翌日、擬似天界化のおかげか物質化抵抗も収まった俺は、エクレからダルキアン卿のいる場所を聞き出し、そこに向かっていた。
「全く、エクレの野郎」
俺は先ほどエクレに殴られたお腹をさすっていた。
何で殴られたか?
それはほんの数十分前に遡る。
「おはようエクレール」
「……レ」
朝、たまたま見かけたエクレールに声をかけると、エクレールは不機嫌そうに何かを呟く。
「何だ?」
「私の事は、エクレと呼べと言っているんだ! この前もそう呼んでいただろう!!」
何て言ったのかを尋ねると、エクレールは若干キレながら言った。
ちなみにこの前と言うのは魔物退治の時だ。
「あの時は無我夢中だったからで………分かったから、睨むな!」
俺は目の前で睨むエクレールを必死に止めた。
「エクレ……これでいいんだろ?」
「う、うむ………」
俺の言葉に頷くエクレの顔はとても赤かった。
「顔が赤いけど、どうしたんだ? もしかして風邪か?」
俺はそう言いながらエクレの額に手を添えた。
「ぅ………ぅ」
その瞬間、エクレの顔がさらに赤くなっていった。
「うああああ!!!!」
「おぶぁああああああ!!!」
エクレが思いっきり叫んだ瞬間、俺はお腹(しかも的確に鳩尾)を殴られた。
「こ、こ、このアホ渉! 勝手に騎士の額に触るな! この! この!」
「痛い!? ちょっと! それで蹴るのは反そ―――ごふぁ!?」
そして今に至る。
「確かにいきなり額を触った俺も悪いが、鳩尾にパンチと蹴るのは無しだろ」
俺はそう文句をたれながら、エクレに教えてもらった道をゆく。
「えっと、ここを右だったよな」
俺は目の前にある分かれ道を右側の方に進む。
「お、あったあった」
しばらく歩くと、前方に立派な門が見えた。
例によって上に掛けられていた木には何か書かれていたが、俺には読めなかった。
(誰か呼ぶか)
勝手に入ると、どうなるかは目に見えていたので、俺は大きな声で人を呼ぶことにした。
「ごめんください!」
「はーい!」
俺の声に、中から声が返ってきた。
その声からしてユキカゼだろう。
「ああ、渉殿」
「こんにちは」
出てきたのは、俺の思っていた通り、浴衣を着ていたユキカゼだった。
「こんにちはでござるよ。それでどうしたでござるか?」
「ああ、ダルキアン卿に用があってね。今どこにいる?」
俺はユキカゼにダルキアン卿のいる場所を尋ねた。
「お館さまは裏の方で釣りをしているでござる。渉殿もやってみるでござるか?」
「うーん、そうだね。お願いしようかな」
俺の答えを聞いたユキカゼは、古風な家の中に入っていった。
おそらく釣りの道具を取りに行ったのだろう。
(にしても、犬とか多いな)
俺は自分の立っている周りを見ながらそう思っていた。
一瞬、ここが動物王国のように思えてしまった。
「渉殿ー、取ってきたでござるよー!」
その後、釣り道具を貸してもらい、ダルキアン卿がいる場所へと向かった。
「お館さま―」
「ダルキアン卿、こんにちは」
「おお、今日は釣り日和でござるよ」
ダルキアン卿はこっちに気付いたのか、釣竿を持ちながら挨拶してきた。
「ダルキアン卿、ちょっと剣の稽古をつけて頂けないですか?」
「ふむ………分かったでござるよ」
俺の頼みごとに、しばらく考え込むとダルキアン卿はそう答えると釣り糸を引き上げて、横に置くと立ち上がった。
「ついてくるでござる」
そう言われるがままダルキアン卿について行くと、森の中にある広場に出た。
「何か、要望とかはござるか?」
「ええ、ダルキアン卿の使う紋章剣『裂空一文字』のコツを教えてほしいんです」
「ほぅ、渉殿は拙者の紋章剣が使えるのでござるか?」
俺の言葉に、目を細めて見てくる。
その目からは嘘は言わせないと言った雰囲気が漂う。
「ええ、俺の紋章術が一度見た相手の紋章術をまねることが出来る物なんです」
「それはすごいでござるの。しかし、どうしてコツを聞きたいのでござるか?」
「俺がまねるのは”技”そのものでそれ以外は分からないんです」
ダルキアン卿の問いかけに、俺は包み隠さず答えた。
今のままでは威力調整が出来ずに、思わぬ事故を生む可能性がある。
「分かったでござるよ」
そう言って、俺はダルキアン卿から紋章剣のコツを教授してもらうのであった。
「そう言えば今日は勇者殿がここに来ることになっておるのでござるよ」
「シンクが?」
コツの教授も終わり、ダルキアン卿と釣りをしていると、唐突にそう切り出した。
「そうでござる。そろそろ来るころであるが………」
「あ、でしたら自分が迎えに行きます」
俺はダルキアン卿にそう言うと、釣竿を格納庫に入れてそのまま元来た道を戻る。
全てはシンクを驚かすためにだ。
そう、それが俺にとっての受難の始まりであるとも気づかずに。
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