10月26日
この日、僕はこう問いかけたくなった。
なぜこうなった?
「本日、ここのウエイトレスとして働く、西田神楽です。よろしくお願いします」
ここはプリエ。
朝の挨拶の時に、現れたのが神楽だった。
【どうしてお前がここにいる!!】
【知らないわよ。私も、今朝になってヘレナさんにここで働いてほしいって言われたんだから】
僕の念話に、神楽が呆れた様子で答えた。
どうやら、あの人の仕業の様だ。
本当に世の中不思議がいっぱいだ。
さて、今日はきらふぇすとやらの学校行事の前日らしい。
「いい? 放課後も手を抜いてはダメよ。放課後もまた地獄なのだから」
それが主任の言葉だった。
何時ものように昼のお弁当&昼食ラッシュを切り抜けた僕は、急ピッチで放課後になったら作るように言われたメニューの、下準備を澄ましていく。
昼休みの時に大勢来た生徒を裁き切って、疲労困ぱいしている神楽はへとへとになりながら、目まぐるしく動いていた。
【浩ちゃん~、地獄よ……ここは地獄よ~】
【僕が夜に学園内を見に行けない理由が、よく分かっただろう?】
神楽の叫びに、僕はそれだけ告げた。
この忙しさは、僕達でさえも初めてでなければ余裕でこなせるが、初めてだとかなりきつい。
こうなることを、一体誰が予想できるであろうか?
「すみません、お水下さい」
「ポテトまだですか?」
「はい、ただいま!」
お客からの言葉に、神楽は半ば投げやりに返事をしていた。
気持ちは分からなくはないが、それだと主任に怒られるぞ?
ここの主任は、とにかく厳しい。
業務態度が悪いウエイトレスには、容赦なく鉄槌を下す。
あ、神楽が捕まった。
「ぎにゃあああああああ!!!」
そして、鉄槌をもろに受けた。
その悲鳴は、とても悲痛な物だった。
(神楽、今日はお前にとって最悪な日になってしまったな)
心の中で、軽く同情をしながら、俺はオーダーされたメニューの料理を作って行くのであった。
お客の流れも一通り落ち着いた頃、僕はあるものを探すため厨房内を歩いていた。
「どうしたの? 浩介さん」
「ああ、神楽か。ちょうどいい、この辺にケーキはなかったか?」
ちょうど厨房に入ってきた神楽に、僕は問いかけた。
僕が捜しているのは、贅沢イチゴケーキだ。
なぜ、それを探しているのか。
それは、約3時間ほど前にさかのぼる
主任に呼ばれて伝えられた話では、どうも今回のキラフェスとやらで、プリエの料理を学生に知ってもらうために料理を賄うことになっている。
そして、そこで新作を出そうということで、僕に白羽の矢が立ったのだ。
新作の料理を一品作り、それを主任に食べて貰ってOKをもらう。
それが出来なかった場合は、僕は徹夜で働くことになる。
なので、当然僕は本気で新作料理の製作に当たった。
そして完成したのが、贅沢イチゴケーキだった。
もはや僕の十八番と化している、このデザートにすべてをかけたのだ。
お客のオーダーした料理と並行して作り、完成させるのに3時間ほどかかって完成させたこのケーキを食べて貰おうと、主任を探しに厨房を離れた。
その時間はわずか10分だ。
そして主任を連れて戻った時、ケーキはまるで最初から無かったかのように消えていたのだ。
そして今に至る。
「あー、あのケーキだったら私が食べちゃった」
「…………は?」
神楽の言葉に、僕はそれしか口に出せなかった。
「イヤー忙しかったから疲れちゃって、景気づけにと一口ね。とってもおいしかったな~」
「……」
神楽の言葉を聞いて、僕は妙に冷静になった。
冷静なのに体中が温かくなってくる。
「神楽」
「何? 浩ちゃん」
何故か巣に戻っている神楽だが、そんなことは僕には気にもならなかった。
「覚悟は、出来ているだろうな?」
「へ?」
僕の問いかけに、首を傾げる神楽だが。
僕はちょうど右手に持っていたフライパンを振り上げた。
「その腐りきった性根、叩き直してくれるわ!!」
「え? ちょっとま―「聞く耳持たぬ!!」―きゃあああ!!?」
僕の豹変ぶりに驚く神楽目がけて、フライパンを振り下ろす。
だが、神楽はそれを得意の身体能力で交わすと、一気に駆け出した。
「待て! このケーキ泥棒!!」
僕は、その後を追いかける。
こうして、僕と神楽の果てしない追いかけっこが幕を開けた。
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