あそこに倒れているのは……」
「お館さま、間違いないでござる。渉殿です」
(ユキカゼ? それにダルキアン卿!?)
それはユキカゼとダルキアン卿だった。
「渉殿、無事でござるか!」
「渉殿!」
「う……」
二人の呼びかけに”俺”は意識が戻ったのか、ゆっくりと立ち上がった。
だが、かなりふらふらしている。
「無事で何よりでござる」
「うむ、ところでこの辺に変な刀はなかったでござるか?」
”俺”が無事だったことにほっと胸を撫で下ろすユキカゼに、真剣そうな表情で問いかけるダルキアン卿。
「ッ!?」
その声を聴いた瞬間”俺”は驚いた風に目を見開いた。
「……ろ」
「ん? どうしたでござるか?」
”俺”の呟いた言葉が聞き取れなかったのか、ダルキアン卿は”俺”に聞き返した。
「逃げ……ろ」
”俺”は、二人に対してそう警告を発した。
それがどういう意味なのかは、誰も分からなかった。
だが、それはすぐに分かった。
「うああああああああああ!!!」
「ッ!? これは!」
「渉殿……まさか!!」
”俺”から発せられる凄まじい妖気に、二人の顔色が驚きに染まった。
”俺”は二人の動揺など無視して、両手に神剣と、俺がここに来たときに拾った短剣を具現化すると、一気に二人の目の前まで移動した。
そして、”俺”は、両手に持つ剣を振り上げて、そのまま振り下ろした。
「――――殿!!」
「ん……」
誰かが呼びかける声がする。
「渉殿!!」
「はッ!?」
再び聞こえた大きな声に、俺は飛び起きた。
そこは、先ほどまでいたような異様な空間ではなかった。
「はぁ……はぁ」
「さっきからうなされていたようでござるが、体の具合でも悪いのでござるか?」
「あ、いや。ちょっと変な夢を見ただけさ」
俺は心配そうに尋ねてくるユキカゼにそう答えた。
今気づいたが、体中がとても暑かった。
(夢か)
それにしては本当に妙にリアリティのある夢であるように感じた。
あれはただの妄想の産物なのか、それとも……
「渉も、食べなよ」
「……頂きます」
目の前に座っているシンクに促らされるまま、前にある料理に手を付けた。
「そう言えば、渉殿の故郷の話は聞いていなかったでござるな」
「あ、僕も聞きたいな」
「拙者もでござる」
シンクの故郷の話からなぜか俺の故郷の話になっていた。
しかも、全員が聞きたそうな表情で見ており、どうにも話さないと言う方法はなかった。
「……俺は、もし帰れるとしても、おそらくここに残るだろうな」
「それは、どうして?」
俺の言葉に、シンクが理由を聞いてくる。
「ここの世界が故郷より恵まれているからだ」
そして、俺は故郷の話をした。
「俺の故郷はな、とにかく何もない」
「何もない……とは?」
「そのままの意味だよ。水も、木も人もいない只々真っ白な空間。あるのは青い空だけ。夜もなければ雨も降らない」
ダルキアン卿の疑問に、俺はそう答える。
俺がいる世界、天界はまさしくその通りの世界だ。
「そ、そんな世界で良くいられたよね?」
「そんなの、外(ここ)の世界を知らなければ、暮らせるもんさ。まあ、外の世界を体感したから、二度と帰ろうなんて気はないけど」
天界で言い伝えられているジンクス、それが”下界に行った神族は、二度とここには戻らない”と言うものだった。
それもそのはずだろう。
下界の方が天界よりも優れていて、楽しい世界なのだからよっぽどの狂信者でなければ戻りたくもないだろう。
まあ、俺もその戻らない部類の一人になりそうだが。
「そ、そうでござるか。もし永住するのであれば、ミルヒオーレ姫に相談せぬといけないでござるな」
「ま、まあもう少し考えてから決めるとします」
ダルキアン卿の言葉に、俺はそう答えると、そのまま料理を一口食べた。
(まあ実際、世界との契約がある限りここにいるのは難しいんだけど)
それこそが俺が永住を渋る理由だった。
このような下界にいる限り物体化抵抗症状……劣化は止まらない。
今は仮想の天界を構築しているが、それもいつまで持つかは定かではない。
それでもここに残ろうとするのであれば……
(あれを使う……しかないか)
俺はそう考えると、複雑な心境になった。
それは、俺にとっては天敵とも呼べる物だ。
それを使えばここに残ることも十分可能だ。
だが、ここに残ってまで何になるのかが決まっていない以上、それをやるのはあまりにも軽率すぎる。
最低でも、ここにいる理由を見つけなければいけない。
全ては、その選択を後悔しないために。
俺は、一人でそう考えながら料理を食べるのであった。
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