翌日、俺達はいつものように通学路を歩いていた。
「でもってー、ユウカったらさー、それだけ言ってもまだ気付かないのよ。『え、何?また私変な事言ったー?』とか半べそになっちゃってー。こっちはもう笑い堪えるのに必死でさー!」
【さやかちゃん、昨日のこと……】
【ゴメン、今はやめよう。また後で】
まどかのテレパシーにさやかはそう返すと仁美の横を歩く。
たった一つ変わったのは、巴さんがいない事だろう。
昼休み、俺とまどかは屋上のベンチに腰かけていた。
「………」
「………」
二人は無言だった。
「ん?」
「何か……違う国に来ちゃったみたいだね。学校も仁美ちゃんも、昨日までと全然変わってないはずなのに。何だかまるで、知らない人たちの中にいるみたい」
まどかがぽつぽつと話し始めた。
「知らないんだよ、誰も」
「え?」
するとさやかが突然そんな事を言い始めた。
「魔女の事、マミさんの事、あたし達は知ってて、他のみんなは何も知らない。それってもう、違う世界で違うものを見て暮らしているようなもんじゃない」
「さやかちゃん……?」
「とっくの昔に変わっちゃってたんだ。もっと早くに気付くべきだったんだよ、私達」
「……う、うん……」
さやかの言葉にまどかは頷いた。
「まどかはさ、今でもまだ魔法少女になりたいって思ってる?」
さやかの問いかけに、まどかは地面を見るだけだったが、それには強い拒否を示していた。
「……そうだよね。うん、仕方ないよ」
「ずるいってわかってるのに……今さら虫が良すぎだよね。でも……無理……私、あんな死に方…今思い出しただけで息が出来なくなっちゃうの。怖いよ……嫌だよぅ」
まどかは涙を流しながら呟いた。
俺は無言でまどかの頭に手を置いた。
「マミさん、本当に優しい人だったんだ。戦う為にどういう覚悟がいるのか、私達に思い知らせる為に……あの人は……ねえキュウべえ?この町、どうなっちゃうのかな?マミさんの代わりに、これから誰がみんなを魔女から守ってくれるんだろう」
「長らくここはマミのテリトリーだったけど、空席になれば他の魔法少女が黙ってないよ。すぐにも他の子が魔女狩りのためにやってくる」
さやかの問いかけにキュウベぇが答えた。
「でもそれってグリーフシードだけが目当てな奴なんでしょ?あの転校生みたいに」
「確かにマミみたいなタイプは珍しかった。普通はちゃんと損得を考えるよ。誰だって報酬は欲しいさ」
暁美さんの事を未だに転校生と言っていることのが、さやかが暁美さんを嫌っていることの表れだった。
「じゃ――――」
「でも、それを非難できるとしたら、それは同じ魔法少女としての運命を背負った子だけじゃないかな」
続きを言おうとしたさやかに、キュウベぇの厳しい言葉がかけられた。
「君たちの気持ちは分かった。残念だけど、僕だって無理強いはできない。お別れだね。僕はまた、僕との契約を必要としてる子を探しに行かないと」
「ごめんね、キュゥべえ」
キュウベぇにまどかが謝った。
「こっちこそ。巻き込んで済まなかった。短い間だったけど、ありがとう。一緒にいて楽しかったよ、まどか」
キュウベぇはそう言って姿を消した。
放課後、俺とまどかは巴さんのマンションに来ていた。
ピ~ンポ~ン
まどかはチャイムを鳴らすが、部屋の主がいないので、誰も出てこない。
そのまままどかはドアノブを回して部屋に入った。
台所には洗いかけなのか、水につけてあるティーカップが、そしてリビングのテーブルには雑誌と飲みかけの紅茶があった。
まどかはその雑誌の上に、あの黒歴史と化したノートを置いた。
外から聞こえる子供の声が、やけに虚しさを感じさせた。
「ごめんなさい…。私、弱い子で…ごめんなさい」
まどかは涙を流しながら誰にかは分からないが謝り続ける。
「大丈夫。お前は弱い子ではない」
そんなまどかに出来ることは、ただ頭を撫でて声をかけるだけだった。
「でも!でも!」
「まどかは今でも前に進んでいる。それはとてもすごいことだ。普通はあんなことがあったら前になんか進めない」
「…………」
「弱いのは俺だ」
「そんな事!」
まどかが俺の言葉に反論する。
「あるんだよ。俺の時間は、あの時から、ずっと動いてないんだ」
そう、俺がすべてを失うことになるあの時から、俺の時間はすべてが止まってしまった。
「だから、まどかは自分を責めないことだ。責めたところで、何ができるわけでもないんだから」
「………うん」
俺の言葉に、か細い声だが、頷いた。
(第一、巴マミの為に悲しむなんて無駄だ)
俺はそう考えていた。
彼女の死は確かに悲しいものだ。
だが、それは悪く言ってしまえば自業自得。
あの時、暁美さんと俺を拘束していなければ、彼女は死ななかったかもしれない。
もちろん絶対に死なないという保証はない。
だが、可能性を少なくすることはできたはずだ。
人が心配しているのを無視したり、人の言葉を聞かないようなものを俺は馬鹿と言っている。
(とにかく、今後も頑張ろう。俺の目的のために)
俺は再び、そう決心するのだった。
「あっ……ほむら……ちゃん……」
マンションを出ると、そこにいたのは暁美さんだった。
「貴女は自分を責めすぎているわ。鹿目まどか」
「えっ……?」
暁美さんの突然の言葉に、まどかが声を上げた。
「貴女を非難できる者なんて、誰もいない。いたら、私が許さない」
「え……?」
「忠告、聞き入れてくれたのね」
「……うん」
暁美さんの言葉に、まどかは頷いた。
その後俺とまどかは暁美さんと帰ることになった。
「私がもっと早くにほむらちゃんの言うこと聞いていたら」
「それで、巴マミの運命が変わったわけじゃないわ。でも、貴女の運命は変えられた。一人が救われただけでも、私は嬉しい」
暁美さんの言葉に、まどかも呆然としていた。
「ほ……ほむらちゃんはさ、何だかマミさんとは別の意味でベテランって感じだよね」
「そうかもね。否定はしない」
暁美さんの声色が少しだけ変わった。
言うなれば少しだけとげが生えたような感じだ。
「昨日みたいに……誰かが死ぬとこ何度も見てきたの?」
「そうよ」
「……何人くらい?」
「数えるのを諦める程に」
(だからそんなに絶望に満ちた目をしているのか)
俺はようやく彼女の雰囲気に納得がいった。
「あの部屋、ずっとあのままなのかな」
「巴マミには、遠い親戚しか身寄りがいないわ。失踪届けが出るのは、まだ当分先でしょうね」
「誰も……マミさんが死んだこと、気づかないの?」
「仕方ないわ。向こう側で死ねば、死体だって残らない。こちらの世界では、彼女は永遠に行方不明者のまま。魔法少女の最期なんてそういうものよ」
「ひどいよ……」
暁美さんの言葉に、まどかは立ち止まると涙を流した。
「みんなのためにずっと一人ぼっちで戦ってきた人なのに、誰にも気づいてもらえないなんて、そんなの……寂し過ぎるよ」
死んだことを気付いてもらう。
それは人類に与えられた権利だ。
それすらも果たされないことが、俺には悲しかった。
「そういう契約で、私達はこの力を手に入れたの。誰のためでもない。自分自身の祈りのために戦い続けるのよ。誰にも気づかれなくても、忘れ去られても、それは仕方のないことだわ」
「私は覚えてる。マミさんのこと、忘れない。絶対に!」
まどかの一言に、暁美さんが驚いたような表情でまどかを見た。
「そう。そう言ってもらえるだけ、巴マミは幸せよ。羨ましい程だわ」
暁美さんはまどかから眼をそらしてそう言った。
「ほむらちゃんだって!ほむらちゃんのことだって、私は忘れないもん!昨日助けてくれたこと、絶対忘れたりしないもん!」
「……ほむらちゃん?」
「貴女は優し過ぎる」
「え?」
暁美さんの言葉に、まどかは驚いた風に声を上げた。
「忘れないで、その優しさが、もっと大きな悲しみを呼び寄せることもあるのよ」
最後にそう言うと、暁美さんは俺達の前から去って行った。
広場にやってくると、すでに夜だった。
「ほむらちゃん、ちゃんと話せばお友達になれそうなのに。どうしてマミさんとは喧嘩になっちゃったのかな?」
まどかが俺にそう聞いてきた。
「それは二人が馬鹿だからだよ」
「え?」
俺の答えに、まどかがこっちを見た。
「二人して一歩も近寄ろうとしないんだもの。仲良くなれるはずがない。もし二人が半歩でも歩み寄れば、少しはこの未来は変わっていたのかもしれないな」
「……うん」
俺の言葉に、まどかはただ頷くだけだった。
「あれ?仁美ちゃん……」
「ん?あ、本当――――」
俺は仁美の姿を見つけた時、何とも言い難い寒気を感じた。
この感じはあの時に似ている。
「仁美ちゃ~ん!今日はお稽古事……あ」
まどかが走りながら仁美に声をかけるので、俺もそれについて行く。
すると、俺達は見てしまった。
その首筋にあるテレビのようなマークを。
「あれ……あの時の人と同じ」
そう、あえて言うのであれば。
「魔女の口づけ」
「仁美ちゃん。ねぇ、仁美ちゃんってば!」
まどかが仁美の前に回り込んで、肩を揺らすと、彼女はまどかの方を見た。
「あら、鹿目さん、渉さん御機嫌よう」
彼女の俺達を見る目から、操られていることがはっきりとわかった。
「ど、どうしちゃったの?ねえ、どこ行こうとしてたの?」
「どこって、それは……ここよりもずっといい場所、ですわ」
「仁美ちゃん」
「ああ、そうだ。鹿目さんもぜひご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」
仁美はそう言うと、俺達の横を通って行った。
「どうしよう……これってまさか……」
「まどか、仁美の後を付けてくれるか?」
「え、渉君は?」
俺の提案に、まどかが聞いてくる。
「俺は正宗と吉宗を取ってくる。幸いここから家は近いし、すぐに行ける。あの二本の剣があでば、大抵の事は何とかなる」
「でも、それだと私たちがどこにいるのかわからないんじゃ」
まどかはもっともなことを言ってくる。
「だから、まどかにはこれで目印を残してもらいたいんだ」
そう言って俺が渡したのは、水が入った2Lのペットボトル。
「これをこぼしながら歩いて貰えれば、それを頼りに行けるから」
「う、うん!分かった」
まどかの答えを聞いて俺は自宅に向かって走った。
(早く行かないとやばい!!)
そう思いながら、俺はひたすらに走るのだった。
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