あの魔物の退治から数か月の月日が経った。
あの日から、俺の周りでちょっとした変化があった。
まず一つが……
「さあ、行くでござるよ渉殿!」
「あの……ユキカゼさん?」
「何でござるか? 渉殿」
俺の言葉に、答えるパネトーネさん……ユキカゼさん。
呼び方を変えられた。
パネトーネではなく、ユキカゼと呼ぶように言われたのだ。
断ろうとしたら涙目になられたので”ユキカゼさん”で妥協してもらった。
ちなみに、それに便乗して『だったら拙者もダルキアンさんではなく、ブリオッシュと呼ぶでござるよ』などと言ってきた。
俺は投げやりになっており、ブリオッシュさんと呼ぶことにした。
そして、もう一つが……
「どうして二人は俺に抱き着いている?」
「どうしてって……」
「この方が落ち着くからでござる」
歩いている最中、俺の腕に二人は常に抱きつく様になった。
いや、それが嫌なわけではない。
ただ歩きづらいだけだ。
まあ、戦いのときや食事の時、後は寝る時まではしないが。
まあ、寝ている間に両腕にしがみつかれていたことはあるが。
「ところで、ビスコッティ共和国まであとどのくらいで到着するんだ?」
「そうじゃな……もう2,3日で到着するでござるよ。あそこの方に見える、建物がある場所がビスコッティ共和国でござる」
ブリオッシュさんの指し示す場所には、確かに薄らとではあるが、建物のようなものが見えた。
(ということは、あと少しと言う事か)
「思えば長かったでござるよ」
「約半年ほど経ったよな。俺がここに来てから」
そう、あと少しで俺がここに降り立って、半年という月日が流れたことになる。
「さあ、行くでござるよ。渉殿」
「だから、いい加減腕に抱き着くのはやめ……るわけないか」
俺は内心ため息をついた。
最初見た時は、少し大人な女性という印象を二人から受けたが、今ではその印象は180度変わっている。
それがどういう事なのかは、言わぬが仏だろう。
そして、二日ほど経った日の夜。
「ビスコッティまであと少し、ここでしばらく休憩をするとしよう」
「はい!」
周りが岩に囲まれた場所に到着した俺達は、ブリオッシュさんの提案で休憩を取ることになった。
俺は、周りの景色を見るために、道なりに歩く。
少し歩いた先はかなり開けておりいい景色が広がっていた。
絶景は夜もまたいいというのは、ここに来てからの発見でもあった。
「渉殿か、どうしたでござる?」
「いや、ただ景色を眺めに来ただけ」
先に来ていたブリオッシュさんに、そう答えると、俺は彼女の隣に立った。
「そう言えば、隠密部隊とは一体何をするんだ?」
俺は、今まで気になってた疑問をぶつけることにした。
「特にこれと言って決まったことはないでござるが、拙者たちは魔物を封じて回ることが主な役割ゆえ、これと言って特に何をするという決まりはないでござる」
「なるほど」
ブリオッシュさんの答えに、俺はそう返す。
どういう役割をしているかは分からなかったが、彼女たちの役割は分かった。
やはりと言うべきなのか、魔物の封印が彼女たちの役割なのだろう。
「それに引き替え渉殿は、拙者たちより魔物封じの才があるようにも見受けられる」
「そんな、俺はお二人方に比べれば、まだまだ未熟」
ブリオッシュさんの評価を、俺は首を横に振ってこたえた。
実際問題、俺でも時より危ういことがある。
「確かに魔物”封じ”であるのならば、それは言えるが、魔物を封じるのではなく”浄化”することが出来る渉殿は拙者以上でござるよ」
「………」
ブリオッシュさんの言葉には、妙な引っ掛かりを覚えた。
ちなみに、俺は封じているのではなく浄化をしているのだということが、ブリオッシュさんの言葉だ。
浄化は封じるのより難しいらしい。
しかし、俺にはそのような感覚はない。
人で無くなった時から、俺にはその力が宿っているのだ。
もうとっくにこの感覚が普通になってしまった。
「ちょっとした好奇心で聞くでござるが、渉殿は土地神の類の存在でござるか?」
「………似たような存在です」
ブリオッシュさんの、いつになく真剣な声色に俺はなぜかほぼ正直に答えてしまった。
本来はむやみやたらに、自分の正体を口にしてはいけないのだ。
もとより俺達の存在すら知られてはならいほどだ。
理由はよく分からないが。
「そうでござるか……」
ブリオッシュさんは、静かにそう呟いた。
今の問いかけは何だったのか、それは俺にもよく分からなかった。
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