「やあ、来たぞ恭介」
「ああ、君か渉」
俺は上条邸へと足を運んでいた。
全ては彼のバイオリンを聞くためだ。
「これは退院祝いだ。受け取れ」
「ありがと」
中身はクラシックCDと譜面だったりするが、それはどうでもいいだろう。
「さて、早速で悪いがお前のバイオリンを一度聞いてみたい。弾いてくれるか?」
「もちろんだよ。逆に君に聞いて貰いたかった位さ」
俺の頼みごとに、恭介は嫌な顔一つせずに答えると、戸棚に置かれているケースを開けてバイオリンを取り出した。
そしてそれを構えた。
「それでは……」
そして恭介はバイオリンを弾き始めた。
俺はその音色に耳を傾ける。
曲名は知らない。
そして彼はバイオリンを弾き終えた。
「どうだった……かな?」
「話にならん」
俺は恭介に包み隠さずに感想を言った。
「お前のは演奏する音色に中身がない」
「中身?」
恭介は分からないのか素で聞き返してきた。
「つまりは心がこもってなくて技術だけだと言う事だ。心を込めて弾くんだ。お前にとって人の不幸や喜び、悲しみ怒りはすべて餌だ。精進すると良い」
「なるほど………ありがとね、渉」
俺の指摘に恭介は考え込むと、俺にお礼を言ってきた。
「別に礼を言われることはないさ。俺のやったことは余計な事だからな。まあ、参考にして貰えるのは有難いが」
「……今でも信じられないんだ」
恭介はバイオリンを見つめながら呟いた。
「何がだ?」
「動かないはずの腕が突然動くようになったんだよ。医者も奇跡だって言っていた。ねえ、もしかして誰かが僕の腕が動く様に奇跡を起こしたのかな?」
恭介は俺に聞いてくる。
「そうだとしたらどうなる?」
「誰がそれを起こしたのかを教えてほしいんだ」
「それを知って何をする気だ? お礼でもするのか?」
恭介の頼みごとに、俺はそう告げた。
「それはもちろんだよ。だってまたバイオリンを弾けるようになったんだから。お礼だって言うよ」
「なるほど。ならば、仮にその人がお前の事を心の底から好きだと思っていたとしよう。お前はそいつと付き合って結婚でもすると言うのか?」
「そ、それは……」
俺の鋭い指摘に恭介は答えるのをためらった。
「………自惚れるなよ? 人一人の人生を狂わせる代償を払って起きたお前の奇跡ならば、お前は己が人生をかけてそいつと付き合わなければ公平じゃないだろ」
「だったら、僕は何をすればいいんだ!」
恭介が半場喚くように俺に問いただしてきた。
「何もしなくていい。お前には唯一の取り柄であるバイオリンを弾くだけだ」
「そんなんでいいの?」
「言いに決まってる。そのバイオリンの音色で、お礼をすればいい」
不安げに聞いてきた恭介に、俺はそう伝えた。
「………ありがとう。もう一つだけいい?」
「ホントに質問するのが好きだよな…なんだ?」
俺は苦笑いを浮かべながら尋ねた。
「僕の腕を動かせる奇跡を起こしたのって、まさかさや――――」
「さあな、俺は知らないし、仮に知っていたとしても答えないぞ。名前をいう事は、そいつにとっては最大の侮辱だろうからな」
俺は恭介の推測を遮ってそうつ得ると、立ち上がって出口であるドアの前に向かった。。
「帰るのかい?」
「ああ、長居するのも悪いしな」
訪ねてくる恭介に俺はそう答えた。
「何も出来なくてごめんね」
「何、気にするな」
俺は恭介にそう答えるとそのままドアを出て玄関へと向かう。
「お前のバイオリンだが、さっき言ったのを直せば世界一のバイオリストになれるぞ」
「ありがとう」
「まあ、コンサートの約束はちゃんと守ってあげるからその時までに頑張るんだな」
俺は最後にそう告げて上条邸を後にした。
(ホントに鋭いやつだこと)
俺は内心で苦笑いを浮かべながらそう思っていた。
空は、ゆっくりと夜の闇が広がり始めていた。
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