「ん………」
あれから数日が経ち、俺はフィリアンノ城の一室で目を覚ました。
あの後、ブリオッシュさんから事情を聞かされた姫君によって、部屋が用意されたのだ。
「う……ぐ……」
起き上がろうとした瞬間、頭に痛みが走った。
だが、それもほんの一瞬の事で、すぐに痛みはなくなっていた。
(一体なんなんだ?)
首を傾げながらも、俺は起き上がって礼装に着替えると、表に出た。
「はぁ……」
外に出ると、思わずため息が漏れた。
それもこれも原因は数日前の夜の出来事だ。
『拙者、渉殿の事が………好きでござるっ!!!』
それはユキカゼさんの告白だった。
(本来なら断るべきだよな?)
今更ながら自分を責める。
(俺が人に恋をする資格なんてないんだ。俺みたいなやつが幸せになるなんてもってのほか。なのに……どうしてッ!!)
俺に資格がないというのは自分が一番分かっている。
だから、すぐさま断るべきだったのだ。
それなのに、俺は何も言えなかった。
断ることも、受け入れることもせずに。
断ってしまえばユキカゼさんが悲しむ。
だから断らなかったのかもしれない。
(ホントに、俺って最低だな)
自分の弱さを他人のせいにしている自分が、本当に嫌になってくる。
(しっかりと、考えないとな……)
先延ばししていても、いずれは選ばなければいけない時が来る。
その時に、後悔をしないように選ばなければいけない。
例えそれが、どのような結果になろうとも。
3人称Side
同日、風月庵の境内。
そこには手に箒を持って、掃き掃除をしているユキカゼの姿があった。
「はぁ……」
ユキカゼは、ため息をこぼした。
(どうして、拙者はあんなことを)
彼女も渉と同じ内容で悩んでいた。
(うぅー。今考えても分からないでござる)
彼女が突然してしまった告白。
その理由に彼女は首を傾げていたのだ。
(どうしてか、あの時に告白したほうがいいと思ったのでござるが………どうしてでござるか)
同じような問いかけが、頭の中でぐるぐると駆け巡っていた。
「渉殿と話が出来る自信がないでござるぅ」
頭を抱えるユキカゼを見つめるのは、狐たちだった。
所変わって、フィリアンノ城に続く道。
そこを歩く茶色の髪をした女性がいた。
(渉殿に、この服を返さないといけないでござるな)
そう思っての行動だったが、この時、彼女はセルクルに乗って行くという考えはすっぽりなかった。
(渉殿、ユキカゼと話していたが、あれは………)
女性は、渉とユキカゼが告白をしている時、それを見ていた。
尤も、声までは聞き取れなかったが、彼女の表情から何を言っていたのかが分からない彼女ではなかった。
(私は、彼女に勝てるのでござるか?)
その時、彼女を知っている人が彼女の表情を見ていたら、きっと別人のように見えただろう。
それほどまで、彼女は一人の恋する乙女の表情をしていたのだ。
(ッと、ダメでござるな。弱気になったら負けでござる)
女性は、内心で苦笑いを浮かべると、そのままフィリアンノ城へと向かって行くのであった。
Side out
しばらく散歩をして、部屋に戻ろうとした時だった。
「渉殿~!」
俺を呼び止めた声の主は、ブリオッシュさんだった。
「ようやく見つけたでござるよ」
「どうしたんだ? いったい」
「これを返しに来たでござるよ」
そう言って差し出してきたのは、青地の礼装だった。
「ありがと」
「どういたしましてでござるよ」
ブリオッシュさんの頬が少しばかり赤いが、俺も人のことを言えないぐらい赤くなっているだろう。
「ところで――「ダルキアン卿!」―」
遠くの方で少女の声がした。
声のした方を見れば、その人物はエクレールだった。
「何かご用ですか?」
「い、いや用と言うものではなくて、ちょっとした野暮用でござる」
ブリオッシュさんが若干動揺しながら答える。
「ん? ダルキアン卿、顔が赤いですが大丈夫ですか? 渉! ダルキアン卿に何をした!!」
「いや、してないから!!」
だが顔の赤さまでは隠せなかったのだろう、エクレールはブリオッシュさんに尋ねると、俺を問い詰めてきた。
「そ、そうでござるよ。渉殿は何もしてないでござる。ここまで走ってきた故でござるよ」
「走ってッ!? ダルキアン卿、どうしてセルクルに乗られなかったんですか?」
ブリオッシュさんの言葉に、エクレールが目を見開いた。
対する俺もだが、驚いていた。
「そ、その運動でござるよ」
「そ、そうですか……」
エクレールが不審がっている。
俺とブリオッシュさんを交互に見合わせると、エクレールは口を開いた。
「渉、ダルキアン卿を風月庵に送ってやれ」
「へ!?」
エクレールの指示に、俺は思わず声を上げてしまった。
「女性を一人で返すというのかお前は? それにこの間の姫様の謁見をさぼった罰だ」
若干怒りを込めたような表情で俺に告げるエクレール。
やっぱりこの前の事を、相当怒っているようだ。
謁見とか公の式典とかは、俺はどうも苦手なんだよな。
「分かりました。ありがたく拝命しましょう」
「最初から素直であればよいのだ、全く。………では、ダルキアン卿、こんなので申し訳ないですが失礼します」
「う、うむ。心遣い感謝するでござるよ」
ブリオッシュさんがそう答えると、エクレールは一礼して去って行った。
(悪かったな! こんなので)
俺は、心の中で吼えた。
「ふぅ………それにしても、渉殿とエクレールは随分と仲が良いことで」
「あれが良いように見えるのか? 俺にからすれば煙たがられているような気がするんだが?」
ジト目で俺を見ながらそう言ってくるブリオッシュさんに、俺はそう返した。
「はぁ………それよりも、行くでござるよ」
「………了解です」
何時ものように左腕に抱きつくブリオッシュさんに、ツッコまずに風月庵に向かって歩き出した。
その道中会話はなく、曲がる場所は彼女が事前に言ってくれたので、迷うことなく送って行くことが出来た。
そして、後は帰るだけなのだが……
「それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
俺は風月庵の居間に置かれたちゃぶ台を前に座っていた。
帰ろうとしたところ、お礼にでもと夕食をごちそうになることになったのだ。
「………」
「……」
「……」
食事中、俺達の間で会話はなかった。
「わ、渉殿。その料理どうでござる?」
「おいしい」
沈黙を破るように聞いてきたユキカゼさんの問いかけに、俺はそのままの感想を口にした。
「そ、そうでござるか……~~~~ッ!!」
おいしいと言われたことがよっぽど嬉しいのか、体をくねらせて喜びを表現していた。
だが、食事中であることを思えば、ちょっとばかり落ち着かない。
「ユキカゼさん。うるさい」
「あぅ……って、渉殿!」
俺の注意に、一瞬しゅんとなるユキカゼさんだったが、何かに気付いたのか身を乗り出してきた。
「な、何だ?」
「拙者の事をさん付けではなく”ユキカゼ”と、呼び捨てで呼んでほしいでござるよ」
何かと思えば、呼び方の問題だった。
どうやらさん付けがよっぽど嫌だったらしい。
まあ、俺の自意識過剰でなければ、別の意味もあるような気もするが。
「分かったから。ユキカゼ……これでいいだろ?」
「はぅわ!? 渉殿に、呼び捨てで………~~~~ッ!!!」
再び体をくねらせるユキカゼさん……でわなくユキカゼ。
注意する気も起こらず、俺は黙々と料理を口に運ぶ。
「渉殿、だったら私の事も、呼び捨てで呼んで欲しいでござる!!」
「二人とも、今は食事中――「よ・ん・で!」――………ブリオッシュ」
ブリオッシュさん………ではなくて、ブリオッシュの背後に竜のようなものが見えそうな勢いに、俺は言われた通りに呼び捨てで呼んだ。
もう俺は、二人を注意することを諦め、料理を黙々と口にするのであった。
その後夕食も終わり、食器の後片付けが終わるとユキカゼはお風呂に入った。
「お館さま、上がったでござる」
そう言って入ってくる彼女の姿は、ピンク色の寝る時用の浴衣のようなものを着込んでいた。
髪をストレートに伸ばされており、まるで別人に感じられた。
「うむ。それじゃ私も入るとしよう」
ブリオッシュは、そう口にすると、お風呂の用具一式を手に去って行った。
「………」
「………」
ブリオッシュがいなくなった途端に、部屋は静かになった。
狐たちはすでに眠りについている。
「あのさ」
「ッ!?」
俺が話しかけると、横にいたユキカゼが体を震わせた。
「この間のあれの事だけど……」
「そ、それはその何と言うか………その」
俺の言いたいことが分かったのか、ユキカゼはドモリながら答えようとしていた。
「返事を少しだけ、待ってほしい」
「え?」
俺の言ったことが予想外の事だったのか、ユキカゼは驚いた様子で俺を見た。
「俺はユキカゼの事が好きだ。でも、それはもしかしたら友人としての”好き”かもしれない。ユキカゼの方もまた然りだ。だから、もう少し考える時間が欲しい。ちゃんと答えは出すつもりだ。その時に、もう一度ユキカゼの気持ちを聞かせてほしい」
「渉殿……」
それは、俺が導き出した答えだった。
結局、先延ばしになった。
でも、急いては事をし損じる。
だからこそ、しっかりと考えなければいけない。
しっかりと、でもできるだけ早くに答えを導き出す。
それが、俺の答えだった。
「分かったでござる。渉殿が答えを出すまで、待つから、ちゃんと聞かせてほしいでござる」
「ああ、約束だ」
取りあえず、話はまとまった。
「上がったでござる~」
ちょうどそのタイミングで、ブリオッシュが上がってきた。
ユキカゼと同じく紫色の寝る時用の浴衣を着ていた。
「さて、最後は渉殿でござるよ」
「浴場は、そこを出て少し歩いた場所にあるから」
ユキカゼとブリオッシュが口々に、浴場に入れと言ってくる。
「一応聞くが、拒否権は?」
「「ないよ(でござる)」」
俺の問いかけに、二人同時に返ってきた。
「はぁ……わかりました」
俺は、ため息をつきながら部屋を出るのであった。
ブリオッシュたちの言った通りに行くと、浴場はあった。
「こりゃまた、桁違いなもんだな」
そこは露天風呂であった。
地面も壁も、岩で形成されていた。
俺は、とりあえず霊術を行使してバスタオルなどを出すと、服を脱いだ。
(一応やっておくが)
そして俺は念のために出入り口付近に、入ろうとするとビリッとする(人体に影響はない)電撃系のトラップを仕掛けた。
体を洗い、お湯につかった。
「ふぅ~。これは中々だ」
体の疲れが取れるような気がして、俺は久々にリラックスしていた。
一歩間違えればこのまま眠ってしまうくらいに。
「「わきゃ!?」」
よく知る二人の悲鳴が聞こえた。
そう、出入り口付近で。
「………放っておこう」
気絶はせずに、ただビリッとくるだけなので、放っておいても問題はないだろう。
というより、本当に来るとは思わなかった。
そんなこんなで、俺は、一時の入浴タイムを味わうのであった。
「お前ら、何をやってんだ? 一体」
「本当に、申し訳ないでござる」
「反省しているでござる」
お風呂から出て就寝用のトレーナーを着込んでいる俺の前には、正座をしている二人の姿があった。
どうしてかは簡単だ。
俺がお説教中だからだ。
「今回は電撃だったが、次やった時はどっかの川の中に出るようにするからな」
話を聞く限り、俺と一緒に入ろうとしたのだとか。
嬉しいような、恥ずかしいような。
そんな複雑な心境が、さらに俺の口を軽くしていた。
「さて、俺はそろそろ帰るよ」
「駄目でござる」
立ち上がろうとした俺を足止めする様に言うユキカゼ。
「………なぜ?」
俺は理由を尋ねた。
「もう夜も遅いでござるし」
「夜になると魔物が出てきたりして、色々と危険だから。今晩はここで止まって行って」
魔物とかはある程度であれば俺単体で対処可能だ。
だが、拒否権はないような気もするので、俺は素直に厚意に甘えることにした。
するとどうだろうか?
二人は目にもとまらぬ速さで布団を引くと、俺に横になるように言ってきた。
「それじゃ、渉殿。お休みでござる」
「お休みでござる、渉殿」
「………お休み、ブリオッシュ、ユキカゼ」
俺の右側にはブリオッシュが、左側にはユキカゼがいるという、もはや両手に花状態。
(これで寝れるか!!)
俺は心の中でそう叫んだ。
この中で眠れるのは能天気野郎か、鈍感かバカかのどれかだろう
俺は、目を閉じて二人が寝静まるのを待った。
数分して、二人は何とか眠りに落ちてくれたようだ。
後は、俺が静かに起きて布団をたたんで礼装に着替えてから、風月庵を後にするだけだ。
そう、たったそれだけだった。
「すぅ……すぅ……」
「………はぁ」
心地よさそうに寝ている二人をよそに、俺はため息をついた。
ユキカゼは俺の左腕を、ブリオッシュは右腕を掴んでいる。
動けば絶対に起こしてしまう。
なので俺は、静かにユキカゼの手を俺の腕から離す。
そして、ブリオッシュの手も同じように俺の腕から離すと起き上がった。
そして、素早く布団をたたむと、礼装を着込み逃げるように風月庵を後にした。
「はぁ………」
どうしても、ため息が出る俺であった。
余談ではあるが、その後俺がフィリアンノ城に戻れたのは、夜が明けてから数時間経った時だった。
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