かくして始まった僕と神楽の追いかけっこ。
フライパンを振り回しながら僕は追いかけ続ける。
「待て! このケーキ泥棒!!」
「待たないよ!? というより、ケーキ一個で大げさだよ!!」
神楽の一言に、僕の中で、さらに何かが切れる音がしたような気がした。
「もう容赦はしない! フライパンがへし折れるまで叩き潰すッ!!!」
「もうそれただの逆恨みだから!!?」
そのまま逃げる神楽を追いかけ、大きな屋敷の前の道を伝いに、再び学園の方へと向かって行く。
後日考えればそこは九条家の屋敷前だったが、今はそんな事は頭に浮かばなかった。
そして、そのまま校舎の中に入り、階段を上がって行く。
「待て!!」
「待たないよ!!」
そう答えながら、ドアを開くと中に入った。
「待てやごらぁ!!!!」
「うおわああ!!?」
部屋のドアをけり破って中に入り、窓際にいた神楽へと突進する。
その部屋には栗色の髪の女顔の男子学生と、赤い髪をした女子学生がいたが、それにかまわずテーブルを飛び越えながら、フライパンを振りかぶる。
「チェストォォォ!!!」
「きゃああああ!!?」
当たると思ったその一撃は、神楽がその場を離れたことにより不発となった。
さらに、神楽の後ろにあった窓ガラスを思いっきり粉砕した。
「待てぇ!!!」
「ちょっと、これどうするんだ!?」
後ろから声が聞こえたが、構っている暇はない。
廊下に出ると、そこには上へと続く階段のようなものがあった。
しかも閉まりかけている。
「させるかぁ!!」
僕は豪快に階段に飛び乗ると、一気に駆け上がり3階へと足を踏み入れた。
そこは何もなく、奥の方に駆けて行く神楽の姿を見つけた。
「逃がさないぞ! 神楽!!!」
神楽を追いかけながら、僕は声の限り叫ぶ。
「もう勘弁して!!」
神楽も神楽で、そう叫びながら隠し階段を下りて行く。
僕もその隠し階段をほぼ飛び降りるように、降りていくとそこはヘレナさんが言っていた『新校舎』という場所だった。
(どこに行きやがった!)
僕はあたりを伺う。
すると、外の方に出て行く神楽の後姿があった。
「見つけたぞ!! 待て!!」
そして僕も駆けだした。
再び補足した神楽と僕との距離を、徐々に縮めながら追いかける。
敷地内を抜けると、最初に降り立った場所……高い塔のある場所にたどり着いた。
「待て神楽!! 今なら500回で勘弁してやるからさぁ!!!」
「それ勘弁してないよね!? というより、浩ちゃん目が血走ってるぅ!!」
なんだろう、こうしてるのが楽しくなってきた。
これがいわゆるランナーズハイだね!
高い塔の前を通り過ぎた僕たちは、今度は広いグラウンドのような場所に出た。
そこの長距離走などで使う、ラインが入った場所を走る。
「ほらほらほらほら!」
「もはや言葉が出せなくなってるよ!?」
グラウンドを5周ほどした後、神楽は抜けるように走り去る。
それを追いかけるようにして、僕も追いかける。
「ここの中に、かくまって貰おう!!」
「ははははは、待てぇ!!!」
西洋風の大きな建物の中に入って行った神楽を追い、僕も中に入る。
そして、僕は神楽を的確に角へと追いやって行く
「これが本当の袋の鼠だ!!」
「し、しまったぁ!? 間違えて奥の方に!!」
神楽は、慌てて周囲を伺い逃げる場所を探しているが、全ては無駄なあがきだ。
「神楽、覚悟ぉぉ――――ッ!?」
「ッ!?」
フライパンを頭上に構えた瞬間、僕は固まった。
それは神楽も同じようで、息をのんでいた。
まあ、神楽の場合は別の理由だろうが。
「そう言えば、ここってどこ?」
「えぇっと……図書館の様だね」
死に物狂いで追いかけっこをしていたことなど、すっかり頭の中から吹っ飛んでいた僕達は場所の確認をした。
「図書館内は、静かにすることがマナー……だよな?」
「ええ……私達は、見事にそれを破ってたよ」
神楽と確認し合うようにつぶやく僕たち。
「僕さ……後ろを振り向きたくないんだけど」
「同感ね。私も今は浩ちゃんの背後を視たくはないかな」
この時の僕たちの表情は、引きつっていたと思う。
何せ、僕の真後ろから鋭い槍のように怒りの感情を含んだ視線が突き刺さっているのだから。
僕は、壊れたロボットのごとく、振り返った。
そこには……
「図書館内は、お静かに」
万弁の笑みを浮かべているメリロットさんがいた。
「あれ? なんで肩を掴むの? そしてどこに連れて行くつもり!?」
「ふふふ、少しだけお話をしましょう。大丈夫、お茶菓子もたっぷり用意してありますから」
右手で神楽の腕を、左手で僕の腕をつかむと、ものすごい力で引きずって行く。
「僕は被害者ぁ~!!!!」
僕の叫びは、図書館内に虚しく響く。
そして、それから数分後……
「「ぎにゃああああああああ!!!」」
僕と神楽の悲鳴が響き渡っただろう。
それから後の事は、覚えていない。
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