「ぅ………」
目が覚めると、そこは天界ではなくよく見る天井だった。
周囲を見回すと、やはりフィリアンノ城内の俺に宛がわられた部屋だった。
「ッぐ!?」
体を動かすと、体中に痛みが走るがそれを無視して起き上がるとベッドから出た。
上半身は白い包帯が巻かれていた。
「服は………あった」
俺はベッドの横に置かれた椅子の背もたれに掛けられていた服(とはいってもシンクが来ているジャージと、色違いの物だが)を着込んだ。
すると、扉が開く音がしたので、その方向を見る。
そこには桶のようなものを手にしたブリオッシュの姿があった。
ブリオッシュは俺の姿を見るや否や、信じられない物を見たように目を見開いた。
「渉殿ッ!」
「ブリオッシュか」
そして大きな声で叫ぶ彼女に、顔をゆがめながら声を上げた。
「何をしているでござるか!! 今日は絶対安静でござる!」
どうやら目を見開いたのは、俺が立っていたからのようだ。
「それは結構ですもうほとんど完治しました………分かりました」
俺の言葉を遮るように、ブリオッシュから無言のプレッシャーが襲う。
それに勝てるような俺ではなく、素直に従うことにした。
ベッドに横になった俺を見て、安心したのかほっと安堵の息を漏らすと、ベッドの横に会った椅子に腰かけた。
「渉殿が目覚めてくれてよかったでござる。もし私のせいで渉殿が死んだら、私は………」
ブリオッシュの表情は見えなかったが、両手が力強く握りしめられていた。
「あれはブリオッシュが悪いわけじゃない。単に俺が気を抜いていただけだ。あ、体調管理もできていなかったも加わるか」
後半はジョークのつもりで言ったが、ブリオッシュの表情は変わることはなかった。
「………はぁ。過ぎたことで後悔するのなら、先の事を考えよ」
「え?」
俺の言葉に、ブリオッシュはどういう意味だと言わんばかりに首を傾げた。
「失敗で後悔している時間があるのなら、しないようにしておけと言う意味。俺にとっての師匠が言った言葉」
本当は少しだけニュアンスが違うのだが、別にかまわないだろうと考えながら意味を説明した。
「渉殿は、優しいでござるな」
だが、ブリオッシュを励ますことはほんの少しであっても出来たのだから、考えないでおこう。
「あ、今果物を持ってくるでござるから少し待っていて――キャッ!?」
「あぶなッ!」
徐に椅子から立ち上がったブリオッシュは、何かに躓いたのか前のめりに倒れようとしていた。
「うわッ!?」
俺は慌てて彼女の前に回り込むと倒れようとする体を支えようとするが、受け止める体制が出来ていなかったためかそれとも体が感知していないために、力が抜けているのか俺共々地面に倒れた。
「不覚でござる……渉殿、大丈夫で――」
ブリオッシュの言葉が、途中で途切れた。
何故かと思えば俺の目の前に、ブリオッシュの顔があった。
眼は潤い頬を赤く染めたその姿は、何時もの大人の風貌を纏わせる彼女には似つかわしくない”一人の少女”を感じさせる物だった。
「渉殿……」
慌てて退くかと思ったが、ブリオッシュは俺の名前をか細い声でつぶやくと目を閉じて逆に近づけてきた。
「え? んむっ!?」
驚いた瞬間には、俺の口はブリオッシュの唇に塞がれていた。
(これって、まさか……)
俺はそれが何なのかが分かったが、引き離すことが出来なかった。
まるで金縛りにあったかのように、体が固まってしまったのだ。
「ッ!?」
正気に戻ったのか、ブリオッシュは慌てて俺から離れた。
「こ、これは……その、えっと……」
慌てた様子で視線を俺から逸らすブリオッシュの姿に、俺は声も出なかった。
「も、申し訳ない渉殿ッ! わ、私急用を思い出したゆえ、失礼するでござるッ!!」
そして、そう言って逃げるように部屋を飛び出して行ってしまった。
「………」
俺に出来たのは、立ち上がって彼女が去った扉を見ている事だけだった。
[1回]
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