「皆さんに紹介する人がいます。本日、急きょ来ることになった方です」
「大森浩介です。ここでは料理人として、皆さんのお力になれればと思います。よろしくお願いします」
プリエの責任者の言葉に続いて、僕は自己紹介すると、お辞儀した。
すると、静かではあるが拍手が湧き上がった。
午前10時ごろ、理事長でもあるヘレナの指示で、僕はここの料理人として働くことになった。
「それじゃ、これからすぐにこのメニューを50個ずつ作ってくれるかしら? 出来るだけ早めに」
「分かりました」
僕は、厨房の主任の指示に頷くと、渡されたメニュー表の料理を作る。
そのメニューはすべてお弁当ものだった。
おそらく休み時間に買いに来る生徒たちの為だろう。
それから完成したのはチャイムが鳴った時とほぼ同時だった。
そして、間に合ってよかったと悟った。
「すみません! カツ弁当を一つ」
「あのー、日替わり弁当を下さい」
休み時間になるのと同時に、殺到する注文の嵐。
そして、ものすごい速度で減って行くお弁当の山。
(これはもしかして、追加を頼まれるかな?)
そう思いながら、僕はお弁当の追加を作る準備を始めた。
「大森さん、お弁当メニュー全品10個ずつ追加!」
「分かりました」
準備が終わるのと同時に、追加の指示が入り僕は素早く調理に移った。
この10分間の休み時間が終わった時には、総勢180個のお弁当のうち、30個ずつ残った。
「助かったわ、大森さん。でも、お昼休みの時が一番混むから気を付けて」
「わ、分かりました」
主任の忠告に、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
それから後、下準備などを済ませてお昼休みを迎えた。
その時点でも、やはりと言ってはあれだが、注文は殺到し、大忙しとなった。
夜、家に戻りすぐさま、九条家の料理人としての仕事を果たした僕は、宛がわれた部屋で、神楽と今後の事について話をしていた。
「それじゃ、あまりの忙しさに疲れ果てて、学園内をうろつけなかったって言うの?」
「まあ、そういう事になるな」
今日の成果を聞いた神楽は、呆れた様子でため息をつく。
「それって本末転倒でしょ? 私たちは、料理人の修行をするために来たわけじゃないのよ?」
「分かってるさ。だから明日からは気合を入れていくとする。僕も大勢向けの料理を短時間で作ることに慣れていなかったこともあるし。明日は大丈夫だろう」
僕の言葉に、神楽は『だったらいいんだけど』と不安そうにつぶやいた。
「ッと、明日の下ごしらえをしなければいけなかった。ということで、今日はお開きでいいかな?」
「うん、いいよ。本業の方を優先しすぎても、怪しまれれば本末転倒だからね」
神楽のお許しが出たところで、僕は部屋を後にして厨房へと向かう。
「こんばんは」
「ん?」
突然後ろから掛けられた声に、僕はその方向を見ると、寝着を着ているヘレナさんの妹であるリアさんが立っていた。
「これはリアさん。こんばんは」
「どこに行くんですか?」
「ああ、明日の朝食の下ごしらえをしようと思いまして」
リアさんの問いかけに、僕は敬語を使いながら丁寧に答えた。
「あ、そうなんですか。真面目ですね」
「いえいえ、これも仕事何で」
リアさんの心遣いが、ものすごく僕の癒しになる。
彼女の何かが、僕を癒してくれる。
これが彼女の力なのだろうか。
「それでは、失礼」
「あ、待ってください」
歩き出そうとした僕を、リアさんが呼び止める。
「ごめんね、お姉ちゃんが色々と無理をさせちゃって」
「いえ、慣れてみればかなり楽しいですよ。それと………」
僕は、そこまで言うといったん区切った。
「私はこう見えて貴方と同い年です。なので、敬語は不要ですよ?」
「え、えぇ!? 同い年だったの!?」
僕の言葉に、驚きながら言うリアさん。
(僕は、そんなに老けてるか?)
一瞬落ち込みかけたが、必死に耐えた。
「ええ、なので、敬語ではなく自然に話してください」
「うん、分かったよ。それじゃ、私も浩介君って呼んだ方がいいかな?」
「ご髄に」
リアさんの問いかけに、僕はあいまいな答え方だが、そう答えた。
「それじゃ、浩介君。おやすみなさい」
「はい、お休み」
リアさんはそのまま後ろを向いて歩いて行く。
「………ヘレナさんの無茶ぶり、そんな嫌いではないしね。それに、彼女のような破天荒な人は、嫌いではない」
誰もいない通路で、僕はそう呟いた。
そして、今度こそ僕は下ごしらえをするために厨房へと向かうのであった。
ちなみに、その日の夜は、疲労ですぐさま眠りにつくことが出来た。
[0回]
PR