喫茶店にお客さんがたくさん来てくれるようになった。
これからも順風満帆にうまくいくであろうと、僕と神楽は思っていた。
だがそれは、開店から四日経った日に起こった。
僕はとある家の厨房にいた。
「新しく来た大森浩介です。若輩者ですが、よろしくお願いします」
「うむ、私は料理長の倉松だ。ビシバシと行くから気を抜かないように」
僕の前に立っているコック服を着込んでいる40代の男性が、簡潔に自己紹介をすると、そう言ってきた。
「はい、よろしくお願いします!」
「よし、ではまずは料理の下ごしらえからだ。あれを1時間ですべて皮を向け」
倉松さんの指示のもと僕は山積みされていたジャガイモの前に行く。
そして僕は皮をむいて行く。
ちなみに神楽はメイドの仕事をしていた。
だが、僕はぽつりとつぶやいた。
「どうしてこうなったんだ?」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、なにも」
僕のボヤキに反応した倉松さんに、そう答えると、僕はじゃがいもの皮をむいて行く。
どうしてこうなったのか、それは今から三日ほど前にさかのぼる。
それは21日の午後の事だ。
「いらっしゃいませ」
一人の女性がお店を訪れた。
その女性は青色の髪をした女性だった。
「そうね、このティーセットを頂こうかしら」
「かしこまりました」
ケーキと紅茶のセットをこしらえて、女性の前にそれを出した。
「お待たせしました。ティーセットでございます」
女性は、紅茶を一口すする。
「うん、おいしいわ。上出来よ、マスター」
「ありがとうございます」
女性の評価に、僕はお礼を言った。
やはり褒められるのは嬉しくないわけがない。
「こっちもおいしい紅茶を飲ませて貰って嬉しいわ。また来るわね」
紅茶を飲み終えケーキを食べ終えた女性はそう告げると、代金をカウンターにおいて去って行った。
「何だかどこかのお嬢様のような感じだったね」
「ああ、さて、次のお客さんが来ている。てきぱきと動く」
そして、僕たちは再び注文された料理を作って行く。
さらに22日の午後。
ようやくお客の数も安定してきたときのこと。
「こんにちは」
「いらっしゃいま……っ!?」
お店を訪れたお客さんの接客していた神楽が固まった。
「どうした、神楽……っ!」
僕はそのお客を見た時、息をのんだ。
そのお客は………ここに来たときに会った学園の教師の女性だったのだ。
「私に何か?」
「あ、いえ。申し訳ありません。こちらへどうぞ」
いち早く我に返った僕は、女性をカウンター席に案内する。
神楽も続く様にしてカウンター内に入った。
「ご注文はいかがしましょうか?」
「そうですね………では、ティーセットをお願いします」
「かしこまりました」
今巷ではティーセットが流行っているのか? と考えながら、僕はケーキ(今日はショートケーキ)と紅茶を女性の前に差し出した。
「ティーセットでございます」
女性は、上品なしぐさでティーカップを持つと、紅茶を一口啜った。
「おいしいです」
「ありがとうございます」
「紅茶の淹れ方は誰かに教わったのでしょうか?」
女性は、僕に聞いてきた。
「ええ、私も紅茶はよく飲むので、母が淹れているのを見ていたら自然と覚えてしまいました」
「そうですか、とてもよく淹れられていますよ」
女性は柔らかく微笑みながら、そう言うと、代金を支払ってお店を後にした。
「………何か嫌な予感しない?」
「ああ、今晩は厳重に警戒しよう」
女性が去ったのを見て神楽が耳打ちするので、僕はそう告げた。
女性は、自然な様子で店内を見回していたが、あれは明らかに何かを調べているような動きだった。
結局その夜、予想していた襲撃はなかった。
だが、翌日僕が予想が現実のものになってしまった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
そこは『私立流星学園』のとある一室。
そこで二人の女性が、真剣な面持ちで話をしていた。
「やっぱり間違いないのね?」
「ええ、あのお店は外部から切り離されています。おそらくは外敵から身を守るための防衛手段でしょう」
青い髪の女性の問いかけに、紫色の髪をした女性が見解と共に答えた。
「それで、あの二人がメリロットが言っていた侵入者?」
「ええ、間違いありません」
青い髪の女性の問いかけに、紫色の髪の女性、メリロットと呼ばれた女性は断言する。
「それで、はっきりと聞くわ。あの二人はもしかして……」
「ええ、その可能性が高いと思われます」
「だとすると、目的はこのリ・クリエか、もしくはただの気まぐれか……」
メリロットの答えに、青い髪の女性は顎に手を添えて考え込む。
「どちらにしても、あの二人をこのままあそこに置いておくのは危険ね……なんとしてでも監視下に置かないと」
「そうですね。私の予想が正しければ、あのお二人は放置しておくのは危険だと思われます」
メリロットの答えに、青い髪の女性はしばらく考え込むと、どこかに電話をかけ始める。
その電話は割と早く終わった。
「これで良し、と」
「ヘレナ、あまり変なことはしないでくださいね」
ため息交じりにメリロットは、青い髪をした女性……ヘレナに忠告をした。
「分かってるわよ……ふふふ、明日が楽しみね」
「はぁ~」
どう見ても分かっていない様子のヘレナに、メリロットは再びため息をこぼした。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「あの………もう一度言ってくれますか?」
「ですから、ここから退去してください」
結局昨晩は何の奇襲もなく、僕の取り越し苦労かと思って店を開けると、黒服の人達がたくさん店の前に立っていたのだ。
そして言われた言葉が先ほどの言葉だったりする。
「なぜ私たちが退去をしなければならないのですか? それ相応の理由をお教え願いますか?」
「も、申し訳ありません。守秘義務でお教えすることはできません。とにかくここは退去していただきます」
僕の殺気を放ちながらの疑問に答えようともせず、黒服たちは僕を追いだした。
家財道具すべてはあの人たちが処分するとのことだ。
(これって人権問題だろ?)
神である僕たちが、人権問題を訴えることが出来るかどうかは定かではないが、神楽は怒りをこらえるのに必死な様子だった。
「これは、マスターさんではないか」
呆然と荷物を運び出される光景を見ながら立っていると、突然横から声を掛けられた。
「貴女は一昨日のお客様ですね」
その女性は、一昨日お店を訪れた青い髪の女性だった。
「そうよ。ところで、お店は潰れてしまったのねぇ。残念だわ」
「申し訳ありませ――「しかし、そんなあなた達に朗報よ!」――え?」
お客さんをがっかりさせたことを、謝ろうとした僕たちに、女性はそう言い放った。
「あなた達にふさわしい仕事があるわ。料理もふるまえて、しかも住む場所も用意されるし、衣食住には不自由しない仕事場が!」
「え、えっと………その仕事ってなんですか?」
女性のテンションの高さに、僕は少しばかり引きながら尋ねた。
「それはね~、私に付いて来れば分かるわよん♪」
そう言うと、女性は僕達に背を向けて歩き出した。
まるでついて来いと言わんばかりに。
「ねえ浩ちゃん。どうする?」
「そうだな………話位は聞いてみるか」
神楽の問いかけに、僕はそう答えると、女性の後を急いで追った。
「ここよ!」
「これは……」
「何ともまあ……」
女性に連れられて辿り着いた場所は、今まで入ることが出来なかった流星学園の敷地内にある、大きなお屋敷だった。
表札には『九浄家』と書かれていた。
「おめでとう! 君達には料理人とメイドの仕事が与えられた!」
「「………」」
女性の言葉に、僕達は言葉も出なかった。
「何よ―、ちょっとはリアクションをしてくれてもいいじゃない~」
そんな僕たちに、女性は頬を膨らませながら抗議をしてきた。
「それで、どう? やってみない。二人にとっては、これ以上にない条件だと思うわよ」
【どうする? 浩ちゃん】
【何か狙いがあるような気もするが、このままだと住む場所がない。ここは言葉に甘えておくしかないだろ】
神楽からの思念通話に、僕はそう答えると、目の前の女性に返答を出した。
「宜しくお願いします」
「……お願いします」
「うむ、いい返事よ! あ、私の名前は九浄 ヘレナよ。流星学園の理事長だ、よろしくね」
目の前の女性……ヘレナさんはここのお屋敷の人だった。
そして、時より映画の軍曹のセリフっぽい口調になるのは、一体なんなんだろうか?
そんな疑問を胸に、僕は屋敷内に招き入れられた。
こうして、僕は九浄家の料理人に、神楽はメイドとなった。
本当に、どうしてこうなったんだ?
[0回]
PR