「渉殿」
「何だ?」
ロランさんに言われた場所へ向かう途中、ブリオッシュが俺に声をかけてきた。
「どうして渉殿だけ歩きでござる?」
「そうでござるよ。セルクルに乗れば楽でござるよ」
(またか)
前に同じ疑問を親衛隊長に投げかけられたのを思い出して、俺は思わずため息をつきそうになった。
「もしよかったら拙者のセルクルに乗らないでござるか?」
「む……それか私のセルクルはどうでござる?」
ユキカゼの提案に、不満げに表情を変えると、ブリオッシュも提案してくるが、一種のこれは闘争心か?
「どっちも却下! セルクルに乗らないのは、乗ることによって出来る危険を防ぐためだ!」
これ以上続けられて変な方向に話が進む前に、俺は理由を話した。
「危険……とは?」
「動物の足を狙った攻撃は乗っているものに不意打ちをする一番手っ取り早い方法。確かに動物に乗れば移動労力は軽減できるけど、危険が伴う」
首を傾げているユキカゼに、俺は出来るだけ分かりやすく説明をした。
「なるほど」
「さて、セルクルはそろそろ降りた方がいいかもな」
俺の説明にすごいとばかりに頷いているユキカゼをしり目に、俺は静かに二人に告げた。
「………そうでござるな。この先は空気が違う……確実に魔物がいるでござる」
ブリオッシュも先から漂うよどみを感じているのか、真剣な面持ちで答えた。
その表情は言うのであれば”剣士”を思わせる物だった。
そして、少しばかり開けた場所で二人はセルクルから降りた。
「行くでござるよ」
「はいっ!」
「了解」
ブリオッシュの合図に、ユキカゼと俺は気を引き締めて返事をした。
そして奥へと足を踏み入れるのであった。
開けた場所から進んだ場所は芝生で覆われ、脇には草木が生い茂るという、一種のジャングルのような場所だった。
「これはいかにも出そうな場所でござるな」
「お館さま、周囲に魔の気配がします」
辺りを見回しながらその感想を述べるブリオッシュに、ユキカゼは何かを感じ取ったのか静かに告げた。
「渉殿、気を付けるでござるよ。今回のは今までの比ではないでござるゆえ」
「分かりました」
ブリオッシュから注意され、俺は静かに返事をした。
確かにこちらに向けての敵意を感じる。
だが、分かるのはそこまで。
今の俺(・・・)に分かるのはそれだけだ。
まあ、普通はそれだけでもすごいと言われるほどのレベルだが。
「二人とも、無茶だけはしないように」
「その言葉」
「そっくりそのまま返すでござるよ」
俺の注意に、ブリオッシュとユキカゼが反論した。
「私は、渉殿の方が心配でござる」
「そうでござるよ。渉殿の方が見ていて危なっかしく感じるでござるよ」
ブリオッシュに続いてユキカゼが言ってきた。
「………俺が無茶するのはお前たちを守る時か、仲間を守る時ぐらいだ」
「ッ!? そ、そうでござるか」
「お、恐れ入ったでござる」
俺の言葉に、なぜか頬を赤らめ視線を俺から逸らしながら答える。
その時、ふっと敵意が強まった。
「どうやらあちらさんはせっかちさんだな。自分から来たようだ」
「そうでござるな」
俺の軽めの言葉に、ブリオッシュとユキカゼは武器を構えながら返すと、来るであろう魔物に備えた。
そしてその魔物は俺達の前に躍り出た。
「グゥゥゥゥ」
その魔物は犬ぐらいの大きさで、色はグレーだった。
爪先は非常に鋭利で引っ掻かれでもしたら、下手すれば致命傷だけは避けられない。
おまけに牙ときた。
噛まれたら大ダメージだ。
どちらにせよ、この二点にだけ気を付ければいいだろう。
「数は5匹。どうやら、一瞬で片が付きそうだ」
「いや、それはまだ早いでござる」
「来るッ!」
ブリオッシュとユキカゼが言いきった瞬間、さらに俺達の背後や周辺に魔物が姿を現した。
どうやら前方にいた魔物と同じタイプらしいが、数がものすごく増えた。
「どうやら敵は数で攻めてきたようだ」
「うむ、私たちはものの見事に囲まれているでござるな」
「油断は禁物でござる」
俺達は互いに背中を合わせ、意識を集中する。
勝負は一瞬。
判断を誤ればただでは済まない。
そして……
「グオオオオっ!」
魔物たちは雄叫びを上げると、一気に襲い掛かってきた。
ブリオッシュとユキカゼが動き出す中、俺は一歩前に出た。
「紋章剣……」
冷静に、無駄のない動きで神剣に輝力を集める。
後は魔物たちをひきつけるだけ。
俺から見て右側の魔物をユキカゼが、真後ろの魔物をブリオッシュがそして真正面の魔物を俺が狩る。
息を集中していると、見えるはずのない二人の行動が手に取るようにわかった。
目まぐるしい速さで魔物たちを対峙していくユキカゼ、紋章剣で一気になぎ倒すブリオッシュ。
そして、目の前まで迫る魔物たちの姿。
(今だッ!)
「裂空一文字ッ!!」
一気に正宗を横に薙ぎ払うように振るう。
魔物たちは断末魔を上げることなく消滅した。
「ふぅ………二人ともお見事でござる」
「お館さまこそ」
「それを言うなれば二人の方がだ」
ブリオッシュの労いの言葉に、ユキカゼと俺はそう返した。
俺がやったのはあくまで真正面の魔物だけだ。
実際ブリオッシュは二方向の魔物を相手にしたのだ。
だからこそ、俺達はそう返したのだ。
「いやいや、渉殿の方が見事でござるよ」
「お館さまの使っていた紋章剣を、あそこまで再現できるとは羨ましいでござるよ~」
「そ、そこまですごくはない」
ブリオッシュとユキカゼの称賛の言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
すると、それを見ていた二人はからかうような目で俺を見てきた。
「いや~渉殿が照れるのを、始めて見たでござるよ」
「顔真っ赤っかでござるよ」
「二人とも、人をからかうのも大概に――ッ!!」
二人の言葉に、注意をしようとした俺の目に信じられない光景が見えた。
「……? そんなに目を見開いて、どうしたのでござる?」
「ブリオッシュ、後ろだッ!!!」
俺の変化に気付いたブリオッシュが首を傾げて訪ねてくるが、俺は大きな声で答えた。
俺が見た光景、それは草むらから飛び出てブリオッシュを狙う魔物の姿だった。
魔物をすべて狩ったという事実が、俺達に油断を生んでしまったようだ。
「後ろでござる―――ッ?!」
俺に言われて後ろを見た時、すでに魔物がブリオッシュに目掛けて飛び掛かっていた時だった。
その足にある鋭利な爪を、振り上げながら。
ブリオッシュもその光景に固まって動けなかった。
「クソッ!」
俺は一気に駆け出す。
距離にして約1m。
今の速度なら2秒でブリオシュの前に出られる。
後は0.5秒で武器を構えて受け止められれば、彼女を守れる。
でも、どう見ても残された時間は1秒もなかった。
(やるしかないか)
俺は慌てて魔物に向けて手をかざすと意識を集中した。
(戻せるのは2秒。猶予時間は0.5秒か)
俺がやることそれは、時間操作。
相手の行動時間を戻すものだ。
一種の逆再生のようなもので、やられた者は時間が戻されたことに気付かず、同じ軌道と速度で行動する。
戻せる時間の限度は5秒。
そこまで戻せる余裕がないため、2秒だけなのだ。
時間を操作するのはかなりの集中力を要する。
それ故、今の状況ではこれでも精一杯なのだ。
「なッ!?」
魔物がまるで巻き戻されていくかのように後退するのを見ていたブリオッシュは、驚きに満ちた声を上げる。
「はぁッ!!」
「きゃ!?」
俺はブリオッシュを突き飛ばすような形でその場から離れさせる。
後は半回転して魔物の方を向いて、神剣で受け止めればいい。
その後は軌道をそらし、怯んだ隙に一気に斬り込む。
それが俺の立てたプランだった。
だが……
(体がッ!)
体は俺の考えに反して、まるで鉛のように動かなかった。
(体中を襲うこの倦怠感……まさか)
俺は、その原因に心当たりがあった。
しかし、そんな事を考える時間はなかった。
「渉殿ッ!!!!」
俺を呼ぶ、ブリオッシュの悲痛な声が聞こえた。
何故か背中が痛かった。
そして、足から力が抜けて俺は地面に倒れた。
(何でだ?)
疑問に思って視線を動かす。
口元に手を当てて普通な表情を浮かべるユキカゼの姿が見えた。
ユキカゼが見ている方向を見てみた。
そこには真っ赤な”何かが”見えた。
(ああ、そういう事か)
それで俺はこの理由が分かった。
俺は、背後から来た魔物の爪によって貫かれたのだと。
それを理解したのと同時に、意識が遠のいて行く。
(まあ、女を守って死ぬんだから、少しは自慢できるかな)
そんな事を思いながら、俺は意識を手放す。
「いやあぁぁぁッ!!!」
その寸前に誰かの叫び声を聞きながら。
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